第4章 識者の意見
岩澤 美帆
国立社会保障・人口問題研究所人口動向研究部第1室長
「公的な将来推計人口は現在までの趨勢を将来に投影したもの。そのことは未来に変化が生じる可能性を否定するものではない。」
「選択する未来」委員会で掲げられた、50年後に1億人という数値目標は、国立社会保障・人口問題研究所による将来推計人口の中位推計のみならず、高位推計をも大幅に上回るものである。社人研の将来推計人口は、推計時点までに生じている趨勢を、客観的かつ中立的にプロジェクション(投影)したものであり、望ましい未来像として委員会が提示した将来人口とは目的および役割が大きく異なる。しかしながら、こうした様々な将来像が定量的に示され違いに関して議論が進むことは、現状に対する理解を大いに進めるものであると考えている。
子どもたちの未来に様々な可能性があるのはその通りだが、過去のデータが示すところによると、先行する世代との相関は極めて高い。すなわち、これから子どもを産み始める15歳の女性たちの行動は、現在、子育て期にある先輩世代の生き方に影響を受ける。したがって、これからの世代が何の前触れもなく、平均して二人以上の子どもを産むようになることを想定する合計特殊出生率(TFR)2.07という仮定値の現実味は薄い。
一方で、世代を経るごとに子どもを産みやすい環境が確実に整っていけば行動変化もあり得る。男性の育児参加に対する価値観も変わってきており、こうしたことが将来世代の行動変化につながる可能性は十分にある。
社人研の将来推計人口は、5年ごとに更新される。5年間に新たに判明した様々な社会経済的変化が、出生・死亡・社会移動の趨勢と将来見通しに影響し、将来像が微修正される。そのような意味で、投影に基づいた将来推計人口は、将来世代の行動変化を否定するものではまったくない。むしろ、5年ごとに修正される仮定値の動きは、次世代がどのような方向に変化しているのかを明らかにする。過去には想定を超える急激な少子化が進展したことを示してきたが、今後は、現在多くの人が懐疑的である出生ブームの到来を示すことになるかもしれない。
なお、現状では、結婚年齢が30歳を超えると子ども数は平均で2人を下回る。TFR2.07を達成するには、20代で家族形成ができることが必要であることを意味する。子どもを産む年齢には意識も関わる。卵子の老化をテーマとしたNHKの番組が話題になって以降、不妊治療の相談に来る年齢が早まったとの話もあった。マスコミ等の影響も大きい。
地域別の出生率については、東京の出生率が他の地域と比べてかなり低いが、少子化の要因を東京一極集中にのみ起因させるのはいささか乱暴であろう。子どもを望まない人が東京に集まりやすい傾向もある。若者にとって魅力ある土地で家族形成を後押し、家族形成を行える場所をより魅力的な土地にすることが重要である。
子どもを持たない日本の若者は否定的にとらえられがちであるが、評価されるべき点もある。それは、将来不安から子どもを持てないとする若者が多いことであり、その裏には、子育てに対する責任感が存在する。欧米では、子育ての見通しが立たたぬまま出産することによる貧困や無責任な子育てが社会問題化している。子どもを大切に育てたいと願う日本の若者には、出生数を望むのではなく、それを可能にする環境を提供すべきであろう。
TFRといったマクロな指標をかざした政策論は、ともすれば生産調整のような議論になりかねない。人口や出生の問題は、あくまでも社会の主役たる個々人、そして生まれてくる次世代の立場で議論されるべきである。