第1章 日本経済の動向と課題(第1節)

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第1節 2025年半ばまでの経済の動向

1.マクロ経済の動き

(名目GDPは600兆円を超え、国内民間最終需要は1年にわたり増加を続ける)

はじめに、マクロ経済の動向を包括的に表す指標として、2024年以降のこの一年程度における我が国のGDPの動きを確認する。2024年1-3月期においては、令和6年能登半島地震に加え、一部自動車メーカーによる認証不正問題に伴う生産・出荷停止といった一時的な特殊要因の影響から、個人消費や設備投資など民需を中心に、実質GDPは前期比で減少となったが、その後、これらの影響から持ち直し、2024年4-6月期以降は回復傾向が続いた。具体的には、個人消費は、新車の出荷停止の影響からの回復等の特殊要因1に支えられた面もあるが、実質総雇用者所得の増加などマクロ的な雇用・所得環境の改善の動きが続く状況の下で、外食等のサービス消費やスマートフォン・PC等の家電販売の持ち直し傾向が続き、緩やかなペースながら実質で4四半期連続の増加となっている。設備投資も、堅調な企業収益に支えられつつ、省力化・デジタル化に対応したソフトウェア投資が増加傾向で推移したほか、2024年末には先端半導体工場における半導体製造装置の導入という効果もあって、4四半期連続の増加となった。2025年1-3月期は、輸入の大幅増加もあり純輸出(外需)が大きく減少に寄与した結果、実質GDPは前期比▲0.0%と、4四半期ぶりに微減となったが、設備投資や個人消費といった民需2は引き続き増加している(第1-1-1図(1))。

この点に関連して、米国のGDP統計で公表され、政策運営上も重視されている「国内民間最終需要」3を日本についても算出し、その動向を確認する。国内民間最終需要は、文字通り、個人消費や設備投資、住宅投資という民間部門における最終需要の強さを測るもので、GDP全体から、政策動向の直接的な影響を受ける公需のほか、海外需要の影響等を受ける純輸出、振れの大きい民間在庫変動を除いた指標であり、GDPの約75%を占める。その実質値の動向をみると、2024年4-6月期以降、2025年1-3月期までを含め、4四半期連続の増加となっており、2024年度を通じて、国内民間最終需要は底堅く推移したと評価できる(第1-1-1図(2))。

この間、家計最終消費支出デフレーターをはじめ物価の上昇が継続したことから、名目GDPについては、2023年10-12月以降、6四半期連続の増加となった。結果、2024年度については、GDPは実質・名目共に2021年度以降、4年連続の増加が実現している。名目GDPの水準(金額)については、2024年4-6月期に年率換算で初めて600兆円を超えたが、年度としても、2024年度に初めて600兆円を超えるに至った(第1-1-1図(3)、(4))。

(今回の景気回復局面は、国内民間最終需要、サービス産業の回復がけん引)

以上のように、日本経済は、基調として、引き続き緩やかな回復が続いていると考えられる一方、2020年5月を谷とする今回の景気回復局面は、2025年6月時点において、61か月(5年超)に達しており、戦後の景気回復局面の中では、2002年1月~2008年2月の第14循環(73か月)、2012年11月~2018年10月の第16循環(71か月)に次ぐ、3番目に長い期間となっている4。このように、景気回復が成熟化とも言うべき長期化した状況にあることに加え、後述するように、2025年春以降、米国の通商政策の影響による景気の下振れリスクが高まることとなった。こうした中で、今後の我が国景気における回復の持続性を展望する観点から、2000年代以降の長期の景気回復局面(第14循環、第16循環)と比べた今回の回復局面の特徴を改めて確認したい5

まず、実質GDPについて、各回復局面の始点(谷)に当たる四半期の値を100として、その後のパスを描くと、今回の回復局面はコロナ禍の大きな落ち込みからの回復から始まったこともあり、当初のGDP拡大ペースが大きいという違いはあるが、いずれの循環においても、緩やかな回復軌道をたどっていることが分かる(第1-1-2図(1))。ここで、上述の国内民間最終需要の実質値に着目すると、今回の回復局面については、GDPと同様、緩やかながら着実な改善状況が確認できる。一方、2002年1月以降の第14循環の回復局面においては、景気の山に至る半年程度前から減少傾向に転じていたこと、また、2012年11月以降の第16循環の回復局面においても、実質GDPでみるよりも回復ペースは緩やかであり、景気の山以前から横ばい傾向となっていたことが分かる(第1-1-2図(2))。

国内民間最終需要に含まれない要素のうち輸出の動向について、まず、財輸出をみると、第14循環においては、景気の山に至る過程で、極めて力強い回復が続いていたことが分かる。このように、第14循環においては、国内民間最終需要は、景気回復局面の終盤で失速したのに対し、財輸出が主導する形で回復が支えられていたことが改めて確認できる。しかし、こうした外需を主因とする回復は、2000年代後半の世界金融危機の中で輸出が頭打ちとなって終了し、リーマンショックを経て急減することにより、その後、一転して厳しい景気後退に陥ることとなった。第16循環においても、景気回復局面の終盤では、国内民間最終需要が頭打ちとなる一方で、(第14循環に比べれば緩やかではあるものの、)財輸出の増加が景気回復を支えていたが、景気の山(2018年10月)に先立つ2018年4-6月期に財輸出はピークを打っており、第一次トランプ政権下での米中間の貿易摩擦の高まりが影響した様子が確認される。これに対して、今回の回復局面における財輸出は、景気の谷から一年程度の間は、コロナ禍の一時的な急落からの急回復がみられたが、それ以降はほぼ横ばい圏内の推移となっており、輸出の回復は、財ではなく、コロナ禍の大きな落ち込みから回復したインバウンドを含むサービス輸出の力強い増加にけん引されていることが分かる(第1-1-2図(3)、(4))。

次に、財輸出に関連して、製造業の実質付加価値(製造業GDP)の動向を確認する。ここでは、国民経済計算の参考系列として公表されている「生産側系列の四半期速報(生産QNA)」の計数を参照する。製造業GDPについては、各循環で財輸出とほぼ同様の推移をたどっており、第14循環、第16循環では、それぞれ世界金融危機、米中貿易摩擦の影響により、製造業の回復がとん挫した姿となっている(第1-1-2図(5))。これに対し、今回の回復局面における製造業GDPは、コロナ禍直後を除いてほぼ横ばい圏内で推移している6。むしろ今回局面において回復をけん引しているのは、サービス産業と言える。上記と同様に、生産QNAを基に、各種のサービス産業の付加価値から、公務や教育といった市場性の低い分野、持家の帰属家賃という擬制的な分野が多く含まれる不動産業を除き、建設業を加算した「市場サービスGDP7の動きを確認する。これをみると、今回の回復局面は、コロナ禍により対面型サービス活動が大幅に悪化した2020年5月が谷であるため、回復初期の改善が著しく、その後も経済活動正常化の過程で増加傾向が続いたという面もあるが、2025年1-3月期現在にかけて、過去の回復局面と比べると相対的に高いペースで改善が続き、景気回復をけん引していることが分かる(第1-1-2図(6))。一方、第14循環や第16循環においては、市場サービスGDPは、国内民間最終需要の動きと近しく、景気の山を迎える以前に、頭打ち又は減少傾向に転じていたことが分かる。

以上のように、今回の景気回復局面は、コロナ禍での落ち込みからの回復を起点としたこともあり、サービス部門中心の回復であり、製造部門の輸出・生産にけん引された近年の長期的な回復局面とは特徴を異にするものとなっている。その意味において、海外景気の下振れに対するぜい弱性は過去とは異なっていると考えられる。ただし、第16循環においては、米中貿易摩擦による間接的な影響が我が国の景気後退の一つの要因となったと考えられ、今回の通商問題については、直接的・間接的な経路を通じて、景気を下押しする可能性があることから、その影響については十分注意する必要がある。

(米国の関税措置は、直接的・間接的に我が国の経済を下押しする可能性に留意)

今後の我が国景気を下振れさせ得るリスクとしては、大きく内需と外需の両面からの要因がある。内需に関しては、GDPの過半を占める個人消費の回復は、食料品等の身近な品目の高い物価上昇が続く中で、力強さを欠いたものとなっている。こうした物価上昇の継続が、消費者マインドや実質所得の下押しを通じて、個人消費を下振れさせるリスクに十分留意が必要である。こうした個人消費の下振れリスクを乗り越えるためには、2%の安定的な物価上昇の実現8、そしてこれを上回る賃金・所得の持続的な上昇の実現が重要である。物価・賃金の現状とリスクは本章第2節、賃金上昇の持続性の評価や個人消費の安定的な回復に向けた課題の分析は第2章で詳述する。

これに対し、外需面からの大きなリスク要因が、2025年1月に発足した第二次トランプ政権による米国の関税政策による影響である。2025年7月初時点における米国による関税措置として、我が国に直接関わるものをまとめたのが第1-1-3表であり、①日本を含む各国からの鉄鋼・アルミニウム製品(派生製品を含む。)の輸入に対しては、2025年3月12日から25%の追加関税が発動され、さらに同年6月4日以降は50%に引き上げられている9。また、②2025年4月3日からは、各国からの自動車(完成車)の輸入に対して25%、5月3日からは自動車部品(エンジンを含む。)に対して25%の追加関税がそれぞれ課された10。さらに、同年4月5日以降は、「相互関税」として、上記の鉄鋼・アルミニウム製品、自動車・同部品のほか一部の品目11を除いた他の全ての輸入品に対して、原則全ての国に一律に10%の追加関税が課された状態にある。同年4月9日には、この10%に加えて、対米貿易収支が黒字となっている日本を含む57の国・地域に対して、国別関税率の上乗せ(日本は+14%で10%分と合わせると24%)が一旦発動されたが、同日、同年7月9日までの一時停止が発表され、米国において、日本をはじめ各国・地域との間で通商協議が実施されることとなった。その後、同年7月7日付け(米国時間)で、米国より、日本からの輸入品に対する追加関税率を8月1日から25%とする旨の通知がなされたが、7月23日には日米間で合意がなされ、相互関税については15%を上限とすること、自動車・同部品への追加関税率については25%から12.5%に半減し、既存の税率を含め関税率を15%とすること等となった。12

こうした米国の関税措置が我が国経済に与え得る影響について、可能性として考えられる主な経路を図示したものが第1-1-4図であり、大きくは、我が国の輸出等を通じた直接的な影響と、世界経済の下押しや先行きの不確実性の高まりを通じた間接的な影響に分かれる。まず、米国による我が国からの輸入品に対する関税率の引上げによって、対象品目の我が国から米国への輸出に直接的な影響が生じ得る。米国側の貿易統計と米国の関税措置に関する官報の情報を照らし合わせて計算すると、追加関税が課されている品目のうち、鉄鋼・アルミニウム製品は日本の米国への輸出の約6%、自動車・同部品は約38%、その他相互関税の対象は4割強となる(2025年7月1日時点の情報に基づく)13。仮に、これら我が国からの輸入品について、米国製品への代替を通じて需要が減少する場合には、関連する我が国製造業の生産に下押し圧力がかかることが考えられる。こうした生産量の減少は、企業収益の悪化を通じて、雇用や賃金の下振れにつながる可能性や、個人消費をはじめ国内民間最終需要の下押しにつながる可能性もある。

ただし、こうした経路を通じた悪影響が実際に生じるかについては、二つの留意点がある。一つは、関税率の引上げに対する企業や消費者の反応や対応によって、影響の大きさが異なるものになるという点である。具体的には、我が国から米国に対する追加関税対象品目の輸出への影響は、①日本の輸出企業又は米国現地での販売企業が関税引上げ分をどの程度価格に転嫁するのか、そして、②米国での販売価格が上昇した場合、消費者など米国の需要者がその価格変化に対して需要をどの程度減少させるか(需要の価格弾力性)によって変わり得る。このうち②の需要の価格弾力性については、対象となる財によって、また時間軸によって大きく変わり得るものであり、一意に決まるものではないと言える(コラム1-1を参照)。一方、①について、仮に日本の輸出企業(日本企業の現地法人である日系の販売企業を含む。)が追加関税分を米国での販売価格に転嫁しないような場合には、企業収益の圧迫を通じた影響が生じ得る。

第二の留意点は、いわゆる貿易転換効果の存在である。具体的には、例えば、中国においては、相互関税等の枠組みの中で、日本よりも高い関税率が課された状態にあり、他の条件を一定とすれば、日本製品は中国製品に対し相対的に価格競争力を持つこととなる。このため、中国から米国への輸出を日本製品が直接代替する効果が生じ得る。また、同様に、中国製品に対して相対的な価格競争力を有することとなる他のアジア諸国等が、中国に代わり、対米輸出を増やすこととなれば、これら諸国の生産活動に必要な中間財や資本財について、日本からの輸出が増加するという間接的な効果もあり得る。ただし、日本や他のアジア諸国等においても、追加関税が課されている以上は、米国製品との間で価格競争力が低下した状況にあるほか、グローバルバリューチェーンが高度に進展した中にあって、中国において対米輸出向けに生産されていた財を、日本を含む各国において代替生産する体制が短期的に構築されるということは必ずしも簡単とは言えない。このように、貿易転換効果について、長期的な効果として発現することはあり得る一方で、短期的に生産体制が構築されるということは必ずしも容易でなく、その実現可能性については十分留意が必要である。

次に、間接的な影響である。米国の関税措置は、一部の国14を除き原則全ての国に対して講じられており、上記と同様の影響は各国においても生じ得る。また、米国においても、関税引上げによる国内物価の上昇が生じれば、個人消費が下押しされ得る15とともに、各国の報復措置によっては、米国による各国への輸出の減少も通じて、景気の下振れにつながり得る。このような形で、世界の貿易や経済が下振れする場合には、これが間接的に日本の輸出の下押し要因となり、これを通じて、生産や収益、雇用・所得、さらには国内民間最終需要への影響が生じ得る。これに加え、米国の通商政策の動向やこれに伴う世界経済の先行きに関する不確実性や不透明感の高まりは、国内外の企業のマインドの悪化を通じて、財の生産設備を中心とした設備投資への意欲を減退させ得る16。また、不確実性の高まりは、株価や為替、金利など金融資本市場のボラティリティを高め得るものであり、こうした金融資本市場の変動が実体経済に及ぼす影響にも留意が必要である17

このように、米国の関税政策による我が国経済への影響は多岐にわたる経路を通じて生じ得るものであるが、これらの影響が必ずしも全て短期的に発現するわけではない。例えば、輸出から生産・雇用を通じた国内民間最終需要への影響等については、一定の時間をかけて生じ得る可能性がある。また、米国の関税措置の直接的な影響を受け得る産業は、主にGDPの約2割を占める製造業が中心となるが、引き続き、国内産業への影響を勘案し、資金繰り支援など必要な対策を講じていくことが極めて重要である。同時に、外需面での下押しリスクに直面する中で、内需を中心とした着実な成長の実現が重要であり、回り始めた賃金と物価の好循環を持続的なものとして定着させるという観点が肝要である。

コラム1-1 関税引上げの影響と需要の価格弾力性について

本論で述べたように、米国の関税措置による我が国経済への影響のうち、直接的な影響については、追加関税が課される対象の製品について、米国現地の販売市場において、どの程度関税分が販売価格に転嫁されるか、転嫁される場合には、現地におけるこれら製品に対する需要が、価格変化に対してどの程度反応するか(需要の価格弾力性の大きさ)に依存する。本論で後述するように、日本貿易振興機構(JETRO)の2025年4月中旬時点の企業へのアンケート調査によれば、回答企業の4割超が関税引上げ分の価格転嫁を検討しているという状況であり、現実に、少なからぬ企業が価格転嫁を行うこととなれば、需要の価格弾力性は、関税措置による直接的な影響を考えるに当たって重要な要素となる。本コラムでは、価格弾力性に関する主だった先行研究をレビューしたい。

国際経済学の実証研究分野では、輸入国において、自国で生産・供給される財と、他国で生産・輸入され供給される財との間の代替弾力性、つまり、他国財の自国財に対する相対価格が1%上昇した場合に、他国財への需要が何%減少するかという「アーミントン弾力性」に関する実証分析が数多く蓄積している。その中で、Bajzik et al.(2020)においては、過去40年超にわたる3,500以上の文献を集積し、各分析の特徴の違いを考慮した上で、メタ分析を行い、アーミントン弾力性について、幅として2.5~5.1(中央値で3.8)という結果を導いている。これは基本的に「長期」の弾力性に関するメタ分析とみられる。長期の弾力性とは、消費者が、ある財について輸入品を消費している場合、同じ種類の財について、国内で生産される代替的な財が市場に現れ、消費者が代替財に切り替えられる段階、あるいは、企業が輸入された中間財や資本財を用いて商品を生産している場合、同じ種類の中間・資本財について国内で生産される代替的な財が市場に現れ、企業がそれらを用いた生産体制への調整が行われる段階においての弾力性である。

さらに、その後に公表された主な文献であるBoehm et al.(2023)においては、アーミントン弾力性について、時間軸を考慮した分析がなされている。具体的には、1995~2018年における約180か国・地域の財別輸出入データ等から、1~10年程度のスパンでのアーミントン弾力性を導出している。これによれば、価格変化から1年後の短期では0.76程度の一方、時間をかけて弾力性は高まり、7~10年後の長期では幅として1.75~2.25程度としている。上述したように、短期的な価格弾力性は、長期のそれに比べて小さいとみることができる。

以上は、各種財についての平均的なアーミントン弾力性を議論したものと言える。現実には、財の種類によっても弾力性はそれぞれ異なると考えられる。例えば、中間財や資本財は、輸入国の企業の生産プロセスにおいて、機能等に係る仕様が詳細に設定されていると考えられ、短期的に中間財・資本財を別の製品に切り替えるコストは大きく、弾力性は相対的に低いと想定される。これに対して、現在、乗用車をはじめ日本から米国への輸出の4割弱を占める消費関連財(コラム1-1図)については、消費者が従前購入していたブランドに対する嗜好やロイヤリティにもよるが、汎用性の高い財であるほど、弾力性は相対的に高いと想定される。この観点で、各国からの輸入品に品目別関税として追加関税が課されている自動車(主に消費財)について、近年における米国市場の需要の価格弾力性に関する研究事例(Leard and Wu (2023))を確認する。これによると、①新車販売市場における平均的な需要の価格弾力性は0.5程度である一方、消費者の所得水準の高低に応じて、0.2~0.84(高所得者ほど弾力性が低い)と幅があること、②同じ新車でも、乗用車とピックアップトラック等では、前者が1.6に対し、後者は0.85程度と、乗用車の方が弾力性が高いこと、③同じ乗用車でも、ガソリン車は0.53であるのに対し、EVは1.91と、EVの方が弾力性が高いこと、などが示されている。以上のように、需要の価格弾力性については、時間軸によっても、財の種類等によっても大きく異なり得るものであり、米国の関税措置の直接的な影響については、企業や消費者の行動の在り方によって不確実性が極めて大きいと言える。

以下では、上記で確認した米国の関税措置による我が国経済への影響の経路が、現時点でどの程度発現しているのか、今後のリスクとして留意する点は何かといった観点を中心に、輸出、生産、企業収益、雇用等の動向を仔細に確認する。また、景気回復の持続性の観点から重要な個人消費や設備投資といった国内民間最終需要等の動向を詳細にレビューし、同様に今後のリスク要因を点検する。

2.輸出、生産、企業収益、雇用等の動向

(財輸出は、数量としては特段変調はないが、米国向け自動車輸出価格は大きく下落)

我が国のGDP統計ベースの輸出は、GDPの2割強を占めるが、そのうち財の輸出は約75%、サービスは約25%であり、近年、サービス輸出のシェアは徐々に高まっている(第1-1-5図(1))。このうち、まず財輸出の動向を輸出数量指数からみると、過半を占めるアジア向けを中心に、緩やかながら持ち直しの動きが続いてきたところであり、2025年3月以降に米国による追加関税が順次適用される中にあっても、全体としては特段の影響はみられているわけではない(第1-1-5図(2))。我が国の輸出のうち約2割を占める米国向けの財輸出も、全体としては特段の変調はみられず、個別品目として2025年3月以降25%(6月4日以降は50%)の追加関税が課されている鉄鋼やアルミニウム18についても、振れを伴いつつ横ばい傾向で推移している(第1-1-5図(3))。自動車関連をみると、2025年4月3日から25%の追加関税が課され、米国向け輸出の28%を占める乗用車については、緩やかな持ち直し傾向が続いてきた19。2025年5月から25%の追加関税が課された自動車部品についても同様に大きな変調はみられない。上述のように、米国向け乗用車輸出の増加基調が続いている背景の一つには、2024年初の認証不正問題の影響から、一部自動車メーカーでは国内生産において稼働率を抑制してきたのに対し、2025年に入って以降は、徐々に稼働率を引き上げつつ、米国市場における関税率引上げ前の乗用車需要に対応した生産・輸出を行ってきたということがある。米国の新車販売市場における日本メーカー車の需要をみると、他国メーカー車と同様に2025年4月の関税引上げ前の駆け込み消費とその後のはく落というかく乱はありつつも、総じて底堅く推移してきたとみられる(第1-1-5図(4))。その上で、関税措置後の状況をみると、2025年4月以降の乗用車の米国向け輸出価格の下落という特徴がある。具体的には、財務省「貿易統計」では、米国向け乗用車輸出の1台当たり単価(ドル換算)が大きく下落しており、日本銀行「輸出物価指数」のうち、北米向け乗用車輸出物価(契約通貨建て)でも、2025年4月以降、約2割の大きな下落となっている20第1-1-5図(5))。これは、国内自動車メーカーが相対的に単価の低い車種の割合を増加させている可能性があるほか、乗用車の輸出価格を引き下げている可能性も示唆される。こうしたこともあり、第1-1-5図(2)で示したように、2025年5月の米国向けの輸出金額は前年同月比で▲11%と、乗用車(同▲25%)を中心に大きく減少した。

ここで、日本貿易振興機構(JETRO)が2025年4月に実施した企業へのアンケート調査から、米国の関税措置に対する企業の対応方針について確認する(第1-1-6図)。同調査は同年4月中旬時点の調査であり、一定の時間が経過していることに留意が必要であるが、関税措置への対応として、製造業全体で最も多く挙げられているのは「顧客への価格転嫁」であり、輸送用機械製造業を含め回答企業の4割超となっている。一方で、「自社内のコスト削減(関税コストの吸収を含む。)」を挙げている企業も、製造業全体で3割強と2番目に多く、輸送用機械製造業では35%程度となっている。自動車メーカーを含め、少なからぬ企業が、米国への販売価格等を引き下げ、自社内で吸収する意向を持っているということであり、前掲第1-1-5図(5)でみたように、少なくとも短期的に、北米向けの自動車輸出価格が下落している背景となっているとみられる。なお、上記以外の対応としては、「米国以外の国・地域への販路開拓」を挙げている企業が食料品製造業を中心に多いほか、輸送用機械製造業では「米国国内での現地生産増加」を挙げている企業が29%、「米国国内での現地調達増加」が26%と相対的に高くなっている。このように、輸送用機械製造業を中心に、今後、生産拠点の海外への移転が進む等により、我が国の輸出・生産を構造的に下押しする可能性があることには留意が必要である。

米国以外の地域向けの輸出動向を確認すると、アジア向けについては総じて持ち直し傾向が続いてきた(前掲第1-1-5図(2))。具体的には、生成AI向けを中心に、世界的な半導体需要が引き続き旺盛な中で、台湾・韓国等向けの半導体等製造装置が堅調に推移したほか、中国向けの工作機械については、中国の景気は不動産市場停滞の影響で内需を中心に足踏みしているものの、中国政府による大規模設備更新に対する補助金政策が行われた効果もあり、中国からの受注額が一時期よりも上向いて推移してきた(第1-1-7図(1))。EU向け輸出(財輸出の9%程度)については、振れを伴いながら、おおむね横ばいの動きが続いている。既往の高い金利水準等の影響から、建設・鉱山機械に含まれるエキスカベーターや、半導体等製造装置といった資本財輸出は2024年半ばにかけて低調に推移していたが、2024年末以降は、金利低下の影響もあり、下げ止まりから横ばい傾向で推移している(第1-1-7図(2))。その他地域向けの輸出(財輸出の18%程度)については、おおむね横ばいで推移している(第1-1-7図(3))。具体的には、中東地域向けの自動車輸出は堅調に推移し、高水準を維持する一方で、エキスカベーターについては、主要輸出先のオーストラリアにおいて、金利上昇の影響から低調に推移してきた。

(米国の関税措置による世界経済の下押しを通じた我が国輸出への影響等にも留意)

このように、2025年5月時点までの貿易統計に基づけば、米国の関税措置による輸出数量への下押しに関して特段の影響はみられないものの、今後の動向には引き続き十分な留意が必要である。このうち、世界経済を通じた間接的な影響に関して、ベクトル自己回帰(VAR)モデルにより、世界需要の代理指標としてグローバルな生産指数の変動等が実質輸出に与える影響を確認すると21、1%のグローバル生産の変動は、2010年~2024年の期間において、同ショックがない場合に比べ、半年程度後の実質輸出の水準を1.5%程度変化させるという影響をもたらすことが分かる(第1-1-8図)。世界需要の我が国輸出への影響は、製造業の生産拠点の海外移転が進んできた中で、過去に比べると低下しているものの、依然として有意にみられる。このように、米国の関税措置が世界経済を下押しすることとなれば、我が国輸出への間接的な負の影響が発生し得るという点には十分注意が必要である。

加えて、間接的な影響としては、サプライチェーンを通じた影響にも十分留意が必要である。具体的には、第三国から米国への最終財の輸出に際し、日本から当該第三国に対して、最終財の生産に必要な中間財や資本財を輸出している場合、第三国の輸出が米国の関税措置による影響を受ければ、我が国の中間財等の輸出にも影響が生じ得る。例えば、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA22により、同域内での関税率が低く設定されていたメキシコには、自動車をはじめ我が国企業は、最大の市場である米国での販売促進のため、ニア・ショアリングという形で直接投資を進めてきた23。このため、我が国の輸出に占めるメキシコ向け輸出は1.7%程度(2024年)という中で、自動車部品や鉄鋼などの中間財が多く輸出されている(第1-1-9図(1))。米国は、メキシコ・カナダからの自動車部品輸入に対して、USMCAの原産地規則等を満たすものは25%の追加関税の一部を適用除外としているが、今後の政策動向には注意が必要である。また、中国については、米国に対し、スマートフォン等の電気機器の最終製品を輸出しているが、我が国から中国に対し、これら最終財の生産に必要な半導体等の中間財や工作機械等の資本財を多く輸出している構造にある(第1-1-9図(2))。第一次トランプ政権時では、2018年7月以降、対中国への関税引上げが行われ、中国の報復措置も行われ、貿易摩擦が激化した際には、米中の貿易が頭打ちになるとともに、我が国の輸出も下押しされることとなった。こうした経験を踏まえると、今回の一連の関税措置による中国からの輸出への影響によっては、我が国からの中間財等の輸出が下押しされる可能性があり、この点からも十分な留意が必要である。

(サービス輸出はインバウンドを中心に増加傾向にあるが、下振れリスクに注意が必要)

日本の輸出のうち約4分の1を占めるサービスの動向をみると、大口取引の有無による影響24もあって振れを伴いながらも、24%を占める旅行(インバウンド)、20%を占める特許等の産業財産権等使用料を中心に、基調として増加傾向で推移している25第1-1-10図(1)、(2))。このうち、インバウンドについてみると、訪日外客数は、単月として過去最高を記録し続けるなど、堅調に推移している。これに伴い、訪日外国人消費額も増加傾向で推移している(第1-1-10図(3)、(4))。もっとも、2025年4月以降は、米国の関税措置の影響もあって、為替レートの円高方向への動きが進んだこともあり、一人当たりの旅行消費額が影響を受けている点には留意が必要である。具体的には、例えば、百貨店販売額をみると、インバウンド分を示す免税売上額が4・5月と前年比で減少が続くなど一定の影響がみられる(第1-1-10図(5))。こうした為替レートの影響のほか、インバウンド需要には、旅行者の出身国による所得動向の影響も大きい26。上述したように、米国の関税措置は、世界貿易の減少等を通じて、世界経済を下押しする可能性があり、これが各国の旅行消費需要に及ぼし得る影響には十分注意が必要である。

(鉱工業生産は横ばいで推移し特段の変調はみられないが、今後の動向に注意が必要)

続いて、企業の生産動向を点検する。まず、製造業の生産を鉱工業生産指数でみると、全体として横ばい傾向で推移しており、個別品目関税が課されている鉄鋼やアルミニウム、自動車・同部品を含めて、2025年5月時点においては特段の変調はみられていない(第1-1-11図(1))。自動車については、2024年初の認証不正問題に伴う生産・出荷停止の後、稼働率を抑制した状態が続いていたが、2025年初以降、徐々に稼働率が引き上げられる中で、振れを伴いながらも27、生産が持ち直し傾向で推移した。こうした中で、最大の輸出先である米国向け輸出品について、国内自動車メーカーによる価格の引下げもあって、輸出数量が増加傾向で推移してきたことから、国内生産についても2025年5月時点では目立った変調はみられないものと考えられる(第1-1-11図(2))。

このほか、主要業種の動きとして、生産用機械をみると、半導体等製造装置については、生成AI向けを中心に世界的な半導体需要の堅調さが続く下で、底堅く推移している。工作機械のうち産業用ロボットについては、中国向けは、先述のとおり、中国政府による補助金政策もあって受注が持ち直し傾向にあるほか、付加価値の高い競争力のある製品を擁していることから、北米向けの受注も堅調とみられる。エキスカベーター等の建設用・鉱山用機械は、米国の住宅建設が金利水準の高さもあって低調に推移する中で、米国向けを中心に弱い状況が続いているが、下げ止まりの兆しもみられる(第1-1-11図(3))。また、電子部品・デバイスをみると、我が国半導体メーカーが相対的に強みを持つ産業用機械や自動車向け、PC・スマートフォン向けの半導体需要の回復が遅れていたことから、2024年秋から末にかけて弱含んでいたが、2025年春時点では、PCやスマートフォンにおける世界出荷台数の持ち直しにより、在庫調整が進む中、生産が上昇基調に転じている(第1-1-11図(1)、(4))。なお、メモリを含む集積回路は全体として回復傾向を示している中、内訳として把握可能なメモリ等に比べ、その他の集積回路の回復が相対的に強くなっており(第1-1-11図(5))、一部の先端半導体工場が稼動開始したことに伴う効果が発現している可能性もある。

こうした製造業の生産に対し、サービス産業の活動を示す第3次産業活動指数については、総じて緩やかな持ち直し傾向が続いている(第1-1-11図(6))。この点は、前掲第1-1-2図の市場サービスGDPの動向とも整合的であり、経済の約8割を占める非製造業の堅調さが続くことが、我が国経済の回復継続を支える重要な要素であると言える。

(企業収益は、改善が続いてきたが、関税措置による下押し要因がみられる)

企業収益についてみると、「法人企業統計」で実績が把握可能な2025年1-3月期時点においては、本業の利益を示す営業利益は、製造業・非製造業共に前期比で増益傾向が続き、改善している状況にあった28。業種別の営業利益の前年同期比を売上高要因、変動費要因、人件費要因等に分解すると、非製造業では、大中堅企業、中小企業共に売上高の増加が続く中で、賃上げの影響により人件費の増加が利益の下押し要因となっているが、収支としては着実に増益が実現している。一方、製造業についても、売上高の増益要因と人件費の減益要因という構造は共通しているが、原油をはじめとするエネルギー価格が2024年に入って安定化したことにより、大中堅企業を中心に前年同期比でみた変動費の減少傾向が続き、営業利益の増益傾向がみられた(第1-1-12図)。

ただし、これらは米国の関税措置がほぼ影響していない2025年1-3月期時点までの状況であり、製造業を中心に、今後の動向には細心の注意が必要である。輸出企業の2025年1月時点の採算レート(1ドル130円程度)よりも、2025年6月時点までの実勢レートは1割以上円安方向となっており、このこと自体は製造業輸出企業の収益を支える要因である。一方、上場企業においては、事業年度決算の発表時には、通常、新年度の業績見通しを併せて公表するが、2025年度業績見通しについては、関税措置に係る潜在的な影響の大きさや不透明感の高さを考慮して、「非開示」とする企業や、一定の仮定の下で「減益」とする企業が少なからずみられた。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(以下「日銀短観」という。)における2025年6月調査時点の2025年度経常利益計画は、全規模全産業としては、最終的に増益となった過去2か年度における6月時点の計画や3月調査から6月調査への修正パターンと同様となっている。ただし、これは非製造業の堅調さに支えられたものであり、製造業においては、6月調査にかけての下方修正が、コロナ禍の2020年度ほどではないものの、例年よりもやや大きく、自動車工業でこうした傾向が強い(第1-1-12図(4))。上述したように、例えば、自動車については、関税措置後の状況として、少なくとも短期的に、相対的に単価の低い車種の割合が増加するほか、ドル建ての輸出価格が下落する動きがみられるなど、収益の圧迫要因が顕在化している可能性がある。このように、2025年4-6月期以降の企業収益について、米国の関税措置の影響を注意深く見極めていく必要がある。

(業況感は非製造業で堅調さが維持、一部製造業で関税措置の影響が下押しした可能性)

こうした中、企業の業況感を日銀短観の業況判断DIからみると、2025年6月調査時点で、全産業・製造業・非製造業いずれも、「良い」と答えた企業の割合が「悪い」と答えた企業の割合を上回る状況が続き、非製造業では1990年代初めのバブル期以降で最も高い水準を維持しているなど堅調な状況が続いている(第1-1-13図)。また、日銀短観よりも幅広く中小企業の景況感を捕捉する中小企業基盤整備機構の「中小企業景況調査」においても、業況判断DIはおおむね横ばい圏内の動きとなっており、全体的な姿として、米国の関税措置による特段の変調はみられていない。ただし、日銀短観では、大企業製造業のうち自動車については、業況判断DIは+8と「良い」が「悪い」を上回る状況は続いているものの、2025年6月調査では、同年3月調査に比べ5ポイント低下するなど、米国関税措置による影響が一部現れている可能性があるとみられ、引き続き、その動向を注視する必要がある。

(倒産件数は、2024年春以降増勢が鈍化し、おおむね横ばいで推移)

倒産件数は横ばい圏内の動きが続いている。2020年初以降のコロナ禍においては、中小・小規模事業者向けの実質無利子・無担保融資29(ゼロゼロ融資)や持続化給付金、雇用調整助成金といった支援策の効果により、倒産件数は月平均500件程度と、コロナ禍前の水準を大きく下回る極めて低位の水準に抑制されていた。その後、経済活動の正常化が進み、コロナ禍における各種支援措置が縮小される中で、2022年後半以降は倒産件数が増加に転じ、その傾向が続いたことにより、2024年を通してみると月平均834件と、11年ぶりの水準となった。民間金融機関を通じたゼロゼロ融資における返済開始時期のピークが2024年4月であったこともあり、同年5月には、倒産件数は原数値で月1,000件超に高まったが、その後増加ペースはピークアウトし、2024年秋以降増勢が鈍化した以降、足元ではおおむね横ばいとなっている(第1-1-14図)。

倒産動向の背景として、企業の資金繰り判断をみると、中小企業を含めておおむね横ばいで推移しており、2025年6月時点では特段の変調がみられる状況にはない(第1-1-15図30。一方で、米国の関税措置による今後の影響には注意が必要である。特に、品目別関税の対象として追加関税が課されている自動車は裾野の広い産業分野であり、資金繰り支援等に万全を期すことが重要である。

こうした企業の退出側に対して、参入側のデータとして、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)において法人番号というビッグデータから新たに構築した起業件数の動向を確認したものが、第1-1-16図である。これによると、会社分割等による分社化を除く狭義の起業法人数は、月々の変動は大きいものの、コロナ禍前の年間11万件前後から、2024年には年間13万件前後と増加傾向で推移している。また、各月1日時点の企業数を分母にとった起業率も緩やかな上昇傾向にある。我が国では、リスク回避志向もあって、諸外国に比べ起業活動が活発ではない面はあるが、こうしたデータから確認すると、近年は、政策による後押しや良好なマクロ経済環境等もあって、起業数・起業率は改善傾向にあることが分かる。引き続き、スタートアップを後押しする社会的気運の醸成とともに、賃金や価格をシグナルとして、労働の円滑な移動や企業の新陳代謝など、市場において人材や資本が効率的に配分される環境を整備していくことが重要である。

(雇用動向にも特段の変調はみられないが今後の労働需要下押しの可能性に留意が必要)

次に、雇用動向を点検する。まず、完全失業率をみると、2025年5月時点で2%台半ばの低い水準の中、横ばい傾向で推移しており、現時点で、マクロ的な雇用動向に特段の変調はみられない(第1-1-17図(1)、(2))。完全失業者数は170万人前後で横ばい圏内の動きとなっており、求職理由別にみても、総じて安定的に推移する中、自己都合(自発的な離職)が4割強で最も多く、次いで非自発的な離職(定年又は雇用契約の満了、勤め先や事業の都合)が2割台半ばという構造にも特段の変化がない。このように、現時点で、失業者に関しては、より良い待遇や条件を求めての自発的な離職に伴う、どちらかと言えば前向きな失業が多いと言える。ここで、米国の関税措置という外生的なショックによる完全失業者への影響を考える上で、非自発的な離職に伴う失業者数について、過去の各種経済ショックの発生前後の状況を確認する(第1-1-17図(3))。具体的には、①リーマンショック(2008年9月)、②新型コロナウイルス感染症の国内初感染者の発生(2020年1月)(以下「コロナ発生」という。)のほか、③第一次トランプ政権時の対中国追加関税の開始(2018年7月)の前後6か月の動きを確認する31と、いずれの場合もショック前はおおむね横ばいの推移であったのに対し、ショック後は、①②のケースでは増加に転じ、③については横ばい傾向が継続していたことが分かる。①については、世界的な金融危機による世界経済の収縮、②については感染拡大不安からの外出自粛等による経済活動の低下と、比較的短期的に労働需要への影響が発現するショックであったのに対し、③は、我が国にとっては、米中間の貿易摩擦激化に伴う間接的なショックであり、企業の人手不足感が高い状況にあったこともあって、我が国の労働需要に与える影響は限られていたと考えられる。

その企業の人手不足感について、日銀短観の雇用人員判断DIをみると、2025年6月調査時点において、非製造業を中心に、1990年代初頭のバブル期以降で最も高い水準の不足超幅となっている(第1-1-18図(1))。非自発的失業者のケースと同様に、過去のショック時前後の動きをみると、①リーマンショック前は、既に景気後退局面に入っていたこともあり、人手不足感が縮小し、製造業では過剰超に転じていた中で、ショック後は半年程度で急速に労働需要が減少したほか、非製造業でも過剰超に転じた(第1-1-18図(2))。また、②コロナ発生前は、米中貿易摩擦に起因する世界経済の減速もあって景気後退局面に入っていた中で、製造業では緩やかに不足超幅が縮小していた一方、非製造業は高い不足超幅で横ばいの状況にあったが、ショック後は急速に変化し、製造業は過剰超に転じ、非製造業は不足超幅が大きく縮小した。③2018年の米中関税引上げ前については、製造業・非製造業共に不足超幅が高い水準にあり、引上げ後も半年程度はおおむね同程度で推移した(ただし、製造業ではその後、2019年末にかけて不足超幅は緩やかに縮小した)。今回の米国の関税措置については、品目別追加関税が課されている輸送用機械や鉄鋼等を中心に、製造業の人手不足感に影響を与え得る点に留意が必要である。また、世界経済の下押しを通じた間接的影響を通じて、非製造業を含めた労働需要に影響を与える可能性にも十分注意が必要である。

関連して、先行性が高い新規求人数(ハローワークにおける新規求人数)の動向をみると、全体として現時点では横ばい圏内で推移しており、個別の追加関税が課されている輸送用機械等においても、特段の変調がみられるわけではない(第1-1-19図(1))。ただし、過去のショック時は、リーマンショックやコロナ発生後に新規求人数が大きく減少したことから、こうした先行指標の動向には細心の注意を払う必要がある(第1-1-19図(2))。民間職業紹介を通じた求人指数32(原数値、後方4週移動平均)をみると、製造部門の職種の求人を含め、現時点では大きな変動はみられない(第1-1-19図(3))。なお、民間職業紹介を通じた求人の正社員計について、2025年春頃以降は、一頃より伸びが鈍化しているが、これは、正社員の人手不足感は高水準にあるものの、その上昇幅が緩やかになっていることを反映していると言える(第1-1-19図(4))。また、パート・アルバイト計については、前年同期に比べると緩やかに減少しているが、これはパートタイム労働者の人手不足感の上昇が頭打ちとなっていることを映じているとみられる。背景としては、①飲食や小売等のサービス業においては、自動レジや配膳ロボットなどの省力化投資が奏功している可能性があること、②飲食や小売等において、近年利用者が増加しているスポットワークアプリを通じた求人にシフトしている可能性があること33、などが考えられる。他方、パートタイム労働者の時給が前年比上昇率4%前後で推移し、時給が高まる中で、企業が人件費上昇による収益への下押しを回避する観点から新たな求人を控えている可能性もあり、今後の動向には引き続き留意が必要である。

最後に、15歳以上人口に占める就業者の割合である就業率をみると、人手不足感の歴史的な水準への高まりの中で、ここ数年、振れを伴いながらも緩やかな上昇傾向で推移してきている(第1-1-20図)。男女別・雇用形態別にみると、就業率の上昇傾向は女性の正規雇用者を中心に高まっており、直近時点では62%程度と、30年超前の1993年1月以来の高水準で推移している。この間、65歳以上の高齢者人口比率は、1993年の14%から2024年には29%に高まる中にあっても、2010年代前半以降に就業率が上昇し、高水準に回復しているのは、女性や高齢者の労働参加促進の効果によるものである。こうした労働市場の構造変化については、第2章第3節で議論する。

3.国内民間最終需要(設備投資、個人消費、住宅投資)等の動向

(設備投資は持ち直しの動きが続くが、不確実性の高まりによる影響には留意)

最後に、国内民間最終需要及びこれと関連して輸入の動向について点検する。企業の設備投資については、これまでの堅調な企業収益の下で、省力化・デジタル化投資の進展もあって、名目では、2023年7-9月期以降、7四半期連続で増加し、2025年1-3月期には年率換算で約110兆円と、1991年1-3月期に記録した約105兆円を超えた状態で、過去最高値を更新している。実質についても、2024年4-6月期以降4四半期連続で増加しており、持ち直しの動きが続いている(第1-1-21図)。

形態別にみると、設備投資の約44%を占める機械投資は、2024年1-3月期の一部自動車メーカーによる認証不正問題に伴う生産・出荷停止による落ち込みから回復しているほか、2024年末~2025年初にかけては、先端半導体工場への半導体製造装置の搬入により大きく増加した。先行指標である機械受注についても、製造業、非製造業共に持ち直しの動きがみられることに加え、受注残高についてみると、外需分等が含まれる点に留意が必要であるものの、過去最高水準まで高まっており、これらが実際に発注企業に納入されていけば、設備投資として顕在化することが期待される(第1-1-22図)。ただし、米国の関税措置の影響が、企業収益を通じて、また、先行きの不確実性の高まりを通じて、製造業を中心に機械投資を下押しする可能性には留意が必要である。この点は後に補足する。

次に、設備投資の約27%を占める建設投資については、2023年半ばから2024年初にかけ、輸送機械を含む製造業の生産能力増強のための工場新増設や運輸業におけるEC需要に対応した倉庫建設等の工事費予定額が増加していたが、これらがラグをもって、2024年半ば以降の建設工事出来高の増加傾向に反映されているとみられる。建築工事費予定額(民間非住宅)は、製造業の工場新増設の動きが一服する中で、2024年半ば以降は振れを伴いながら、おおむね横ばいの範囲内で推移してきたが、2025年4月には、大阪のIR施設の着工開始により大きく増加した。手持ち工事高は歴史的に高い水準で増加傾向で推移しており、これらが順次進捗していくことにより、先行きにおける工事出来高ベースの建設投資は下支えされるものと考えられる。なお、民間非住宅建設工事について、工期別の受注額をみると、近年にかけて2年以上という長い工期の工事の受注が増加している。これは、建設業において人手不足感が高水準にあることや、働き方改革の観点から適正な工期設定を進めたこと等を背景に、契約時の予定工期が長期化していることを示している(第1-1-23図)。こうした点を踏まえると、高水準の手持ち工事高は、短期的というよりは、時間をかけて徐々に緩やかな形で工事出来高(建設投資額)に反映されていくものと見込まれる。

設備投資の約29%を占める知的財産生産物のうちソフトウェアについて、受注ソフトウェアの売上高をみると、名目・実質共に堅調な増加傾向が続いており、人手不足感がバブル期以来の歴史的に高い水準にある非製造業を中心に、省力化やデジタル化対応の需要が根強いとみられる。研究開発(R&D)投資については、日銀短観によると2024年度実績は、前年度比+5.7%と、調査開始の2016年度以降では2022年度についで高い伸びとなり、2025年度計画も6月調査時点+4.6%と引き続き堅調さを維持するなど、我が国企業が付加価値の高い製品を開発すべく無形資産投資に注力している様子がうかがえる。一方、公的部門の投資を含む一国全体の非住宅総固定資本形成のうち、ソフトウェアやR&Dといった知的財産生産物投資が占めるシェアを他の主要先進国と比較すると、過去10年ほどで、米国やフランス、ドイツ、韓国といった多くの国において上昇しているが、この間、日本についてはイタリアと共に、むしろ知的財産投資比率がやや低下している(第1-1-24図)。このように、我が国の知的財産投資は増加しているものの、国際的にみれば、依然として拡大余地がある。こうした無形資産投資を促進することにより、資本投入や全要素生産性の向上につなげ、潜在成長率の引上げに努めることが重要である。

設備投資の先行きについて、日銀短観の2025年度設備投資計画34をみると、2025年6月調査時点で全規模全産業では前年度比+8.7%となり、過去2年の同時期に比べると低い水準になっているものの、2023年度、2024年度の設備投資の実績が、それぞれ前年度比+9.4%、+6.9%と高い伸びが続いた後でも、2025年度計画では更なる増加が見込まれており、全体として、企業の投資意欲は引き続き堅調さが維持されていると言える(第1-1-25図(1))。米国の関税政策の影響が懸念される自動車産業においても、同時点で前年度比+10.4%となり、引き続き旺盛な投資意欲がみられており、米国の関税政策による影響が顕在化しているわけではない(第1-1-25図(2))。

ただし、米国の関税措置については、先述したように、今後の製造業を中心とした企業収益の悪化を通じた設備投資の下押しの可能性があるほか、政策の動向やこれに伴う経済の先行きに係る不確実性・不透明感の高まりにより、企業が設備投資を手控える行動につながり得るという経路にも注意が必要である35。この点を確認するために、ここでは、Arbatli et al.(2022)に基づき、経済産業研究所が公表している「政策不確実性指数」36を企業にとっての将来の不確実性の代理指標として、その高まりが設備投資に与える影響について、VARモデルを用いて確認する。まず、政策不確実性指数の動向をみると、2025年1月の米国のトランプ大統領の就任を経て、2025年4月にかけて急速に高まった(付図1-2)。第1-1-26図で、インパルス応答関数の推計結果をみると、政策不確実性指数の上昇(不確実性の高まり)は、製造業、非製造業のいずれについても設備投資(ソフトウェアを除く有形固定資産投資)を有意に押し下げるが、その程度は製造業の方が大きいことが分かる。また、設備投資の変数として、GDP統計における実質機械投資37を用いた場合でも、政策不確実性指数の高まりは、2四半期後にかけて有意に機械投資を押し下げることが確認される。このように、先行きの不確実性の高まりは、製造業を中心に企業の設備投資の手控えにつながる可能性が示唆されるところであり、引き続き今後の動向には十分な注意が必要である。

(個人消費は、賃金など可処分所得の伸びに比べて緩やかなものにとどまる)

次に、家計部門の支出のうちGDPの過半を占める個人消費について、GDP統計により実質値の動向をみると、2024年4-6月期から2025年1-3月期にかけて4四半期連続で増加している。ただし、第1-1-27図のとおり、家計可処分所得が2024年以降、賃金上昇の効果や後述する各種支援策もあって水準が切り上がっているのに対し、個人消費の伸びは緩やかなものにとどまっている。この結果として、マクロ的な家計貯蓄率は、2024年以降は4%前後と、コロナ禍前を上回った水準で高止まった状況にある。ここで、実質個人消費について、実質家計可処分所得や実質家計金融純資産、高齢化要因等により説明する回帰式を推計し38、理論値と実績値の関係をみると(第1-1-28図)、2024年に入って以降の個人消費の動きは、実質可処分所得等の要素により説明される理論値に比べると、幾分弱く推移していることが分かる。

こうした個人消費の決定要因について、以下では、可処分所得や金融資産残高のほか、消費者マインドの動向について確認していく。まず、名目可処分所得について、構成要素別の寄与をみると、近年の力強い賃上げや堅調なボーナス、雇用者数の増加傾向を反映して、雇用者報酬が押上げに大きく寄与しているほか、2024年3月以降の政策金利の引上げによる預金金利の上昇や堅調な企業収益を反映した配当の増加もあって、2024年以降は財産所得(純受取)も可処分所得の押上げに寄与していることが確認される39。社会給付は、高齢化等による年金給付総額の増加に加え、2024年1-3月期を中心に、後述する定額減税と併せて実施された住民税非課税世帯への給付措置等が可処分所得の増加に寄与している一方、賃金所得の伸びを反映して、社会保険料負担(社会負担)が可処分所得の押下げ要因となっている。なお、所得税等の直接税については、賃金所得の増加や配当受取の増加、株式譲渡益の発生の影響を受ける中で、2024年4-6月期は、定額減税の効果により、税支払額が減少したことから、所得の増加要因となっていた(第1-1-29図)。こうした中、家計可処分所得は、家計最終消費支出デフレーターで除した実質値でみても、2024年1-3月期以降、前年同期比で増加が続いており、個人消費の下支えにつながっていると言える。

(金融純資産残高は、株式・投資信託を中心に、実質でみても増加傾向)

次に、金融資産の動向について確認する。まず名目の金融純資産残高(金融資産残高から負債を控除した金融資産負債差額)をみると、内外の株価の影響を受けて振れを伴いながら、コロナ禍前の2019年末から300兆円程度増加し、1,800兆円程度となっている(第1-1-30図(1))40。内訳をみると、コロナ禍が始まって以降、2022年頃にかけては現預金が大きく拡大した一方、2023年後半以降は、株式・投資信託・対外証券投資の増加が顕著となっている(第1-1-30図(2))。ここで、金融純資産残高について、家計最終消費支出デフレーターにより実質化すると、2021年以降の今回の物価上昇局面の中で、名目値に比べて増加幅は抑制されているものの、コロナ禍前のトレンドを幾分上回る傾向での増勢が続いてきたことが分かる(第1-1-30図(3))。ここで、現預金資産のみについて取り出してみると、名目値では引き続き増加傾向にあったものの、直近ではコロナ禍前のトレンドに回帰しつつあるほか、実質値では、物価上昇局面の中で、2021年後半以降、減少傾向に転じ、2025年3月末時点では、コロナ禍前の2019年末の水準に近づいている(第1-1-30図(4))。現預金については、物価上昇による目減りの影響を受けやすいのに対し、株式や投資信託等のリスク性資産は、物価上昇に対する耐性が相対的に強いことが反映されており、「貯蓄から投資へ」の促進が引き続き重要と言える。金融純資産残高の増加については、株式・投資信託を中心に、多くがキャピタルゲインによるものであるが、キャピタルゲインによらない取引フローの累積額をみると、現預金の増加が大きいものの、株式・投資信託等についても、規模は相対的に依然として小さいながら、2024年初以降の新NISA開始の効果もあって、2024年以降は増勢が強まっていることが確認される(第1-1-30図(5))。こうした金融資産への投資の増加やキャピタルゲインを背景に、実質金融純資産は増加傾向にあり、資産効果を通じて、マクロとしての個人消費の下支えに寄与していると言える。

(食料品等の物価上昇の継続が、消費者マインドを通じて、個人消費を下押し)

こうした可処分所得や金融純資産の動きに加えて、個人消費の動向に影響を及ぼしていると考えられる要因の一つが消費者マインドである。消費者マインドを示す指標である内閣府「消費動向調査」における消費者態度指数をみると、第1-1-31図(1)のとおり、2023年春以降は、新型コロナウイルスの5類感染症への移行もあって、上昇傾向が続いていたが、2024年夏以降は低下傾向にあった。2025年半ばにかけてやや回復しているが、2024年前半に比べると切り下がった状態にある。最近の消費者マインドの低下傾向の背景としては、主に、2024年秋頃以降、食料品など身近な品目の価格上昇が続く中で、家計の予想物価上昇率41が高まってきたことがある。実際、VARモデルにより予想物価上昇率の消費者マインドへの影響(インパルス応答関数)をみると、予想物価上昇率の上昇は短期的に1四半期後の消費者マインドを有意に押し下げることが確認されており(第1-1-31図(2))、予想物価上昇率の高まりが続いたことが、消費者マインドを継続的に押し下げてきたことが分かる。これに加えて、経済に関する不確実性の高まりも消費者マインドに影響を与え得る。ここでは、不確実性を示す指標として、前掲第1-1-26図と同様に政策不確実性指数を用い、VARモデルにより消費者マインドに係るインパルス応答関数を確認する。結果によると、予想物価上昇率と同様に、短期的に消費者マインドを有意に下押しする影響があることが示される(第1-1-31図(3))。米国による相互関税の発表がなされた2025年4月の消費者態度指数が一時的に急落した背景には、こうした不確実性の高まりも影響したとみられる。消費者マインドの低下は、翻って、個人消費を抑制する要因となる。消費者マインドから個人消費への影響をインパルス応答関数からみると、消費者マインドの低下は、先行き1年近くにわたって、統計的に有意に個人消費を押し下げるということが確認される(第1-1-31図(4))42

以上のように、2024年以降、雇用・所得環境の改善や、株式等のキャピタルゲインもあいまった金融純資産の増加は、個人消費を支える要因として作用しているものの、身近な品目の物価上昇の継続が予想物価上昇率を通じて、消費者マインドを下押しし、個人消費が、所得の伸び等に比べて力強さを欠く要因になっているものと考えられる43

(食料品消費は減少傾向が続き、より安価な商品・店舗での購入にシフトしている)

このほか、個人消費について、形態別の動向についても確認したい。まず、消費の8%程度を占める耐久財のうち、新車販売台数については、2024年初に、認証不正問題に伴う生産・出荷停止事案により大きく落ち込んだ後、その影響から回復し、振れを伴いながらも44緩やかな持ち直し傾向が続いている。家電販売については、2024年末頃以降、緩やかな増加傾向がみられる。携帯電話については、スマートフォンの新商品発売の効果もあって増加傾向にあるほか、パソコンについては、2025年秋にOSのサポートが終了することを控えた買替え需要や、2020年春のコロナ禍初期における巣ごもり需要による購入から5年が経過する中で更新需要のサイクルが生じているとみられる(第1-1-32図(1))。

非耐久財(消費の約3割)については、食料品の物価上昇率が高まる傾向が続く中で、名目消費は増加が続いている一方で、実質消費は減少傾向が続いている(第1-1-32図(2))。ここで、実質値の算出に用いられる消費者物価指数(固定基準)においては、品目別のウェイトとして、現行基準では2019年と2020年の平均値で固定されているとともに、食料品等の品目の価格には、「小売物価統計」で選定された代表的な銘柄の調査価格が用いられている。このため、消費者行動が、相対的により安価な品目へのシフト(例えば、牛肉・豚肉から鶏肉への代替45)や、同じ品目でもより低価格のブランドや、より低価格で商品を提供する店舗へのシフトといった変化が生じても、それが統計に反映されないという点に留意する必要がある。実際、「家計調査」から、家計が実際に購入した価格である購入単価とCPIの対応品目の動きを確認すると、2022年以降、総じて購入単価の伸びがCPIの伸びを下回っている46。直近年の2024年度について品目別にみると、米や牛肉、豚肉、キャベツやソース等の品目で購入単価の伸びがCPIの伸びを下回っており、節約行動が影響しているとみられる47第1-1-32図(3))。食料品の購入場所の代替という観点で、業態別に食料品売上高の推移をみると、2023年初以降、一貫してドラッグストアでの売上高の伸びがスーパーマーケット等の他の業態を上回って推移する傾向にある48第1-1-32図(4))。各種商品について、スーパーマーケットとドラッグストアの販売価格を比較した分析49によると、多くの品目において、概してドラッグストアの販売価格の方がスーパーマーケットよりも低く、こうした価格差が、消費行動の変化につながっていると言える(第1-1-32図(5))。

最後に、消費の過半を占めるサービスについて、旅行と外食の動向を確認する。旅行については、日本人延べ宿泊者数や、海外旅行者数(日本人出国者数)、交通機関利用状況をみると、総じて横ばい圏内で推移している(第1-1-33図(1)、(2)、付図1-3)。国内旅行については、インバウンド需要が引き続き堅調に推移する中で、宿泊代の上昇が顕著であり、日本人消費者の節約行動もあって、宿泊者数が下押しされているとみられる。海外旅行については、旅行者数は、コロナ禍後、徐々に回復しているものの、既往の為替レートの円安進行の中で、依然、コロナ禍前に比べ、3割程度低い水準にとどまっている。その中で、2025年の大型連休(ゴールデンウィーク)の国際空港利用者数をみると、外国人の入国者数が大幅に増加する一方で、日本人の出国者数も、前年比でやや増加し、海外旅行の回復傾向が継続していることが確認される。ただし、期間別の出国動向をみると、4月下旬の出国者数は前年比で減少する一方、5月初旬の出国者数は増加しており、旅行期間を短縮し、アジアなどより近隣諸国に旅行先をシフトさせている様子がうかがえる(第1-1-33図(3))。

外食について、「家計調査」から二人以上世帯の外食への名目支出金額をみると、緩やかな増加傾向にある(第1-1-33図(4))。名目支出金額を購入頻度(世帯平均の購入回数)と購入単価(1回当たりの支出金額)に分けると、外食の購入頻度は増加傾向にあり、2019年同期を大きく上回って推移している一方、購入単価は低迷している。ここで、購入頻度の変化は「購入世帯割合要因」と「購入世帯の購入回数要因」に、購入単価は「物価要因(CPI一般外食)」と「購入品目変更要因」に分解することができる。第1-1-33図(5))をみると、購入頻度については、購入世帯の割合は伸びていない一方で、購入世帯の購入回数は増加傾向にあることが分かる。また、購入単価については、CPIでみた物価は上昇傾向にある一方で、購入品目変更要因が押下げに寄与している。レジャーの対象として旅行を減らす代わりに、手近な場所での外食にシフトする人が増えている可能性や、食料品物価の高騰が続く中で内食・中食から外食に切り替えた結果、外食頻度が高まっていることが考えられる一方で、節約意識からより安価なメニューを選んだり、消費量を減らしたりしている可能性も考えられる50。このように、外食消費全体としては、食料品に比べ物価上昇が相対的に緩やかな中で、増加傾向が続いているが、米を始めとする原材料価格上昇の外食サービス価格への転嫁がみられており、客数等の増勢が鈍化する可能性については留意が必要である。

(住宅投資は、建築費の上昇・高止まりの中で、低水準で推移)

次に、住宅投資について、新設住宅着工戸数をみると、足元ではおおむね横ばい圏内での推移が続いている(第1-1-34図(1))。ただし、2025年3月は前月比で+35%と急増した後、同年4月は前月比▲42%と大きく減少し、5月も減少が続いたが、これは主に制度変更に伴う一時的な要因が影響している。具体的には、2025年4月施行の改正建築物省エネ法・建築基準法において、新たに着工される住宅の省エネ基準への対応について、それまで届出義務ないし説明義務であったものが、適合義務が課されることとなったこと等を見据え、貸家や持家(注文住宅)、分譲戸建(建売住宅)において駆け込みの着工が発生したとみられる。

形態別に住宅着工の動向をみると、持家や分譲戸建といった戸建住宅については、持家ニーズが相対的に小さい単身世帯の増加や、ニーズが相対的に大きい夫婦とこども世帯の減少等といった世帯構成の変化の中で、長い目でみて、その需要は緩やかな減少傾向にある。こうした中、建築コストの上昇・高止まりが続いていることもあって、戸建住宅の着工は基調として低水準で推移している(第1-1-34図(2)、(3))。住宅ローン金利についてみると、長期金利(新発10年債利回り)に連動する固定金利(10年)や、政策金利(無担保コールレート(オーバーナイト物))に影響を受ける短期プライムレートが参照される変動金利は、いずれも上昇している(第1-1-34図(4))。この中で、日本銀行「主要銀行貸出動向アンケート調査」における個人向け住宅ローンの資金需要判断DIをみると、個人の住宅資金借入需要はやや減少傾向にあるものの、総じて横ばい圏内となっており、現時点で大きな変調はみられていない(第1-1-34図(5))。ただし、物価上昇による消費者マインドの下押しもあいまって、今後、住宅購入需要を下振れさせる可能性には留意が必要である。

共同分譲住宅(マンション等)については、同様に、建築コストの高止まり等による価格上昇に加えて、マンションに適した大規模土地取得が近年容易でないという事情もあって、先行指標である大規模土地取引面積をならしてみると、緩やかな減少傾向にある。着工戸数は振れを伴いながら、トレンドとしてはおおむね土地取引面積と整合的に推移しており、今後、緩やかな減少傾向をたどることが予想される(付図1-4)。なお、マンション価格については、特に東京都において、建築費や地価に比して、近年高騰が続いており、需要面からみると、コロナ禍では減少していた都区部の人口が、外国人を中心に増加していることも影響しているとみられる(付図1-4)。

貸家については、月々の振れが大きいが、法人(不動産会社やREIT)による建設は底堅い一方、個人による建設は総じて低調に推移している。住宅取得価格の高騰により、貸家に対する需要は相対的に堅調とみられる一方、着工戸数の低水準での推移が続いている背景には、東京都区部を中心に賃料は上昇傾向にあるものの、全体の傾向として、建築費の高止まりや調達金利の上昇により、賃貸利回りの上昇が限定的であることに加え、東京都区部を中心に、宿泊施設や共同分譲住宅向けとの競合から用地取得が困難になっている点もあると考えられる。

(世帯構成変化で新築住宅需要が減少していく中、中古住宅市場の更なる活性化が重要)

次に、新設着工以外の住宅投資の動向について確認する。GDPの住宅投資には、新設着工に伴う投資額のほか、既存住宅の耐用年数の延伸など機能向上につながるリフォーム投資や、所有権移転費用として中古住宅の売買に伴う仲介手数料51が含まれる。リフォームは住宅投資の1割強、仲介手数料は1割台半ばと、合わせて住宅投資の4分の1程度を占めている。中古住宅売買手数料に関して、中古住宅の販売量52をみると、建築費上昇・高止まりもあって住宅価格の上昇傾向が続く中で、新築の着工戸数が低水準で推移しているのに対し、価格面での相対的な優位性から、振れはありながらも、戸建・マンション共に増加傾向にある(第1-1-35図(1))。一方、住宅リフォームについて、リフォーム受注高をみると、省エネリフォームへの各種補助金の効果もあって、振れを伴いながらも底堅く推移している。一方、名目受注額を、住宅リフォーム価格に対応する消費者物価指数の「設備修繕・維持」53で除した実質値をみると、人件費を含む工事費の上昇継続により、横ばいから緩やかな減少傾向となっている(第1-1-35図(2))。人口減少や単身世帯の増加など人口・世帯構造が変化する中で、新設住宅着工戸数は長期的には減少傾向で推移することが見込まれる一方、住宅ストック戸数は世帯数を上回る状況が続いており、今後は、リフォームの促進を含め、中古住宅取引市場の活性化を進め、豊かなストックを有効活用していくことが一層重要となる54

コラム1-2 住宅ローン金利上昇の家計への影響

本論で確認したように、住宅ローン金利は、固定金利・変動金利共に上昇している。住宅ローンについては、2023年度時点において、新規貸出の8割超、既往貸付の7割が変動型となっている(コラム1-2図(1))。新規の住宅借入需要については、本論でみたように、現時点において、金融機関からみた個人の借入資金需要は横ばい傾向であり大きな変調はみられない一方、既に住宅ローンが存在する世帯において、変動金利の上昇は、返済利払費の増加を通じて家計に影響を与え得る。

この点について、まず「家計調査」から二人以上世帯の金融資産・負債の構造について確認すると(コラム1-2図(2))、二人以上世帯の平均的な姿としては、預貯金等の金融資産が、住宅ローン等の負債を大きく上回っており、金利上昇は、預金金利の上昇による利子収入の増加という正の効果が相応に存在すると考えられる。一方、二人以上世帯の2割強を占める住宅ローン保有世帯に着目すると、預貯金等の金融資産を住宅ローン等の負債が上回ることから、変動金利の上昇は、預金金利の上昇による資産増加の効果を上回り家計の負担増となり得る。低金利環境が長期に続いてきた下で、住宅ローン負債残高は、近年にかけて徐々に拡大しており、変動金利上昇による負担増の潜在的な影響も以前より高まっている。住宅ローン保有世帯(二人以上勤労世帯)について、世帯主年齢別にみると、可処分所得に占める住宅ローン返済負担のシェア(Debt Service RatioDSR)は、平均で15.3%に対し、20代で22.0%、30代で16.4%と世帯主年齢が若い世帯で高い(コラム1-2図(3))。こうした年齢層の住宅ローン保有世帯は、二人以上勤労世帯の5%程度ではあるが、今後の動向には留意する必要がある。

ただし、変動金利上昇に伴う住宅ローン返済世帯の負担増という点に関しては、変動金利型住宅ローンには、適用金利が上昇した場合、月々の支払額を抑制するために、激変緩和措置(具体的には、適用金利が変動しても5年間は返済額が一定で据え置かれる「5年ルール」や、適用金利が変動して5年経過後の返済額は前5年の返済額の125%が上限になるという「125%ルール」)が契約上盛り込まれている場合も多く、変動金利が上昇したとしても、必ずしも直ちに返済額が増加するわけではないと考えられる。

このように、住宅ローン金利上昇の家計への影響は、現時点では特段大きなものとは言えないが、物価上昇が賃金の伸びを上回る状況が続けば、消費者マインドの下振れとあいまって、住宅購入や消費支出を下押しする可能性に十分留意が必要である。

(輸入は、内需の緩やかな回復に伴い、持ち直しの傾向が続く)

最後に、国内需要に関連して、輸入の動向を確認する。輸出と同様、GDPベースの輸入は、現在、財が4分の3程度、サービスが4分の1程度と、サービスのシェアが徐々に拡大している(第1-1-36図(1))。まず、財輸入をみると、内需の緩やかな回復に伴い、5割弱を占めるアジアからの輸入を中心に、総じて持ち直しの動きが続いている(第1-1-36図(2))。アジアからの輸入55は、約5割を占める機械機器について、中国やASEAN等からの携帯電話(スマートフォン)やPCを含む電算機類(周辺機器を含む。)56が堅調に推移しており、個人消費における家電販売と整合的な動きを示している(第1-1-36図(3))。また、自動車生産に用いられ、ASEANからの輸入が多い絶縁電線・絶縁ケーブルは、2024年初の一部自動車メーカーの認証不正問題に伴う自動車の生産・出荷停止の影響からの回復傾向が続いてきた。このほか、半導体等製造装置については、2024年末から2025年初にかけてEU、米国、アジア各地域からの輸入が大きく増加したが、これは設備投資の項で議論したとおり、国内の先端半導体工場における半導体製造設備の搬入が進んだことに起因している(第1-1-36図(4))。また、サービスの輸入については、振れを伴いながらも、国内企業によるDX等を反映して、クラウドサービス利用料を含む通信・コンピューター・情報サービスや、動画配信・OSのライセンス料を含む著作権等使用料等のデジタル関連サービスを中心に増加基調が続いている(付図1-6)。こうしたデジタル関連サービスの輸出入のより詳細な分析は第3章第1節において行う。

(自律的かつ持続的な経済成長の実現のためには潜在成長率の引上げが重要)

以上のように、2025年7月時点で利用可能な実体経済に係るマクロ経済的な統計データを踏まえる限りにおいては、米国の関税措置後の状況として、自動車産業における2025年度の経常利益計画の下方修正が相対的に大きいことなど収益圧迫要因がみられている点には十分注意が必要であるが、総じてみれば、マクロ経済として大きな変調がみられる状況には至っていない。引き続き、国内外の統計等を幅広く分析し、高い緊張感をもって経済動向を注視する必要がある。このように、外的要因による景気の下振れリスクが懸念される中、GDPの4分の3を占める国内民間最終需要の着実な回復が何よりも重要である。この点、物価上昇の継続が、消費者マインド等を通じて、個人消費を下押しするリスクには注意が必要であり、これを乗り越えるためには、「賃上げこそが成長戦略の要」との認識の下、2%の安定的な物価上昇を実現するとともに、これを持続的に上回る賃金上昇という姿を定着させ、国民の所得と経済全体の生産性を向上させることが重要である。

その表裏一体の課題として、人手不足が供給面での制約要因となる中で、自律的かつ持続的な経済成長を実現すべく、経済の供給力の底上げ、すなわち潜在成長率の引上げに努めることが引き続き重要な課題である。潜在成長率は、推計方法によって幅があることに留意が必要であるが、我が国においては、依然、直近で0%台半ばと主要先進国の中で最も低い水準にとどまっている(第1-1-37図)。内訳をみると、人口が減少する中にあっても、2010年代前半以降、女性や高齢者の労働参加が進み、就業者数要因は押上げに寄与している一方で、長期的な総実労働時間の縮減の取組や、高齢雇用者の短時間での就業の増加等により、労働時間要因は傾向的に下押しに働いている。また、長年にわたる企業部門のコストカットの結果、収益の増加に比して、将来の成長のために必要な投資が抑制されてきたため、資本投入の寄与が縮小し、先進各国の中でも極めて低い水準にある。全要素生産性(TFP)上昇率については、先進各国と比べて遜色ない水準にあるものの、過去に比べれば低下している状況にある。こうした潜在成長率の引上げに向けては、労働、資本、全要素生産性の各側面からの対応が必要であり、①女性や高齢者をはじめ人々の就業意欲を後押しする取組や、②人手不足の中で存在する労働需給のミスマッチを縮小すべく、労働の円滑な移動を後押しする取組、③国内設備投資の拡大や研究開発等の無形資産投資の促進によって、資本ストックの蓄積を図るとともに、新しい価値の創造を通じて、全要素生産性を高める取組が不可欠である。


1 このほか、2024年7-9月期には、南海トラフ地震臨時情報の発表や台風の日本列島への接近・上陸に伴い、防災関連の食料品等(非耐久財)の備蓄需要が発生するといった影響もみられた。ただし、この影響は、2024年10-12月期にはく落している。
2 民間の住宅投資は、後述するように2025年4月の改正建築物省エネ法・建築基準法の施行前の着工の駆け込みもあって2025年1-3月期は増加した。
3 米国商務省経済分析局(BEA)が作成するGDP統計(National Income and Product Accounts)では、“Final Sales to Private Domestic Purchasers”として、個人消費、設備投資、住宅投資を合算した指標が公表されている。国内民間最終需要は、内閣府「国民経済計算」の手法に倣い、単純な合計ではなく、連鎖実質値として統合している。詳細は付注1-1を参照。
4 なお、景気基準日付(景気の山・谷)は、景気動向指数研究会における議論を踏まえて内閣府経済社会総合研究所長が事後的に設定している。
5 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)も参照。
6 なお、回復から15四半期目に当たる2024年1-3月期は、一部自動車メーカーの認証不正問題に伴う生産停止事案が影響して落ち込んだ。
7 対象とする分野や、連鎖実質値の合成方法については、付注1-1を参照。
8 「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」(平成25年1月22日内閣府、財務省、日本銀行)においては「日本銀行は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする。」とされている。
9 鉄鋼・アルミニウム製品については、税率の変更に加え、対象範囲の拡充も随時行われており、2025年4月2日には、ビールと空のアルミニウム缶が、同年6月16日には、冷蔵庫や洗濯機等の白物家電がそれぞれ対象範囲に加えられている。
10 くわえて、2025年7月9日には、同年8月1日より銅・銅製品に50%の追加関税を課す旨が表明された。
11 相互関税の対象に含まれない品目としては、鉄鋼・アルミニウム製品、自動車・同部品のほか、銅、医薬品、半導体(集積回路のほか、スマートフォン、パソコン・同部品、半導体製造装置、フラットパネルディスプレイ等を含む。)、木材製品、金地金、エネルギー、米国では産出しない鉱物等がある。
12 このほか、米国は、5月8日(米国時間。以下同じ)に英国、7月2日にベトナム、7月15日にインドネシア、7月22日にフィリピンとそれぞれ合意を交わしたほか、中国との間では、5月12日に、相互に関税率を引き下げる内容の共同声明が発表されている。
13 米国の貿易統計では、日本のHSコードに対応するHTSコードが最大10桁と詳細であり(日本は最大9桁)、HSコードは各国で6桁レベルでは共通しているものの、より詳細な桁レベルでは、各国によって対応する品目が異なる。米国では関税措置の発動に際して、官報で対象品目のHTSコードが明らかにされており、ここでは米国の貿易統計(2024年値)を基に、追加関税対象品目について、日本からの対米輸出全体に占めるシェアを算出した(米国の輸入額をベースとするため保険料・運賃を含むCIF価格であることに留意)。なお、ここでは、2025年7月1日までに判明している情報に基づき算出している。このため、相互関税が適用される範囲について、7月23日の日米間の合意の結果を反映したものとはなっていない点に留意が必要である。
14 相互関税については、米国が別途経済制裁をとっているキューバ、北朝鮮、ロシア、ベラルーシには課されていない。
15 関税引上げにより輸入価格が上昇する一方、国内販売価格の引上げが難しい場合、企業収益を通じて、雇用・賃金・消費や設備投資に影響し得る。
16 ただし、2017年~2021年の第一次トランプ政権時など過去とは異なり、近年においては、設備投資を底堅く支え得る構造的な要素も存在する。例えば、世界的に、経済のデジタル化が大きく進展する中で、企業部門においてAI関連投資や無形資産投資の重要性が増しているほか、経済安全保障の観点から、半導体等の戦略技術分野における国内生産体制を強化する流れが定着していることは、設備投資を下支えする要因と言える。また、日本国内の構造的要因として、歴史的な高水準にある人手不足感に対応するため、企業において引き続き、省力化・デジタル投資へのニーズが旺盛であることも設備投資を支えると考えられる。
17 このほか、後述するように、海外に展開している現地法人の収益等への影響を含めサプライチェーンを通じた影響があり得ることにも留意が必要である。
18 個別品目関税の対象となる鉄鋼・アルミニウムの派生品について、日本の貿易統計から網羅的に動向を把握することは難しいが、例えば、航空機の部分品等については、2025年5月時点では対米輸出の数量・金額共に特段の変調はみられていない。
19 米国の関税措置の影響は、特定の産業・地域に現れると考えられ、その観点から、米国向け輸出金額の地域ブロック別のシェアをみると、関東・東海・近畿地方で約9割となっている一方、自動車については輸出金額・台数共に、東海・関東・中国地方で約9割を占めている。自動車の米国向け輸出台数の推移をみると、各地域で振れはあるものの、特段の変調はみられていない(付図1-1)。
20 「輸出物価指数」において、乗用車は、調査銘柄(車種)をあらかじめ指定し、販売先等、取引条件を固定し、その輸出価格を調査するとともに品質調整を行っている。これに対し、「貿易統計」から輸出金額/輸出台数として計算される輸出単価は、品質変化分を含むほか、その月に輸出された車種の構成が変化することによって、例えば、単価が低い車種がより多く輸出されれば、平均単価が低下するなどの影響を受ける。輸出物価指数において、契約通貨建てで価格が低下している点は、品質向上を除けば、輸出している乗用車の価格が低下していることを意味していると言える。
21 推計方法等については、内閣府(2024)第1章を参照。ここで、グローバルな生産指数としてはOECDの工業生産を用いている。
22 北米自由貿易協定(NAFTA)を基に、自動車産業や農産物など、貿易の円滑化を目的として、包括的なルールを定めた枠組みで2020年に発効した協定。自動車産業では、USMCA域内における関税ゼロの条件として、域内原産地比率をそれまでの62.5%から75%に引き上げることなどが盛り込まれている。
23 帝国データバンク(2025)によれば、2025年3月時点でメキシコに進出している日本企業は746社で、そのうち部品メーカーなど自動車産業に属する企業が65%(487社)を占めている。
24 例えば、近年では、2023年10月に、国内医薬品メーカーと海外医薬品メーカーの提携により産業財産権等使用料の受取が増加したほか、2024年11月には、国内医薬品メーカーにおいて研究開発サービスの受取が一時的に大きく増加した等の事例がみられる。
25 「サービス輸出(名目・実質の推移)」の推計方法等については、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)第1章を参照。また、我が国のサービス貿易の構造については、第3章で詳しく論じることとする。
26 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)では、訪日外客数を各国通貨の対円での実質為替レートや各国の実質GDP等で説明する回帰式を推計し、為替レートについては、総じてみれば、各国通貨の対円での実質増価がインバウンドを有意に押し上げる中で、国・地域によっては有意な影響がない一方、各国の所得(実質GDP)については、各国・地域の日本への旅行需要に対して有意にプラスの影響を与えることを分析している。
27 自動車の生産は、各種の特殊要因の影響を受けており、例えば、2025年3月の主力部品工場の爆発事故に伴う生産停止や、2025年5月等における車種のモデルチェンジに伴う生産停止等の影響も受けている。
28 経常利益については、2025年1-3月期は、非製造業では前期比増益となった一方、製造業で前期比減益となったが、これは外貨建て資産の評価替えにより、為替差損が営業外費用として計上されたことによる。経常利益については、一般的に、各期末時点の為替レートの動向によって、こうした外貨建て資産の評価替えに伴う為替差益が営業外損益に反映され、大きく変動する場合がある。
29 新型コロナウイルス感染症の影響によって業績が悪化した中小企業・個人事業主を対象に、政府系金融機関や民間金融機関を通じて、信用保証によって無担保としつつ、利子補給を組み合わせることにより、その融資を実質無利子・無担保とすることができる制度(据置期間は最大5年、利子補給は当初3年間)。民間金融機関を通じた融資は2021年3月末、政府系金融機関の融資は 2022 年9月末にそれぞれ申請期限を迎えた。
30 中小企業基盤整備機構の「中小企業景況調査」における資金繰りDIでも、2025年4-6月期時点で、同様に横ばい圏内の動きとなっている。
31 景気循環(景気基準日付)との関係では、①についてはリーマンショックに先立つ2008年2月を景気の山とする景気後退局面の中、②については、2018年10月を山とする景気後退局面の中であるのに対し、③については、3か月後の2018年10月に景気の山を迎えている。
32 本報告における民間職業紹介の求人等は、インターネット上の100以上の媒体における求人広告をスクレイピングしたデータであるHRog賃金Nowにおける求人数等を指し、職業安定法(昭和22年法律第141号)上の職業紹介とは一致しない。
33 入職経路として、ハローワークの割合が低下し、求人広告を含む民間職業紹介等を通じた経路の割合が増加している点、さらに短時間就労の新たなサービスとしてスポットワークの成長が著しい点については、第2章第3節で議論する。
34 金融機関、持株会社等を除く全産業、ソフトウェア・研究開発を含み、土地投資は除くベース。
35 設備投資は一般に個別性が高く、一旦投資を行うと、売却・処分時に価値が大きく低下する可能性があるという意味で「不可逆性」があるとされる。将来の不確実性が高い状況では、その時点で投資を実行するよりも、投資の実行を先送りする方が期待収益が高くなるため、理論上、不確実性が高い状況では、投資に下押し圧力がかかる可能性がある。
36 新聞記事のうち、「経済」、「景気」、「税制」、「日本銀行」、「不透明」などといった単語が含まれる記事件数を基に、政策を巡る不確実性や政策との関わりで高まる経済の先行き不透明性を定量化した指数。
37 「四半期別GDP速報」における形態別総資本形成のうち「その他の機械設備等」の実質値を使用。民間企業分の投資のほか、公的部門の投資分を含む。将来の不確実性が、企業の生産設備への投資に与える影響をみる観点から同内訳を使用した(「その他の建物・構築物」は公共事業分を多く含むことからも使用していない)。なお、「その他の機械設備等」に「輸送用機械」を合算した場合でもほぼ同様の結果となった。
38 内閣府(2024)等では、コロナ禍前の2019年までの個人消費と可処分所得等との長期均衡式を推計し、回帰式から得られる理論値と実績値の比較を行っているが、新型コロナウイルス感染症の5類感染症への移行から約2年が経過したことも踏まえ、コロナ禍期間にダミーを設定した上で長期均衡式を再推計したことから、内閣府(2024)とは理論値の結果が異なる。推計方法の詳細は付注1-3を参照。
39 国民経済計算の財産所得のうち、利子については、FISIM(間接的に計測される金融仲介サービス)調整後の値となっている。家計の受取利子について言うと、FISIM調整前の利子は、預金残高と預金金利の積により求められる一方、FISIM調整後の利子は、貸出金利と預金金利の加重平均の姿である参照利子率と預金残高の積により求められる。FISIM調整前後の受取利子の差額は、FISIMとして、金融機関の産出するサービスを家計が消費しているという位置づけとなる。このため、第1-1-29図の財産所得(純受取)の近年の増加は、金利の面では、一義的には参照利子率の上昇を反映しているが、預金金利も着実に上昇しており、FISIM調整前で評価しても、財産所得(純受取)の増加が可処分所得の増加に一定の寄与をしているものと考えられる。
40 ここでは、日本銀行「資金循環統計」の計数について、季節性をならすため、後方4四半期移動平均値を用いている。
41 家計の予想物価上昇率は、内閣府「消費動向調査」における「日ごろよく購入する品目の価格について、1年後どの程度になると思いますか」との問いに対する回答結果から計算。食料品などの購入頻度が高い品目の価格動向の影響を受けると考えられる。第2章第1節の議論も参照。
42 消費者マインドに関するVAR分析については、小林(2025)を参照。
43 第2章第1節では、内閣府が独自に行った調査に基づきながら、平均消費性向が低下傾向にある背景として、物価上昇による消費者マインドへの影響のほか、所得増加の背景の違い(恒常的なものか一時的なものか)や老後など将来不安の影響等を含めてより広範に議論する。
44 認証不正問題による出荷停止後も、これを受け改正された法規への一部メーカー車種の対応の遅れや、自動車部品工場での爆発事故の影響で一部メーカーの生産が一時停止したことなどにより新車販売台数には振れがみられる。
45 肉類の間での消費の代替については令和7年6月の月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料を参照。
46 小林(2025)等
47 このほか、自動車や旅行、外食といった分野での消費者の節約行動の状況については小林(2025)を参照。
48 ドラッグストアにおける食料品の売上高は2024年で2.9兆円。これに対し、スーパーマーケットにおける食料品の売上高は12.9兆円、コンビニは8.2兆円、百貨店は1.6兆円となっている。
49 総務省「小売物価統計調査関連分析」による。
50 小林(2025)を参照。
51 中古住宅の取得は、新築時に付加価値の増加として投資に計上されるため、改めてGDPに計上されることはない。一方、仲介手数料は、中古住宅に係るものであっても、資産の取得処分に伴って発生した所有権移転費用であり、国民経済計算の国際基準において、企業会計と整合的に、投資の一部として計上されることとなっている。
52 ここでは、国土交通省「既存住宅販売量指数」を参照している。既存住宅販売量は、建物の売買を原因とした所有権移転登記個数のうち、個人取得の住宅で新築を除いたものを指数化したものとなっており(ただし別荘、投資用物件等を含む。)、2024年において戸建住宅約17.0万件、マンション約17.1万件(計約34.1万件)となっている。なお、新設住宅着工戸数は、2024年で約79.2万戸。
53 システムキッチンやシステムバス、給湯器といった設備や、外壁塗装費や大工手間代などを含む。国土交通省「建設工事費デフレーター」の建築補修と同様の動きであるが、建設工事費デフレーターと異なり、消費者物価指数の「設備維持・修繕」は、コストの積上げでなく、設備や工事代の取引価格を把握している点や、厚生労働省「毎月勤労統計調査」の現金給与総額を用いている建設工事費デフレーターと異なり、振れが少ない点を考慮し、これを採用している。
54 詳細な議論は、内閣府(2024)第3章第2節を参照。
55 アジアからの輸入について、ここで言及しているもののほか、2024年以降の特徴として、①機械類のうち自動車について、日本メーカーによるインドにおける現地生産車の輸入の増加や、②2024年夏以降の天候不順の影響により価格が高騰したキャベツ等の野菜の輸入が急増した、といった点がある(付図1-5
56 電算機類(含む周辺機器)には、PCやタブレット、処理装置、記憶装置のほか、ディスプレイ・モニターが含まれる。近年は、小売店舗で価格情報を表示する電子棚札を含むモニター類のASEANからの輸入が増加しており、これがアジアからの電算機類の持ち直しにも寄与している。こうしたモニター類の増加は、小売業における人手不足対応の省力化投資の一環と考えられる。
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