第1章 マクロ経済の動向と課題 第1節
第1節 実体経済の動向
本節では、2024年前半を中心とした我が国経済の動向について、GDP、家計部門、企業部門、輸出入、公的需要、金融・資本市場という観点から点検する。
1 GDP等の動向
(実質GDPは、自動車生産停止等の特殊要因も加わり、減少傾向が続いた)
2023年度のGDP成長率は、名目で5.0%、実質で1.0%となった。名目成長率は、実に1991年度(5.3%)以来の高い伸びである(第1-1-1図(1))。四半期別に動きをみると、名目GDPは増加傾向を続け、名目GDPの実額は597兆円と過去最高水準に達している(第1-1-1図(2))。一方、実質GDPについては、名目賃金の上昇が物価上昇に追いついていない中で、個人消費の持ち直しに足踏みがみられることなどから、2023年4-6月以降、内需が4四半期連続で減少するなど、力強さを欠く状況が続いた。個人消費など各項目の状況は後段で詳述することとし、以下では2024年1-3月期のGDP成長率を押し下げた各種特殊要因に触れる。
第一に、令和6年能登半島地震の影響である。能登半島地震は、住宅や社会資本といったストックの毀損に加え、水道や電力の寸断等により、フローの生産面にも損失を与えた。地震による1-3月期のGDPへの押下げ効果は、機械的な試算として0.1%程度と見込まれる(コラム1-1)。第二に、2023年12月末以降発生した一部自動車メーカーの認証不正問題に伴う生産・出荷停止事案の影響である。同事案に伴う生産・出荷停止対象車種のシェアは、国内乗用車生産台数に対して約17%、国内新車販売台数に対しても約18%と大きなものであった。2024年3月初以降、生産・出荷停止が徐々に解除されたが、2024年1-3月期における乗用車とトラックの生産は、それぞれマイナス14%、マイナス24%と急減した(第1-1-1図(3))。輸送用機械は、個人消費の約2.6%、設備投資の約6.1%を占め、2024年1-3月期の実質GDP成長率に対する耐久財消費や輸送用機械投資の寄与度は、それぞれマイナス0.5%、マイナス0.1%であったことから、GDP成長率に与えたマグニチュードは甚大であったと考えられる。第三に、輸出について、自動車メーカーの不正事案も財輸出に一定の影響があったことに加え、サービス輸出が、2023年10-12月期にみられた知的財産権等使用料受取の大幅増加の反動により、大きく減少したことも、GDP成長率の押下げに寄与した1。
これらの特殊要因のうち、能登半島地震の経済への影響は緩和してきており、サービス輸出についても、基調としては緩やかな増加傾向が続いている。自動車メーカーの認証不正問題については、2023年12月以降の事案は、2024年5月末には多くの対象車種の生産・出荷が再開された2一方、2024年6月に、一部自動車メーカーの新たな認証不正が明らかとなり、対象車種の生産・出荷が停止されるに至った。新たな事案においては、38の対象車種のうち現行生産車種は6車種であり、国内乗用車生産台数に占める対象乗用車のシェアは1.6%程度、国内新車販売台数に占めるシェアは3.1%程度3と、前回事案に比べれば小さいが、自動車産業は裾野が広く、生産・出荷停止がいつまで続くかを含め、経済に与える影響には十分な注意が必要である。
(主要先進国と比べても、個人消費は力強さを欠く)
実質GDPの動向を主要先進国と比較すると(第1-1-1図(4))、アメリカは、個人消費や設備投資など内需が堅調に推移したことから、GDPは拡大傾向を続けており、主要先進国の中でも群を抜いている。個人消費は、フランスでは緩やかに増加し、英国やドイツでは横ばい傾向となっているが、我が国は力強さを欠く展開が続いている。後述するように、米欧では物価上昇率が落ち着く中で、2023年秋頃以降、名目賃金の伸びがこれを上回っている一方、日本では名目賃金の伸びが物価上昇に追いつかない状況が続いている中で、自動車メーカーの生産停止事案が重なったこと等が影響している。設備投資は、我が国では、アメリカほどの堅調さはみられないものの、自動車生産停止の影響等があった中でも、フランス、英国並みの増勢が続いている。輸出については、我が国は、2022年は世界経済のコロナ禍からの回復を受けた財貨、2023年はインバウンド需要の回復を主因に増加傾向で推移してきており、主要先進国と比較しても輸出が経済成長をけん引してきた姿となっている。欧米における高い金利水準の継続に伴う影響や不動産市場の停滞が長引く中国経済の先行き懸念を含め、世界経済の下振れリスクを踏まえれば、個人消費を中心とした内需主導の回復がより一層重要な局面となっていると言える。
コラム1-1 令和6年能登半島地震の経済への影響について
本年1月1日に発生した令和6年能登半島地震では、石川県能登地方を中心に、最大震度7を観測し、死者281名、負傷者1,326名、住居全壊8,429棟、半壊21,370棟という被害4がもたらされた。また、住民生活を支えるインフラについても、陥没や亀裂、土砂の崩落などによって、国道等の多くの区間が通行止めとなったほか、最大約13万戸以上の断水が発生し、最大約4.4万戸の停電を記録した。
こうした中、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)においては、東日本大震災(2011年3月)や熊本地震(2016年4月)の際の試算方法を踏まえ、住宅や社会資本等のストックの毀損額及びフローの損害額について暫定的な試算を行い、それぞれ2024年1月及び4月の「月例経済報告等に関する関係閣僚会議」において報告を行った(試算の詳細は、石井ほか(2024)を参照)。
まず、住宅や道路、港湾施設、民間企業の機械設備等のストックの毀損額については、過去の大地震における損壊率を参照しつつ、市町村ごとの震度や被害状況に応じて試算した結果、石川・富山・新潟の三県において、合計約1.1兆円から2.6兆円のストックが毀損した可能性があることが示された。
次に、フローの損害額については、平常時の1日当たりGDPに生産活動・設備の稼働可能率を乗じることにより、石川・富山・新潟の三県において、本年1月から3月までの3か月間に、合計約900億円から1,150億円の損失が発生した可能性が示された。さらに、都道府県間産業連関表を活用することにより、サプライチェーンを通じた生産波及効果(派生的な生産減)は、我が国全体で約700億円から850億円と推計される。この結果、発災後の3か月間で合計約1,600億円から2,000億円の損失が発生した可能性が示唆された。ただし、これらの試算は被害額を積み上げたものではなく、市町村ごとの震度等に基づいた機械的な試算であり幅をもってみる必要がある。また、復興・復旧に係る需要や代替生産などの効果が織り込まれていない点に留意が必要である。
このように、今回の震災によって、住宅やインフラ等のストックが損壊し、生産活動の低下によるフローの損失も発生した。他方、稼働を停止していた工場で生産が再開されるにつれて、石川県の鉱工業生産は、1月を底に持ち直しの動きがみられているほか、本年3月16日に新たに金沢・敦賀間が開通した北陸新幹線は、開業1か月で約72万人が同区間を利用するなど、北陸経済には、明るい兆しもみられている。引き続き、今回の地震が経済に与える影響を十分注視し、被災地の復旧・復興支援を切れ目なく進めていくことが重要である。
(潜在成長率は主要先進国で最も低く労働・資本・全要素生産性の各面で課題)
経済全体の需給の過不足を示すGDPギャップは、コロナ禍による急速な悪化の後、2023年1-3月期には、2019年7-9月期以来、約3年半ぶりにプラスとなるなど、長い目でみれば、振れを伴いながらも改善傾向で推移してきた(第1-1-2図(1))。こうしたコロナ禍以降のGDPギャップの改善傾向は、主要先進国とおおむね同様であり、2023年は各国ともにゼロ近傍まで回復したことが分かる(第1-1-2図(2))。2024年1-3月期には、実質成長率がマイナス0.7%となったことを受け、GDPギャップも1%台半ばへとマイナス幅が拡大したが、これは、上述のとおり、一部自動車メーカーの生産・出荷停止事案の影響をはじめ各種の特殊要因の影響も受けたものである。今後、雇用・所得環境が改善する下で、景気の緩やかな回復基調が続いていけば、GDPギャップについても、これまでの改善傾向に復するものと考えられる。
他方、経済の供給力を示す潜在GDPの伸び率である潜在成長率については、0%台半ば程度と低い水準にとどまっており、主要先進国の中でも最も低い状況にある(第1-1-2図(3))。潜在成長率は、推計手法により異なることから幅を持ってみる必要があるが、我が国の潜在成長率の低迷は、人口減少の影響により労働投入の寄与が主要先進国中で唯一マイナスとなっていることに加え、資本投入のプラス寄与が他の先進国対比で低位にとどまっていることによる。資本投入の低迷については、1990年代のバブル崩壊以降、長引くデフレ等を背景に、企業部門が収益確保のために賃金のみならず、成長の源泉である投資を抑制したことにより、生産的資本ストックの蓄積が妨げられてきたことによる。全要素生産性(TFP)の伸びの寄与については、アメリカより低く、欧州より高い状況にあるが、我が国がデフレ状況に陥る前の1990年代前半以前に比べると低位で推移している。潜在成長率の引上げに向けては、人々の就業意欲を後押しする取組を進めるとともに、国内設備投資の拡大や、研究開発等の無形資産投資の促進による新しい価値の創造を通じて、資本投入や全要素生産性の向上を図ることが鍵となる。
2 家計部門の動向
(サービス消費は持ち直しが続く一方、非耐久財は実質で減少傾向が続く)
続いて、家計部門の動きを詳細にみていく。まず、個人消費について財、サービスごとの形態別の動きを確認し、所得や消費者マインド、超過貯蓄といった個人消費の動きの背景について議論する。まず、第1-1-3図で、国民経済計算ベースの国内家計最終消費支出の実質GDP成長率への寄与度について、耐久財(自動車や家電等)、半耐久財(衣服等)、非耐久財(食料品、光熱費等)、サービスの4形態別にみると、消費の過半を占めるサービス消費については、コロナ禍からの経済社会活動の正常化の中、外食や旅行等を中心に、おおむねプラス寄与で推移し、持ち直しは着実に続いている。一方、消費の3割程度を占める非耐久財については、おおむねマイナス寄与が続いており、2022年以降、食料品価格等の上昇により、節約志向が高まり、弱めの動きが続いているとみられる。消費の8%程度を占める耐久財については、2023年末までは、比較的堅調に推移してきたが、2024年1-3月期については、上述のとおり、一部自動車メーカーの出荷停止事案により大きく減少した。名目GDP成長率への寄与度で確認すると、耐久財は実質と同様の傾向であるが、サービスは、名目でみると、実質に比べ、持ち直し傾向はより明確である。一方、非耐久財は、押下げ寄与が続く実質と異なり、プラス寄与の傾向が続いており、価格転嫁が進む中で、数量ベースでは落ち込みが続いた一方、売上額ベースでは堅調であったことが確認される。
コラム1-2 個人消費に係る各種統計・データをみる際の留意点
個人消費の各種データをみるに当たっては、額面を表す名目と、物価変動の影響を取り除いた数量概念の実質の二つの測り方があることに加え、国民ベースと国内ベースの二つの概念があることを念頭に置くことが重要である。企業の景況感に密接に関係すると考えられるのはインバウンド消費を含む名目の国内概念である一方、国内居住者の消費が物価変動を除いてどの程度増減したかという点では実質の国民概念が対応するなど、分析目的に応じて多面的にデータを活用することが重要となる。また、概念とは別に、消費をどの側面から捉えるかという類型として、販売側・売上から接近する供給側統計と、購入側・支出から接近する需要側統計の二つがある。
月例経済報告においては、個人消費の判断に当たって、各種公的統計に加え、オルタナティブ・データや業界統計、企業からのヒアリングも活用している。その中で、月次の消費動向を包括的に把握するため活用している統計・データとして、<1>総務省「総消費動向指数(CTIマクロ)」、<2>日本銀行「消費活動指数(旅行収支調整済)」、<3>JCB消費NOW、<4>総務省「世帯消費動向指数(CTIミクロ)」あるいはその基礎統計の一つである「家計調査」(二人以上世帯)がある。これらの主な特徴は、コラム1-2図(1)のとおりであるが、<1>~<4>のいずれも、名目値と実質値があり、国民ベースの個人消費をとらえたものとなっている。需要側・供給側という軸でみると、<2>は供給側統計に依拠し、<3><4>は需要側のデータであるが、<1>は供給側と需要側の統計を合成して作成されているという特徴がある。加えて、<4>は一世帯当たりの消費動向を表すデータであり、マクロの消費動向を表す<1>~<3>とは異なる点に注意が必要である。特に、長いスパンで動向を把握する場合、世帯人員や世帯数の変動の影響で、両者の動きに違いが生まれる点に留意が必要である。
各種の消費指標の最近の動きを比較すると、名目では緩やかな増加傾向がみられる一方、実質では力強さを欠いているという点はおおむね共通している(コラム1-2図(2))。ただし、上述したアプローチの違い等もあって、例えば、「家計調査」等では2023年前半に減少傾向がみられるなど、互いに異なる方向性を示すこともある。こうしたことから、一世帯当たりの消費動向の判断に当たっては、単一の指標のみをみるのではなく、各種指標の動向を総合的に確認することが重要である。
次に、本論でも紹介する個別分野の主な統計・データを確認すると、経済産業省「商業動態統計」や総務省「サービス産業動向調査」、外食の業界統計(日本フードサービス協会)、家電量販店やスーパーなどのPOSデータは、いずれも供給側統計、かつ国内概念であり、主に名目値が把握されるデータである。このほか、新車販売台数は、台数ベースで実質に近い概念の供給側データであり、居住者の登録台数であることから国民概念である。また、観光庁「宿泊旅行統計」の延べ宿泊者数は、実質に近い概念の供給側統計であり、国内概念であるが、外国人宿泊者分と日本人宿泊者分を分けて把握することが可能となっている。各種データを用いて消費動向を確認する場合には、こうしたデータごとの特性を踏まえることが重要であり、例えば、家電の消費について、POSデータ等をみる場合は、対応する家電品目の消費者物価指数を用いて実質化した上で数量ベースを把握することが必要であるほか、品目によっては、理美容家電や携帯電話などインバウンドの影響が強く反映されるものがある点に留意する必要がある。
(新車販売は2023年末以降の自動車メーカーの出荷停止の影響から持ち直し)
次に、2024年4月以降の状況を含め、個別分野ごとの消費の動向を確認する。
まず、新車販売台数については、2023年12月末以降の一部自動車メーカーの認証不正事案に伴う出荷停止の影響により大きく押し下げられたが、生産・出荷の再開が徐々に進む中で、2024年4月には増加に転じ、直近では持ち直している(第1-1-4図)。なお、2024年6月以降の一部自動車メーカーの新たな認証不正事案の影響には留意が必要であるが、上述のとおり、本事案に伴い生産・出荷停止された車種が販売台数全体に占めるシェアは、2023年12月以降の出荷停止車種のシェアに比べて限定的である。
家電販売については、コロナ禍の際の巣ごもり需要による増加の反動で、弱含みの状況が続いてきたが、2023年後半以降は、名目・実質ともに底打ちの兆しがみられている(第1-1-5図)。品目別の内訳をみると、まず、インバウンドの影響も大きい品目として、理美容家電は増加傾向が続いており、携帯電話も、2023年中は、同年秋の新製品発売の影響等により増加傾向が続いたが、2024年初に反動減が生じ、その後再び持ち直している。次に、白物家電については、冷蔵庫・洗濯機はおおむね横ばいの中、エアコンは、2024年夏の猛暑予想もあって、相対的に堅調に推移している。教養娯楽家電については、テレビは横ばい圏内の動きとなっている一方、2023年末まで減少傾向が続いたパソコンについては、2024年に入って以降、持ち直しの兆しがみられている。
次に、非耐久財について、その多くを占める食料品消費の動向を、供給側データ(商業動態統計)や需要側データ(家計調査。総世帯の一世帯当たり支出額に世帯数を乗じたもの)から確認すると、今回の物価上昇局面においては、指標により若干の差はあるが5、いずれも名目消費(金額ベース)では増加している一方、実質消費(数量ベース)は減少傾向が続いていた(第1-1-6図)。ここで、POSデータにより、スーパーマーケットの売上高を、価格要因と数量要因等に分けてみると、2023年夏場にかけて、価格要因の押上げによる売上高の増加がみられる反面、数量要因は2022年から2023年にかけて、押下げ幅を拡大していた。食料品の値上げが続く中で、数量面での節約志向が表れていたものとみられる。これに対し、2023年後半以降は、食料品の値上げの動きが一服する中で、価格要因による売上高の押上げ幅が縮小し、数量要因による押下げ幅は緩やかながら縮小傾向にあることが分かる。
(宿泊は供給制約による影響、外食は店舗当たり客数でコロナ前水準を回復)
サービスのうち、宿泊サービスの売上高は、コロナ禍前の2019年の水準を上回って増加傾向にある。宿泊稼働率は、2019年平均63%程度から、コロナ禍により一時的に13%程度まで落ち込んだ後、直近(2024年5月)は59%程度まで回復しているが、宿泊業の就業者数はコロナ禍前の水準に戻っておらず、供給制約に直面しているとみられる(第1-1-7図(1))。こうした中で、2023年以降の売上高の増加は、専ら客室単価の上昇にけん引されており、延べ宿泊者数については、外国人は、水際対策の緩和6に加え、円安の効果もあって、増加傾向が続いている一方で、日本人宿泊者数については、コロナ禍前の水準を回復した後は横ばい圏内の動きとなっている。名目所得の伸びが物価上昇に追いついていない中、客室単価の顕著な上昇が、日本人の宿泊需要を抑制する要因となっているとみられる。なお、国内旅行者数を旅行形態別にみると、コロナ禍の影響でいずれの形態も落ち込んだ後、パック・団体旅行はコロナ禍前を依然35%程度下回っている一方で、個人旅行はコロナ禍前の水準をおおむね回復しており、コロナ禍後の消費者行動の構造変化がみてとれる(付図1-1)。
次に、外食売上高について業界統計の動きをみると、2023年初頃にはコロナ禍前の水準を超え、その後もコロナ禍前の緩やかな増加トレンドを超えたペースでの増加傾向が続いているが、客数はコロナ禍前の水準をやや下回っており、回復の途上にある(第1-1-7図(2))。売上高を、店舗数と店舗当たりの客単価・客数に分解すると、コロナ禍を経て、店舗数が緩やかに減少する一方で、店舗当たりの売上高の増加傾向が続いている。これは、物価上昇による客単価の上昇に加え、店舗当たりの客数がコロナ禍前水準を回復していることによる。
なお、外食消費の実質値について、供給側データ(業界統計、サービス産業動向調査)や需要側データ(家計調査。総世帯の一世帯当たり支出額に世帯数を乗じたもの)、ビッグデータを比較すると、2024年1-3月期時点においては、いずれの指標でもコロナ禍前の水準を依然下回っている(第1-1-8図)。ただし、業界統計やビッグデータでは、コロナ禍前水準近くまで回復し、家計調査ベースでも、コロナ禍前の9割超の水準まで回復している一方、サービス産業動向調査ではコロナ禍前の約7割の回復にとどまっている7。外食需要については、コロナ禍を経てテレワークの実施率が高まり8、特に平日の需要がコロナ禍前には戻っていないという構造変化の影響も受けている可能性はあるが、上述のように、店舗当たりの客数は回復傾向が続いており、所得の伸びが物価上昇を上回って増加する状況が実現していくことにより、外食需要が更に伸びる余地は残されていると考えられる。
(コロナ禍後は、実質可処分所得の弱さが、個人消費が力強さを欠く要因に)
次に、個人消費の背景を確認する。まず、実質個人消費を、実質可処分所得や実質金融純資産、高齢者比率等で説明する回帰式を推計し、そこから得られる推計値と実績値を比較する(第1-1-9図)。これによると、2020年以降のコロナ禍の局面では、特別定額給付金の支給による可処分所得の大幅な増加の一方、外出自粛等により消費が手控えられるなどしたことから、個人消費の実績値が推計値を大きく下回る状態が続いていた。一方、新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行があった2023年4-6月期以降についてみると、後述するコロナ禍で積み上がった超過貯蓄があまり取り崩されず、実質金融資産として推計値を押し上げていることもあって、依然、水準としては推計値が実績値をやや上回っているものの、両者ともに減少傾向で推移している点は共通している9。このように、コロナ禍後、個人消費は、コロナ禍以前のように、実質可処分所得等の基礎的な要因により説明される構造に回帰しつつあるとみられる。
以下では、個人消費を規定する要因として、実質所得、消費者マインド、超過貯蓄、資産効果について述べる。まず、所得面として、第1-1-10図(1)で国民経済計算ベースの名目家計可処分所得について、今回の物価上昇が始まった前後の2021年1-3月期10以降、2023年10-12月期までの累積変化でみると、雇用者報酬の増加傾向が続いている一方で、コロナ禍における各種支援策の縮小や直接税や社会保険料支払の増加11もあって、可処分所得の伸びは1.1%程度に抑制されている。この間、物価(家計最終消費支出デフレーター)が所得の伸びを上回って上昇したことにより、実質の家計可処分所得は累積でマイナス5.6%程度減少している。このように、名目所得の伸びが、物価上昇に追いついていないことが、個人消費が力強さを欠く主因となっている。「毎月勤労統計調査」における就業形態計(フルタイム労働者とパートタイム労働者を合わせた雇用者の平均)の名目賃金を消費者物価で除した購買力ベースの賃金の前年同期比の動きを、主要先進国と比較すると、欧米各国は2023年秋から年末以降にかけて購買力ベースの賃金の前年比がプラスに浮上している。他方、日本は、マイナス幅が緩やかになりつつあるが、後述するようにパートタイム労働者比率の上昇が続いていることもあり、2024年前半の時点で依然として減少が続いている12(第1-1-10図(2))。今後は、定期昇給込みで5.10%、ベアで3.56%と33年ぶりの高水準となった2024年春季労使交渉での賃上げ率の反映や、6月以降実施されている所得税・住民税の定額減税の効果等により、可処分所得の押上げが期待される。さらに、個人消費の持続的な回復に向けては、賃金をはじめ名目所得が物価上昇を上回る状況が継続的に実現されることが何よりも重要である。
(消費者マインドは改善してきたが、食料品価格上昇・円安等により足踏み)
次に、消費者マインドをみると、2023年秋以降、雇用環境の改善が続く下で、食料品を中心に物価上昇ペースが緩やかになったことや、2024年の春季労使交渉での賃上げもあって、持ち直しから改善傾向で推移してきたが、2024年春以降、改善に足踏みがみられる状況となっている(第1-1-11図(1))。消費者マインドと家計の予想物価上昇率の関係をみると、過去、必ずしも両者に明確な関係性があるわけではなく、例えば、2013年のアベノミクス開始時は、予想物価上昇率の高まりに対し、消費者マインドも上昇する動きがみられた。一方、物価上昇率が高まった2022年以降は、両者におおむね逆相関がみられており、直近では、2023年半ば以降緩やかな低下傾向にあった予想物価上昇率が再び上昇に転じていることが、消費者マインドの足踏みに寄与しているとみられる。食料品の値上げ・円安やそれらに関する報道等が予想物価上昇率を通じて、消費者マインドを下押しした可能性が高いと言える。関連して、「景気ウォッチャー調査」の家計動向関連の先行き判断DI(小売、飲食、サービス、住宅関連業種のウォッチャーによる景気の先行きに関するDI)をみると、値上げや円安に言及するコメントが増加する中で、こうしたコメントに言及する景気ウォッチャーの景気の先行き判断DIは3月以降低下傾向にあり(第1-1-11図(2))、消費者マインドの動きとも整合的である。また、消費者マインドについては、物価上昇の影響を受けるとみられる暮らし向き指数の年収階層間のばらつきが大きくなっており、より低収入の世帯ほど、食料品やエネルギーの消費支出のシェアが高いことから、これらの物価上昇の動きに対して、消費者マインドが悪影響を受けやすいと考えられる(第1-1-11図(3))。消費者マインドの低下は、1~2四半期後にかけて個人消費を下押しする傾向があることから、その動向には引き続き留意が必要である(第1-1-11図(4))。
(超過貯蓄は、高所得層で積み上がり続け、低所得の高齢無職世帯では取崩し)
さらに、コロナ禍で積み上がった超過貯蓄の動向を確認する。国民経済計算ベース、資金循環統計ベースから確認すると、いずれも2022年末頃から取崩し局面にあるものの、その程度はいまだ限定的であり、超過貯蓄の取崩しが顕著に進んでいるアメリカとは異なる動きとなっている(第1-1-12図(1)(2))。こうした超過貯蓄の高止まりは、前掲第1-1-9図の個人消費の実績値が理論値を依然下回る一因となっていると考えられる。
次に、属性別の動向として、「家計調査」の二人以上世帯の超過貯蓄を確認すると、勤労者世帯では、高所得世帯を中心に超過貯蓄の積み上がり傾向が継続している一方、低所得世帯においては、積み上がり傾向は継続しているものの、その程度は相対的に弱い(第1-1-12図(3))。また、高齢無職世帯では、低所得世帯を中心に取崩しがみられることが分かる。特に、高齢無職の低所得世帯13では、マイナスに転じ、超過貯蓄が枯渇した姿となっている。こうした傾向は、預金残高別の超過貯蓄の動向からも確認でき、比較的預金残高が大きい層では超過貯蓄の高止まりがみられるのに対して、預金残高が相対的に小さい層では超過貯蓄の取崩しが進んでいる(第1-1-12図(4)及び付図1-2)。このように、相対的に高所得、高資産の層においては、超過貯蓄の取崩しによる消費の潜在的な増加余地は残されていると考えられ、賃金を中心に名目所得が物価上昇を上回る状況を早期に実現し、これを持続的なものとすることにより、消費意欲を引き出していくことが重要である。一方、相対的に低所得、低資産の層においては、緩やかになっているとはいえ、物価上昇が続く中で、超過貯蓄を取り崩して必要な消費に回さざるを得なかった可能性があり、上述の消費者マインドの足踏みも踏まえれば、今後の物価・賃金動向とともに、低所得、低資産の層における消費動向について注視・留意していくことが重要と考えられる。
(株価・投資信託評価額上昇による消費への資産効果は2013年以降高まり)
最後に、家計が保有する株式等の資産価格の変動が消費に与える影響、すなわち資産効果について確認する。
日経平均株価は、2024年2月22日にバブル期の最高値を更新した。同時期の2024年2~3月においては、インバウンドを含む百貨店販売のみならず、国民ベースの消費を示す「家計調査」においても、バッグやアクセサリー等の身の回り品の消費の拡大がみられ(第1-1-13図(1))、これは資産効果の可能性を示唆するものであった。こうしたことから、資産効果を確認するため、「家計調査」において資産面が調査されるようになった2002年から直近の2023年までの地域別パネルデータを用い、年間収入、株式及び投資信託の現在高を説明変数とする消費関数を推計した14。また、アベノミクスの下で株価が上昇した2013年以降と、それ以前の二つの期間に分けて推計を行っている。結果からは以下の点が確認できる(第1-1-13図(2))。
第一に、推計期間を通じて、株式及び投資信託の評価額が上昇した場合、消費支出全体には統計的に有意にプラスの影響がみられ、資産効果の存在を確認できる。第二に、推計期間別にみると、消費支出全体に対する株式及び投資信託の係数の絶対値は2003-12年と比べ、2013-23年の方が大きくなっており、アベノミクス期以降では資産効果がより強く働くようになっていることが示唆される。第三に、消費支出を、選択的支出(贅沢品的なもの)と基礎的支出(必需品的なもの)15に分けて推計すると、選択的支出では、いずれの期間でも統計的に有意に資産効果が確認でき、係数の絶対値に大きな違いはみられない。一方で、基礎的支出の係数は、前半期間は統計的に有意ではないが、2013年以降の後半期間の係数は統計的に有意にプラスとなっている16。このように、2013年以降では、消費支出の性質にかかわらず資産効果が確認できるが、選択的支出の方が基礎的支出よりも係数の絶対値が大きくなっており、資産効果は選択的支出においてより強く働いていることが分かる。
第3章第1節で議論するように、近年、若年層を含む現役世代においてNISA口座数が拡大するなど資産運用の機運に高まりがみられており、家計から企業へのリスクマネーの供給は、企業の成長に向けた投資を促すとともに、資産効果を通じて、消費の活性化に結びつくことが期待される。
(新規住宅建設は、建築費の上昇・高止まり等により全体として弱含みが継続)
次に、主に家計による投資である住宅建設について確認すると、新設住宅着工戸数は、2023年秋以降、全体として弱含みが続いている(第1-1-14図)。内訳をみると、戸建のうち注文住宅に当たる持家は、建築費の上昇・高止まりの中で、減少傾向が続き、2024年春以降は下げ止まっているものの、低水準で推移している。貸家については、不動産会社やREITの建設は底堅いものの、個人貸家業の着工がこのところ減少傾向にあり、全体としては、横ばい圏内の動きとなっている。賃料は上昇傾向にあるものの、建築費の上昇・高止まりや、小幅とは言え長期金利の上昇があいまって、賃貸利回りが低下傾向していることが背景にあると考えられる。分譲のうち、建売住宅に当たる戸建分譲については、持家と比べ割安感があることから、2022年半ばにかけては底堅く推移する局面もみられたが、建築費の高止まりによる販売不調から、2022年後半頃から在庫に過剰感がみられており、2023年に入ってから新設着工は弱含んでいる。分譲マンションなどの共同分譲については、建築費が上昇する下で、適当な用地取得が困難という供給制約もあいまって、ならしてみれば弱含んでいる。
各形態の住宅着工に影響している建設コストの上昇について、建設工事費デフレーターの動きをみると、木造住宅は2021年のウッドショック17による急騰の後、2023年に入って木材輸入価格等が落ち着く下で、2023年4-6月期以降は前年比で下落が続いていた(第1-1-15図)。直近では、円安による輸入物価の上昇もあってプラス圏内で推移している。一方、非木造住宅は、木造住宅よりやや遅れて2022年年央にかけて上昇率を高め、その後2023年末にかけて伸び率が縮小してきたが、コンクリートや金属製品等各種資材価格の上昇により、2024年1-3月期には下げ止まっている。2021年初以降の建設工事費デフレーターの動きを原材料費(資材価格)、人件費等の要因に分解すると、原材料費要因は、全体として伸びが緩やかになっているものの、上昇寄与が続いており、人件費要因も徐々に上昇寄与を強めていることが分かる。なお、1960年代後半以降、住宅ストック数が世帯数を超えた状態が続く中で、新設住宅着工、とりわけ分譲を含む広義の持家については、住宅購入志向が高い夫婦とこども世帯の減少や住宅購入志向の低い単身世帯の増加など人口・世帯構造の変化による長期的な減少傾向もみられる。こうした点を踏まえた、中古住宅流通市場の重要性など今後の住宅市場の課題については、第3章第2節で詳述する。
(労働需給は、有効求人倍率でみるよりも引き締まった状態が続く)
次に、労働市場の動向をみる。第1-1-16図(1)は、雇用者数を男女別、正規雇用者・非正規雇用者別にみたものであるが、女性を中心に、増加傾向が続いていることが分かる。また、第1-1-16図(2)のとおり、就業率(15歳以上人口に対する就業者数の比率)も、25~64歳の女性を中心に上昇傾向が続いてきたが、2024年春頃には、横ばい圏内で推移している。これまで、女性については、2010年代半ば以降、非労働力状態から労働市場に参加する者が増加する傾向が継続してきたが、2024年に入って以降、女性が非労働力人口から労働力人口へと移行する確率(遷移確率)の上昇による労働力人口への流入は一服の兆しがみられるようになっており、非労働力人口が減少する中で、今後、女性の就業者の増加余地が小さくなる可能性には留意が必要である(第1-1-17図)。この点については、第2章第1節で再論する。
労働需給については、失業率は2%台半ばと低位で安定的に推移している一方、有効求人倍率は全体で1.2倍台、正社員で1倍程度と横ばい傾向で推移しており、全体としてひっ迫した状態が続いている(第1-1-18図)。第2章第1節で詳述するように、企業の人手不足感は歴史的な水準まで高まっており、職種別にみると、警備等の保安、建設、介護、宿泊・飲食サービス、貨物輸送等の自動車運転といった分野で、有効求人倍率が2倍超と、人手不足感が特に強くなっている。ただし、ハローワークを通じた入職割合は15%程度に縮小する中で、有効求人倍率のみで労働需給の引き締まりの程度を確認することは十分ではなくなっている点に注意が必要である。例えば、ビッグデータから、正社員について、ハローワークと民間職業紹介の双方を通じた求人数の動向を確認すると、ハローワークのみの求人数は2023年以降横ばい圏内であるのに対し、民間職業紹介も加えた求人数は、増加傾向が継続している(第1-1-19図)。また、パートタイム労働者について、民間職業紹介による求人数は、ハローワークを含む求人数よりも、高水準で増加傾向が続いていることが確認される。このように、民間職業紹介を含めた求人全体は、有効求人倍率のみでみるよりも、企業の人手不足感の高まりを反映して大きく増加している。なお、正社員の転職求人倍率を職種別にみると、IT・通信エンジニアや企画・管理といった職種を中心に3倍程度と高水準で推移し、募集年収別の求人割合についても、400万円未満の求人割合は減少する一方、600万円以上の相対的に高年収の求人割合が増加している(付図1-3)。
(労働市場の需給のマッチングは、DXにより多様化が進む)
企業による人材の採用経路について、企業へのアンケート調査18を基に、正社員(新卒、中途採用)、パート・アルバイト労働者別に、5年前から現在への変化をみると、正社員の新卒採用については、いわゆるインターンシップを経由した採用が大きく伸びた一方で、合同企業説明会は割合を下げている(第1-1-20図)。人口減少が続く若年層の人材獲得競争が激しくなる中で、学生等にインターンシップで就業体験をさせ、能力と適性を確認した上で、必要な人材を正式に採用するという囲い込み行動が活発化しているとみられる。一方、正社員の中途採用19については、上述のようにハローワーク経由が縮小するのとは対照的に、民間職業紹介の転職サイト経由の採用が伸びているほか、5年前はほぼ皆無だったSNSを通じた採用(ソーシャル・リクルーティング)や、自社の社員の紹介などを通じたリファラル採用等が増加している。企業が採用チャネルを選択する際に重視する項目をみると、「登録者数や閲覧数の多さ」や「サービスの費用」を挙げる企業が多く、豊富な数の採用候補者へのアプローチが可能という点では転職サイトやSNSが、採用コストという点ではSNSやリファラル採用の活用が増えているものとみられる。企業は、こうしたメリットを生かしつつ、新たな採用経路を開拓し、人材ニーズと求職者の希望や属性とのミスマッチを極力抑制する取組を進めていると考えられる。
また、パート・アルバイトでは、需給がひっ迫する中で、あらゆる採用チャネルで企業の利用割合が上昇しているが、上記のSNS経由のほか、本アンケート調査上では利用割合は5%程度と限定的なものの、スポットワークのアプリ20を通じた採用に取り組む企業が増加していることも特徴である。スポットワークのマッチングサービスを提供する大手企業における就労人数(延べ)をみると、運搬や接客・給仕など、人手不足感の高い運輸や飲食サービス等の職種を中心に、ここ4年で70倍近くまで急速に増加している(第1-1-21図)。このように、労働需給がひっ迫した状態が続く中で、労働市場の需給のマッチングは、DXによる新たな手段の活用を通じて多様化していることが分かる。
3 企業部門の動向
(企業収益は過去最高を更新し、収益力も着実に改善している)
次に、全体として堅調さを維持している企業部門の動きを確認する。まず、企業収益についてみると、全規模全産業では、2024年1-3月期には、経常利益・営業利益ともに過去最高を更新したことに加え、売上高に対する利益率としても同様に過去最高となり、全体として企業の収益力は着実に高まっている(第1-1-22図(1))。規模(大中堅、中小企業)・業種(製造業、非製造業)別に経常利益・営業利益をみると、いずれも改善傾向が続いているが、中小企業製造業の営業利益については、一部自動車メーカーの生産・出荷停止事案の影響もあって、2024年1-3月期は前期比で減少に転じる21など、改善に一服感がみられる点には留意が必要である(第1-1-22図(2))。次に、売上高経常利益率の対前年変化幅を、売上高原価率、売上高販管費率、営業外収支の要因に分解すると、非製造業については、2023年以降の各四半期で売上高経常利益率の前年同期差がプラスとなる中、売上高販管費率は人件費の増加等も背景に一貫してマイナス要因になっている一方、売上高原価率が大きなプラス要因となっている(第1-1-22図(3))。売上原価は、財やサービスの生産規模とともに変動するが、2023年の非製造業では、経済社会活動が正常化される中で、原価以上に売上が増加することで収益力が改善してきたと言える。一方、製造業では、2023年7-9月期まで売上高経常利益率が3四半期連続で前年同期を下回った後は、2023年10-12月期から2四半期連続で前年同期を上回って推移している。製造業においても、売上高販管費率がマイナス要因となる一方で、売上高原価率が足下でプラス転換しており、価格転嫁の進展もあって、原価以上の売上増加が収益増加に寄与していることがうかがわれる。
なお、企業収益は、2023年度としても過去最高を更新し、コロナ禍前の2018年度対比では、非製造業の経常利益はプラス23.3%、製造業はプラス28.4%と大幅に改善した(付図1-4)。2023年度の経常利益の前年度比を業種別にみると、製造業では、輸送用機械は、一部自動車メーカーの生産・出荷停止事案の影響はあったものの、半導体供給制約の緩和や価格転嫁、円安の影響から大幅なプラスとなった一方、既往の世界的な半導体市況の悪化により、情報通信機械や電気機械が減益となった。2023年末以降、半導体市況は底打ちし、持ち直しに転じているが、2023年度としては経常利益を押し下げる要因となった。非製造業は、幅広い業種で増益となっており、2023年5月の新型コロナウイルス感染症の5類移行やこれに伴うインバウンドの回復により、特に、宿泊・飲食を含むサービス業や小売業が寄与した22。
(企業保有の現預金残高は大きく、賃金・投資に回していくことが重要)
このように、企業収益は総じてみて緩やかな改善が続いている中、企業部門の保有する現金・預金残高は増加傾向を続けている。企業部門の現金・預金の保有残高のGDP比を主要先進国と比較すると、いずれもコロナ禍後に比率が拡大している点は共通しているが、我が国の現金・預金比率は、諸外国よりも恒常的に高水準にあり、かつ近年の上昇ペースが大きく、2023年末ではGDPの6割程度にまで達している(第1-1-23図)。企業規模別に、現金・預金残高等が総資産に占める比率をみると、<1>大・中堅企業においては、2000年代初頭以降、海外直接投資の拡大から投資有価証券比率が大幅に上昇する中で、現金・預金比率も2000年代後半から緩やかながら上昇している一方、<2>中小企業においては、2000年代初頭以降、現金・預金比率の上昇が続き、コロナ禍の各種資金繰り支援策の影響等もあって、2020年度以降上昇ペースが高まっている。こうした中で、<3>企業の規模を問わず有形固定資産比率は長期的に逓減傾向で推移している。これまで長期的に、企業部門は、海外生産を拡大させるとともに、足下の収益確保の観点から、コストカットを通じて賃金・投資を抑制してきたが23、今後は、こうして蓄積された企業部門の資金が賃金や投資に回り、経済の好循環につながっていくことが重要である。
(企業の業況判断は改善が続いている)
好調な企業収益も反映して、企業部門の業況判断も改善が続いている。日銀短観の業況判断DI(2024年6月調査)をみると、経済全体の売上高の約7割を占める非製造業は、大企業で業況が「良い」が「悪い」を33%ポイント上回り、中小企業でも「良い」超が12%ポイントと、共に1990年代初頭のバブル期以来の最高水準にある(第1-1-24図)。コロナ禍からの対面サービスの経済活動の回復、とりわけインバウンドの増加が続く中で、宿泊・飲食サービス、娯楽を含む個人サービス、運輸等で堅調さが維持されている。一方、製造業については、2023年末にかけては、半導体供給制約の緩和や円安等により輸送用機械を中心に、中小企業でも2019年3月以来に「良い」超に転じるなど改善してきた後、2024年3月調査では、一部自動車メーカーの生産・出荷停止事案の影響で下押しがみられたが、同年6月調査では全規模で「良い」超が5%ポイントと改善している。このように、日銀短観からみた企業の業況感は改善基調が続いている24。
(倒産件数はコロナ禍前の水準を超え、2013年以来の水準に)
収益や業況など企業部門の改善が続く一方で、倒産件数については増加傾向が続いている。コロナ禍においては、実質無利子・無担保融資(以下、「ゼロゼロ融資」という。)や持続化給付金等の事業継続支援により、倒産件数が月500件程度と歴史的な低水準に抑制されてきたが、2022年秋以降、経済活動が正常化に向かい、資金繰り支援が縮小する中で増加傾向に転じ、直近では季節調整値でみて900件程度で推移している(第1-1-25図)。一方、従業員規模別では10人未満の小規模企業が約9割、負債金額別では1億円未満の企業が約4分の3と多くを占める状況は、倒産件数の増加局面において変化しておらず、過去の金融危機等による景気悪化局面でみられたような大規模企業の倒産が増加するという状況には至っていない。倒産理由としては「販売不振」が全体の約4分の3を占めている。民間金融機関を通じたゼロゼロ融資を受けた中小事業者の状況をみると、2024年初時点では、据置期間中の割合が減少する一方、完済や借換が増加しており、条件変更や代位弁済の割合は増加しているものの微増にとどまっている。また、資金繰りの状況をみると、事業者から金融機関に対する条件変更の申込件数は前年比で増加しているものの、抑制されており、金融機関による条件変更の実行率は99%と高い水準が続いている。こうした中で、中小企業の資金繰り判断DIは現時点ではおおむね横ばい圏内で推移している。このように、ゼロゼロ融資の返済開始による影響は、現時点では限定的とみられるが、人手不足や物価上昇の影響を含め、中小事業者の倒産動向には引き続き留意が必要である。
(生産は半導体需要の回復に支えられるが、自動車生産停止の影響に留意)
次に、製造業の生産動向として、鉱工業生産指数について、本節第1項で述べた輸送機械以外の主要な業種の動向を確認する。世界的な半導体需要の回復は、関連業種の生産を押し上げる要因となっており、具体的には、電子部品・デバイスのICが2023年夏頃以降、生産用機械の半導体等製造装置がやや遅れて、持ち直し傾向に転じている。電子部品・デバイスについて、出荷・在庫ギャップをみると、世界的な半導体需要の悪化で積み上がった在庫の圧縮が進み、需要回復に伴い出荷が増加に転じる中でプラスに転じ、改善傾向が継続していることが分かる。ICのうち、令和6年能登半島地震による被災企業の工場停止の影響を受けた混成IC25についても、2024年3月中には生産再開となり、緩やかに持ち直しつつある。一方、生産用機械のうち、建設用・鉱山用機械については、2023年夏頃までは、増加傾向で推移してきた。需要面では、アメリカ向けは引き続き相対的に堅調であるが、欧州向け等が景気の弱含みの影響を受けていたほか、2023年末には、一部メーカーにおいて部品の供給制約が生じるなど国内供給要因の影響も受け、軟調に推移している。また、一部自動車メーカーの生産・出荷停止事案は、輸送用機械に限らず、軸受(ベアリング)(汎用機械)や自動車ボディのアルミ(非鉄金属)、電動モーター部品(電気機械)等の生産を下押しした。2024年3月以降の一部自動車メーカーの生産再開の中で、これらの裾野産業における生産の回復は遅れていたが、2024年5月には持ち直している(第1-1-26図)。今後の製造業の生産動向については、世界的な半導体需要の回復が、半導体製造装置やIC等の生産増加を支えていくと見込まれる一方、2024年6月に公表された一部自動車メーカーの新たな認証不正事案に伴う生産・出荷停止の影響や海外経済の下振れリスクに留意が必要な状況にある。
(設備投資は過去最高水準に達し、企業の投資マインドも堅調さが維持)
企業の設備投資について、GDPベースの民間企業設備の動向を確認すると、名目値では直近は1991年以来33年ぶりに104兆円を超え、過去最高水準となっている(第1-1-27図)。実質値については、建設投資を中心にデフレーターの上昇傾向が下押し要因となっているものの、緩やかな増加傾向が続いている。名目民間設備投資を形態別に試算すると、知的財産生産物は増加を続け、建設投資も相対的に堅調に推移する一方、機械投資は、2024年1-3月は一部自動車メーカーの出荷停止事案の影響もあり前期比で減少するなど、足踏みがみられた。
2023年度の設備投資実績を日銀短観からみると、全規模全産業の研究開発とソフトウェアを含む設備投資で前年度比プラス9.4%、長期の動向が把握可能な有形固定資産投資(機械投資や建設投資、土地投資を含む)で前年度比プラス10.6%と1991年度以来の高い伸びとなった(第1-1-28図)。2024年度の設備投資計画(2024年6月調査時点)は、こうした前年度の高い伸びからプラス10.6%と二桁増となるなど、投資計画からみた投資意欲は引き続き堅調であると評価できる。
(建設投資は、建設業の人手不足が今後の制約要因となる可能性に留意)
設備投資を形態別に詳細にみると、45%を占める機械投資については、一致指標である資本財総供給(除く輸送機械)は、2023年以降、ならしてみると横ばい圏内で推移し、持ち直しに足踏みがみられていた(第1-1-29図)。特に、2023年夏頃以降は、中国における不動産市場の停滞による景気の下振れ懸念など、海外経済の不確実性が高い状態にあり、さらに、2024年1月以降は、一部自動車メーカーの認証不正問題に伴う生産停止事案も重なり、投資計画の実行が一部先送りされた可能性等が考えられる。一方、2024年春には、世界的な半導体需要の回復の中で、半導体製造装置の国内投資が進んでいることに加え、先行指標の機械受注(船舶・電力を除く民需)についても、持ち直しの動きがみられている。機械受注残高やこれを月当たり平均販売額で除した手持ち月数も過去最高水準で推移しており26、これらが、2024年夏以降の今後の機械投資の一致指標の回復という形で顕在化してくることが期待される。
次に、設備投資の25%を占める建設投資については、先行指標の民間非住宅建築の工事費予定額は、製造業による生産能力の強化のための工場の新設・増設、オンライン消費需要に対応した物流施設の建設等にけん引され、歴史的に高水準で増加傾向が続いている(第1-1-30図)。工事進捗に伴う出来高ベースの民間建設投資は、定義上、着工ベースの工事費予定額から一定のラグを持って変動するものであり、2024年春時点では回復途上にあるが、工事費予定額の動きを反映して、今後も増加傾向が続くことが期待される。ただし、建設部門の人手不足の影響には留意が必要である。人件費以外の建設費用の上昇もあいまって、受発注者間で価格が折り合わず、投資計画の実行が一部先送りされている可能性もある。実際、内閣府による企業へのアンケート調査によると、人手不足の悪影響として、「受注量の調整」を挙げる企業の割合は、建設業で相対的に高く、こうした人手不足による建設投資の先送りが一定程度顕在化している可能性を示唆している。
設備投資の約3割を占める知的財産生産物投資について、ソフトウェアと研究開発投資に分けてみると(第1-1-31図)、ソフトウェア投資は、DX対応のほか、第2章で述べる人手不足に対応した省力化の動機もあり、増加傾向が続いている。日銀短観においても、2023年度の実績は金融機関を含む全規模全産業で前年度比プラス12.2%、2024年度の6月調査時点の計画でもプラス14.8%と他の形態の投資よりも高く、ソフトウェア投資への需要は引き続き堅調に推移するとみられる。研究開発投資については、過去数年は、実績の伸び率が、年度当初の6月調査時点の計画を上回る傾向がみられることに加え、2024年度についても、2017年度以降で過去最高水準の計画伸び率となっており、製品の高付加価値化・差別化に向けた無形資産への投資意欲が近年高まっていることが示唆される。
このように、設備投資は、全体として持ち直しの動きがみられるが、設備投資のキャッシュフロー比率(投資性向)をみると、企業の我が国経済の成長期待と連動する傾向があり、長期的な低下傾向からは下げ止まっているものの、依然として、手持ち資金の範囲内での投資の実行にとどまっている(第1-1-32図)。戦略分野など国内投資促進策を着実に実行すること等により、企業部門の我が国経済の成長力に対する期待を引き上げていく取組が極めて重要である。
4 対外経済部門の動向
(輸出は、インバウンドなどサービスの増加が続く)
次に、外需の動向として、GDPにおける財貨・サービスの輸出入の動向を確認する。第1-1-33図のとおり、財貨とサービスを合わせた実質輸出は増加基調を続けているが、2022年末までは、世界経済のコロナ禍からの回復に伴う財の輸出増加がけん引していた一方、2022年末以降は、サービスの輸出増加、とりわけ水際対策の緩和・撤廃に伴うインバウンドの大幅な回復に支えられたものであり、財の輸出は2023年以降、ならしてみると足踏みの状態にあった。インバウンドを除くサービスの輸出は、2023年10-12月期に急増し、2024年1-3月期は大きく反落したが、これはサービス輸出の約2割を占める産業財産権等使用料について、2023年10月に医薬品の開発に伴う契約一時金等の多額の受取が発生したという一時的な特殊要因の影響による。一方、財貨とサービスを合わせた実質輸入をみると、財の輸入は、コロナ禍からの経済の持ち直しの中で、2022年半ばにかけて増加したが、その後一服し、2023年後半以降は横ばいから弱含みで推移してきた。これに対し、サービスについては、アウトバウンドの寄与は僅かな一方、これを除くサービスは、後述するようにデジタル関連の輸入を中心に、継続的に増加傾向にあり、全体としての輸入の増加をけん引する姿となっている。
財輸出について、地域別・品目別に確認すると、まず、輸出の52%を占めるアジア向けは、春節の影響27により2024年に入って不安定な動きがみられる中、3分の1を占める中国の景気回復の弱さを反映し、全体として足踏みがみられている(第1-1-34図)。ただし、情報関連財に関しては、世界的な半導体需要の回復により、韓国や台湾向けを中心に半導体製造装置等が持ち直している。資本財は、中国経済の足踏み等を受け、軟調に推移している。中国向けの工作機械は、受注金額(名目値)が2023年秋頃に底打ちしているが、今後については中国の不動産市場の停滞に伴う影響には引き続き注意が必要である。
アメリカ向け輸出(輸出の20%)は、同国の堅調な景気を背景に高水準で推移しているが、国内供給要因もあって、約3割を占める自動車が下押しされていることなどから、2024年に入って増勢が鈍化している。具体的には、自動車の完成品は、2023年秋以降の一部メーカーの工場事故や自動車運搬船の需給ひっ迫といった影響に加え、2024年1月以降の認証不正問題に伴う生産・出荷停止や降雪による稼働停止が重なる中で軟調に推移した。一方、自動車の部分品は、対照的に増加傾向を示していたことから、現地生産の増加により輸出の減少を代替していたとみられる。実際、アメリカ国内の新車販売は、日系メーカーの販売を含めて底堅く、供給要因により輸出が困難な中で、現地生産が増加していたことが確認される。
EU向け輸出(輸出の10%)は、欧州経済の景気の弱さを反映し、2023年秋以降、弱含みで推移してきた。特に、資本財が需要の弱さから建設用・鉱山用機械等を中心に減少傾向で推移しているほか、自動車も一部メーカーの稼働停止など国内供給要因もあって、弱い動きとなっている。一方、昨年末以降、名目賃金を消費者物価で除した購買力ベースの賃金が増加に転じる中で、欧州経済には持ち直しの動きがみられており、今後は、EU向けの輸出も回復に向かうことが期待される。中東や豪州などその他地域向け(輸出の18%)は、ならしてみれば2023年年央以降横ばい圏内で推移している。これは、同地域向け輸出の4割を占める自動車について、2023年半ば頃までみられた中東向け輸出の増勢が一服していることに加え、建設用・鉱山用機械が、豪州向けで住宅建設の鈍化等の影響もあって2024年春頃にかけて減少したこと等が背景にある。
このように、財輸出は、2023年夏頃以降、中国経済の回復の弱さや欧州経済の弱含みといった需要面に加え、2023年末以降は、自動車を中心に工場の稼働停止等に伴う供給要因もあって、全体として足踏みが続いてきた。一方で、この間、実質実効為替レートは円安が進行していたが、こうした価格面での競争力の高まりにもかかわらず、財輸出は増加には転じていない(第1-1-35図(1))。一般に、財の実質輸出の為替レートへの感応度が低くなっている点に関しては生産拠点の海外移転が進んだことに加え、輸出財の高付加価値化に伴い、円安となっても、かつてのように現地市場でドル建ての販売価格を引き下げるのではなく、販売価格を維持する戦略(price to market)をとるようになったことが背景にある。この点をみるために、VARモデルにより、為替レートの10%の減価(円安)による実質輸出や輸出物価への影響を確認する(第1-1-35図(2))。この結果によると、1975年~2009年までの期間においては、10%の円安に対して、契約通貨ベースの輸出物価は有意に低下する一方、実質輸出は有意に増加する姿であった。しかし、2010年~2023年の期間では、為替レートの減価に対し、契約通貨ベースの輸出物価は低下せず28、実質輸出もプラスの影響はあるが有意とはなっていない。このように、為替レートの円安は、企業の外貨建ての価格設定行動の変化により、実質輸出には影響を与えにくくなっていることが確認される。
(エネルギー効率改善と電源構成変化で、鉱物性燃料は輸入全体の減少要因に)
次に、財の輸入について、2023年後半以降の地域別・品目別の状況をみると、47%を占めるアジアからの輸入は、2023年末にかけては、コロナ禍の際の巣ごもり需要により増加していた電算機(パソコン等)がその反動で減少傾向が続いた一方で、新製品の効果等もあって携帯電話の輸入が増加したほか、半導体の供給制約の解消から自動車生産用部品の輸入も堅調に推移し、機械機器を中心に全体として横ばい傾向で推移していた(第1-1-36図)。2024年初以降は、携帯電話の反動減や自動車メーカーの生産・出荷停止事案による部品輸入の減少により、弱含む局面がみられたが、直近では、電算機が緩やかな持ち直し傾向にあるなど、機械機器を中心にアジアからの輸入は横ばい圏内で推移している。アメリカからの輸入(輸入の11%)は、2023年頃までは機械機器を中心に横ばい圏内で推移していたが、医薬品の増加傾向が続いているほか、2024年初以降、コロナ禍後の旅行需要の回復もあって航空機の輸入が増加するなど持ち直しの動きがみられた。EUからの輸入(輸入の10%)は、2割弱を占める医薬品が振れを伴いながら増加傾向にある中で、2024年初以降、紅海危機29により、海上輸送において、より日数を要する喜望峰周りへの代替が進むなどの混乱が生じ、アルコール飲料や化粧品を含め輸入が一時的に大幅に減少した。その後、この影響は平準化し、持ち直しの動きがみられている。
なお、財の輸入全体としては、2013年以降、振れはありながらも長い目でみれば横ばい圏内で推移する一方で、2023年の金額で約25%を占める原油等の鉱物性燃料の輸入数量は、コロナ禍での落ち込みとそこからの反動増を除くと、長期的には減少傾向にある(第1-1-37図)。背景には、第一に、エネルギー需要の減少がある。具体的には、一国の生産活動の動向を表す実質GDPは緩やかながらも増加傾向にある一方、単位生産当たりの一次エネルギー供給、すなわちエネルギー効率の改善傾向が上回り、一次エネルギー供給は減少している。第二に、鉱物性燃料から他のエネルギーへの代替が影響している。具体的には、発電部門における電源別シェアをみると、過去10年程度の間で鉱物性燃料のシェアが低下し、太陽光等の再生可能エネルギーや原子力のシェアが上昇している。今後も、エネルギー効率の改善や電源構成の変化の継続が見込まれる中で、鉱物性燃料の輸入数量の減少は長期的な傾向として続いていくと考えられる。
(デジタルや保険分野では輸入の拡大が続く)
次に、サービス輸出入については、上述のとおり、近年の大きな動向を規定しているのは、コロナ禍からのインバウンド(輸出)の回復と、コロナ禍を経て拡大が続くデジタル関連等の輸入である。インバウンドについては、訪日外客数が2024年3月に初めて300万人を超えて、上半期として過去最高水準となった(第1-1-38図)。一人当たり名目旅行消費額も2024年1-3月は2019年1-3月対比でプラス43%と大きく増加している。この間、為替レートの円安が進んでいるが、訪日旅行者の多い主要な国・地域について、対円の実質為替レートの増価率と、訪日外客一人当たり実質消費額の伸びを比べると、アジア諸国ではおおむね同程度となっている。一方、英国、フランス、アメリカといった欧米諸国では、実質消費の伸びが各通貨の対円の実質為替増価率を上回っており、これら諸国からの訪日外客は宿泊日数の延伸等により、購買力の増加以上に、日本国内で消費を増やしている様子がうかがわれる。
一方、アウトバウンドについては、海外旅行者数は持ち直し基調にあるものの、コロナ禍前の2019年の水準を依然4割弱下回っている。年齢別にみると、20代の旅行者数は2019年を上回る水準に回復する一方、30代以上では下回った状態にある。旅行先地域別旅行者数では、いずれも2019年を下回っているが、近場で相対的に安価なアジア向けでは、欧米に比べ、2019年対比の落ち込みが小さいことが分かる。日本人の一人当たりの海外旅行消費額は、2019年比で、名目値では2割強増加する一方、主要な旅行先国・地域の物価や為替レートから作成されたデフレーターによる実質値では逆に2割強減少しており、海外での物価上昇や円安の影響が、アジアへのシフトなど旅行日数の短縮等につながっていることが分かる(第1-1-39図)。
インバウンドはサービスの純輸出の黒字拡大要因である一方、輸送や旅行を除くその他のサービスは輸入の増加が輸出の増加を上回り赤字拡大要因となっている。その他のサービスを詳細にみると、クラウドサービス等のコンピュータサービス、インターネット広告を含む専門・経営コンサルティングサービス、動画などコンテンツ配信に係る著作権等使用料など、デジタル関連のサービスのほか、損害保険の再保険を含む保険・年金サービスといった品目で赤字幅が拡大している(第1-1-40図(1))。これらの赤字拡大の背景を確認すると、まず、デジタル関連について、クラウドサービスやインターネット広告、動画配信の国内市場規模は、コロナ禍前の2019年から2023年にかけて、それぞれプラス250%、58%、83%と1.5倍~3.5倍へと大きく拡大している(第1-1-40図(2))。インターネット広告に関しては、国内の広告費支出額(国内生産分+輸入分)と国内広告会社の売上額(国内生産分+輸出分)の差は、専門・経営コンサルティングサービスの赤字額と近似しており、当該分野における赤字額の増加は、大宗が、近年の海外へのインターネット広告関連の支払額の増分で説明できる(第1-1-40図(3))。また、コンテンツ配信についても同様に、著作権等使用料の赤字額と、国内のコンテンツ関連支払額(国内生産分+輸入分)と国内企業の売上額(国内生産分と輸出分)の差を比較すると、水準は異なるものの30、増加傾向については同様となっている(第1-1-40図(4))。さらに、クラウドサービスについて、パブリッククラウドの国内市場規模と海外主要3社31のシェアから、海外への支払額を試算すると、近年増加ペースが強まっており、コンピュータサービスの支払額の増分の大宗を説明していると考えられる32(第1-1-40図(5))。また、保険・年金サービスについては、世界的に自然災害が頻発する中で、損害保険の再保険料率(付加部分)が急伸しているほか、国内で投資性の強い保険商品の契約が増えていることに伴って、本邦保険会社が異常リスクを抑制するために海外の再保険引受会社と結ぶ再保険契約も増加しており、円安もあいまって、保険・年金サービスの赤字の加速度的な増加につながっているとみられる(第1-1-40図(6))。
ここで、これらサービスのRCA(顕示比較優位指数)33を確認すると、我が国は、保険・年金や、専門・経営コンサルティングやコンピュータサービス等は、いずれも主要先進国より低位となっている。知的財産権等使用料については、データの制約上、著作権等使用料のほか、日本が強みを持つ特許権(産業財産権)等使用料が含まれることから、日本のRCAが相対的に高いが、著作権等使用料のみでは、他のサービスと同様、諸外国よりも低いものと考えられる(第1-1-41図)。デジタル分野等の赤字は、比較優位に基づく国際分業の考え方に基づけば、必ずしも問題というわけではなく、例えば、クラウドサービス利用が拡大していることは、質の高い海外のサービスを活用して、企業のDXが進んでいることの裏返しとも言える。デジタル赤字を縮小すること自体が目的ではなく、コンテンツ産業など我が国の潜在的な成長分野において、稼ぐ力を強化する取組を進めることにより、結果として、関連サービス分野が成長していくということが重要であろう。
5 財政支出と金融市場の動向
(公共投資は、底堅く推移しているが、人手不足の影響には留意が必要)
政府支出の動向として、まず公共投資の動向を確認すると、国の一般会計公共事業関係費及びその他施設費は、令和5年度当初予算及び補正予算(2023年11月29日成立)において、国土強靱化関係予算を中心に約8.3兆円の予算措置が講じられており、補正後予算の対前年度比で3.2%の増加となった(第1-1-42図)。加えて、令和5年度の地方財政計画では投資的経費(東日本大震災分含む)のうち地方単独事業として、前年度並みとなる約6.4兆円が計上された。こうした国・地方の予算措置を反映し、公共工事受注額は2023年末以降、増加基調にある。一方、進捗ベースの公共工事出来高をみると、高水準を維持していたものの、既往の令和4年度第2次補正予算(2022年12月2日成立)の効果の剥落もあって、2023年半ば以降は減少傾向で推移した34。発注者別の工事出来高をみると、国直轄事業に加えて、都道府県発注工事(補助事業及び単独事業)がこの間の減少傾向に寄与した。2024年4月には、工事出来高は、都道府県や市区町村発注事業を中心に大幅に増加し、令和5年度補正予算の効果が表れ始めている。ただし、建設業の人手不足感の高まりや建設費の上昇・高止まりの影響には留意が必要である。国(国土交通省)の直轄事業の入札不調・不落の割合は、2022年度時点で3.5%と低水準にある一方35、地方公共団体の公共事業の契約率をみると、2023年度にかけて、都道府県や市区町村でやや低下傾向にある。引き続き、人手不足やその影響を踏まえつつ、適切な予算執行に向けて、適正な価格・工期による契約や施行時期の平準化が必要と考えられる。
(政府消費の増加ペースは過去のトレンドに回帰へ、移転支出は正常化の途上)
次に、GDPの2割強を占める政府最終消費支出の動向をみると、高齢化の進展を背景とした医療・介護給付費の増加傾向に加え、新型コロナウイルスワクチン接種費用により、現物社会移転が拡大するとともに、同ワクチン購入をはじめとするコロナ禍における各種対策により、2022年度にかけては中間投入が著しく増加した。2023年度においてはこれらの要因が一服し、政府消費の伸びはコロナ禍前のトレンドに回帰しつつある。
また、一般政府部門から家計や企業など国内居住者への移転的支出をみると、コロナ禍前は、高齢化による公的年金等の「現金による社会保障給付」を中心に緩やかな増加傾向にあった一方で、その他の移転的支出はほぼ横ばいであったことが分かる。これに対し、コロナ禍に入って以降は、一人10万円の家計への特別定額給付金、中小・小規模事業者への最大200万円の持続化給付金、雇用維持のための雇用調整助成金、飲食店等への時短協力金等により「他に分類されない経常移転」のほか、子育て世帯や住民税非課税世帯への10万円の臨時特別給付金等により「社会扶助給付」が大幅に拡大した。こうしたコロナ禍における臨時的給付措置等は現時点では縮小しているが、2022年以降は、物価対策として講じられた燃料油や電気・ガスの激変緩和措置により「補助金」が増加しているほか、所得税・住民税の定額減税に伴い実施されている住民税非課税世帯への給付措置等により「社会扶助給付」は引き続き高水準で推移すると見込まれる(第1-1-43図)。このように、コロナ禍対策から物価対策へと政策の重点が移り、給付金など家計への直接的な移転はピーク時より減少している一方、所得の伸びが物価上昇に追いついておらず、消費は力強さを欠いているため、家計部門への支援が必要な状況にあり、政府による移転支出の平常化は引き続き途上にある。名目賃金の上昇が物価上昇を上回る状況が継続的に実現していく中で、こうした移転的支出についても平時の姿に近づいていくものと期待される。
(金融政策の枠組み変更後、長期金利は1%程度に上昇)
最後に、金融・資本市場について、金利、為替、株価の動向を振り返る。
金利について、日本銀行は、2024年3月に、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況に至ったとの判断の下、2016年以降続けてきたイールドカーブ・コントロールなどの長短金利操作付き量的・質的金融緩和の枠組みの見直しやマイナス金利政策の解除を決定し、政策金利を短期金利(無担保コールレート(オーバーナイト物))とした上で、マイナス0.1%~0%で推移していた短期金利について0%~0.1%程度で推移するよう促すこととした。それ以降、短期金利は同範囲内で推移している。短期金利に連動する短期プライムレートは、変動金利型住宅ローンや中小企業向け貸出で参照されることが多いが、2024年6月時点では、主要行における短期プライムレートは据え置かれている(第1-1-44図)。この結果、住宅ローンの新規貸出の8割を占める変動金利は引き続き低水準で推移している。また、短期金利の上昇を受けて、預金金利は、普通預金、定期預金ともに各行で引き上げられており、日本銀行(2024)によると、普通預金金利を引き上げた金融機関は2024年4月初時点で7割強であり、キャンペーンを除けば、引上げは2006年度以来18年ぶりとなっている。一方、長期金利(新発10年国債利回り)については、イールドカーブ・コントロールの解除後、米国金利上昇の流れや、市場における金融政策の先行きに対する引締め観測等により上昇し、2024年7月現在では、1%を超える水準となっている。こうした中で、2012年以降10年以上にわたって0%台だった10年国債の表面利率も同様に上昇し、2024年7月には1.1%の水準となっている。また、長期金利の上昇に連動して長期プライムレートや住宅ローン固定金利は徐々に上昇している(第1-1-45図)。
ここで、日銀による「主要銀行貸出動向アンケート調査」における、主要銀行からみた企業や個人の資金需要判断DI(増加-減少、%ポイント)をみると、企業向け貸出については、大企業、中小企業ともに、2024年7月時点で増加超であり、大きな変動はない。個人向けのうち住宅ローンについて、マイナス幅は緩やかな縮小傾向にあり、現在はゼロ近傍で推移しているが、こちらも大きな変動はない。このように、資金調達側からみた資金需要態度には現時点では金利上昇の影響は表れていない。また、資金繰り判断DIについても、倒産の項でみたように安定的に推移している。このように、現時点では、金利上昇の家計部門や企業部門への影響は限定的と考えられるが、倒産の推移を含め、今後の動向には引き続き留意が必要である。
金利上昇の実体経済への影響として、例えば、家計については、部門全体としては、預金をはじめ金融資産が住宅ローン等の負債を上回っているため、預金金利の上昇等による財産所得の増加という効果がある。一方で、二人以上世帯の約4分の1を占める住宅ローン返済世帯については、住宅・土地負債が預金等の資産を上回り、変動金利型の住宅ローン負債がある世帯にとっては、金利上昇は返済額の増加を通じた負担増をもたらす(第1-1-46図(1))。住宅ローンについては、現状、新規貸出額の8割弱、貸出残高の3分の2程度が変動金利型である(付図1-6)。変動金利型住宅ローンには、適用金利が上昇した場合、月々の支払額の変動を抑制するために、激変緩和措置36が契約上盛り込まれている場合が多く、短期金利が上昇したとしても、直ちに返済額が増加するわけではない。しかし、中期的には、金利上昇は、変動金利型住宅ローンの返済額に影響し、第1-1-46図(2)のとおり、住宅ローンの返済負担率(DSR。ここでは可処分所得に対する返済支払額)は若年世帯ほど大きい。二人以上世帯に占める20代、30代の住宅ローン借入勤労世帯のシェアはそれぞれ約0.3%、約5.1%ではあるが、金利上昇は、こうしたDSRの高い世帯の負担増、ひいては消費の抑制につながり得るという点に留意が必要である。
(為替レートは、円安ドル高が進む)
為替相場について、円の対米ドルレートは、アベノミクスの開始後、2013年4月以降、2021年末まで、おおむね1ドル100円~120円の範囲で推移していた。しかし、2022年には1月の1ドル115円程度から10月には150円まで円安ドル高が進み、2023年1月にかけて一旦、1ドル130円程度まで円高ドル安に動いたものの、2024年1月にかけては1ドル145円、2024年4月末には、1990年4月以来の1ドル160円程度まで円安ドル高が進行した(第1-1-47図(1))。2024年4月末~5月にかけて実施された、月間実施額としては最大となる計9兆7,885億円の外国為替平衡操作(為替介入)等を経て、2024年7月下旬時点では、1ドル150円台半ばで推移している。為替レートは、国際収支動向を含め様々な要因に影響を受けるが、こうした円安ドル高の動きの背景の一つには、日米間の金利差の拡大とその先行きに対する市場の観測がある。アメリカ経済は、コロナ禍から早期に回復する中、2022年3月から米連邦準備制度理事会(FRB)による急速な利上げが開始され、2024年7月現在で政策金利(FFレート)が5.25%~5.5%という高水準に達し、日米金利差は拡大している。こうした利上げの一方で、アメリカの物価上昇率は目標の2%を上回る水準で下げ止まる状況にあり、FRBによる政策金利の引下げ観測が後退し、市場において、日米の金利差が引き続き意識される展開となっていた。
次に、実質実効為替レート37の長期的な推移をみると、1990年代半ば以降、世界金融危機後の円高等の動きはあるものの、傾向としては円安の方向で推移し、2024年5月には、1973年2月に変動相場制に移行して以降で最も低い水準となっている(第1-1-47図(2))。実質実効為替レートの長期的な減価は、主に日本と海外における物価上昇率の差によるものであり、我が国がデフレに陥り、そこから抜け出せない状態が続く中、実質実効為替レートで測った円の相対的な価値が低下してきた。他方、2022年以降をみると、欧米諸国よりは物価上昇率が低く推移していたものの、名目実効為替レートと実質実効為替レートの変化の程度に大きな違いはなく、実質実効為替レートの減価は、対米ドルをはじめとする名目為替レートの減価に主に起因している。
為替レートについては、二国間の金利差や国際収支動向など様々な要因によって市場で決まるものであるが、長期的には、一物一価が成立する下で、二国間の物価水準や物価上昇率の差を反映するという購買力平価に沿って推移するとされる。例えば、EurostatとOECDが算出している購買力平価においては、2022年では1ドル=94.93円(1980年は243.77円)となっている。
ここでは、月次の動向も確認するために、日米の二国間に着目して、両国の国内企業物価や消費者物価を基に算出した購買力平価の推移をみると、趨勢的には両国間の物価の差を反映し、円高ドル安方向となる中、実際の為替レートもおおむね購買力平価±20%のバンド内で推移してきたことが分かる(第1-1-47図(3))。しかし、2022年春頃以降は、為替レートはこのバンドを超えた円安ドル高の状態が続いている。
円安は、一般論として、輸出企業や海外現地法人を持つ企業にとって、円建ての収益や配当の増加といった効果がある一方、それ以外の企業にとっては、輸入物価上昇により原材料コストが増加し、販売価格に十分転嫁できなければ、収益の圧迫要因となる。また、国内販売価格に波及する場合には、名目賃金・所得が十分上昇していなければ、家計の実質所得(購買力)を押下げ、個人消費の下押し要因となる。後述するように、円安による国内企業物価や消費者物価への波及は近年高まる傾向にあり、為替動向やその影響には、引き続き十分注意が必要である。
(株価は堅調な企業収益のほか、NISA枠拡大もあって、過去最高値を更新)
2024年初以降の株式市場についてみると、我が国の株価は、アメリカの株価の上昇に加え、新NISAの開始に伴う資金流入や堅調な企業の決算等を受けて上昇傾向で推移し、2024年2月22日には、バブル期の最高値(1989年12月29日38,915円)を超え、3月22日には史上最高値の40,888円を記録した(第1-1-48図(1))。その後、アメリカの株価の影響も受けながら一進一退で推移し、7月11日には42,224円と最高値を記録したが、7月下旬時点には38,000円台となっている。なお、NISAに関しては、2024年1月の拡充以降、投資信託の純資産額における国内株式のストック残高が増加し、フローの資金純流入額でも、NISA枠拡大・恒久化以前の2023年夏頃より拡大傾向にある(第1-1-48図(2)(3))38。
こうした株価の動向を評価するため、株価水準の割安感・割高感をみる指標として用いられることの多い、株価収益率(PER:Price Earnings Ratio)や株価純資産倍率(PBR:Price Book-value Ratio)39を確認する。プライム市場(及び旧東証1部)上場企業のPERとPBRを算出すると、2024年4月は、PERが22.4倍、PBRが1.9倍であり、2013年以降平均の24.6倍、1.5倍と比べると、株価は、企業収益に対して過去平均並みであり、純資産額に対してやや高めとなっている。もっとも、1980年代後半のバブル期の平均(PER:62.0、PBR:4.3)に比べると、いずれの指標も相当程度低位にとどまっており(第1-1-48図(4))、直近の株価水準は現実の企業収益や資産と相対的にバランスがとれていると評価できると言える。その上で、1989年末以降の各国の株価動向については、アメリカは約14倍、ドイツは約10倍、フランスは約4倍、英国は約3倍となる一方、我が国は1989年の水準に回帰したという状態にとどまっている。株価は、企業業績に加え、一国の経済成長に対する期待も反映するものであり、潜在成長率の引上げに向けて、人々の就業意欲を後押しする取組、国内設備投資の拡大や、研究開発等の無形資産投資の促進による新しい価値の創造に早期に取り組み、成長型の新たな経済ステージへの実現を図ることが重要と言える。