第3章 企業部門の成長に向けた取組と好循環の確立(第2節)
第2節 企業の成長に向けた取組と好循環の確立に向けて
前節では、今回の景気回復局面における企業収益の改善には、交易条件の改善などの良好な外部環境の下で、企業の抑制的な投資・支出行動が影響していることを確認した。また、投資・支出行動の背景を分析すると、投資については技術革新やグローバル化への対応もあって、大企業を中心にM&Aへの支出が多くなっていること、賃金決定については、失業率の低下といったマクロ経済状況の改善がプラスに寄与している反面、収益との関係性が薄れ、業種別の人手不足感も賃金上昇に直ちには結びついていないことが確認された。こうした企業行動については、過剰債務の解消に主眼が置かれた2000年代のデフレ期と比べれば、近年は前向きな動きがみられるものの、収益改善の割には慎重さが引き続きみられており、日本経済全体の好循環の実現に向けた課題がまだ残っていると考えられる。
本節では、こうした問題意識を踏まえ、企業の成長に向けた取組の重要性について述べる。具体的には、第1項から第3項にかけて、近年、中長期的な収益基盤の拡大に取り組んでいる産業に焦点を当て、①新たな需要の取り込みや成長分野への取組の状況、②インバウンド消費の増加による好影響、③グローバル化の進展を踏まえた海外で稼ぐ力の強化、といった企業の取組を紹介する。
1 新たな需要の取り込みや成長分野への取組の状況
企業収益が過去最高水準にある要因の一つとしては、もともと日本が強みを持っている伝統的な分野における収益の改善だけでなく、近年、新たな成長分野において収益機会が拡大してきていることも影響している。具体的には、モノのインターネット化(IoT:Internet of Things)やビッグデータの活用の拡大といった情報通信技術のさらなる進化、インターネット販売などの電子商取引の拡大、自動車産業における運転支援技術の進展やハイブリッド車・電気自動車等の開発・生産といった環境対応への動き、高齢化が進む中での健康志向の高まりなど、技術革新やライフスタイルの変化等を反映した新たな需要が増加している。本項では、こうした成長分野に関連する産業に焦点を当て、それらの業種において、企業が新たな需要の取り込みや成長分野への取組を行うことで、収益基盤の拡大を図っていることを確認する。
具体的には、①世界的な半導体市場の拡大を受けた情報通信機械器具製造業や生産用機械器具製造業の動向、②ハイブリッド車や電気自動車などに用いられるリチウムイオン蓄電池の部材需要の拡大を受けた化学工業の動向、③健康志向の高まりを受けた食料品製造業の動向、④電子商取引の拡大を受けた運輸業の動向、の4点を述べる。
(半導体関連製造業は、世界的な半導体市場の拡大により高収益)
第一に、世界的な半導体市場の拡大を受けた情報通信機械器具製造業や生産用機械器具製造業の動向を確認する。半導体等の電子部品・デバイスを含む「情報通信機械」と、これらの部品を製造する半導体等製造装置を含む「生産用機械」の製造業について、経常利益の動向をみると、増益傾向で推移している(第3-2-1図(1))。この背景には、スマートフォンやデータセンター、車載向けの半導体をはじめとする電子部品・デバイスの需要が好調であることや、それらを製造するための半導体等製造装置の需要も旺盛であることが挙げられる。
半導体等の種類や用途は多岐に亘るが、近年、IoTやビッグデータ、人工知能などといった新規技術の活用が進展する中、機械が状況変化を検知しデータ情報に置き換えるための機器であるセンサーの市場規模が世界的に拡大している(第3-2-1図(2))。センサーの使用用途をみると、スマートフォン向けが大半を占める中、車載向けの割合も相応に高いことがわかる(第3-2-1図(3))。
この点、自動車産業では、衝突回避などの安全技術の導入や、電気自動車をはじめとする環境対応車の開発・生産を進めているところであり、今後も車載向け半導体やその製造装置の市場規模は相応に拡大していくことが見込まれる。
(化学工業は、リチウムイオン蓄電池などの部材需要の取り込みを企図)
第二に、ハイブリッド車や電気自動車などに用いられるリチウムイオン蓄電池の部材需要の拡大を受けた化学工業の動向を確認する。化学工業の経常利益をみると、増益傾向で推移している(第3-2-2図(1))。化学工業の付加価値の内訳をみると、医薬品に次いで、有機化学工業製品や無機化学工業製品が大きな割合を占めている1(第3-2-2図(2))。有機化学工業製品や無機化学工業製品には様々な種類の素材が含まれるが2、その中でもリチウムイオン蓄電池の部材に利用される素材3が相応に多く含まれているとみられる。
実際、リチウムイオン蓄電池の部材の世界市場は近年拡大しており、今後の数年間で、直近の2倍近くの成長が見込まれている(第3-2-2図(3))。この背景には、ハイブリッド車や電気自動車をはじめ、リチウムイオン蓄電池を活用する環境対応車の開発や生産拡大が見込まれていることが挙げられる(第3-2-2図(4))。
我が国の化学工業の企業をみると、これらの部材の生産において足下で高いシェアを占めており、国際競争力が高いことがわかる(第3-2-2図(5))。また、新たな需要を取り込むべく、生産能力増強に向けた設備投資を積極化していることもうかがえる(第3-2-2図(6))。
(食料品製造業は、健康志向の高まりを受けて、設備投資や研究開発を積極化)
第三に、健康志向の高まりを受けた食料品製造業の動向を確認する。食料品製造業の経常利益は、増益傾向で推移している(第3-2-3図(1))。食料品製造業の付加価値の内訳をみると、パン・菓子に次いで、畜産食料品が大きな割合を占めており、中でも乳製品がそのうちの3割弱を占めている(第3-2-3図(2))。
乳製品の市場規模を確認するために、乳酸菌を配合する食品の国内市場の動向調査をみると、近年拡大を続けており、今後もこれまでのペースを保つかたちでの拡大が見込まれている(第3-2-3図(3))。この背景には、消費者の健康志向の高まりに加え、商品の機能性に関する情報提供を後押しする政策4の奏功があると考えられる。実際、新たに導入された「機能性表示食品」制度に基づく届出の件数は、顕著に増加しており、市場規模も拡大している(第3-2-3図(4)、(5))。こうした動向を踏まえ、乳製品製造業の企業は、設備投資や研究開発を積極化していることがうかがえる(第3-2-3図(6))。
(運輸業では、電子商取引の増加による市場規模の拡大が見込まれる)
第四に、インターネットを通じたモノやサービスの取引(電子商取引)の拡大を受けた運輸業の動向を確認する。運輸業の経常利益をみると、増益傾向で推移している(第3-2-4図(1))。この背景としては、近年の技術革新により様々な商品がインターネット経由で購入できるようになり、通信販売の需要が高まったことが考えられる5。実際、我が国の電子商取引の動向をみると、市場規模は近年拡大を続けており、これに歩調を合わせて、運送業の配送個数も近年急速に増加している(第3-2-4図(2))。また、今後の市場予測をみても、我が国のみならず、世界的にも、電子商取引の規模が拡大することが見込まれており、運輸業の収益にも一定の寄与があるものと考えられる(第3-2-4図(3)、(4))。
2 インバウンド消費の増加による好影響
近年、訪日外国人数が堅調に増加し、インバウンド消費が拡大していることも、企業収益の改善に相応に影響しているとみられる。本項では、最近の訪日外国人数や一人当たり消費額の動向を概観した後、インバウンド消費による好影響がみられる業種の動向を整理する。具体的には、化学工業(主に化粧品)の生産・輸出の動向と、運輸業(主に鉄道、航空等の旅客輸送)の動向について述べる。
(訪日外国人数は堅調に増加、一人当たり消費額は横ばいで推移)
まず、訪日外国人数の近年の動向をみると、中国、韓国、台湾などアジア地域からの入国者を中心に、増加傾向が続いている(第3-2-5図(1))。この背景としては、震災直後の落ち込みからの回復、アジアにおける中間所得者層の増加、LCC就航やビザ発給要件の緩和といった要因が複合的に影響しているとみられる6。また、最近では、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を見据えた観光客誘致政策にも支えられているものと考えられる。
こうした中、訪日外国人の日本滞在中の一人当たり消費額をみると、おおむね横ばい圏内の動きとなっている(第3-2-5図(2))。これは、訪日外国人数全体は増加しているものの、中国からの入国者の一人当たり消費額が低下していることに加え、平均的に消費額が少ない韓国や台湾からの入国者数の伸びが上回ってきていることが影響していると考えられる。
(化粧品のインバウンド消費拡大により、化学工業の生産・輸出が増加)
訪日外国人によるインバウンド消費は、宿泊料金、飲食費、買い物代、交通費、娯楽サービス費などに大別される。このうち、買い物代の動向について、訪日外国人に対するアンケート調査を確認すると、来日時に購入した商品のうち最も満足したものとして「化粧品・香水」を挙げる割合が高く、その理由としては、「品質の良さ」や「日本製であること」等があることがわかる(第3-2-6図(1)、(2))。また、訪日外国人の化粧品・香水に対する再購買意向が高いというアンケート調査もあり、こうしたことから、訪日時に購入したことをきっかけに帰国後も電子商取引等を通じて日本製品の購入を継続している可能性が考えられる7。
実際、「化粧品・香水」のインバウンド消費額をみると、近年顕著に増加しており、それに連動するように化粧品の出荷額と輸出額も増加している(第3-2-6図(3))。こうした化粧品の好調さにけん引され、我が国の化学工業の生産は、近年増加基調にある(第3-2-6図(4))。
ここで、化粧品のインバウンド消費と輸出の関係について、2014年から2016年にかけてのインバウンド消費額の増加率と日本からの輸出金額の増加率を国別にみると、インバウンド消費の増加率が高い国ほど、輸出の増加率が高くなっていることがわかる(第3-2-6図(5))。特に中国、香港等のアジア地域において、インバウンド消費、輸出ともに高い伸びとなっている。
(訪日外国人の交通費消費額は、鉄道を中心に増加傾向)
訪日外国人が国内交通手段を用いて観光地間を移動することにより、鉄道や国内航空等の運輸業にも相応の好影響がみられる。
訪日外国人の交通費消費額を移動手段別にみると、鉄道を中心に増加している(第3-2-7図(1))。ここで、我が国の鉄道輸送動向の内訳をみると、JR、特に新幹線の輸送人キロが堅調に増加している(第3-2-7図(2))。さらに、新幹線の輸送動向を仔細にみると、足下では東海道線の輸送人キロの伸びが顕著であることがわかる(第3-2-7図(3))。このことから、訪日外国人が、東京、大阪などの主要都市に入国した後、二次交通として東海道新幹線を利用し、入国した主要都市以外の観光地にも移動していることがうかがえる。こうした動向を受けて、大手鉄道会社の鉄道事業の売上は堅調に増加している(第3-2-7図(4))。
3 海外で稼ぐ力の強化
我が国企業は、世界的に需要が高まっている情報関連財や資本財において、輸出競争力の高い財を生産しているほか、グローバル化の進展を踏まえ海外進出を積極化するなど、海外で稼ぐ力を強化し、収益基盤を拡大している。本項では、こうした企業の動向について述べる。
(積極的な海外進出により、海外需要を取り込み)
経済のグローバル化の進展を踏まえ、我が国の企業は競争力と成長力の強化に向けて、増大する海外需要を海外進出というかたちで取り込んでいる。企業の海外進出の度合いをみる代表的な指標として、海外現地法人企業数や海外売上高比率をみると、輸送機械や電気機械、一般機械といった製造業だけでなく、商社をはじめとする卸売業、運輸業、情報通信業といった非製造業も、着実に増加していることがわかる8(第3-2-8図)。
(情報関連財や資本財を中心とする競争力の高い財を輸出)
また、我が国企業は、日本国内で生産して輸出する財についても、情報関連財や資本財を中心に高い競争力を有している。
輸出の競争力を測る指標としては、大別すると、価格競争力と非価格競争力(品質、販売力等)の2つに区別されるが、価格競争力は為替変動によっても大きく影響を受けるため、一国経済の「輸出競争力」を総合的に判断することは難しい。ここでは、そうした限界を認識しつつ、「輸出競争力」を反映する指標として、顕示比較優位(RCA:revealed comparative advantage)指数を用いて分析する。RCA指数は、ある財について、当該国の輸出総額に占めるシェアを分子に、世界全体の輸出総額に占めるシェアを分母にした指数である。RCA指数が1を上回っている場合、当該国のシェアが世界平均より高いことを意味するため、当該国がその品目について比較優位を持っていると解釈される9。
この指数を用いて、日本からの輸出金額が大きい輸送機械、一般機械、電気機械について比較優位の程度を確認すると、輸送機械や一般機械では、特に最終財において、我が国は比較優位を有しており、その程度が他国と比べても高いことが確認できる10(第3-2-9図(1)、(2))。また、電気機械をみると、全体的に比較優位の程度が低下しており、特に最終財では他国より低くなっているものの、中間財では相対的に高い競争力を維持していることがわかる(第3-2-9図(3))11。
(対外直接投資の増加により、対外収益率も高まっている)
さらに、我が国企業の対外直接投資の動向をみると、残高の増加とともに、収益率も上昇してきている(第3-2-10図(1)、(2))。地域別にみると、北米に次いでアジア向けの投資残高が多く、収益率ではアジア向けが最も高くなっている。こうしたアジア向けの直接投資の動向を業種別にみると、製造業では輸送機械、電気機械、化学・医薬などを中心に、非製造業では金融・保険や卸・小売を中心に、増加していることがわかる(第3-2-10図(3))。この背景としては、アジアの特に新興国において、交通輸送やエネルギー供給、通信手段といった基幹インフラに対する潜在的な需要が多く存在していることが挙げられ、こうした潜在需要に対して、都市の高度化や環境・省エネ対策、ファクトリー・オートメーション化など、我が国が長年培ってきた技術とノウハウを活かせる機会が相応に存在するとみられる。
こうした取組は、新興国を中心に海外経済が高い成長を遂げている以上、「空洞化」としてネガティブに捉えることは、必ずしも適当ではない。国際分業体制のもと、海外において加工・組立の量産拠点を拡張する一方、国内からの中間品輸出を増加させ、より収益力の高い研究開発分野を強化していくことは、わが国の実質GDPの底上げに繋がり得る12。また、企業部門に蓄積した余剰資金が、より高いリターンを生む国への投資に向かい、これが利子や配当というかたちで国内に還元されれば、実質GDP(国内総生産)の伸びには直接貢献しないものの、実質GNI(国民総所得)の伸びに寄与する。
なお、我が国の対外直接投資の動向を欧米と比較すると、残高および収益の対GDP比率は、他国対比で低い水準にあり、投資残高の増加や収益性の向上の余地が相応に残されていることが示唆される(第3-2-10図(4))。