第3章 成長と分配の好循環実現に向けた家計部門の課題(第2節)
第2節 人材活用の動向と課題
前節では、雇用の動向や雇用形態の違いによる処遇格差・セーフティネットの状況について考察したが、本節では、人手不足への企業の対応状況や労働移動の動向、また、それを後押しするような学びの機会の提供状況等についてみていきたい。
1 人手不足への対応と正規化の進展
(労働者の不足感は感染症の影響により、一時的に緩和したものの、再び拡大)
前節において、正規雇用者数の増加が継続していることが確認されたが、こうした背景には、人口減少が続く中で、企業における人手不足への懸念があると考えられる。
企業における雇用の不足感は、感染拡大局面において一時的に緩和したものの、2021年に入ってからは、再び高まる状況にある(第3-2-1図(1))。特に、正社員の不足感は、パートタイムや派遣労働者に比べて2017年以降、高い水準で推移している。
さらに、産業別の正社員の過不足感を産業全体の水準と比較すると、建設業や医療・福祉、運輸・郵便業、情報通信業等においては、相対的に不足感が大きい(第3-2-1図(2))。医療・福祉や情報通信業においては、正規雇用者数が増加しているものの、不足感は高止まりしている。建設業においては、高齢化等も背景に、正規雇用者数の減少が続いていることが不足感の高止まりの背景にあると考えられる(前掲第3-1-4図、前掲第3-1-5図)。また、宿泊・飲食サービス業や生活関連サービス・娯楽業、製造業等においては、正社員の不足感は相対的に小さいものの、経済活動の正常化に伴い、2021年に入り、不足感が高まっている。
(人手不足に対し、正社員採用・登用やパートタイム労働者の増加等を中心に対応する傾向)
それでは、このような全体的な人手不足に対し、企業はどのように対応してきたのだろうか。現在労働者が不足しており、かつ、過去・今後1年間に何らかの対処を実施した・若しくは実施する予定の事業所の対処の状況をみていきたい。
調査産業全体でみると、正社員採用・登用による対応の割合が最も高く、特に、感染拡大後も正規雇用者数が増加した医療・福祉や情報通信業等でその割合が引き続き高い(前掲第3-1-4図、前掲第3-1-5図、第3-2-2図)。一方で、宿泊・飲食サービス業や生活関連サービス・娯楽業等においては、労働者不足への対応を要する企業の割合は全体的に低下しつつも、引き続き臨時やパートタイムの増加により対応する事業者の割合が高いことがわかる。
また、製造業や情報通信業等においては、2021年以降は、派遣労働者の活用による対応割合が高まっている(派遣労働者の動向については、コラム3-1を参照)。さらに、建設業や医療・福祉、情報通信業等においては、離転職の防止策1の強化、再雇用制度2、定年延長、継続雇用等を活用して対応する傾向がみられており、高年齢者雇用安定法改正に伴う定年延長・継続雇用の取組の効果は一部の業種で表れていると考えられる。
(同一企業内での正社員登用は、全体としては横ばい)
次に、過去1年間における同一企業内での正社員以外の労働者から正社員への登用状況を確認すると、調査産業全体では、登用実績のある事業所の割合は5割前後で推移している中で、医療・福祉においては6~7割と高い水準にある(第3-2-3図)。また、感染症の影響等もあり、多くの業種において、2019年以降、正社員登用実績のある事業所の割合は低下しているものの、情報通信業や宿泊・飲食サービス業においては、緩やかながら上昇している。
人手不足の高まりへの対応として、正規雇用者の確保はこれまで広くとられてきた対応であり(前掲第3-2-2図)、自社における正社員以外の労働者を正社員に登用することは、優秀な人材の確保や、就労意欲の向上にもつながると考えられる。キャリアアップ助成金3等による支援もあいまって、今後もこのような正社員登用の取組が継続されることが期待される。また、多様な働き方が広がる中で、正社員登用を希望する労働者に対し、職務や勤務地・労働時間を限定した「多様な正社員」の普及を図るとともに4、研修機会を提供するなど企業側の積極的な環境整備も求められる。
2 労働移動の動向と課題
(転職入職率は、30歳代の男性や50歳代の女性、男性高齢層において上昇傾向)
前項でみたとおり、同一企業内での正規雇用への登用という形での人材活用は一定程度進んでいるが、転職による人材活用の動向に変化はみられるのだろうか。常用労働者5の労働移動について、転職入職率(常用労働者のうち過去1年間に転職により入職した者の割合)をみると、感染症の影響を受けた2020年は低下しているものの、2010年以降、全体として男性は横ばい、女性は緩やかな上昇傾向にある(第3-2-4図)。年齢階層別にみると、男女ともに25~29歳の転職入職率の水準が最も高いが、おおむね横ばい圏内で推移している。男性では、30歳代の転職入職率が緩やかな上昇傾向にある一方、転職入職率の水準が低い50歳代はさらに低下する傾向にある。女性では、30歳代から40歳代の転職入職率が男性に比べて高く、結婚や出産等のライフイベントによる影響や相対的に非正規雇用の形態で働く者が多いことの影響が表れているとみられる。また、女性の就業率が高まる中で50歳代の転職入職率が上昇傾向にある。
さらに、男性の60歳以上の高齢層の転職入職率は上昇傾向にあり、特に65歳以上における上昇が顕著にみられる。高齢層においては、定年・契約期間の満了により前職を辞めた者が多く、本人の希望に応じた円滑な転職が可能となり、長く働き続けられる社会を実現することが必要と考えられる。そのためには、定年延長や再雇用制度の整備のみならず、企業と高齢求職者をマッチングさせる機能の充実やニーズに応じたきめ細やかなサポート、現役世代の間から将来を見据えた生活設計のアドバイスといった再就職支援等も必要であると考えられる。
(医療・福祉は、感染症の影響を大きく受けた業種を含め、幅広い業種の非正規雇用を吸収)
感染拡大以降も医療・福祉や情報通信業等において正規雇用者数は増加してきたが(前掲第3-1-4図、第3-1-5図)、どのような属性の者がこれらの業種の正規雇用となっているのだろうか。「全国就業実態パネル調査」を用いて、過去1年以内に転職し、現在正規雇用として就労している者について、前職の属性(正規・非正規)や業種を確認する。ここでは一定のサンプル数が確保できる医療・福祉の正規雇用に焦点を当てる。また、転職入職者が対象であり、新規就労者や失業者・非労働力人口から正規雇用になった者は含まれていないことに留意する必要がある。
まず、男性についてみると、過去1年以内に転職し、現在正規雇用として就労している者のうち医療・福祉に従事する者の割合は全体で10%強となっており、その前職が正規雇用であった者は10%前後、非正規雇用であった者は2%前後となっている(第3-2-5図(1))。前職が正規雇用であった者の多くは、前職も医療・福祉に従事していた。一方、前職が非正規雇用で現在は医療・福祉で正規雇用として働く者の割合は上昇傾向にあり、年によって振れはあるものの、製造業やサービス業等医療・福祉以外の業種からの転職入職者も一定の割合を占めている。
次に、女性についてみると、転職後に正規雇用として就労している者のうち医療・福祉に従事する者の割合は全体で40%前後となっており、その前職が正規雇用であった者は25%前後、非正規雇用であった者は10%強となっている(第3-2-5図(2))。医療・福祉は転職後の女性の正規雇用の大きな受け皿となっており、その割合は上昇傾向にある。前職が正規雇用であった者をみると、前職も医療・福祉に従事していた者の割合が20%前後と最も高いが、サービス業等医療・福祉以外の産業に従事していた者の割合も男性と比べると高めとなっている。前職が非正規雇用であった者をみると、前職が医療・福祉の非正規雇用者で転職を通じて正規雇用化した者が毎年、5%前後で推移している。さらに、卸小売業やサービス業等医療・福祉以外の業種の非正規雇用から医療・福祉の正規雇用になる者も5%前後の割合を占めているが、特に、2020年については、製造業やサービス業や卸小売業、飲食・宿泊業といった幅広い業種の非正規雇用から医療・福祉の正規雇用に転職しており、感染症の影響を受けた業種の非正規雇用の受け皿となったこともうかがえる。
3 学びの機会の提供に向けて
(自発的に学びを行った者の方が、年収が高い傾向)
これまでみてきたとおり、多様な働き方が広がる中で、個人の希望と企業の意向が適合するような形での就業機会の提供が求められる。特に、デジタル化への対応が不可欠となる中で、企業は、新たな人材確保のみならず、これらの環境変化に対応できるように社内の人材の学び直し、特にリスキリング6の取組を進めることも重要である。そのためには、雇用者・企業双方の取組が必要であるが、そもそも企業による学びの提供や雇用者による自発的な学びは、どの程度実施されているのだろうか。
「全国就業実態パネル調査」を用いて、過去1年間に、自分の意思で、仕事に関わる知識や技術の向上のための取組を行っている者の割合をみると、非正規雇用者に比べて正規雇用者や役員の方が大きいものの、4~5割程度にとどまっている(第3-2-6図(1))。また、産業別にみると、教育・学習支援や医療・福祉、情報通信業等の業種に従事する者は、産業計と比較して、自己啓発活動を行う者の割合が大きいことがみてとれる(第3-2-6図(2))。これらの業種では、専門性が求められるとともに、技術や制度の変化も速いため、日々の学びが不可欠であることも背景にあると考えられる7。
こうした中で、自己啓発活動と収入の関係をみると、正規雇用者を中心に、前年1年間に自発的に学び行動をとった者の方が、とらなかった者に比べて30~40万円程度年収が高いという傾向がみてとれる(第3-2-6図(3))。年収の多寡は、従事する産業や職業等の影響も大きいと考えられ、これらの影響を制御していない点には注意する必要があるが、自発的な学びが業務遂行能力の向上や資格の取得等を通じて、年収の増加につながる可能性があることが示唆される8。
(自発的な学びを行った者は、仕事を通じた成長実感等が高い傾向)
それでは、社会人の学びは、どういった理由に基づいて行われるものなのだろうか。雇用者による学びは、会社や上司の指示によるものと自ら進んで行うものがあるが、いずれであっても何らかの学びを行った理由は、正規雇用者・非正規雇用者を問わず、「仕事上の必要」によるものと回答した者の割合が約3~4割と最も大きく、必要に迫られた行動であると考えられる(第3-2-7図(1))。また、正規雇用者・非正規雇用者ともに、自ら進んで学びを行った者は、そうでない者と比較して、仕事への満足感や仕事を通じた成長実感が高く、キャリアの見通しがあると考える傾向がある(第3-2-7図(2))。
一方で、年齢階層別に何らかの学びを行わなかった理由をみると、時間的・金銭的制約のほか、高齢層を中心に、「十分な知識・技術があるから」、「今後転職等の予定がないから」を挙げる割合が大きい(第3-2-7図(3))。加えて、その他様々な理由よりも、「当てはまるものはない」の選択割合が最も大きく、社会人が学ぶということへの意識がない者や学ばない理由を特に考えたこともない者が多いこともうかがわれる。
こうした中で、何らかの学びを行った者について、学ぶべきことがわかっている、学びを役立てる場がある、と回答した者の割合は比較的大きいものの、学びの目標がある、と回答した者の割合は小さく、目標やゴールがみえていないことが学びの意欲を阻害している可能性もある(第3-2-7図(4))。
これらを踏まえると、リスキリングの取組に当たっては、企業が研修制度等を用意することに加えて、キャリアの展望や業務内容に応じて必要なスキルの水準の明確化といった形で目標を提示し、実現に向けて、従業員による自発的な学習を促すことが必要と考えられる。