第2章 成長と分配の好循環実現に向けた企業部門の課題(第4節)

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第4節 サプライチェーンの強靱化に向けた課題

感染症の拡大と各国の社会的抑制措置は、生産活動や物流に多大な影響を及ぼし、我が国を含めた広範な地域でサプライチェーンの混乱が生じた。本節では、グローバルサプライチェーンの構築が進む中で、海外からの中間財の調達増加を通じた国内での事業活動への影響が強まっている可能性を踏まえ、物資の安定調達に向けた課題に焦点を当てる。また、環境や人権の保護など、サプライチェーン構築に係る考慮事項が複雑化している点への対応についても整理する。

1 感染拡大とサプライチェーン障害

(サプライチェーン障害は我が国の生産活動に大きな影響)

感染症の拡大を受けて、世界各国において都市封鎖を含めた大規模な人流制限措置が実施されてきた。これに伴い、需要面では不要不急の財・サービスを中心に需要の大幅な減少が発生した。また、こうした社会的抑制措置が、工場の稼働停止などに繋がり、国内外の供給制約が、各国の経済活動に大きな影響を与えた1。加えて、2020年秋以降、世界経済の同時的な回復を受け、様々な分野での需給逼迫から、供給制約がみられた。例えば、コロナ禍にデジタル化のニーズが高まったこともあり、幅広い製造業において半導体不足が生産の抑制要因となっているほか、物流業界では、コンテナやトラックドライバーの不足が発生し、国際的なサプライチェーン障害を引き起こす事例もみられる。

我が国でも、半導体不足の影響や、2021年夏以降、東南アジアでの感染再拡大により現地の工場稼働率が低下したことを受けて、製造業全体への波及効果の大きい輸送機械製造業の生産活動に大きな影響が生じた。輸送機械製造業は、組み立てに不可欠な部品の一部を、東南アジアの工場から調達している。平時であれば、おおむね、日本の自動車メーカーの生産計画に沿って組み立てが進み、鉱工業生産指数における予測指数と実績のかいりは大きくないが、東南アジアで感染が再拡大した2021年夏は、予測指数対比で実際の生産活動が大きく下振れた(第2-4-1図(1))。感染症拡大以降の部品調達難を背景とした生産活動への影響は、製造業で広く聞かれており、世界的にもサプライヤーの納期が大幅に長期化しているほか(第2-4-1図(2))、我が国企業へのアンケート調査をみても4割弱の企業が、「減産などの生産調整を余儀なくされた」と回答している(第2-4-1図(3))。

第2-4-1図 我が国におけるサプライチェーン障害の影響
第2-4-1図 我が国におけるサプライチェーン障害の影響 のグラフ

2 国際分業体制の下での安定調達に向けた課題

(国際分業体制が進み、日本の中間財の海外依存度が高まっている)

1990年代後半以降、情報通信技術の発展に伴い、多国籍企業は生産工程の各段階を世界各地にコストの低減に資するように配置することで、グローバル・バリュー・チェーン(GVC:Global Value Chain)と呼ばれる国際的な生産ネットワークを構築するようになった2。その結果、各国が自国の優位性を活かして一部の生産工程に特化してきたことで、中間製品段階の貿易取引が増加している3。GVCへの各国の参加度合いについてはOECDが国際産業連関表を用いて作成、公表している「グローバル・バリュー・チェーンへの参加度指数」が参照されることが多い。同指数は、他国への中間財の供給度合を示す「前方への参加度(Forward Participation Index)」4と、他国からの中間財の調達度合を示す「後方への参加度(Backward Participation Index)」5の合計からなる。実際に、同指数の全世界平均値をみると、1990年代から2000年代にかけて大きく上昇した後に、高い水準を維持しており、我が国もおおむねこれに連動して参加度が高まっている(第2-4-2図(1))。また、ネットワーク分析により、国家間の付加価値の貿易取引を可視化すると、GVCの深化に伴って、国家間の結びつきが強まっていることが理解できる。特に、我が国と中国との付加価値取引額は、この20年弱の間に大きく増加しているほか、我が国と付加価値取引が多いアジア諸国が増加している(第2-4-2図(2))。

第2-4-2図 グローバル・バリュー・チェーンの動向
第2-4-2図 グローバル・バリュー・チェーンの動向 のグラフ

前述した通り、海外からの中間財の調達難を背景に、国内の感染状況が落ち着く中にあっても、我が国の生産・輸出は多大な影響を受けた。こうした問題意識から、ここでは、海外からの中間財輸入への依存度を示す「後方への参加度」に注目する。先進国における「後方への参加度」の推移をみると、2000年以降、欧州やアメリカと比較して、我が国の上昇は際立っており、相対的にみて海外の中間財輸出国の供給制約の影響を受けやすくなっているとみられる(第2-4-3図(1))。我が国の中間財調達先を国別にみると、先のネットワーク分析でも可視化されたように、特にアジアからの調達割合が高まっており、中国や東南アジアからの部品供給が国内拠点の生産活動に及ぼす影響が大きい(第2-4-3図(2))。次に、「後方への参加度」を業種別に寄与度でみると、特に「輸送機械」での増加による寄与が大きくなっている(第2-4-3図(3))。こうしたサプライチェーンの構築が主要産業で進んできた結果として、2021年には「輸送機械」を中心に、東南アジア等の地域での感染拡大の影響で、我が国の生産・輸出活動が大きな影響を受けたと考えられる。

第2-4-3図 我が国企業の中間財の輸入動向
第2-4-3図 我が国企業の中間財の輸入動向 のグラフ

(輸入先の集中が進み、脆弱性が高まっている可能性)

GVCの深化に伴い、海外物資の安定調達の重要度が高まっていることを踏まえ、輸入先がどの程度集中しているのか検証する6。まず、全品目ベースで、輸入先の国の集中度を国際的に比較すると、我が国は集中度が徐々に高まっており、近年では相対的にみても集中度の水準が高い7(第2-4-4図(1))。特に、「自動車の部分品」や「半導体及び電子部品」など、我が国の生産活動に与える影響が大きいと思われる加工業種の中間財品目について確認しても、調達先の集中度は上昇傾向にある(第2-4-4図(2))。

第2-4-4図 輸入先の集中度の動向
第2-4-4図 輸入先の集中度の動向 のグラフ

調達先が集中すると、地域的な災害や地政学的なショックが起こり、供給制約が発生した場合に、代替調達による調達減の緩和が困難になり、国内の生産活動に影響を及ぼす可能性が懸念される8。実際、我が国の機械系の貿易統計品目についてみると、輸入先の集中度が上がると輸入金額のボラティリティ(変動係数)が上昇する関係が観察されている(第2-4-5図)。変動係数の高低は、調達安定度と必ずしも直結する訳ではないことには留意が必要だが、輸入先の多元化が、特定地域での供給制約による月々の仕入額の変動を緩和している可能性を示唆している。実際、感染症の拡大以降、サプライチェーンの見直し方針について企業を対象に実施されたアンケート調査をみても、調達に影響が出た理由として、「過度な集中購買」を挙げる先が2割弱存在するほか、調達の見直し策として「複数調達化(集中購買の見直し)」を挙げる企業が5割弱存在する(第2-4-6図)。

特に、2021年以降、半導体不足に起因した調達難は幅広い産業に影響を及ぼしている。半導体は、第2節でみたデジタル化や脱炭素関連投資など、これからの成長投資に欠かすことのできない部材だが、一部の海外製造受託企業に依存する度合いが高く、経済安全保障政策の一環として、国内で安定した生産力を確保する意義が大きいと考えられる。

第2-4-5図 機械品目の輸入先の集中度と輸入金額のボラティリティの関係
第2-4-5図 機械品目の輸入先の集中度と輸入金額のボラティリティの関係 のグラフ
第2-4-6図 感染症拡大以降に調達活動に影響が出た理由と改善策
第2-4-6図 感染症拡大以降に調達活動に影響が出た理由と改善策 のグラフ

(保護貿易の台頭等により、サプライチェーンの途絶リスクは上昇)

米中間の貿易摩擦の激化が、両国を中心とした貿易制限措置の国際的な増加につながるなど、感染症の拡大前から、サプライチェーンの地政学的な脆弱性の高まりは意識されてきた。実際、アンチ・ダンピング関税措置の新規調査開始件数の推移をみると、2007年にボトムとなった後、徐々に増加している(第2-4-7図)。さらに、感染症拡大以降は、公衆衛生上の措置が現地工場の稼働率低下を招いたほか、各国でマスク等の医療物資や食料品について自国供給を優先する動きもみられた。感染症や自然災害によるサプライチェーンの途絶リスクに加えて、このような世界的な保護貿易の台頭も踏まえると、調達先の分散や国内生産回帰も含めて、安定的に物資を調達するための検討を進める必要がある。

第2-4-7図 反ダンピング措置の調査開始件数
第2-4-7図 反ダンピング措置の調査開始件数 のグラフ

3 サプライチェーン構築の複雑化

(サプライチェーンにおける脱炭素化の取組が進んでいる)

前項でみた、部材の安定調達という課題に加えて、近年、環境や人権の保護という課題に対する社会的な要請が強まっていることを踏まえると、企業のサプライチェーンマネジメントに係る考慮事項が今後より一層多元化・複雑化していく可能性がある。

まず、環境保護の側面からみていく。2015年に採択されたパリ協定を契機に、温室効果ガスの排出量を開示し削減目標を企業が設定する事例が増えている。例えば、世界の大手購買組織を通じてサプライヤーへの気候変動関連情報の開示を求めるCDPのサプライチェーンプログラム9を通じて情報開示をする企業数は増加している(第2-4-8図(1))。さらに、CDPによると、2019年の調査では、73%の参加組織が、環境パフォーマンスが不十分なサプライヤーを除外する予定であると回答している10。また、パリ協定に整合的な温室効果ガスの削減目標を認定する国際的なイニシアティブとしてSBTi(Science Based Targets initiative)も注目を集めているが11、削減目標を示し認定を受けている企業数は国内外で増加傾向にある(第2-4-8(2)図)。

第2-4-8図 環境対策に取り組む企業の動向
第2-4-8図 環境対策に取り組む企業の動向 のグラフ

(温室効果ガスの多くはサプライチェーン上で排出)

世界の温室効果ガスの排出量のうち、最終製品の製造過程で排出されるのは、ごく一部であり、ほとんどが中間財の製造・取引過程も含めたサプライチェーン上で発生していると言われる12。例えば、前項でみたGVCの拡大は、海上輸送量の増加と密接に結びついており、世界貿易は数量ベースで8割以上、金額ベースで7割以上が海上輸送である13。海上輸送の過程で排出されている二酸化炭素量は近年上昇しており、世界の全排出量の2%程度を占めている(第2-4-9図)。

サプライチェーンにおける温室効果ガスの排出量は、自社における燃料の燃焼や工業プロセス等による直接排出(スコープ1)、他社から供給された電気・熱の使用に伴う間接排出(スコープ2)、部品調達先などサプライチェーン全体におけるその他の間接排出(スコープ3)で構成される14。サプライチェーン全体での温室効果ガスの削減目標は、企業の自主的な目標設定に委ねられており、開示範囲は企業ごとに異なるが、取引先の排出量を加味したスコープ3を含む目標設定をしている企業は全体の22%となっている(第2-4-10図)。

第2-4-9図 国際海運のCO2排出量
第2-4-9図 国際海運のCO2排出量 のグラフ
第2-4-10図 温暖化ガス排出量ゼロの目標設定範囲
第2-4-10図 温暖化ガス排出量ゼロの目標設定範囲 のグラフ

今後は、温室効果ガスの削減目標に沿った形でのサプライチェーンの見直しや、調達先に対しても再生可能エネルギーの利用を促す取組が加速する可能性がある。取組が不十分な場合には、評判の低下や、カーボンプライシング等の排出規制の枠組み整備が進む中でコスト増加につながるリスクがある。

(サプライチェーン上の人権DDを意識する企業は増加)

GVCの深化に伴い、新興国における劣悪な労働問題などが注目を集め、企業活動と人権に関する国際的なフレームワークの整備が進められてきた。その集大成の1つとして、2011年には、「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連において承認された。ここでは、「人権を保護する国家の義務」と並んで「人権を尊重する企業の責任」が、3つの柱の1つと位置付けられており、自社のみならず原料調達先まで含めて人権侵害の有無を確認する人権デューデリジェンス(DD)の実施を求めている15

さらに、同指導原則では、国ごとに行動計画の策定が奨励されており、日本においても2020年10月に、「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」が公表された。また、2021年10月22日のG7貿易相会合では国際的なサプライチェーンから、強制労働を排除する仕組みづくりで一致し、G7として初めて強制労働排除に関する付属文書を採択した。我が国でも2021年11月に、経済産業省に「ビジネス・人権政策調整室」が新設されるなど、企業の人権問題対応への支援の充実が図られている。こうした中で、ビジネスと人権に関する国際的なイニシアティブであるCHRBでのスコア取得企業は我が国でも増加傾向にある(第2-4-11図)。

第2-4-11図 人権DDに取り組む企業の動向
第2-4-11図 人権DDに取り組む企業の動向 のグラフ

(諸外国で人権DDの法制化が進み、対応が求められる可能性)

企業の人権保護に向けた法制化の取組は、欧州諸国を中心に加速している(第2-4-12図)。こうした法制度の下では、自国の企業のみならず、一定規模以上であれば、自国で事業の一部を行う外国籍企業も義務の対象となる場合が多い。

第2-4-12図 諸外国におけるビジネスと人権をめぐる動向
第2-4-12図 諸外国におけるビジネスと人権をめぐる動向 のグラフ

サプライチェーンの人権について定める国との間で発生している直接投資割合をみると、対外投資・対内投資とも金額ベースで5割を超えている(第2-4-13図)。こうした国で事業展開している我が国企業や、これらの国に本社をもつ企業との取引が発生する我が国企業は相応の規模にのぼっていると考えられ、サプライチェーンの把握や改善に向けた取組を進め、人権侵害の防止に努める必要性が高まっている。こうした中、2021年9月~10月に経済産業省が実施した調査によると、我が国上場企業における人権DDの実施企業の割合は5割前後にとどまっているほか、間接仕入先まで実施している企業の割合は25%程度にとどまっており、今後さらなる取組の強化が期待される(第2-4-14図)。

第2-4-13図 サプライチェーンの人権について定める国との投資関係
第2-4-13図 サプライチェーンの人権について定める国との投資関係 のグラフ
第2-4-14図 我が国企業の人権DD実施状況
第2-4-14図 我が国企業の人権DD実施状況 のグラフ

4 サプライチェーンの強靱化に向けて

(デジタル技術を活用したサプライチェーン全体の把握が必要)

本節で概観してきた通り、物資の安定調達に加えて、環境保護や人権侵害の防止など、取引先と共同で社会的要請にこたえる必要性が増しており、企業のサプライチェーンマネジメントは複雑化している。こうした下で、サプライチェーンを強靱化するためには、サプライチェーン全体の構造を把握することが出発点となる。もっとも、GVCの拡大に伴い、原材料から最終製品にいたるまでのサプライチェーン上の関連企業は増加しており16、その把握も容易ではない。実際、企業へのアンケート結果をみても、5割以上の企業が「直接製品・部材を購入している調達先のみ把握している」と回答しており、「原材料に遡るまで調達ルートを全て把握している」と回答する企業は1割程度にとどまっている(第2-4-15図)。

複雑化したサプライチェーンの構造把握や課題の解決に向けて、第2節でみたデジタル化がここでも鍵となると考えられる。例えば、自社の調達先やその先の調達先まで含めたサプライチェーン全体をシステム管理するとともに、受発注状況や輸送・保管状況をデータで共有することで、危機時の被害状況の把握や調達先の切り替えがより円滑になると見込まれる。また、AIや産業ロボットにより人件費が重要なファクターでなくなれば、工場立地の制約も解消されるほか、IoT技術は遠距離からの工程管理のコストを引き下げ、生産工程の柔軟な分散化が可能になると見込まれている17。サプライチェーンの強靱化という観点からみても、企業のデジタル化と、それに付随した人材教育を後押しする取組を促進することが重要である。

第2-4-15図 サプライチェーンの把握状況
第2-4-15図 サプライチェーンの把握状況 のグラフ

1 感染拡大以降の世界貿易の動向を分析したHayakawa and Mukunoki(2021)は、2020年の財貿易へのショックは、最終財の輸出国や輸入国での感染拡大の影響よりも、中間財の輸出国での感染症の蔓延による影響の方が大きかった点を指摘している。
2 例えば、内閣府(2014)を参照。
3 例えば、Timmer et al. (2014)を参照。
4 OECDの厳密な定義は、他国の輸出財・サービスの生産に中間投入して使用される自国の財・サービスの金額が、自国の輸出総額に占める割合。
5 OECDの厳密な定義は、自国の輸出財・サービスの生産に中間投入として使用される他国からの輸入財・サービスの金額が、自国の輸出総額に占める割合。
6 調達リスクを分散化する観点からは、事業所単位でみた取引先の集中度に注目する必要があるが、データ制約から、本項での分析は国単位での集中度を分析対象とする。
7 三菱総合研究所(2021)は、EIU「Democracy Index 2020」において、権威主義的(Authoritarian)と認定された国への輸入依存度が高まっており、経済安全保障上のリスクが顕在化する可能性が構造的に高まっていると指摘している。
8 例えば、Mckinsey(2020)は調達先の集中が進んでいる産業ほど、ショックに対する脆弱性が高いとしている。
9 英国の非営利団体CDPが、加盟している154組織(年間調達額4.3兆米ドル、2020年調査時点)を通じて、サプライヤーに気候変動関連・森林保全・水セキュリティに関する質問書への回答を求める取組。
10 CDP(2021)を参照。
11 CDPのほか、国連グローバル・コンパクト、WRI(世界資源研究所)、WWF(世界自然保護基金)が共同運営している。
12 BCG(2021)を参照。
13 UNCTAD(2017,2018)を参照。
14 環境省(2021)を参照。
15 法務省人権擁護局(2020)を参照。
16 菅沼(2016)は、サプライチェーンにおける、ある産業の最終消費者に至るまでの生産段階である「上流度指数」が、2000年代半ばに大きく増加したと報告している。
17 経済産業省(2020、2021b)を参照。
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