第4章 識者の意見

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高橋 美惠子
大阪大学大学院言語文化研究科教授

「スウェーデンを参考に、日本社会にあった政策を」

子育てをしやすい国として、よくスウェーデンが挙げられる。その特徴はどういったところにあるのか。

まず、子どもの権利が重視され、子どもにやさしい社会を構築しているということである。これは法律を含めた制度面でもしっかりしており、人々の意識にも深く根差している。仮に日本で起きているような重篤な児童虐待や育児放棄が発覚すれば、社会を揺るがす大問題となり、対策について喧々諤々議論がなされるだろう。

次に、男女平等の推進である。これは選挙の際にいつも争点になることで、国際比較でみると、男性の育児休業取得なども随分進んでいるが、まだ十分でないという認識がある。こうしたことは、平等や公平性に対する意識が非常に強く、社会全体に浸透しているためである。

そのような背景を考えると、日本が少子化対策として、スウェーデンの取組を部分的に取り出して真似をしてみても効果を期待するのは難しいと言わざるを得ない。

少子化問題を考える上で、スウェーデンから学ぶべきは、1930年代から国としてのビジョンを掲げ、明確な政策目標を打ち立ててきたその取組み姿勢と実践のあり方であろう。工業化が進む中、社会格差が深刻化した1930年初頭、出生率は1.7まで落ち込んだ。そこで人口問題を政策議論の中心に位置づけ、国を挙げて先駆的な取組が行われることとなる。将来を見据えた社会設計-ソーシャル・エンジニアリング-という考え方がその基盤を成す。国の将来を担う子どもの福祉のために導入した児童手当や小学校から大学までの学校教育の無償化といった制度設計はそこから始まった。スウェーデンの政党政治は二大ブロック制だが、こうした基本政策は政権に関わらず長期的に一貫している。

1990年代後半、出生率が低下し、1999年に1.5まで落ち込んだ際、再び国を挙げて少子化解決策が検討された。景気の落ち込みによる雇用の不安定化の影響が大きかったと言われているが、親の経済状況に関わらず安心して出産・子育てできる環境の整備が急務であると報告されている。正規雇用の職に就いている者だけでなく、非正規でも、あるいは就学中でも、子どもをもつという選択が可能となるよう、子育て環境が整備されていった。この政策のメッセージは明快で、出生率の回復にも有効だったと考えられている。

なお、スウェーデンにはサムボという、法律婚に準ずるカップル制度がある。日本でもこの制度を参考にできないかという議論があるが、これはそもそも少子化対策ではなく、ライフスタイルが多様化する中、法律婚以外のカップル形態も法的に承認し、保護することを目的として導入されたものである。1987年のサムボ法改正以降、ホモセクシュアルカップルにも適用されている。それより前(1970年)に、子どもの権利の視点から、婚外子差別が法的に撤廃されていたことにも言及しておく必要があるだろう。

他にも1974年に導入された両親保険という特徴的な制度がある。それまで被用者である母親のみが出産・育児休業中の所得保障の支給対象であったのが、世界で初めて、父親にも適用されるようになった。今では親が就学中でも、無就業でも受給資格がある。すなわち、出産・育児時に失われる所得の代替・補填としてのみならず、最低限の所得保障の機能も果たしているといえる。すべての国民が被保険者であり、すべての国民が建前上は保険者であって、事業主は多くの負担をし、就業者も応分の負担をしている。社会的な相互扶助の仕組みであって、雇用者・被用者という構図になっていない。

日本は国際的にみて子どもの自己肯定感がとても低い。児童虐待、育児放棄が頻発するなど、社会病理ともいえる問題が深刻化している。スウェーデンも日本や他の国々同様、さまざまな課題を抱えている点は否めない。しかし、子どもに関わる問題については、政治ブロックを超え、子どもを中心に据えた取組みが一貫して行われている点は注目に値する。

男女平等やライフスタイルのあり方は、日本も少しずつではあるが変わってきている。ワーク・ライフ・バランスをまずは国の課題として取り上げ推し進めること、誰もが安心して出産・子育てできるよう、支援に関するメッセージをもっと明快に出すことができれば改善できる余地はあるだろう。

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