第4章 識者の意見
岩田 一政
公益社団法人日本経済研究センター理事長
元日本銀行副総裁
-「選択する未来」委員会 委員
「集中的改革により成長発展経路へ」
日本経済はバブル崩壊後、車のバッテリーが上がったような状況で停滞し、国民全体が固定的な思考パターンになってしまい、将来はあまり明るくないと皆が下を向く状況に陥った。「失われた20年」の停滞をもたらしていたのはこのマインド・セットが1つの要因ではないだろうか。今後は、挑戦する心意気、グロースマインドセットを持つ意識改革が必要だ。
では、そのグロースマインドセットを持てるような明るい未来を実現するにはどうすればよいのだろうか。それには、2020年代の初めぐらいまでに日本経済を活性化させるための新しいバッテリーとつなぐことが必要だ。すなわち、人口減少に歯止めをかけ、生産性の伸びを高めることが必要である。
第一に、人口減少は経済に大きな影響を与える。経済成長を決定する3つの要因(労働投入、資本投入、全要素生産性)において、労働投入が減るだけでなく、少子高齢化が進み退職世代の比率が高まるため、資本投入にも影響する。例えば人口が減れば住宅ストックは減少し、インフラ投資も少なくて済む。また、従業員の数が減れば企業による資本ストックに対する需要も落ちる。さらに、生産年齢人口が減少する経済では全要素生産性の伸び率が落ちる。つまり、人口減少は、3要因全てにマイナスの効果が及ぶ。
次に重要なことは、イノベーションを通じて生産性、経済全体の効率性を高めること。イノベーションは単に技術革新ということではなく、政治、経済、社会の諸制度の変化も含めて、経済社会の変革を創意工夫によってつくり出していくことである。
日本でイノベーションが遅れている要因の一つに、知識資本投資の遅れがある。知識資本はブランドやビジネスモデルなど多岐にわたる。日本の知識資本と物的資本の投資比率は1対2で、米国の2対1とは対照的だ。大企業ではこれまでクローズドイノベーションが多かった。大学発特許が日本ではほとんど活用されておらず、オープンイノベーションでないことに問題がある。
イノベーションは多様なアイデアを持つ人々の交流、相互作用の中から生まれてくる傾向にある。グローバル化された経済下においては、国内だけでなく、異なった考え方を持つ海外も含めた人々との交流を通じてイノベーションが飛躍的に発展していく。そのようなオープンイノベーションの戦略的な強化が急務である。
グローバルに開かれたイノベーションを活発に行うには、大学発ベンチャーがふさわしい。日本の大学は、特許や基礎研究のレベルは米国にひけを取らない。しかし、種(シーズ)はあっても、それをビジネスまで発展させるチャネルがうまく機能していない。企業は、大学発ベンチャーへの出資に対する税額控除をもっと活用するなど、大学と連携してオープンイノベーションを拡大することが必要だ。それは、すなわちシュンペーターの言う「新結合」であり、科学的発見を技術プラットホーム、商業化するビジネスモデル、ファイナンスと結びつける新結合が求められている。
将来の経済成長の望ましいパスというのは、まず1人当たり実質GDPや労働生産性を主要先進国に見劣りしない水準まで引き上げるということである。その後、成長理論が示す収束経路(遅れた発展段階の国は、進んだ段階の国に次第にキャッチアップしていく)に従って、最先進国の1人当たり実質GDPの水準に追いついていくパスを選択することが望ましい。そうした認識に基づくと、2020年代初頭までに集中的な改革を実行(ジャンプ・スタート)し、世界トップレベルの生産性に引き上げていくことが重要である。
こうした大きな飛躍的な変化というのをもたらすためには、人々の意識、マインド・セット自体を変えていくということが大切だ。特に、異質な考え方の人々を受け入れ世界の頭脳を活用し、その相互作用の中でイノベーションを進めるということが極めて重要なのである。