第3章
第2節 我が国の対外的な稼ぎ方のリスクと今後の可能性
第1節では、我が国の稼ぎ方が変化する中、経常収支の項目ごとに稼ぐ力の現状を確認した。ただし、稼ぐ力を論じるにあたっては、海外経済の変動に伴うリスクについてもあわせて考えることが重要である。そこで、本節では、第1節で確認した財の輸出、直接投資、インバウンド消費に焦点をあて、それぞれの稼ぎ方に伴うリスクについて検証するとともに、今後の課題についても併せて考察する。
1 財の輸出
ここでは、我が国の財の輸出に関するリスクについて検証する。検証にあたっては、我が国経済が輸出によって受ける影響を輸出依存度で概観した後、輸出のリスクを海外経済の変動による影響の受け易さと定義した上で、我が国の輸出に与える影響が大きい国・地域、我が国の輸出先の分散の度合いについて確認する。
(輸出については、財の最終需要地の需要の動向が重要)
初めに、財の輸出に関するリスクの検証にあたり、それぞれの項目をみる際の視点について整理する。まず、輸出依存度については、我が国経済に与える影響という観点からは、第1節と同様、我が国の国内付加価値の対GDP比で確認することが重要である。次に、我が国の輸出に影響を与える国・地域やその分散の度合いを検証する際には、我が国で生み出した付加価値が最終的に需要される国・地域で確認することが重要である。例えば、我が国が中間財を生産してA国に輸出し、A国において他の中間財と組み合わせて最終財を生産し、当該最終財をB国に輸出するような取引を行っている場合、我が国の輸出が影響を受けるのは、B国の需要の動向ということになる。中間財を加工して最終財を生み出すA国の経済の動向も重要であるが、我が国が輸出する付加価値を最終需要地でみて検証するという観点は、現在のようにGVCが深化する中では特に重要であるといえよう。こうした考えの下、以下、貿易統計等とTiVAの双方を確認しつつ、輸出のリスクについて検証する。
(輸出依存度は、他国より低い)
我が国の財の輸出の対GDP比について、輸出総額でみると、1995年の8.3%から2014年の15.0%へと上昇しているものの、アメリカを除き他の先進国よりも低い水準にとどまっていることが分かる(第3-2-1図(1))。次に国内付加価値の対GDP比を確認すると(第3-2-1図(2))、過去から上昇傾向にあり、各国と比較して低水準にある点は先に確認した結果と同様であるものの、我が国は第1節で確認したとおり国内付加価値が高いことから、国内付加価値ベースでみた場合には、各国との差が縮まる傾向にある17。
(輸出の最終需要地別としては、欧米の役割がいまだ大きい)
我が国の輸出に与える影響が大きい国・地域について確認する。まず、貿易統計で我が国が実際に財を輸出した地域別のシェアをみると(第3-2-2図(1))、1995年から2014年にかけてアメリカとEUの割合が低下する一方、中国等の新興国の割合が高まっている。次に、我が国の輸出先を、TiVAを用いて、我が国が生み出した付加価値を最終的に需要した地別にみると、新興国のシェアが拡大し、アメリカやEUのシェアが縮小するという貿易統計と同様の傾向がみられるものの、相違点として、アメリカやEUのシェアが相対的に大きい点、新興国の中でも、NIEsやASEANについては、相対的にシェアが小さい点が挙げられる18(第3-2-2図(2))。
以上を踏まえると、我が国の輸出は、中国を中心としたアジア新興国の影響を受けやすい構造に変化しているものの、最終需要地としてのアメリカやEUの役割は輸出の直接的な向け先でみた場合よりも相対的に大きく、これらの地域の需要の動向にも注意が必要であると考えられる。
(我が国は輸出先の偏りがある)
最後に、輸出の向け先の分散度合いについて、我が国の輸出の最終需要地の上位10か国の占める割合を各国と比較しつつ確認する(第3-2-3図(1)、(2))。すると、直接的な輸出の向け先でみた場合は1995年以降、最終需要地ベースでみた場合は2000年代に入ってからという違いはあるものの、いずれも、近年は低下傾向にあり、また他国に比べ、我が国の数値は高くなっていることが分かる。輸出が海外経済の変動によって受ける影響という観点からは、基本的には、輸出先が集中しているよりは分散している方が望ましい。こうしたことから、我が国の輸出先には、諸外国と比べると相対的に偏りがあり、アメリカや中国を中心としたアジアなど特定の地域の経済の変動をより受けやすいと考えられる。
(我が国は輸出依存度でみる以上に海外経済の変動を受けやすい)
以上、我が国の財輸出で稼ぐ力に伴うリスクを輸出依存度と輸出先によって確認した。得られた結果からは、我が国の輸出は、①輸出依存度は各国に比べ低いものの、②輸出先には偏りがあり、特定の地域の経済の変動をより受けやすいことが挙げられる。また、リーマンショック時には、我が国の輸出が落ち込んだという実績もあり、この点について、過去の研究では、輸出先の内需の落ち込み、輸出の品目構成の違いや円高方向への動きなどが重なったことが要因とされており19、我が国の輸出構造は、輸出総額からみた輸出依存度の数値以上に海外経済の変動の影響を受けやすいと考えられる。
成長戦略の強化・加速等を通じて成長力を強化していくとともに、経済の好循環を拡大・深化することで内需の力を伸ばしていくなど、外的ショックに強い経済構造を構築していくことが重要と考えられる。
コラム3-1 中国の貿易構造について
我が国の輸出に占める中国のシェアについて、直接的な向け先ベースと最終需要地ベースをあわせて確認すると(前掲第3-2-2図(1)、(2))、前者は中国のシェアが1995年は5.0%、2011年は19.7%となっている一方で、後者は、1995年は3.5%、2011年には19.0%となっている。この結果からは、以下の二点が示唆されよう。第一には、中国は、我が国で生み出した付加価値の最終需要地としての役割を大きく高めている点であり、この点は、高い経済成長を背景に、中国が世界市場におけるシェアを拡大していることと一致する。第二には、両統計の、中国のシェアの差が縮まっている点である。この点については、過去においては、中国は我が国から輸入した財について、最終的に自国で消費する割合が少なかった。つまり、我が国から輸入した財については、国内では消費せず、中間財として利用し、加工して海外へ輸出するという仕組みをとっていたが、こうした傾向が弱まっているという可能性がある20。この背景としては、我が国から中国に対して輸出していた中間財について、中国国内で自ら生産する傾向が強まっている可能性が考え得る。
そこで、TiVAを用いて中国の海外付加価値比率を確認すると(コラム3-1図)、我が国を含め先進国の海外付加価値比率が上昇する中で、中国は海外付加価値比率が低下していることが分かる。次に、中国の輸出入の構造を素材、中間財、最終財にわけて確認すると(コラム3-2図(1)、(2))、輸出については、素材の割合が低下し、中間財の割合が上昇していること、輸入については素材が増加し、中間財の割合が減少していることが分かる21。
このことから、中国は、我が国等から輸入していた財を国内で生産することにより、海外付加価値比率を低下、つまり国内付加価値比率を向上させている可能性が高い。中国の輸出品目については、電気機械や一般機械のシェアが拡大する一方、繊維製品のシェアが縮小するなど22、高度な技術を必要する財を輸出する構造にシフトしていることが分かる。
こうした中国等によって輸出される財との差別化を図るためにも、高い技術力に裏打ちされた付加価値の高い財を生み出していくことが重要である。
2 対外直接投資
第1節では、我が国の直接投資収益率は上昇傾向にあり、主要先進国の中では中位にあるものの、アメリカや英国に比べて低いことを確認した。本節では対外直接投資のリスクを収益率の変動と定義し、第1節と同様、我が国とアメリカを比較することで、収益率とリスクの関係を検証するとともに、対外直接投資に伴うその他のリスクについても確認する。
(我が国はアメリカに比べリスクに見合った収益を確保できていない)
まず、我が国とアメリカの対外直接投資収益率と毎年の変動(リスク)の関係について、2005年から2014年のデータを基に、投資先の国別にみると以下の点が確認できる(第3-2-4図)。
第一に、我が国とアメリカの両国に共通する点として、収益率が高い国・地域については、相対的にリスクも高い傾向にあることである。この点は高いリターンを求める際にはリスクが伴うという関係が対外直接投資に関しても成り立っていると考えられる。
第二に、我が国の直接投資収益率のリスクについてアメリカと比較すると、個別の投資先別にみると我が国の方が総じて高いものの、全体としてのリスクをみるとアメリカをやや下回っている点である。我が国の投資分散は、アメリカに比べると、結果としては全体のリスクの押下げに寄与していることが分かる。
第三に、収益率とリスクの関係をみると、我が国はアメリカに比べ、全般的にリスクに対して収益率が低くなっていることである。これは、我が国はアメリカに比べ、リスクに見合った収益率を確保できていないことを示唆している。それでは、こうした収益率とリスクの関係は、なぜ生じているのだろうか。
(対外直接投資は、資源国への投資拡大によりリスクが高まっている可能性)
対外直接投資収益率について我が国とアメリカで差が生じる背景としては、第1節で確認したとおり、海外投資に関する経験の蓄積による差や、海外への企業の進出形態の違いなどが考えられる。一方、リスクについては、我が国の対外直接投資収益率の上昇の要因であった新興国・資源国への投資の拡大によってもたらされている可能性がある。実際に、我が国の対外直接投資先のうち、リスクが高い国をみると、特にオーストラリアが挙げられる(前掲第3-2-4図)23。
我が国のオーストラリアに対する直接投資残高の業種別のシェアをみると、2014年時点で、石炭や鉄鉱石などの鉱業の割合が56%となっている。このことから、我が国は、同国において、資源の獲得を目的とした直接投資を行っていると想定されるが、資源価格は市況の影響を受けるため、収益率の変動幅が大きくなり、結果として同国の直接投資収益率のリスクも高まっていると考えられ、本項で用いているデータの対象期間である2005年から2014年についても、資源価格は大きく変動している24。なお、アメリカにおいては、オーストラリアに対する直接投資のリスクは相対的に低くなっているが、アメリカから同国に対する直接投資残高に占める鉱業の割合は、15%程度となっており、アメリカは同国に対して資源の獲得を目的とした直接投資を行う割合が我が国に比べて相対的に低いことから、リスクも低くなっている可能性があると考えられる。
以上の点を踏まえると、我が国は、新興国・資源国へ直接投資を拡大させることによって直接投資収益率は上昇している傾向がみられるものの、特に資源国については、結果としてリスクが上昇している可能性があることが指摘できよう。
(対外直接投資に伴うリスクの低減に向けた取組が重要)
ここまで、対外直接投資収益率に着目して、直接投資のリスクを検証してきたが、本項の最後に、対外直接投資そのものに伴うリスクについてまとめておきたい。独立行政法人日本貿易振興機構による2014年度のアンケート調査では、今後の海外進出方針について、「海外進出の拡大を図る」と答えた企業は、大企業で65.2%、中小企業で54.3%となっている。ただし、上記の回答を行った大企業の割合は、2011年度以降、鈍化傾向を示しており、一方で中小企業については、前年度に比べて増加している25。このように海外進出への意欲については、中小企業が大企業に比べて高まっていると考えられる。
その一方で、中小企業において直接投資が失敗する理由(投資先から撤退する理由)を確認すると、「環境の変化等による販売不振」や「海外展開を主導する人材の力不足」が挙げられている26。これらの結果からは、中小企業が海外進出を拡大しようとする中で、情報と人材の不足が対外直接投資におけるリスク27につながっていると考えられる。
企業の海外展開については、日本貿易振興機構等による情報提供等の取組が進められているが28、対外直接投資のリスクを減少させ、またリターンを上げるためにも、こうした取組を更に推進していくことが重要と考えられる。
3 インバウンド消費
第1節で述べたとおり、インバウンド消費は拡大しており、我が国の対外的な稼ぐ力においてその存在感を高めている。本節では、我が国のインバウンド消費の状況を出発国・地域別に確認し、今後のインバウンド消費の可能性について検証する。
(我が国の文化面の対外的な発信等の取組等が重要)
まず、観光庁「訪日外国人消費動向調査」で我が国のインバウンド消費額を国・地域別にみると、2014年時点で、中国が全体の27.5%を占めている。また、台湾、韓国を含めると50%を超えるシェアとなっており、我が国のインバウンド消費においては、アジア諸国の寄与が大きいことが分かる(第3-2-5図(1))。
インバウンド消費の拡大要因は、訪日外客数の増加、もしくは外客数一人当たりの消費額の増加に分けられる。第1節では、インバウンド消費拡大への寄与が大きい訪日外客数については、東南アジアを始めとした国々のビザの緩和や、外国人旅行者向けの消費税の免税対象品目の拡大等によって、出発国の所得の上昇等のモデルで説明される要因以上に増加していることを確認した。そこで、本節では、訪日外客数の今後の可能性について触れつつ、一人当たり消費額の増加の可能性を探る。
我が国の訪日外客数について、出発元の国・地域別の動向をみると、年によってばらつきはあるものの、2010年以降、台湾、韓国及び中国で約60%を占めていること、また、その他のアジアの国・地域がシェアを拡大していることが分かる(第3-2-5図(2))。今後についても、こうしたアジアの国・地域は一人当たりGDP成長率が比較的高いことなどを踏まえると、訪日外客数は増加していくことが見込まれる。
次に、一人当たりのインバウンド消費額について国・地域別に確認すると、ベトナム、中国に続き、欧米等の国が上位となっている(第3-2-5図(3))。この理由としては、欧米等については、旅行客の滞在期間が長く、宿泊料金が他の地域に比べ高くなっていること、中国については買い物への支払が他国に比べて多いことが挙げられる29。この背景にある旅行者の訪日動機を「訪日外国人消費動向調査」で確認すると、「日本食を食べること」や「自然・景勝地観光」が各国に共通して多い一方で、アジアでは「ショッピング」、欧米では「日本の歴史・伝統文化体験」が多い傾向にあることが分かる(第3-2-5図(4))。
以上をまとめると、インバウンド消費額は、国・地域別では訪日外客数が多い中国を始めアジアのシェアが高い一方、一人当たり消費額は、欧米諸国がおおむね高く、観光目的も歴史・伝統文化の体験への関心が相対的に高いということがいえよう。今後のインバウンド消費を拡大させるためには、日本食を含め、我が国の文化面を対外的に発信していくといった取組や、ショッピングへの需要に対応するため、我が国の製品の品質に対する信頼感30を確保していくための取組が重要と考えられる。インバウンド消費の更なる拡大に向けて官民一体となった取組の一層の推進が期待される。
以上、本章では、我が国の対外的な稼ぐ力とそれに伴うリスクと可能性について考察した。我が国は、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少等の構造的な問題に直面しており、成長力を高めていくには、対外的な稼ぐ力を高めていくことが不可欠であることは本章冒頭で触れたとおりである。
我が国は、TPP締結に向けた取組が進められているなど、関税のみならず投資・サービス等も含めた市場アクセスに係る諸条件が改善されること等により、各国との貿易、投資が活発化することが期待される。こうした機会をいかし、我が国がその稼ぐ力を発揮していくことが期待される。