第1章 世界経済の不確実性の高まりと日本経済の動向(第3節)

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第3節 当面のリスクと我が国経済の中長期的な課題

本節では、世界経済の先行きについて不透明感が高まる中で、主要な国・地域が大きく景気減速した場合に我が国にとってどのようなリスクがあるか点検したのち、我が国の中長期的な課題について考察する。

1 世界経済の見通しと日本経済のリスク

(不透明感が高まる世界経済の先行き)

OECDが2021年12月に公表した世界経済見通しでは、世界経済の実質GDP成長率は、2022年4.5%、2023年3.2%とされていた。しかし、歴史的な物価高騰が続き、各国・地域の中央銀行において利上げが進められる中で、2022年11月の見通しでは、金融引締めやエネルギー価格の高止まり、家計所得の弱含み、消費マインドの低下等の影響を勘案して2022年3.1%、2023年2.2%に下方修正され、2023年は2022年からの成長減速を見込んでいる1。主要な国・地域別について見てもいずれも見通しを下方修正しており、特に英国やドイツは、2023年はマイナス成長に修正された(第1-3-1図(1))。加えて、物価高騰の継続、ウクライナ情勢の長期化に関連するエネルギー供給懸念、利上げによる需要減退効果等を背景とした世界経済のダウンサイドリスクが指摘されている。また、OECD景況感先行指標(CLI)をみると、我が国を除いた主要国は全て100を下回っており、未だ底入れをしていない(第1-3-1図(2))。

第1-3-1図 海外景気の見通し
第1-3-1図 海外景気の見通し のグラフ

(我が国の付加価値生産の最終需要地は中国、アメリカ、EU、その他アジアに広く分布)

海外経済の減速は、輸出の減少を通じて生産と企業業績を下押しし、投資を含めた国内経済の下押し要因になる。実際、輸出と設備投資との関係をみるため、設備投資の前期比を被説明変数とし、2期前の輸出の前期比、1期前の経常利益の前期比、雇用人員判断DIを説明変数として回帰分析を行ったところ、全産業及び製造業について、設備投資と輸出との間には統計的に有意な関係がみられた(第1-3-2図(1))。

コロナ禍以降の我が国の輸出動向をみると、半導体や半導体製造装置などの情報関連財、建設用・鉱山用機械や産業用ロボット、原動機などの資本財が数量の増加に寄与している(第1-3-2図(2))。

我が国の輸出全体に占める自動車(完成車)の割合は高いものの、それ以外については、例えば生産用機械や素材、部品等をアジア諸国やアメリカなどに輸出し、輸出先でそれらを用いて生産された最終需要財が一定以上その他地域へ輸出されていると考えられる。そこで、OECDの付加価値貿易(TiVA)データベースを用い、日本の生産する付加価値の最終需要先の地域別シェア(2018年)をみると、財・サービス貿易額のシェアとは少し異なっている。付加価値ベースでも、首位の中国、2位のアメリカは共に2割程度で金額ベースのシェアと大きな違いはみられない。他方、NIEsは貿易金額ベースのシェアは2割を超えるが、付加価値ベースでは1割程度であることから、生産拠点としての位置づけが高い様子がうかがえる(第1-3-2図(3)、(4))。また、付加価値ベースでみて、最終需要先はアメリカ、中国以外の複数の地域に幅広く分布しており、特定の国や地域の景気の振れによる影響は限定的と言えよう。その際、成長をけん引している半導体製造装置であれば、その先にある半導体を搭載するデジタル機器の市況や、建設・鉱山用機械であれば住宅投資やインフラ投資、資源開発の動向などに影響されることから、こうした分野の市場動向を注視する必要がある。

第1-3-2図 輸出と設備投資
第1-3-2図 輸出と設備投資 のグラフ

(情報関連財と資本財の輸出が我が国の回復をけん引)

個別にみていくと、情報関連財については、輸出金額の35%がNIEs、30%が中国向けで、ASEANを含めると77%がアジア向けとなっている(第1-3-3図(1))。その内容をみると、NIEsについては、半導体(IC)と半導体等製造装置の寄与が大きく、2022年は半導体等製造装置が寄与を高めてきたが、半導体需要の伸びが一服する中で、足下で伸びがやや減速している。中国向けは基地局需要による通信機の部分品が2021年を中心に伸び、また半導体と半導体等製造装置は一定の寄与を保ってきたが、このところ伸びが減速している(第1-3-3図(2))。こうした需要動向を受けて、半導体が主力産業である韓国や台湾のPMIは既に50を下回っている(第1-3-3図(3))。半導体関連産業は長期的には成長が期待されるものの、民間機関の市場予測によると、半導体、半導体製造装置ともに2023年は世界市場のマイナス成長が見込まれる中で、当面は調整局面を迎え、2022年前半のような伸びは期待できない可能性がある(第1-3-3図(4))。また、アメリカによる半導体製造装置の対中輸出規制を巡る動向が及ぼす影響にも注意が必要である。

次に、資本財についてみると、輸出金額の22%がアメリカ、16%が中国向けとなっている(第1-3-3図(5))。コロナ禍以降の累積で資本財輸出の内訳をみると、アメリカ向けについては、2021年に住宅需要やインフラ投資を背景に、建設用・鉱山用機械が増加した。2022年は金利上昇もあって住宅需要は減速しているものの、引き続き堅調なインフラ投資やウクライナ情勢を背景とした天然ガス需要の高まりなどもあり、増加している。中国向けについては、金属加工機械が一定の増加寄与を保ってきたが、足下では低下がみられる。また、中国国内でエンジン車から電気自動車への置き換えが徐々に進んでいること等を背景に、2021年半ば以降、原動機の輸出が大きくマイナスに寄与しており、今後も継続する可能性がある。一方、2020年末頃から産業用ロボット輸出が増加している。前述のように、我が国は産業ロボットの輸出シェアが高く、強みを有している分野と言えることから、今後の資本財輸出の成長をけん引していく分野の一つとなることが期待される(第1-3-3図(6))。

第1-3-3図 情報関連財、資本財輸出の動向
第1-3-3図 情報関連財、資本財輸出の動向 のグラフ

(先行きについてはリスクと明るい材料が入り混じっている)

このように、コロナ禍以降我が国の輸出は情報関連財や資本財の輸出に支えられてきたが、2023年には我が国の主要な輸出先国・地域の景気減速が懸念される中で、我が国の輸出を今後支えていくことが期待される分野であっても、投資が縮小することで競争力を失う可能性も否定できない。

一方、下方リスクだけでなく、明るい材料もある。水際対策が緩和された中で訪日外国人客が戻ってきており、旅行サービス輸出が改善し始めている。また、国際商品市況が落ち着きを取り戻した場合には、鉱物性燃料等の輸入による所得流出に歯止めがかかる。

内需に目を移すと、旅行・宿泊を中心にサービス消費が持ち直し傾向にあり、1月以降も全国旅行支援が引き続き実施される。また、設備投資についても、コロナ禍からの回復過程において成長期待が高まる中で企業の設備投資意欲は引き続き強く、また2022年度第2次補正予算においてサプライチェーンの強靭化や脱炭素化に向けた投資支援策が盛り込まれるなど、政策の後押しも受けて今後も持ち直しが続いていくことが期待される。

今後、総合経済対策・2022年度第2次補正予算の徹底した進捗管理の下での着実な執行を通じて、これらの明るい材料が我が国の景気を下支えすることが期待される。

2 我が国の持続的な成長に向けた取組みの方向性

(潜在GDP成長率は労働・資本ともに伸び悩む中、低水準で推移)

中長期的な成長力に目を向けると、我が国の潜在GDP成長率は各国と比較して低い伸びとなっている一方、全要素生産性(TFP2については遜色ない伸び率となっている(第1-3-4図(1)、(2))。そこで、生産要素である労働投入量と資本投入量の寄与度の推移をみると、労働投入量は、1990年代から2000年代にかけてマイナスに寄与していたが、2010年代に入り女性・高齢者の労働参加が進む中でマイナス寄与を縮小してきた。一方、資本投入量については、1990年代は0.5%を超える寄与度となっていたが徐々に低下し、リーマンショック以降はゼロ近傍で推移している。TFPが変動しながらもプラスで推移している中で、労働・資本の投入量が伸び悩み、低い潜在GDP成長率となっている(第1-3-4図(3))。

第1-3-4図 潜在GDPの推移
第1-3-4図 潜在GDPの推移 のグラフ

(人口の自然減が進む中、コロナ禍では外国人労働者の減少もあり労働投入量が減少)

2010年代以降の労働投入量は、少子高齢化の下で自然動態としての人口減少が進み、また、働き方改革等により労働時間はマイナスに寄与するものの、女性や高齢者を中心として労働参加率が上昇してきたことや外国人労働者の受入れが拡大(社会動態の増加)する中で、マイナス幅を縮小してきた。しかし、コロナ禍以降、65歳以上の労働参加率の上昇が止まったことや、水際対策を強化する中で外国人労働者が流出超過となってきたことで、労働力人口が減少している(第1-3-5図(1)、(2))。

外国人労働者については、水際対策がビジネス目的の入国から段階的に緩和されてきたことで2022年4月、5月と再び流入超過へと転じている。外国人労働者の受入れに関しては2019年に深刻化する人手不足への対応として特定技能制度が導入されたが、感染症拡大の影響で当初の想定よりも活用が進んでいない。今後については、水際対策の緩和を受け、外国人労働者の受入れが進むことが期待される3。そうした中、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」が2022年6月に閣議決定され、日本語教育や家族への支援、就労環境の整備などを進めることとされた。また、同11月に設置された技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議では、両制度の課題を洗い出し外国人材を適正に受け入れる方策を検討するとされており、日本での就労を希望する外国人労働者にとって魅力のある制度とすることが期待される。他方、より本質的には外国人労働者の受入れではなく、人口減少そのものへの対応が重要である。2022年1月~10月の出生数は合計で約67万人となっており、前年同期の70万人から4.8%減少している。内閣府「令和2年度版少子化社会に関する国際意識調査報告書」によると、希望する子供の数はフランス、ドイツ、スウェーデンはいずれも2人以下なのに対し、我が国では2.1人と上回っている。他方、希望する子供の数より実際の子供の数が少ないが、今より子供を増やしたくない理由については、過半の回答者が子育てに教育やお金がかかりすぎることを挙げ、各2割程度が育児の心理的、肉体的負担、もしくは職場環境の制約を挙げている4(第1-3-5図(3))。この結果を踏まえると、現在子供の数を増やしたいと思っている人が希望人数まで子供を持てるようにするためには、育児や教育の金銭的負担に加え肉体的・心理的負担の軽減や、育児と仕事の両立を物理的にサポートする制度やサービスの充実が急務となる。これに関連し、中長期的には、幼児教育や子育て支援を含む家族への現物給付の拡充は、女性の労働参加促進や金銭的制約の緩和を通じた出生数の増加などを通じてGDPを増加させるだけでなく、他の構造政策と比べ、家計可処分所得への寄与が大きいとのOECDの分析結果5が得られている。

我が国においても、幼児教育・保育の無償化や放課後児童クラブの整備、保育人材の確保、子育てワンストップサービス等の施策が実施されている。これらの施策は希望する数まで子供を増やさない理由への対応策として有効と考えられ、施策の充実と着実な実行を通じて人口減を食い止めることは、長期的な視点から潜在成長率の維持・上昇にも寄与すると期待される。

第1-3-5図 労働力人口
第1-3-5図 労働力人口 のグラフ

(一人当たり資本装備率は主要国で最も低く、成長分野での投資が鍵)

人口減の対応の効果が潜在成長率に現れるまでは20~30年かかることから、当面、潜在成長率の引上げには、資本投入量の増加やTFPの向上が必要となる。そこで、資本投入量についてみると、我が国の一人当たりの資本装備率はG7諸国で最も低い水準で推移するなど、主要先進国と比較して潜在成長率への資本ストックの寄与が小さく6、我が国の潜在成長率が低水準にとどまっている理由のひとつとなっている(第1-3-6図(1))。第3章で詳述するように、資本投入が伸び悩んできた背景としては、バブル期以降、長期的に成長率が停滞する中で成長期待が低下したことにより、企業が国内投資を抑制したことなどが挙げられる。

2022年に入ってからの資本投入の動向をみると、コロナ禍からの回復過程で期待成長率が上昇し、設備投資には回復基調がみられる。日本政策投資銀行の「全国設備投資計画調査」(2022年)でも、製造業大企業の46%、非製造業大企業の57%が事業の成長のために国内有形固定資産投資を最も優先すると回答する一方、海外有形固定資産投資を最も優先すると回答した企業は各10%、3%にとどまる。一方で、世界的な景気減速懸念が指摘される中、不確実性の高まりは投資の抑制につながりうる7ことからも、国内投資の回復モメンタムをサポートし、持続的な増加につなげるには、総合経済対策の実行を含め、成長分野に対して重点的に投資喚起をし続けることが重要である。

成長が期待される分野の例として、まず半導体関連産業が挙げられる。経済安全保障を念頭に置いた半導体工場新設など、各国でサプライチェーンの再構築の動きがある中で、製造装置を含む半導体関連産業は中長期的に一層の拡大が期待される。他方、最先端の分野で競争力を維持するためには、多額の設備投資や研究開発投資を継続的に行う必要があることも指摘されている8。2021年の売上対設備投資比率でみると、我が国の主要半導体メーカーは欧米及びアジア諸国の主要メーカーよりも低く9、研究開発投資の規模も小さく、先端半導体分野での競争力を強化していくためには、投資の拡大が求められる。なお、我が国が競争力を持つ半導体製造装置の生産と輸出は近年急速に増加しており(第1-3-6図(2))、精密機械産業全体では、増産対応に向けた大幅な設備投資の伸びが計画されている。

また、CO2排出量の抑制に向けて各国が普及支援を実施している電気自動車では、新たに電気自動車専業の企業やICT企業の新規参入を通じた競争の激化が見込まれる。我が国企業が世界市場拡大のチャンスを捉えてシェアを獲得していくには、設備投資や研究開発投資の拡充が不可欠と考えられる(第1-3-6図(3))。

さらに、脱炭素化に向けた原子力や再生可能エネルギー、省エネへの投資の加速も、我が国の持続可能な成長の鍵となる。上述の「全国設備投資計画調査」によれば、国際的なカーボンニュートラルへの取組の加速を設備入替えの契機と捉える企業は、製造業大企業の4割強、非製造業大企業の半分程度を占める。技術実装に向けたカーボンニュートラル関連の設備投資は、2050年にかけて1年あたり5-6兆円に増やす必要があるとの結果も得られている。関連する設備投資のため、「GX実現に向けた基本方針」に基づき、省エネ補助金等を通じた省エネ投資の促進、改正省エネ法に基づく大規模需要家に対する非化石エネルギー転換に関する中長期計画の提出及び定期報告の義務化、再エネ導入拡大に向けて重要となる系統整備及び出力変動への対応の加速等に加え、「成長志向型カーボンプライシング構想」の実現、実行が期待される。

なお、今後の投資活性化を考えるには、上述のような有形資産投資だけでなく、有形資産と補完的に機能して生産性の押上げに寄与すると考えられる、デジタル化投資や人的投資などの無形資産投資の促進も重要と考えられる10

資本蓄積の促進は、中長期的に潜在成長率を高めるだけでなく、需要面からGDPを上昇させる需給両面に寄与する取組である。世界的な経済構造の変化に対応し、積極的な投資を通じて世界をリードしていくことが、今後、日本経済の成長経路を一段高いものとしていく上で重要となる。

第1-3-6図 資本装備率、半導体製造装置、電気自動車市場の動向
第1-3-6図 資本装備率、半導体製造装置、電気自動車市場の動向 のグラフ
コラム1-4 電気自動車と半導体市場の動向

本文では、成長が期待できる分野として半導体や電気自動車を挙げた。電気自動車には従来のガソリン車と比べて倍以上の半導体が一般的に使われていることから、両者の成長は相互に関連している。また、電気自動車は脱炭素の観点から、半導体は経済安全保障等の観点から、各国が積極的に支援策を講じている点も共通する。ここでは、それぞれの市場動向と各国の政策支援についてみていきたい。

まず、電気自動車について見てみよう。電気自動車は、炭素排出量の大きなウェイトを占める交通分野の脱炭素化を進める上で、欧米各国が各種の規制や財政措置を通じて支援策を講じており、成長が期待される分野である(コラム1-4-1図(1))。例えば、アメリカでは2030年までに新車販売の50%以上をEVFCVとする大統領令が2021年に発令されるとともに、インフレ抑制法に基づきEVPHVの購入に対して最大7,500ドルの税額控除等が設けられた。また、欧州では、事実上2035年までにHVを含めた全てのガソリン・ディーゼル車を禁止するCO2排出量の削減方針が示されている。先進的な取組として、ノルウェーでは2025年までに新車販売すべてをCO2排出ゼロ車にするとの目標の下、EVFCVの購入に対し、1990年に車両購入税、2001年に付加価値税を免税とするなどのインセンティブ措置を講じたことに加え、電気ステーションの大規模な整備などを実施した。その結果、2021年時点でEVPHEVが新車登録台数の86.2%を占めている。また、英国では2030年までにガスリン、ディーゼル等の新車販売を終了させ、2035年までに全ての新車販売をCO2排出ゼロ車とするとの目標を設定した(コラム1-4-1図(2))。

こうした各国の動きを踏まえると、従来、我が国が強みを有してきたHVも含めた電気自動車以外の自動車が電気自動車に置き換えられていくことになる。2021年のメーカー別にみた電気自動車販売台数(上位20社)における我が国の世界シェアは2.9%と、中国の46%、アメリカ26%、ドイツ25%などから大きく後れを取っている。我が国においては2035年までに新車販売でいわゆる電動車を100%とする目標とし、クリーンエネルギー自動車導入促進補助金や充電・充てんインフラ等導入促進補助金を措置するなど、当該目標に向けて取り組んでいるが、電気自動車の普及は各国と比べて遅れている。今後、電気自動車の普及に向けて積極的な投資が重要となってくる。

コラム1-4-1図 電気自動車市場の動向と各国の支援策
コラム1-4-1図 電気自動車市場の動向と各国の支援策 のグラフ

次に、もう一つの成長分野であり、電気自動車の生産にも欠かせない半導体について見てみよう。まず、半導体の関連産業全体の動向をみると、コロナ禍からの回復過程において高まったデジタル関連財の需要はその基盤となる半導体不足をもたらし、メモリや液晶パネルなどを中心に価格が上昇した。しかし、2022年に入り、PC・スマホ需要が一服する中で、半導体のリードタイムが徐々に短くなるなど需給が緩和され、メモリや液晶パネルの価格は急落した。ただし、半導体関連産業はこれまでも3~5年を周期としたシリコンサイクルを経験している。前回の下降局面(2019年)から3年経つことから、今回もシリコンサイクルとの指摘があり、2023年は調整局面が続くものの、その後は再び大きく成長するとの予測もある(コラム1-4-2図(1)~(4))。

また、従来、車載用半導体は半導体市場におけるシェアは小さく、市場の大半はPCやスマホ向けのメモリが占めていた。しかし、電気自動車で利用されるイメージセンサー、パワー半導体、ロジック半導体といった部品の半導体市場に占めるシェアが拡大しており、今後も電気自動車とともに伸長することが見込まれる。車載用半導体は、日本企業が相対的に強みを有する分野であり、当該分野の成長を捉えていくことが我が国経済の成長にとって重要となってくる。

さらに、半導体は政策的にも重要品目であるがゆえに、各国とも財政資源を投じて国内生産を拡充している。具体的には、アメリカで2022年8月に半導体産業の製造・デザイン・調査研究能力、経済と国家の安全保障、半導体サプライチェーンの強化を目的とした「CHIPS及び科学法」が制定され、527億ドル(約6兆9,000億円)がアメリカ国内で半導体を生産する企業への支援に用いられることとなった。EUにおいても、2021年3月に発表された2030 Digital Compassで、半導体を含むデジタル分野に今後2~3年で1,345億ユーロ(約17兆5,000億円)を投資すると発表された他、2022年2月に欧州半導体法案が欧州委員会より発表され、公的資金が110億ユーロ(約1兆4,000億円)規模で出資される欧州半導体インフラコンソーシアムが設置された。我が国では、2022年5月に制定された経済安全保障推進法に規定された特定重要物資として同年12月に施行された同法施行令において半導体素子及び集積回路が規定され、また、同月2日に成立した2022年度第2次補正予算において、先端半導体の国内生産拠点の確保事業として4,500億円が措置された(コラム1-4-2図(5))。

このように、経済安全保障や2021年に生じた供給不足への対応もあり、2022年には半導体工場新設の動きが活発化してきたが、これにより我が国が強みを有する半導体製造装置の需要が高まる。これまでも半導体産業の成長に伴い、2015年から21年の過去7年間で輸出額が7,900億円から2兆1,600億円へと約2.7倍に成長している。今後も、半導体工場の新設とその更新需要を取り込むことで更なる市場規模の拡大、それに伴う生産・輸出の拡大が期待される。

このように、半導体関連産業はシリコンサイクルによる定期的な振れを伴うものの、市場規模の拡大とそれに伴う製造装置の市場拡大を見据え、短期的な景気変動によって投資を控え、我が国が強みを有する分野でのシェアを失うことのないよう、継続的に投資がなされることが重要となってくる。

コラム1-4-2図 半導体市場の動向と支援策
コラム1-4-2図 半導体市場の動向と支援策 のグラフ

(生産性向上に向けて人的資本投資、研究開発投資、競争性の高い規制制度等が重要)

次に、TFPを見てみよう。TFPは労働投入と資本投入以外のすべての生産要素が包含されることから、人的資本の蓄積やイノベーション、規制や起業・廃業のしやすさといったビジネス環境、貿易開放度、政府部門の効率性、生産部門の構成などが影響11すると考えられ、これらの要素を改善することがTFPの向上にとって必要となる。まず、人的資本の蓄積やイノベーションという観点では、人的資本投資や研究開発投資が寄与するが、我が国は企業による労働費用総額に占める教育訓練費の割合も各国と比べて低く、政府による教育支出対GDP比も低い(第1-3-7図(1))。改善余地は大きく、リスキリング支援やSTEM教育の充実、大学機能の強化等が重要である。研究開発投資については、政府部門の支出はアメリカ、フランス、ドイツよりもGDP比で低い水準で推移してきた(第1-3-7図(2))。今後、基礎研究等の採算性の低い研究開発を政府部門が支援するとともに、先端分野の国際共同研究やオープンイノベーションなどを進めることで研究開発投資の効率性が向上していくことが重要となってくる。起業・廃業に係るビジネス環境という点ではスタートアップ支援5カ年計画をとりまとめたところであり、その着実な実行が期待される。規制については、OECD製品市場規制(PMR)指標(2018)によると、日本はOECD平均と比較すると政府調達、規制手続きの複雑性、電気通信分野の規制制度について、競争性が低いとされているなど、改善の余地がある(第1-3-7図(3))。また、低生産性部門から高生産性部門への労働移動もTFPの向上に寄与することから、労働者が転職を円滑に行うことが可能となるよう支援していくことも求められる。

第1-3-7図 人的資本投資、研究開発投資、PMR指標の国際比較
第1-3-7図 人的資本投資、研究開発投資、PMR指標の国際比較 のグラフ

(成長市場との間の貿易・投資の障壁を低下させることが重要)

先にみたように、これまでの海外からの人口流入のペースを加味しても、我が国は人口が減少していくと見込まれる一方、今後、人口が増加しながら、高い一人当たりGDP成長率が見込まれる国・地域も存在する(第1-3-8(1)、(2))。こうした海外の成長市場との間にある貿易・投資の障壁を低下させることで、そのダイナミズムを取り込みながら、こうした国・地域の成長を我が国の成長につなげていくことが重要である。

具体的には、欧米の一人当たりGDP成長率は1%台にとどまる中、アメリカは人口の増加を背景に市場が緩やかに拡大し、EUでは人口が横ばいで推移することから一人当たりGDPの成長率に沿ったペースでの市場拡大が見込まれる。我が国の最大の貿易相手国である中国は、IMF世界経済見通し(2022年10月)では一人当たりGDP成長率は当面4%台後半で推移すると予測されるものの、一人っ子政策による出生率の低迷による人口減と急速な高齢化が見込まれ、市場規模の拡大ペースは鈍化すると考えられる。他方、一人当たりGDP成長率、人口共に高い伸びが予測されているのが、ASEANとインドである(第1-3-8図(1)、(2))。ASEANは我が国の輸出全体の15%を占めるなど大きな貿易相手であり、かつ2021年の直接投資収益額は2.2兆円と中国からの直接投資収益の2.3兆円とほぼ同水準となるなど、我が国企業の海外展開も進んでいる。他方、インドについては輸出金額の1.7%しか占めておらず、直接投資収益額も2021年で566億円にとどまるなど企業の海外展開は限られている(第1-3-8図(3))。

我が国は近年積極的な経済外交を通じて、TPP、日EUEPARCEP、日米FTAなどを締結してきたところであり、加えてインドについてはインド太平洋経済枠組(IPEF)の議論に参加している。これらの枠組みで得られたメリットを最大限活用し、成長していく国・地域との間の貿易や投資の結びつきを強めることは、TFPの上昇等を通じて安定的に潜在成長率を引上げ、我が国経済を一段高い成長経路に乗せていくために重要となる。

第1-3-8図 主要貿易相手国の人口動態と一人当たりGDP成長率
第1-3-8図 主要貿易相手国の人口動態と一人当たりGDP成長率 のグラフ

1 IMF世界経済見通し(2022年10月)でも、多くの国・地域における金融引き締めの影響や、急速な中国経済の減速、ロシアから欧州へのガス供給の削減などを背景に、世界経済の成長率は2022年が3.2%、2023年が2.7%とされている。
2 ここでは、OECDが試算しているMulti Factor Productivityを用いている。
3 是川(2022)は、アジアの国際労働市場について、日本はアメリカ・韓国と並ぶ最大の目的地の一つであり、日本を目指す者は中-高学歴かつ高所得層が多く、能力や意欲が高い者が多い可能性を指摘している。
4 日本では、「子育てに教育やお金がかかりすぎるから」が51.6%と最も高く、次いで「自分又は配偶者・パートナーが高年齢で、生むのが嫌だから」が23.2%、「これ以上、自分又は配偶者・パートナーが育児の心理的、肉体的負担に耐えられないから」が19.4%、「働きながら子育てできる職場環境がないから」が17.5%となっている(2020年調査、回答者数314人、複数回答)。
5 詳細はOECD”Economic Outlook 112”Botev etl al.(2022)を参照。
6 内閣府「令和4年版年次経済財政報告」
7 日本に関する実証研究において、不確実性は設備投資を抑制するという結果がおおむね支持されてきた。詳しくは宮尾(2009)を参照。
8 EU “The 2022 EU Industrial R&D Investment Scoreboard” (2022年12月)
9 上述のScoreboardによれば、世界における半導体産業の主要企業89社の資本的支出対純売上比率は2021年で平均17%であったが、台湾33%、韓国20%、中国17%、アメリカ12%、EU8%に対し、日本は6%と最も低い。
10 国連で採択される国際基準(2008SNA)に基づき作成されるSNA統計では、無形資産に対応する知的財産生産物の中にコンピュータソフトウェア、研究・開発、娯楽作品原本等が含まれ、人的投資は含まれない。宮川・石川(2021)では、2015年以降、ソフトウェア投資を除いて日本の無形資産投資額の伸びが欧米諸国と比べて小さいことを指摘している。
11 Égert(2017)は、MFPの決定要因として生産性フロンティアまでの距離、イノベーション、貿易開放度、製品市場規制や労働規制といった規制、ビジネス環境、人的資本を想定した上で、人的資本はイノベーションの説明要素ともなるので、人的資本は操作変数として扱った上で実証研究を行い、それぞれの統計的優位性を確認している。また、Loko and Diouf(2009)は、TFPの決定要因として、マクロ経済(物価上昇率や政府部門の大きさ)、貿易開放度や対内直接投資、労働の質、制度要因(政府部門の効率性、経済の自由度、法の支配、規制)、生産部門の構成、女性の労働力率等を指摘している。
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