第3節 企業部門の動向
本節では、企業部門が改善してきた背景について、業種別の特徴を確認するとともに、生産及び収益の回復の要因について分析する。また、今回の景気回復局面では、改善がどのような広がりを持っているのか、過去の傾向と比較しつつその特徴を明らかにする。こうした分析を踏まえ、最後に、企業部門全体に景気回復を波及させていくための課題について考察する。
1 企業部門における改善の特徴
今回の景気回復局面において、企業部門では、まず収益が大幅に改善し、生産が増加する中で、設備投資に持ち直しの動きが見られるようになっている。ここでは、まず、業種別に収益、生産活動、設備投資の特徴を確認した後、企業の生産活動を支える要因と、収益の増加要因を明らかにする。また、設備投資を中心に、今後の見通しとその留意点について考察する。
(製造業は収益が先行、非製造業は収益・生産・設備投資の全てが持ち直し傾向)
2012年末以降、企業部門は全体として改善しているが、収益、生産活動、設備投資の動きを製造業、非製造業別に見るとやや濃淡が見られる(第1-3-1図)。製造業については、収益が2012年10-12月期以降、為替の円安方向への動きを受けて3四半期連続で大幅に増加した後、2013年7-9月期には増勢が一服している39。生産は2012年後半の低迷を脱し、2013年に入ってからは緩やかな増加傾向にある。設備投資は、2013年7-9月期まで小幅な減少が続いているが、減少幅は徐々に縮小している。過去の景気回復局面と比べると、収益・生産が増加に転じてから設備投資の回復までにラグがあるのは、同様の傾向となっている。一方、非製造業については、収益は製造業と同様に2012年10-12月期に増加に転じ、製造業ほど伸びは大きくないが、その後も増加が続いている。活動水準は、2012年中も底堅く推移してきたが、2013年に入ってからは振れを伴いつつも増加が続いている。また、設備投資も2012年10-12月期から持ち直し傾向にある。過去の景気回復局面では、収益、生産、設備投資の各項目について、プラスとマイナスが混在していたのに対し、今次局面では、各項目の全てが持ち直し傾向となっていることが特徴である。
以下では、収益と生産の動きを業種別に詳しく見ていこう。
(好調な内需が生産活動全般を支える)
このような企業部門の改善を支えている要因は何だろうか。まず、生産活動の動向を業種別に詳しく見てみよう(第1-3-2図(1))。製造業の生産は、2013年1-3月期に前期比プラスに転じた後に緩やかな増加傾向にある。業種別に見ると、4-6月期以降、当初の回復を主導した輸送機械は輸出の増勢鈍化や新型車効果の一服などから一進一退となっているものの、その他の業種で増加の動きが広がっている。例えば、はん用・生産用・業務用機械では、設備投資向けが2012年後半からの低迷を脱して緩やかに持ち直しているほか、国内外向けのボイラ・原動機や、国内建設投資に関連した土木建設機械などが増加している。電子部品・デバイスでは、スマートフォン向けが国内・海外向けともに増加している。一方、非製造業の活動水準は、2013年に入り、振れを伴いつつも増加が続いている。7-9月期には、前期に盛り上がっていた株式売買や消費が落ち着いたため、金融・保険業や小売業の活動水準に反動減が見られたものの、建設投資の増加を受けた建設業や学術研究、専門・技術サービス業(土木・建築サービス業が含まれる)、旅客・貨物運輸の増加を受けた運輸・郵便業などで4-6月期以降、活動水準が高まっている。
こうした生産活動の回復は、どの最終需要項目に支えられているのだろうか。産業連関表の生産誘発係数を基に、最近の最終需要が製造業、非製造業の生産活動をどの程度誘発しているのかを試算した40。その結果によると、製造業では輸出による生産誘発効果が大きいが、4-6月期以降、公共投資、設備投資など幅広い内需関連の項目が寄与を高めている(第1-3-2図(2))。また、非製造業では、内需の生産誘発効果が高く、消費、住宅投資、公共投資の増加寄与が大きい。総じて見れば、外需に限らず、広範な分野にわたる内需の好調さが、製造業、非製造業の生産活動を支えているといえる。
(円安の効果が製造業の経常利益を押し上げ)
収益が増加している要因を詳しく見てみよう。ここでは、日銀短観(2013年12月調査)の2013年度の収益計画を要因分解することによって、内外の需要や人件費、変動費といったコスト要因などが収益に与える影響を確認する(第1-3-3図)。これによると、製造業、非製造業ともに、内需要因41が強く収益の増加に寄与しており、生産活動と同様、内需の好調さが収益の増加を支えていることが分かる。加えて、製造業では、円安による輸出金額の増加や、採算性の改善を反映して、外需要因や変動費要因などが収益の増加要因となっている42,43。また、コスト面では人件費の伸びが小幅なものにとどまっており、その結果、製造業の経常利益は高い伸びが見込まれている。一方、非製造業では、コスト面で人件費が増加を続けるとともに、円安によって仕入れコストが上昇して変動費が増加することから、経常利益の伸び率は2012年度に比べて縮小する見込みである。
(設備投資の本格的な回復が課題だが、先行指標には明るさ)
企業部門においては、収益の改善、生産の増加から設備投資の持ち直しへと回復が徐々に広がってきたが、今後はどのように推移していくと考えられるのだろうか。まず、2012年末から高い伸びを続けてきた収益は、円安による押上げ効果が一巡していく中で、ひと頃に比べれば伸びが鈍化した状態が続くと見込まれる。生産は、好調な内需や輸出環境の改善を背景に緩やかな増加が続くと見込まれる。ただし、内需については、公共投資や住宅投資が当面の下支えとなることが見込まれるが、2014年4月の消費税率引上げに伴って駆け込み需要とその反動減がどの程度発生するか、不確実性がある。また、輸出についても、海外経済の底堅さなどを背景に持ち直しに向かうと期待されるが、最近は新興国経済の減速などを背景に弱めの動きが見られており、海外景気の下振れリスクに留意が必要である。一方、設備投資は、今までのところ、特に製造業において回復力が弱く、その本格的な回復が課題となっている。
そこで、製造業の設備投資の先行きを考えるために関連指標との関係を整理しよう。企業収益や生産の増加は、設備投資の増加要因であると考えられる。過去の景気回復局面において、製造業で景気の谷から設備投資が増加に転じた時期までのラグを見てみると、第14循環では景気の谷から3四半期、第15循環では5四半期のラグがあった(前掲第1-3-1図)。このため、2013年7-9月期は、収益・生産の回復が、設備投資に波及する過程にあると考えられる。
次に設備投資の先行指標を確認しよう。日銀短観(2013年12月調査)における企業の2013年度の設備投資計画は、製造業では前年度比5.3%増、非製造業では同4.1%増と、ともに増加が見込まれている。また、建設投資の先行指標である建築着工工事費予定額の増勢には、最近、やや一服感が見られるものの、2012年後半に弱含んでいた機械受注が2013年に入ってから増加傾向に転じており、機械設備投資の回復が示唆される(第1-3-4図(1))。製造業においては、機械受注と設備投資には2四半期程度のラグが見て取れることから、4-6月からの機械受注の増加は、半年程度遅れて設備投資の増加に寄与すると見られる(第1-3-4図(2))。なお、製造業の設備投資が明確な底打ちの動きを見せていない点については、受注から販売(設備投資)までのラグが長い案件の割合が増えていることが影響している可能性がある。具体的には、2013年4-9月累計では、受注から販売までのラグが長い火水力原動機や化学機械などの受注割合が前年同期に比べて上昇している一方、ラグが3か月程度とされる工作機械の受注割合が低下している44。
以上のことから、基本的には、先行きの設備投資は、収益・生産の回復を背景として、ラグを伴いながらも、循環的に増加していくものと考えられる。ただし、企業の設備投資を取り巻く構造的な問題が、設備投資を抑制している可能性にも留意が必要である45。
2 企業部門における景気回復の広がり
2012年末からの景気回復は、企業部門においてどの程度の広がりを持っているのだろうか。ここでは、個別企業の業況を手掛かりに、業種・規模別に見た景気回復の波及の特徴を探る。
(企業の業況は幅広く改善しており、中小企業非製造業の改善が顕著)
まず、日銀短観の業況判断DI46の水準について、業種別の寄与を見てみよう(第1-3-5図)。大企業では、製造業、非製造業ともに、ほとんどの業種が「良い」超で推移している。中小企業を見ると、2013年12月調査において、製造業では2007年12月調査以来、非製造業では1992年2月調査以来の「良い」超に転じた。中小企業の業種別の内訳を見ると、製造業では建設関連の素材業種を中心に改善している。また、非製造業では、建設業をはじめとして、広範な業種で改善が見られる。大企業と中小企業の間の業況の格差は依然として残るものの、中小企業でも業況は改善しており、特に非製造業の改善の度合いが強いといえよう。
(業況の改善は内需関連業種で顕著、中小企業にも徐々に波及)
それでは、今回の景気回復局面における業況判断DIの改善は、過去の景気回復局面と比べて、改善の幅、スピードなどの点でどのような違いがあるのだろうか。各業種の業況判断DIの改善幅が全産業・全規模のそれをどの程度上回っているかについて、過去の景気回復局面の平均と比較すると、以下の特徴が指摘できる(第1-3-6表)。
第一に、業種別に見ると、製造業よりも非製造業の方が改善の度合いが強い。製造業の中では、堅調な内需を背景に、建設関連の素材業種(鉄鋼、木材・木製品、窯業・土石製品47)で、改善の度合いが強い。これに対して、電気機械や化学、紙・パルプなどでは改善の度合いが弱い。電気機械の改善が過去に比べて弱い背景には、テレビやパソコンなどの国内需要が総じて緩やかな持ち直しにとどまっていることや、日本企業の国際的な競争力が低下していることが考えられる。また、化学や紙・パルプについては、新興国経済の成長鈍化を背景にアジアでの需給がやや軟調となっていることなどが考えられる。非製造業の中では、建設の改善の度合いが非常に強いほか、卸売、小売48なども改善度合いが強い。以上の特徴を踏まえると、今回の景気回復局面では、これまでの輸出主導型の景気回復とは違って、建設投資や個人消費を中心とした内需がしっかりとした足取りをたどってきており、それに関連した業種の業況の改善度合いが強いことが指摘できる。
第二に、規模別に見ると、業種によって改善テンポに違いが見られる。非製造業では、大企業、中小企業ともに着実に改善が進んでいる。内需が堅調な中、相対的に内需の影響が大きい中小企業がその恩恵を受けやすいことが、規模間の格差が見られない背景として考えられる。一方、製造業は、異なるテンポで改善してきた。2013年9月調査にかけては、大企業では改善度合いが過去の景気回復局面の平均に徐々に近づいていたが、中小企業では逆に悪化の度合いが拡大するなど、相対的に中小企業での改善が遅れていた。2013年12月調査では、大企業では過去と比べて悪化の度合いが拡大した一方、中小企業では幾分改善が進んだ結果、中小企業の方が相対的に改善が進んでいる。大企業では、過去と比べた輸出の伸び悩みなどが、最近の改善テンポの鈍化につながっていると考えられる。一方、中小企業では、全体として徐々に景気回復が波及している。
3 更なる景気回復の波及に向けた課題
今回の景気回復局面においては、中小企業にも徐々に景気回復が波及していることが確認できた。もっとも、大企業と中小企業の業況の格差は依然として残る。さらに、中小企業の中でも、非製造業は過去の景気回復局面と比べても業況の改善の度合いが強いなど、力強い回復を示しているのに対して、製造業の回復はやや弱い。ここでは、中小製造業に焦点を当て、生産の動向や価格転嫁の度合いを点検し、更なる景気回復の波及に向けた課題について考察する49。
(中小企業の生産にも回復が波及、ただし一部ではなお遅れ)
まず、業種別に大企業と中小企業の生産動向を比較してみよう(第1-3-7図)。製造工業全体を見ると、大企業の生産は、輸出の持ち直しなどを背景として2012年末に底を打った。一方、中小企業の生産は大企業に遅れて2013年春頃に増加に転じた後、増加が続いている。このように、生産動向の点からも、中小企業にも徐々に回復が波及してきたことが確認できる。
もっとも、生産の回復がなお弱い業種も見られる。例えば、はん用・生産用・業務用機械では、中小企業も全体的に持ち直し傾向にあるものの、大企業に比べるとやや弱めの動きとなっている。また、パルプ・紙・紙加工品では、中小企業の生産はほぼ横ばいであり、大企業に比べて回復感に乏しい。
このように一部の業種の中小企業で生産の回復が遅れている要因としては、プロダクトミックスの違いが挙げられる(第1-3-8表)。例えば、はん用・生産用・業務用機械では、大企業ではボイラ・原動機といった大型製品のウエイトが高く、中小企業では広範な用途の生産設備向けのウエイトが高い。2013年に入ってからボイラ・原動機は国内外向けに生産が増加している一方、中小企業では、国内の製造業の設備投資の回復力にやや弱さが残る中で、生産の増加テンポも緩やかなものにとどまっていると考えられる。紙・パルプでは、大企業でのウエイトが高い紙・加工紙では、円安による国際的な価格競争力の上昇もあって、輸出増加・輸入減少の動きが見られる50が、中小企業ではこうした品目の生産ウエイトが小さい。
こうした点に鑑みれば、はん用・生産用・業務用機械においては、今後、製造業の設備投資が増加に向かっていくのに伴い、生産設備向けの需要が増加し、中小企業の生産も回復していくことが期待される。紙・パルプについては、円安の恩恵が受けにくく、大企業のような生産の回復は見込み難いことから、持続的な内需の拡大が重要であるといえよう。
(中小企業では価格転嫁の度合いが小さい業種が存在)
競争力の弱い中小企業では、円安による投入価格の上昇を産出価格に十分に転嫁できないために収益が圧迫され、業況が悪化している可能性がある。そこで、投入価格と産出価格の関係を見てみよう。企業規模別に投入、産出価格の動向を直接捕捉・集計したデータは存在しない。そこで、日銀短観の価格判断DIを用いて、投入価格と産出価格の上昇度合いの違いを大企業と中小企業の間で比較してみよう。販売価格DIから仕入価格DI51を差し引いた値は産出と投入の相対価格の動きを表しており、投入価格の上昇を産出価格にどの程度転嫁できているかを推し量ることができると考えられる。大企業と中小企業のそれぞれの指標の動きを比較してみよう(第1-3-9図(1))52。主な業種の中では、はん用・生産用・業務用機械や電気機械、化学については、大企業では、仕入価格DIが上昇する一方で販売価格DIも上昇しており、販売価格DIと仕入価格DIの差分は、過去の平均値並みか、それを上回る水準にある。一方、中小企業を見ると、電気機械や化学では販売価格DIの上昇が緩やかなものにとどまっているほか、はん用・生産用・業務用機械では仕入価格DIの伸びが大きい。こうした中で、販売価格DIと仕入価格DIの差分は、大企業とは対照的に、過去平均を下回っている。
大企業と中小企業の間で、販売価格DIと仕入価格DIの差分で評価した価格転嫁の度合いに格差が生じている背景には、大企業の方が、輸出比率が高いため、円安が販売価格を押し上げる効果が大きいことや、スケールメリットがあるため仕入れの際の価格交渉力が強いこと、市況連動型の価格フォーミュラを有していることなどが考えられる。ただし、価格転嫁の遅れがそれほど目立たない業種も存在する。例えば、輸送用機械、木材・木製品、窯業・土石製品の販売価格DIと仕入価格DIの差分を過去平均と比べて評価すると、大企業と中小企業の間に大きな差は見られない(第1-3-9図(2))。これらの業種は、好調な自動車販売や、国内の建設投資の盛り上がりを背景として、需要が好調である。一般的に価格転嫁力が弱いとされる中小企業においても、需要の下支えがあれば、スムーズな価格転嫁が行われ、規模間の格差は拡大しないということが示唆される。