第1章 経済財政の動向と課題 第3節

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第3節 財政の現状と課題

政府は、感染拡大という危機を克服するために累次の経済対策等を策定してきたが、その規模は2020年度に策定された対策等だけでも対GDP比で50%を超える大規模なものとなった。財源を多額の国債発行によって賄った結果、債務残高対GDP比は大きく高まったが、倒産や失業が急増する事態は回避された。他方、ウクライナ情勢等を背景とした原材料価格の上昇や供給面での制約、金融資本市場の変動等の下振れリスクが存在している。感染症の影響が和らぎ、持ち直しつつある我が国経済を腰折れさせることがあってはならず、経済あっての財政の考えの下、経済をしっかり立て直すことが重要である。その上で、中長期的な課題である経済成長の実現、持続可能な社会保障制度の構築、財政健全化を一体的に推進していくことが求められる。

本節では、感染症下も含めて過去の財政状況を振り返りながら、これまでの経験や成果を考察するとともに、それらを踏まえて、財政健全化も含めた今後の経済財政運営に係る課題や留意点を整理する。

1 感染症下の財政政策の動向

感染症の影響で経済への下押し圧力が急速に顕在化する中、政府は、大規模な経済対策等を通じて、感染拡大の防止と、事業・雇用をはじめ国民生活を守ることに優先的に取り組んできた。その結果、基礎的財政収支(PB)赤字が拡大し、債務残高も大きく積み上がったが、一方で、リーマンショック時以来の大幅なマイナスの経済成長となったにもかかわらず、税収が増加するなど、過去に経験したことのないような動きもみられた。

そこで、本項では、感染症下における財政状況を確認しながら、感染拡大以降の経済財政運営の効果や影響を考察する。

経済対策等を通じて感染拡大防止に取り組みながら倒産や失業を抑制

2020年初以降、感染が拡大する中で、政府は「緊急事態宣言」又は「まん延防止等重点措置」を繰り返し発出し、外出・移動の自粛や飲食店への営業時短要請などによる人流抑制等を通じて感染拡大防止に努めてきた。一方、こうした中で、飲食・宿泊業等の対面型サービス業を中心に厳しい状況に直面する事態となり、政府は、感染拡大と景気の悪化・停滞を回避するために累次の経済対策等を策定した。その事業規模は2020年度中に策定された対策等だけで約293兆円、対GDP比55%に及び、主要国中で最大級の規模となっている25

こうした対策等に基づき、政府は、病床確保や臨時医療施設の整備など医療提供体制の強化や、1日100万回のワクチン接種体制の整備等に徹底して取り組むとともに26、併せて、経済活動の停滞により厳しい状況に置かれた事業・雇用を守るため、各種の経済支援を実施してきた。具体的には、実質無利子・無担保融資や時短協力金等を通じ、事業活動が継続できる環境整備に努めるとともに、雇用調整助成金等により企業の雇用維持を促す取組を進めた。こうした対応もあって、倒産件数は過去50年間で最も低い水準に抑制され、完全失業率も、2020年末にかけて一時3%程度まで高まる動きがみられたものの、その後は2%台後半で推移するなど、景気の大幅な悪化と停滞が回避された(第1-3-1図)。

PB対GDP比の赤字や債務残高対GDP比は大きく拡大

財政状況に目を転じると、2020年度は、国・地方のPB対GDP比の赤字が前年度から5%ポイント以上拡大し、国・地方の債務残高対GDP比も約20%ポイントの大幅な上昇となった(第1-3-2図)。2020年度のPB対GDP比の赤字拡大の主な要因は、第一に、大規模な経済対策に伴う歳出を多額の国債発行によって賄ったためである。2019年度に36.6兆円だった新規国債発行額は、2020年度に108.6兆円と史上初めて100兆円を超え、そのうち約8割が赤字国債であった。第二に、2020年度の名目GDPがマイナス成長となったことである。PB対GDP比の分母である名目GDPが縮小した結果、名目GDPは2012年度以来の悪化要因となった。

感染症下では受診控え等により医療費が抑制的に推移

このように、感染症下においては、感染拡大防止と国民生活を守る観点から大幅な歳出の増加が必要となったが、他の歳出面の動きに目を向けると、高齢化の進展に伴い増加傾向が続いてきた医療費が2020年度に前年度比で1.4兆円減少しており、歳出の減少要因となった(第1-3-3図(1))。2021年度に入ってからも、データが公表されている2021年4月から2022年2月までの医療費をみると、75歳未満では感染拡大前の2019年度同期の水準を超えている一方、75歳以上ではほぼ同水準にとどまっている(第1-3-3図(2))。医療費の動向を一日当たり医療費と受診延日数に分けてみると、2020年度、2021年度(2021年4月~2022年2月)ともに、2019年度比で、一日当たり医療費が増加する一方、受診延日数は大幅に減少しており、こうした動きが医療費の抑制的な動きにつながったとみられる(第1-3-4図(1))。

受診延日数の大幅な減少は外出控えも影響したと考えられる。一方、一日当たりの医療費はこれまでも増加傾向で推移していたが、2020年度以降、伸びが大幅に高まっている(第1-3-4図(2))。外出控えにより受診を抑制する中で限られた受診機会にまとめて医療行為や処方が行われた可能性や、感染症関係の受診が一日当たり医療費の増加をもたらした可能性などが考えられるが、現時点で利用可能なデータからはその背景を検証することが難しい。

感染症下における歳出も含めた政策の効果検証が重要

以上で医療費の動向を確認したが、こうした中で、2020年の死因別の死亡者数をみると、新型コロナウイルス感染症による死亡者数が2019年比で総死亡者数の増加に寄与する一方、それ以外の病気による死亡者数はマイナス寄与となっている(第1-3-5図)。また、平均寿命は2020年も引き続き男女とも伸びている(第1-3-6図)。2020年は、医療費が減少する一方、新型コロナウイルス感染症以外の病気による死亡者数や平均寿命といった医療サービスのアウトカムは改善していたことになる。医療サービスが低下する中で何が死亡者数を減らす要因となったのかを分析することにより、医療サービスの質を高めていく上で有益な情報を得られる可能性がある。感染症下でみられた医療費の動向が一時的なものなのかどうかに加えて、こうした医療のアウトカムと医療サービスとの関係も含めて検証を進め、その結果を今後の医療提供体制の強化や医療費の効率化に活用していくことが重要である。

また、医療費に限らず、感染症下で実施された経済対策等に基づく各種補助金・給付金、感染症下でデジタル化をめぐる課題が顕在化する中で進められた一人一台端末と学校ネットワーク環境等の整備など、感染症下で実行された歳出をはじめ各歳出の効果検証を進め、効率的・効果的な歳出につなげていくことが求められる。

マイナス成長でも税収総額は増加

次に、歳入面の動きをみると、2020年度の国・地方の税収総額はマイナス成長の中でも前年度比で増加し、PB対GDP比を改善させる要因となった(第1-3-7図(1))。こうした動きの背景を探るため、最初にリーマンショック以降の名目GDPと税収の動向を確認してみよう。なお、地方税については、税制上の扱いにより、2020年度事業決算に基づく法人事業税等が2021年度に計上されるなど、国税と異なり前年度の経済動向の影響を大きく受ける税目が存在するため、以下ではそうした影響が少ない国の一般会計における税収の動向を確認する。

まず、リーマンショック後の2008年度、2009年度は名目GDPの縮小に伴って税収総額が大きく落ち込んでいることが分かる(第1-3-7図(2))。その後も、東日本大震災の発生や2012年の景気後退27に伴い税収の回復は遅れ、国税収総額がリーマンショック前の水準を超えたのは消費税率を5%から8%に引き上げた2014年度になってからであった。一方、2020年度は名目GDPがリーマンショック時の2008年度と同程度のマイナス成長となる中で、国税収は2.5兆円増加しており、通常、観察される名目GDPと税収の関係とは異なる動きとなっている。大規模な経済支援などにより課税ベースがおおむね維持されたことにより税収の落ち込みも回避できたと考えられるが、さらに、個別の税収の動きを確認しながら、2020年度の税収増の背景を考察していく。

消費税は税率引上げの影響で増収、所得税の税収は横ばい

以下では、国の一般会計のうち基幹税である消費税、所得税、法人税についてその動向をそれぞれ確認する。

まず、消費税については、2020年度は対前年度比で約2.6兆円の増収となった。2019年10月の消費税率引上げが消費税収の増加につながった。一方、消費税率1%当たりの税収をみると、2019年度は前年度比0.15兆円程度の減収となったものの、2020年度は同0.14兆円程度の増収となった(第1-3-8図)。ただし、消費税率引上げ前後の消費税収の動向を評価するに当たっては、中間納付制度の影響を考慮に入れる必要がある。この制度の影響により税率引上げ年度の消費税収は平年度化された税収を下回る一方、税率引上げ年度の次年度は平年度化された税収を上回る、いわゆる「期ずれ」という現象が生じる28。例えば、2014年4月に消費税率の引上げが実施されたが、その際も2014年度の1%当たり消費税収は前年度比で0.2兆円程度減少しており、「期ずれ」の影響が生じていたと考えられる。そこで、「期ずれ」による減収の影響を考慮する必要のない2018年度と比較すると、2020年度の個人消費は2018年度を18兆円程度下回る中で、1%当たり消費税収はおおむね同水準となっている。経済変動がなければ「期ずれ」の影響で2020年度は平年度化された税収を上回る消費税納付があったと考えられるため、実際には、感染症に伴う消費活動停滞の影響を受けて、1%当たりでみれば消費税収は減少したとみられる。

次に、所得税の税収動向を確認する。賃金・俸給と財産所得を合計した家計所得の動向をみると、2020年度の家計所得は2019年度比では小幅な減少にとどまった。そうした中で、所得税収は対前年度比で横ばいであった(第1-3-9図)。雇用調整助成金等の雇用維持の取組により、雇用情勢の悪化や家計所得の落ち込みが小幅にとどまったことから、所得税収は横ばいで推移したとみられる。

法人税は経常利益が減少する中で増収

法人税収の動向をみると、2020年度は前年度比0.4兆円の増収となった。一方、2020年度通年の経常利益(金融業、保険業除く)は2019年度より低い水準にとどまった(第1-3-10図)。なぜ経常利益が減少する中で法人税収は増加したのだろうか。国税庁統計年報から法人の利益金額(黒字)総額と欠損金額(赤字)総額の推移を確認すると、2020年度の利益金額総額は前年度比8%(5.2兆円)程度の増加であり、課税所得の増加が確認できる(第1-3-11図)。一方、欠損金額総額については、2020年度は前年度比60%(9.1兆円)程度の大幅な増加となっており、その増加額は利益金額総額の増加額を大きく上回っている。利益金額総額から欠損金額総額を差し引いた純利益金額総額をみると、2020年度は前年度比で減少しており、経常利益と同様の動きをしていることが確認できる。また、2020年度は前年度に比べて、利益計上法人数と欠損計上法人数がいずれも増加する中、1社当たりの利益金額と欠損金額が大幅に増加し、特に、1社当たりの欠損金額の伸びは1社当たりの利益金額の伸びを大きく上回っていたとみられる29。すなわち、感染症下においては、個々の企業でみて、収益を確保する企業が存在した一方、多額の赤字を計上した企業が存在するという収益の二極化の動きがあったとみられ、これが、経常利益が減少する中にあっても、法人税収が増加した主な背景と考えられる。このほか、感染症下で行われた時短協力金や持続化給付金等が営業外収益として経常利益に計上されたために経常利益の減少が一部緩和されたことや、感染症に伴い法人税の申告・納付期限の延長申請が可能であったため前年度に納付されるはずであった法人税が2020年度に計上されたという計上のタイミングに関する要因も、2020年度の法人税収を一定程度押し上げる効果があったとみられる。

経済支援等を通じて家計所得や企業収益が支えられ、税収はむしろ増加

こうした主要税目別の税収動向を踏まえると、2020年度の国税収総額は消費税率引上げに伴う増収分を除けば前年度比でほぼ横ばいであったとみられる。リーマンショック時の2008年度、2009年度は、名目成長率が大幅なマイナスとなる中で国税収総額は二年連続で前年度比5兆円を超える減収となった。これに対し、今回の感染拡大局面では、名目成長率は大幅なマイナスとなったものの、消費税率の引上げに加え、政府の経済支援等を通じて家計所得がおおむね維持されたことや、収益の二極化が生じる中でも課税ベースとなる利益総額が増加したことなどを背景に、税収はむしろ増加する結果となったと考えられる。

主要国では中長期的な成長力強化に向けた政策へシフトする動き

リーマンショック時は、経済活動を支える事業と雇用が大きな影響を受け、その後の景気回復に長い時間を要することとなったが、感染症下では大規模な経済対策等を通じて事業基盤や雇用が総じて維持され、結果として税収は増加した。今後はこうした基盤を活かし持続的な経済成長へとつなげていかなければならない。

欧米に目を向けると、感染拡大当初は各国において厳しい行動制限が課される中で、我が国と同様に大規模な事業・雇用支援が実施された。しかし、ワクチン接種の進展に伴い行動制限を緩和するなど経済活動の水準が徐々に引き上げられ、それに合わせて経済支援策も縮小・終了が進められた(第1-3-12図)。その上で、アメリカの「インフラ投資・雇用法」やEUの「復興・強靱化ファシリティ」にみられるように、中長期的な成長力強化を目指した政策を実施する動きもみられる(後掲第1-3-18図)。こうした中で、国際機関の見通しによれば、欧米各国における一般政府のPB対GDP比は改善していくと見込まれている(第1-3-13図)。

我が国においても、感染症の影響が緩和していく中で、厳しい影響を受け続ける方々に的を絞った経済支援を実施するとともに、ウクライナ情勢等を背景とした景気の下振れリスクに適切に対応し、経済をしっかり立て直した上で、中長期的に持続的な経済成長につなげていく経済財政運営が求められる。

2 中長期的な経済財政運営に向けた課題

感染症の影響が徐々に緩和されつつあるものの、ウクライナ情勢等を背景とした下振れリスクが存在する中にあっては、こうしたリスクの国民生活や事業活動への影響に適切に対応しながら、経済をしっかり立て直していくことが成長への基盤となる。さらに、中長期の視点に立った持続可能な経済財政運営を行う上では、財政健全化と持続可能な社会保障制度の構築も重要な課題である。

そこで、本項では、感染症前の財政健全化の取組とその成果を確認しながら、中長期的な視点から今後の経済財政運営を進めるに当たっての考え方を整理する。

2013年以降、債務残高対GDP比の上昇テンポは大幅に鈍化

まず、中長期的な視点から感染症前までの財政状況を振り返るため、我が国の債務残高対GDP比の動向を三つの期間に分けて主要国と比較してみよう。我が国経済が本格的なデフレ状況に入る前の1990年代の動向をみると、我が国の債務残高対GDP比の上昇テンポは主要国と比較して突出して高かったが、PB要因と利払費要因という財政要因の悪化が押上げに大きく寄与する一方、実質GDP要因やGDPデフレーター要因といった経済要因はいずれも押下げに寄与していた(第1-3-14図)。

ところが、我が国がデフレ状況となった2000年代に入ると、PB要因による押上げ寄与が大幅に拡大するとともに、GDPデフレーター要因も押上げ要因に転じた。主要国よりも先に低金利環境が定着し(第1-3-15図)、利払費要因の寄与が縮小したにもかかわらず、我が国の債務残高対GDP比は引き続き主要国の中で最も高い上昇率となった。

我が国経済がデフレ状況ではなくなった2013年以降をみると、我が国の債務残高対GDP比の上昇テンポは大幅に鈍化し、他国との比較でも上昇率は際立って高い状況ではなくなった。デフレではない状況を実現する中で、GDPデフレーター要因が債務残高対GDP比の押下げ寄与に転じ、実質GDP要因の寄与もアメリカに次ぐ大きさとなった。また、PB要因による債務残高対GDP比の押上げ寄与についても主要国と比べて引き続き最も高い水準にあるものの、2000~12年と比べて半分強に縮小した。

非社会保障関係支出のマイナス寄与拡大は補正予算や消費税引上げ対応が影響

そこで、我が国の債務残高対GDP比に対するPB要因の押上げ寄与が2013年以降縮小した背景について考察する。感染症前の2019年度までの国・地方のPB対GDP比の2012年度からの変化をみると、PB対GDP比は感染症前まで改善傾向で推移してきた(第1-3-16図)。こうした動きが債務残高対GDP比に対するPB要因の押上げ寄与の縮小につながったが、以下ではその背景を確認する。

まず、歳出面の動向を確認する。第2次安倍内閣発足以降、政府は、国の一般会計歳出については、社会保障関係費の実質的な増加を高齢化による増加分に相当する伸びにおさめるとともに、一般歳出のうち非社会保障関係費は毎年度ほぼ横ばいに抑制し、地方の歳出については、国の一般歳出の取組と基調を合わせつつ、一般財源総額が前年度を下回らないよう実質的に同水準を確保するべく、予算編成を行ってきた。政府は、「経済財政運営と改革の基本方針2015」30において、こうした歳出改革の取組を「歳出の目安」として設定し、その後もこの目安に沿って予算を編成してきた。

こうした歳出改革の下でのPB対GDP比に対する歳出要因の動向をみると、高齢化による歳出増加や消費税増収分を活用した社会保障の充実などにより、歳出要因のうち社会保障関係支出要因のマイナス寄与が拡大する傾向にあった。

一方、歳出要因のうち非社会保障関係支出要因については、2013年度は、経済再生と長引くデフレからの脱却を図るために策定された経済対策に基づく補正予算等の影響により、公共投資要因を中心にマイナス寄与が拡大したものの、その後は2017年度までマイナス寄与はおおむね横ばいで推移した。これは「歳出の目安」に沿って当初予算の非社会保障関係支出がほぼ横ばいに抑制され、毎年度の補正予算による歳出増加も2013年度の補正予算の規模を下回ったためである。2018年度は相次ぐ自然災害からの復旧・復興や「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」31等への対応のために補正予算が編成されたことによりマイナス幅が拡大したが拡大幅は小さかった。2019年度は、消費税率引上げに伴う需要変動に対応するために当初予算で臨時・特別の措置を講じたことや、海外発の下方リスクの高まりに対応するための経済対策に基づく補正予算を編成したことなどを背景に公共投資関係の歳出が増加するとともに、消費税率引上げに伴う増収分が待機児童の解消や幼児教育・保育の無償化、高等教育の無償化などに充てられたことにより、公共投資以外の非社会保障関係支出も増加し、マイナス寄与が拡大した。

名目GDPの拡大がPB対GDP比の改善に大きく寄与

次に、歳入要因の動向をみてみる。歳入要因は、消費税率引上げなどに伴う税制改正等による歳入要因と経済成長に伴う自然増収といった名目GDP増減に伴う歳入要因に分解できるが、このうち税制改正等による歳入要因をみると、この間に消費税率の5%から10%への引上げが実施されたことから、消費税要因がPB改善に大きく寄与していることが分かる。また、消費税以外の歳入要因もPB改善に寄与しているが、企業収益が好調に推移する中で法人関係税収や、また、配当所得・キャピタルゲインの増加に伴って所得関係税収が名目GDP成長率を大きく上回って増加したことなどが背景にあると考えられる(第1-3-17図付図1-6)。さらに、名目GDPの拡大に伴って、名目GDP増減に伴う歳入要因が大きく拡大しており、これは2019年度時点で歳入要因のプラス寄与全体の半分以上を占めている。名目GDP増減に伴う歳入要因とPB対GDP比の分母の拡大効果による名目GDP要因を合わせれば、名目GDPの拡大が2013年度以降のPB対GDP比の改善に大きく寄与してきたことが分かる。

経済成長の実現・持続可能な社会保障の構築・財政健全化の一体的推進が重要

以上の分析からも明らかなとおり、名目GDPの拡大は税収増を通じてPBの改善に寄与し、さらに分母の拡大を通じて債務残高対GDP比の安定化につながってきた。経済あっての財政であり、経済をしっかり立て直し、名目GDP成長率を高めつつ、財政健全化を進めていくことが重要である。成長力を高めていくためには、第2章でみるようにこれまで低い寄与にとどまってきた資本の伸びを高めるとともに、今後、一層の人口減少と少子高齢化の進展が見込まれる中で、労働力の確保と質の向上が必要である。

資本の伸びを高めていくためには、これまで低調にとどまってきた民間投資をいかに促進していくかが課題となる。第3章で分析しているように、特にグリーン化やデジタル化、そして、それらを支える人材育成には長期にわたる投資が求められる。政府がこれらの分野への投資拡大に継続的に取り組むという姿勢を示すとともに、民間の予見可能性を高めることにより、民間投資を誘発していくことが重要である。アメリカやEUでは中長期的な視点からインフラ投資、環境投資等に係る多年度の投資計画を策定し、成長分野への投資を進めており、財源を同時に確保しているケースもある(第1-3-18図)。我が国でも、こうした海外の取組も参考としながら、必要な財源を確保しつつ、官民が計画的に重点分野に投資することが可能となる経済財政運営を中長期的に行っていく必要がある。

労働力の確保と質の向上の在り方は第2章で論じるが、労働力の質を高めていく上では岸田内閣が重点課題として掲げる人への投資が鍵を握る。また、労働力の量を確保していく上で社会保障制度が果たす役割は大きい。予防・健康づくりを推進し、希望する者がいつまでも働ける環境を整備するとともに、働き方の多様化に対応した制度を構築し、多様な主体の活躍を促していくことが重要である。また、第2章第3節でみるとおり、これまでの社会保障に係る負担増の多くは現役世代が担ってきた。現役世代の負担上昇の抑制を図りつつ、能力に応じて皆が支え合うことを基本とする全世代型社会保障制度を構築し、現役世代の活力を高めていくことも重要な課題である。

このように経済と財政、社会保障に関する取組はそれぞれが相互に影響を及ぼすものであることから、一体的に推進していく必要がある。


(25)2020年度第1次~第3次補正予算を含む経済対策等の規模。対GDP比は同年度の名目GDPにより算出。なお、2021年度に策定された補正予算を含む経済対策の規模は約79兆円、対GDP比は15%。ただし、2020年度及び2021年度の対策規模には一部重複等があるため単純に合計できない。
(26)2020年度・2021年度補正予算及び予備費のほか2021年度・2022年度当初予算を一定の考え方のもと整理すると、医療提供体制の強化等のために主なものだけで16兆円程度の国費による支援を実施(令和4年4月13日財政制度等審議会財政制度分科会資料、今後数値に変更があり得る)。
(27)第15循環の山(2012年3月)から谷(2012年11月)。
(28)前年度の消費税納付額に基づき、その一定割合を当該企業の決算年度途中に納付し、残りは決算後に納付する制度。消費税率引上げ年度は、税率引上げ前の前年度の納付額に基づき中間納付額が決定されるため消費税収は平年度化された税収を下回る一方、その下回った分は次年度に納付されるため税率引上げ年度の次年度の消費税収は逆に平年度化された税収より多くなる。
(29)国税庁統計年報では、申告法人のうち、利益を計上した法人の事業年度(利益計上事業年度)数、欠損を計上した法人の事業年度(欠損計上事業年度)数を公表している。これは、年複数回決算を行う法人が存在するため申告法人数と一致しないが、利益計上事業年度数と欠損計上事業年度数の合計と申告法人数の乖離は非常に小さいため、ここでは事業年度数から法人数の動きを類推している。なお、2020年度は前年度と比べて、利益計上事業年度数は1%、欠損計上事業年度数は3%、1事業年度当たりの利益金額は7%、1事業年度当たりの欠損金額は58%増加した。
(30)2015年6月30日閣議決定。
(31)2018年12月14日閣議決定。
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