第1章 我が国経済の現状とマクロ面の課題 第4節

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第4節 経済の対応力と成長力の強化に向けた三つの課題

本章では、感染拡大から2年目に入った我が国経済の動向について三つの観点から振り返った。

第一は景気動向である。感染拡大に伴う緊急事態宣言が断続的に発出されてきたことから、我が国経済は景気回復局面にあるものの、その歩みは緩やかである。2021年の前半は世界経済の改善に伴う外需の増加とそれによる生産活動の持ち直しが続いたことから、企業収益といった分配面でも増勢がみられた。本来であれば、こうした所得増加が設備投資や消費の増加へとつながるところ、投資の増加基調は次第に明らかとなってきたものの、消費は一進一退の動きとなっており、内需と所得・雇用の循環は感染拡大によって抑制されている。

第二は物価と賃金の動向である。消費者物価は特殊要因を除けば横ばいで推移し、失業率も企業による雇用維持の取組と雇用調整助成金等の政策支援等もあって、悪化に歯止めがかかっている。GDPギャップが残るものの、デフレ基調の再燃は阻止されている。世界経済が持ち直す中で、諸外国の物価や賃金は上昇傾向にある。第2章で述べるように、かつての日本では、企業は人件費や投資の抑制により収益を確保する傾向がみられた。今もなお、企業の価格設定には粘着性が強くみられる。今後は、企業が人への投資や未来に向けた投資により稼ぐ力を高めながら、コスト上昇を適切に価格へ転嫁し、その果実を雇用拡大や賃上げに活かしていく「成長と分配の好循環」を実現していくことが求められる。こうした中で内需の持ち直しが着実なものとなり、労働需給の改善を背景とした基調的な賃金上昇が物価に反映されれば、デフレ脱却への歩を進めることが期待される。

第三は財政の動向である。今般の感染症による未曽有の危機に対し、我が国も含め、主要国はそれぞれの置かれた感染動向や経済社会構造などを踏まえつつ、前例のない大胆な支援を講じた38。そうした中には、例えば、民間金融機関の能力を活用し迅速に人件費等を支援する取組や、業種や地域を問わず、売上が一定比率以上減少した事業者に対し固定費の一定割合を支援する取組などもみられた(付表1-3)。こうした海外の取組について課題を含めて研究し、効果的な経済支援のあり方について不断の検討を行うことが経済社会のレジリエンスを確保する上で不可欠である。

一方、今次の経済危機に対する大規模な対応により、財政赤字と債務残高は増加した。感染拡大前の2010年代には、世界的な低金利の恩恵があったものの、我が国を含め経済成長の実現等を通じてPB赤字を縮減傾向で推移させ、債務残高対GDP比の安定化に努めてきた。当面の課題は、経済をこうした成長経路へ戻すことであり、その上で、債務残高対GDP比の安定的な引下げに向けて、成長率と金利動向を踏まえながら、PB赤字の段階的縮小を図ることが求められる。

2021年前半は、感染対策のために経済活動を人為的に抑制してきたことから、景気回復は緩やかなものにとどまってきた。こうした中にあっても、2021年度の設備投資計画をみるとデジタル化、グリーン化、研究開発などにおける企業の投資意欲は強い。また、足下でワクチン接種が急速に進展しており、今後、経済社会活動の段階的な引上げが可能となることが期待される。足下から今後にかけての経済動向は、<1>活発な消費意欲と感染拡大、<2>好調な企業業績とアジアの感染拡大による部品供給不足、<3>過去50年間で最も少ない倒産件数と一方で増大した企業債務(詳細は第2章参照)、という三つの「期待と懸念」として総括することができる。

このように、日本経済は危機対応のステージから次のステージに移りつつある中で、危機に直面してもそれを乗り越え、新たなステージへと進化していく力を持った、強さと柔軟性を兼ね備えた「レジリエントな経済社会」を構築していくことが重要である。日本経済がレジリエントな構造へ進化し、長期的な成長力向上へ向けた歩みを確実なものとしていく上で、以下の三つの課題に対処し、これらの懸念を払拭していくことが求められる。

1 感染症対策と日常生活の回復の両立

感染対策のために経済活動を人為的に抑制してきたことから、消費は一進一退の動きとなってきた。ただし、2021年4-6月期には経済活動を抑制する中にあっても39歳以下の世帯の消費は2019年の水準を上回るなど活発な消費意欲がみられており、感染対策と日常生活の回復を両立していく必要性は高まっている。

欧米の主要国では、飲食、娯楽、移動に際してワクチン接種証明を活用する動きがみられ、感染対策と経済活動を両立しながら成長を目指す次の段階へ進んでいる(付表1-4)。我が国においても、感染対策と日常生活の回復を両立し、経済を回すという次のステップに向けて、合理的かつ実効性のある枠組みを早急に構築していく必要がある。

2 サプライチェーンの強靱化

昨年は感染症が世界的に流行する中で、マスクや医療品、電子部品等の供給不足を経験した。2021年には世界的な半導体不足の影響もあって、持ち直しが続いてきた輸送機械の生産に増勢がみられなくなった。さらに、足下ではワクチン接種が低水準にとどまる東南アジアを中心に感染が拡大しており、これらの地域で経済活動が制限されている。我が国の自動車部品輸入は約4割を東南アジア等に依存していることから(付図1-3)、部品の供給不足に直面しており、日系自動車各社は大幅な減産を強いられている。

昨年の年次経済財政報告では我が国企業のサプライチェーンの再編成の必要性を論じたが、改めてその強靱化が課題であることが明らかとなった。経済安全保障の観点からも早急な取組が求められる。

3 事業の再構築と人材の円滑な移動に向けた取組の強化

これまで実質無利子・無担保融資や雇用者一人当たり月額33万円を上限とする雇用調整助成金など、国民の生活、事業、雇用を守るための様々な支援が講じられてきた。こうした支援により、倒産件数は過去50年間で最も低い水準で推移しており(付図2-2)、失業率換算で2~3%と見込まれる雇用維持の効果もあった。一方、そうした支援の下で企業債務はトレンドを上回って大きく増加し、政府保証付きの中小企業向け民間融資が大幅に増える一方、自前(プロパー)融資が減少するといった課題もみられている。産業別の雇用者数をみると需要が増加している情報通信業や医療・福祉等では正規雇用の増加が続いている。

今後は、感染対策と経済活動を両立しながら成長を目指す次の段階に向けて、民間企業や民間金融機関がリスクをとって事業の再構築に取り組むための環境整備やIT分野など成長産業への労働移動を支えるリカレント教育の充実・強化など、新たな挑戦を支えるための環境整備が一層求められる。


(38)内閣府「世界経済の潮流2021年I」を参照。
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