第3節 景気回復持続のメカニズム

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以下では、本報告書のむすびに代えて、景気循環の基本的なメカニズムを再確認し、今後の展望を考える参考としたい。まず、戦後の主な景気循環を概観し、その循環パターンを振り返る。また、現在のグローバル化が進む中、日本経済と世界経済の連動性について検討する。最後に、在庫循環、設備投資循環や需給環境から現在の景気局面の評価を行う。

1 過去の景気循環のパターン

(景気回復は、輸出関連産業が先導)

我が国の景気回復は、輸出の回復から始まることが多い。輸出関連産業において生産や収益が回復し、それが設備投資の増加につながっていく。また、家計部門においては、所得の増加により、消費活動を活発化させ、国内での財・サービスへの需要が高まる。その結果、内需関連の産業においても生産や収益が回復し、景気回復が経済全体に広がってくる、というパターンが繰り返されている(付注3-1図、第3-3-1図)。これは、以下で詳しくみるように、景気後退のきっかけが海外からのショックであることが多く、回復に至る過程では逆に輸出が先導する形になるためと考えられる。

(過去の景気後退は、外的なショックがきっかけ)

景気後退については、外的ショックから景気後退に陥る場合と、日本経済の内的要因から、自律的に景気が後退する場合がありうるが、過去の景気変動はほとんどが景気循環面の外からのショックをきっかけとして生じている。

戦後から高度経済成長までの期間においては、いわゆる「国際収支の天井」が存在したため、政策的な引き締めから景気が減速していくこととなった。高度成長期の前半、すなわち第3循環、第4循環においては、設備投資の増加を中心に自律的な景気回復が進行し、それに伴い輸入が急増することによって景気が拡大したが、天井に達すると金融が引締められ、景気が後退することとなった(国際収支の天井については、コラム3-2参照)。

また、二度の石油危機は、大きな外的ショックの代表的な事例として挙げられる。高度成長期の後半になると、国際収支が黒字で推移するようになり、「国際収支の天井」が問題にはならなくなった。しかし、第1次石油危機の際には、列島改造ブーム後に過剰流動性が発生していたところに外的ショックがあり、一般物価の高騰と、さらにそれを上回る賃金上昇によって、いわゆる狂乱物価が引き起こされた。

変動為替レート制度以降については、円高や海外経済の減速を通じた輸出減少が景気後退の要因として大きな影響を及ぼした。85年の「プラザ合意」に端を発する「円高不況」も海外要因が景気後退の要因になった例といえよう。政府、日銀が需要刺激策をとった結果、円高の交易条件改善効果もあって景気は回復に転じたが、過剰流動性を背景に地価や株価といった資産価格が高騰する「バブル」が発生した。こうした資産インフレを抑制するために引締め策がとられ、景気は急速に悪化することとなった。2000年の景気後退入りもITバブル崩壊によるアメリカ経済の減速が世界経済の減速につながる中で、我が国の輸出が急減したことによる。

コラム3-2 国際収支の天井

過去の景気循環を振り返ると、第3循環における「神武景気」、第4循環における「岩戸景気」では「国際収支の天井」が制約となって景気が後退局面入りしたが、「国際収支の天井」が制約になるとは如何なる状況だったのだろうか。

1950年代後半から60年代前半にかけて日本経済が経験した「神武景気」や「岩戸景気」は、設備投資や消費といった国内需要の高い伸びに支えられた景気拡張であった。そのため好景気が続くと輸入が増加し、国際収支が赤字化するという構造を持っていた。

当時の為替相場は1ドル=360円の固定相場制が採られていたが、こうした下では国際収支の赤字が続くと外貨準備が減少する。さら国際収支の赤字が続けば外貨準備が枯渇し、円から他通貨への交換に応じることができなくなる可能性が高まる。このように、固定相場を維持するために国際収支の赤字を放置できなくなることを「国際収支の天井」といった。「神武景気」や「岩戸景気」においては、こうした理由から外貨準備の減少を阻止するために金融引締め等の景気調整策がとられ、これが原因となって設備投資、在庫投資が停滞し、景気が後退局面へと転じることとなった。

なお、「いざなぎ景気」を含む60年代後半以降は、日本製品の国際競争力が強まったことから輸出が高い伸びを示すようになった。このため、好景気が続く中でも国際収支が黒字基調で推移するようになり、「国際収支の天井」が制約となって景気が後退するという状況はみられなくなった。

コラム図3-2

2 世界経済との連動性

経済のグローバル化が進展する中で、各国間との実質GDP成長率の連動性が高まっているといわれている。以下では、世界経済の連動性を確認するとともに、その背景について検討し、こうした動きが日本経済にどのような影響を及ぼしていくかについて検討する。

ここでは、(1)日本とアメリカ、(2)日本とユーロ圏、また、(3)アメリカとユーロ圏の三つの組み合わせで検討する。その際、主に日本との関係をみることを目的としていることから、日本の景気基準日付に基づき、バブル期を含む第10~11循環、バブル後低成長が続いた第12循環、ITバブル期と今回の景気回復局面を含む第13循環以降の三つの期間に分けている(第3-3-2図)。

結果をみると、第13循環においては、過去と比べて各経済圏間の相関が明確化しており、日本やユーロ圏の実質GDP成長率はアメリカの実質GDP成長率の変化に対してラグを持って変化する傾向がある。90年代後半頃から世界経済の景気連動性が高まっており、さらに、その中で日本やユーロ圏はアメリカ経済からの影響を受けやすいといえる。

こうした日本、アメリカ、ユーロ圏の相関を踏まえ、いずれかの経済圏において外生的なショックが起きた場合に、その他の経済圏に対してどのような影響が出るかについて簡単な試算を行ったところ、第11~12循環においては、各経済圏における成長率に対する外生的なショックが他の経済圏の成長率とどのように影響を及ぼし合っているかについて明確なことはいえないが、第13~14循環については、日本はアメリカ、ユーロ圏の成長率に対する外生的なショックに対して反応し、アメリカとユーロ圏も互いのショックに対して反応がみられた。アメリカの実質GDP成長率で1%ポイントのショックが起こった場合の日本とユーロ圏への影響を試算の結果では、実質GDP成長率で0.9%ポイント程度の反応となった(第3-3-3図付図3-1)。

世界経済の連動性が高まった背景としては、各国の金融資本市場の連携が強まったことに加え、世界貿易の活発化が挙げられる。世界の財・サービス貿易の動向をみると、1990年代初頭までは対名目世界GDP比20%程度であったのに対し、その後大きく拡大し、最近では同30%と90年代初頭と比べて1.5倍の規模に達している(第3-3-4図)。

3 景気循環からみた現局面の評価

自律的な景気循環を引き起こす要因としては、短期的には在庫循環要因、中期的には設備投資循環要因が指摘されることが多い。設備投資については、バブル崩壊後、ストック調整が長期化したが、今回の景気回復局面を通じて増加が続いており、循環局面から評価すれば、中期的な上昇局面であると考えられる。一方、短期の循環については、このところ情報化関連の在庫調整が主因となる局面が多い。2004年後半の踊り場や、2007年にみられる生産の一時的停滞においても情報化関連生産財の調整が大きな影響を及ぼしている。以下では、在庫調整と設備投資の動向について検討した上で、マクロの需給環境についての確認を行う。

(在庫調整局面の評価)

在庫循環の典型的なパターンとしては、景気回復の初期には、まず出荷の増加に伴ってそれまで積み上がっていた製品在庫が減少に転じ、次に在庫調整が進展して在庫が適正水準に近づくと生産の増加テンポが速まって在庫の減少が止まり、さらに景気が成熟化して出荷の増勢が鈍化すると在庫が増加に転じる。景気後退局面に入ると、出荷が減少する中で、在庫が積み上がっていく。こうした動きを、出荷と製品在庫の増加率について、グラフ上にプロットすると、期を追って右回りに回転する図が描かれることになる(第3-3-5図)。過去の景気循環における在庫循環図をみると、比較的きれいな円を描いていることがみて取れる。

今回の回復における在庫循環を、過去の景気循環局面と比較すると、近年は在庫調整の安定化により、在庫循環による景気変動(キチン・サイクル)が不明瞭になっている。鉱工業全体では、2005年第1四半期に調整局面に入ったものの、2005年第3四半期以降、逆回り(45度線の下で出荷、在庫とも増加)となり、そのまま2006年度第1四半期以降回復局面に戻った後、再度方向を大きく変えるなど、不規則な動きがみられる。

在庫循環を業種別にみると、情報化関連生産財については、循環のきれいな円を描きつつ、その半径を小さくしながら、中心を右上方へシフトしてきており、足下では回復局面入りしている(第3-3-6図)。

また情報化関連生産財の出荷・在庫ギャップをみると、その振幅は小さくなり、在庫調整の深度は浅くなりつつある。在庫水準は上昇トレンドにある一方、出荷も高水準にあり、在庫率は足下やや上昇しているが長期的には低下トレンドにある(第3-3-7図)。こうした動きの背景として、需要面からは、情報化関連製品の多様化が挙げられる。これまで情報化関連製品は、パーソナル・コンピューターやマイコン内蔵の白物家電等が中心であったが、今回の回復局面においては、電子部品等を組み入れた製品として、いわゆる新・三種の神器(デジカメ、DVD、薄型大画面テレビ)などのAV機器や携帯電話、ゲーム機、自動車向けなど、幅広い製品に用途が広がっている。半導体素子・集積回路の国内需要部門をみても、2000年から2005年にかけてパーソナル・コンピューター(電子計算機・同付属装置)の構成比が半減している(第3-3-8図)。

情報化関連の最終財のメーカーは、原材料や部品の在庫が不足する場合には製造が停止するおそれがあるが、最終財メーカー自身では原材料、部品の在庫を圧縮する方向にあるため、こうした在庫が部品メーカーである電子部品・デバイス工業において急激に増加してきているものと考えられる。特に、2006年半ば以降の在庫の積み上がりについては、年末商戦に向けての需要増を見込んで、部品メーカーが強気の姿勢で在庫を積み増したことがその要因となっている。また、半導体等電子部品は、2006年の輸出通関額のうち6.5%のシェアを占め、主力の輸出製品となっている。最終需要地についても、従来の先進国中心から、中国を含む新興国への輸出が増加している。

以上のように、これまでの在庫の急激な上昇は、情報化関連製品への需要の拡大を見込んだものであり、その限りでは、必ずしも在庫水準が高すぎるとはいえない。2006年の年末商戦に加え、パーソナル・コンピューターの新OS搭載モデル、携帯電話の需要増の見通しが予想を下回ったことから、情報化関連生産財の一部に軽度の在庫調整が生じたとみられるが、最終製品の裾野の広がり等を受けて調整が緩和された面もあると考えられ、大きな調整になるまでには至らなかった。

生産能力指数、稼働率指数をみると、電子部品・デバイス工業については、このところ稼働率がほぼ横ばいで推移しており、生産能力の大幅な増加にも過剰感はなくバランスのとれた状況にあるものとみられる。ただし、今後の需要動向には注視する必要がある(第3-3-9図)。

(設備投資の循環局面)

今回の景気回復局面において、設備投資は増加を続けており、国民経済計算ベースの民間企業設備では、寄与率は36%と大きなものとなっている。民間設備投資は国内総生産に占めるウェイトが大きいだけでなくその変動も大きく、景気循環でも大きな役割を果たしている。景気基準日付を決めるような数年単位の循環については、生産面から在庫変動により循環が起こるが、より中長期には設備投資の循環がどういう局面あるかによって、景気の持続性が異なるものとなる。すなわち、設備投資循環が増加傾向にある場合には、在庫循環が景気の拡張局面に当たれば山をより高く、逆に下降局面であれば谷を浅くするものと考えられる。景気の持続性を占う上では設備投資動向が重要な鍵を握っている。

設備投資は、GDPを構成する最終需要であるとともに、企業の資本ストックの追加であり、供給能力の強化に直接つながるものである。資本ストック循環図をみると、企業の期待成長率が上昇していることを背景に、循環が右上に移動している(第3-3-10図)。大幅な設備投資の増加は過大な資本ストック水準に結びつくのではないかとの指摘もあるが、これまでのところはおおむね我が国の潜在的な成長力と整合的であると考えられる。

また、設備投資は、形態別には建設投資と機械投資、無形固定資産投資に分けられるが、建設投資は機械投資に比べ循環がより長期にわたると考えられる。建設投資は、2002年を底に改善が続いてきており、これがさらに続いていけば、長期的にみて設備投資の増加基調が持続していく可能性もある(前掲第1-3-10図)。

なお、より短期的な視点で、足下の設備投資の動向をみると、増加基調が続く中、依然として設備の過剰感は高まっていない。設備の過不足感について日銀短観(9月)のDIでみると、製造業はゼロ、非製造業は-1で、先行き不足超となる見込みとなっている。一方、今後、原油価格の高騰や金融資本市場の混乱等の外的なショックによって企業の期待成長率が高まってこない場合には、2%程度の期待成長率に対応する曲線に沿って伸び率が鈍化していく可能性もある。また、国内要因としても、建設投資については、足下では改正建築基準法の施行の影響による混乱があることから、今後の動向を注視する必要がある。

(国内の需給環境)

自律的な景気循環を引き起こす要因として、在庫循環、設備投資循環についてみたが、これらが直ちに景気動向に対してマイナスの影響を及ぼすような状況ではない中で、国内の需給環境については、緩やかに改善してきている。実物市場における物価上昇圧力の高まりをGDPギャップからみると、2002年以降改善を続けており、足下では足踏みがみられるが小幅のプラスで推移している。生産面や資本や労働力の稼働状況をみると、緩やかな上昇にとどまっており、現時点では過熱感はみられない(第3-3-11図)。

さらに、費用面のうち労働コストの面から物価を取り巻く環境をみるために単位労働費用(ユニット・レーバー・コスト)の動きをみると、足下では下落幅に拡大がみられるものの、2004年以降そのマイナス幅を縮小させてきている(第3-3-12図)。

このように、国内の需給環境の改善は緩やかであり、また国内の状況から将来への期待が大きく変化して、需給が急激に逼迫していく状況でもない。物価の動向を総合的にみると、物価が持続的に下落するという意味でのデフレ状況にはないが、再びデフレに戻ることのないよう、持続的な成長と両立する安定的な物価上昇率を定着させる必要がある。一方、需給の改善なしに、原油高や原材料価格上昇等による海外発のコストプッシュ型の値上げが相次げば、個人消費にマイナスの影響をもたらしかねない。需要増の裏づけのない物価の上昇は景気の悪化要因となりうることには留意が必要である。

4 今後の展望

以上の分析を踏まえて景気の先行きについて展望を探ると、以下のようにまとめることができる。

まず、現時点では雇用、設備、在庫のいずれについても過剰な状態ではなく、かつ、市場に過熱感が生じている状態でもない。こうした中で、輸出と生産が増加を続けており、景気回復を支える原動力は健在である。

同時に、現在の景気は弱さも抱えている。特に、雇用情勢の改善に足踏みがみられ、個人消費はおおむね横ばいで推移するなど、景気回復の家計部門への波及が停滞した状況にある。賃金の下押し要因などが落ち着けばやがて波及が再開されると期待されるが、このような弱さを抱える中で、ダウンサイドリスクが顕在化すれば厳しい局面も予想される。

具体的には、現時点で懸念材料となっているリスクとして、国内要因では改正建築基準法施行の影響による建設投資の落ち込みが挙げられる。また海外発のリスクとしてサブプライム住宅ローン問題を発端としたアメリカ経済の減速懸念、原油価格、為替レート、株価の変動などが指摘できる。これらについては、次のような評価ができる。

(1)アメリカ経済の減速

我が国の景気回復が外需に支えられている面があること、中国の対米輸出額がGDPの7%程度を占めるなどアメリカ以外の国への影響も無視しえないことを踏まえると、アメリカ経済の減速が現実のものとなり、かつ長引くようであれば、日本にとってかなり大きな影響となる可能性がある。

(2)原油価格

日本経済のエネルギー効率は高まっているが、2006年についてみると原油価格の上昇は年間GDPの0.5%程度の海外に対する追加的所得移転をもたらしている。個人消費が横ばいで推移し、低インフレ期待が定着している現状では、この所得移転はほとんどが企業部門、特に価格交渉力の弱い中小企業によって負担される。中小企業を中心として収益圧迫は業況感の悪化を通じ労働市場にも影響を及ぼしており、原油価格の先行き次第では景気の足取りを重くする懸念がある。他方、ガソリンや灯油など石油製品の価格へは転嫁が進み、家計の実質所得の減少を通じて消費需要に影響を及ぼす可能性もある。

(3)建設投資

すでに7-9月期のGDPにおいて比較的大きな押下げ要因となっており、建設財の生産や出荷の動きからも影響が確認される。今後、関連分野への波及拡大も懸念されるところである。ただし2007年10月の住宅着工戸数の数字からは、下げ止まりつつあるとの見方もできる。もしそうであれば、GDPへの下押し圧力もラグを伴って弱まっていくことが期待される。

(4)為替レート

我が国の輸出企業は海外現地生産の拡大等により、結果として為替レート変動に対する耐久力を高めてきた。そのため、今後さらに急激な円高が進むというような事態が生じなければ、その影響は過去と比べて限定的なものにとどまる可能性が高い。ただし、円高の進展は企業マインドへの影響も考えられるところ、引き続き注視が必要である。

(5)株価

我が国の金融機関の自己資本は充実しており、保有する資産に占める株式の割合も低下していることから、極端な場合を除いて株価の下落が金融システムに影響を及ぼす事態は考えにくい。ただし金融機関以外も含め企業マインドの慎重化につながる可能性は否定できない。また消費者マインドを通じた逆資産効果はそれほど大きなものにはならないと見込まれるが、家計のリスク資産保有割合が高まっており注視が必要である。

なお、我が国の預金取扱金融機関が保有するサブプライム住宅ローン関連の証券化商品等は9月末で約1兆3,000億円であり、前述のような自己資本の充実等を踏まえると、関連損失による金融システムへの影響は現時点では限定的とみられる。

これらのリスクに注意を払いながら、景気回復の家計部門への波及が再び動き出すよう、引き続き適切な経済運営に努めていくことが重要である。

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