第1章 感染症と経済活動の両立に向かう日本経済(第3節)
第3節 企業部門の動向
本節では、特に2020年秋以降、供給制約等による影響がみられた企業部門の動向を確認する。まず企業収益の動向を概観し、設備投資の先行きを点検する。さらに、供給制約と国内外の需要鈍化という需給両面からの影響を受けた企業の輸出入や生産活動の状況を確認する。
1 企業収益と設備投資の動向
(企業収益は総じて持ち直しが続いているものの、供給制約や原材料価格上昇が下押し)
企業収益は、感染症の影響が残る中で、非製造業の一部に弱さがみられるものの、持ち直しが続いている(第1-3-1図(1))。
製造業では、2020年4-6月期以降、世界的な感染拡大に伴う景気減速を背景に、売上高要因が大きく減少に寄与した(第1-3-1図(2))。しかし、その後の海外景気の持ち直しに伴う輸出・生産の改善等を背景に、減少幅は徐々に縮小していった。これに加えて、感染症の影響が長引く中で、企業が仕入れコスト等の変動費や、労働時間減少や賞与抑制等を通じた人件費の削減に取り組んだことの効果もあって、2020年10-12月期以降、製造業の経常利益は2019年の同時期を上回る水準で推移している。
業種別にみると、東南アジアにおける感染拡大を受けた工場停止等に伴う部品供給不足、資源価格の上昇、感染再拡大に伴う緊急事態宣言の発令等の影響により、2021年7-9月期は輸送用機械などで売上高要因のマイナス幅が拡大し、利益も2019年同期比で再びマイナスに転じた(付図1-5(1))。一方で、電子部品等の需要増加を背景に、情報通信機械では2021年4-6月期以降、売上高要因が利益を押し上げ、4四半期連続で2019年同期の水準を上回った(付図1-5(2))。
非製造業についても、製造業と同様に、2020年4-6月期以降、売上高要因が減少に寄与した(第1-3-1図(2))。しかし、製造業と異なり、緊急事態宣言等を通じた行動制限が続いていた影響もあり、2021年7-9月期時点でも全体では感染症前の水準を下回っている。業種別には、感染再拡大に伴う緊急事態宣言の発出等の影響により、宿泊業、飲食サービス業等の対面型サービス業を中心に弱い状態が続いている(付図1-5(3)、(4))。
こうした中で、時短要請や酒類提供自粛が飲食店の経営に与える影響が大きいこと等を踏まえ支給された時短協力金1や持続化給付金は、収益の下支えに寄与した。飲食サービス業の収益を規模別にみると、政府による各種支援金(時短協力金や持続化給付金、雇用調整助成金等)の受取等が計上される「その他営業外収益」について、大企業では微増にとどまるところ、中小企業で大幅に増加している(付図1-6)。一方で、本業の収益を表す「営業利益」は、大企業・中小企業共に、2019年同期差でマイナスが続いており、厳しい状況が続いている。
(原材料価格の上昇は中小企業を中心に収益を下押し)
2021年に入ってからは世界経済の回復に加え、脱炭素化の流れもあり、原油等のエネルギー価格だけでなく、アルミニウムや銅等の非鉄金属、小麦等の穀物といった幅広い原材料価格が上昇している(後掲第1-4-1図)。
こうした原材料価格の上昇が収益に与える影響を確認するため、価格転嫁の進展度合いを示す「販売価格DIと仕入価格DIの差」(以下「疑似交易条件」という。)をみてみよう。両者の差は産出・投入の相対価格の動きを示しており、投入価格の上昇をどの程度産出価格に転嫁できているかを推し量ることができる。製造業の疑似交易条件をみると、国際的な原材料価格の上昇に伴い、仕入価格DIは2021年以降、大企業・中小企業ともに大きく上昇している(第1-3-2図(1))。販売価格DIは大企業で上昇している一方、中小企業では下請け企業などで相対的に価格転嫁が難しいこともあって、上昇が限定的となっており、大企業よりも疑似交易条件が悪化している。こうした傾向は、非製造業でも確認できる(第1-3-2図(2))。
価格転嫁の程度が企業収益に与える影響を定量的に分析するため、投入物価・産出物価指数が利用可能な製造業について、経常利益の増減を投入・産出物価要因、売上数量要因、その他費用要因に分解する(第1-3-2図(3))。これらのうち、投入・産出物価要因は、投入コストと産出価格の変化による企業収益への影響を説明するものであり、交易条件要因とも言い換えることができる。大企業製造業の投入・産出物価要因は、原材料価格の下落等により2020年10-12月期までプラス寄与が拡大したが、2021年に入ってプラス幅は徐々に縮小し、2021年4-6月期以降はマイナスに転じた。中小企業製造業についても、同様に2021年4-6月期以降はマイナス寄与となったが、7-9月期の下押し寄与は大企業よりも大きい。中小企業は大企業より疑似交易条件の悪化幅が相対的に大きくなっているが、こうした価格転嫁の進展度合いの差が影響しているとみられる。
企業収益は、今後、経済社会活動の回復に伴い、対面型サービス業も含め、全体として改善傾向が続くことが期待されるものの、原材料価格上昇の影響もあって、中小企業を中心に当面、下押しされる可能性があることに留意が必要と考えられる。
(R&D投資やソフトウェア投資を中心に底堅く推移し、年度計画は改善を示唆)
2021年7-9月期までの設備投資は、感染症前の水準を下回った状態であるが、好調な企業収益にも支えられて持ち直し傾向が続いてきた(第1-3-3図(1))。
性質別の設備投資の動向により、どのような投資が増えてきたかを確認しよう。我が国の設備投資の約半分を占める機械投資は、2020年8月から2021年夏にかけて大幅に増加し、2021年夏には2018年末を超える水準に達した(第1-3-3図(2)、(3))。ただし、2021年9月以降、増加が一服しており、2021年後半にかけて輸出や生産が足踏みとなったことが下押しした可能性もある。機械投資の先行指標である機械受注動向をみても、全体としておおむね横ばいとなっており(第1-3-3図(6))、当面、機械投資の増勢は鈍化する可能性がある。
次に、我が国の設備投資の4分の1を占める非住宅建設投資は、非製造業のシェアが比較的大きく、機械投資と同様に2020年後半にかけて減少したものの、2021年に入ってからは持ち直している(第1-3-3図(2)、(3))。EC需要の高まりを背景とした物流施設の増加のほか、都市再開発の動きが続いていることも非住宅建設投資を押し上げたとみられる。
R&D投資は、2019年度まで増加傾向で推移してきたものの、2020年度は感染症の影響もあって小幅減少した(第1-3-3図(2)、(4))。R&D投資は、その多くが製造業によるものであり、製品の国際競争力の維持・強化が求められる中で、企業にとっての重要性が増していると考えられる。日本銀行「全国短期経済観測調査」によれば、2021年度の研究開発費も前年度比5.4%増となることが見込まれている。
ソフトウェア投資は、増加傾向が続いている(第1-3-3図(5))。2021年7-9月期は、感染再拡大や緊急事態宣言の再発令等を受けて、対面でのすり合わせを行う機会が減り、商談を延期・長期化する動きもみられたが、ならしてみれば2020年4-6月期以降、テレワーク導入、事業活動のデジタル化などに伴う旺盛な投資が続いている。
先行きに関して、2021年12月短観における設備投資計画をみると、2021年度は前年比8.5%増と、前回9月調査からの下方修正は小幅にとどまっており計画ベースでは増勢は維持されている(第1-3-3図(7))。
このように、2021年を総じてみれば、2020年後半は機械投資の増勢が一服したものの、R&D投資やソフトウェア投資が底堅く推移している。こうした中で、年度末にかけて企業収益の改善や緩和的な金融環境などにも支えられて、設備投資は持ち直していくことが期待される。
2 供給制約等の影響を受けた輸出入と生産
(輸出は2021年半ば以降、おおむね横ばい)
輸出は、世界景気の回復やデジタル関連需要の拡大に伴う増加基調が続いてきたものの、2021年半ば以降、おおむね横ばいとなっている。
地域別にみると、2021年半ば以降、中国経済の回復鈍化等により、アジア向けの輸出が弱含んでいる(第1-3-4図(1))。また、2020年秋以降続く半導体不足や2021年夏の東南アジアでの感染拡大に伴う部品供給不足などの供給面での制約による自動車の減産を受けて、2021年9月以降、アメリカ向けの輸出も減少した。
品目別に輸出の動きをみると、自動車関連財のほか、資本財や情報関連財が減少に寄与した(第1-3-4図(2))。自動車関連財は、新車の輸出が減少したことが主因である(付図1-7)。ただし、鉱工業生産指数の予測調査によると、輸送機械の生産は9月を底として改善に向かう見通しとなっており、生産が持ち直していく中で(後掲第1-3-7図)、輸出も回復に向かうことが期待される。
資本財は、2020年半ば以降、世界的な機械投資の増加に加え、デジタル関連需要の拡大を受けた半導体(IC)や半導体製造装置の堅調さに支えられて、増勢が続いてきた。しかし、2021年後半にかけて、中国経済の回復鈍化等を背景として、中国向けの金属加工機械や原動機が減少している(第1-3-5図(1))。2021年初以降、中国向けの工作機械受注の伸びが鈍化しており、今後とも資本財は弱い動きが続く可能性がある(付図1-8(1))。
情報関連財は、デジタル関連需要の拡大を受けたICや半導体製造装置などが堅調に推移したものの、中国向けの携帯電話部品(通信機の部分品等)などが2021年半ば以降、大幅に減少した(第1-3-5図(2))。半導体不足などの供給制約により、中国の携帯電話生産が低迷している影響を受けたものとみられる(付図1-8(2))。
半導体等の供給制約を背景に、自動車関連を中心に、輸出は当面、横ばい圏内で推移するとみられるものの、供給制約の解消が進む中で、海外経済の改善やデジタル関連を中心としたグローバル需要の堅調な拡大を背景に、次第に増加していくことが期待される。
(輸入は供給制約や内需の一服感等を受けて弱含み)
輸入は、国内需要の持ち直しやワクチン購入の動きなどを背景に、2020年秋以降、増加基調が続いてきたが、2021年半ば以降、半導体不足や自動車の部品供給不足などの供給制約、内需の一服感などの影響から弱含んでいる(第1-3-6図(1))。
地域別にみると、東南アジアの感染拡大による影響を背景に、2021年半ば以降、ASEAN地域を中心にアジアからの輸入が弱含んでいる。
品目別に輸入の動きをみると、2020年半ば以降、鉱物性燃料が持ち直すとともに、ワクチン接種のためのワクチン確保の動きを背景に、2021年春以降、化学製品も増加基調が続いている。一方、機械機器類は2021年半ば以降、弱含んでいる(第1-3-6図(2))。
機械機器類の内訳をみると、2021年半ば以降、東南アジアの感染拡大により現地工場が閉鎖されたことなどを受け、輸送機器のマイナス寄与が拡大しており、個別品目では自動車や自動車の部分品の輸入が大きく減少している(第1-3-6図(3))。また、電気機器のプラス幅が縮小しており、個別品目ではパソコンなどの電算機類、携帯電話などの通信機などが減少しており、テレワーク需要を含む内需の一服感や半導体不足による中国の生産停滞が影響したとみられる。
先行きについては、感染対策に万全を期し、経済社会活動を継続していく中で、国内需要の増加などを反映して、次第に持ち直していくとみられるが、半導体等の供給面の制約の影響には引き続き留意する必要がある。
(生産は供給制約や中国経済鈍化の影響により、持ち直しに足踏み)
製造業の主要業種2における出荷の約4割が輸出向けであるなど、外需の動きは、製造業の生産に大きな影響を与える。鉱工業生産は、2021年秋にかけて、供給面での制約に加えて、中国経済の回復鈍化の影響により、持ち直しに足踏みがみられた(第1-3-7図(1))。
輸送機械は、2020年秋以降、半導体不足の影響により横ばい圏内で推移し、2021年7月から12月にかけて、東南アジアの感染拡大に伴う部品供給不足を背景に、自動車の大幅な減産が行われ、その影響は電子部品デバイスの一部品目にも波及した。
電子部品・デバイスの主要品目の動きをみると、自動車関連部品である固定コンデンサや水晶振動子・フィルタ・複合部品などが2021年半ば以降減少に転じている(第1-3-7図(2))。また、半導体不足による中国の携帯電話生産の低迷を受け、液晶パネル(中・小型)なども2021年半ば以降、マイナス寄与が拡大している。
生産用機械は、中国経済の回復鈍化の影響から、2021年半ば以降、増勢が鈍化している。主要品目をみると、2021年半ば以降、金属加工機械やショベル系掘削機器が弱含んでいる。一方で、世界的なデジタル関連需要の高まりが続く中で、半導体製造装置は底堅く推移している。
需要面では、特に生産用機械が中国の景気減速の影響を受けている。一方、世界的に需要拡大が続くと見込まれる電子部品・デバイスは、半導体等の供給制約の影響を受けている。東南アジアでの部品供給不足による自動車減産の影響が緩和し、輸送用機械は持ち直しの動きがみられるものの、半導体不足の影響には引き続き留意が必要である。生産の先行きに影響する需給両面の動向を丁寧にみていく必要がある。