日本経済2006(全文)第2章 企業部門が内包する課題

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第2章 企業部門が内包する課題

2002年初来、長期間にわたって続いている日本経済の景気回復において企業部門がけん引役として果たした役割は大きい。企業部門による雇用・設備・債務の3つの過剰の解消を通じて構造調整が進み、企業自身の体質強化の成功が企業経営者の関心を前向きな方向へ広げつつある。

第1章でみたように、企業部門においては、設備投資の大幅な増加が続き、平成18年度計画も昨年度を上回る見通しとなっている。また、堅調な出荷に支えられ、生産の水準は高く、在庫水準も大幅に積み上がっている状況にはない。企業収益も依然増加が続いている。このように、企業部門は、その現状を見る限り大きな問題はないように見え、今後も引き続き、景気の回復をけん引するエンジンとしての役割が期待されている。

本章では、こうした好調な企業部門に焦点を当て、生産・出荷・在庫、設備投資、企業収益等の現状を分析する。同時に好調さの一方で、同部門が内包する課題についても明らかにする。

第1節 緩やかな増加が続く生産とその懸念材料

(加工系、素材系業種は回復局面に向かうものの、情報化関連生産財の在庫は積み上がっている)

第1章で見たとおり、生産は緩やかな増加が続いている。出荷の堅調な伸びによってこのところ在庫の増加は抑制されている。こうした状況を在庫循環の観点からみると、全体として、2005年第1四半期に調整局面に入ったかのようにみえたものの、06年第1四半期に再び回復局面に戻った形となっている。在庫循環図上ではそれ以降、引き続き在庫が減り出荷が増える方向へ移動し続けている(第2-1-1図)。その内訳を分野別にみると、一般機械や輸送機械といった加工系業種(電子部品・デバイスを除く)においては、設備投資の増加や輸出に支えられ、回復局面にある。鉄鋼や化学などの素材系業種も本年第3四半期で急速に回復局面に入ってきた。その背景として、鉄鋼は自動車など高級鋼材の需要が増加している他、昨年中国産品を中心に供給過剰となった汎用鋼材の在庫調整がほぼ一巡していること、化学もアジア向け輸出が好調であること等が寄与していることが挙げられる。

一方、液晶素子、半導体素子を含む情報化関連生産財の在庫は、2006年7-9月期には、5四半期ぶりに45度線を越えて、調整局面に入った。2006年10月時点までの在庫動向を見る限りでは、出荷水準に占める在庫ストックを示す在庫率に急速な高まりはみられず、需要が後退している状況にはない(付図2-1)。これまでの情報化関連生産財の在庫積み上がりは、デジタル家電等の国内外の需要を見越したメーカーの強気の生産姿勢を反映したものであったといえる。ただし、在庫はITバブル後の水準を上回っており、今後の情報化関連生産財の動向には注視していく必要がある。

(電子部品・デバイスを中心に稼働率、生産能力の増加が続く)

今回の景気回復局面においては、稼働率及び生産能力共に、一貫して改善が続いている(第2-1-2図)。稼働率は2002年半ばから前年比で継続的に増加を続けている。生産能力指数も02年第2四半期以降、伸び率の下げ幅を継続的に縮小させ、05年半ばからは増加に転じ、その後も前年比の伸び率を加速させている。とりわけ、デジタル家電の需要が増加していること等を反映して、電子部品・デバイスの稼働率及び生産能力全体の増加に対する寄与は大きく、生産能力についてはITバブルと呼ばれた2000年頃を上回る水準にまで高まっている。

生産能力の拡大は、生産の円滑な増加を可能にする一方で、需要の伸びが生産能力の伸びを下回る場合には在庫が増加しやすくなる点には留意する必要がある。半導体の用途が携帯電話やパソコンから薄型テレビなどの家電向けや自動車向けなどに広がり9、需要の変動が分散・平準化されてきているとはいえ、電子部品・デバイスの在庫動向についてはその水準と変化の方向について慎重な評価が求められる。

(生産の輸出依存は高まる傾向に)

在庫循環や生産能力といった供給側の動向に加え、需要側の動向についても目を向けてみる。ここでは、生産が消費、投資及び輸出といった最終需要にどれくらい依存しているか、産業連関表を用いて、生産誘発依存度10の変化を推計してみる。2000年と04年を比較してみると、素材型及び加工型ともに消費や投資への生産誘発依存度が低下している一方、輸出への生産誘発依存度が目立って上昇していることが分かる(第2-1-3図)。これは、今回の景気回復局面において、市場のグローバル化の拡大等に伴い、外需の役割がこれまで以上に大きく寄与するようになったことを示しているものと考えられる。しかしながらこのような傾向は今後、世界経済が減速した場合、国内の景気減速を招くリスク要因にもなることに留意する必要がある。

日銀短観の製商品需給判断DIをみると、製造業は国内外ともに、供給超過の状態から改善してきていることが示される。特に海外については、ゼロ近傍まで回復してきている(第2-1-4図)。特に情報化関連財に関する海外からの需要について、半導体生産の動向に対し半年程度の先行性を持つといわれる半導体製造装置の受注/出荷比率(BBレシオ)をみると、2006年に入ってからは、日本製装置は総じて目安となる1を超えて推移しているが、北米製装置は、06年に入って1を超えて推移した後、このところ1近傍で推移している。ただし、これは高水準の受注が維持される中で出荷が追いついてきたことによる面もあり、数字の低下自体が大きな問題ととらえる必要はないと考えられる。現在のところ、国内外の需給に特段の悪化の兆しはみられないが、今後の生産をみる上で、個人消費や設備投資といった内需とともに、アメリカ等の海外の経済の動向には注意していく必要があると考えられる。

第2節 持続可能性を維持しつつ増加する設備投資

(設備投資は、全体としてキャッシュフローの範囲内にあるものの、一部にばらつき)

企業の設備投資は引き続き増加している。キャッシュフロー(以下CFと略記する)と設備投資の関係を主な業種別にみると(第2-2-1図)、製造業のうち、素材業種である鉄鋼や化学は減価償却費相当の設備投資を行ってきたが、2005年半ばから、ようやくそれを上回る傾向がみられるようになった。また、加工業種である電気機械や輸送機械は、減価償却費を超え、CFと比較しても、その割合は高まってきている。

最近の製造業の設備投資の目的をみると能力増強投資の比重が高まってきている。目的別投資の動向を時系列でみると、設備投資自体が落ち込んでいた今回の景気回復局面の初期段階である2002年度と比較して、大企業で、合理化・省力化の目的が低下し、代わって、能力増強11を目的とする投資のウエイトが増している(付図2-2)。一方、将来の成長を見込んだ新製品・製品高度化や研究開発投資は、ほぼ横ばいである。中小企業でも同様の動きとなっており、これまで大きな割合を占めていた設備の代替、合理化・省力化、維持・補修目的が04年度以降低下している代わりに、増産・販売力増強の目的が上昇している。企業の将来に向けての設備投資姿勢を示す設備投資目的に着目すると、新規事業への進出、研究開発目的は引き続き低水準である。将来の成長を見込んだ投資目的が少ないことは、今後の長期の見通しについて、企業が引き続き慎重な姿勢を持っている可能性があることを示唆している。

非製造業では、製造業に比較すると業種ごとのばらつきがより大きくなっている。不動産業は、企業収益の改善により、設備投資はこのところ増加しているものの、CFの範囲内に収まっている。電気ガス業は、減価償却費が設備投資に比べて比較的大きく、過去に比べて設備投資の水準自体が低い。小売業は、減価償却費を超える投資をこれまで行ってきているものの、企業収益の拡大により、CFの範囲内にとどまっている。サービス業については、既に水準がバブル期を上回っており、CFに見合う程度まで設備投資を増加させており積極的な姿勢が伺われる。

このように、設備投資の増加は高い伸び率を続けている一方で、CFとの比較や時系列との比較でみれば、企業はこれまで慎重な姿勢を維持してきたと言えよう。ただし、サービス業など業種によっては積極的な姿勢もみられるようになってきており、今後の動向が注目される。なお、第1章でみたとおり(前掲第1-3-2図)、CFの構成要素である減価償却費は全産業では増加傾向にあるが、今後、減価償却制度の見直しが検討される際には、設備投資への影響も含め考えられるべきであろう。

(設備投資をめぐる環境は改善が続く)

設備投資の増加傾向の背景として、生産能力、稼働率といった指標から既存の設備の使用に関する環境面をみてみると、企業の設備投資の増加へのインセンティブは依然として高いことが伺える(第2-2-2図)。まず、製造業の生産能力指数は、今回の景気回復局面において低下傾向にあった。05年に入りようやく下げ止まり、その後上昇に転じているものの、依然として低い状況にある。これに対して製造業の稼働率指数をみると、現在の景気回復期において上昇傾向が続いている。これら2つの動きからは、既存の設備の稼働率を上昇させることで生産増に対応する姿勢が示唆される。「日銀短観」の設備過剰感(製造業)DIによれば、設備過剰感は2002年以降改善傾向にあり、稼働率・生産能力で示唆された状況とおおむね整合的に解釈できる。

(設備投資の効率性は向上)

今回の景気回復局面では設備投資の効率性が改善している。設備投資がどれだけの付加価値を生むのかという観点から設備投資効率性(有形固定資産に対する付加価値12の比率)を計測すると、同指標はおおむね改善している(第2-2-3図)。その要因を分解すると、企業はストック(有形固定資産)を減少させる一方で、景気回復を背景にした企業収益の改善等による付加価値増が寄与していることが分かる。製造業と非製造業では要因について違いがみられ、製造業では、付加価値の増加が主として寄与している一方、非製造業では、有形固定資産の減少と付加価値の増加がいずれも改善に寄与している。

これまでのところ、企業は、有形固定資産を減少させる中で設備投資がより付加価値を生み出す姿となっており、結果的に設備投資の効率性が改善し、企業の今後の成長の基盤となりつつあることが確認できる。

(企業の期待成長率上昇を反映し、設備投資は増加)

ここでは、現在の設備投資の増加を企業の期待成長率との関係でみてみる。均衡状態において、資本係数の伸び及び除却率を一定とすると、企業の期待成長率の水準に応じて、それと整合的な設備投資の伸び及び設備投資/資本ストック比率の組合わせをみることができる(第2-2-4図)。仮に2006年における期待成長率として企業が2%強程度を想定しているとすれば、2006年の企業の設備投資が2005年をやや上回る伸び率であったとしても、整合的なものであると考えられる。

今回の長期化する景気回復局面において、企業は、2002年以降徐々に高まりつつある期待成長率に歩調を合わせて設備投資を増加させている。06年度も05年度並みの設備投資の伸びであった場合に見込まれる2%強程度の期待成長率は、90年代半ばと同程度であり、これは、平成18年度経済動向試算(内閣府試算)である2.1%にも相当する。設備投資からみる企業のこうした期待成長率の高まりは、企業部門の好調さの反映である一方、その期待の水準は、過去の水準や内閣府の経済見通し試算と同程度の水準であり、これまでのところは、特段の過熱感を示すものでないことが伺える。

(機械受注の設備投資に対する先行性は短期化の傾向)

今後の設備投資の先行きを考える上では、機械設備の先行指標とされる機械受注統計の動向をみることは有効な手段と考えられる。同統計(ここでは、船舶・電力を除く民需を分析の対象とする。以下、単に「機械受注」という。)と法人企業統計季報の設備投資の前年同期比(四半期)の相関係数をとり、機械受注が設備投資(実績)に対してどの程度の先行性を有しているかについて確認してみる。結果、90年1-3月期から2006年4-6月期までの期間では、1又は2四半期先行させた場合に相関が高いことが示される(第2-2-5図)。一方、構造変化を考慮し、90年1-3月期から99年10-12月期の10年間と、それ以降(2000年1-3月期~06年4-6月期)に分けた場合、前半は、2四半期先行、後半は1四半期先行が相関が高く、機械受注の設備投資に先行する期間が短くなってきていることが示唆される。

なお、図からも推察されるように、前年同期比の伸び率が機械受注と設備投資とで大きく乖離した2000年を除き、2001年以降に限ってみてみると、両者は、ほぼ一致した動きで最も高い相関を持つことが伺える。

このように機械受注と設備投資の先行性が短期化した理由については、1)設備投資の中心が工場の新設による大型機械の購入を伴う投資から、比較的規模が小さく受注から販売までのラグが短い小型機械を中心とした維持・更新投資に移ってきていること13、2)受注から納期までの期間短縮に向けてメーカー側の努力や生産技術の向上が続いていること14、3)受注から販売までの期間が短い電子・通信機器の割合が高まったこと15等が指摘されている。実際、機械受注に占める機種別シェアをみると、受注から納期までの期間が比較的短い電子・通信機器の割合が趨勢的に上昇している一方で、同期間が比較的長い産業機械の割合が低下している(付図2-3)。

(機械受注と景気の相関)

機械受注は、2006年7月に季調済前月比で過去最大の下げ幅(16.7%減)を記録した後、8月の戻りが市場予想よりも低く、また、9月でも下落し、今後の設備投資への懸念が示された。そこで、ここでは企業が予測していた受注額よりも実現した受注額が低いという「下振れ」局面は、どういった意味を持つのかを考えてみる。ここでは、機械受注の四半期ごとの翌期受注見通しに基づき、「実績」割る「見通し(単純集計値)」として算出される達成率の時系列の推移を検証する(第2-2-6図)。

それによると、90年以降、景気後退期ではおおむね90%を下回ることが確認できる。景気後退局面では、達成率100%を上回ることは一度もない一方で、景気回復局面においては、達成率100%を下回ることが多いことが分かる。そこで、基準を90%達成率に下げると、景気回復局面において、90%達成率をクリアしていないことはほとんどないこと、また、景気後退局面において、90%達成率を下回ることが多いことが観察される。

2006年7-9月期の達成率をみると、87.5%と90%を下回る結果となった。今回の達成率が直ちに景気後退への懸念を示すわけではないことは当然であるが、今後、機械受注の見通しが下振れ、達成率が継続的に90%を下回る場合、それが設備投資の動向にも負の影響を与える可能性もあり、注意深くみていく必要があると思われる。

第3節 景気回復局面で現れた企業規模別収益面の格差

(大中堅企業と中小企業とで異なる経常利益)

今回の景気回復局面において、企業収益は、全体として増収増益が続いている(第2-3-1図)。売上高(全産業)は、前年比8.6%増と13四半期連続の増加、経常利益では同10.1%増と、16四半期連続の増加が続いている。

しかしながら、その内訳をみると、大中堅企業と中小企業で収益面での格差の拡大がみられるようになった。2006年以降、経常利益(前年比)では、中小企業の製造業、非製造業が共に減少となっている。その一方で、大中堅企業は増加となり、全体の収益増加をけん引している。

こうした収益面での格差も反映する形で、日銀短観でみる業況感は、大企業に比べて中小企業では改善傾向がやや鈍っている。

このように、このところ企業規模別の収益格差が現れている。本節では、こうした収益格差の要因について様々な観点から分析を行う。

(様々な収益指標にみられる大中堅企業と中小企業の格差)

大中堅企業と中小企業の収益性の違い、特に2006年以降の基調については、様々な指標から確認することができる(第2-3-2図)。

まず、売上高経常利益率は、大中堅企業の改善傾向が続く一方、中小企業では改善に一服感がみられる。大中堅企業において、売上高の伸び以上に経常利益が大幅に伸びている一方、中小企業においては、売上高は伸びているものの、経常利益は減少となっていることが要因となっている。

損益分岐点比率は、大中堅企業では低下傾向が続き、既に低水準に達している一方、中小企業では緩やかな上昇に転じ始めている。これは中小企業では大中堅企業に比べて人件費など固定費の増加幅が大きいことなどが要因となっている。

売上高原価率は大中堅企業に比べて、中小企業では上昇ペースがやや速くなっている。このため原油等の素材価格上昇分を中小企業では大中堅企業に比べて、価格転嫁できていないことが示唆される。

企業の金利負担能力を示すインタレスト・カバレッジ・レシオをみると、過去と比較して高水準にある中で、大中堅企業では上昇傾向が続く一方、中小企業は、営業利益要因などにより上昇が鈍化しており、負債の増加や今後の金利上昇の影響にも留意する必要がある。インタレスト・カバレッジ・レシオは営業利益や受取利息などの合計の支払利息に対する比率で示される。この比率が高まることは支払利息に比較して潤沢な利潤を確保できることを意味し、金利負担能力の改善を示すことになる。

(大中堅企業と中小企業の収益格差の要因)

大中堅企業と中小企業の収益面での格差の内訳をみるためには、投入費用の動向に着目することが重要と考えられる。2005年度以降、大中堅企業については素材価格高止まりを背景として、原材料費等を含む変動費要因が収益圧迫に大きく寄与しているのに対し、中小企業はそうした変動費要因に加えて、人件費も収益の押下げ要因となっていることが特徴的である。一方で、大中堅企業、中小企業ともに景気回復に伴い売上高要因が利益を押し上げている点は共通している(第2-3-3図)。

そこで、以下では、変動費と人件費について、それぞれ要因を詳しくみてみる。

(中小企業の収益を圧迫する素材価格高止まりと価格転嫁の困難性)

変動費の内訳としての素材価格(仕入価格判断DI)は、日銀短観(9月調査)によれば、原油等の素材価格高止まりを背景として、大企業(+33)、中小企業(+40)ともに大幅な上昇が続いている(第2-3-4図)。一方、販売価格DIは、大企業(+1)、中小企業(▲9)ともに緩やかな上昇傾向をたどっているが、大企業、中小企業の水準自体の格差は縮小していない。この背景としては、大中小企業ともに、海外製品を含めた競争激化等を背景として、販売価格への転嫁が依然として困難な状況にあることが考えられる。ただし9月以降の原油価格が、一時の高値からは落ち着いていることを反映して、大企業では先行きの仕入価格DIは低下が予想される。一方、中小企業においては、引き続き上昇する見込みとなっており、規模間で収益圧迫状況については差が生じる可能性がある。

特に中小企業に対象を絞った調査である中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査報告書」をみると、原材料仕入単価DIが大幅に上昇する一方で、売上単価・客単価DIのマイナス幅の縮小傾向は、緩やかなものに留まっていることが分かる。こうしたことから、原材料仕入単価DIと売上単価・客単価DIとの差は拡大しつつあることが分かる。中小企業では、価格転嫁は緩やかに進んでいるものの、原材料価格の上昇には追いついていないことが示唆される。また、中小企業へのアンケートにおいても、原油価格上昇が収益を圧迫すると回答する企業が増えてきている。

これまで、大企業、中小企業共に、原油価格など素材価格の上昇により、変動費用が膨らみ、収益を押し下げる構図がみられてきた。しかしながら、先行きは大企業では、仕入価格について低下が見込まれるのに対し、中小企業では、引き続き上昇となり、違いが鮮明となっている。

(中小企業にみられる人件費増加による収益圧迫)

大中堅企業、中小企業の収益圧迫要因の違いのうち、人件費の動向は重要な要因として着目する必要がある。

産業全体の人件費の伸びをみると、緩やかな増加傾向をたどっているものの、その内訳からは、ほとんどが中小非製造業であることが伺える(第2-3-5図)。また、売上高人件費比率は、今回の景気回復局面で低下傾向が続いているが、中小企業では、低下は次第に鈍りつつある。一方で、大中堅企業では引き続き低下傾向をたどっている。

そこで、大中堅企業、中小企業別に人件費を要因分解すると、2004年以降、共に従業員の数がプラスに寄与していることが分かる。その中で、大中堅企業の特徴的なことは、04年から05年半ばにかけて、福利費の削減が人件費を押し下げている点である。大中堅企業では、もともと福利厚生が比較的充実しており、雇用調整や福利厚生制度見直しなど福利費を減少させる余地があったものとみられる。一方、このところ中小企業では、従業員単価や福利費がプラスに寄与している。その背景として、中小企業においては、長期間に及ぶ景気回復を背景に、雇用不足感が出てきており、正社員を中心に採用する傾向が強まっている影響が考えられる16

なお、従業員数の増加をみるに当たっては、法人企業統計季報における従業員数に、非正規雇用者(パート・アルバイトなど)が含まれる点に留意が必要である。近年、企業は、従業員の一部を正社員から賃金水準の低いパート・アルバイト、派遣労働者(派遣元の従業員に含まれる)等へシフトさせている。大中堅企業ではこうした傾向が続いており、福利費や従業員単価がマイナスに寄与することで、人件費の大幅な増加が抑制されている可能性が示唆される。

以上のように、人件費の増加についても、大中堅企業と中小企業では異なっており、規模間の格差がみられるようになった。元来、中小企業は、労働分配率が高く、特に非製造業は、全産業平均の62.5%を大幅に上回る75.9%に達する(付図2-4)。今後、中小企業の人件費の更なる増加等により、労働分配率が上昇することになれば、中小企業の収益をより一層押し下げ、労働分配率の低い大中堅企業との収益格差をより広げる要因となることが懸念される。

第4節 本章のまとめ

企業部門は、総じて、生産、設備投資、企業収益それぞれの面で好調であることから、引き続き我が国経済のけん引力となることが期待されている。しかしながら、そこにはこれまで指摘したような幾つかの課題も存在している点には留意が必要である。

生産については、特に情報化関連生産財の在庫の動向、海外の経済や需給の動向が今後の行方を占うものとなっている。設備投資については、CFに対する比率が高まっている業種も一部にみられるものの、まだその範囲内に留まっており、リスク要因とまでは言えない。ただし、CFを構成する企業収益に変化があれば、その関係も考慮されるべきであろう。また、機械受注の実績と達成率(90%)の関係は、今後の景気の先行きとの関連で注目され得る。企業収益の面では、大中堅企業と中小企業の収益面で差がみられるようになり、特に中小企業における原油等の素材価格の高止まりと販売価格への転嫁の困難性、コストとしての人件費要因についても、規模別の差が次第に大きくなっていることも明らかになった。先行きは、中小企業における労働分配率の下げ止まりが収益を押し下げる可能性がある。常用雇用者・従業者のうち7割強を占める中小企業の収益の悪化は、家計部門の景気の実感の悪化につながる可能性もあると考えられる。

今後の企業部門の動向を考えると、引き続き景気回復のけん引力を発揮することが期待される一方で下振れ要因となり得るようなリスクが顕在化することがないかどうか注意深く見ていくことが必要といえる。

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