第3章 人口・経済・地域社会をめぐる現状と課題
第1節 人口をめぐる現状と課題
Q10 日本ではどの程度に不妊治療(生殖補助医療等)が普及していますか。
A10
不妊治療は、健康保険が適用される一般不妊治療と適用されない生殖補助医療に大別される。
一般不妊治療には、排卵誘発剤などの薬物療法、卵管疎通障害に対する卵管通気法、精管機能障害に対する精管形成術の3種類が挙げられる。治療患者数は、厚生労働省「平成14年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究「生殖補助医療技術に対する国民の意識に関する研究」報告書」(2003年4月)によると、排卵誘発剤の薬物療法だけでも推計226,400人(2003年)といわれている。
生殖補助医療には、人工授精、体外受精、代理懐胎の3種類が挙げられる。
人工授精は、精液を直接子宮腔に注入し、妊娠を図る治療法である。精子提供者が夫か、別の精子提供者かにより、配偶者間人工授精(AIH)と非配偶者間人工授精(AID)に区別される。治療件数は、AIDでは3,700件(2012年)である。1回当たりの治療費は1~3万円程度である。
体外受精は、採卵手術により、排卵前に体内から取り出した卵子と精子の受精を体外で行う治療法である。治療方法には体外受精・胚移植(IVF-ET)、凍結胚・融解移植、顕微授精などが挙げられ、最もよく知られているのが体外受精・胚移植(IVF-ET)である。これは採卵により未受精卵を体外に取り出し、精子と共存させる(媒精)ことにより得られた受精卵を、数日培養後、子宮に移植する(胚移植)治療方法である。また、体外受精を行った際、得られた胚を凍らせてとっておき、その胚をとかして移植する治療方法として、凍結胚・融解移植が存在する。凍結胚・融解移植を行うことで、身体に負担のかかる採卵を避けながら、効率的に妊娠の機会を増やすことが可能である。さらに、体外受精では受精が起こらない男性不妊の治療のため、顕微授精(ICSI)という卵子の中に細い針を用いて、精子を1匹だけ人工的に入れる治療方法も存在する。体外受精の治療件数は326,426件(2012年)にのぼり、10年前の85,664件(2002年)から大きく増加している。アメリカの体外受精は16万件程度といわれており、同国の総人口が3億人弱であることをふまえると、日本の不妊治療件数は相当に多いといえる。なお、治療費は平均的に30万円から40万円程度である。
日本では1980年代後半から晩婚化・晩産化が進んでいる。人間は高齢期になるほど卵子数が減少し、精子の質も劣化していくことから、高齢期に生殖補助医療を行っても、必ず妊娠できるものではなく、産まれてくる子どもにもリスクがあり万全ではない。
そうした妊孕性の知識の普及について先進諸国の状況を比較した国連の統計によれば、日本は最低の水準となっている。妊娠・出産等に関する正しい医学的な知識を普及させ、若年のうちから自らライフプランを設計できるようにする取組が求められる。
生殖補助医療において、第三者の精子や卵子を用いて行う場合(非配偶者間の場合)、法的な親子関係をめぐり問題が生じ得る。日本には現在、生殖補助医療を規制する法律は存在しない。日本産婦人科学会等の関係団体においては、人工授精・体外受精は容認する団体がある一方、代理懐胎はその治療法自体が否認されている状況である。関係団体では問題が生じる都度に会告を出し、会員にその遵守を求めているが、会告は任意団体における自主的なガイドラインであり、強制力はない。
先進諸国の動向を見ると、1980年代から90年代にかけて生殖補助医療の実施条件や親子関係の規定について法整備が進められてきた。
イギリスは法整備について先進的であり、1990年に「ヒトの受精及び胚研究に関する法律」を制定し、生殖補助医療を行い出生した子についての親子関係を明確にしている。
その他ヨーロッパ諸国では、フランスは1994年の「生命倫理法」、ドイツは1989年の「養子斡旋及び代理母斡旋禁止法」と1990年の「胚保護法」、スウェーデンは2006年の「遺伝的な一体性等に関する法律」と2002年に改正の「親法典」で、それぞれ生殖補助医療を規制している。3か国とも非配偶者による精子提供を容認する一方で、ドイツは卵子提供を禁止している。
アメリカは生殖補助医療を包括的に規制する法律がなく、アメリカ生殖補助医療学会等の学会のガイドラインや各州の州法、裁判所判例等で対応している状況である。
人工妊娠中絶の実施数は、近年減少傾向である。2012年には、約19万7千件と20万件を切った。
人工妊娠中絶の実施率を年齢(5歳階級)別で見ると、30歳代は一貫して減少傾向であるが、20歳未満や20歳代は近年横ばい傾向である。