第1節 足踏み状態となった景気

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ここでは、リーマンショック後の我が国経済の動きについて概観するとともに、景気の足踏み状態が端的に表れている輸出と生産の動向を調べ、過去の「踊り場」的局面や後退入りの場合との比較を行う。さらに、国内民間需要の動向とその背景を探ることで、自律的回復に向けた基盤がなお残されているかどうかを検証する。

1 概観-リーマンショックから2年後の姿

まず、最近の日本経済の動きを主に「国民経済計算」のデータを見ることで振り返る。具体的には、実質、名目のGDP成長率、物価、GDPギャップについて概観する。また、主要な需要項目等がリーマンショック前の水準と比べてどの程度まで戻っているかを確認する。

(2010年7-9月期までは実質GDP成長率は増加基調)

景気基準日付(暫定)によれば、我が国の景気は、2007年10月から後退局面に入ったが、2009年3月に谷をつけ、拡張局面に移行した。この間の動きを実質GDP成長率で見ると、リーマンショック(2008年9月)を受けた2008年10-12月期、2009年1-3月期に大幅に落ち込んだ後、増加基調に転じた(第1-1-1図(1))。2010年においても、7-9月期までは前期比プラスが続き、少なくとも夏場までは景気が持ち直してきたことを示している。

需要項目別の寄与度では、リーマンショック後の持ち直しをけん引してきたのは第一に輸出、第二に個人消費である。個人消費の持ち直しはエコカー補助金、エコポイント等の政策によるところが大きいことから、この間の持ち直しは外需と政策効果にけん引されたと言い換えることができよう。ただし、2010年7-9月期においては、純輸出の寄与がほとんど見られなくなっている。これは、アジア経済の回復テンポの鈍化等を反映したものであるが、これまでの景気のけん引力の一つが弱まったことになる。反面、猛暑の影響もあって個人消費が強かったため、全体としてGDPは増加が続くことになった。

名目GDPの動きは、リーマンショック直後にはそれまでの資源価格等の高騰分が一部国内に波及したこともあって実質値より減少幅が緩和されたが、その後はデフレ状況が続くなかで、実質値を下回ることが多くなっている(第1-1-1図(2))。その結果、2010年7-9月期の名目GDPは91~92年度の水準まで減少している。なお、実質GDPはおおむね2005年の水準である(第1-1-1図(3))。

(デフレ状況が続き、GDPギャップも依然大きなマイナス)

次に、物価関連の各種指標の動きを追ってみよう。前述のようなGDP成長率の名実逆転状況は、GDPデフレーターの低下という形に表れている(第1-1-2図(1))。GDPデフレーターは、リーマンショック直後に一時的に上昇する局面があったが、その後は低下基調が続いている。国内需要デフレーターは、資源価格の高騰の影響を受け、2007年頃から上昇局面となったが、下落に転ずるのも早かった。一方、消費者物価(CPI)のうち「生鮮食品を除く総合」(コア)は、石油製品を含むため、国内需要デフレーターと同様の動きとなっている。「石油製品及びその他特殊要因を除く総合」(コアコア)の変化はこれに遅れたが、2009年春頃から下落基調に転じている。これらの動きを総合すると、いずれの指標で見ても、少なくとも2009年春頃からは、デフレ状況が続いていることが分かる。

国内物価の動向に影響を及ぼす重要な要因として、輸入物価、需給状況、期待物価上昇率が挙げられる。このうち期待物価上昇率については第3章で詳しく分析するので、ここでは、前二者について見ておきたい。まず、輸入物価(円ベース)は2008年秋から急激に下落した後、同年末には緩やかながら反転している(第1-1-2図(2))。その後は、2010年春頃をピークとして下落傾向となっている。こうした輸入物価の動きの背景には、原油価格に代表される資源価格の大幅な変動があるが、原油価格(ドルベース)は2009年末頃からは比較的落ち着いている。加えて、2010年には円高が進んだことから、輸入物価は再び下落に転じた。

需給状況をGDPギャップ(潜在GDP比)で見ると、リーマンショックで大幅に落ち込んだ後、マイナス幅が縮小してきている(第1-1-2図(3))。これは、この間、潜在成長率が低下する一方で、現実の成長率が潜在成長率を上回ることが多かったことによる。ただし、そのマイナス幅は依然として大きい。GDPギャップは推計方法によって結果が異なることから幅を持って解釈する必要があるが、2010年7-9月期の時点でも、2002年後半の水準にようやく戻った程度である。このようにGDPギャップのマイナス幅が大きいことは、失業率の高さや設備の稼働率の低さを意味し、また、デフレ圧力をもたらしていると考えられる。

(実質雇用者報酬、実質個人消費はリーマンショック前の水準まで回復)

リーマンショック前にはGDPギャップはゼロに近い状況であったのに対して、現在のGDPギャップのマイナス幅が依然大きいということは、GDPの水準がリーマンショック前の水準に戻っていないことを意味する1。それでは、需要項目別に見た場合はどの項目の水準が戻っていないのだろうか。ここでは、2010年7-9月期の水準を2008年7-9月期と比べてみよう(第1-1-3図)。

実質ベースでは、住宅投資と設備投資が2割前後落ち込んだままになっている。GDPに占めるウエイト2を踏まえると、GDPの水準の低さの主たる要因は、設備投資が大きく落ち込み、持ち直しに転じてからもほとんど取り返せていないことにある。また、輸出もリーマンショック前の水準には戻っておらず、設備投資に次ぐ要因となっている。なお、円高もあって名目では輸出の落ち込みも2割程度に達している。一方、個人消費と政府消費、公共投資は実質ではリーマンショク前の水準を超えている。名目でも、政府消費は明確にプラス、公共投資は同程度であり、個人消費においてもマイナス幅は相対的に小幅である。また、個人消費の原資として重要な雇用者報酬についても、実質ではプラスとなっている。

以上からリーマンショックから2年経過した時点での影響を総括すると、次のようになろう。第一に、米欧を中心とするバブル的な状況で膨れ上がっていた海外需要がリーマンショックを契機に縮小したため、輸出が依然として低水準のままとなっている。第二に、それまでは輸出型企業がけん引してきた設備投資は、輸出の水準が回復しないために減少を続けた結果、持ち直しに転じてはいても極めて低水準にとどまっている3。第三に、生産活動に遅行し、輸出の減少などを緩和したのが実質雇用者報酬の底堅さである。逆資産効果が働くなかで個人消費の政策的押上げが成功した背景にも、家計所得面の意外な底堅さがあったと考えられる。

2 踊り場か、後退か-鍵を握る生産と輸出の動向

前述のとおり、我が国経済はリーマンショック後の急激な落ち込みから持ち直してきたが、生産の減少などから足踏み状態にある。今後、この足踏みが一時的なものにとどまり、再び持ち直しを続けるのか、それとも景気の山を迎え景気後退に移行するのか、日本経済はまさに分岐点にさしかかっているといえる。過去の「踊り場」的な状況と後退局面の相違点、特徴を分析することで、先行きについて考える一助としたい。

(過去の「踊り場」的状況の特徴)

踊り場の意味は、論者により様々であるが、景気拡張局面の中における一時的な足踏み状態を指すことが多い。この定義に照らしてみると、バブル崩壊以降、我が国経済は三つの場面で踊り場を経験してきていると考えられる。そのときの特徴を、代表的な景気の一致指標である鉱工業生産の動き4を中心に調べてみよう(第1-1-4図(1))。

バブル崩壊後の最初の踊り場は、95年前半から半ば頃にかけてである。このときは、94年10-12月期に個人消費や住宅投資が減少するなど景気回復テンポが緩やかであったところに、アメリカ経済の減速や急激な円高を背景に輸出が停滞した。これに、阪神・淡路大震災等社会的不安なども重なって、95年前半から半ば頃にかけて生産が横ばい圏内の動きとなった。こうした状況の下で、財政面からの公共投資の増加、金融面からは公定歩合の引き下げ等の金融緩和措置がとられ、また、95年半ばから円高是正が進んだこともあり、景気は再び回復軌道に戻った(95年の円高については第2章第1節参照)。

次は、2002年後半頃から2003年前半頃にかけてである。このときは、日本の主要な輸出先であったアメリカやアジア地域の経済が減速し、輸出の伸びが鈍化したことが主因であった。この背景には、イラク戦争の勃発や重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染地域拡大の影響等があった。こうした輸出の動きを受け、生産は横ばいとなった。

その後、2004年後半頃から2005年前半頃にも踊り場的状況を経験している。直接の引き金は、世界的に携帯電話などIT関連財の需給が軟化したことであった。その結果、我が国でも電子部品・デバイス関連の在庫が積み上がるとともに、輸出の伸びが鈍化したことから生産が弱い動きとなった。この背景としては、アテネ・オリンピックに向けた需要見通しがやや強めであったことなどが指摘されている。

このように、過去の踊り場的状況では、輸出の減速ないし停滞、それに伴う生産の停滞といった動きが共通して見られる。しかし、輸出と生産が停滞するのは、近年においては後退局面の初期にも該当する特徴である。バブル崩壊後は、我が国の景気回復が外需に依存する度合いを高めていたが、その結果として、輸出の変調が生産、ひいては景気を下押しするという形で踊り場ないし後退が生じているのである。

(景気後退へ向かう際の一つの特徴としてNIES、ASEAN向け輸出の減少)

それでは、踊り場と後退を分けたポイントは何だろうか。鉱工業生産の関係では、バブル崩壊以降、景気後退となったときには在庫率の急速な上昇が生じているのに対し、踊り場で終わった場合は在庫率の上昇テンポが緩やかであるか、上昇が見られなかった(前掲第1-1-4図(1))。一般に、在庫率全体の変動は、幅広い製品を製造するための部品となる電子部品・デバイスの在庫変動に強く影響される。このうちウエイトの高い集積回路、集積回路や液晶素子などの部品ともなる半導体素子について出荷・在庫ギャップ(出荷の前年同月比-在庫の前年同月比)の推移を見ると、踊り場は後退の場合と比べてマイナス幅が小さくなっている(第1-1-4図(2))。したがって、後退に入らないための条件として、電子部品等の在庫調整が軽微にとどまることが必要であると指摘できよう。

一方、98年以降の輸出数量のデータからは、踊り場の場合は輸出が横ばいにとどまるか、減少しても緩やかなものにとどまっている(第1-1-5図5。輸出数量を地域別に見ると、後退局面の特徴としてNIES、ASEAN向けが揃って減少していることが分かる。踊り場では、必ずしもそのような動きにはなっていない。これらの地域向けの輸出は電子部品等が主力であり、上記のような生産面での特徴と符合するといえよう。

以上は我が国の景気指標に現れる変化を整理したものだが、90年以降の景気後退におけるマクロ的な特徴を振り返ると、内外におけるバブル崩壊、通貨・金融危機といった金融面の現象が契機となっている。そうした事態が生じた場合、先進国あるいはアジア地域において機械機器の需要が縮小し、これが電子部品等を中心にNIES、ASEAN向けの輸出の減少をもたらしてきたと考えられる6

今回の場合、2010年10月には電子部品・デバイスや鉄鋼を中心に在庫率が上昇している(なお、10月の在庫率は「たばこ」の駆け込み需要の反動に伴う在庫率上昇によって誇張されている可能性がある)。ただし、90年以降の景気後退期における在庫率の上昇に比べると上昇幅は小さく、業種の広がりも限定的ではある。このうち特に集積回路の動向を見ると、2010年夏頃から在庫調整局面に入っていることが分かる。この間、輸出については、NIES、ASEAN向けが電子部品等を含め緩やかに減少している。背景としては、世界的なパソコン需要の下振れに加え、中国における金融引き締めなどによる景気拡大テンポの鈍化等があると考えられる。すでに中国向け輸出も横ばい圏内の動きとなっているが、今後、中国における引き締めの動向、あるいはその効果について注視が必要である7

(自動車減産の影響はすでに他業種に及んでいる可能性)

過去の景気の分岐点においては、電子部品等のアジア向け輸出や在庫循環が重要な役割を果たしてきたが、今回はこれに加えて自動車の減産の影響が注目される。すなわち、2009年末頃には海外における自動車の販売が鈍化する一方で、国内では2010年に入ってからもエコカー補助金の効果による堅調な受注が見られ、それに対応して乗用車の生産が急増した。しかし、販売は2010年春頃にピークを迎え、その後は生産も弱含みとなり、補助金終了後の10月には特に大幅な減産が実施された(第1-1-6図(1))。

電子部品等とは違って、自動車生産の変動がどのように生産全体の動きと関係するかは明確ではない。例えば、ITバブル崩壊後の景気後退では、乗用車の生産は底堅く推移した。また、2004~2005年の踊り場的状況のときには、むしろ堅調な動きを示していた。自動車メーカーでは在庫をあまり持たないため、自動車需要の変動がそれ自身の在庫変動を通じて生産調整を増幅することは比較的少ないと考えられる。一方で、自動車は他業種への波及が大きい業種でもあり、自動車需要の変動が電子部品等を含めて生産全体に影響を及ぼす懸念がある。

それでは、2010年10-12月期における自動車の減産は、その後の生産全体にどう影響すると考えられるだろうか。乗用車の生産と関連する各産業の生産の時差相関をとることでこれを占ってみよう(第1-1-6図(2))。結果を見ると、第一に、2000年代における相関係数は90年代と比べて総じて高く、乗用車と他業種の関係は格段に深まっていることが分かる。90年代には自動車部品だけが相関が明確であり、その他の業種とはほとんど連動性がなかった。しかし、2000年代には、鉄鋼、化学、集積回路との間に高い相関が検出されるようになっている。第二に、2000年代において、集積回路、化学は乗用車に先行する傾向がある。これに対し、鉄鋼はやや遅行的である。なお、図中には、電子部品の一種である水晶振動子との相関についても、ウエイトは低いが先行性が強い例として示した8

以上の分析を踏まえると、今回の自動車の減産による影響が他の業種に波及し、生産全体を下押しすることが懸念されるが、集積回路や化学などの業種を中心に、その影響はすでに秋頃までの生産の動きに織り込まれている面もある。今後はこれらの在庫の積み上がり状況とともに、遅行性の見られる鉄鋼の生産動向に注目する必要があろう。

コラム1-1 NIES、ASEANの中国との景気の連動性

2010年初頭からの我が国からNIES、ASEANへの輸出の減少傾向の背景には、これらの地域における生産や輸出、特に中国向け輸出の弱さがあると考えられる。以前は、我が国からのアジア向け輸出は最終需要地としてのアメリカの景気動向に影響される面が強かったが、最近ではこれが中国に取って代わられてきたのだろうか。ここでは、アジア諸国とアメリカ、中国との間のGDPの相関を比較してみよう(コラム1-1図)。

その結果を見ると、アジア諸国とアメリカとのGDPの相関は最近の方が強くなっている。これはリーマンショックに伴うアメリカの景気悪化と、アジアからアメリカへの輸出の大幅減が同時に生じたことの影響が大きいと考えられる。アジア諸国の中では、内需の大きいインドネシアとフィリピンはアメリカとの相関が弱い。一方、アジア諸国と中国の相関は、2000年代前半は弱かったが、後半は強くなっており、貿易を通じた関係の深まりが推察される。我が国以外では、シンガポール、マレーシアにおいて相関関係の高まりが顕著となっている。

3 自律的回復への基盤は残っているか

前述のとおり、日本経済は、現在、一時的な踊り場的状況を経て再び持ち直すか、それとも景気後退に入るのかの分岐点に立っているといえる。今後、海外経済の改善や各種の政策効果などを背景に、景気は再び持ち直すことが期待されるが、再び持ち直した場合、それが自律的回復に結びつくのかが次の課題になる。ここでは、国内民間需要の動向を点検することで、自律的回復への基盤がどの程度あるのかを探ろう。

(設備投資の持ち直しは過剰感の緩和に比べ緩やか)

自律的回復の鍵の一つは民間設備投資である。設備投資は2008年頃から減少に転じ、リーマンショックを経てさらに大幅な減少を示したが、2009年10-12月期から底ばい状態となった。2010年4-6月期になって持ち直しが明確化してきたが、そのテンポは緩やかであり、水準は低いままである。これを「法人企業統計季報」のデータによって製造業、非製造業別に見ると(実質ベース)、製造業でリーマンショック後の落ち込みが激しく、かつ、長期化したことが分かる。非製造業では、比較的景気に影響されず計画的に実施する部分も少なくないと考えられ、リーマンショック後の減少は緩やかである9第1-1-7図)。

それでは、設備投資は今後、さらに上向いていくのだろうか。その点を占うために、まず基本となるのが設備過剰感である。特に、製造業の設備投資は過剰感に若干遅れて連動することが知られている。過去の設備投資と過剰感の動向を踏まえると、2010年7-9月期の時点では過剰感の緩和に比べて設備投資の持ち直しは緩やかであり、引き続き投資が増加する余地があるとも考えられる。もっとも、設備過剰感の改善には足踏みが見られる。過剰感は製造工業稼働率とほぼ同じ動きを示すことを踏まえると、生産の弱さがどこまで稼働率に影響し、それが設備過剰感の悪化につながるかどうかは予断を許さない状況にある。

企業収益はキャッシュフローを増加させ、設備投資の原資になる。企業収益の増加が続いてきた一方で、設備投資の持ち直しが遅れたため、設備投資のキャッシュフロー(0.5×経常利益+減価償却費)比率は全産業ベースで6割程度となっている。これは、同比率が7割程度であった2003年頃と比べてもさらに低い水準である。加えて、企業の資金繰り判断も緩やかながら改善しており、円高の影響による収益圧迫が懸念されるものの、資金面からの設備投資への制約はそれほど厳しいものではないと考えられる。

以上の要因のほかに、設備投資の先行きには企業の期待成長率が影響を及ぼすと考えられる。2010年1月時点ではGDP成長率予想が今後3年間1%、5年間で1.3%と低かったが(内閣府「企業行動に関するアンケート調査」)、その後これがどう変化しているかが注目される。その際、2010年における円高の進展や海外景気の減速といった要因が、GDPや外需依存型の業界需要の見通しの押下げに働く懸念があることに注意が必要である。

(実質賃金は前年比で増加)

自律的回復のもう一つの鍵は、個人消費が賃金面の改善に支えられて増加していくかどうかである。前述のとおり、実質雇用者報酬はすでにリーマンショック前の水準を超えている。雇用者数は2009年に落ち込んだあと目立った回復は見られなかったので、この間、実質賃金が上昇したことになる。実質賃金の対前年増減率を給与の種類、消費者物価の寄与度に分解することで、その要因を調べてみよう(第1-1-8図)。

まず、2009年の年間実質賃金は、前年と比べてかつてない下落を示していることが確認できる。それに最も寄与したのがボーナスを含む特別給与であるが、所定内給与と所定外給与もあわせると特別給与に近い寄与となっている。一方、石油製品の下落等から物価は実質賃金に対してプラスに寄与した。2009年の動きを月単位で見ると、後半には実質賃金の持ち直しに向けた動きが出てきている。ボーナス月でないにもかかわらず9、10月に実質賃金がプラスとなっているのである。これは、所定外給与のマイナス幅が縮小するとともに、物価の下落幅も一時的に大きくなったためである。

2010年に入ってからは、年初から実質賃金は前年比で上昇が続いている。物価の下落率は小さくなり、所定内給与はおおむね前年並みを維持したものの、所定外給与、特別給与ともプラスに寄与した。先行きを考えるに当たっては、賃金や物価は総じて見れば景気に遅れて動く傾向があることがポイントとなる。特に、冬のボーナスについては、夏と同時に決定する企業も多いこと、企業収益が改善してきたことなどから、急減することは考えにくい。90年代末以降、実質賃金の年ベースでの増加は例外的であるが、2010年はそうなる可能性が高い。ただし、所定外給与については、生産が弱含んできたことから、製造業を中心に前年比の伸び率が鈍化することが懸念される。

(政策効果により自動車、テレビ等の消費が大幅に増加)

リーマンショック後の景気持ち直し局面では、個人消費にプラスの効果をもたらすと考えられる様々な政策が実施された(第1-1-9表)。特に、耐久財消費を直接刺激する制度として、2009年4月よりエコカー補助金、同年5月よりエコポイント制度が導入されたが、それらの影響はどの程度あったのかを検証してみよう。

まず、耐久財消費全体の推移を振り返り、そのうちエコカー補助金、エコポイント関連の寄与度を試算する(第1-1-10図(1))。実質耐久財消費は、リーマンショック直後に伸びがやや鈍化したものの、2009年から2010年1-3月期にかけて伸び率が大きく高まっている。その内訳を見ると、テレビ、自動車が大きく寄与しており、政策効果が働いていることが確認できる。ここで、注目すべき点が二つある。一つは、自動車はリーマンショック後の減少を穴埋めした形になっているが、テレビは上乗せした形になっていること10、もう一つは、政策効果と無関係のパソコンの寄与が大きいことである。2009年10-12月期からのパソコンの寄与拡大には、新OS登載商品の導入が買換え需要を刺激した面があると考えられる。また、テレビやパソコンの価格はすう勢的に下落してきたが、リーマンショック後にはそのテンポが加速したため、実質ベースの寄与度が高まったことも指摘できよう。

一方、名目ベースでは自動車の寄与は非常に大きく、個人消費全体の動きに強く影響を及ぼしたことが推察される。その点を浮き彫りにするため、「家計調査」ベースの平均消費性向(勤労者世帯)を見てみよう(第1-1-10図(2))。平均消費性向はリーマンショック後の景気の谷以降、おおむね横ばい圏内で推移している11。ここで、エコポイント関連の家電3品目、自動車をそれぞれ除いた平均消費性向を試算すると、いずれについても2009年4月以降は低下傾向が見られるが、自動車を除いた場合は特に平均消費性向の低下基調が明確になる。エコカー補助金等がなければ所得の一部が他の消費に回された可能性はあるが、これらの制度が平均消費性向の維持に寄与したということはできよう。

このように個人消費をけん引してきた自動車であるが、エコカー補助金が9月7日で終了し、その影響が個人消費全体に及んできている。新車登録台数は、8月に駆け込みで大幅に増加したものの、9月は反動減でこれを帳消しにし、10月、11月はともに26万台と一段と減少している(第1-1-10図(3))。過去においては、自動車の販売は税制改正による価格の変動に伴って大きく振れてきた。特に、消費税率引上げで価格が上昇した97年には、それ以前と比べて一段低い水準に落ち込んでいる。こうした経験を踏まえると、今後、しばらくは買い控えが続くことが予想される。

(個人消費の持ち直しの内容に広がり)

以上、賃金面に底堅さが残る一方で、エコカー補助金終了の影響もあって消費に弱い動きが見られることを述べた。こうしたなかで、エコポイント制度が順次内容を修正しつつ2011年3月まで続くほか、10月には子ども手当が4か月分支給されており、これらによる下支えが期待されるが、それだけで個人消費が持ち応えられるだろうか。その点を占うには、実質賃金が減少に転じないという前提の下ではあるが、消費の持ち直しの内容に広がりが見られるかどうかが重要になる。旅行や外食を始めとする様々な選択的支出が上向きつつある状況であるならば、特定の品目が落ち込んでも消費全体の勢いが削がれる可能性が少ないと考えられるからである。

まず、「家計調査」において選択的支出が多く含まれる教養娯楽関係とその他消費支出(諸雑費、交際費等)からなる「消費感応指標」を考えよう(第1-1-11図(1))。これら「消費感応指標」に含まれる支出は消費全体の約3割を占めるだけであるが、消費全体との相関は強く、これが伸びているときには消費の基調は強いと考えることもできる。この指標は、2010年夏までは堅調に推移していたものの2010年の秋にはマイナスとなっている。ただし、これは冠婚葬祭時の贈与金を中心とした交際費がこの時期に前年比で大きくマイナスとなっていることが強く影響しており、一時的な動きである可能性が高い。

もう一つのアプローチとして、選択的支出12のうち増加している品目数の割合がどの程度あるかを「選択的支出DI」の形で試算しよう(第1-1-11図(2))。こうすることで、特定の品目の支出額の振れの影響を受けにくくなる。その結果を見ると、2010年の夏場には伸びが高まり、その後もDIは比較的高い水準を維持していることから消費の持ち直しの内容に広がりが出ていることが分かる。

(政策効果と住宅取得能力の改善を背景に住宅建設は持ち直し)

住宅着工戸数はリーマンショック後から急速な減少を続けたが、2009年夏頃に底を打ち、一時的な停滞も見られたものの基調としては持ち直してきている(第1-1-12図(1))13。もっとも、設備投資と同様に落ち込みが大幅であった上に、持ち直しが緩慢なため水準は低いままであり、リーマンショック前の年率110万戸に対し、2010年は80~90万戸となっている。所有関係別では、貸家と共同建分譲(マンション)は大きく水準を落としたものの、持家と戸建分譲の減少幅は小さく、2010年半ばにはリーマンショック前の水準の近くまで戻っている。

住宅建設の持ち直しを支えた要因として、住宅ローン減税や贈与税減税、ローン金利の優遇や住宅エコポイント(新築の場合等)などがある(第1-1-12図(2))。これらの制度の多くは住宅取得促進を目的としており、持家と戸建分譲の建設促進を中心に効果を発揮したと見られる。一方、支援制度の充実にもかかわらずマンションの着工は改善が特に遅れた。マンション販売は改善してきているが、在庫調整圧力が強いこともあり、着工に結びつきにくかったといえよう。

しかしながら、住宅建設が自律的回復に向かうためには、所得・雇用環境の改善が続くことが必要である。この点に関連して、家計の住宅取得能力を確認しておきたい(第1-1-12図(3))。住宅取得能力とは、住宅価格に対して家計の資金調達可能額がどの程度あるかを示すものである。金利の低下に2010年に入ってからの所得面の改善が加わって、調達可能額は増加している14。一方、住宅価格は弱めの動きが続いてきた。こうしたことから、住宅取得能力は2009年以降持ち直してきている。

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