第3章 ストックの力で豊かさを感じられる経済社会へ 第1節

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第1節 家計の金融資産投資構造の現状と課題

家計の金融資産は、欧米諸国と比べると、相対的にリターンの低い現預金に偏在しており、極めて低い金利環境が続いてきた中にあって、金融資産から得られる財産所得の低迷をもたらし、それが高齢期に向けた資産形成の停滞にもつながってきた。また、家計金融資産が現預金に偏在していることは、家計から企業へのリスクマネーの供給が限定的ということでもあり、企業の成長に向けた投資の制約要因にもなり、その結果、企業価値の向上を通じた配当やキャピタルゲインの形での家計所得や資産の向上という循環も機能し難い面があった。一方、NISAの抜本的拡充・恒久化も機に、こうした家計の金融資産への投資行動にも変化の兆しがみられている。本節では、ストックの力を活用した豊かな経済の実現という観点から、家計部門の保有する金融資産について、年齢別・資産構成別の特徴を確認するとともに、「貯蓄から投資」への流れをより推し進めていくための課題について整理する。

1 我が国家計における金融資産保有状況の特徴

ここでは、我が国家計における金融資産の保有状況を、マクロ統計等から確認しつつ、その特徴についてアメリカとの比較を行う。その上で、年齢別の金融資産保有状況を確認し、高齢期に金融資産が偏在している状況やその背景・課題について整理する。

(家計部門の金融資産は、流動性選好が高まる中で、現金・預金を中心に増加)

まず、マクロ統計である日本銀行「資金循環統計」により、我が国家計部門(個人企業を含む)の金融資産残高の長期的な動向をみると(第3-1-1図(1))、2000年代前半の1,400兆円程度から、2007年半ばにかけて1,600兆円台半ばまで緩やかに増加した後、世界金融危機等の影響によって若干水準を切り下げ、2012年半ばまでは1,500兆円台で推移していた。その後、2013年以降は再び緩やかな増加トレンドで推移し、2024年3月末時点では約2,200兆円まで拡大している。この間、負債残高については、2012年まで減少傾向にあった後、2013年以降は、本章第2節でみるように住宅ローン残高を中心に増加に転じているが、2024年3月末時点で約390兆円にとどまる。その結果、家計の純金融資産(金融資産・負債差額)は1,800兆円強まで拡大している。

こうした家計金融資産の動向を資産種類別にみると(第3-1-1図(2))、過去20年程度の間、現金・預金が一貫して増加傾向である点が特徴として際立っている。第1章第1節でもみたように、2020年には、コロナ禍における特別定額給付金の支給等により可処分所得が増加する一方で、外出自粛等によって消費が抑制され、その結果、現金・預金がそれまでのトレンドを上回って増加したが、コロナ禍後においてもその取崩しは全体として緩慢である。2000年3月末時点との対比で金融資産の伸び率と資産種類別の寄与度をみると(第3-1-1図(3))、2024年3月末までに金融資産全体は約57%増加しているが、うち現金・預金の寄与度は約27%と、金融資産全体の増加の5割弱を占めている。さらに、現金・預金の内訳をみると(第3-1-1図(4))、かつては最も多く保有されていた定期性預金が減少する一方で、流動性預金が顕著に増加しており、また、現金も緩やかながら増加傾向で推移している。過去四半世紀にわたり、極めて低い金利水準が続いたこともあり、家計の流動性選好が高まってきた様子がうかがえる。現金・預金以外の資産については、株式等が金融資本市場における値動きを反映して変動しつつも、2010年代半ば以降は増加傾向で推移しているほか、保険・年金等や投資信託も緩やかながら増加傾向となっている。特に、株式等については、2000年3月対比でみた金融資産全体の伸び率に対する寄与度が、2023年から2024年にかけて大きく高まっており、34年ぶりに既往最高値を更新するなど大きく上昇した株価が、家計の金融資産残高に与えた影響の大きさを物語っている。

(アメリカの家計では、株式等のリスク性資産を中心に、幅広い資産が増加)

次に、国際比較の観点から、アメリカにおける家計部門の金融資産の動向を確認してみよう。金融資産全体が長期的に増加傾向で推移しているのは日本と同様であるが、2000年代初頭には30兆ドル台半ばであったものが、2024年3月末時点では122兆ドルを超えており、約3.5倍と、この間の日本の家計部門における金融資産の約1.6倍をはるかに上回るペースで増加している(第3-1-2図(1))。この間、負債も緩やかな増加傾向で推移しているが、2024年3月末時点で20兆ドル強にとどまっており、その結果、純金融資産は102兆ドル程度まで拡大している。

金融資産について資産種類別に内訳をみると、株式等、保険・年金等、投資信託、現金・預金と幅広い資産で増加している(第3-1-2図(2))。2000年3月末対比で金融資産の伸び率と資産別の寄与度をみると、2024年3月末時点で金融資産は246%増加しているが、そのうち株式等の寄与が103%と4割強を占め、次いで保険・年金等が62%、現金・預金が31%、投資信託が33%となっている(第3-1-2図(3))。現金・預金も相応に増加しているものの、全体の伸びをけん引しているのが株式等をはじめとするリスク性の資産である点が特徴的である。なお、現金・預金については、日本と同様、アメリカでもコロナ禍で伸びが高まったが、2021年半ば以降は超過貯蓄の取崩しが進んだことで、既におおむねコロナ禍前の増加トレンドに回帰している点が日本とは異なる。

(日本の家計における金融資産の運用は、アメリカに比べリスク回避的)

ここで、日本とアメリカの家計における金融資産の資産別構成比を確認すると、違いは一層明らかである(第3-1-3図)。日本では、現金・預金の割合が5割を上回っており、株式等や投資信託などリスク性資産の占める割合は、株価上昇を受けた2024年3月末時点でも2割程度と限定的である。一方のアメリカでは、日本とは逆に、株式等と投資信託の合計で5割程度、現金・預金が1割程度となっている。なお、保険・年金については、日本とアメリカともに3割程度と大きな差異はみられない。また、こうした家計金融資産の構成について、1980年以降の時系列の推移をみると4、例えば、日本ではバブル期の1990年に株式等のシェアが2割を超えていたなど、時期によっては株価の変動を受けて割合がやや変動するものの、日本では現金・預金が半分程度を占め、アメリカではリスク性資産が35%~50%程度を占めるという構造には、過去40年超の長期にわたって、大きな変化がみられない。

次に、年齢階級別にみると、日本とアメリカの家計の資産構成にどのような特徴と違いがみられるであろうか。この点を確認するため、日本については、5年に一度行われる総務省「全国家計構造調査」の2019年調査の結果を、アメリカについては、FRBの“Distributional Financial Accounts”における2023年のデータを用いて、家計金融資産の保有状況を年齢階級別にみていこう5。ここで、年齢階級については、アメリカのデータ区分に基づき、40歳未満、40-54歳、55-69歳、70歳以上の15歳階級別としている。

まず、世帯主の年齢階級別に金融資産の保有割合をみると(第3-1-4図(1))、日本とアメリカのいずれにおいても、現役世代の大宗を占める40歳未満及び40-54歳の割合は3割弱にとどまり、逆に、55歳以上のより高年齢の層が金融資産全体の7割以上を保有している。なお、70歳以上の層が保有する資産の割合は、日本では4割近くであるのに対し、アメリカは3割程度であり、日本の方が、高齢化率の高さも反映して、高齢層がより多くの金融資産を保有する姿となっている。

次に、各年齢階級別に金融資産の種類別構成をみると(第3-1-4図(2))、日本では、いずれの年齢階級においても預金の割合が6割から7割と顕著に高くなっており、株式、投資信託、債券といった有価証券が占める割合は1割強にとどまる。一方、アメリカでは、預金は1割から2割程度であり、株式を中心に有価証券が3割から5割程度と大きな割合を占めている。また、アメリカでは年金の割合も相応に高いが6、これは個人年金制度であるIRA(Individual Retirement Account)や401(k)プランなどの確定拠出型企業年金制度を通じて保有する資産である。金融庁(2023)によると、401(k)プランの運用資産に占めるミューチュアル・ファンド7の割合は8割超となっており、これらの資産も株式や投資信託と同様にリスク性資産としての性格が強い。

このように、いずれの年齢階級においても、日本の家計では金融資産の大宗を預金が占め、アメリカではリスク性資産が大宗を占めるという構造が確認できる。すなわち、日本の家計は、アメリカに比べて、年齢を問わず全体的にリスク回避的な金融資産の運用を行っていると言える。

(蓄積された金融資産が、老後の経済活動に使われる程度は限定的)

次に、日本の家計の年齢階級別の金融資産保有状況について、より詳細に確認しておく。ここでは、「全国家計構造調査」の調査票情報を独自に集計したデータを用いて、世帯主年齢で5歳階級別にみていく。

世帯当たりの金融資産額の平均値を年齢別にみると(第3-1-5図(1))、第一に、60-64歳までは右肩上がりに増加している。家計は、所得のうち一定程度を資産形成に充てるため、労働所得がある現役世代の間は資産蓄積が進む姿が示されている。55-59歳と60-64歳の間でやや大きめに増加しているのは、退職一時金による影響と考えられる。第二に、資産保有額のピークは60-64歳であるが、その後については、年齢が高まっても、資産額は大きくは減少しない。60-64歳の平均保有資産は1,800万円強、85歳以上では1,500万円強であり、その間の資産低下は1割台半ば程度にとどまっている。年齢階級別の金融資産保有額のプロファイルを、平均値ではなく中央値で評価した場合には、資産保有額の水準が全体的に低下するものの、60-64歳までは年齢が上がるごとに資産が増加し、以降は年齢が上がっても資産の取崩しがほとんど進まないという点は、平均値でみた場合と共通である8

ここで、生まれ年(コーホート)別に、金融資産の保有額の年齢別プロファイルも確認しておこう。ここでは、総務省「全国家計構造調査」及びその前身である「全国消費実態調査」について、1984年調査から2019年調査まで、過去8回分のデータを集計した9。結果をみると(第3-1-5図(2))、第一に、出生年が後になるほど、若い年齢のうちから資産形成を行っている。この背景には、戦後以降の経済成長を経て所得水準が高まったことで若いうちから貯蓄を行うことが可能となったことや、核家族化の進展等も背景に、老後への備えを自ら行うという意識が強くなってきたことなどが考えられる。一方で、資産保有額については、各折線の終点である直近の2019年調査時点を除けば10、50代以降、出生コーホート別に大きな違いはみられず、一定の額に向けて資産形成が行われている様子がうかがえる。

次に、資産種類別の内訳をみると(第3-1-5図(3))、60-64歳から85歳以上までの間で大きく減少しているのは生命保険のみであり、これは保険契約の満期の到来による保険金の解約等によるものであると考えられる。一方、金融資産の大宗を占める預金については、年齢が高まっても残高にはほとんど変動がなく、取り崩している様子がみられない。株式・投資信託・債券などの有価証券については、70代まで増加が続いているが、預金と同様、その後は年齢が高まっても減少しない。

(長生きリスクや遺産への備えが、高齢者の金融資産が取り崩されない背景)

以上の点は、高齢者は公的年金や勤労等によって得られるフローの所得の範囲でほとんどの消費活動を賄っており、老後の生活のために蓄積した資産を切り崩す程度は非常に限定的であることを示唆している。純粋なライフサイクル仮説上は、蓄積した貯蓄は、高齢期に取り崩されると考えられるが、実際には、上記のように高齢者が金融資産を保有し続けている点については、複数の背景があると考えられる。

第一は、高齢者において、今後の自らの生活への不安があるという点である。金融広報中央委員会によると、金融資産を保有している60歳以上の高齢者が、金融資産を保有する目的として「病気や災害への備え」を挙げる割合は長期的に低下傾向にある一方、「老後の生活資金」を挙げる割合は77%と最も大きく、過去と比べても大きな変化がない11第3-1-6図(1))。また、老後の生活を「心配である」と回答する者の割合は、60代や70代であっても約7割と高く、その理由としては、金融資産や年金・保険が十分でないからという理由が多い(付図3-1)。この間、マクロの家計の金融資産残高は高齢世帯を中心に増加しているとみられる一方で、こうした老後への不安から金融資産を保有しておきたいという背景の一つには、長寿化が進み、男性の約4分の1、女性の約2分の1が90歳以上まで生きるようになっているという状況において、長生きリスクがより強く意識されていることがあると考えられる(第3-1-6図(2))。

第二は、遺産動機である。上記の金融広報中央委員会の2023年調査においては、60歳以上の高齢者が金融資産の保有目的として「遺産として子孫に残す」を挙げる割合は12%程度ではあるが、過去に比べるとその割合は高まる傾向にある。高齢者の遺産に関する考え方をみると(第3-1-6図(3))、「財産を使い切りたい」と回答する割合が34%と最も高い12一方、子ども等に財産を残す意向がある者の中では、老後の世話をしてくれるか等に関わらず財産を残したいという「利他的動機」(31%)の方が、老後の世話等をしてくれることを条件に財産を残したいという「戦略的動機」(15%)を上回っている。濱秋・堀(2019)では、金融資産の保有目的で遺産動機が増加している背景として、子どもの将来の暮らしが自分よりも悪くなることを予想している場合に、貯蓄率が高まる傾向が示されており、日本経済が長期にわたり低成長を続けてきたため、将来に対する悲観的な見方が広がった可能性が指摘されている。関連して、相続税の申告からみた被相続人(財産を残す側、故人)の年齢構成を確認すると、高齢化の進展に伴い、80歳以上の割合が1989年の4割弱から2019年には7割超と大きく高まっている(第3-1-6図(4))。80歳以上の被相続人の相続人は、配偶者の場合は近しい年齢、子の年齢は50歳以上が多いと想定され、より年齢の高い高齢者から50歳以上の高年齢の層に遺産の多くが引き継がれている形となる。実際、2022年の相続人の年齢構成をみると、相続人の8割が50歳以上となっており、結果として、若年層への資産移転が進まず、高年齢の層に金融資産が偏る姿となっている。

このように、高齢者が金融資産を取り崩さない要因は様々であると考えられるが、上述のとおり、高齢者の3分の1は「財産を使い切りたい」と考えていることなども踏まえると、高齢期に金融資産を取り崩さないという行動は、長寿化によって長生きリスクが強く意識されることによる部分が大きいと考えられる。このため、仮に存命中に消費支出として使い切らずに資産が残る場合には(偶発的遺産)、高齢者家計部門の有する豊かなストックが自身の消費活動に有効に活用されていないという点で、資源配分に非効率性が生じていることになる。また、何らかの遺産動機がある場合でも、子どもの暮らしが悪くなるとの予見に基づくケースでは、各家計にとっては合理的な行動ではあるものの、本来消費性向が高い高齢者の消費活動が抑制されているという面があると言える。また、こうした経済への悲観的な見方に基づかない純粋に利他的な遺産動機である場合にも、上記のとおり、資産移転は広義の高齢者間にとどまっているケースが多く、教育など子育てへの支出ニーズが高い若年世代への移転が進まないという課題がある。

このように、老後の生活に向けて蓄積された金融資産が、高齢期においても取り崩されず、資産形成を行った個人の経済活動等に有効に活用されていないという状況に対しては、以下の点が重要であると考えられる。第一には、経済成長に対する期待を引き上げ、経済を成長型の新たなステージへと移行させることである。子どもの将来の暮らしに関する悲観的な見方が、遺産動機による金融資産保有の背景にあるならば、成長期待が引き上げられ、賃金と物価の好循環の下で所得の増加が見込まれる経済に移行することができれば、そうした動機による資産保有は緩和されるであろう。第二には、資産の再分配機能の確保を図りつつ、例えば、現行の子育て世代への教育資金の一括贈与に係る非課税措置など的を絞った形で、高齢者から若年世代への資産移転の後押しを図るとともに、高齢者が税負担を意識して資産の移転のタイミングを考える必要がなく、子や孫のニーズに応じて移転が可能になるような税制の整備を不断に進めていくことが重要と考えられる13。第三に、長生きリスクに対応して、公的年金制度の持続可能性を確保することである。また、第四に、流動性預金を中心とした安全資産に偏在している我が国家計部門の金融資産について、ポートフォリオの適切な多様化を通じた「貯蓄から投資」の流れを進め、若年期からの長期的に収益性の高い資産形成を促すことが重要である。

コラム3-1 年齢別の消費の特徴とアメリカとの比較

本コラムでは、人口構造の変化、とりわけ高齢世帯の増加が個人消費にもたらす含意を考えてみたい。コラム3-1-1図にあるように、「家計調査」等から推計した総消費支出に占める世帯主年齢別のシェアをみると、60歳以上の高齢世帯は20年前の2003年には3割強であったものが、2023年には4割強に拡大している。こうした世帯構成の高齢化は、個人消費にどのような影響を与えるのであろうか。まず、Deaton(1997)、内閣府(2005)及び吉田・宇佐美・中拂・森脇(2016)を参考に、「全国家計構造調査」等を基に、世帯主の年齢階級別の実質等価消費支出(名目消費支出を物価指数で実質化した上、世帯人員の平方根で除したもの)について、世帯主の年齢階級(年齢効果)、世帯主の生まれ年(世代効果)及び調査時点(時代効果)別の分解を行う。

まず、世代効果については、1945~49年生まれのいわゆる団塊の世代(現時点で70代後半)が含まれる世代をピークに、少なくとも1960年代後半生まれ世代(現時点で、50代後半)頃までは、消費水準がやや逓減する傾向にあるが、影響は限定的であり、より若い世代では、団塊の世代と比較した世代効果の統計的な有意性は確認されない(コラム3-1-2図)。また、時代効果については、近年であるほど消費水準が低くなっているが、調査年が消費税率引上げの年に相当することから、この影響14を受けている可能性がある。こうした世代効果、時代効果をコントロールした年齢効果をみると、50代前半をピークした逆U字型のパターンがみられる。年齢効果だけを考えれば、高齢者比率の増加は、消費支出を抑制する方向に働くと言える。

次に、世帯主年齢階級別の実質等価消費を分野別にみると、教育については、過去に比べて支出のピークの山が40代から50代に移り、また仕送り金を含めピークが全体的に下方シフトしており、晩婚化・晩産化と少子化傾向の影響を受けていることが分かる(コラム3-1-3図)。他方、食料(外食除く)については、1980年代と比べると65歳未満の年齢層では全体として下方シフトしているのに対して、65歳以上の高齢層については、1989年以降、実質等価消費に大きな変化はみられない。一方、外食については、高年齢であるほど実質等価消費が減少するという構造や各年齢別の支出水準に目立った変化はみられない。少なくとも、若年層を含む65歳未満の層で外食への代替が進んでいるわけではないと言える。一般に、高年齢化に伴い、摂取カロリーは減少すると考えられるが、長寿化が進み、健康な高齢者も増加する中で、食料品の質を落とさず支出を維持している一方で、若年層では、相対的に食料品にお金をかけないようになっている可能性がある。

最後に、こうした世帯主年齢階級別の消費動向について、アメリカとの比較も行ってみたい(コラム3-1-4図)。ここでは、同じ2019年について、できる限り消費項目の分類を合わせた上で、比較可能な10歳刻みの各年齢層の等価消費支出の全体平均からかい離という観点から二国間の消費の特徴を確認する。まず、消費支出全体については、アメリカの方が年齢ごとの消費の変動が大きい傾向があるが、55~64歳がピークであるという点について両国に大きな違いはみられない。次に、飲食料品(外食を除く)は、日本は上述のとおり、高齢層である65~74歳が支出のピークで、75歳以上における減少も限定的であるのに対し、アメリカでは55~64歳をピークに高年齢化するほど消費支出が明確に減少しており、健康寿命がアメリカに比べて男性で2歳以上、女性で5歳近く高いなど、相対的に健康的である日本の高齢者は、食料品への支出を落としていないことがこうした比較からも確認される。教育については、日本では45~54歳を中心に、支出が大きく増加する一方、アメリカではその程度は小さく、大学教育費を親が負担するのか、子どもが自身で賄うのかという両国における慣習の違いを表している。逆に、娯楽や宿泊といった選択的な消費支出については、アメリカでは、45~54歳や55~64歳といった中高年に達する中で消費支出が増加するのに対し、日本では、35~44歳や45~54歳といった年齢層の消費は抑制され、65~74歳にかけて増加する姿となっている。日本の中年層においては教育費の負担から選択的な分野に支出を回していない可能性が示唆される。

2 「貯蓄から投資」の流れの現状と課題

以降では、「貯蓄から投資」の流れを進めていくという観点から、家計の金融資産のうち、株や投資信託等の有価証券の保有状況について、より詳細に確認していく。特に、近年のNISA制度の拡充等により、若い年齢層を中心として金融資産への投資行動に変化の芽が表れつつあることを確認する。

(これまでのところは、年齢が上がるごとにリスク性資産の保有が高まる傾向)

まず、有価証券の保有額を年収階級別に改めて確認すると、70代前半でピークとなるまでは、年齢が上がるごとに増加する傾向にある。これを金融資産に占める有価証券の保有率でみると(第3-1-7図(1))、40代前半までは8%台でおおむね横ばいであるが、その後は年齢が上がるにつれて上昇し、70代前半に16%弱となって以降はほとんど変化しない。また、有価証券の保有額をコーホート別にみても、年齢が上がるにつれて有価証券の保有額が増加するという傾向は変わらない(第3-1-7図(2))。なお、コーホート別に、1945-49年生まれが40-44歳の時点、1940-44歳生まれが45-49歳の時点、1935-39年生まれが50-54歳の時点、1930-34年生まれが55-59歳の時点で、それぞれ有価証券保有額に山ができているが、これは「全国消費実態調査」の1989年調査の結果であり、バブル期における株価の上昇が保有資産額を押し上げたことによるものと考えられる。

このように、2019年までの状況では、株や投資信託等のリスク性資産は、年齢階級が上がるほど保有額と保有率が高まっており、30代や40代など相対的に若年層の保有は限定的である。先述したとおり、年齢階級が上がるほど金融資産全体の保有額が増えることも踏まえると、金融資産を多く保有する世帯ほどリスク性資産に資金を振り向けることができているということも示唆している。

(近年は、若年層を含めた現役世代において、資産運用の機運が高まり)

一方で、近年は、若いうちから少額で長期間にわたり資産運用を行うための環境整備が行われている。NISA(少額投資非課税制度)は、家計の安定的な資産形成の支援と成長資金の供給を目的としており、NISA口座で投資した購入分については、その配当や分配金、譲渡益が非課税となる仕組みであり、2014年に導入された。その後、2018年1月のつみたてNISAの開始や、抜本的拡充・恒久化による2024年1月からの新制度(新NISA)開始など、若年期からの資産形成を後押しする制度の整備が行われている。特に、新NISAでは、非課税保有期間の無期限化や制度の恒久化などにより、個人による長期的な資産形成が行いやすくなったほか、年間投資枠の拡大や非課税保有限度額が新設されるなど、より多くの資金をNISAで運用できるようになった(第3-1-8図)。

ここで、NISA口座数の動向を年代別にみると(第3-1-9図(1))、近年は、20代以下から50代までの年代で堅調に増加がみられる。年代別の保有割合をみると(第3-1-9図(2))、2019年までは60代以上の割合が5割を上回っていた一方で、近年は30代以下及び40代から50代までの割合が拡大傾向にあり、直近の2024年3月末時点では両者で7割弱を占めるまでになっている。このように、現役世代の資産運用の機運は、NISAを契機として高まっている様子がうかがえる。

こうした点は、年齢階層別の金融資産投資に対する姿勢の変化からも確認できる。具体的には、金融広報中央委員会の調査から、年齢階層別に、前年に比べて「現金や流動性の高い預貯金から、長期運用型やリスク資産に振り向けた」割合を、株価上昇がみられたという点で共通している2013年と2023年で比較すると、年齢を問わずこの割合が高まる中で、年齢層が若いほど、資産をよりリスク性商品に振り向けていることが分かる(第3-1-10図(1))。同様に、金融資産の選択基準(収益性、安全性、流動性等)の動向を確認すると、やはり、全体として、この10年間で、「収益性」を選択基準とする割合が、若い年齢層ほど高まっている様子がうかがえる(第3-1-10図(2))。

このように、これまではリスク性資産の保有は30代や40代など相対的に若年層において限定的であったが、近年は、そうした状況に変化の兆しがみえており、経済全体として「貯蓄から投資へ」の機運が高まっていると言える。制度による環境整備に加えて、今回の物価上昇局面を機に、物価上昇下では現金・預金の価値が目減りするという認識が広がり、物価上昇への耐性が相対的に強い資産への投資の機運が高まっていることも背景にあるものと考えられる。

(「貯蓄から投資」の流れをさら進めていくためにも、家計の所得向上が鍵)

次に、リスク資産の保有状況と年収との関係について確認する。「全国家計構造調査」等により、金融資産に占める有価証券の比率を年収階級別にみると(第3-1-11図)、年収が高まるごとに、有価証券比率は一貫して上昇している。過去5回分の調査結果を比較すると、1999年や2004年調査と比べ、以降の調査回で有価証券保有割合が若干高まっているが、年収階級ごとの傾きにはほとんど変化がみられない。世帯年収1,200万円を超えたあたりから傾きがやや強くなっていることも踏まえると、所得が高い世帯ほど有価証券の保有に積極的である様子がうかがえる。

こうした状況は、年収別にみた金融資産投資に対する姿勢の違いからも、おおむね同様のことが確認される。上述の金融広報中央委員会の調査によると、2023年時点において、前年から「現金や流動性の高い預貯金から、長期運用型やリスク資産に振り向けた」とする割合、また金融資産の選択基準としても「収益性」を挙げる割合は、年収が高い層ほど多くなっている(第3-1-12図)。10年前の2013年と比較した場合では、年収を問わず、金融資産をリスク資産に振り向けた割合は増加しているが、その程度はより高年収層において大きい傾向にある。同様に、金融資産の選択基準として収益性を挙げている人の割合も、高年収層ほど2013年から2023年にかけての増加幅が大きい傾向となっている。なお、「全国家計構造調査」と同じ2019年については、年収別のリスク資産選好(特に、リスク資産等に振り向けたという割合)が2013年と大きく異なっていないことを踏まえると、コロナ禍を経て、相対的に高収入層において、よりリスク資産にポートフォリオを配分するようになっていると言える。

ここで、金融庁「リスク性金融商品販売に係る顧客意識調査」(2021)15によると(第3-1-13図)、リスク性の金融商品を購入したことがない投資未経験者のうち、資産運用を行わない理由に「余裕資金がないから」を挙げる割合は6割弱と、最大の要因となっている。また、投資経験者のうち、資産運用を始めたきっかけとして「余裕資金が生まれたこと」を挙げる割合は35%程度と、こちらも最大の要因となっている。すなわち、リスク性資産の運用を行う上では、資金的な余裕があることが最も重要視されている。この点、「貯蓄から投資へ」の流れを確かなものとするためにも、構造的な賃上げの実現など、家計の可処分所得を向上させる取組が重要であろう。

また、同調査において、投資未経験者は「資産運用に関する知識がないから」や「購入・保有することに不安を感じるから」といった項目も資産運用を行わない理由として多く挙げている。この点からは、金融リテラシーの向上が重要であるほか、新NISAをはじめとした各種制度に関する普及活動や相談体制の強化といった取組が引き続き重要であることも示唆される。


(4)日本においては、2005年以降は、2008SNAに対応した資金循環統計、2000年以前は、1993SNAに対応した資金循環統計の計数となっており、一部の項目に概念・定義の変更があるため、厳密に接続していない点には留意が必要である。
(5)日本とアメリカで比較するデータの時点が異なるものの、資金循環でみた家計全体の金融資産の構成比に時系列でみた変化が大きくはみられないことを踏まえれば、データの時点の違いが構造的な面で影響しているとは考えにくい。
(6)日本の民間年金については、「全国家計構造調査」の調査票において、財形貯蓄や個人年金信託、個人年金保険など年金制度が組み込まれた貯蓄は、預金、投資信託、保険など各項目に含めることとされている。
(7)個人投資家が好きなタイミングで購入・売却できるオープンエンド型の投資信託のこと。
(8)なお、「全国家計構造調査」の調査票情報から最頻値を集計すると、いずれの年齢階級においても100万円未満となっている。
(9)例えば、2019年調査時点で年齢階級55-59歳に属していた者は1960-64年生まれであるが、これらの者は1984年調査では同調査の24歳以下、1989年調査では25-29歳、1994年調査では30-34歳というように、5年おきの調査回で5歳階級での年齢階級が一つ上がっていく。これを過去8調査回分の全てで捉えることのできるコーホート別にみている。
(10)2019年調査である「全国家計構造調査」は、2014年調査までの「全国消費実態調査」を全面的に見直して行われたものであり、年収・貯蓄等調査票の標本規模が大幅に拡大されている。このため、2014年調査から2019年調査にかけては、各コーホート別に、資産の水準が連続していない可能性が高い。
(11)金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」の時系列データについては、調査方法の変更の影響や、サンプルサイズの拡大の影響があることに留意する必要がある。特に、2020年以前は最も高い年齢層について「70歳以上」と対象としていたのに対し、2021年以降は「70代」が対象となっていることから、一部の項目で断層的な動きがある点に留意が必要である。
(12)60代、70代の高齢者の金融資産の保有目的をみると(第3-1-6図(1))、2023年時点で、旅行やレジャーの資金、耐久消費財購入の資金と回答している割合が、それぞれ23%、14%であり、消費支出への意欲自体は相応に存在することが示されている。日本の高齢世帯の消費の特徴や、アメリカとの比較については、コラム3-1を参照。
(13)令和5年度税制改正においては、資産移転の時期の選択により中立的な税制を構築する観点から、相続時精算課税制度の使い勝手向上として、暦年課税と同水準の基礎控除が導入されるとともに、暦年課税における相続前贈与の加算期間を3年から7年へ延長する等の措置が講じられた。
(14)特に、2019年は調査時期が同年10月及び11月の2か月間であり、2019年10月の消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動の影響を受けている可能性が高い。
(15)全国の20歳以上の個人に対するインターネット調査。有効回答数は9,829人、うち投資経験者(リスク性の金融商品を購入したことがある者)が6,184人、投資未経験者が3,645人。
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