第2章 成長と分配の好循環実現に向けた企業部門の課題(第3節)

[目次]  [戻る]  [次へ]

第3節 ポストコロナに向けた企業金融面の課題

前節では、デジタル化等の成長分野への投資を促すこと、またそうした投資の効果を最大化する観点から、人材への教育訓練投資やスタートアップ企業の役割が重要であることを確認した。資金制約がこうした前向きな投資を実行する企業の足かせとなることを防止するために、金融部門からの資金供給を通じ、経済全体で見た資源配分の最適化が期待される。ただし、感染症への危機対応に当たり、信用保証制度を利用した流動性供給が重点的に行われたこともあり、成長企業への資源配分よりも企業組織の維持が優先され、状況が長期化すれば、企業部門全体でみた生産性の停滞も懸念される。こうした問題意識から、本節では、危機対応の次のステージに向けて、企業金融の正常化に向けた課題を整理する。

1 我が国企業の感染症からの回復を取り巻く不確実性

(感染症からの回復ペースは業種間でばらつき)

感染症の拡大と経済活動の抑制措置の影響もあり、我が国企業の売上高は、2020年度に大幅な落ち込みを経験した。2021年度に入ってからは、全産業ベースで持ち直しがみられるが、感染症の影響が残存する程度の差もあって、回復のペースには、業種間でばらつきが生じている(第2-3-1図)。売上高・営業利益の推移をみると、製造業は全体として、感染症拡大前の水準を回復している一方で、非製造業をみると「建築・不動産業」・「情報通信業」「卸売業・小売業」などは、足下でおおむね感染症拡大前の水準にある一方で、「宿泊業・飲食サービス業」や「運輸業・郵便業」等の業種では、回復が鈍い状況にある1

第2-3-1図 業種別にみた売上高・営業利益の推移
第2-3-1図 業種別にみた売上高・営業利益の推移 のグラフ

(同一業種内でも企業間で回復ペースにばらつき)

では、同一業種内において個社別の回復のばらつきに特徴はあるのであろうか。ここでは、上場企業の決算情報を利用して、個社ごとの売上高の2019年度対比の推移を確認する。これをみると、加重平均値でみれば、2021年度上半期の水準は、多くの業種において2020年度よりも回復傾向にある(第2-3-2図(1))。もっとも、個社レベルの分布をみると、上位10%タイル値と下位10%タイル値の幅がやや拡大傾向にあることがわかる2。特に、業種全体でみれば相対的に回復がしっかりしている「製造業」「卸売・小売」「情報・通信」などにおいても、下位10%の企業の売上高の2019年度比は、2020年度から2021年度上半期にかけて悪化している3。こうした事実は、企業間での感染症への対応力の差もあって、同一業種内でも、個社ごとのばらつきが大きいことを示唆している。なお、企業間のばらつきは平時には小さい傾向があるが、今次局面のような危機時には拡大する傾向があり、企業個社レベルの分布状況を確認していくことも重要である(第2-3-2図(2))。

第2-3-2図 個社別にみた売上高の分布
第2-3-2図 個社別にみた売上高の分布 のグラフ

2 企業金融の正常化に向けた課題

(感染症拡大以降、企業債務は高止まり)

感染症拡大下で、企業の売上減少に伴う資金の借入れニーズは急速に高まった。政府・日本銀行が、企業の資金繰り支援策を実施した効果もあり、企業債務は、トレンドからかいりして大幅に増加した(第2-3-3図(1))4。この間、企業の現預金保有高も増加している。ただし、前節でみたとおり、企業の業績回復ペースが一様ではないこともあり、債務の返済ペースには業種間で差が生じている(第2-3-3図(2))。「製造業」では、企業業績の回復に伴い返済も進み、足下のトレンドからのかいり率は、感染症の拡大以降のピーク対比で半減しているが、「宿泊業・飲食業」や「運輸業・郵便業」などの業績回復の鈍い業種では、ピーク時点から足下まで、かいり率は高めの水準でおおむね横ばいで推移している。

第2-3-3図 民間企業の債務残高
第2-3-3図 民間企業の債務残高 のグラフ

(景気後退後を中心に、我が国では資源再配分によるROAの改善が弱い)

景気後退後にみられる金融仲介機能の低下が、経済全体の成長力を抑制してきた可能性については、国内外の幾つかの先行研究で報告されている5。また、新型コロナ感染症特別貸付を通じて感染症に伴う不確実性に対応する中で、感染症以前からの財務状況に関係なく企業が借入れを行っている可能性も指摘されており、事業の再構築等を通じて企業の収益性を高めることが重要な局面である6,7。こうした問題意識を受け、金融仲介を通じた企業間の資源配分が、経済全体の生産性の向上に資するものであったのかを海外との比較を交えて検証する。ここでは、ROA(総資産利益率)に注目することで、資源(総資産)の企業間の配分の推移が、企業部門全体のROAの動向に与える影響を確認する。

ROAは、株主資本と負債の合計である総資産と収益の比率であり、企業が総資産を基にどの程度効率的に収益を稼いだかを示す。企業部門全体のROAは、個別企業のROAの変化に加えて、総資産全体に占める個別企業の総資産のウエイト(以下「総資産ウエイト」という。)によって変動する。例えば、個別企業のROAの水準に変化がなくても、資源配分の効率性が改善(悪化)し、相対的にROAの高い企業の総資産ウエイトが高く(低く)なれば、一国全体のROAも改善(悪化)する。

国際比較を交えて、個別企業の財務データが利用可能な上場企業に絞って分析を行う。まず、上場企業のROAの推移をみると、日本は2012年頃まで諸外国対比で低い水準が続いてきたが、2013年以降は欧州企業の水準を上回るなど、改善傾向にある(第2-3-4図(1))。もっとも、依然としてアメリカ企業対比ではその水準が低い8。業種別にみると、特に製造業において、2013年以降の改善傾向が顕著であり、近年、欧米企業との差が縮まっている(第2-3-4図(2)、(3))。

第2-3-4図 上場企業のROAの国際比較
第2-3-4図 上場企業のROAの国際比較 のグラフ

次に、ROA全体の変化を、①個別企業のROAの変化に起因する「内部効果」と、②個別企業の総資産ウエイトの変化に起因する「再配分効果」に要因分解する。これをみると、日本ついては構造的に「再配分効果」の寄与が小さくなっており、日本では企業間の資源配分の効率化による収益性押上げ効果が小さいことを示唆している(第2-3-5図)。特に、リーマンショック後の2008年、2009年に注目すると、アメリカや欧州では、「内部効果」が大きく低下する中、「再配分効果」が大きくROAを上押ししている一方で、日本では「再配分効果」はROAを押し上げる方向にほとんど寄与していないことがわかる。このことは、我が国では、特に危機後において、流動性供給などの政策対応効果の副作用として、生産性の低い企業から高い企業への資源の移行が妨げられ、他国と比較して企業部門全体の生産性の回復力が乏しくなった可能性を示唆している9。感染症の拡大により、「内部効果」が大きく下押しした2020年についても、諸外国では、「再配分効果」がROAを改善させる方向に寄与しているが、日本では逆に下押し方向に寄与しており、今次局面でも資源配分の見直しを通じた生産性の押上げメカニズムが働いておらず、今後の動向についても注意を要する。

第2-3-5図 ROA変化率の寄与度分解
第2-3-5図 ROA変化率の寄与度分解 のグラフ

(ポストコロナに向けて成長企業に資源を再配分する必要)

アンケート調査によれば、コロナ後に債務の過剰感を感じている企業の割合は、第一回調査である2021年4月から、徐々に低下しているものの、依然としてその水準は2割弱に上っている(第2-3-6図(1))。さらに、債務の過剰感を感じている先に、事業再構築の意向を確認した設問項目をみると、「債務が過剰なため事業再構築に取り組むことができない」や「事業再構築の予定はない」といった声が合わせて4割を超えている(第2-3-6図(2))。足下、政府や金融機関の資金繰り支援策の効果もあり、企業の倒産件数は歴史的低水準となっているが(第2-3-7図)、債務の過剰感があり、事業改善の道筋を描けない企業が相応に存在している点には注意を要する。

第2-3-6図 企業債務に関するアンケート調査
第2-3-6図 企業債務に関するアンケート調査 のグラフ
第2-3-7図 倒産件数の推移
第2-3-7図 倒産件数の推移 のグラフ

今後、我が国経済が正常化に向かう課程で、一時的に導入された流動性支援策への依存から企業が脱却し、第2節で確認した前向きな投資に積極的な成長企業への資金配分が適切に行われる必要がある。金融機関は企業の経営持続性を見極めて適切な与信業務にあたるとともに、国全体としても、景気の現状を適切に判断しつつ、必要に応じて制度を見直していく必要があると考えられる10


1 持続化給付金等の各種企業支援金は、企業の判断により「その他の営業外収益」ないし「特別利益」に計上される。こうした効果を除いた実力としての収益力の推移をみるために、ここでは売上高と営業利益に注目する。
2 日本銀行(2021)では、「全国企業短期経済観測調査」の個票情報と上場企業の決算情報を併用することで、大企業のみならず中小企業においても、2021年度の売上高の見通しについて、同一規模・同一業種内のばらつきが大きいことを指摘している。
3 営業利益でもばらつきの拡大傾向は確認できるが、運輸・郵便、飲食・宿泊、サービスで、赤字転化した企業が多く、前年比を計算できる企業数が少ないため、ここでは売上高のみ企業分布を示している。
4 特に、今次局面の中小企業の企業債務の積み上がりが、主に中小企業向けの信用保証付きの民間金融機関貸出や政府系金融機関貸出の増加による点については、内閣府(2021)、久保・木暮(2021)を参照。
5 例えば、小林・才田・関根(2002)、Peek and Rosengren (2003)、Caballero et al. (2008)は、バブル経済崩壊後に、日本の金融機関貸出が収益性の低い企業の延命(追い貸し)に向かった結果、企業部門の生産性低下を引き起こした可能性を指摘している。また、Benerjee and Hofmann (2018)は、緩和的な金融環境を背景に、生産性の低い企業は趨勢的に増加傾向にあり、こうした企業の存続が生産性の高い企業への投資や雇用の移動を阻んでいると指摘。
6 Hoshi et al. (2021)は、感染拡大前(2019年12月時点)から成長性や安定性の低い企業ほど、新型コロナ感染症特別貸付を受けている可能性が高いことを指摘している。
7 日本銀行(2021)は、中小企業の個票情報を用いて、①リーマンショック期と今時局面の両局面において、営業キャッシュフローが減少した先ほど多くの資金調達を行っていること、②この傾向が、リーマンショック期よりも今時局面の方が顕著であることを確認している。
8 みずほ総合研究所(2017)においても、我が国上場企業のROAが、2012年度から2016年度にかけて改善し、欧州企業と遜色ない水準に至っているが、アメリカ企業対比では低い傾向を指摘している。この背景として、産業構造の違いもあり単純な比較は難しいが、産業ごとに比較しても日本の水準は低く、企業の収益力の差に帰結できる側面を指摘している。特にIT分野で企業の収益力に大きな差があることを報告している。
9 植杉ほか(2021)は、リーマンショック時に緊急保障制度を利用した企業は、そうでなかった企業と比較して、今回の危機でも支援措置を利用する割合が高いことを指摘している。
10 欧州中央銀行のエコノミストによるLaeven et al. (2021)は、企業部門の生産性低下(zombification)を防ぐために、政策当局が感染拡大下で導入した信用保証や補助金を徐々に見直し(fine-tuned)、活力のある企業の借入制約の緩和に努めることが求められるとしている。
[目次]  [戻る]  [次へ]