第1章 マクロ経済の動向と課題 第2節

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第2節 物価の基調的な動向と財政・金融政策

本節では、2022年以降記録的な上昇を続ける消費者物価について、その動向の背景を分析した上で、デフレ脱却に向けて求められる経済環境を整理し、持続的な経済成長に向けたマクロ経済政策の課題を検証する。

1 2022年以降の物価上昇の背景と基調的な動向

本項では、消費者物価上昇の背景として今般の物価上昇の起点とも言うべき輸入物価の動向やその国内企業物価への波及を分析した後、消費者物価の財・サービス別の動向を、欧米との比較も交えて分析する。さらに、デフレ脱却に向けた物価動向の評価について分析し、長期的にデフレや低インフレが続いてきた我が国の物価を取り巻く環境の現在地を確認する。

輸入物価の下落に伴い、国内の企業間取引価格も上昇率を縮小

原油をはじめとした国際商品の価格を円ベースでみると、2022年中頃までは多くの商品価格がロシアによるウクライナ侵略や円安方向への動き等の影響で上昇していたものの、急速な円安の進展の一服、世界的な景気減速による需要減少の予想、暖冬による欧州の天然ガス需要の低下に加え、ウクライナからの穀物輸出の再開などにより、2023年には多くの商品価格がコロナ禍前よりは高いものの、ウクライナ侵略前の水準まで低下している(第1-2-1図(1))。国際商品価格の下落に伴い、輸入物価(円ベース)の前年比上昇率も、2022年秋以降低下している。特に、我が国の輸入物価は、資源価格によって変動が形作られており、2023年4月には、石油・石炭・天然ガスといった鉱物性燃料や、鉄鉱石や銅などの影響を受ける金属・同製品などの価格が寄与することで、総平均の前年比が2年2か月ぶりにマイナスとなった(第1-2-1図(2))。

こうした輸入物価の動向は、国内企業間の取引価格に影響を与える。特に輸入財の価格変動の影響を強く受ける国内財の企業間取引価格の動向を捉えた国内企業物価指数は、2022年12月には、1980年12月以来42年ぶりの上昇となる前年比10.6%となった。2023年に入ると、輸入物価を遅れて反映する形で石油・石炭製品、非鉄金属等が前年比で下落するとともに、鉄鋼も上昇幅を縮小させる中で、総平均の上昇率が低下している(第1-2-1図(3))。他方、企業間のサービス取引の価格動向を捉えた企業向けサービス価格指数(除く国際運輸)は、財に比べれば低いものの、前年比上昇率は次第に高まっている。宿泊サービスの需要回復や人件費要因による専門技術者派遣サービスの高騰等により諸サービスが上昇したほか、物品価格の高騰によりリース・レンタルが上昇している。こうした背景により、2023年5月には、総平均(除く国際運輸)の前年比が、消費税の影響を除けば、1992年7月以来30年8か月ぶりの上昇となる前年同月比2.0%となった(第1-2-1図(4))。

最終需要段階の物価は、輸入財の寄与が低下する中、国内財・サービスの寄与が上昇

企業が直面する財やサービスの物価を需要段階別に統合して集計したものとして、最終需要・中間需要物価指数(FD-ID指数)がある。FD-ID指数は、素材・原材料に最も近い段階であるステージ1(川上)から最終需要に最も近い段階のステージ4(川下)まで24の中間需要と最終需要に投入される財・サービスの価格で構成されており、企業間取引価格の転嫁の特徴をみることができる。

一般的に、中間需要段階が川下になるにつれて前年比の変動率が小さくなるものの、その動きは川上から川下までおおむね連動している(第1-2-2図(1))。2021 年3月以降、原油・一般炭・液化天然ガスといったエネルギーの割合が高い川上の中間需要ステージ1や2の物価指数が大きく上昇し、それが転嫁される形で川下の物価指数も上昇してきた。2022年秋以降は、輸入財価格の下落を反映する形で、いずれの需要段階の物価指数も前年比上昇率が低下し、おおむね同程度の上昇率に収斂してきている。

こうした中、最終需要の物価指数も2022年後半をピークに前年比上昇率が低下しはじめている。ただし、上昇率の低下は主に輸入財やエネルギー関連の国内財によるものであり、その他の国内財やサービスの価格は引き続き上昇している。2021年から始まった輸入物価の上昇に端を発した企業物価等の上昇が、小幅ながらも依然として川下の物価に波及し続けていることが確認できる(第1-2-2図(2))。

コラム1-2 輸入物価の先行きの簡易推計

輸入物価の動向を迅速に把握し、先行きを予測することが国内物価の今後の動向を見る上で重要となっている。我が国の輸入物価は石油・石炭・天然ガスといった資源や有機化合物などの素原材料、輸送用機器や資本財など多様な品目で構成されているが、実際に輸入物価のボラティリティを生んでいるのは主に資源価格であるため、資源価格のみに着目し、リアルタイムの輸入物価の推計や先行きを簡易的に予測する方法を考えてみよう。

2020年基準の輸入物価では、「原油」のウェイトの約10%にとどまるが、原油価格が天然ガスの長期契約における調達価格の算定基礎となっているなど、資源価格全体との連動性が高いことから、原油のマーケット価格と為替の変動から輸入物価(総平均、円ベース)が予測できるか検討しよう。

具体的には、1~2か月前のドバイ原油のスポット価格に当月の為替レートを乗じて求めた円ベースの原油価格から予測する。我が国は原油の大宗を中東諸国から輸入しており、輸入物価の「原油」はドバイ原油のスポット価格と連動している。また、中東で産出された原油が値決めされてから、実際に我が国に輸入されるまでに船舶による輸送期間を挟むことから、ドバイ原油価格と輸入物価の原油価格にはラグが生じるため、1~2か月前のスポット価格を用いる。実際に、円ベースの原油価格について、変化率の大きさを調整するなどした前月比を見ると、その変化は輸入物価(総平均、円ベース)とおおよそ連動していることがわかる(コラム1-2図(1))。さらに、この前月比を用いて指数やその前年比も予測することができる(コラム1-2図(2)(3))。

ただし、特に2022年以降は原油以外の資源価格も急激に変動しているため、2022年以前よりも予測誤差が拡大している。そこで、輸入物価の品目のうち「原油」「液化天然ガス」、「一般炭」、「原料炭」、「鉄鉱石」、「銅鉱」に対応する商品市場の価格が実際に輸入価格に反映されるまでのラグを考慮した上で、それぞれの輸入物価のウェイトで加重平均することで、予測モデルに反映させる(コラム1-2図(4))。先と同様に、当月の為替レートを乗じて、変化率の大きさの調整等をした結果、「原油」のみの予測と比べて精度が高まった(コラム1-2図(5)(6)(7))。

なお、この方法では輸入物価と資源価格のラグが最短1か月であるため、資源価格の月次平均値を用いると1か月先の輸入物価しか予測することができない。ただし、日次価格を平均するなどして、速報値の資源価格の月次平均値を用いれば、精度は落ちるものの予測期間を延伸することができる。品目数の追加等により予測精度の向上余地はあるものの、当該予測指数は物価の先行きを見る参考指標として一定程度有用であると考えられる。

2022年以降の消費者物価の上昇はエネルギー、食料が中心

こうした中で、我が国の消費者物価は上昇率を高めており、2022年1月からのガソリン代や灯油代に係る激変緩和に加え、10月からの全国旅行支援も消費者による旅行商品の購入価格を下げることで消費者物価を低下させるなど、政策が上昇率を押し下げたものの、2023年1月には前年比4.2%と41年4か月ぶりの上昇率となった。2月には、電気・ガス代の激変緩和が消費者物価(コア)の前年比を1.1%ポイント引き下げたことで、コアの前年比は3.1%と低下したが、6月の消費者物価(コアコア)上昇率は、政策要因である全国旅行支援の影響を除くと4.4%と41年12か月ぶりの上昇となっている(第1-2-3図(1))。

物価上昇の内訳をみると、2022年はエネルギーと食料が中心となっており、2023年1月には両者で上昇率の約7割を占め、6月には食料だけで約3分の2となっている。2008年に原油価格の高騰で物価が上昇した時は、エネルギーと食料の寄与は約9割であったことから、今回の方が相対的に幅広い品目で物価上昇がみられる。一方、更に遡って、外生的なショックが相対的に小さかったと考えられる1990年の物価上昇率をみると、食料は3割弱寄与しているが、エネルギーは上昇率の8%しか占めておらず、教養娯楽や被服履物など幅広い品目で物価が上昇していた(第1-2-3図(2))。このように、内生的に物価上昇が起きていた過去の時期と比べると、上昇している品目に依然として偏りがあることがわかる。

財の物価は輸入物価の影響で上昇

消費者物価の内訳をみると、食料品やエネルギー、家電等の工業製品等からなる財と、家賃や外食、一般サービス、公共サービス等からなるサービスがそれぞれ50%ずつを占める(第1-2-4図(1))。しかし、財とサービスではその動きや背景が異なることがあるため、消費者物価の上昇の背景を把握する上で、財・サービス別に物価動向をみてみよう。

消費者物価の生鮮食品を除く財の物価(以下「財物価」という。)は、海外から輸入する競合品や素材・部品価格の影響を受けることから、輸入物価との連動性が高い。そこで、財物価と輸入物価の上昇率を比較してみると、我が国では輸入物価の変動が財物価に反映されるまでには、調達や卸売に係る価格交渉過程や財の性格、市場の特性等による違いはあるものの、平均すると6か月程度のラグを伴って反映されている。そのため、2022年以降の消費者物価の上昇は、主に輸入物価の転嫁によるものと考えられ、我が国では、輸入物価と財物価の変動のラグや、輸入物価が2022年7-9月期にピークを越えたことを踏まえると、2023年夏以降、財物価上昇率は低下していくと見込まれる。欧米について両者の関係をみると、輸入物価と財物価の変動は、我が国同様に強く相関している。しかしながら、輸入物価の変動が財物価に反映されるまでのラグはそれぞれ0か月から2か月程度と短いだけでなく、その弾性値も我が国と比べて高い点に特徴がある(第1-2-4図(2)(3))。つまり、我が国では輸入物価の変動が消費者物価の財物価に転嫁されるのに時間が掛かるだけでなく、その転嫁率も欧米より低い傾向にある。言い換えれば日本では輸入コストを中間需要段階でより多く吸収しており、企業の賃金引上げや投資の余力を削っている可能性があることから、積極的な賃上げや投資促進に向け、一層の価格転嫁の促進が重要である。

輸入物価のほか、一般的に物価に影響を与える要因として、需給の引き締まり度合いを示すGDPギャップや生産一単位当たりの労働コストであるULC(ユニット・レーバー・コスト)が挙げられる。これらと財物価との相関関係をみてみよう。コロナ禍前まではGDPギャップと財物価上昇率には一定の相関関係が確認できるが、2022年以降の財物価は、過去のGDPギャップとの関係からかい離する形で大きく上昇している(第1-2-4図(4))。また、同様に財物価とULCの上昇率については、2008年頃まではみられていた相関関係が、近年は明確ではない(第1-2-4図(5))。このように、我が国におけるこれまでの財物価の変動は、国内のマクロ経済環境が一定の影響を与える可能性はあるものの、輸入物価の変動が最も大きな決定要因であるといえよう。

サービスに関する物価はマクロ経済環境の影響を受けるが、関係は弱く硬直的

次に、消費者物価のうち、サービスに関する物価(以下「サービス物価」という。)についてみてみよう。サービス物価は一般的に国内の需給や賃金コストの影響が強く、商品市況の影響を受けにくいため、変動が財と比べて小さく、物価のトレンドを形作るとされる25。2023年6月の我が国のサービス物価上昇率は1.8%と、財と比べると低く、アメリカの5.7%、ユーロ圏の5.4%と比べても低い(第1-2-5図(1))。サービス物価の内訳をみると、家事関連サービスや教養娯楽サービスが一定程度前年比上昇率に寄与しているものの、コスト上昇を反映した食料品の値上がりを受けた外食サービスの値上がりが最も大きく寄与している。そのため、外食の影響を除いたサービス物価上昇率をみると1.3%と、更に緩やかな上昇ペースとなる(第1-2-5図(2))。なお、家賃の前年比上昇率は0%近傍で推移しており、家賃の上昇がサービス物価の上昇に一定以上寄与している欧米と比べた我が国のサービス物価の粘着性の一因と言えよう。

また、サービスに関する価格上昇品目の分布をみると、ゼロ未満の品目ウェイトが大きく減少している財と異なり、ゼロ以上の品目ウェイトが増加しているものの、依然としてゼロに多くの品目が集中している(第1-2-5図(3))。

こうしたサービス物価の動向の背景を把握するため、需給やULCとの相関関係をみてみる。財物価同様、1995年以降のGDPギャップを横軸に、サービス物価の前年比を縦軸にとると統計的に有意な関係がある。ULCについては、1990年代末から2000年代半ばにおいて、それ以前と比べ切片が切り下がるとともに相関関係が失われているが、リーマンショック以降は弱いものの再び相関関係が確認できる(第1-2-5図(4))。このようにサービス物価では、需給のタイト化やULCの上昇の反映というマクロ環境と価格の健全な関係性が弱まっており、労務費等の適切な価格転嫁等を通じてこの関係性を取り戻す必要がある。また、需給が均衡した状況でもサービス物価上昇の持続性を確保するという観点からは、ULCが前年比プラスで推移し、増加している労務費が価格に転嫁されることで、安定的に物価が上昇していくことが重要である。

食料及びエネルギーを除く総合の上昇は緩やかだが、予想物価上昇率は高水準

消費者物価の基調をみる上で関連するいくつかの指標を併せて確認してみよう。

まず、欧米で消費者物価の基調的な動向をみる際に参照されることの多い、食料及びエネルギーを除いた総合の動向をみると、我が国ではこれまで低位で推移してきたものの、2022年半ばから上昇に転じた。上昇率が5%程度のアメリカやユーロ圏と比べると、緩やかな上昇にとどまっているものの、徐々に上昇率が高まっている(第1-2-6図(1))。

次に、刈込平均値の動きをみる。刈込平均値は、消費者物価の品目別価格変動率の分布両端の一定割合(上下各10%)を機械的に控除して計算した平均値26であり、2022年9月に2%、12月には3%を超えるなど高い伸び率となっている(第1-2-6図(2))。一方、価格上昇率の高い順にウェイトを累積して50%近傍にある値を示す加重中央値は1.4%、品目別価格変動分布において最も頻度の高い価格変化率である最頻値は2.9%となっている。品目別にみると価格が上昇している品目の割合は全体の8割を占めるなど物価上昇は広がっているものの、エネルギーや食料などの上昇率が高い品目がけん引する形で全体が押し上げられている様子がわかる。

また、消費者物価は消費者等による物価上昇予想の影響が大きいと欧米の研究では指摘されており27 、実際、日本銀行も物価目標の達成に当たって、予想物価上昇率の動向を重視している。そこで、我が国の消費者の物価上昇予想をみると、5%以上と回答する者の割合が2023年2月に66.8%とピークを迎えたのち、若干低下しているものの同年7月時点でも依然として51.2%と高水準で推移している。また、消費者の物価上昇予想の平均値を加重平均して算出した予想物価上昇率も、2022年9月に4%に達して以降高止まりしている(第1-2-6図(3))。

このように、価格が上昇している品目が増加し、物価上昇率も全体として高まっている中、消費者の物価上昇予想も高まっている。一方、引き続きサービスを中心に上昇率が低い品目が多く、物価の動向については強弱入り混じっているというのが実態といえよう。

GDPデフレーター、GDPギャップ、ULCいずれも持続性を確認する必要

消費者物価のコアコアが約40年ぶりの上昇率となっている状況に鑑みると、我が国はデフレを脱却したと言えないのだろうか(第1-2-7図(1))。まず、デフレ脱却の定義を確認すると「『デフレ脱却』とは、『物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと』」、「その実際の判断に当たっては、足元の物価の状況に加えて、再び後戻りしないという状況を把握するためにも、消費者物価やGDPデフレーター等の物価の基調や背景を総合的に考慮し慎重に判断する必要がある。」とされ、背景として「例えば、需給ギャップやユニット・レーバー・コスト(単位当たりの労働費用)といったマクロ的な物価変動要因」が例示されている28。デフレ脱却に向けた状況を確認する上で、様々な指標をみる必要があるが、まず、これまで分析してきた消費者物価に続いてGDPデフレーターの動向をみた上で、背景として、GDPギャップ、ULCの状況を併せてみていきたい。

GDPデフレーターは、国内で生産された付加価値の価格であり、輸入物価による要因が控除されていることから、海外要因を除いた我が国の物価の実勢と言うこともできよう。2023年4-6月期は前年比3.4%と、前期から上昇率を高めた。内訳をみると、2022年半ばに上昇した輸入物価が国内物価へと徐々に波及することで、内需デフレーターの寄与度が2%台半ばとなる中で、秋以降に輸入物価上昇が一服したことを受けた輸入デフレーターによる押下げ寄与が縮小している(第1-2-7図(2))。当面は、輸入デフレーターの前年比がマイナスで推移する一方、内需デフレーターは過去の輸入物価上昇がラグを伴って転嫁されていくことから、高めの上昇率で推移すると見込まれ、結果としてGDPデフレーター上昇を続けると見込まれる。しかし、こうした輸入物価の転嫁ラグによる上昇では、国内物価の基調が強くなったとは言えない点に留意が必要である。

国内の経済社会活動が正常化に向けて進んだことで内需が緩やかに持ち直す中でGDPギャップは改善しており、2023年1-3月期にはマイナス0.7%となった。(第1-2-7図(3))。推計結果は幅があり、GDPギャップがゼロの状態が厳密な需給均衡とは言えないが、GDPギャップのマイナスが解消に向かう中では、潜在成長率の引上げを伴う形での成長へ移行することが重要である。

ULCの動向もみてみよう。2021年後半以降、賃金上昇によるULCの押上げ寄与も労働生産性上昇によるULC押下げ寄与も小幅に推移することで、ULCの前年比上昇率は小幅にプラスで推移してきたが、2023年4-6月期のULCは賃金要因が生産性要因を上回った結果、前年比0.7%上昇と2期ぶりのプラスとなった29第1-2-7図(4))。

ここまで見てきたように、サービス物価の上昇率は依然として緩やかなペースの上昇となっており、物価を取り巻くマクロ環境をみると、現時点では、「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みはない」 という状況には至っていないものと考えられる。

物価は動き始めている

マクロの動向だけでなくミクロの視点で個別の品目の動向を見ていくと、長引くデフレや低インフレの下で硬直化していた物価が動き始めていることも確認できる。例えば、消費者物価の対象となる各品目の価格の前年比上昇率の分布をみると、2023年6月時点で、ゼロ近傍の山の高さが低く、インフレ方向へとなだらかな勾配を描いている。前回物価上昇率が高まった2008年頃と比較しても価格上昇品目には広がりがみられ、内生的な物価上昇がみられた1990年頃の形状に近づいてきていることがわかる(第1-2-8図(1))。

また、品目ごとの価格改定頻度が高まると需給動向や原材料価格の変化等を相対的に速やかに店頭価格に反映させていくことが可能となることから、価格の粘着性が下がり、物価上昇率が高まりやすいと考えられる30。価格の粘着性の変化は、特売などの一時的な価格変化ではなく、定価の変動をみることで確認できる。そこで、小売物価統計から計測された前月からの価格改定頻度の推移をみると、財・サービスともに、特売などの「一時価格」に加えて定価に代表される「正規価格」の改定頻度も上昇しており、これまでの価格粘着的な状況が変わり始めていることがわかる(第1-2-8図(2))。

さらに、こうした物価上昇等の下、2023年の春闘では3.58%と、30年ぶりの賃上げ率となった。こうした賃金上昇が広範に生じ、これが適切な販売価格の改定へとつながれば、賃金と物価の好循環を実現し、所得増を生み出す成長と分配の好循環が実現すると見込まれる。今は、こうしたデフレ脱却に向けた動きが出てきている状況だと言えよう。

デフレ脱却により企業の売上が増加し、投資や賃上げ余力が拡大

デフレから脱却することは我が国経済にどのような意義があるだろうか。1990年代末から断続的に続いたデフレの弊害として、実質金利の高止まりによる成長機会の喪失や過度な円高の進行による価格競争力の低下、コスト削減圧力の高まりなどが指摘されている。この間、デフレの環境下では実質金利と名目金利は、原油価格が急騰した2008年前後を除いて、おおむね同程度で推移している(第1-2-9図(1))。特に、潜在成長率が低く推移する中で自然利子率も同様31であることを考えると、デフレ下の実質金利は自然利子率を下回りにくく、投資を喚起して成長率を高めることが困難となっていた32。また、為替(ドル円レート)水準についても、2013年以降は、購買力平価からみると円安方向に振れて推移しているものの、それまでは、円高になる局面が多くみられる。我が国の物価上昇率が貿易相手国の物価上昇率よりも恒常的に低いことから、購買力平価自体が円高方向に推移してきたが、実際の為替レートはそれ以上に円高傾向となっており、輸出企業には大きな足かせとなっていた(第1-2-9図(2))。また、企業の売上高も景気変動に応じた上下動はあるものの、マクロ的なデフレ環境下において、販売価格が恒常的に下押しされていたことから、過去30年間、全く増加トレンドがみられず、投資や分配の原資が増加しなかった。すなわち、名目が増加しないことが成長制約になった状態である(第1-2-9図(3))。デフレ脱却は、こうした状況から脱することを意味する。また、購買力平価説に立てば、各国とインフレ率が同じになれば、為替レートがより安定すると見込まれる。為替レートが安定すれば、企業は先行きを見通した投資戦略を立てやすくなるだろう。さらに、一定の物価上昇が実現している市場経済であれば、名目売上高が増加することが常態化し、売上げの増加分で様々なリスクを吸収することができることから、コストカットの必要性が低下する。また、自社製品に対する価格下落圧力が弱まることからも、中間段階での様々なコスト削減圧力が弱まり、価格転嫁をしやすく、さらにはマークアップ率を高めやすい環境となり、企業の投資、賃上げの余力が高まることが期待できる。こうして、物価上昇や賃金上昇が常態化すれば、いずれもゼロ近傍で粘着的な状況と比べて価格や賃金に分散が生じ、相対価格・相対賃金が変化する下で、価格メカニズムによる生産要素の再配分機能が動き始め、効率的な資源配分に向かう。このようなデフレ脱却の意義に鑑みると、マクロ経済運営に当たっては、デフレ脱却に向けた芽を摘むことのないよう万全を期す必要がある。

コラム1-3 GDPギャップの推計とその見直し

経済学では、経済社会において、ある財の需要が供給を上回る/下回る場合には価格が上昇/下落することで需要が調整され、需給が一致するという、価格変動による調整メカニズムが働いていると考えている。こうした見方は経済全体に対しても援用されており、一国の総需要と総供給も価格変動で一致すると考えているが、それには一定の時間を要するため、移行過程では需給には差が生じる。その差はGDPギャップと呼ばれる。GDPギャップは、上述のとおり、物価の基調的な動向を評価する上で重要な指標であり、デフレ脱却に向けた進捗をみる重要な指標の一つである。また、その背景となる潜在成長率は、中長期的な経済の成長力をみる重要な指標である。

GDPギャップは、潜在GDPと実際に需要されたGDPとのかい離率で計算される。内閣府は、潜在GDPを「経済の過去のトレンドから見て平均的な水準で生産要素を投入した時に実現可能なGDP」と定義し、労働投入量(就業者数×労働時間)、資本投入量(資本ストック×稼働率)、全要素生産性(TFP)の3要素についてトレンド成分を抽出し、それを合成している(生産関数アプローチ)33

したがって、潜在GDPは、3要素の定義やデータ特性に依存して変化する。2020年以降、感染拡大防止のために政策的に経済活動を抑制してきたが、こうした非経済的な要因により、潜在GDPの推計に用いる各種経済指標の実績値は通常の景気循環とは異なる影響を受けていた。したがって、2020年4-6月期以降、潜在GDPの算出に用いる労働指標には暫定的な処理を施して推計を行ってきた34

2022年の後半以降は、経済社会活動が通常に戻りつつあり、2023年1-3月期には、労働時間や雇用人員判断DI等においても、コロナ禍の影響が大きかった対面サービス業も全産業と近しい動向を示すようになってきている(コラム1-3図(1))。データの蓄積が進んできたことや2023年5月には感染症の感染症法上の位置付けが変更されたことも踏まえ、暫定的な処理を見直すこととした。

コロナ禍以降の労働指標の動向を確認すると、労働参加率は2021年まではおおむね横ばいで推移した後、2022年以降は再び上昇トレンドがみられ始めている。一方、労働時間については、コロナ禍における急激な落込みは解消されているものの、働き方改革の影響もあって、コロナ禍以前と比べて減少した水準で推移している(コラム1-3図(2))。

これらを踏まえて推計を行うと、潜在GDPに対しては、潜在労働参加率の改定は押上げ要因、潜在労働時間の改定は押下げ要因となり、全体として下方改定された。その結果、2022年10-12月期のGDPギャップは、▲1.3%と、従来の公表値からマイナス幅が縮小した。2020年以降のGDPギャップのマイナス幅は縮小したが、緊急事態宣言が出された2020年4-6月期に大きく拡大した後、振れを伴いながらも縮小傾向にあることに変わりはない。(コラム1-3図(3))。

なお、GDPギャップを始めとするマクロ経済全体の需給状況を捉える指標は、内閣府以外でも推計が行われており、我が国では、日本銀行によって「需給ギャップ」が公表されている35。内閣府のGDPギャップとの違いを整理すると、まず、ギャップを計測する対象が異なる。具体的には、内閣府は実際のGDPを潜在GDPと比較して推計しているためGDP全体の動きが反映されるのに対して、日本銀行は労働・資本といった投入要素の稼働率を、それぞれの潜在的な稼働率と比較、合成することで推計している。その結果、内閣府のGDPギャップは、日本銀行が捉えている資本や労働の投入量ギャップのみならず、「需要変動によって生じる生産性の動き」(TFPギャップ)も考慮されることになる。また、利用している基礎統計やトレンドの推計手法にも違いがある36。GDPギャップはOECDやIMFといった国際機関においても推計されている。OECDは、内閣府と同様、実際のGDPと潜在GDPを比較して推計している。IMFは、日本については日本銀行と同様に労働・資本の稼働率動向から推計しており、推計結果の水準に違いはあるものの、方向感についてはおおむね一致している37コラム1-3図(4))。

2 安定的な物価上昇と金融政策

ここまでみてきたように、物価を取り巻くマクロ環境は依然として力強さを欠くものの、デフレではないという状況が続いている。また、ミクロの動向に目を移すと物価が動き始めている様子もうかがえる。こうした中で、デフレ脱却後を見据えた金融政策と財政政策の進め方が当面の課題となる。本項では、過去10年の金融政策を振り返った上で、デフレに後戻りしないと考えられるマクロ経済環境の条件と金融政策の方向性について整理したい。

物価目標の達成に向け、世界でも大規模な金融緩和を推進

過去10年間、我が国は世界でも大規模な金融緩和を進めてきた。2013年1月に、デフレからの早期脱却と物価安定の下での持続的な経済成長に向けて政府及び日本銀行の政策連携を強化し、一体となって取り組むこととした「政府・日本銀行の共同声明」を公表し、消費者物価上昇率2%の「物価安定の目標」を設定した。同年4月には「量的・質的金融緩和」を導入し、その後、2016年1月にマイナス金利、同年9月にはイールドカーブ・コントロール(以下「YCC」という。)やオーバーシュート型コミットメント、2018年7月にはフォワードガイダンス導入等を実施してきた。

この間、2013年6月には消費者物価は前年比プラスに転じ、2014年の消費税率引上げ後の2015年半ばに再び下落に転じたが、2017年以降再びプラスで推移している。予想物価上昇率についても、量的・質的金融緩和導入後の2013年以降高まった(第1-2-10図(1))。年限別の国債利回りについてみると、量的・質的金融緩和導入後、長期金利を中心に下落を続け、イールドカーブは低位で安定している(第1-2-10図(2))。このように実質長期金利が低水準で推移する中、新規貸出の増加を伴って設備投資も拡大した(第1-2-10図(3))。また、金融機関(預金取扱機関)の資産構成も貸出債権が増加するとともに株式などのリスク性資産が増加するなど、一連の金融政策は一定の効果があったと言えよう(第1-2-10図(4))。

金利の変化は分配を通じて経済主体別に与える影響が異なる

今後、デフレからの脱却が確実なものとなれば、金利も広く上昇していく可能性がある。

名目金利の変動は、各経済主体間の所得分配にそれぞれ異なる影響を与える。そこで、過去の金利変動が各経済主体に与えた影響についてみてみよう。家計部門では、受取金利が2010年代半ば以降ほぼ横ばいで推移してきた。一方、支払金利は、借入れの大宗を占める住宅ローンが2000年代前半は固定金利型が多かったこともあり、金利低下がマクロの支払金利に波及するのに時間を要したが、変動金利型の増加の影響もあり、2010年代を通じて徐々に低下してきた。その結果、収支は2010年代後半にかけてマイナス幅が徐々に縮小している38第1-2-11図)。

次に、金融法人部門をみると、金利低下の影響で貸出金利や国債利回りが下がることで受取金利が減少したものの、預金等の支払金利の低下幅の方が小さいため、1990年代以降黒字幅が継続的に縮小している。非金融法人部門は負債を減らす一方で、運転資金や設備投資資金に係る借入金利が継続的に下落することで収支が改善し、近年は黒字で推移している。政府部門は、債務残高は増加しているが、既発債が低い表面利率で発行された新発債に置き換わっていくことで実効金利が徐々に低下していき、利子の受け払いに係る収支が改善している。このように、金融政策は金利の変化を通じて各経済主体間の利子所得の分配に影響を与えている。

金利が上昇した場合、ラグはあるものの基本的にはこれまでと反対の動きが起こると想定される。つまり、貯蓄超過主体である家計部門は、総じてみれば受取利子が支払利子を上回ることで収支が改善する。しかし、資産負債の保有状況は世帯によって多様であり、多額の資産を有する世帯がいる一方、資産に比べて変動型の住宅ローン等の金利上昇に敏感に反応する負債を多く保有する世帯もあり、後者では金利上昇で収支が悪化する。非金融法人企業部門は、全体としては、借入れを大きく減らし、貯蓄超過となっており、また受取金利が借入金利を上回っているため、借入金利の上昇の影響は限定的である可能性がある。しかし、上述のように、企業の長期借入金は規模を問わず増加傾向にあり、企業ごとに見れば金融資産に比して借入れを増やしている企業もあることから、収支への影響も異なってこよう。金融法人は、預貸スプレッドの改善がある一方、保有債券の価格下落による損失も見込まれ、収支への短期的な影響はマイナスとなる可能性がある。政府部門は、発行債券の満期構成によって支払金利が次第に上昇し、利払費が増加して収支の悪化が見込まれる。このように、分配面を通じた経済への影響については、部門ごとに違うだけでなく、世帯ごと、または企業ごとにも異なってくるため、きめ細かくみていく必要がある。

物価の基調は海外要因や政策要因等の短期的な影響を除いて判断

物価の基調をみるには、輸入コスト増や政策要因といった物価の短期的な振れを除いた消費者物価の動向をみること、賃金が継続的に上昇しそれが適正な価格転嫁を伴って物価に波及していることを確認する必要があると考えられる。

第一に、消費者物価の動向については、2023年夏以降、2022年秋までの輸入物価上昇による消費者物価への上昇圧力は弱まると考えられるが、累次の物価対策によって講じられた措置の終了等により、前年比で上昇率が高まることが見込まれる品目がある。具体的には、2022年2月から実施されている燃料油価格激変緩和対策事業は徐々にその規模を縮小しながら2023年9月で終了予定であり、電気・ガス価格激変緩和対策事業は1月使用分から9月使用分まで実施することとされている。そのため、これらが9月で終了すれば、その後、消費者物価の前年比を上昇させる方向に寄与する。その他、全国旅行支援も同年6~7月頃までを目途とする予算措置終了後はその押下げ寄与がなくなり、事業開始から1年後の2023年10月以降は前年比で上昇に寄与することが見込まれる。また、これに加えて、同年6月から適用が開始された電気の規制料金の値上げについても、6月以降、消費者物価の上昇要因となる(第1-2-12図)。

このように、2023年後半の消費者物価は、輸入財由来の上昇圧力が剥落することで下押しされる一方、10月、11月には2022年度第二次補正予算等による政策効果が剥落することで押し上げられるなど、消費者物価の総合やコアをみているだけでは、物価の基調的な動向が見えにくいため、物価の基調判断に当たっては、これらの要因を除いて考えることが必要である。こうした観点から、輸入物価の影響を受けにくく、主に国内需給や賃金によって変動するサービス物価を政策による特殊要因を除くベースで確認することが重要となる。

マクロ経済環境としては賃上げの影響・継続性を確認する必要

第二に、2023年4月以降の賃金動向とそれが物価に与える影響をみることが重要である。30年ぶりの高水準となっている春闘の賃上げが、雇用者全体の賃金に広く波及し、適切なマークアップを確保した下で販売価格に転嫁されれば、物価が上昇する。今後、賃金が継続的に上昇していく中で、企業による賃金上昇分の販売価格への適切な転嫁が定着することでサービス物価が持続的に上昇し、ひいては財物価も含めた消費者物価が、実質賃金の上昇を伴う形で安定的に上昇することが、「デフレに後戻りしない」という意味でのデフレ脱却への移行には重要となってこよう。その際、賃金上昇による家計所得の増加が消費の増加を生み出し、企業売上の増加を通じて次の賃上げ原資を生み出していく。こうした賃金と物価の好循環が、需要増と適切な分配を通じて連続的に波及していくマクロ経済環境を整えていくことが求められている。

3 財政健全化と潜在成長率向上への取組

政府と日本銀行の共同声明において、デフレからの早期脱却と物価安定の下での持続的な経済成長に向けて、政府及び日本銀行の政策連携を強化し、一体となって取り組むこととしている。本項では、感染拡大以降の財政政策と財政の現状を振り返る。

コロナ禍と物価高騰対策で一般会計歳出で総計141兆円の補正予算を編成

感染拡大以降、緊急事態宣言やまん延等防止措置等が経済活動を制約する中で、2020年度の実質GDPは前年度から4.1%減少し、GDPギャップもマイナス4.4%となったことに加え、資源価格の下落もあり、消費者物価上昇率もマイナスに転じた。こうした中、政府は、感染拡大防止策に加え、家計や企業への直接的な給付金、公共投資等の需要喚起を伴う経済対策を取りまとめた。2020年4月には25.7兆円を計上した2020年度第一次補正予算が、同年6月には31.9兆円の第二次補正予算が成立した。2021年1月にはワクチン接種体制の整備等を含む感染拡大防止策、デジタル・グリーン社会の実現等のポストコロナに向けた経済構造の転換のための施策、「防災・減災・国土強靱化のための5か年加速化対策」などからなる15.4兆円の第三次補正予算が成立した。2021年度も断続的に感染拡大防止を意図した経済活動の抑制が続く中で、感染対応等に加え、ウィズコロナ下での経済社会活動の再開に向けた支援、経済安全保障や人への投資等を含む36.0兆円の2021年度補正予算が2021年12月に成立した。

2022年度に入ると、ウィズコロナが進展する一方で、物価上昇が国民の生活や事業活動に与える影響が懸念されるようになった。このため、2022年5月に原油価格・物価高騰等緊急対策として2.7兆円の2022年度第一次補正予算を、物価上昇が一層加速するとともに世界的には金融引締めが続き海外景気の下振れリスクが懸念される中で、同年10月には物価高・円安への対応、構造的な賃上げ、成長のための投資と改革を重点分野とした「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」を取りまとめ、12月には28.9兆円の2022年度第二次補正予算が成立した。

このように、3年間の補正予算においては、128兆円の国債発行を伴って141兆円を措置するという前例のない規模の補正予算によって、国民生活や雇用・事業を守り、我が国経済を下支えしてきた(第1-2-13図)。

累次の補正予算は政府消費、公共投資を通じて経済を下支え

補正予算に限らず、各種政府支出は、経済的な性質の違いに応じて波及経路は異なるものの、GDPを増加させる。

第一に、防災・減災関連施策の多くはGDP統計上の公的固定資本形成としてGDPを直接押し上げるとともに、周辺産業を含めて雇用を生むことで需要も喚起するなど、支出額以上の経済効果(乗数効果)を生み出すことが期待される39。GDP統計上の公的固定資本形成には独立行政法人による投資や研究開発投資等が含まれることから、国の一般会計決算上の公共事業関係費や地方普通会計決算上の投資的経費とは必ずしも一致しないが、おおむね沿った動きをしている40第1-2-14図(1))。公共事業関係費の予算と決算をみると、2021年度以降は東日本大震災復興特別会計予算による支出が縮小する一方で、5か年加速化対策に基づき、補正予算で2020年度に1.65兆円、2021年度及び2022年度にそれぞれ1.25兆円が措置されたこと、それらに加え、0.7兆円台半ばの公共事業関係費が措置された。(第1-2-14図(2))。

第二に、政府最終消費支出41もGDPを直接押し上げる。コロナ禍においては、政府最終消費支出のうち特に中間投入が大きく増加していたが、これは政府・自治体による新型コロナウイルスワクチンや医薬品の購入、臨時の療養施設の調達等をはじめとする様々な感染症対応に関する費用が多く支出されたことが寄与している。また、現物社会移転が2021年度に大きく上昇しているが、これは医療費の増加やワクチン接種費用が計上されたことなどによるものである。このように、感染症対応に関する費用等は政府最終消費を2019年度対比で約10兆円増加させたことがわかる(第1-2-14図(3))。

第三に、GDP統計上は移転や給付として計上されることが多い、いわゆる補助金や助成金の影響が挙げられる。2020年度、2021年度の政府から家計や企業への移転の2018年度差はそれぞれ36.3兆円、22.1兆円であり、2019年度と比較して大規模となっている(第1-2-14図(4))。家計や企業への現金給付や激変緩和措置、サプライチェーンの強靭化等の補助金は、政府が直接的に消費や投資といった形で最終需要を生み出すものではない。しかし、これらは経常移転や社会給付等として家計や企業へ移転され、各々の所得を増加させる、あるいは、各々が購入する財・サービスの価格を市場評価より低下させることで、実質的に所得を増加させる。その結果、個人消費や設備投資といった最終需要の増加にもつながりうる。

コロナ禍以降の家計の可処分所得の推移をみると、2020年4-6月期に家計の雇用者報酬等が減少する一方、全世帯向け給付金を含むその他の経常移転が増加している。また、2021年10-12月期及び2022年1-3月期には、住民税非課税世帯や子育て世帯向けの給付金等を含む現物社会移転以外の社会給付の受取が増加している。これらの結果、家計の可処分所得は、2019年10-12期に比べておおむねプラスの水準を維持してきた(第1-2-14図(5))。

他方、この間は行動制限などもあり、可処分所得の増加がただちに消費に回ったわけではない。家計貯蓄率は、2020年4-6月期には21.4%と上昇し、その後もコロナ禍前より高水準で推移してきた。2022年度に入り消費者物価の上昇ペースに雇用者報酬の増加が追い付かない中にあっても、家計は貯蓄率を低下させることで実質消費を増やしているが、貯蓄率はおおむね2015年から2019年の平均的な水準に戻ったところであり、コロナ禍での超過貯蓄が今後消費に回ることが期待される(第1-2-14図(6))。一連の経常移転は企業所得も下支えしている。非金融法人企業の可処分所得の変動の内訳をみると、2020、21年度は、経済活動が制限されたこともあり、営業余剰が大きく減少したが、雇用調整助成金や持続化給付金、休業補償等を含んだその他の経常移転が増加し、減少を緩和している(第1-2-14図(7))。

財政出動によって基礎的財政収支赤字対GDP比が拡大し、債務残高対GDP比は上昇

一方、歳出拡大によって基礎的財政収支赤字は拡大し、債務残高対GDP比は上昇した。一般会計の動向をみると、当初予算段階で消費増税に伴う臨時・特別の措置が講じられた2019年度と2020年度においては、100兆円を超える予算となった。感染症対応もあり2021年度及び2022年度はコロナ対応の予備費を当初予算で5兆円ずつ計上した結果、予算がさらに増加した。なお、2023年度は、114.4兆円となるなど4年間で当初予算は約12.9兆円42増加している(第1-2-15図(1))。一方、歳入面をみると、19年10月の消費税率の引上げに加え、好調な企業収益による法人税収増などもあり、税収は、2019年度の57.4兆円から2023年度当初予算では68.5兆円と増加している43。これらの収支の結果、前年度剰余金の繰入れなどもあるものの、当初予算の国債発行額は35.6兆円と高水準で推移している(第1-2-15図(2))。

政府における財政健全化目標は国・地方の基礎的財政収支と債務残高対名目GDP比に関して設定されている。まず、基礎的財政収支の動向をみると、一般会計の歳出入の動き同様、税収が増加する中、その他の経常移転、現物社会移転以外の社会給付、政府最終消費支出といったコロナ禍・物価高騰下において補正予算で措置された項目のマイナス寄与が拡大している(第1-2-15図(3))。債務残高対名目GDP比は、基礎的財政収支の赤字の増加が債務残高の増加に寄与し続けており、2020年度以降は予算規模が拡大する中で基礎的財政収支の寄与がさらに高まっている。2023年度について、当初予算を基にした試算44によると、基礎的財政収支赤字の寄与は縮小するものの、引き続き増加方向にあり、名目GDP成長率の高まりによる下落寄与と相殺する形で、債務残高対名目GDP比は2022年度から2023年度にかけて横ばいで推移すると見込まれている(第1-2-15図(4))。感染症が5類に移行し、経済社会活動の正常化が進むことで今後感染症対応に関連する支出は減少していくことが見込まれ、輸入物価上昇による外生的なコスト上昇圧力も剥落していく中、物価高騰への対応についても、影響を受けやすい低所得世帯や中小企業にはきめ細やかな目配りをしつつ、激変緩和対策による直接的な財政支援から、物価上昇に見合った賃金上昇といった、民間部門での主体的な対応が進んでいくことが期待される。こうしたことを踏まえると、マイナスのGDPギャップが縮小していく中で、財政政策についてもこれまでの緊急時の生活支援や需要喚起といった段階から、少子化対策や民間投資を誘発するような中長期的な成長に資する分野へのメリハリをつけた財政支出としていくことが求められる。

相対的に満期が短い債券発行が増加する中、金利上昇の影響が大きくなる可能性

発行年限別に国債の発行額をみると、2013年度~19年度にかけては、1年以下の短期債は全体の19.2%から16.7%へと徐々に低下、2年~10年債についても2013年度の61.3%から2019年度には55.6%と割合を下げており、一方で、20年~40年債の比率は2013年度の14.6%から2019年度には16.7%となるなど、長期金利が低水準で推移する中、超長期債の割合が高まっていた。しかし、コロナ禍においては、2020年度は1年以下の短期債が全体の38.9%を占め、2023年度も国債発行計画(当初予算ベース)で26.6%とコロナ禍以前に比べると高水準にある(第1-2-16図)。現状、普通国債の平均残存年限(発行残高ベース)は2023年3月末時点で9年2か月と長期化しているが、短期債の割合が高くなると、外生的な要因での債券価格変動の直接的な影響を受けやすく、借換えリスクに直面しやすい。また、金利上昇がより速やかに政府部門の実効金利を上昇させることで、利払費の増加ペースが早まると考えられる。利払費の増加は債務残高対名目GDP比の悪化要因であり、債務残高対名目GDP比を安定的にコントロールするためには、基礎的財政収支の改善に加えて、金利変動の影響を受けにくいよう、国債の年限構成について、需給バランスをみながらコロナ禍で増加した短期債の割合を減少させていくなど、適切に管理していくことも重要となってくる。


(24)それぞれのステージに含まれる品目は例えば、ステージ1はアルミニウムなどの素材・原材料、ステージ2は電子回路などの部品、ステージ3はポンプ・圧縮機などの機械類、ステージ4は航空機などの卸売段階の製品から主に構成されている。
(25)例えば、Lane(2022)では、財の価格は貿易財の影響を受けやすいがサービスの価格は国内要因が価格決定で相対的に大きな役割を果たすこと、製造業の生産性向上がもたらす所得が相対的に高コストで生産性が低いが非貿易的なサービス分野の労働者にも分配されること、長期的に消費者物価総合とサービス物価のトレンドはおおむね一致していることなどから中長期の物価上昇のダイナミクスはサービス物価の上昇で代理できると指摘している。
(26)変動率の両端を除くことで、例えば2022年末~2023年初の鳥インフルエンザ流行による鶏卵価格の高騰、2023年2月支払分から適用された電気・ガス価格激変緩和対策事業といった特殊要因による上昇下落を取り除いた動向を見ることができる。
(27)合理的期待形成を織り込んだNew Keynesian型のフィリップスカーブでは、予想物価上昇率を含んだ定式化が一般的であり、例えばGalí and Getler(2000)においても、予想物価上昇率を含めた定式化の下で、フォワード・ルッキングな行動が物価動向をよく説明しているとの結果が得られている。
(28)内閣府参議院予算委員会提出資料「デフレ脱却の定義と判断について」(2006年3月)において、以下のとおり定義を示している。
「○「デフレ脱却」とは、「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと」
○その実際の判断に当たっては、足元の物価の状況に加えて、再び後戻りしないという状況を把握するためにも、消費者物価やGDPデフレーター等の物価の基調や背景(注)を総合的に考慮し慎重に判断する必要がある。
(注)例えば、需給ギャップやユニット・レーバー・コスト(単位当たりの労働費用)といったマクロ的な物価変動要因
○したがって、ある指標が一定の基準を満たせばデフレを脱却したといった一義的な基準をお示しすることは難しく、慎重な検討を必要とする。
○デフレ脱却を政府部内で判断する場合には、経済財政政策や経済分析を担当する内閣府が関係省庁とも認識を共有した上で、政府として判断することとなる。」
(29)ULCは一単位の実質GDPの生産に要する名目雇用者報酬の額と定義される。実質GDPを雇用者で割ると労働生産性になり、名目雇用者報酬を雇用者で割ると一人当たり報酬になる。両者を労働時間で割ると、時間当たり労働生産性と時給の比ということになる。そこで4-6月期のULC上昇率を労働生産性要因と時給要因に分解すると、労働生産性の上昇がマイナスに寄与した一方、時給要因がプラスとなり、ULCは若干のプラスとなっている。なお、参考までに欧米の状況をみると、1-3月期のULCはアメリカが5.0%の上昇、ユーロ圏が5.7%の上昇となっており、いずれも我が国を大きく上回っている。
(30)渡辺・渡辺(2016)では、各企業の価格の更新頻度がフィリップス曲線の傾きを決める重要なパラメーターのひとつであり、各企業の価格更新という事象がポアソン過程に従って起きると仮定するCalvo(1983)の設定の下でフィリップス曲線を導出すると、その傾きは価格更新イベントがどれくらいの確率で起きるかによって決まるとしている。
(31)IMF(2023)によると、日本の2015~19年にかけての自然利子率はマイナスとなっていることが示唆されている。
(32)内閣府(2021)では、デフレによる設備投資抑制が、実質金利の上昇を通じて発現することを踏まえ、実質金利を説明変数に加えた設備投資関数を推計し、有意な結果を得ている。
(33)吉田(2017)。2023年5月に行った暫定的な処理の見直しについては小林他(2023)を参照。
(34)具体的には、労働参加率、労働時間のトレンドを2020年1-3月期の水準で一定との仮定を置いて推計していた。
(35)日本銀行の需給ギャップの推計手法については川本他(2017)を参照。
(36)基礎統計の違いとしては、非製造業の稼働率について、内閣府では、実際の生産指数(第3次産業活動指数)を基に計算しているが、日本銀行では、短観の営業用設備判断DIの推移を基に計算している点などが挙げられる。また、トレンドの推計手法の違いとしては、労働投入量のトレンドについて、内閣府では、コロナ禍の期間の影響を取り除いて推計しているが、日本銀行では、そうした処理を行っていない点などが挙げられる。
(37)OECDの推計手法についてはChalaux and Guillemette(2019)、IMFの推計手法についてはPanth and Kang(2023)を参照。また、各国の政府機関等においても推計が行われており、アメリカ連邦準備制度理事会、アメリカ議会予算局、欧州委員会などでは、内閣府、OECDと同様に実際のGDPと潜在GDPを比較する手法が採用されている(川本他(2017))。
(38)家計の受取利子・支払利子の動向や住宅ローンの金利タイプ別割合の推移等について、詳細は内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2023)第2章参照。
(39)内閣府「短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)の構造と乗数分析」によると、名目公的固定資本形成を名目GDPの1%相当額だけ継続的に拡大した場合、初年度の名目GDPを1.14%増加、3年目には1.52%増加させるとの分析結果が示されている。
(40)ここでは、比較対象をできるだけ揃えるため、中央政府・地方政府別に、公共事業関係費・投資的経費に含まれる土地の購入代をGDP統計の総固定資本形成に加えた系列と、公共事業関係費や投資的経費を比較している。
(41)政府最終消費支出は公務員等の給与である雇用者報酬、政府が支払う消費税等が含まれる生産・輸入品に課される税、保有資産の価値の減少分である固定資本減耗、医療・介護費のうち保険給付分や教科書の購入、保育所などの公費負担分などからなる現物社会移転、政府が一般的に行う消費財の購入などの中間投入等で構成される。
(42)臨時・特別の措置を含まない予算額と比較した場合、約15.0兆円増加している。
(43)税収は印紙収入を除く一般会計税収。
(44)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2023年7月25日)
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