むすび

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最後に、各章の分析結果を要約するとともに、日本経済の当面の先行きについて考えてみたい。

(期待される景気のシナリオ)

2010年の夏場まで持ち直してきた我が国の景気は、秋に入り足踏み状態となっている。その主な原因として、アジア経済の回復テンポの鈍化に伴う輸出の弱含み、エコカー補助金終了に伴う自動車販売の減少が挙げられる。このほか、個人消費における猛暑効果の剥落もこうした動きを増幅した。その結果、鉱工業生産は、9月以降、減少が明確となっている。

この動きが「踊り場」的な状況にとどまり、再び景気が上向くのか、それとも景気後退局面に入るのかを占う際のポイントを整理しよう。まず、今回の足踏みが一時的であると考える場合、今後の景気のけん引力を想定する必要がある。加えて、足踏み状態となっている間、国内での累積的な景気悪化メカニズムが働かないことが重要である。こうした景気「再起動」の条件に関しては、以下のような指摘ができる。

第一に、今後の景気のけん引力として、依然、中国など新興国を中心とした世界景気の回復が続いていることを指摘できる。今回のNIES、ASEAN向けの輸出の減少が、世界的なパソコン需要の下振れや中国経済の拡大テンポの鈍化を主因として現地での一時的な生産調整が生じた結果であると考えれば、早晩、輸出の緩やかな増加が再開されるであろう。

第二に、潜在的な景気下押し要因としての在庫調整圧力は、高まってきているがそのテンポは過去の後退期に比べると緩やかである。業種別に見ると、半導体集積回路や鉄鋼では在庫率が高まっているが、それ以外の主要な業種では目立った変化はない。在庫の動向には注意を払う必要があるが、これまでのところ在庫が景気の重い足かせとなる事態には至っていない。

第三に、国内民需の基盤が崩れ去ったわけではない。設備投資のための資金はマクロ的には潤沢であり、個人消費の原資となる賃金・所得面は底堅い。製造業の所定外給与は減少し始めたが、冬のボーナスは前年とそれほど変わらない水準か、調査によっては若干の増加も予想されている。所得面の裏打ちがあれば、自動車販売の極端な反動減が落ち着いた後、新車効果などで販売が再び緩やかに上向く可能性はある。さらに、当面はエコポイントなど継続される消費刺激策等による下支えも期待される。

(景気の下振れリスク)

一方、景気の下振れリスクとしては以下のような点が挙げられる。これらのリスクが顕在化した場合、その大きさによっては、景気が後退局面に陥る可能性もある。雇用の一層の悪化も懸念される上、デフレ脱却も遠のくことになる。

第一に、海外景気の下振れである。なかでも、上記のシナリオでけん引力として期待されている中国等の新興国の景気拡大が失速しないかどうかが重要である。中国においては不動産価格の上昇や物価上昇率の高まりが依然続いており、金融引締め策が相次いでとられてきている。これが資産価格の大幅な下落等につながらないか警戒が必要である。また、アメリカ等における雇用やバランスシートの調整の行方とその景気への下押し圧力にも注意が必要である。

第二に、円高の輸出や設備投資への影響である。円高の影響は当初は円建て価格の低下を通じて企業収益を下押しするが、やがて輸出数量の減少、さらには設備投資の抑制をもたらす可能性がある。最近では大企業を中心に為替リスクへの対応が進んできた面もある一方、中小企業が下請け関係を通じて国際分業体制に組み込まれて、間接的に円高の影響を受けるケースも増えてきていることに注意が必要である(下記参照)。

第三に、自動車の生産調整、あるいはその影響が長引くことである。自動車は幅広い業種からの中間投入を必要とするため、減産が一時的であっても他業種への波及による景気の下押しが無視できない。特に、自動車に生産が遅行する傾向のある鉄鋼などでは注意が必要である。また、仮に2011年の年明け以降の自動車需要の回復が遅れれば、影響はさらに拡大するおそれがある。

(雇用情勢改善へ向けた課題)

雇用情勢には持ち直しの動きが見られるものの、若年を中心に失業率は依然高く、厳しい状況にある。雇用の先行きについて考えるに当たっては、2000年代前半と比べた特徴、構造的失業の背景にあるミスマッチの状況、雇用維持・創出のための政策の効果といった諸点を明らかにしておく必要がある。

失業率が5%台に達して高止まりしたのは、前回の景気の谷の後、2003年前後も同様であった。ただし、過剰債務を抱えていた当時と違い、企業の財務状態は改善されており、雇用の見通しは業界の需要の見通しを反映するようになっている。その意味で、現在、雇用創出の鍵を握るのは企業の体質改善より需要の拡大である。一方、今回の景気の足踏み状態が踊り場にとどまらない場合、雇用のさらなる悪化が懸念される。

2009年半ば以降、構造的失業率は緩やかながら低下傾向にある。したがって、労働市場全体としてはミスマッチが縮小していると考えられる。しかし、職種のミスマッチは大幅に拡大した後、縮小のテンポは遅く高水準となっている。正社員・パート間のミスマッチも拡大したまま推移している。若年者では、大卒について、企業規模別や能力のミスマッチも低い内定率の背景となっている可能性がある。

雇用の維持・創出のためには民間需要の拡大が本筋であるが、現在のような厳しい雇用情勢の下では、政策的な支援も必要である。特に、地域における建設業の雇用にとっては、公共投資の動向が重要である。介護分野は建設業以上に労働集約的であり、介護関係の支出の直接的な雇用創出効果は大きい。そのほか、雇用調整助成金は失業率の上昇を相当程度緩和したと見られる。

(円高の評価と影響)

最近における急激な円高は、輸出企業を中心に収益を圧迫するほか、国内での設備投資や雇用の意欲を削ぐ懸念がある。一方で、円高には潜在的なメリットもあり、それを活かすかが問われている。

2010年夏以降の円ドルレートの水準は、95年の円高局面とほぼ同じ程度であるが、この間、デフレないしそれに近い状態が続いたため、日本企業の価格競争力は増している。しかしながら、当時と比べると、内需の弱さ、対外資産の積み上がり、政策対応の余地の少なさといった点で厳しい状況にある。韓国のウォンが2008年以降、安値で推移してきたことへの懸念も今回の特徴である。その背景には、ウォン安が進む以前から第三国市場を含めた韓国製品のシェア拡大、我が国が得意としてきた分野での韓国の優位性の高まりがある。

マクロ的には、ほとんどの国で自国通貨高は景気にマイナスである。国際的に見ると我が国は輸出依存度が高い経済とはいえないので、自国通貨高の影響も相対的には大きいわけではない。また、国内においても業種によって企業活動への影響が大きく異なる。円高は多くの業種で企業マインドの先行きを悪化させる。一方、輸出への影響は全体としては高まっているが、一般機械や精密機械では低下している。電気機械ではほとんど影響がない。設備投資への影響もマイナスとなる業種が多いが、加工組立型の大企業では影響が小さい。最近は中小企業で間接的な輸出依存度が高まっていることもあり、設備投資へのマイナスの影響が目立っている。

円高は様々な形での企業の海外進出を促進する契機となりうる。その場合、特に懸念されるのが国内雇用へのマイナスの影響である。しかしながら、海外進出が直ちに雇用削減につながるとは限らない面もある。例えば、研究開発部門を拡大する企業では全体として雇用は減少しない場合が多い。また、先進国間の比較からは、中間投入のアウトソーシングが雇用の減少につながるという傾向も見出されない。

なお、円高メリットを活かす方法として、資源権益の獲得を含めた海外投資の拡大が指摘されている。しかし、過去においては、円高が海外でのM&Aを促進したという傾向は見られなかった。

(デフレと期待物価上昇率)

景気の谷から1年半が経過したが、デフレ状況が続いている。物価上昇率は需給ギャップの変化に遅れて反応する傾向がある上、需給ギャップのマイナス幅が依然大きいことが背景として指摘できる。しかし、現実の物価は人々が将来の物価をどう予想しているかにも影響されうる。期待物価上昇率の正確な把握は簡単ではないが、いくつかの推計結果を基に、デフレ状況の先行きを占う上での有用性、デフレ状況の現状評価、金融政策の効果を検討すると、次のような結果が得られた。

現実の物価は需給ギャップとともに、期待物価上昇率の影響を受ける。また、家計の期待物価上昇率は現実の物価上昇率に対して先行する。期待物価上昇率は現実の物価上昇率の影響を受けるが、遅れを伴う上、それだけでは説明できない部分も多い。したがって、期待物価上昇率には、現実の物価を予測する際に有用な独自の情報を含んでいる可能性がある。

2010年に入ってから、期待物価上昇率には改善が見られる。ただし、2005年頃と比べると、デフレ予想世帯が依然残っており、楽観視はできない。円高や景気の足踏みによる期待物価上昇率への影響は、一般に遅れて発現することもあり、現時点では見られない。今回のデフレ状況では、需給ギャップのマイナス幅が大きい分、物価が下押しされている一方で、期待物価上昇率はゼロ近傍まで戻ってきており、デフレ傾向を緩和している面がある。

物価連動債の利回りから推計された長期の期待物価上昇率は、2009年2月にマイナス幅が最大となった後、2010年初めにかけてマイナス幅を縮小させている。この指標と一連の金融政策の動きの関係を調べると、2009年12月の「中長期的な物価安定の理解」の明確化を受けて期待物価上昇率が大きく改善方向に反応している。これは、期待物価上昇率の引上げに対して、先行きの物価予想に直結する当局のメッセージが一定の効果を持つ可能性を示唆している。

今後とも、様々な期待物価上昇率の状況を多面的にチェックしながら、デフレ脱却へ向けた進捗度合いを確認していくことが重要である。

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