第3章 雇用をめぐる変化と課題 補論
補論 感染症下の学校教育
第3章1節では、感染拡大前後の雇用動向について概観したが、2020年4月の緊急事態宣言時には、世帯主の配偶者という続柄にある女性雇用者の減少がみられた。これは、事業側の都合による面もある一方、感染対策としての学校の臨時休業により、子育て世帯の雇用者において一時的な離職が選択されたという面もある35。学校の臨時休業は、諸外国でも採用された感染対策であり、影響分析等も発表されている。ここでは、こうした結果を紹介し、我が国における臨時休業とそれに伴うオンラインによる教育サービスの提供動向についてまとめている。
●海外の分析例によると、感染症の影響により学力差は拡大し、将来にも悪影響
学校の臨時休業は諸外国でも行われたことから、児童生徒・学生の学力や将来に与える影響や遠隔・オンライン教育の必要性等についても関心が高まった。ここでは、臨時休業とその影響、遠隔・オンライン教育の評価について、既存研究の含意をみていこう(補論1-1図)。
まず、英国やドイツの小中学生を対象とした調査結果からは、学習時間の減少が指摘されている。学習時間の減少程度は、子供の置かれている環境に依存しており、それは親の所得、オンライン学習に必要なハードやソフトの有無、休校前の子供の学力が影響している。
次に、学習到達度や学力の低下が指摘されている。オランダやアメリカの学力テストの結果を用いた分析からは、数学や読解力等が低下したことや、過去の結果から休校による低下の見込値が示されている。
また、遠隔・オンライン教育やその教材の効果について計測する例もある。アメリカのデータ分析では、感染拡大前よりもオンライン教材へのアクセスが増加し、その活用により直接的な教育機会の減少を一定程度補った可能性が指摘されている。ただし、地域所得とICT環境の整備状況は相関しており、教材等へのアクセシビリティが学習機会に影響を与えたとしている。このほか、スイスの大学生に対するライン・ストリーミング講義の受講例からは、学力の高い学生の学習達成度は向上させるものの、低い学生の達成度は低下し、学力差は拡大したと推定している。
最後に、児童生徒・学生の将来的な所得への長期的な悪影響を推計する例もある。大学生の成績や経済及び健康面への影響について分析した結果によると、サンプルの約半分の学生に学習時間の減少及び成績の悪化が生じたこと、約3割の学生に就職見通しや稼得所得の見通しの悪化が生じたことが示されている。このほか、経済モデルを用いた試算では、休校の影響によって教育機会が失われることにより、高校中退者割合が上昇し、大卒者割合が低下することにより、生涯収入も低下する結果が示されている。
●OECD諸国と比べ、授業におけるICTの利活用は低位
海外の例でもみたとおり、遠隔・オンライン教育は、多くの子供たちにとって対面授業を完全に代替するものではないが、臨時休業期間の学習機会の喪失による悪影響を軽減させる有効なツールになっていた。では、我が国における遠隔・オンライン教育の現状及び評価はどうだろうか。
感染拡大前に実施されたOECDの調査36によると、国語や数学の授業におけるデジタル機器の週当たり利用時間のない学校の割合は、OECD平均が国語では48%、数学では54%である一方、我が国では国語が83%、数学が89%とほとんど活用されていない(補論1-2図(1))。また、コンピュータを使って学習ソフトや学習サイトを利用する頻度はOECD平均では全く・ほとんど利用しない割合は36%だが、我が国では79%と2倍以上となっており、学校の授業や学習におけるデジタル機器の利用率は低い(補論1-2図(2))。また、学校長がICTを活用した教育が実施可能と答えた学校に所属する生徒の割合もOECD加盟国で最も低かった(補論1-2図(3))。
●ICT環境や教員のICT活用指導力には地域差がある
先に紹介したOECDの調査では、高校におけるICTの活用が低いことを示したが、国内の公立学校を対象とした調査もある。文部科学省「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」によると、2020年3月時点での公立学校における教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は、全国平均が4.9人であったが、最も普及している(人数が少ない)佐賀県の1.8人/台に比べると、千葉県は6.6人/台と約3.7倍となっていた。(補論1-3図(1))。なお、ハード面については、令和2年度第1次補正予算により、端末及び通信環境の整備が前倒しされ、文部科学省の調査37によると、2020年度内に全自治体等1,812団体のうち、97.6%に当たる1,769自治体等の公立の小中学校等で児童生徒に1人1台端末がわたり、インターネットの整備を含めて学校での利用が可能となる見込みとなるなど、整備はおおむね完了している。
もっとも、こうしたハード面の整備だけでは遠隔・オンライン教育を実施するには十分ではなく、教員のICT活用指導力が必要である。そこで、同じく文部科学省「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」の都道府県における公立学校教員のICT活用指導力の状況をみると、調査形式が回答者の主観的評価である点に留意が必要ではあるものの、遠隔・オンライン教育の実施に当たって直接的に必要な、授業にICTを活用し指導する能力や、児童生徒のICT活用を指導する能力には都道府県間で約1.4倍のかいりがあり、ハード面ほどではないものの、供給側にばらつきがあることがうかがえる(補論1-3図(2))。
●感染症下において遠隔・オンライン教育の実施も進んだが、対面授業の希望が多い
内閣府意識調査によると、小学生・中学生の親に尋ねた子供の遠隔・オンライン教育の受講状況(受講率)は、2020年6月の全国平均は45.1%であったが、2021年5月には26.7%まで低下した。子供の遠隔・オンライン教育受講率の地域差は大きく、東京都23区の居住者では2020年6月で約7割、2021同年5月でもほぼ半数が受講していた一方、地方圏の居住者では同期間中3分の1から約2割へと減少した(補論1-4図(1))。
また、子供の遠隔・オンライン教育の利用希望について親に尋ねた設問では、遠隔・オンライン教育受講者の割合が高い東京都23区の者でも、遠隔・オンライン教育が中心の仕組みを希望している者の割合は低く、対面授業を50%以上実施することを希望する親が約8~9割となっている。遠隔・オンライン教育を実施した結果、小学生以上18歳未満の子供の親は、対面授業を主とした方法を好んでいることが分かる(補論1-4図(2))。
また、大学等における授業の実施方針によると、2020年度後期の段階では、遠隔授業を50%以上実施していたとの回答割合が半数を超えていたが、2020年7月に文部科学省より、感染症対策を講じた上での対面授業を推奨する旨の通達が発出されたこともあり38、2021年前期では2割以下となっている(補論1-4図(3))。
なお、内閣府意識調査では、大学生・大学院生を対象に感染拡大前の2019年12月と比較した学習時間の変化を質問している。その結果は、2020年5月及び12月のいずれの調査においても「増加した」と回答した者と「減少した」と回答した者の差は増加している。飲食店等への自粛要請や旅行の自粛要請の影響もあるとみられるが、大学生等への遠隔授業の実施は、学習時間の増加を伴っていた面もある(補論1-4図(4))。
●双方向形式の遠隔・オンライン教育の提供割合は親の世帯年収と学校の設置主体により違い
遠隔・オンライン教育には複数の手段や教材内容がある。双方向形式、オンデマンド等の映像教材と自主学習の組合せ、自主学習のみ等、様々な形態がある。民間の調査39によると、3つの世帯年収に分けた子供の勉強時間は、いずれでも緊急事態宣言が出された2020年5月に減少したものの、双方向形式の減少幅が小さいことが示されている。双方向形式によるオンライン授業は、リアルタイムで意見交換等コミュニケーションが可能であることから、臨時休業期間でも学習時間の減少をかなり抑制できる傾向がある(補論1-5図(1))。一方、学習手段・教材の提供割合をみると、双方向形式は、平均所得が高いほど提供される割合が高い傾向がみられる(補論1-5図(2))。また、学習サービスの提供側である学校についても、設置主体別により学習教材の提供状況の違いがある。ここで利用している民間調査は、4,000校のサンプル規模であるが、全国で臨時休業が行われていた2020年5月時点において、私立学校では約3割が双方向形式のオンライン授業を実施していたのに対し、国立学校では2割弱、公立学校では約6%にとどまっていた(補論1-5図(3))。こうした臨時休業期間における学習機会の違いは、公的な支援等によって積極的に解消することが好ましい。
コラム3-2 教育投資の効果
教育投資には一般に外部効果があるとされている。本人の職業能力の向上や就業条件の改善、所得向上といった私的な利益に加え、経済成長や税収の増加等の社会的な利益をもたらし得ることが指摘されている。例えば、島(2018)の試算によると、大学教育がもたらす公財政への便益(65歳までの就業)は、費用を差し引くと1人当たり約365万円相当、同年卒業者全体では約1.8兆円の効果があるとしている(コラム3-2図)。
しかし、個々人は、社会全体にもたらされる外部効果の存在を意識せずに教育を受けるかどうかを判断することから、追加的な利益を勘案しない投資収益率から導かれる投資をすることになる。したがって、個々人に任せてしまうと、社会的に最適な水準を下回る水準で教育の需給が均衡することになってしまう。我が国に限らず、各国が公的な教育政策を実施する合理的な根拠には、こうした教育投資の公共財としての側面がある。
例えば、小黒(2017)によると、我が国の高等教育の私的収益率はOECD平均を下回る一方で社会的収益率は男女とも平均を大幅に上回っていることや人的資本が生み出す新たな知識や発想が公共的な性質を持つことを踏まえ、教育予算の拡充は優先度が高く、積極的に配分すべきとしている。