第4章 識者の意見
吉川 洋
東京大学大学院経済学研究科教授
-「選択する未来」委員会 委員
「イノベーションのもとは「人」。思い切った少子化対策で未来を変えることができる。現在世代が覚悟をもって財源を負担して踏み出すべき」
人口減少の下での経済成長を考えるときには、イノベーションがキーワードである。イノベーションをやるのは誰か。言うまでもなく「人」である。将来、「イノベーションロボット」などというものができるのかどうかはさておき、そういう時代はまだ先だろう。やはり「人が全てのもと」だ。
その点については、経済学の世界でも昔から認識はあり、ヒューマンキャピタルという言葉もある。昔は企業のバリューと言うと、英語でいうタンジブルアセット、つまり土地や工場、機械といった物理的なもののバリューが主だった。しかし今はインタンジブルアセット、つまり無形資産が企業における資産の半分以上を占めるようになってきている。そうしたインタンジブルアセットを生み出しているもの、これもまた「人」だ。人が全てのもとであり、イノベーションのもとでもある。
さて、その人が活躍できる場をどのようにすればいいのか。これは教育のあり方にも当然関わってくる。今、教育も含めて「多様性」ということが強調されている。全ての人が個性を生かして多様にということを言っている。他方、経済成長を考えるとき、成長率は、スカラー、すなわち1つの数字だ。多様性ということと、1つの数字である成長率は一見対立命題であるようにもみえる。なるほど表面的にとれば、それは矛盾する命題かもしれないが、私は矛盾しないと考えている。なぜかと言うと、一昔前のやることが決まっているときの成長というのは、ある意味では能力というのがまさにスカラーのように表されて、計算能力などに代表されるようなものが生かされるということだったかもしれないが、今後新しいフロンティアを開いていくような真のイノベーションにとっては多様性がまさに必要とされる。
ゴスプランのような社会主義経済がなぜだめで、市場経済がなぜそれに対して優位に立つかという問いに対しては、いろんな人がいろんなことを言ったのだが、私はハイエクという20世紀の有名な経済学者の考えが最も本質的なことを突いていると思っている。ハイエクは、イノベーションの元は草の根にあるということを指摘した。
草の根のイノベーションを支えるのは、まさに多様な人材としか言いようがない。これからのイノベーションは、計算能力が非常に優れている、数学の能力が卓越しているというだけで対応できる問題ではなくて、ありとあらゆる人間の創造性に支えられている。経済成長というのは1つの数字であるが、それを生み出すイノベーションは、ハイエクが見事に指摘したとおり、多様な人間によって支えられる。まさに多様な人材こそが、1つの数字で表される経済成長を生み出す。
未来委員会報告書は「少子化対策の倍増」を目指し、「出産、子育て支援は未来への投資であり、次世代につけ回しせず、現世代で負担していく」とした。しかし、それには財源が必要だ。将来に向けて未来を選択していくということで、具体的に少子化対策を倍増するべきだが、そのためには財源が必要であるということをきちんと念頭に置いておく必要がある。また、同報告書は、「ジャンプスタート」ということを言って、いつまでもだらだらやっていないできちっと2020年までにスタートするべきと書いた。多くの日本人が賛同して、よし、こういうことをやろうと、やるべきだと、目標に対するコンセンサスが得られたということは、裏返せば財源に対するコンセンサスも得られたということでなければならない。