第1章 経済財政の動向と課題 第1節
第1節 感染症等の影響を受けた実体経済の動向と課題
本節では、感染症の影響を受けた実体経済の状況について、主にGDP統計を用いて確認する。その上で、家計部門について、感染症下で行動制限等の影響を受けた個人消費や住宅投資について、感染症後の特徴的な動きをみる。また、企業部門について、2021年半ば以降の景気の下押し要因となっている半導体不足等の供給制約による影響、対外経済取引の構造変化等をみる。
1 感染症後の景気回復と持続的成長に向けた課題
感染拡大後の実質GDPや主な需要項目の動向を主要先進国と比較し、日本の景気回復の特徴を振り返る。あわせて感染拡大下での貯蓄・投資バランスの動向を部門別に確認し、今後の持続的成長に向けた家計や企業の資金過不足の状況を点検する。
●日本の感染症後の景気回復は、海外と比べて個人消費や設備投資に遅れ
我が国経済は、感染症による強い下押し圧力を受けながらも、持ち直しの動きを続けてきた。こうした我が国経済の感染症後の回復過程の特徴を把握するため、感染症前からのGDPと輸出、個人消費、設備投資の動きを主要国と比較してみよう。
実質GDPについて、感染症前の2019年10-12月期を基準とした推移を主要国と比較すると、2022年1-3月期は中国やアメリカ、英国で感染症前の水準である100を上回る一方で、日本は依然として100を下回っているものの、おおむね感染症前の水準を回復している(第1-1-1図(1))。諸外国では、ワクチン接種の進展等を背景に、我が国に先立って行動制限を緩和し、中国では2020年4-6月期、アメリカでは2021年4-6月期、英国では2022年1-3月期に、実質GDPが感染症前の水準に回復した。我が国では2022年1-3月期にオミクロン株の感染が急速に拡大したことから、2期ぶりのマイナス成長となったものの、ウィズコロナの考え方の下、経済社会活動を極力継続できるよう取り組んだことにより、内需寄与はプラスとなり、感染拡大が経済に与える影響は小さくなった。
感染症前と比較した実質GDPの水準が欧米を下回っている要因としては、2021年7-9月期まで我が国では欧米からやや遅れる形で感染が拡大する傾向にあったこと、我が国のワクチン接種の進展が欧米より遅れたことから個人消費、設備投資の回復の遅れが長引いたことが挙げられる(付図1-1)。また、2021年夏の東南アジアでの感染拡大に伴う部品供給不足は我が国の新車販売や自動車生産・輸出に大きな影響を与え、個人消費や輸出、設備投資を下押しした。
需要項目別にみると、我が国の輸出に占める割合が高い中国経済の回復を背景に、他国より早期に輸出が持ち直し、我が国の景気の持ち直しを先導した一方で、個人消費や設備投資といった内需項目は他国と比べて落ち込みが小さかったものの、その後の持ち直しの動きは鈍くなっている(第1-1-1図(2)~(4))。輸出については、部品供給の不足に伴う自動車の生産調整や中国経済の回復テンポの鈍化もあって2021年7-9月期は減少したものの、2021年10-12月期以降、供給制約が徐々に緩和に向かう中で増加基調にあり、感染症前の水準を上回って推移している。個人消費は、2021年7-9月期まで断続的に緊急事態宣言及びまん延防止等重点措置(以下「緊急事態宣言等」という。)を発出してきたことから、外食や国内旅行といったサービス消費を中心に弱さがみられた。2021年10月以降、緊急事態宣言等が全国的に解除され経済社会活動の水準は段階的に引き上げられている。また、2022年1-3月期はオミクロン株の感染が拡大したものの、ウィズコロナの取組が進んだことにより、前期からおおむね横ばいとなっている。設備投資については、2021年7-9月期に緊急事態宣言等による影響により一時的に減少し、その後は企業収益が改善する中で緩やかな持ち直しの動きがみられるものの、感染症前の水準を下回っている。
●日本の貯蓄・投資バランスは貯蓄超過が定着しており、積極的な投資拡大が必要
我が国経済が感染症下からの本格回復を実現し、民需主導の自律的な成長軌道に乗せていくためには、投資の喚起を通じて需給バランスを回復するとともに、より成長力を高めていくことが重要である。こうした中で、経済主体別の資金過不足の状態を表し、経常収支と表裏一体にある貯蓄・投資バランス(一国の総貯蓄と総投資の差額)をみる。貯蓄・投資バランスがプラスなら資金余剰、マイナスなら資金不足を意味するため、国全体や家計・企業・政府といった部門別に、資金余剰なのか不足なのかをみることができる。
まず我が国の貯蓄・投資バランスの推移をみると、2010年代半ばにかけて一旦超過幅が縮小する局面もみられたが、貯蓄超過が継続している(第1-1-2図(1))。内訳である総投資率、総貯蓄率(総投資及び総貯蓄の対名目GDP比)をみると、高い家計貯蓄率や企業部門が1990年代半ば以降大幅な貯蓄超過に転じたことを背景に、1990年代後半以降、総貯蓄率が総投資率を上回る状態が続いている。ただし、2017年以降、総投資率が横ばい圏内で推移する一方で、高齢化等を背景に総貯蓄率が緩やかに低下し、貯蓄超過幅もやや縮小している。
主要先進国と比較すると、アメリカと英国では投資超過が続いてきた一方で、日本は総貯蓄率が総投資率を上回る状態が続いてきたことから貯蓄超過が定着し、ドイツに次ぐ超過幅となっている(第1-1-2図(2)~(4))。これを言い換えれば、これまで我が国で経常収支黒字が続いてきたのは、こうした民間の貯蓄超過幅が一般政府部門の投資超過幅を上回ってきたことが背景にあるといえる。
●企業部門は貯蓄超過が定着、感染拡大下で家計部門の貯蓄超過は大幅に拡大
日本は貯蓄超過が続いているが、部門別にみるとどうであろうか。内訳である家計部門、法人企業部門(非金融法人企業及び金融法人)、政府部門の動きをみる1。
家計部門の貯蓄超過は、2010年頃から2010年代半ばにかけて縮小傾向にあり、2013年・2014年とほぼゼロとなったが、その後は上昇傾向に転じ、2020年には前年の2.7%から8.6%へと急上昇している(第1-1-3図(1)、(2))。日本では高齢化の進展に伴い、貯蓄を取り崩す家計の割合が高まり、2000年代後半にかけて黒字幅の縮小圧力が働いていた(第1-1-3図(3))。これに2014年4月の消費税率引上げに伴う駆け込み需要もあって、2013年は60歳以上世帯を中心に家計部門の貯蓄率が低下するなど、2013年・2014年の貯蓄超過幅はゼロ近傍まで低下した。しかし、駆け込み需要の反動減とともに、消費税率引上げによる影響が和らぐ中で、その後2010年代後半にかけての家計貯蓄はそれほど減らなかった。こうした中で、2020年には新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、感染拡大やそれに伴う緊急事態宣言等の発出といった政策対応の影響もあり、家計消費が大幅に減少した一方で、特別定額給付金等の家計への現金給付が実施(付表1-1)されたことで、貯蓄超過は拡大した。結果として2020年は、1990年代半ば以降で最も大きい貯蓄超過となっている。
次に企業部門をみると、諸外国と異なり、貯蓄・投資バランスの黒字が定着している(第1-1-3図(4))。利益などから生まれる貯蓄に比べて投資が慎重である傾向が続いていることを示唆している。ただし、2019年にかけて設備投資が増加したこと、景気減速に伴い貯蓄が2017年をピークにして減少したことなどにより、企業部門の貯蓄超過は縮小しつつある(第1-1-3図(5))。
政府部門については、リーマンショックによる景気後退とそれに伴う大規模な経済対策の実施等により2009年に投資超過幅が拡大したものの、2019年にかけて超過幅は縮小傾向にあった。しかし、感染症やそれに伴う経済対策の影響もあって、2020年は大幅に超過幅が拡大している(第1-1-3図(1))。
2020年に大幅に拡大した家計の貯蓄超過は当面、個人消費を下支えし、賃上げが進む下で個人消費の回復が力強さを増していくことが期待される。また、2000年代を通じて貯蓄超過が続く企業部門は、新しい資本主義の下、より積極的な投資を引き出す取組を進めることで、「成長と分配の好循環」の実現につなげていくことが重要である。
2 感染症後の家計部門の動向
我が国の個人消費は、感染拡大に伴う緊急事態宣言等が断続的に発出されてきたことから、回復の歩みは緩やかとなってきた。この間、人々の日常生活や意識・行動に様々な変化が生じており、家計部門の経済活動にも変化がみられている。本項では、<1>高年齢層の相対的に低調な消費意欲、<2>子育て関連費用の支出格差、<3>新しい行動様式下でのサービス消費、<4>人々の意識・行動変容と住宅投資などに焦点を当て、感染症後の家計部門の動向をみる。
●感染症後、高年齢層のサービス消費が相対的に弱い
感染症は、様々な分野の経済活動の抑制や外出自粛などの実施により、個人消費を大きく押し下げた。年齢別、財・サービス別にみたカード支出に基づく消費動向により、具体的な動きを確認してみよう。
ベースライン(2016~18年度各月平均)と比較した消費水準の推移をみると、2020年4月の緊急事態宣言の発令等に伴い大きく減少した後、財消費は底堅く推移し、サービス消費は力強さを欠いた状態が続いた(第1-1-4図(1))。一方で、2022年3月以降、感染者数が多い中にあっても、サービスを中心に持ち直しの動きがみられている。感染症後の個人消費は、2021年3月末にかけて、断続的に緊急事態宣言等が発令される中で、消費者による行動自粛も加わり、サービス消費の弱さが続いていた。しかし、2021年秋以降ワクチン接種の進展や「ウィズコロナ」の考え方の下でメリハリの利いた対策を講じ、経済社会活動を極力継続できるよう取り組んだことで、2020年や2021年の感染拡大時と比べ、落ち込みは小さくなった。
こうした落ち込みの影響は、均一ではなく、年齢層によってばらつきがみられる。支出額のベースライン比について、25~39歳を基準とした差を年齢別にみると、2022年5月時点で40~59歳、60~74歳は5~10ポイント程度低い水準となっている(第1-1-4図(2)<1>)。財・サービス別にみると、財、サービスはいずれも25~39歳を下回り、特に財よりもサービス、40~59歳よりも60~74歳の低下幅が大きい(第1-1-4図(2)<2>、<3>)。後述するとおり、感染による重症化リスクの高い高年齢層を中心に、ワクチン接種が進む中でも、外食や旅行といった対面型のサービス消費を自粛する傾向が続いていることなどを反映しているとみられる。
個人消費は、2020年4月以降、断続的に緊急事態宣言等の行動制限措置を発令してきたことなどから、若年層よりも高年齢層においてサービス消費を中心に下押しされてきた。しかし、2022年3月以降は持ち直しの動きがみられており、今後は感染対策に万全を期し、経済社会活動の正常化が進むとともに賃金上昇が続く中で、個人消費の回復が力強さを増していくことが期待される。
●二人以上世帯、単身世帯ともに高年齢層の消費の落ち込みは対面型サービスが中心
感染症による消費の落ち込みは、サービス消費を中心に若年層よりも高年齢層で大きいことをみたが、具体的にどういった品目の消費が抑えられたのだろうか。総務省「家計調査」の品目別消費支出について、平年(2016~18年平均)と比較した累積変化率(2020年・2021年の消費変化率の合計)を、二人以上世帯、単身世帯別にみる。
まず、二人以上世帯についてみると、平年と比べて2020年・2021年の累計で7.9%の減少となっている(第1-1-5図(1))。年齢別にみると、カード支出に基づく消費動向と同様、高年齢層の落ち込みが相対的に大きくなっている。
これを品目別にみると、飲食料品等の非耐久財が押し上げている一方で外食、交通、宿泊・旅行などの対面型のサービス消費が全体を下押ししている。年齢別にみると、交通はいずれの年齢層でも2%ポイント程度の落ち込みとなっているが、外食や宿泊・旅行では、年齢層が上がるにつれて押下げ寄与が大きくなっている。
次に、単身世帯についてみると、平年と比べて2020年・2021年の累計で16.6%の大きな減少となっている(第1-1-5図(2))。年齢別にみると、いずれの年齢層も大きく落ち込んでいる。
品目別にみると、二人以上世帯と同様、対面型のサービス消費が全体を下押ししている。ただし、年齢別には、それぞれの消費構成比の違いなども反映し、若年層では外食や交通の落ち込みが大きい一方で、高齢層では宿泊・旅行の落ち込みが大きくなっている。若年層は、外食や交通といったサービス消費の占める割合が高いことから、行動制限等の影響を受けた消費の減少幅も大きくなったとみられる。
このように、高年齢層を中心にサービス消費が落ち込んでいるが、世帯種別にみると、二人以上世帯・単身世帯ともに旅行・宿泊等の対面型サービスの落ち込みが相対的に大きくなっている。
●高年齢層は重症化リスクの低下に伴う消費押上げ効果が弱い
対面型のサービス消費を中心とした高年齢層の消費の落ち込みには、感染症による意識や行動の変化が影響している可能性がある。そこで、緊急事態宣言等の発出や重症化リスクの低下と年齢別消費の関係をみる。
まず緊急事態宣言等の発出が個人消費に与えた影響を年齢別にみる。2021年以降に発出された緊急事態宣言等が年齢別消費額の平年比(2016~18年度各期の平均消費額比)に与えた影響をみると、いずれの年齢層も消費は押し下げられているものの、押下げ幅は徐々に小さくなり、2022年1月からのまん延防止等重点措置による押下げの影響は低下している(第1-1-6図(1))。2021年12月下旬以降の感染拡大局面では、ワクチン接種が進展する中で、オミクロン株の特性を踏まえたメリハリの利いた対策を行うことで、感染者数の水準と比べて重症者数等の増加は抑制された。また、2021年4月と比べて飲食店の時短要請時間も延長され、イベント等に関する制限も限定的となった。こうした中で、ウィズコロナの考え方の下、経済社会活動を極力継続できるよう取り組んだことで、緊急事態宣言等の行動制限を受けた消費抑制効果も減衰したとみられる。
消費抑制効果が減衰した背景には、重症化リスクの低下を通じた消費者の意識や行動の変化も影響していると考えられる。そこで、重症化割合(全国の重症者数/1週間前の感染者数)の低下が消費にどのような影響を与えたかを年齢別にみる。これによると、重症化割合1%の低下に対して、年齢別消費の平年比2は、25~39歳で約6.5%ポイント、40~59歳で約5.5%ポイント、60~74歳で約4.5%ポイント増加している(第1-1-6図(2))。ワクチン接種の進展などにより、重症者数や死亡者数が減少すると、重症化リスクの低い若者を中心に消費を活性化させる傾向がみられる。一方で、他の年齢層と比べて相対的に感染症後の消費水準を落としてきた高齢者は、重症化リスクの低下による消費押上げ効果が弱く、慎重さが残る可能性がある。
ワクチン接種が進展するとともに、ウィズコロナの考え方の下で、経済社会活動の正常化が進む中で、感染症による消費抑制効果は小さくなっていると考えられる。特に、ワクチン接種などにより重症化リスクが低下する中で、病床確保の進展もあって、今後、若者を中心に消費が活性していくことが期待される。こうした中、医療提供体制の強化やワクチン接種の促進、治療薬の確保に万全を期し、感染症の脅威を社会全体として引き下げながら、経済社会活動の一日も早い正常化を目指すことで、景気回復を確かなものとしていくことが重要である。
コラム1-1 歓楽街の夜間人流と新規感染者数の増加率
ワクチン接種には、重症化予防・発症予防等の効果が期待され、海外では一定の感染予防効果を示唆する報告もある。こうした中で、ウィズコロナの考え方の下で、一日も早い経済社会活動の正常化を目指すに当たっては、ワクチン接種等の取組が感染等の予防や経済活動に与える効果を把握し、より効果的な枠組みの構築につなげていく必要がある。こうした問題意識から、ここでは歓楽街の夜間人流の増加が新規感染者数の増加率に与えた影響について、ワクチン接種の進展前後の変化をみる。
ワクチン接種については、2021年2月に医療従事者向け接種を開始した後、同年4月に高齢者向け接種を開始し、同年5月には高齢者以外にも接種を進めることで、1日100万回を超えるスピードで接種が進められた。その結果、同年7月末には希望する高齢者への2回接種をおおむね完了した。また、ワクチンの総接種回数は、2億回を超え、2回目接種を終えた者は約8割となっている。
ワクチン接種が進む中で、歓楽街の夜間人流が増えた際の感染者数の増加率(基準となる週(0週)と比較した増加率)に与える影響も変化している。ワクチン接種率がゼロの期間についてみると、夜間人流が増加してから3~4週目にかけて徐々に感染拡大ペースが拡大している(コラム1-1図)。一方で、ワクチン接種率が7割に到達した時期についてみると、夜間人流が増えても感染拡大に影響しにくくなっている。ワクチン接種が進むことによる重症化予防・発症予防等の効果とともに、飲食店等での感染対策が進むなどウィズコロナ下での生活に徐々に慣れていくことで、夜間人流が感染拡大に与える影響は小さくなってきたと考えられる。
今後、ワクチン接種を一層進捗させるとともに、医療提供体制を更に強化し、感染拡大に対する社会の耐性を高めながら、感染対策と日常生活を両立させることで、経済社会活動の回復を確かなものとしていくことが期待される。
●高所得世帯は休校等の影響を補完するために学校外教育を増加
感染症は個人消費を押し下げたが、子育て世帯における教育・保育への支出動向をみると、その影響は均一ではなく、所得分位によるばらつきがみられる。子育て世帯における教育・保育への支出額について、2019年比の動きをみると、2020年、2021年ともに大きく減少している(第1-1-7図)。特に「幼児教育・保育」が大きく押し下げに寄与しており、2019年10月から実施された幼児教育・保育の無償化3や2020年2月から実施された感染症の影響で臨時休園等した場合の保育利用料減免4が影響している。一方で、学習塾の月謝等を含む「幼児・小学校補習教育」や「中学校補習教育」は、それぞれ1%ポイント程度であるが、2年連続で押上げに寄与している。また、「高校補習教育・予備校」、「教科書・学習参考教材」は、2020年は微減となり、2021年は微増となっている。
こうした授業料等以外の教育支出について所得階層別の支出金額をみると、「幼児・小学校補習教育」と「中学校補習教育」は、2020年・2021年の支出額が2019年に比べて、第5分位では増加する一方で、それ以外では大きく変化していない(第1-1-7図(2))。2020年2月以降、休校や分散登校、リモート授業による対面授業の減少などを受け、学校授業を補う役割を学習塾に求め、学校外教育への支出を増やしたことが考えられる。実際に、特定サービス産業動態統計調査における学習塾の売上高の2019年比をみると、2020年の4月から5月にかけて大幅に低下したものの、6月以降は持ち直しの動きがみられ、2021年前半には2020年初の水準をおおむね回復している(付図1-2(1))。
一方で、共働きの子育て世帯の動向として、統計上入手可能な「7-12歳の末子を持つ共働き世帯数」の推移をみると、全国一斉休校が実施された2020年4-6月期等の期間には減少するとともに、共働きでも妻が休業者である世帯数が増加している(付図1-2(2))。終日一人で過ごすことの難しい年代の子どもを持つ世帯は、妻が離職・休業等を通じて就業を断念することで、家庭内で教育サービスを代替していたと考えられる。その結果、小学校休業等対応助成金等が支給されていた中でも所得が下押しされ、学校外教育を増加させる余裕の少なかった世帯もあった可能性がある。
このように、感染症後の子育て世帯における教育・保育支出は、幼児教育・保育の無償化に加えて、感染症下での保育利用料減免等の効果もあって全体として減少する中で、高所得者において学習塾等向けの補習教育費が伸びている。年収の高い世帯は休校等の影響による学習時間の減少を塾や家庭教師など学校外の勉強でカバーした可能性がある。一方で、共働きの子育て世帯は、休校等の影響により家庭内で教育サービスを代替していたとみられる。
このため、安心して子どもが登校できる環境を整備するとともに学校教育の場におけるデジタルの活用などを通じて、誰もが家庭の経済事情にかかわらず学ぶことができる環境整備を進め、質の高い教育を実現していくことが重要であると考えられる。
●団体旅行や企業による出張は持ち直しの動きに弱さ
感染拡大を防止するために実施された様々な分野における経済社会活動の抑制や外出自粛などは、人々の意識や行動様式の変化を通じて、国内の旅行行動にも大きな影響を与えた。
国内旅行消費額の推移をみると、2020年以降、低水準で推移している(第1-1-8図(1))。初めて緊急事態宣言が発出された2020年4-6月期に大幅に減少した後、GoToトラベル事業の効果が表れた2020年10-12月期、緊急事態宣言等が全面解除され、新規感染者数も低水準にあった2021年10-12月期にある程度持ち直したものの、全体としては、緊急事態宣言等が繰り返される中で低迷を続けてきた。
こうした中で、不要不急の外出自粛や3密の回避など、人々の行動様式は大きく変化し、旅行の機会やそれに伴う旅行消費の減少に加え、旅行内容も変化した。旅行目的別に旅行消費額をみると、2020年から2021年を通じて、各目的別旅行消費額は感染症前の2019年と比較して減少しているが、2020年10-12月期や2021年10-12月期の一時的な持ち直しの際は、「出張・業務」は他の二つと比べて相対的に持ち直しの動きが弱い(第1-1-8図(1))。感染がある程度落ち着く中にあっても、業務効率化や経費削減などの観点から、オンライン会議等を継続活用する動きがあったことが要因として考えられる。
次に、旅行形態別の消費額の変化をみてみると、「パック・団体旅行」は、GoToトラベル事業実施期間である2020年10-12月期に2019年比で大きく回復し、そのマイナス幅が一旦国内旅行消費の合計よりも小さくなったものの、それ以外の期間では「個人旅行」よりも相対的に大きなマイナスが続いている(第1-1-8図(2))。感染症以降、学校行事である修学旅行等の中止・延期の影響や、大人数での旅行を控える動きなどにより、その縮小ペースが加速したと考えられる。
交通手段別にみると、2019年比でみた2020年と2021年のマイナス幅は、「鉄道」と「航空」に対し、「道路」が相対的に小さい(第1-1-8図(3))。出張の減少に加えて、遠方よりも近場の旅行が志向されたこともあり、新幹線や航空機の利用が控えられた一方で、自家用車等を利用した移動は高い水準まで持ち直している。
感染症の影響により減少した国内旅行は、今後経済社会活動の正常化が進む中で徐々に回復していくことが期待されるが、出張や団体旅行、それに伴う新幹線や航空機利用の減少といった旅行内容の変化については、それが継続するかも含めて、動向を注視していく必要がある。
●感染症後は外食需要が大きく減少した一方で、自宅向けの食品・食料需要が堅調に推移
感染症後には、人との接触を避ける生活スタイルが定着し、飲食や食料品の需要にも変化がみられる。食料支出総額の推移をみると、2020年以降、横ばい圏内の動きとなっている(第1-1-9図(1))。内訳をみると、感染拡大防止意識の高まりや飲食店の営業自粛などにより、2020年4月以降、「外食」は大きく減少し、その後も弱い動きとなっている。外食産業については、店内でのマスクなしの飲食、会話等により飛沫感染を招く恐れから、時短要請や休業要請が断続的に行われてきたことなどが下押し要因となった。また、感染リスクを懸念する消費者の自粛行動も影響したとみられる。
こうした落ち込みの影響は業態別に異なる。2021年の業種別売上高について2019年比をみると、「パブレストラン・居酒屋」は客数・客単価ともに大きく減少している(第1-1-9図(2))。「パブレストラン・居酒屋」は、歓送迎会や忘年会など団体客需要の売上割合が高いと考えられることから落ち込みが大きくなった。また、店内飲食を中心とする「ファミリーレストラン」や「ディナーレストラン」、「喫茶店」も客数が大きく減少している。「ファミリーレストラン」や「喫茶店」では単価の上昇がみられるが、客数の減少をカバーできていない。
一方で、肉や野菜といった「食材」、総菜・弁当といった「調理食品」は増加している(第1-1-9図(1))。特に、2020年から2021年にかけて、「食材」のプラス幅が縮小する中で、「調理食品」のプラス幅が拡大しており、感染症の影響下での生活が長引く中で自炊疲れの可能性も考えられる。また、外食産業の中でも、「ファーストフード」については、客数が減少しているものの、テイクアウトの増加により客単価が上昇し、結果として売上高は感染症前を上回っている5(第1-1-9図(2))。
このように、感染症後の食料支出は、各自治体による時短要請や外出自粛の影響もあって、外食需要が大きく減少した。一方で、感染動向に左右されにくい調理用食材や総菜・弁当への需要は堅調に推移している。
コラム1-2 企業による出張費や交際費の減少と経済への影響
感染動向がある程度落ち着く状況にあっても、企業による出張や歓送迎会等に係る消費が相対的に持ち直しの動きが弱いことをみた。このような落ち込みはGDPにどのように影響するのだろうか。
企業の出張費や交際費といった家計外消費への支出は、GDP統計上は企業部門の中間投入として位置づけられる。このため、感染症後の中間投入を減少させ、それが別の消費や投資に回らなければ、付加価値であるGDP自体には直接の影響を及ぼさない6(コラム1-2図(1))。2020年度国民経済計算(第一次年次推計)では、こうした中間投入の落ち込みについて推計時点で利用可能な情報を基に、投入構造がより実態に即したものとなるよう精査した結果、家計外消費及び輸送サービス等について、2020暦年で7兆円程度の調整を行った。
GDPを直接には押し下げないものの、こうした中間投入の減少は出張先での個人負担による飲食や物品購入等に係る売上の減少を通じて、間接的にGDPを押し下げる可能性がある。そこで、産業連関表を使って家計外消費が1単位変化したことによる粗付加価値への影響をみると、飲食や小売といったサービスへの影響が最も大きく、次いで商業、製造業となっている(コラム1-2図(2))。
一方で、働き方改革を通じた出張の減少は、例えばWeb会議やテレワークの導入促進といった代替需要の増加を通じて、GDPを押し上げる可能性もある。パーソルキャリアによる企業向けアンケート調査(2021年6月公表)によると、「社員が柔軟な働き方を実現するために導入した制度・施策」として、「Web会議システムやコミュニケーションツールの導入」(79.4%)、「テレワークの導入・適用範囲の拡大」(68.1%)、「テレワーク・在宅勤務手当の支給」(15.1%)等が多くなっている。また、パーソルホールディングスによる企業アンケート調査(2022年6月公表)によると、感染症後に導入したITツールとして「Web会議システム」(56.2%)、「勤怠・労務管理システム」(51.9%)、「チャットコミュニケーションツール」(32.3%)等が多く、働き方改革が新たな投資需要の増加につながっている面があると考えられる。
なお、同じ企業による出張でも海外企業による出張費や交際費の減少は、サービス輸出の減少になる。2022年6月1日より、1日当たりの入国者総数の2万人目途への引上げなどの水際対策の緩和が順次実施されており、国境を越えた人的交流の活発化がサービス輸出の改善につながることが期待される。
このように企業による出張や歓送迎会等に係る消費の減少は、出張先での個人による飲食や物品購入等に係る売上の減少を通じて間接的にGDPを押し下げる可能性がある一方で、Web会議やテレワークの導入促進といった働き方改革に伴う投資増を通じて、GDPを押し上げることが考えられる。
コラム1-3 東京五輪開催期間中の感染動向と消費支出への影響
2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピック(以下「東京五輪」という。)は、感染症の影響により、2020年から開催が1年延期されるとともに、大半の会場で無観客開催となった。こうした中で、開催期間中の人流と感染経路の変化、個人消費への影響について振り返る。
まず、開催期間中の人流はどのように変化したであろうか。東京五輪の開催期間中の人流をみると、特に7月下旬は祝日移動により休日が増加したことで職場への人流が減少したことに加えて、小売・娯楽への人流も減少している(コラム1-3図(1))。一方で、住居滞在は増加している。無観客開催であったことに加えて、開催期間中、東京都をはじめとして広い地域で飲食店への営業時間短縮要請等が行われていたことから、自宅で観戦する世帯が多かったとみられる。この時期の主な感染経路をみると、職場や会食に起因する感染は減少する一方、家庭内感染の割合が増加している(コラム1-3図(2))。職場や小売・娯楽への人流が減少し、感染経路が自宅中心となる中で、東京都の実効再生産数はオリンピック開催後、まもなく低下に転じ、8月初旬には1を下回った(コラム1-3図(3))。こうした結果、東京都の新規感染者数は8月中旬をピークに減少に転じた。
こうした人流の変化は、消費支出の項目にも影響を与えた。例えば、薄型テレビの国内出荷台数をみると、当初開催予定であった2020年夏頃にかけて大きく増加し、その後秋口にかけて一旦減少した後も2021年夏頃までは高水準で推移した(コラム1-3図(4))。2020年4月末以降の特別定額給付金7の支給、感染症後の巣ごもり需要の高まりなどに加えて、東京五輪の開催を見据えたテレビ購入もこの間の需要を下支えしたとみられる。
また、開催期間中は、個人消費に占める総菜・弁当等の調理食品の割合が上昇した。東京五輪開会式が含まれる4連休(7月22日~25日)には、「主食的調理食品」の支出金額が増加し、その後も高い水準が続いている(コラム1-3図(5))。巣ごもり需要に加えて、自宅観戦により、手軽に食事をとることのできる調理食品への需要が高まったとみられる。
このように、東京五輪の開催期間中は、大半が無観客開催となったことにより、当初期待されていた経路での消費喚起効果8は生じなかった一方、テレビ購入や調理食品といった個人消費の増加につながった。
●東京都区部は2021年に転入超過から転出超過へ
感染拡大を背景に、テレワークの導入が進むとともに、地方移住への関心も高まっている。こうした中で、東京都心への人の流れに変化が生じている。東京都区部の転入者数、転出者数、両者の差である転入超過数(転入者数-転出者数)をみると、2019年は6.4万人の転入超過となっていた。しかし、2020年に転入超過幅が大幅に縮小し、2021年には1.5万人の転出超過に転じた9(第1-1-10図(1))。緊急事態宣言等の発令により、大学進学、就職や転勤等に伴う東京都区部への移動が控えられたことと近県への転出者が増えたことが影響したとみられる。
2020年以降の東京都区部の転出入数について地域別の内訳をみると、2021年の転入者数は2019年比で4.3万人減となり、東京圏、東京圏以外ともに2020年より減少幅が拡大している(第1-1-10図(2))。2021年の転出者数は2019年比で3.6万人増となり、2020年よりも増加幅が拡大している。ただし、転出先は東京圏以外よりも東京圏の方が多い。2022年1-5月も同様の傾向が続いている。都道府県別にみると、神奈川県からの転入者数が最も減り、神奈川県への転出者数が最も多くなっている(第1-1-10図(3)、(4))。東京近郊の居住者がより感染リスクが高いと考えられる東京都区部への移動を控えたことなどが転入者の減少につながったと考えられる。また、東京都区部の居住者がテレワークの定着等に伴い都心へ通勤する必要性が低下し、東京近郊で交通の利便性が高い地域への住み替え等を行ったことが転出者数の増加につながったとみられる。
実際に、就業者のテレワーク実施率をみると、2020年以降、都区部は全国を上回って実施率が推移し、2021年9-10月時点においても55.2%と全国平均(32.2%)と比べて高水準を維持している(第1-1-10図(5))。テレワークの実施頻度をみても、都区部は全国に比べて「テレワーク(ほぼ100%)」、「テレワーク中心(50%以上)で、定期的に出勤を併用」などの占める割合が高い(第1-1-10図(6))。
感染症下で通勤や打合せ等の対面接触を通じた感染リスクが低いテレワークに対する社会の理解が深まり、これまでとは異なる働き方、暮らし方の可能性が広がっている。今後のオフィスビル需要や住宅投資はこうした新たな人の流れの影響を受ける可能性がある。
●東京圏の住宅需要は郊外地域中心に高まり、都区部にも根強い需要
東京都区部からの人口の転出は、2022年以降、引き続き東京圏向けが増加していることをみた。こうした都区部から東京圏への人口の転出増加は東京圏郊外における住宅需要の増加につながっている可能性がある。そこで、感染拡大後の住宅動向について東京圏を中心に確認する。
東京圏の持家着工戸数をみると、2021年は都区部と比べて、郊外の埼玉県、神奈川県、千葉県及び都下の着工戸数が大きく伸びている(第1-1-11図(1))。全国の持家着工数は2020年半ばから持ち直したが、その背景には感染症対策としての住宅ローン減税制度等(付表1-2)の住宅取得支援策の効果に加え、郊外地域における住宅需要の高まりもあったとみられる。東京圏の新築分譲マンションの発売状況をみても、郊外地域は底堅く推移し、2021年は特に神奈川県が大きく増加している(第1-1-11図(2))。
郊外需要の高まりがみられる一方で、都区部の住宅に対する需要も堅調となっている。2021年の都区部の新築分譲マンション販売戸数は感染症前の2019年の水準をおおむね回復している(第1-1-11図(2))。また都区部内で区をまたいだ移動を行った者の数の推移をみると、2021年は前年より大きく増加している(第1-1-11図(5))。都区部内での分譲マンション、貸家などへの住み替えの動きは依然として活発である可能性がある。
貸家着工についても都区部が増加しており、賃貸住宅への需要が堅調である。東京圏の貸家着工の動向を確認すると、郊外の埼玉県、神奈川県、千葉県及び都下が底堅く推移する中で、2021年は都区部の着工の伸びが大きい(第1-1-11図(3))。特に都区部の貸家着工を規模別にみると、2021年は31~50m2や51m2以上が前年と比べて増加しており、在宅勤務の広がりにより広い住宅への需要が生じたことが背景にあると考えられる(第1-1-11図(4))。
このように2021年の住宅着工は、感染症を背景に生じた住宅需要の変化による影響を受けてきた。在宅勤務の広がりなどを背景に郊外地域の住宅に対する需要が高まる一方、利便性の高い都区部の住宅に対する需要も根強い。また、在宅勤務が継続する中で広い住宅に対する需要が高まっており、今後もこうした需要の変化が定着するかどうかによって、住宅着工も影響を受けることになるとみられる。
3 感染症後の企業部門の動向
感染症とその後の世界的な需要回復に加え、世界的なデジタル化・脱炭素化の進展、米中競争やロシアによるウクライナ侵略など企業は国際貿易投資環境や経済安全保障面での大きな変化に直面している。こうした中で、サプライチェーンの再構築・強靱化、デジタル化・脱炭素化に対応するための投資拡大、対外経済取引の再構築といった新たな課題に対応する必要に迫られている。ここでは、<1>半導体等の供給制約による影響、<2>資本ストック循環からみた投資動向、<3>対外経済取引の構造変化といった観点から、感染症後の企業部門の動向を確認する。
●リスクに備えた在庫管理やサプライチェーンの強靱化が課題
世界的にデジタル化・脱炭素化といった構造変化が進む中で、欧米を中心として世界的に感染症後の需要回復が進展したこと等も加わって、我が国企業は国際的に半導体不足等の供給制約に直面することとなった。半導体については、2020年後半から自動車産業を中心に需給のひっ迫感が強まっていたが、2021年に入ってから、2月のアメリカにおける寒波や3月の国内半導体工場の火災、夏頃の東南アジアの感染拡大に伴う工場の操業停止等により、更に需給がひっ迫した。また2022年4月末以降、中国各都市の都市封鎖による経済活動の抑制なども影響した。
こうした中で、様々な半導体が搭載されている自動車10は、大きな減産を強いられることとなった。2021年後半における2020年後半からの生産増加率をみると、主要業種の中で輸送機械工業だけが大きく減少している(第1-1-12図(1))。
半導体は、自動車のみならず、電気・情報通信機械や生産用機械等の生産にも使われている。電気・情報通信機械の生産の推移をみると、2021年の年央に大きく減少している(第1-1-12図(2))。これは東南アジアの感染拡大等を背景に半導体供給制約が深刻化し、輸送機械の生産が大きく減少した時期と重なっている。品目別には、パソコンや冷蔵庫をはじめとした家電関連品目が2021年7~9月頃に減少した(第1-1-12図(3))。液晶テレビへの買換えやテレワーク用のパソコン購入といった需要の一服に加えて、半導体の供給制約も家電生産の押下げに一定程度寄与していたと考えられる。また、半導体部品が多く使われている基地局通信装置についても、継続的な需要拡大が見込まれる中で、2021年後半は生産が減少しており、半導体供給制約の影響を受けている可能性が高い(第1-1-12図(3))。
一方で、電気・情報通信機械と同様に半導体を多く使っている生産用機械や汎用・業務用機械の輸出入については、2021年後半には同年前半と比較して増勢が鈍化したものの、半導体の供給制約の影響は比較的小さかったと考えられる。これらの分野では、製造業者が抱える部品や製品等の在庫水準が高く(棚卸資産回転率が小さく)、結果的に一時的な部品の納期遅延に対応可能であったことがその要因の一つと考えられる(第1-1-12図(4))。
世界的なデジタル化の流れの中で、今後も半導体への需要が高まっていくことが予測されている(第1-1-12図(5))。こうした中では、感染拡大や災害等のショックにより半導体供給が滞れば、幅広い業種の生産に深刻な影響を及ぼす可能性がある。こうした様々な供給リスクに対して迅速かつ柔軟に対応できるよう、リスクに備えた在庫管理やサプライチェーンの強靱化を図ることが一層重要になっている。
●新しい周期のストック調整過程の下、設備投資は徐々に拡大することに期待
企業部門は、前述のとおり、貯蓄・投資バランスの貯蓄超過が続いており、新しい資本主義の下、より積極的な投資が求められる。一方で、新規投資による資本ストックの積み増し過程は、企業の期待成長率の継続的な上昇、すなわち企業の先行き景気判断の改善がなければ長続きしない。そこで、資本ストック循環から設備投資の今後を展望する。
資本ストック循環図は、設備投資・資本ストック比率と設備投資前年比の関係をプロットしたものである。景気回復局面の初期には、設備投資の前年比が上昇し、上方に移動する。その後、設備投資・資本ストック比率が上昇していくと、設備投資の前年比は徐々に減速し、右下方向に移動していく傾向がみられる。同時に、各時点において設備投資を通じて追加される資本ストックの伸びから示唆される生産額(GDP)の増加率を機械的に計算することができるため、企業がどの程度の成長率を念頭において設備投資を行っているかの目安を知ることができる。これらの特性を踏まえると、成長予想に大きな変化が生じない場合には、短期的な景気変動に対応する形で、一定の双曲線の周りを循環する姿となる。他方、成長予想などに変化が生じた場合には、資本ストック循環の基点自体がシフトすることになる。
実際に、2009年1-3月期以降の資本ストック循環図をみると、リーマンショック後の景気回復の下、基点から徐々に左上方向に移動した後、設備投資・資本ストック比率が高まる中で、2013年1-3月期にかけて右下方向に移動していった(第1-1-13図(1))。しかし、2013年以降、企業収益の改善や好調な内需を背景として予想成長率が高まる中で基点自体がシフトし、右方向に移動した。2015年から2019年にかけては、1.5~2.0%の安定した成長予想下で設備投資・資本ストック比率が徐々に高まる中で、右下方向に移動していった。
一方で、2020年4-6月期以降は感染拡大の影響で投資が急減し、成長予想も低下したことから、基点自体が下方にシフトした。その後、2021年・2022年にかけては、設備投資・資本ストック比率の水準が調整され、設備投資の減少幅も縮小する中で、新たな循環の下で徐々に上方に移動している。ただし、予想成長率が0.5~1.0%程度まで低下しており、現在の設備投資のペースは、かなり低い予想成長率を前提にしたものであることが示唆される。
アンケート調査による企業の期待成長率として、内閣府「企業行動アンケート調査」における上場企業の成長率見通しをみると、今後5年間11の我が国の実質経済成長率見通しは1.01%(2022年3月時点)と、資本ストック循環図から算出される実質GDPの予想成長率と同程度にとどまっている(付図1-3)。業種別にみると、輸送用機器や機械業を中心に多くの業種で全産業と同程度となっている中で、デジタル化への対応等から需要増が期待される電気機器や化学等の一部業種では全体を上回る期待成長率がみられており、これらの業種を中心に投資を積極化する余地があると考えられる。
感染症の影響により企業の期待成長率が急激に低下し、資本ストックの調整が行われた結果、2020年にかけて設備投資の低迷を招いた。その後、2021年に入って徐々に持ち直しの動きもみられてきているが、新しい資本主義を通じて企業の期待形成に働きかけ、その下で官民連携での設備投資を進めるとともに、得られた成長の果実の分配を促すことで、好循環を実現していく必要がある。
●近年は貿易収支の大きな変動が経常収支の黒字変動の主因
前述のとおり、我が国の貯蓄超過は黒字が定着しているものの、2017年以降は超過幅が縮小傾向にある。経常収支は各部門の貯蓄投資バランスの合計に等しいことから、経常収支の黒字幅が縮小していることと表裏一体であり、対外経済取引の構造が変化していることを示唆している。そこで、経常収支の変化について点検する。
経常収支の黒字幅は、2011年から2014年にかけて急速に縮小した後、2017年にかけて拡大し、その後は緩やかに縮小してきた(第1-1-14図)。2022年1月には黒字幅が大幅に減少し、2020年4月以来の水準まで縮小したが、その後は振れを伴いながら黒字を維持している。
貿易収支の変動がこうした経常収支の動きの背景にある。2000年代半ばまで安定して経常収支の黒字に寄与してきた貿易収支は、2011年から2015年、2019年、最近では月次ベースで2021年8月以降直近まで赤字となるなど変動が大きくなっている。また、サービス収支は、2010年代半ばにかけてインバウンドの増加を背景に赤字幅が縮小したものの、感染症以降は収支の赤字幅が再び拡大しており、貿易収支とともに黒字幅縮小の要因となっている。一方で、第一次所得収支の黒字幅は徐々に拡大し、2000年代半ば以降は経常収支黒字の主因となっている。
このように、近年の我が国の経常収支構造には変化がみられており、貿易収支の大きな変動が、黒字変動の主因となっている。
●我が国産業の輸出競争力の低下や資源価格の変動が貿易収支の変動に影響
2000年代半ばまで経常収支の黒字に安定的に寄与してきた貿易収支は、その後、黒字幅が縮小し、2010年代後半以降は、ほぼ収支が均衡して推移している。こうした背景を確認するため、品目別に貿易収支の推移をみる。
品目別収支(輸出額-輸入額)の推移をみると、自動車や一般機械の黒字幅が安定して推移する一方で、特にリーマンショック以降、電気機器や原料別製品の黒字幅が縮小している(第1-1-15図(1))。電気機器や素材産業の輸出競争力が徐々に低下するとともに、企業の海外進出も同時に進展したことが背景にあると考えられる。
鉱物性燃料は一貫して赤字に寄与している。特に2011年の東日本大震災以降、製造製品等の貿易黒字が縮小する中で鉱物性燃料の輸入が拡大したことから、その変動が貿易収支に大きな影響を与えるようになっている。そこで、貿易収支の変動を「輸出入価格要因(契約通貨ベース)」、「為替変動要因(対輸出入物価)」及び「輸出入数量要因」に分け、原材料価格や為替レートの変動が収支に与える影響をみる。これによると、「為替要因」は輸出物価・輸入物価ともに2010年以降は同程度の大きさとなっており、両者が相殺して通関収支には大きな影響は与えていない(第1-1-15図(2))。一方で、原材料価格の変動などが含まれる「輸入価格要因(契約通貨ベース)」は、2011~14年にかけて赤字幅拡大に寄与する一方で、2015~16年にかけて赤字幅縮小に寄与するなど、おおむね通関収支の変動の主要因となっている。
このように、2010年以降、我が国の貿易収支はおおむね均衡する中で一時的に赤字となる動きが続いている。この間、電気機器や素材産業の輸出競争力の低下に伴い、製造製品等の貿易収支黒字が縮小する一方、東日本大震災の影響により鉱物性燃料の輸入量が拡大した。こうした貿易構造の変化の中で資源価格等の国際商品市況の変動に貿易収支が左右されやすい状況が続いている。
●2021年秋以降の円安方向への動きは輸出企業等の企業収益にプラスの影響
2021年秋以降、為替レートが円安方向で推移(後掲第1-2-2図(2))しており、輸出企業や海外展開をしている事業者等の収益が改善する一方で、輸入物価の上昇により、仕入価格の上昇を通じた企業の収益悪化や消費者への負担の増加につながることが考えられる。
まず輸出について、為替レートの変動は、輸出財の価格変化を通じて影響を及ぼす。例えば円安局面での輸出企業の価格設定行動として、<1>現地通貨の売価を円安分だけ引き下げて、数量で稼ぐ戦略(円ベースの価格は不変)、<2>現地通貨の売価は維持したまま、円安分だけ利幅を上乗せする戦略(円ベースの価格を引上げ)が考えられる。そこで、過去の輸出金額の増減を価格要因と数量要因に分解すると、<1>2005年から2007年の円安局面では価格要因とともに数量要因も上昇し、同程度の寄与となっている(第1-1-16図(1))。一方で、<2>2013年から2015年半ば、<3>2016年後半から2017年、<4>2021年半ば以降の円安局面では、価格要因が緩やかに上昇する中で、数量要因は小幅な上昇もしくは横ばいにとどまっている。我が国企業による海外生産の拡大や電気機器等における輸出競争力の低下に加えて、輸出品の現地通貨価格を維持し、利幅を得る価格行動への変化等が影響していると考えられる。また、足下の円安局面での輸出数量の伸び悩みは、半導体不足等の供給面での制約が影響していることに留意が必要である。世界需要の変動による影響を調整した上で、実効為替レートに対する輸出数量や金額、第一次所得(受取額)の弾性値をみると、輸出数量は0.20、輸出金額は0.65、第一次所得(受取額)は0.73といずれも押上げ効果が確認できる(第1-1-16図(2))。
こうした中で、為替レートの変化が企業収益に与える影響について確認しよう。企業の想定為替レートが1円円安になった場合の経常利益の変化について、リーマンショック後の期間(2013~21年度)についてみると、全産業、製造業、非製造業のいずれも企業の想定よりも円安が進めば経常利益を押し上げる効果がある(第1-1-16図(3))。ただし、素材型の製造業や非製造業では、統計的に有意な関係がみられない収益構造となっている。背景には、企業の海外生産移転の進展や為替予約を含むリスクヘッジ手法の発達などがあると考えられる。
以上のような経路を通じて、円安は輸出企業や海外展開をしている事業者等にプラスに働いており、足下の円安局面でも同様の効果が発現しているとみられる。一方で、仕入価格の上昇を通じた企業の収益悪化や消費者への負担の増加につながることが考えられる。後述するとおり、現時点で輸入物価の上昇については、為替の影響もあるものの、原油等のエネルギー価格上昇による押上げが主因(後掲第1-2-2図(1))となっているが、中小企業で相対的に価格転嫁に遅れがみられており、コスト上昇を適切に販売価格に転嫁できる環境を作っていくことが重要である。
●最近のエネルギー価格上昇による海外への所得流出は家計と企業がともに負担
エネルギー価格の上昇は、鉱物性燃料等の輸入金額の増加を通じて海外への所得流出につながる。こうした所得流出は、輸出入価格の上昇率の差(交易条件の変化)によって生じる所得の実質的な変動を表す交易利得(損失)の動向により、国民所得への具体的な影響を把握することができる。
交易利得(損失)の前年差の動きをみると、2021年4-6月期から一貫してマイナスとなっており、原油・原材料価格の上昇により、海外へ所得が流出していることがわかる(第1-1-17図(1)、後掲第1-2-1図)。交易損失への寄与をみると、「為替要因」は円高方向への動きを背景に2020年10-12月期から2021年10-12月期にかけてプラスに寄与しているほか、寄与も小さい。この間の交易損失は「その他価格要因(資源価格等)」が主因だったことが確認できる。
このような交易条件の悪化による海外への所得流出は国内ではどのように負担されたのだろうか。ここでは、最終需要1単位当たり価格に対する負担割合に着目する。最終需要財を1単位作るには、労働、資本等、輸入財が必要となるが、それぞれの価格が賃金、単位当たり利潤等、輸入価格であり、輸入価格が上昇した場合、その分は海外への所得流出となる。原油価格が上昇し海外への所得流出が生じた代表的な局面における動きをみてみよう。なお、それぞれの局面の原油価格、賃金や国内物価の動向、政策対応については、第2節で述べる。第1次石油危機時(1972~1974年)は、海外への所得移転が4.6%ポイント拡大する中で、利潤等は7.6%ポイント縮小する一方、賃金は3.0%ポイント拡大した(第1-1-17図(2))。企業が賃金上昇と原材料費の上昇を利潤の圧縮という形で負担する姿となっている。一方で、物価と賃金のスパイラル的な上昇につながったことで過度なインフレにつながり、インフレを抑制する過程でマクロ経済にマイナスの影響が生じた点には留意が必要である。第2次石油危機時(1978~80年)は、海外への所得移転が3.7%ポイント拡大する中で、利潤等は1.7%ポイント、賃金は2.0%ポイント縮小し、原材料価格の高騰による負担増を家計・企業がともに負担している。2007~08年頃の原油価格高騰局面は、同時に円高が進む中で海外への所得移転が-0.0%ポイントとほぼ横ばいとなる中で、利潤等は1.5%ポイント縮小し、賃金は1.6%ポイント拡大しており、企業が負担する姿となっている。デフレ下にあって急激な価格変動に価格転嫁が追い付かなかったことなどが影響したとみられる。
最近の原油価格高騰局面(2020年末以降)についてみると、最終需要の価格上昇が抑えられてきた中で、海外への所得移転が3.3%ポイント拡大した一方、賃金は1.5%ポイント、利潤等は1.8%ポイントとそれぞれシェアを縮小させている。第2次石油危機と同様、家計と企業がともに負担する姿となっている。
●感染症後のサービス収支はインバウンドの大幅減等により赤字幅拡大
最近の経常収支の動向にはサービス収支も大きな影響を与えている。サービス収支の推移をみると、2017年にかけて赤字幅が縮小したものの、感染症以降は赤字幅が拡大しており、貿易収支とともに感染症以降の経常収支の黒字幅縮小の要因となっている(第1-1-18図(1))。内訳をみると、「旅行収支」の黒字幅が急減するとともに、「その他サービス収支」の赤字幅が拡大している。
「旅行収支」の黒字幅の急減については、海外旅行が大幅に制限される中にあって、近年、旅行収支拡大の大きな要因となっていた外国人の入国制限の影響が大きく寄与している。訪日外国人旅行者数は2019年に3,188万人にまで達したが、感染症の影響で2020年は412万人、2021年は25万人にまで落ち込んだ(第1-1-18図(2))。2022年3月以降は入国制限が緩和される中で訪日外国人旅行者数は徐々に持ち直している。さらに6月以降、1日当たりの入国者総数を2万人目途に引き上げるなどの水際対策の更なる緩和が実施されている。今後、国境を越えた人的交流が活発化することにより、外国人観光客による日本国内での消費増加を含め、経済社会活動の一層の回復につながることが期待される。
「その他サービス収支」については、2000年代前半以降、「知的財産権等使用料」の黒字幅が拡大する一方で、「通信・コンピューター・情報」、「専門・経営コンサルティングサービス」、「研究開発サービス」、「保険・年金」等の赤字幅が拡大している(第1-1-18図(3))。「知的財産権等使用料」の黒字幅拡大は、日本企業の海外現地生産比率の上昇に伴い、アメリカや中国等の現地法人から本社向けの産業財産権等の使用料支払が増加したことなどによる。一方、「通信・コンピューター・情報」はソフトウェア委託開発等に係る外国企業への支払拡大、「専門・経営コンサルティングサービス」は欧米企業からの専門サービスの購入拡大、「研究開発サービス」は研究開発の国際的なアウトソーシングの進展、「保険・年金」は海外保険会社への支払拡大などが背景にあり、これらのサービスへの需要拡大と我が国のサービス業の競争力の低さを反映している。