第3章 成長力拡大に向けた投資の課題 第2節

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第2節 脱炭素化政策の推進に向けた課題

国際社会の脱炭素化に向けた動きは、我が国の経済にどのような影響を及ぼすのであろうか。本節では、最近の脱炭素政策が景気対策と環境対策の両面から実施されていることを踏まえて、環境政策20と経済との関係や、我が国が脱炭素化を進める上での課題について、国際比較を交えて整理する。

1 気候変動対策と経済活動の関係

本項では、気候変動を緩和するために導入される環境政策が経済活動に及ぼす影響について、中長期的な自然災害リスクの国際比較や、過去の環境政策とGDPや貿易収支の関係から考察する。

我が国は他国と比べて大きい気候変動によるリスクに直面

近年、気候変動問題が世界的に注目を集めている主要な背景の一つとして、自然災害の激甚化が挙げられる。とりわけ、大規模な人的被害が発生した自然災害のおよそ7割が水害である21。気候変動による将来の予測として、短時間強雨や大雨の頻度・強度の増加に加え、平均海面の上昇、潮位偏差や波浪の極値の増加により、洪水・高潮などの水害被害の大規模化が懸念されている。我が国は周囲を海に囲まれている島国であるほか、山間部が多く平野部が少ないという地理的特徴から、可住地が河川沿いや沿岸部に集中している特徴22があり、海抜5メートル以下に居住する人口割合は、OECD諸国の中でも上位に位置している(第3-2-1図(1))。また、気候変動に関する国際的なフォーラムであるNGFS23は、地球科学モデルを用いて、気候変動シナリオ別に、2100年の世界各国の水害被害額をシミュレーションしている。これによれば、世界各国が「脱炭素社会への移行を積極的に行わなかった場合」の2100年の水害被害額(各国の2020年対比)の中央値24でみると、2020年対比で9倍という我が国の規模は、他のOECD諸国と比べても大きい(第3-2-1図(2))。この結果は、NGFSによるモデルを用いた試算値であり、相当程度幅をもってみる必要があるが25、前述した地理的特徴から河川の勾配が急であり、その周辺に主要な都市が展開されていることも併せて考えれば、気候変動対策を国際協調の下でリーダーシップを発揮しながら実施することは我が国自身にとって重要な課題である26

我が国の環境政策は他のOECD諸国並みに強化されてきた

気候変動の進行によるリスクを逓減する措置として、世界各国で環境政策の導入が進められてきた。国ごとに異なる環境政策の厳しさを定量的に比較することは容易ではないが、OECDは、一つの目安として、EPS(Environmental Policy Stringency Index、以下「環境政策指数」という。)27を算出している。環境政策指数は、「R&D補助金」「環境税」など政策手段別に作成されており、OECD諸国における政策手段別の強化度合を確認することができる。まず、政策手段別にみたOECD諸国全体の平均値の動向をみると、「排出量基準」をはじめとした様々な環境政策が2000年以降、強化されてきた(第3-2-2図(1))。また、各政策手段の採用国の割合をみると、「環境税」・「排出量基準」・「R&D補助金」は、ほぼすべての国で導入されている中で、「排出量取引制度」や「固定価格買取制度」の採用国の割合が2000年以降、増加している(第3-2-2図(2))。次に、我が国における環境政策の厳しさについてその水準や強化幅について国際比較を行う。我が国では1990年と2015年28のいずれの時点においても、総合的な環境政策の厳しさの水準はOECD諸国の中でも高めに位置しており(第3-2-2図(3))、この間の強化幅はOECD諸国平均並みとなっている(第3-2-2図(4))。ただし、政策手段別にみると、「固定価格買取制度」や「R&D補助金」といった事業者に対して政府が直接的に支援を行う政策の強化幅が大きい一方で、「排出量取引制度」や「排出量基準」といった事業者に対して規制を課す手法の強化幅は小さい傾向にある。

環境政策は、経済成長とエネルギー対外依存の低減を促す可能性

環境政策への対応により社会全体で一定のコストが発生する一方で、イノベーションが誘発される側面も指摘できる。環境政策の強化が企業活動にプラスの効果を与えるという一つの仮説として、いわゆる「ポーター仮説」29がある。一般に、「適切に設計された環境基準は、環境基準を遵守するコストを一部回収する若しくはコストを上回る効果を持つイノベーションを誘発する」と定式化される。この点に関し、環境政策の強化がイノベーションを誘発する傾向を報告する実証研究は複数存在する30。では、仮に環境政策にイノベーションを誘発する側面を認めたとして、それは、規制対応のコストを一部回収する若しくは上回る効果があるのであろうか。ここでは、前述した環境政策指数を用いて、環境政策の強化が、我が国のようにエネルギーの対外依存度が高い国のGDPや貿易収支にどのような影響を及ぼしてきたのか推計した31。ただし、利用可能な1990~2015年の環境政策指数を用いた推計であるため、最近の国際情勢の変化により、国際競争上の環境政策の効果が過小評価される可能性には留意する必要があり、この点も含めた含意は後述する。

推計結果をみると、「R&D補助金」は1年後の国民一人あたりGDPを統計的に有意に押し上げる結果となったほか、他の政策手段についても統計的に有意にGDPを押下げる効果は確認されなかった32第3-2-3図)。

次に、環境政策の強化が貿易収支に及ぼす効果について確認する。環境規制への対応のために省エネ技術が促進される場合には、エネルギー輸入の減少と環境性能の高い製品の輸出増加の効果から、貿易収支は黒字方向に変化する可能性が考えられる。結果をみると、「環境税」と「排出量取引制度」が3年後、「排出量基準」が5年後の貿易収支を黒字方向に変化させる効果が統計的に確認された。

このように、脱炭素化の動きが足下ほどに活発化していなかった期間(1990~2015年)を対象とした分析においても、環境政策の強化と経済成長が背反する証左は得られない。足下で各国の脱炭素化政策が加速化していることを踏まえれば、本推計で統計的に有意にGDPの押上げ効果のあった「R&D補助金」に加えて、「環境税」・「排出量取引制度」・「排出量基準」といった制度面の対応も付加価値創出に効果を発揮する可能性もあり、規制・支援一体型の投資促進策が重要である。実際、我が国では国際的に公害対策意識が高まった1970年代に、厳しい排ガス規制の設定と自動車産業の競争力強化を両立した経験を有する(コラム3-1を参照)。また、ロシアによるウクライナ侵略以降の原油価格の動向を踏まえれば、本推計で統計的に有意に貿易赤字縮小に対する効果が確認された「環境税」・「排出量取引制度」・「排出量基準」の強化は、原油価格高騰に伴う海外への所得流出の抑制やエネルギー安全保障確保の観点からも検討を進めるべきである。しかしながら、前掲第3-2-2図で確認した通り、我が国では「排出量取引制度」や「排出量基準」が十分に活用されてきたとは言い難い。環境規制の導入に際しては、短期的に発生する社会的なコストの側面に注目が集まりがちだが、気候変動による災害の激甚化を防ぐ観点や中長期的な競争力強化を踏まえて、バランスのとれた議論を行う必要がある。

コラム3-1 環境規制がイノベーションを誘発した事例

我が国は、石油危機の経験や公害対応の規制強化を経て、世界でも最高水準の環境技術・省エネ技術を培ってきた。特に、公害対応の規制強化がイノベーションの促進と付加価値の創出に結びついた事例として、「昭和53年排出ガス規制」(通称、「日本版マスキー法」)がある。その内容は窒素酸化物の排出目標値が低く、車検制度によって定期的に試験が行われることから、当時、世界で最も厳しい自動車の排ガス規制であった(コラム3-1図(1))。

同規制は、既存の技術では対応が困難な規制基準を設け、強制的に技術を促進させる特徴を有しており、当時は産業界から自動車産業の対外競争力を損なうとの強い反発があったが、排ガス規制に対する世論の支持を背景に導入が進んだ経緯がある。この間、排ガス規制で先行していたアメリカでは、ゼネラルモーターズ、フォード、クライスラーのいわゆる「ビッグスリー」の根強い反対等を背景に、1970年に成立し、当時では世界最高水準の排ガス規制となるはずであった大気清浄法改正法(通称「マスキー法」)はその後数次に渡り延期され、当初予定していた窒素酸化物の規制値が最終的に実施されたのは1994年のことである。

こうした環境規制への対応を進めた日本車は、当時、世界一環境性能の高い自動車として、海外での支持を獲得し、日本からの自動車輸出は1970年代以降に、大幅に増加することとなった33コラム3-1図(2))。

2 各国の気候変動対策の状況

ここでは、温室効果ガス削減目標量・環境関連の技術力・電源構成・産業構造の観点から、国際比較を行うことを通じて、我が国が脱炭素化を推進していく上での課題を整理する。

諸外国でも我が国同様にこれまで以上のペースで脱炭素化を進める必要性

カーボンニュートラルの達成に向けて、エネルギーミックスの変更、省エネ化の推進、エネルギー利用の電力化、二酸化炭素の回収・有効利用・貯留技術の開発など、多面的な施策が実行される見通しである。ここでは、こうした取組を加速させることを前提に各国で設定されている将来の温室効果ガス排出量の目標値に向けて、各国の過去の排出削減ペースからどの程度追加的な削減努力が求められるかという観点から、国際比較を試みる。我が国においても「2050年カーボンニュートラル」と整合的な目標値として、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で46%減、さらに50%減の高みに向けて挑戦を続けるとしている。この目標を達成するためには、過去の実績を上回るペースで温室効果ガスを削減する必要がある。そこで、2030年の温室効果ガスの目標値を達成するために、過去の温室効果ガスの排出削減トレンド34と比較して追加的に必要な排出削減率をみると、欧州諸国との比較では我が国で追加的に必要となる削減率は大きいが、OECD諸国・地域35の中では中位に位置している(第3-2-4図(1)(2))。

また、温室効果ガス排出量当たりでどれだけ効率的に付加価値を生み出したかを示す炭素生産性(=実質GDP36/温室効果ガス排出量)の動向で確認しても、過去のトレンド対比でみて追加的に必要な炭素生産性の改善幅は、OECD諸国・地域の中では中位である(第3-2-5図(1)(2))。

このように、温室効果ガス排出量の削減ペースを最近のトレンド対比でどの程度加速させる必要があるのかという観点でみると、諸外国も我が国同様に過去のトレンド対比で高い削減目標を掲げている。

我が国の環境技術は国際的に高く、脱炭素社会への移行に伴う商機も

我が国では石油危機を契機に1978年に策定された「ムーンライト計画」に基づき、エネルギー転換効率の向上、未利用エネルギーの回収・利用技術の開発などが進められた。この結果、我が国は、世界でも最高水準のエネルギー消費効率を達成することになった。GDPを1単位生み出すためにどの程度のエネルギーを消費したかを示すエネルギー原単位(=エネルギー消費/実質GDP)を主要国間で比較すると、我が国は世界で最もエネルギー消費効率の高い国の1つである(第3-2-6図(1))。また、我が国の環境関連の特許出願数をみても、米国と並んで世界最高水準にある(第3-2-6図(2))。経済産業省によれば、日本は「水素」・「自動車・蓄電池」・「半導体・情報通信」・「食料・農林水産」の4分野で首位、「洋上風力」・「燃料アンモニア」・「船舶」・「カーボンリサイクル」・「住宅・建築物/次世代型太陽光」・「ライフスタイル」の分野でも世界第2位又は第3位となっており、環境関連分野において比較的高い知的財産に関する競争力を保有しているとみられる37。国際社会の脱炭素移行に伴い、こうした技術へのニーズは今後ますます高まると考えられ、官民連携により国際競争力を一層強化し付加価値創出につなげることが重要である。

地理的・歴史的な経緯から、我が国の低炭素電源の引上げには課題

ただし、以下にみるように我が国固有の課題にも留意が必要である。第一に、電源構成の変化をみると、石炭火力発電の比率の削減が諸外国対比で進んでいない(第3-2-7図)。これは、経済性やエネルギーの安定調達38の観点で石炭に一定の優位性があったことに加え、2011年の東日本大震災を契機に、原子力発電所の稼働が停止したことで、同電源が代替としての機能を果たしてきたことによる。このことを背景に、エネルギーの消費効率を示すエネルギー原単位でみると、我が国は世界最高水準にある一方で、エネルギー消費当たりの温室効果ガス排出量まで加味した炭素生産性でみると我が国の優位性が低下している(前掲第3-2-5図)。

将来を見据えると、カーボンニュートラルを達成するためには、石炭火力発電比率の引下げ39と再生可能エネルギー比率の引上げが我が国でも必要である。ただし、日本の国土は平地が限られることから、大規模太陽光発電40や陸上風力発電の導入が進みにくいとみられている。洋上風力発電についても、付近の海底が急深な構造であることから設置が困難な地域が多い。また、国際的には経済的な低炭素電源である原子力発電も活用されていく見込みであるが、我が国では、東日本大震災を機に、国内の原子力発電所が一度全て停止した後に、新たな規制水準の下で再稼働に時間を要しており、現時点で営業運転を再開しているのは33基中10基にとどまっている41。主力電源として再生可能エネルギーを最大限活用することに加えて、安全性の確保を前提とした原子力発電の持続的な活用の検討を進めることも重要である。

ウエイトの高い素材産業における脱炭素移行コストが高い

第二に、先進国の中では素材産業の割合が高く、その競争力を維持しながら脱炭素移行を進める難しさが挙げられる42第3-2-8図)。製造業の中でも、特に鉄鋼や化学といった素材産業は、消費エネルギーの電化率が低く、水素やCCS43等の現時点では費用が高い脱炭素技術への依存度を高める必要があると見込まれており、技術基盤の国外流出や空洞化を防ぎながら、カーボンニュートラルを達成するためには、技術革新が不可欠な状況である。

また、素材産業では、脱炭素化に必要な技術が2030年代や2040年代に実用化される見込みである44。素材産業における設備更新は大規模かつ実施頻度も少ないことから、新規技術が実装される以前に導入される旧技術が一定期間残存する「ロックイン」が発生する可能性に留意しつつ、必要な支援等の在り方を検討していくことが必要である。

主要な貿易相手国のカーボンニュートラル達成に向けたハードルが高い

最後に、諸外国の温室効果ガス排出量削減目標の達成困難度と我が国との貿易量の関係をみる(第3-2-9図)。最も貿易量の多い中国を中心に、主要な貿易相手国におけるカーボンニュートラル達成のために必要な、過去のトレンド対比でみた追加的な削減量(対GDP比)は大きい。これらの国で、脱炭素に向けた移行が円滑に進まず、経済活動に生じる混乱が我が国経済に波及するリスクにも留意が必要である。実際、中国において、石炭価格の上昇や政府の脱炭素政策などを背景に、2021年秋から2022年春にかけて電力供給不足を背景とした生産調整が発生し、我が国の輸出入にも影響が及んだ。重要物資の供給途絶リスクを見据えたサプライチェーンの強靱化を進めることも重要である。

コラム3-2 リーマンショック後の環境政策

2008年9月のアメリカの金融危機を発端とした世界同時不況から脱却するために、諸外国において、環境対策を景気・雇用対策の柱に据えた経済政策が行われた。我が国においても、「エコカー購入補助」や「家電エコポイント制度」などの施策を含む経済対策が当時実施された。本コラムでは、当時の環境政策の成果について、国際比較を行うとともに、予算効率を高めるために必要な制度について考察を加える。

ここでは、当時の環境政策の成果として、エネルギー効率と再生可能エネルギー比率という二つの軸に注目して国際比較を行う。まず、2007年から2012年までの両指標の主要国の変化をみると、日本は相対的にエネルギー効率の改善幅では上位にあるが、再生可能エネルギーの改善幅では低位である(コラム3-2図(1))。この散布図上では、中国やアメリカが両軸でみて成果が大きいが、特に中国ではリーマンショック後の環境対策に投入された予算額(対GDP比率)の規模が大きい(コラム3-2図(2))。そこで、投入予算規模当たり(対GDP比1%当たり)のエネルギー効率と再生可能エネルギー比率の改善幅を比較すると、欧米諸国において、費用対効果が大きい傾向にある(コラム3-2図(3))。

財政支出の内容は国によって異なり、費用対効果が大きかった国の共通項を議論することは困難であるが、欧米諸国では財政支出拡大と並行して、「キャップ&トレード型」45の排出量取引が同期間に強化されている点は特徴として指摘できる。こうした規制強化は、企業の自助努力を促す結果、財政支出の効果をより高めた可能性が考えられる。欧州諸国では、2005年に導入された欧州連合域内排出量取引制度(EU-ETS:European Union Emissions Trading System)が、2007年までの初期段階を終え、2008年から排出枠の目標強化が図られた。アメリカでも、同国初の「キャップ&トレード型」プログラムである地域温室効果ガス計画(RGGI:Regional Greenhouse Gas Initiative)が2009年に発効し、東部7州の発電所にCO2の排出制限が設定されたほか、西海岸でもカリフォルニア州が2012年からの排出量取引制度の導入を決定した46

他方、我が国を含むアジア諸国はこうした市場メカニズムの導入に遅れた。中国では2013年になって市単位のパイロット運用が始まったほか、韓国では国内の排出量取引制度が2015年に導入された。我が国では、2010年に東京都、2011年に埼玉県で独自に排出量取引制度が開始されるにとどまった。

現在、我が国においても、初の全国規模の排出量取引市場の稼働に向けた検討が進められており、2023年4月に稼働を目指す「GXリーグ」は、構想に同意し、脱炭素に取り組む企業間での自主的な排出量の取引市場の設立も見据えている。当初は目標値の設定が企業に委ねられているほか、罰則の規定を設けない方針であるが47、今後、企業による取組が広がる中で、エネルギー効率の改善が効果的に進むことが期待される。

3 我が国企業部門における脱炭素化に向けた方針策定の状況

前項では、国際比較の観点から我が国の脱炭素化に向けた課題についてみたが、ここでは我が国の個別企業へのアンケート調査の結果に基づきながら、脱炭素化に向けた方針の策定状況と企業が認識する課題について整理する。

温室効果ガス排出削減に向けた計画の実行に至っている企業は多くない

前項でみた通り、諸外国同様に、我が国でも意欲的な温室効果ガスの排出削減目標が掲げられており、自社の省エネ・再エネ設備への投資や、社会の脱炭素化に資する製品の能力増強投資や研究開発投資は相応に発生する見込みである48

そこで、アンケート調査を用いて、我が国企業の脱炭素化に向けた取組の進捗状況を確認する49。まず、上場企業・非上場企業別に、脱炭素化に向けた現時点50の対応状況をみると、上場企業では、7割以上の企業が、「1:事業に影響を与える気候変動リスク・機会を把握している」~「6:排出削減計画を実行している」のいずれかの選択肢を選んでおり、何らかの施策を実行している(第3-2-10図)。ただし、「6:排出削減計画を実行している」と、具体的に排出削減に向けた行動に移せている上場企業の割合は43.2%にとどまっている。また、非上場企業については、7割以上の企業が「7:上記1~6のいずれも該当せず」を選択しており、大半の非上場企業は、脱炭素化に向けた取組に全く着手できていないのが現状である。

ノウハウや人材の不足が脱炭素化推進の制約に

次に、同じアンケートを用いて、脱炭素化に向けて方針策定を進めていく上での課題をみると、「必要なノウハウ、人員が不足している」との回答が最も多く、企業の約4割が課題として挙げている(第3-2-11図(1))。こうした認識を背景に、脱炭素化の推進に向けた人材教育の取組状況をみると、OJT・OFF-JTともに、すでに脱炭素に何らか取り組んでいる企業の約5割が既に実施若しくは将来の実施を予定している(第3-2-11図(2))。また、「投資・運営コスト増への対応が困難である」ことを、取組を進める上での課題と認識する企業も約3割存在する。人材やノウハウの蓄積に加えて、投資や事業運営に伴う企業負担をどう引き下げていくかも課題である。

自社の省エネ設備への投資を中心に2030年度までの設備投資総額を押上げ

本項の最後に、企業のグリーン投資が設備投資総額に及ぼす影響についてみる。まず、脱炭素方針を策定している企業のうち、約7割の企業が「自社の省エネ・再エネ設備への設備投資」を「実施している」若しくは「実施を予定している」と回答している(第3-2-12図(1))。また、「他社・消費者の脱炭素化や省エネに関する製品・サービス等への設備投資」や「脱炭素化に向けた研究開発への投資」といった「攻め」のグリーン投資を実行・計画している企業も3割程度存在している。

また、こうした投資を計画している企業の約半数が、上記の投資活動が設備投資・研究開発投資総額を押し上げると回答している(第3-2-12図(2)、(3))。

ただし、前掲第3-2-10図で見た通り、そもそも脱炭素方針を策定している企業の割合が限定的であることから、一国全体でみたときの現状の環境関連の設備投資の規模は、政府の見通しと比べても大きく見劣りしていると考えられる51。2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、プライム上場企業52に対しては、TCFD提言53又はそれと同等の枠組みに基づく開示の量と質が促されていることなどから、投資家サイドからもグリーン投資の後押しが期待される。また、企業の予見可能性を高めるために、市場の整備を進めるとともに、政府が率先して中長期的な投資について明確な方針を示すとともに、呼び水となる効果的・効率的な施策を講じることも重要である54

コラム3-3 我が国のESG投資の現状

近年、脱炭素社会への移行やカーボンニュートラル、サプライチェーン上での人権尊重等への注目度の高まりを背景に、従来の財務情報だけではなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の要素も投資判断に組み込んだESG投資がグローバルに拡大している。ESG投資は、2006年に国連が責任投資原則(Principles for Responsible Investment、以下「PRI」という。)を提唱したことを契機に認知度が高まった55。GSIAの調査によれば、世界のESG投資残高の規模は2016年の22.8兆ドルから、2020年に35.3兆ドルへ、4年間で50%以上伸長した。

ESG投資拡大を背景に、TCFD提言への対応を中心に、企業に対して気候変動に関する情報開示を求める動きが広がっている56。我が国でも、東京証券取引所のプライム上場企業に対して、2022年度の株主総会以降、TCFD提言に基づいた情報開示が求められることとなった。

こうした中で、我が国のESG投資割合も、近年急速に拡大しているものの、欧米対比では低い水準にとどまっている(コラム3-3図(1))。この背景として、日本では、温室効果ガス排出量を開示している企業の割合が低いなど、情報開示が不足しているという指摘がある(コラム3-3図(2))。日本においては、2014年に金融庁が、「日本版スチュワードシップ・コード」を策定するなどESG投資に関するルールの整備が進み、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIへ署名したことを発端にESG投資が拡大したといわれている。そのため、欧米諸国対比では歴史が浅いことも情報開示が遅れる一つの要因となっている。ただし、2022年3月21日時点では、我が国のTCFD提言への賛同機関数は757機関と、国別では最も多くなっていることから57、今後の情報開示の進展とESG投資市場の拡大には期待が持たれる。

4 脱炭素化を進めるに当たっての我が国の研究開発活動の課題

カーボンニュートラルの達成に向けて、既存の技術水準では不十分とみられており、研究開発活動を通じたイノベーションの実現が求められる。各国の環境分野のイノベーション競争の激化が今後見込まれることを踏まえ、これまでの我が国の研究開発活動の課題と対応の方向性について考察する。

我が国は研究開発効率が低く、技術の収益化に課題

環境分野に限らず、先進各国間のイノベーション競争は熾烈さを増しており、我が国でも「科学技術立国」に向けた国内の研究開発体制の強化が急がれている。前項までにみた通り、世界各国で脱炭素化政策が推進されていることを踏まえれば、我が国のカーボンニュートラルの達成に向けた新規技術の開発は、脱炭素ビジネスとしての側面も有しており、開発した技術を収益化する視点も重要である。

ただし、過去を振り返ると、我が国の研究開発効率58は諸外国対比で低く、研究開発活動を付加価値に十分に結びつけられていない59第3-2-13図(1))。また、国境を越えた特許出願数と商標出願数の関係をみると、我が国は、人口当たりの特許出願数が多い一方で、商標出願は少ないという特徴がある(第3-2-13図(2))。このように我が国は固有技術に強みを持っているが、新製品や新たなサービスの導入による収益化に課題を有している。

「自前主義」は限界を迎えたが、日本はオープンイノベーションに弱い

なぜ我が国の研究開発効率は低いのであろうか。過去の経済財政白書などでも問題提起がなされてきたが、特に我が国では企業の技術開発が「自前主義」に陥りがちであり、オープンイノベーション60が不足傾向にあると指摘されてきた61, 62

「自前主義」体制は我が国の成功体験に根付いていると考えられる。1980年代に日本の電機メーカーが世界のイノベーションをけん引した背景には、「ブラックボックス化戦略」とも呼ばれ、知的財産管理を優先し、徹底的に自社技術を保護する開発環境があった。しかし、1990年代以降は「自前主義」による成長戦略は限界を迎え、日本企業の研究開発効率は急速に悪化したとされる63。これは、製品の高度化やモジュール化が進むとともに、製品ライフサイクルが短期化した結果、企業一社で製品の設計から製造までを自前で行う経済的・技術的なハードルが高くなり、オープンイノベーションの優位性が高まったことによると考えられる。

高度人材の育成を進め、研究人材の国際交流や産学官連携を強化する必要

諸外国対比で、我が国でオープンイノベーションの実践が進まない背景として、第一に、国際的な研究者の交流が少ない点が指摘できる(第3-2-14図(1))。研究者に占める海外からの流入者・海外への流出者の割合は、諸外国対比で低くなっている。これには、研究者に占める博士号取得者の割合の低さが影響している可能性がある(第3-2-14図(2))。実際、主要国における博士号取得者の割合と国家間の研究者の流出入の割合の間には、正の相関関係がある(第3-2-14図(3))。なお、日本は、研究者の総数自体は諸外国に見劣りしていない。このことは、研究開発効率の分母である研究開発費が相応の規模にあることと整合的だが、博士号取得者のような高度人材割合の低さが効率の低下につながっている可能性もある。

第二に、産学官間における連携の弱さである。大学の研究開発費に占める企業の出資割合と、企業部門の研究開発費に占める政府出資割合について国際比較をすると、日本はいずれの割合も主要国に見劣りしている(第3-2-14図(4))。

我が国の研究開発効率が低い理由については、研究開発の在り方のみに問題があるとは限らず、賃金上昇率の低下と内需の縮小など、バブル崩壊後の経済成長率の低下の背景となっている多様な要因も影響している可能性がある。そうした点を留保した上でも、ここでみてきた通り、博士号を取得するような高度な研究人材育成の遅れから、国際的な研究者の交流が少なくなっており、また産学官の連携が弱いことを背景に、研究開発活動が「自前主義」に傾きがちである点には改善の余地がある。科学技術・イノベーションへの投資を強化し、イノベーションの担い手である若い人材への支援を強力に推進するとともに、官民連携での重点投資を計画的に進めていくことが求められる。

スタートアップの育成を強化する取組も重要

ここまでは、主に既存企業のイノベーション促進に向けた課題をみてきたが、我が国経済全体の研究開発力を強化する観点からは、スタートアップ育成も重要である64。ただし、我が国ではGDP対比でみたベンチャーキャピタル投資の規模が他のOECD諸国対比で少ないほか、近年は諸外国との差が拡大しており(第3-2-15図)、スタートアップを取り巻く環境にはこれまで課題があった。ベンチャーキャピタルへの公的資本の投資拡大や公共調達の活用等を進め、挑戦が奨励される環境を醸成していくことが我が国の研究開発力の強化につながると考えられる。

5 脱炭素化に伴う物価上昇

本項では、カーボンニュートラルの達成過程で価格上昇が予想される経路を確認し、今後の課題を考察する。各国の脱炭素移行に伴い諸コストの上昇65が見込まれるが、省エネ化を進めて脱炭素技術を競争力の源泉としていくとともに、継続的・安定的な賃金上昇を実現し、必要なコストの価格への転嫁が円滑に進んでいく経済環境を醸成することが重要である。

脱炭素化に伴う鉱物資源価格の上昇

化石燃料を用いた発電施設から太陽光・風力発電施設への移行や、従来型ガソリン車から電気自動車への移行は、いずれも鉱物資源需要の急増につながると予想されている。国際エネルギー機関(IEA)によれば、電気自動車は従来型自動車の6倍の鉱物資源を、洋上風力発電所は同規模の火力発電所の9倍の鉱物資源を使用するとされる。こうした主要な鉱物資源の先行きの需要は、各国の現状の政策を前提とすれば、2040年までにリチウムで13倍、ニッケルで6倍、銅で1.7倍に増加すると試算されており、持続可能な開発シナリオでは一層の上昇が見込まれている(第3-2-16図(1))。こうしたもとで、IEAによれば、鉱物資源の供給開始には、開発プロジェクトの開始から平均して約17年を要することから、需給の不一致から価格が上昇するリスクには注意が必要である66第3-2-16図(2))。

また、鉱物資源の安定調達も検討課題となる。現状、銅やニッケル、コバルトなどの脱炭素化に伴い需要が急増すると見込まれる資源の多くは、中国が世界の加工の大半を担っており、調達先を多様化していく取組も重要である67

電源構成の変化に伴うエネルギー価格の上昇

次に、電源構成の変化に伴う電力コストの上昇懸念である。再生可能エネルギーの導入コストと化石燃料価格のいずれについても将来的な不確実性が高く、電力コストの先行きの見方は定まっていないのが現状である。我が国では、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会において、将来の発電コストに関する議論が行われてきたが、報告者間で見方が分かれている。ここでは、同分科会第45回会合(2021年7月13日)でとりまとめられた主要機関の試算68をもとに、電力コストの先行きについて考察する。

これをみると、試算の前提条件の違いにより変化幅についてはばらつきが大きくなっており、一部の機関の試算を前提にすると、電力コストが低下する場合も想定されるが、現状対比では電力コストが上昇する見通しが多数を占めている(第3-2-17図)。

また、ロシアによるウクライナ侵略以降はエネルギー価格の上昇が国民負担につながっており、<1>電力コスト抑制のために、イノベーションの促進による再生可能エネルギーコストの低減を進めるとともに、<2>安全性の確保を前提とした上で原子力発電所の再稼働を進め、<3>既存の火力発電設備を活用しつつ脱炭素化を進めるための燃料アンモニア69や、都市ガス導管などの既存のインフラを活用しながらガスの脱炭素化を促すメタネーション70等の技術開発を促進することを通じて、国民負担を抑えながらカーボンニュートラルを達成する取組が重要である。

特にBtoC企業は価格転嫁に慎重な傾向

次に、脱炭素に係る費用の増加に対する企業の認識をアンケート調査により確認する。まず、脱炭素化に向けた設備投資や原材料調達の費用増加に対しては、6割超の企業が対応の必要性を認識している(第3-2-18図(1))。また、費用の増加幅については、10%未満とする回答が4割を占めるが、6割弱の企業は「不明」と回答しており、現時点では見通しは不透明な状況となっている(第3-2-18図(2))。さらに、脱炭素化の取組にあたり、企業が重視する要素をみても、「顧客からの需要、評価」と回答する先が最も多くなっているが、費用の増分を価格に転嫁すると答えた企業の割合を、サプライチェーンの段階別に確認すると、BtoC企業に該当する「消費者への製品・サービスの最終提供者」では最も低くなっており、家計の消費マインドの悪化を懸念した慎重な価格設定スタンスがうかがわれる(第3-2-18図(3)、(4))。

継続的・安定的な賃金上昇が脱炭素化を進める上でも重要

第1章で確認した通り、エネルギーを含む資源価格は国際的に上昇しており、省エネ設備の導入や資源の上流権益の拡大を進めていくことは喫緊の課題である。こうした対策を進めた上で、将来的には脱炭素化の推進のために、脱炭素費用がサプライチェーン上で円滑に転嫁されることが重要であり、脱炭素に必要なコストを最終消費者も一定程度負担する意識が重要となってくる可能性がある。この点、感染拡大後の優先政策について、「経済優先」との比較で「環境優先」と答えた国民の割合が諸外国対比で高いという調査も存在し、今後も国民全体の関心の下で、生産過程の温室効果ガスの排出量が相対的に少ない製品の価格競争力が高まるような仕組みの導入も含めて、脱炭素化に向けて必要な施策の検討が進んでいくことが期待される(第3-2-19図(1))。ただし、長引くデフレの経験の中で、我が国では期待インフレ率が低水準で安定しており、家計の値上げに対する許容度が低いとの指摘もある。実際、別のアンケート調査をみると、サステナブル商品に対する追加的な金銭の支払い意思や、値上げに対する許容度が我が国では低い傾向にある(第3-2-19図(2)、(3))。これを踏まえれば、継続的・安定的な賃金上昇を実現し、デフレ脱却を実現していくことが脱炭素社会への移行を進める上でも鍵を握ると考えられる。


(20)本章では、気候変動対策・大気汚染を防止することを目的に導入された環境規制や補助金制度を総称して「環境政策」と呼ぶ。
(21)芦沢他(2022)を参照。
(22)国土技術研究センター「低地に広がる日本の都市」を参照。
(23)Network for Greening the Financial Systemの略。気候変動リスクへの金融監督上の対応を検討するための中央銀行及び金融監督当局の国際的なネットワーク。
(24)シミュレーション結果は中央値とその信頼区間別に示されている。
(25)2100年の水害被害額の規模は、2020年対比で上位2.5%タイル値では249倍、逆に下位2.5%タイル値では0.4倍という試算結果であり、実際にどの程度の被害が発生するかについては不確実性が高い。
(26)World Economic Forum(2022)では、1万2千人以上の各国指導者層を対象に、自国の主要なリスクについてアンケートを実施している。これによると、我が国では35個のリスク項目のうちで、「極端な自然災害(Extreme weather events)」は、「景気停滞の長期化(Prolonged economic stagnation)」に次いで、2番目に多くの票を集めた。調査対象の124か国のうち、同項目が上位2つのリスク要因に入った国は我が国を含めて8か国のみである。
(27)本指標は時間軸や国家間の相対的な厳しさを比較できる一方、政策手段間の水準の比較はできない点に留意が必要。
(28)指標の直近は国によって異なるが、現行基準の環境政策指数では2012年もしくは2015年である。なお、Kruse et al. (2022)で、定義の変更を伴う形で本指標の後継指数が2020年まで発表されているが、OECD.Statによるデータの提供が開始されていない(2022年7月4日時点)。
(29)例えば、Porter(1991)、Porter and van der Linde(1995)等を参照。
(30)Eugster (2021)は、本稿で用いている環境政策指数を用いて、環境政策の強化が環境関連の特許取得等のイノベーションを促進すること、またその効果は規制導入から2~3年と比較的早期に発現することを実証している。このほか、Johnstone et al. (2010)、Aghion et al.(2016)、Popp(2006)も環境規制がイノベーションを促進する傾向を報告している。
(31)自国で消費するエネルギーの半分以上を輸入に頼る国に限定して分析を行った。
(32)そのほか、環境規制への対応が企業業績の改善につながる傾向を報告した先行研究としては、以下のものがある。内閣府(2010)は、1994~2005年度の上場企業データを用いて、規制強化により投資を余儀なくされた企業の生産性は、規制導入の1年目に低下するが、2年目からは逆に上昇する傾向を報告している。また、有賀他(2021)は2011~2019年度における東証一部上場企業を対象に、CO2排出量と企業業績の関係について実証分析を実施し、CO2排出量が少ない企業ほど長期的業績(株価純資産倍率、トービンのq)が高い傾向を確認している。ただし、内閣府(2010)では、上述の実証分析と併せて、企業へのアンケート結果も紹介しているが、これによると、環境規制への対応コストが便益を上回っていると回答する企業が過半数となっている。環境規制と生産性の関係は楽観的に捉えるべきではないが、長期的な効果も踏まえた政策設計が重要である。
(33)このほか、イノベーションを促すための我が国の代表的な環境政策として、1998年のエネルギー使用の合理化等に関する法律改正時に導入されたトップランナー制度がある。トップランナー制度は、自動車、家電等の製造・輸入業者に対して、3~10年程度後に、現時点で最も優れた機器の水準に技術進歩を加味した基準(トップランナー基準)を満たすことを求める制度である。
(34)ここでは2010年~2019年の年率平均をトレンドとして使用している。本項では以下も同様。
(35)国連に提出される「国が決定する貢献(NDC)」において温室効果ガス削減量の中間目標値が記載され、UNFCCC(気候変動に関する国際連合枠組条約)のデータベースで温室効果ガス排出量の実績値が確認できる12か国・地域を比較対象とした。
(36)将来の推計に当たっては、OECDによる2030年までの見通しを用いた。
(37)経済産業省(2021)を参照。ここでの知財競争力は、閲覧回数、情報提供回数、引用数、他社拒絶査定引用回数、無効審判請求回数、残存年数などから算出された指標(トータルパテントアセット)を指す。
(38)石炭は石油と異なり、オーストラリアなど地政学リスクが低く、地理的に近い国からも輸入ができる。
(39)ただし、足下ではエネルギー依存の「脱ロシア」に向けて、石炭火力発電も活用した脱炭素移行への関心が国際的に高まっている。石炭火力発電所では、アンモニアの混燃技術により、排出量を天然ガス並みに減らすことが可能であると見込まれており、日本企業の技術力への期待も高い。
(40)日本は国土面積当たりの太陽光発電導入量は既に主要国で最大規模になっている。今後、更に導入を進めるためには更地ではなく構築物の屋根を積極的に活用していく必要があり、より多くの費用を要する可能性が指摘されている。また、太陽光パネルの世界生産の7割を中国が占めており、輸入依存への対応も考えていく必要がある。詳しくは、手塚(2021)を参照。
(41)2022年7月4日時点。
(42)なお、我が国の素材産業のエネルギー効率は諸外国対比で高い。詳しくは、地球環境産業技術研究機構(2022)を参照。
(43)Carbon dioxide Capture and Storageの略。二酸化炭素の回収・貯留技術。
(44)経済産業省では、CO2多排出産業の2050年カーボンニュートラル実現に向けた具体的な移行の方向性を示すため、「経済産業分野におけるトランジション・ファイナンス推進のためのロードマップ策定検討会」を開催し、素材産業の技術ロードマップをとりまとめている。
(45)排出量取引は、各主体に排出総量の規制を課し、総量に対する過不足分の取引を認める「キャップ&トレード型」と、排出削減に資するプロジェクトが実行される場合に、当プロジェクトを行わなかった場合(ベースライン)との差を排出権として取引することを認める「ベースライン型」に大別される。
(46)その後、2011年になって適用開始の1年延期が決定した。
(47)経済産業省(2022c)を参照。
(48)IRENA(2020)では、パリ協定の目標達成のためには、全世界で2016年~2030年の間に60兆ドル、さらに2030~2050年の間に約50兆ドルの環境関連投資が必要とされている。
(49)今回実施したアンケート調査の詳細については、鈴木他(2022a)を参照。
(50)アンケート実施時点である2022年3月。
(51)経済産業省は、2030年時点で官民合わせて年間約17兆円の環境投資が必要だが、現状では4.8兆円にとどまっていると試算している。詳しくは経済産業省(2022a,b)を参照。
(52)東京証券取引所は2022年4月より、「プライム」「スタンダード」「グロース」の3区分に再編された。プライム市場は、最も上場基準が厳しく、海外機関投資家の投資対象となるようなグローバル企業向けの市場。
(53)金融安定理事会(FSB)の作業部会である気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)による提言であり、企業の気候関連の取組に関する情報開示の在り方を規定する。
(54)政府は、将来の財源の裏付けをもった「GX経済移行債(仮称)」により資金を先行調達し、新たな規制・制度と併せ、複数年度にわたり予見可能な形で、脱炭素実現に向けた民間長期投資を支援していくことを検討している。
(55)Global Sustainable Investment Alliance(世界持続可能投資連合)の略。ESG投資の普及を目的とした、EUROSIF(欧州)、USSIF(米国)、JSIF(日本)など世界各国のESG調査機関の連携団体。
(56)例えば、英国では2022年4月から、TCFD提言に基づく情報開示を、1,300社を超える上場企業に対して義務付けている。米国でも、証券取引委員会(SEC)がTCFD提言に基づく気候変動に関する情報開示規制案を2022年3月21日に示しており、今後外部の意見公募等を経て、最終規則がまとまれば、2024年にも情報開示が必要になる見込み。
(57)環境省(2022)を参照。
(58)ここでは、研究開発費の増加率当たりでみた付加価値額の増加率と定義。
(59)また、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2016)では、研究開発費が1%増加したときの営業利益の増加率を日本、ドイツ、アメリカの上場企業データを用いて推計し、この感応度が日本の上場企業において最も低いと報告している。
(60)提唱者であるChesbrough教授によれば、オープンイノベーションとは、組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすこと、とされる。
(61)内閣府(2011)は、特許のグローバル化(海外発明・国内保有特許の割合)と研究開発効率の間の正の相関を指摘し、日本における特許のグローバル化の遅れを課題として指摘している。このほか、内閣府(2013)、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2016)も日本におけるオープンイノベーションの不足の実態について、アンケート調査の結果を用いて分析している。
(62)このほか、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2016)ではアメリカ・ドイツ対比で、日本の研究開発費が、売上高に連動する傾向が強いと指摘している。これは、本章第1節の設備投資全般の抑制要因として指摘した意思決定の短期志向が研究開発投資についても抑制要因となっている可能性を示唆している。
(63)新エネルギー・産業技術総合開発機構(2017)を参照。
(64)例えば、Schnitzer and Watzinger (2017)は、ベンチャーキャピタルによる支援を受けた企業は、R&Dのイノベーション波及効果が9倍高くなることを報告している。
(65)脱炭素化に伴い発生するインフレーションを総称して「グリーンフレーション(Greenflation)」と呼ぶ場合がある。これは、環境への配慮を示す「グリーン(green)」と、物価上昇を指す「インフレーション(inflation)」を組み合わせた造語である。
(66)例えば、Boer et al. (2021)は、本稿で紹介したIEAによる鉱物資源の需要見通しと、需要ショックに対する過去の平均的な供給弾力性をもとに、銅、ニッケル、コバルト、リチウムの価格上昇幅を試算している。これによると、ニッケル、コバルト、リチウムの2030年の価格は、2020年平均対比で数百%上昇する見通しであるほか、銅についても約60%の価格上昇が予測されている。
(67)IEA(2021)を参照。
(68)総合資源エネルギー調査会基本政策分科会第43回会合(2021年5月13日)と第44回会合(2021年6月30日)で報告された内容をとりまとめている。
(69)燃焼してもCO2を排出しないアンモニアは、火力発電混焼等の燃料利用の拡大が期待されている。
(70)水素とCO2からメタンを合成する技術。CO2フリー水素と発電所等から排出されるCO2を原料に合成されたメタンは、燃焼時において追加的に新たなCO2を排出せず、脱炭素化に資する。
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