第2章 企業からみた我が国経済の変化と課題 第3節

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第3節 本章のまとめ

本章では、2000年以降の我が国の歩みと今後の課題について、企業という切り口から考察した。1章でも取り上げた2000年代の成長については、設備投資と賃金に着目し、企業による過剰債務の圧縮とデフレ下の賃金抑制が一因であることを示した。付加価値を生み出すべき企業が、債務返済を優先し、賃金を抑制することで販売価格を押下げてきたことは、デフレ基調を定着させた要因となっており、いわゆる合成の誤謬が生じていたといえる。

こうした債務圧縮に目途が立った頃にリーマンショックが発生し、その後に東日本大震災といった未曽有の危機に見舞われ、企業は、6重苦と呼ばれた困難に対峙してきた。ただし、2013年以降、大規模金融緩和と機動的な財政政策の実践及び世界経済の拡大もあいまって、6重苦は全体として改善した。また、設備投資は増加に転じ、雇用増を実現しながら賃金にも増勢がみられるようになった。

しかし、2020年の感染拡大以降、我が国は再び大幅な景気後退を経験し、いまだ感染症と経済活動の両立を模索する状態が続いている。飲食宿泊等の対面型サービス業では営業機会が抑制される下で、債務が増加した。また、他の業種も含め、デジタル化への対応に遅れが目立つ等、平時に見過ごされてきた課題が改めて浮き彫りになっている。こうした状況を踏まえ、本章では三つの課題を検討した。

第一はデジタル化である。まず、ソフトウェア開発の価格設定を成長促進的なものに変換することを提唱している。具体的には、コストを積み上げる総括原価方式に類似した開発契約を見直し、出来上がった製品が生み出す付加価値の一部を開発者がシェアするような契約にすることをを通じ、開発インセンティブを高めて生産性の向上を図ることを提案している。次に、情報通信分野に対する人財配置も投資配分額も少ないことを示し、官民ともに、こうした波及効果の大きい分野への資源配分の拡大を求めている。

第二はエネルギーコストと温暖化への対応である。6重苦の一つはエネルギーコストの高さであるが、これは残された課題であるだけでなく、温暖化対策と重なって成長の源泉にも成り得る重要な課題となっている。企業は地球温暖化への対応として新たな2030年度の温室効果ガス排出削減目標を達成するために、追加的なエネルギー効率の改善を求められている。イノベーションによる解決が望ましい一方で、いわゆるエネルギー多消費型の産業が国外に流出し、カーボン・リーケージが生じる形で達成してしまうおそれもある。これでは、国内産業が流出してしまうだけでなく、地球全体での温室効果ガス排出量が減少しない。今後は、<1>再生可能エネルギーを含めた我が国の発電コストには低下余地がまだあること、他方で、<2>デジタル化等の動きは経済のエネルギー依存度を一層高めること、を踏まえた上で、カーボンニュートラルの目標達成に向けて、発電コスト抑制とエネルギー効率改善に向けたイノベーションに取り組むことで、カーボンニュートラルと経済成長を同時に実現することが求められている。また、この問題は各国ともに直面する課題であり、国際的な枠組みにおける対応協力が重要である。温室効果ガス削減の経済的インセンティブを付与するカーボンプライシング(炭素税、排出量取引制度等)の導入など、価格をシグナルとして市場機能を活用した解決案も提案されている。我が国は、こうした議論を積極的にリードしていくことで、企業の新たな成長を後押しする必要がある。

第三は企業が拠点とする地域経済について、人口減少・高齢化の影響を踏まえた上でも持続可能にするための工夫の提案である。特に、企業が活動する上で不可欠な社会インフラの維持更新費用が今後の成長の足かせにならないようにすることを求めている。具体的には集住・集約・非保有化という方針を示しており、人口変動に応じた住替、施設の統廃合、民間施設の活用やネットを中心としたサービス提供が具体的な行動として示唆される。奇しくも、人口の一極集中とそれによる規模の不経済がみられる東京圏については、感染拡大を機に人口流入が過去の平均と比べると大幅に抑制されている。デジタル化やテレワーク実施率の上昇がこうした動きを後押ししているとみられるが、こうしたデジタル化を介した働き方や暮らし方の変化と、人口減少地域で既にみられ始めている集住化の動きを同時に進めることで、地域経済の維持と東京圏への極端な一極集中の解消が期待される。

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