第1章 マクロ経済の動向と課題 第3節

[目次]  [戻る]  [次へ]

第3節 本章のまとめ

我が国では長くデフレから脱却できず、すう勢的な人口減少と相まって、企業による我が国の経済成長についての予想が低下することで投資が抑制され潜在成長率が低下し、これが一層の成長期待の低下につながるという悪循環を招いてきた。デフレ脱却に向けた動きが出てきた今、マクロ経済運営に当たっては、物価動向や賃金動向に加え、賃金上昇が消費増を通じて企業所得を増加させ、更なる投資や継続的な賃金上昇につながっているか、また、労務費等の適正な転嫁を通じた物価上昇への好循環が起動し、持続しているか、細心の注意を払って確認していく必要がある。

2022年以降の我が国経済は、経済社会活動の正常化が進む下、サービス消費を中心に緩やかな回復を続けてきた。サービス消費は、コロナ禍前の水準を取り戻しつつある一方、テレワークの定着により、平日の外食消費や定期券による交通利用が減少する一方で、コンテンツ配信は増加するなど構造変化が生じている可能性がある。また、財消費をみると、主要な家電は巣ごもり需要を経て買い替え時期を迎えておらず、弱い動きが続く可能性がある。他方、明るい材料もある。まず、感染症の5類への移行により、経済社会活動が抑制されることなく回復を続けられる環境が整った。また、30年ぶりの高水準の賃上げは、家計の可処分所得の増加を通じて消費増につながることが期待され、今後の自律的で持続的な回復を後押しすると考えられる。自動車は、半導体等の部材供給不足の影響が緩和されたことで生産が増加しており、買い替え時期を迎えている登録台数が多いことから、こうした所得増の下で販売増が続くことが期待される。

また、企業部門の強い投資意欲も需要を支えることが期待される。日銀短観による2023年度の設備投資計画では、2022年度の7.4%増から更に12.4%増加する計画が示されている。ただし、長期的にみると、我が国では設備投資キャッシュフロー比率が低下し、資本の老朽化が進む中で資本の生産性が停滞しており、積極的に能力増強やIT化、省力化投資などを進め、生産性を高めていくことが喫緊の課題といえよう。

我が国経済は足元では緩やかな回復が続いているが、今後、コロナ禍後の経済社会を民需主導の自律的・持続的な回復軌道に乗せていくためには、経済の供給面、すなわち潜在成長率を高めていくことが重要となる。

潜在成長率の引上げには、生産性の低い資本ストックを更新するとともに、成長分野における投資を拡充し、人手不足を解消する省力化投資を加速することにより、資本投入の寄与度を高めていくことが重要となる。設備投資の決定要因の一つが我が国の経済成長に対する企業の期待45であり、これを高めるには、まず実際の成長率を引き上げることが必要である。成長率を引き上げるためには、企業の積極的な投資意欲を後押しする必要があり、重点分野での大胆な投資拡大に向けて、政府が長期的なビジョンを提示し、呼び水となる官の投資について複数年度でコミットするとともに、規制・制度措置の見通しを示すことで、民間の予見可能性を高め、民間投資を誘発するなど、持続的な成長を支える投資環境を整えることが重要である。

また、労働投入の寄与については、女性や高齢者の就業者数・就業時間には増加の余地があると考えられる。そのための具体策については、第2章で詳述する。加えて、生産性の継続的な上昇もまた、成長期待の向上を通じて、その後の更なる投資などにつながることから、持続的な成長にとって重要である。人的資本や研究開発といった無形資産への投資や情報化資産への投資に加え、スタートアップ支援や新陳代謝の活性化策などが、今後の生産性の持続的な向上に寄与すると考えられる。これらについては、第3章で詳述する。

潜在成長率の上昇は、財政状況の改善にも資する。名目GDPの増加を通じた税収増や、名目GDP自体が増加することで、基礎的財政収支対名目GDP比の赤字幅や政府債務残高対名目GDP比も改善させる。現下の日本経済は、コロナ禍から脱し、平時の経済に向かいつつあり、財政による生活・事業支援や需要不足補填という段階は終わりに近づいている。海外経済の下振れリスクなどを注視しながら、設備投資や人的資本投資、少子化対策などの供給力の上昇に資する分野を中心とした財政支出へとメリハリをつけるなど、潜在成長率の向上に向けた取組を進めていくという視点が重要である。

過去四半世紀の我が国経済にとっての最も大きなチャレンジがデフレ脱却である。本章で議論してきたように、マクロ経済環境をみると依然としてデフレ脱却したとは言えない状況にあるものの、今まさに、我が国の物価や賃金が動き出しつつある。今般の物価上昇の起点は輸入物価上昇によるコストプッシュであり、物価高騰が家計や企業にとって一定の負担となっていることは事実である。しかし、こうした物価上昇を契機として、消費者の物価上昇予想が高まり、ゼロに張り付いてきた価格が動き始めることで、デフレ脱却に向けたチャンスが訪れていることを見逃してはならない。デフレからの脱却は、企業の売上が増加し、賃金に適切に分配される中で、物価や金利が需給を調節し、価格メカニズムを通じて資源の効率的な再配分を達成する、正常な経済の姿を取り戻すという点で大きな意味を持つ。そのため、政府は、日本銀行と緊密に連携し、物価に加え、賃金や企業収益といった分配面も含め、マクロ経済環境をよく注視しながら経済運営に当たっていく必要がある。これにより、長らく続いたデフレマインドを払拭し、成長期待を高めることで、デフレ脱却に確実につなげていく必要がある。


(45)詳細は、内閣府(2022)を参照。
[目次]  [戻る]  [次へ]