第2章 成長と分配の好循環実現に向けた企業部門の課題(第5節)
第5節 まとめ
本章では、感染症への危機対応ステージの先に待つ、経済の成長と分配の好循環の実現に向けた企業部門の課題を整理した。第1節で概観したとおり、近年の景気回復局面を振り返ると、我が国企業は、経営効率化を進めて収益を改善させてきたが、将来の流動性不足に備えて現預金を保有する傾向が強く、雇用者への賃金や国内での設備投資に対するスタンスは慎重であった。足下、感染症による経済の落ち込みから、景気は持ち直しの局面にあるが、この新たな景気回復局面においては、企業の賃上げや設備投資が積極化することで、経済の成長と分配の好循環に結び付くことが期待される。
成長に欠かせない企業の投資分野として、デジタル化と脱炭素関連投資に注目が集まっている。これらの投資は、近年企業の重点的な投資先であった海外のみならず、国内での設備投資を伴うことになり、経済への波及効果も大きいと見込まれる。第2節では、こうした現状を踏まえて、デジタル化の効果を最大化する上で、①教育訓練を伴ったIT投資が企業の生産性を高めること、②社齢の若い企業ほどIT投資の効果が大きいこと、を実証分析により示した。我が国のIT人材教育、スタートアップ支援はいずれも諸外国対比で見劣りしており、官民を挙げて注力していく必要がある。
デジタル化や脱炭素関連投資を進めるためには、成長分野に前向きな投資を行う企業やスタートアップ企業に、労働力や資金を移していくことも重要である。もっとも、第3節でみた通り、我が国では、過去の景気後退局面であるリーマンショック後にも、生産性の低い企業から高い企業への資源配分を通じた経済全体の生産性改善が諸外国と比べて十分に行われてこなかった。今次局面においても、企業金融の力点は一時的には企業の流動性支援に置かれてきたが、今後、経済社会活動が正常化に向かう中で、成長企業に資源が円滑に移行する環境を整備することも重要である。
また、近年、保護貿易が台頭する中で発生した感染症により、企業のサプライチェーンマネジメントも課題となっている。第4節で確認した通り、国際的な生産分業が進む中で、輸送機械などの我が国の主要産業において、中長期的に、海外からの部品調達比率を高めつつ、調達先も一部の国に集中する形でサプライチェーンの構築がなされてきた。地域的な災害や地政学リスク等を回避するために、調達先の分散や国内生産回帰の検討も必要となっている。さらに、サプライチェーン全体で脱炭素化を目指す動きや、サプライチェーン上の人権侵害の防止を企業に求める国際的な潮流を受けて、企業のサプライチェーンマネジメントは複雑化している。デジタル技術を活用しつつ、サプライチェーン再構築を進める重要性が高まっている。