おわりに

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2020年11月に前回の経済財政白書が公表されてから1年弱の月日が流れたが、この間も、感染拡大の波は続いている。2021年年初の緊急事態宣言時には、それまでの知見を活かす形で地域と業種を限定して経済活動の抑制を図り、数か月後には宣言を解除できる状態へと移行した。しかし、4月に入り、再び感染拡大の波は大きくなり、宣言が発出されることになった。7月には、新規感染者数は抑制されていたものの、外出頻度が高まる夏場での感染拡大抑止も意図した宣言が発出された。しかしながら、ワクチン接種は急速に進んでいるものの、変異株への置き換えや職場や家庭を中心としたクラスターの発生も増加し、厳しい情勢が続いている。

こうした感染症の影響が続く下、既に何度か記したとおり、我が国の構造的な弱点が浮き彫りになっている。本報告では、感染症の影響からの再起を進めてきた日本経済の現状について分析・評価するとともに、今後の課題として、デジタル化の実装に向けた動きと課題、温暖化対策の目標と経済成長・生産性向上の同時達成を図るために求められる対応、そして人口減少下における地域経済と企業立地の維持拡大に向けた課題の考察を扱った。また、雇用に関連して、これまでの動きを振り返りつつ、「日本経済2020-2021」で詳細に分析した感染症の影響のフォローアップや感染拡大下で進んだテレワークの動向と働き方の変化をまとめ、さらに、今後の女性と高齢者の雇用増加に向けた現状と課題について整理している。以下では、本報告の主要な分析結果と含意について整理することでむすびとしたい。

我が国経済の現状とマクロ面の課題

第1章では、感染拡大から2年目に入った我が国経済の現状について、マクロ面から三つの課題を取り上げた。また、これらに合わせて、2000年以降の我が国経済が低成長に止まった理由についても検証した。2章においても触れているが、長期的な所得や消費の推移や変動と併せて確認すると、マクロの経済成長率は低かったが、一人当たりでみると主要国と大差はなく、特に、政策レジームが転換した2013年以降の増加率は同程度で推移してきた。この点、所得変動を分解した分析からは、いわゆる男性現役層が減少する中、平均労働時間の短い高齢雇用者や女性雇用者の増加に伴い、一人当たり所得は下押しされたが、これを打ち消す形で労働生産性は上昇し、企業による賃上げのモメンタムが続いている下、平均時給は上昇を続けている。

さて、三つの課題の第一は景気の現状である。感染拡大に伴う緊急事態宣言が断続的に発出されてきたことから、我が国の景気は回復局面にあるものの、その歩みは緩やかである。2021年の前半は、世界経済の改善に伴う輸出の増加とそれによる生産活動の持ち直しが続いたことから、企業収益面でも増勢がみられた。本来であれば、こうした所得増加が設備投資や消費の増加へとつながるところ、投資の増加基調は次第に明らかとなってきたものの、消費は一進一退の動きとなっており、内需と所得・雇用の循環が感染拡大によって抑制されている。今後は、感染症に関する知見を活かしてその拡大を防ぎ、ワクチン接種の進展や医療提供体制の拡充を通じて、重症化や国民の不安を減じる下、経済社会活動を段階的に引き上げていくことが、回復のカギとなっている。

第二は物価と賃金の動向である。現状、消費者物価は特殊要因を除けば横ばいで推移し、失業率も企業による雇用維持の取組と雇用調整助成金等の政策支援もあって、悪化に歯止めがかかっており、GDPギャップが残るものの、デフレ基調の再燃は阻止されている。企業の価格設定行動には引き続き粘着性が強くみられるが、内需の持ち直しが着実なものとなり、労働需給の改善を背景とした基調的な賃金上昇が物価に反映されれば、デフレ脱却への歩を進めることとなる。

第三は財政の動向である。今次の経済危機に対応することにより、財政赤字と債務残高が増加した。ただし、感染拡大前の2010年代には、世界的な低金利の恩恵があったものの、我が国を含め経済成長の実現等を通じてPB赤字を縮減傾向で推移させ、債務残高対GDP比の安定化に努めてきた。当面の課題は、経済をこうした成長経路へ戻すことであり、その上で、債務残高対GDP比の安定的な引下げに向けて、成長率と金利動向を踏まえながら、PB赤字の段階的縮小を図ることである。

企業からみた我が国経済の変化と課題

第2章では、2000年以降の我が国の歩みと今後の課題について、企業という切り口から考察した。1章でも取り上げた2000年代の成長については、設備投資と賃金に着目し、企業による過剰債務の圧縮と賃金抑制が一因であることを示した。付加価値を生み出すべき企業が、債務返済を優先し、生産性上昇を名目賃金の引上げには還元せず、これを抑制することで販売価格を押し下げてきたことは、デフレ基調を定着させた要因となっており、いわゆる合成の誤謬が生じていたといえる。

こうした債務圧縮に目途が立った頃にリーマンショックが発生し、その後に東日本大震災といった未曽有の危機に見舞われ、企業は、6重苦と呼ばれた困難に対峙してきた。ただし、2013年以降、大規模金融緩和と機動的な財政政策の実践及び世界経済の拡大もあいまって、6重苦は全体として改善した。また、設備投資は増加に転じ、雇用増を実現しながら賃金にも増勢がみられるようになった。

しかし、2020年の感染拡大以降、我が国は再び大幅な景気後退を経験し、いまだ感染症と経済活動の両立を模索する状態が続いている。飲食宿泊等の対面型サービス業では営業機会が抑制される下で、債務が増加した。また、他の業種も含め、デジタル化への対応に遅れが目立つ等、平時に見過ごされてきた課題が改めて浮き彫りになっている。こうした状況を踏まえ、本章では三つの課題を検討した。

第一はデジタル化である。まず、ソフトウェア開発の価格設定を成長促進的なものに変換することを提唱している。具体的には、コストを積み上げる総括原価方式に類似した開発契約を見直し、出来上がった製品が生み出す付加価値の一部を開発者がシェアするような契約にすることを通じ、開発インセンティブを高めて生産性の向上を図ることを提案している。次に、情報通信分野に対する人財配置も投資配分額も少ないことを示し、官民ともに、こうした波及効果の大きい分野への資源配分の拡大を求めている。

第二はエネルギーコストと温暖化への対応である。6重苦の一つはエネルギーコストの高さであるが、これは残された課題であるだけでなく、温暖化対策と重なって成長の源泉にも成り得る重要な課題となっている。企業は地球温暖化への対応として新たな2030年度の温室効果ガス排出削減目標を達成するために、追加的なエネルギー効率の改善を求められている。イノベーションによる解決が望ましいものの、自然の成り行きに委ねてしまうと、いわゆるエネルギー多消費型の産業が国外に流出する形で達成してしまうおそれもある。今後は、<1>再生可能エネルギーを含めた我が国の発電コストには低下余地がまだあること、他方で、<2>デジタル化等の動きは経済のエネルギー依存度を一層高めること、を踏まえた上で、カーボンニュートラルの目標達成に向けて、発電コスト抑制とエネルギー効率改善に向けたイノベーションに取り組むことで、カーボンニュートラルと経済成長を同時に実現することが求められている。また、この問題は各国ともに直面する課題であり、国際的な枠組みにおける対応協力が重要である。温室効果ガス削減の経済的インセンティブを付与するカーボンプライシング(炭素税、排出量取引制度等)の導入など、価格をシグナルとして市場機能を活用した解決案も提案されている。我が国は、こうした議論を積極的にリードしていくことで、企業の新たな成長を後押しする必要がある。

第三は企業が拠点とする地域経済について、人口減少・高齢化の影響を踏まえた上でも持続可能にするための工夫を提案している。特に、企業が活動する上で不可欠な社会インフラの維持更新費用が今後の成長の足かせにならないようにすることを求めている。具体的には集住・集約・非保有化という方針を示しており、人口変動に応じた住替えによるコンパクトな集住、公的施設の統廃合、民間施設の活用やネットを中心としたサービス提供が具体的な行動として示唆される。奇しくも、人口の一極集中とそれによる規模の不経済がみられる東京圏については、感染拡大を機に、人口流入が過去の平均と比べると大幅に抑制されている。デジタル化やテレワーク実施率の上昇がこうした動きを後押ししているとみられるが、デジタル化を介した働き方や暮らし方の変化と、人口減少地域で既に生じている集住化の動きを同時に進めることで、地域経済の維持と東京圏への極端な一極集中の解消が期待される。

雇用をめぐる変化と課題

第3章では、雇用と働き方について、感染拡大以前からの動きも踏まえつつ、最近の変化と関連する課題を整理した。第一に、日本の人口は2008年の1億2,808万人をピークに減少に転じる一方で世帯数は増加し、世帯構成の単身化が進むと同時に高齢化も進んでいる。こうした中、雇用をめぐる変化としては、まず、いわゆる共働き世帯の増加にみられるように、続柄が世帯主の配偶者にある女性の就業が進んでいることに加え、2010年代に単身女性の雇用者も大きく増加していることを示した。また、男性については高齢期の雇用増も反映し、契約社員や嘱託等の雇用形態が増加している。さらに、いわゆる不本意非正規と呼ばれる者の割合は、2013年に比べて大きく減っていることも示した。感染拡大前の2019年までの一人当たり労働時間の減少の5割程度は、女性も含めた65歳以上の高齢期の雇用の増加といった、雇用構造の変化(パートタイム労働者比率の上昇)によるものと分析した。

第二に、2020年以降の感染拡大に伴い、雇用変化には国内外に類似の傾向がみられている。それは、感染対策として営業の自粛を余儀なくされている業種での雇用減だけでなく、そうした業種の雇用者には、雇用形態としてはパートタイム、属性としては若者及び高齢者、男性よりも相対的に女性、学歴にみる教育期間別では短期間ということである。我が国をみると、こうした業種での雇用は2021年に入ってからも依然戻っていないが、女性は他業種への移行を含めた形で再就業をする例もあり、65歳以上の女性は、正規・非正規のいずれの雇用形態においても、2019年に近い水準で推移している。64歳以下の女性は、正規が増加傾向、非正規は減少傾向で推移している。こうした動きの背景としては、医療・福祉業などにおける基調的な正規雇用者の増加があるほか、いわゆる働き方改革の一環として、パートタイム・有期雇用労働法が2020年4月から大企業(2021年4月から中小企業)に対して施行されたことが影響している可能性も考えられる。

第三に、テレワークの広がりである。テレワークができる雇用者割合は、おおむね3割程度という推計もあり、業種レベルでのテレワーク率をみると、ルーティン化した仕事が多い職種はテレワークには馴染みにくいという傾向も確認できる。また、テレワークは通常の職場勤務に比べて、雇用者が感じる主観的な労働生産性は「低下した」という回答が多く、2020年に比べると、2021年は全体のテレワーク実施率の水準が高まった中で、テレワークを中心とした勤務の者の割合は低下している。主観的な労働生産性が低下する要因としては、同僚や取引先等とのコミュニケーションの難しさに伴うもの、との指摘が多くみられており、実際のテレワーク動向をみても、勤務とテレワークを組み合わせる形は増えている。こうした工夫を通じて、労働生産性の低下が解消されることを期待したい。

次に、雇用をめぐる課題として、雇用者に対する投資と就業促進に向けた社会保障制度の見直しについて整理した。労働生産性を引き上げるためには、設備だけでなく人への投資も重要であるが、統計の示すところによると、企業の従業員への投資機会や金額は低迷している。他方、アンケート調査への回答をみる限り、いわゆるリカレント教育へのニーズは一定程度みられており、その動機については、現在の仕事にいかすためが多いものの、転職活動に備えるため、今後のキャリアの選択肢を広げるためといった先を見据えたものも多い。「経済財政運営と改革の基本方針2021」においても、ライフステージに応じたリカレント教育機会の積極的な提供についても取り組んでいく方針が示されており、こうしたニーズを満たしつつ、成長に資する人的投資が増加することが期待される。

最後に取り上げた社会保障制度の見直しは、高齢期の雇用を促す年金制度の改革や女性の雇用を促す社会保険制度の改革の進捗確認である。いずれも制度変更が段階的に施行されているところであるが、追加的な課題としては、例えば、企業が支給する配偶者手当の支給要件にみられる配偶者の収入制限によって生じる就業調整へのインセンティブを解消すること等がある。加えて、感染拡大を契機として、第二のセーフティネットを強化しているところだが、社会経済構造の変化に伴って生じる雇用の流動化等に雇用者が対応しやすいように、退職金の算定方法等にみられる離転職へのディスインセンティブを解消することも課題として指摘している。

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