第1章 我が国経済の現状とマクロ面の課題 第3節
第3節 マクロ面における今後の課題
第1節及び第2節においては、主に感染拡大後の経済動向を概観してきたが、本節では、2000年以降のマクロ経済や人口動態の変化をみた上で、我が国の財政バランスとその持続可能性について確認する。
1 長期的な所得推移とその変動
はじめに、2000年以降、主要国と比較して低調と言われている我が国の成長についてみた上で、その背景にある所得や消費の推移や変動について確認したい。
●主要国と比べると、2000年以降の我が国の成長率は緩やかだが、人口要因が大きい
我が国と主要国の経済動向について、2000年を100とした実質GDPの推移を比較すると、リーマンショックのあった2009年頃までは、我が国とドイツの増加ペースが英国やアメリカ、フランスよりも遅かった。その後、ドイツがフランスの経路に収れんすることで、我が国の実質GDPの増加テンポは、五か国の中ではもっとも緩やかなものにとどまっているようにみえる(第1-3-1図(1))。実際、感染拡大前の2019年時点では、2000年に比べてアメリカが45%増、英国が38%増であったのに対し、我が国は15%増にとどまっていた。ただし、リーマンショック後の2009年比でみると、アメリカは29%増、英国は23%増、我が国は13%増となり、主要国と比べた増加率の差は、多少は縮小する。
マクロ的な成長鈍化の要因には、2章において詳細に触れるが、特に2000年代前半の部分においては、デフレによる投資低迷や海外への事業移転に伴う投資の内外代替といった経済構造の変化が挙げられる。加えて、低投資と同じように、労働規模や需要規模を規定する人口要因が与えた影響も無視できない。例えば、一人当たり実質GDPについて同様の図を描くと全く異なる姿が表れる。2000年以降の増加率はアメリカで25%、英国では21%へと低下する一方、我が国は16%程度と若干増加する(第1-3-1図(2))。リーマンショック後の2009年比でみると、アメリカは19%増、英国は13%増に低下するが、我が国は15%程度と2%ポイントの上昇となる。なお、フランスは11%増、ドイツは18%増となっている。単純な比較だが、規模の拡大テンポが鈍化している要因として人口減少が無視できない。見方を変えると、一人当たりの豊さという点では、2000年と比べて、我が国はフランスと遜色ない動きとなっており、さらに、最近10年程度の変化率ではアメリカやドイツには劣るものの、英国やフランスよりは高い増加となっていることが分かる。
●名目所得はデフレで低迷し、実質所得は生産性上昇を時間減少が相殺して横ばい
人口要因によってGDP規模が伸び悩んでいることは、所得や消費の規模が伸び悩んでいることを示唆するが、それらの変動には、人口変動のミクロ的な要因が様々な形で影響している。そこで、総所得の変動を分解することで構造的な変化を示そう。
まず、2005年と比較した実質総雇用者所得の変化について、雇用者数、一人当たり名目所得(現金給与総額)及び物価(家計最終消費支出デフレーター)に分解すると、雇用者数はおおむね継続してプラス寄与となっており、特に、大規模な金融緩和や積極的な財政政策等が行われた2013年頃からその程度が加速している。一人当たり名目所得は、リーマンショックを機にマイナス寄与の程度を増したが、2013年頃を境に増加に転じ、マイナス寄与は縮小傾向を示している。物価は2013年頃までは下落していたことから、実質総雇用者所得の押上げ要因であったが、政策フレームが変化し、デフレでない状況となったこともあり、2014年以降はおおむねゼロ近傍で推移している(第1-3-2図(1))。したがって、一人当たり名目所得は、2013年頃以降は緩やかに増加し、2005年平均比でみると、一人当たり実質所得は横ばい、実質総雇用者所得は雇用者が増えることで増加していたという姿になる。
次に、SNAベースの実質雇用者報酬を雇用者数で除したものを、一人当たり実質所得と定義し直し、その増減を労働生産性、労働分配率、労働時間、交易条件26に分解してみたい。その結果、リーマンショック以降、振れを伴いながらも労働生産性はプラス要因として寄与してきたが、2018年頃から増勢が鈍化している(第1-3-2図(2))。他方、労働生産性が鈍化した同時期には、労働分配率がプラスに寄与しており、GDP全体の伸びが鈍化する中において賃金への配分が高まったことが示唆される。また、雇用者一人当たり労働時間は継続的にマイナス寄与となっている。なお、こうした労働時間の減少の背景には、雇用者全体に占める短時間勤務の雇用者(パート、アルバイト、再任用)の割合が上昇したことが影響している(付図1-2)27。短時間勤務者が増加しているにもかかわらず、生産性が上昇することにより、一人当たり実質所得は横ばいで推移したことになる。
続いて、雇用者数を男女別、現役・高齢者の年齢別、正規・非正規別の8属性に分けて、雇用者全体の現金給与総額の変化を各属性の雇用者の時給の増減、労働時間の増減、構成比の変動に寄与分解してみたい。構成比の変動については、非正規の女性や高齢者の雇用者が増加する一方で、男性の現役層が減少したことが明らかである(前掲付図1-2)。男性の現役層に比べ、増加した雇用者の平均賃金は低く、平均労働時間は短い。したがって、2005年比でみると、労働時間と構成比の要因が現金給与総額の押下げに寄与していたが、2013年以降、こうした要因による押下げを打ち消す形で、企業による賃上げのモメンタムが続いている下、雇用者全体の平均時給は上昇を続けていることが確認できる(第1-3-2図(3))。今後、人口減少や高齢化に伴う労働需給の逼迫が続くことを踏まえれば、定年延長や女性雇用の正規化の動きの一層の進展に加えて、賃金水準も押し上げられるものと考えられる(詳細については、3章を参照されたい)。
コラム1-4 金融緩和政策によるマクロ経済効果
2013年以降、我が国はデフレでない状況となったが、金融緩和政策は、マクロ経済にどのような影響を及ぼしたのであろうか。日本銀行(2021)では、2013年の量的・質的金融緩和以降の一連の金融緩和が導入されなかった場合の、仮想的な姿と実績値との差を政策効果とみなす分析を行っている。この際、仮想的な姿を求めるパスとして、実質金利の低下、貸出市場のアベイラビリティの改善、為替円安、株価上昇、という4つの変数を想定し、実質GDP、需給ギャップ、消費者物価でその効果を測っている。これによると、実質GDP、需給ギャップ、消費者物価(コアコア)前年比のいずれも、政策効果が押上げ要因になったことを示唆している。
ここでは、全く別のアプローチとして、2001年~2021年のデータを基に、実質GDP、消費者物価上昇率、マネタリーベース、長期金利、株価の5つの変数から構成される構造VARモデルにおいて、金利引下げや量的緩和策とGDPや物価の量的関係を確認しよう28(付注1-2)。インパルス反応29をみると、長期金利が低下した場合や、量的緩和策によってマネタリーベースが増加した場合に、実体経済に有意にプラスの影響を与えていたことが分かり、例えば外生的なマネタリーベースの増加や長期金利の低下は、実質GDPを押し上げることで需給ギャップを縮小し、インフレ率にもプラスの効果があったことが示唆される(コラム1-3図(1)、(2))。
なお、実際のマネタリーベースや長期金利は経済の中で内生的に変動しており、こうしたモデルが示唆する因果関係が逐次的に成立するわけではない。
●マクロ消費の伸びは、高齢化の進展により鈍化
次に、長期的にみた消費動向についても確認したい。SNAベースでの2000年以降の平均消費性向をみると、感染症の影響を受けた2020年を除けば、消費税率引上げ前に消費増がみられた2014年前後に高まったものの、おおむね80%程度で横ばいとなっているようにみられる(第1-3-3図(1))。
ただし、高齢世帯は消費性向が高く30、高齢世帯の増加、特に年金を主たる所得とする非勤労世帯の増加は一国全体の消費性向を高める方向に作用する可能性があると考えられる。そこで、高齢化要因によって説明できる変動部分を抽出すると、緩やかな上昇トレンドが確認できる。他方で、それ以外の変動要因も大きいことから、明確な上昇トレンドは確認されにくい結果となっている(第1-3-3図(2))。
しかしながら、こうした高齢化要因について、「家計調査」から高齢者世帯における消費額を確認すると、すう勢的に現役世帯より少ないことが分かる31。そこで、世帯変動がSNAの家計最終消費支出に与える影響について、<1>現役(世帯主年齢が64歳以下)世帯の世帯当たり消費額の変動要因、<2>高齢(世帯主年齢が65歳以上)世帯の世帯当たり消費額の変動要因、<3>総世帯数の増加要因、<4>高齢世帯の構成比上昇要因32に分解してみる33。
2002年以降の変化への寄与で評価すると、感染拡大前の2019年までの間、実質消費は9%弱増加したが、<1>や<2>はほぼ変わりなく、<3>世帯数全体の増加によって押し上げられていたものの、<4>高齢世帯割合が上昇したことにより、4%程度下押しされていたことが分かる(第1-3-4図)。なお、世帯人員数が減少していることから、一人当たりでみると、消費額は緩やかに増加している。このように、我が国の消費は、高齢世帯が増加する中で、その伸びが抑制されているといえよう。一方で、世帯間の違いはあるものの、高齢世帯の平均保有資産(金融資産)は2,324万円と総世帯の1.3倍程度であり34、ニーズやウォンツがあると考えられる、健康・医療、利便性の高いデジタルサービス等の提供があれば、積極的な消費支出が生じることも期待される。
2 危機対応と財政バランス
感染症への対応として、我が国においても大規模な財政措置が講じられてきた。我が国においては、これまでも持続可能な経済財政運営の必要性が指摘されてきたところであるが、本項では、2000年以降の財政バランスの変化を確認したい。
●感染症対応の財政措置が民間の資金不足を緩和
政府は感染症への対応として、累次の経済対策を講じ、特別定額給付金や持続化給付金などの給付・助成を実施した。資金循環統計により、部門別資金過不足の状況をみると、2020年は一般政府の資金不足がリーマンショック時の2009年と同程度の46.8兆円程度にまで大幅に拡大し、また、家計(個人事業主を含む)の資金余剰が拡大した(第1-3-5図(1))。四半期別にみると、暦年でみられる政府と家計の資金過不足の動きが特に2020年第2四半期に大きく生じており、特別定額給付金の給付によることが示唆される(第1-3-5図(2)及び前掲第1-1-7図(2))。また、同時期には民間非金融法人企業の資金過不足が不足超に転じたが、これは国内外における経済活動の抑制によるものであり、その後の経済活動の再開による売上げの回復や各種給付金・助成金等の受取もあり、再び資金余剰へと転じた。なお、民間非金融法人企業は投資主体であることから、2020年後半から2021年第1四半期の状態は、飲食や宿泊等の資金不足にあるとみられる業種が含まれているものの、部門合計としては、貯蓄超過であり、過剰資金を抱えた状態となっている。いずれにせよ、2020年第2四半期以降の一般政府の資金不足は、それ以前にも増して大幅に拡大しており、政府による感染症対応の大規模な財政措置が、民間の資金不足や需要不足を解消・緩和し、これらの資金余剰の拡大につながったことが分かる(第1-3-5図(2))。
●感染症対策の実施等により、PBの赤字幅は拡大
こうした大規模な財政措置の実施により雇用や事業が守られ、税収が維持される効果があったと考えられる一方、資金過不足からも明らかだが、フローについてみれば財政赤字幅の拡大要因となり、政府債務は増加する。内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」(2021年7月21日公表)によると、国・地方の基礎的財政収支(PB)対GDP比は、2020年度が-10.5%、2021年度は-6.8%になると見込まれている。内閣府(2021)では、2021年度PB赤字が、2018年時点での見込値35である-1.4%から変化した要因を解析しているが、それによると、変化幅の5.4%ポイントのうち、3.7%ポイントが感染症対策に関連した予算執行、1.2%ポイントが感染拡大後の税収減による(第1-3-6図)。
3 財政の持続性確保
前項では、2000年以降の我が国の財政バランスの変化や2021年度のPB見通しについて確認したが、ここでは、債務残高対GDP比の安定的な引下げに向けた課題について整理しよう。
●債務増加の要因はPBの赤字幅拡大とマイナスのGDP成長率
前項でみたフローの赤字幅拡大は債務の増加となり、債務残高36対GDP比は2020年度に244.2%、2021年度には250.0%へ上昇する見込みである(第1-3-7図(1))。この債務残高対GDP比が増加する要因について、その前年差をPB要因、利払費要因、実質GDP成長率要因、GDPデフレーター要因に分解した結果をみると、2020年度の増加幅(21.6%ポイント)のうち、PB要因は10.7%ポイントと半分程度を占めており、残りの大半は実質GDP成長率要因である(第1-3-7図(2))。
単年度の悪化幅としては、リーマンショック時を上回っているが、2008~2009年度を通算した債務残高対GDP比の上昇幅は27%ポイント(15.6+11.4)であり、ショックの大きさは当時よりも抑えられている。2021年度は、PB要因の増加寄与が6.9%ポイントと残るものの、実質GDP成長率がプラスに転じて回復する見込みとなっており、これが相殺することで、全体の増加幅は0.9%ポイントに止とどまると見込まれている。
●2010年代は世界的な低金利によって債務残高対GDP比は安定
感染症は世界的な危機であり、我が国だけでなく、多くの国において財政を活用した危機対応が実施されている。OECD諸国について、債務残高対GDP比と名目成長率-実効利子率(利払費/債務残高)の組合せ点を描くと、ほとんどの国において、2020年は、先立つ2010年代の平均に比べて、全体として債務残高対GDP比は上昇し、同時に、またそれ以上に名目成長率と実効利子率の差がマイナスに移動していることが分かる。この点は、傾向線の傾きが余り変化せず、平行に移動していることからも確認できる(第1-3-8図(1))。
2020年は、感染症の影響により多くの国でマイナス成長となったことが原因であるが、債務の持続可能性をみる簡便な目安である名目成長率と利子率の関係から債務残高対GDP比の安定性を評価するドーマー条件に照らすと、大幅なPB赤字が残る下では、こうした状況は好ましくない。まずは名目成長率を引き上げることが重要である。
もっとも、ここでは名目成長率ではなく、PBに着目したい。では、債務残高対GDP比を安定的に引き下げるためにどの程度のPB改善が求められるのだろうか。所与の債務残高対GDP比水準の下、これを一定とする名目成長率と実効利子率の差とPB対GDP比の組合せを描くことができる。例えば、債務残高対GDP比が150%の場合、実効利子率が名目成長率より1%ポイント高ければ、1.5%のPB黒字が必要となる。
こうした傾向線を描いた中に、OECD諸国の2000年代と2010年代の実績値を描くと、2000年代に比べて2010年代は、金融面での緩和が世界的に続いたこともあり、名目成長率と実効利子率の差がプラス側に位置する国・地域が増え、結果としてPB黒字を計上しなくても債務残高対GDP比の安定性が確保できていたことが読み取れる。我が国の動きをみると、2000年代は3%程度のPB黒字を必要とする状況にあったが、デフレではない状態への移行と金利の低下によって、2010年代は1%程度のPB赤字を許容できる状況へと転じていた(第1-3-8図(2))。
では、こうした名目成長率と金利の関係は今後も続くのだろうか。日本、アメリカ、英国、ドイツ、フランスの5か国の名目成長率と金利について、1990年以降の長期的な年単位の組合せをみると、名目成長率が名目金利を上回った割合は4割程度、日本だけでは3割程度であった。名目成長率の引上げだけでは、先々の債務残高対GDP比の安定的な引下げを図るには十分とは言えず、名目成長率と金利の動きを見極めながら、PB赤字幅は段階的に縮小させていくことが必要である(第1-3-8図(3))。
コラム1-5 ボーンの検定
3節3項でみてきたドーマー条件(名目成長率と利子率の関係から債務残高対GDP比の安定性を評価するもの)を満たしているか否かに加え、他にも、政府の財政運営スタンスが持続可能なものかを統計的に検証することを目的とした多くの研究がある。その一つがBohn(1998)であり、ボーンの検定として知られる手法を提唱した。着想としては、政府が前年度の債務残高対GDP比が上昇した場合に、PB対GDP比を改善させる財政運営を行っていれば破綻しないことを検証しようというものである。ここでは、多くの先行研究37で用いられた定式化を参考に、我が国の一般会計を対象として、1980年以降の財政運営スタンスについて検証している(付注1-4を参照)。
これによれば、我が国の財政運営スタンスは、期間を通じて平均的にみれば、上述したような債務残高対GDP比の増加を受けてPB対GDP比を改善させたようなフィードバックルールを確認できない。一方で、債務残高対GDP比とPB対GDP比をプロットすると、2010年代においては、債務残高対GDP比は上昇する中にあって、PB対GDP比を改善させるような財政運営が行われている(コラム1-4図)。推計結果をみても、80年以降の全期間でみると、債務残高の蓄積が進めばPBを改善させるという関係には有意性はみられないものの、90年以降でみると、債務残高対GDP比が高まる下で、PBを改善させるような財政運営が意識されるようになっていったと考えられ、債務残高対GDP比が130%に達して以降、有意な関係を見いだすことができる(前掲付注1-4)。