第4章 デジタル化による消費の変化とIT投資の課題 第2節

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第2節 「新たな日常」に向けたIT投資と課題

本節では、「新たな日常」を推進するために必要となる情報インフラ、IT投資の現状について確認したのち、それらが生産性に与える影響について検証する。これに関連し、人手不足を背景として増加していた省力化投資は、テレワークなど新しい働き方をバックアップすることからも注目されており、こうした取組状況なども確認する。最後に、各国との比較を行うことで、IT投資を推進するうえで我が国の課題となる点について検討する。

1 企業投資の現状と課題

はじめに、企業の設備投資状況について、IT投資に着目しながら現状を整理する。

民間のソフトウェアストックは着実に積みあがり

IT技術を駆使した「新たな日常」を推進するために必要となるIT投資を確認する前に、まずは我が国の設備投資の状況について概観する。

民間部門の設備投資の推移をみると、有形資産のうち、工場・ビルなどの「その他構築物」への新たな投資は、1995年から2010年頃にかけて減少した後、再び増加し、ストックベースでは95年とおおむね同水準となっている。一方、有形資産のうち「機械・設備」は、リーマンショックで一時大きく減少したが、その後は増加し、ストックベースでは2008年の水準まで回復している。「無形資産(知的財産物)」もリーマンショック後数年間は新規投資が控えられたが、その後は増加し、ストックベースも着実に積みあがっている。特に、知的財産物の内訳のうち、IT投資である「ソフトウェア(ストックベース)」は、2018年時点で1995年対比2倍程度になっている。なお、公的部門のソフトウェア(ストックベース)は、1995年対比6割弱の増加にとどまっている(第4-2-1図)。

従業員一人当たりソフトウェアストックは、一部を除きおおむね横ばい

ソフトウェアストックについて、業種別に確認すると、製造業では、「電子部品・デバイス」で顕著な伸びがみられたが、その他の業種では2000年代半ば以降おおむね横ばいとなっており、償却を上回る新規投資はみられない。一方、非製造業については、「運輸・郵便」「卸売・小売」で高い伸びが確認できる。

このように、非製造業を中心にソフトウェアストックは着実に積みあがっているが、従業員一人当たりでみると、「情報・通信機器」や「電子部品・デバイス」のソフトウェアストックは積み上がりが顕著である一方、その他の業種については、2000年代前半からおおむね横ばいとなっている(第4-2-2図)。

IT投資は、フロー、ストック共に他の先進国に比べて見劣り

最後に、IT投資の状況について、主要先進国と比較する。ここでは、IT投資として、ハードウェア(IT端末等)とソフトウェアについて確認する。まず、IT投資のフローをみると、ハードウェア、ソフトウェアともにアメリカの投資が大幅に増加している。また、ドイツは、ハードウェア投資に比べ、ソフトウェア投資の伸びが高い。こうした下で、我が国のIT投資フローは、ハードウェア、ソフトウェアともに他の主要国に比べて伸び率が低めとなっている。この結果、ストックの伸び率についても、我が国はハードウェア、ソフトウェア共に他の主要先進国と比べて低位にとどまっている。先述した従業員一人当たりソフトウェアストックに積み上がりがみられない点も勘案すると、「新たな日常」の推進に向けて、IT投資は更に加速させる必要がある。また、ソフトウェアに研究開発投資を加えた無形固定資産投資(ストック)も、我が国は他の先進国に比べて見劣りしている(第4-2-3図)。

2 IT関連投資による省力化と労働生産性

前項では、従業員一人当たりのストックベースのソフトウェア(ソフトウェア装備率)は、一部業種を除き、2000年代前半からおおむね横ばいであることを確認し、IT投資を加速させる必要があると記したが、こうしたIT投資のうち、ソフトウェア投資はどの程度労働生産性の向上に結び付いているのだろうか。

ソフトウェア装備率は労働生産性の向上に寄与

内閣府「国民経済計算年次推計」を用いて、マンアワー当たりのソフトウェア装備率が労働生産性に与える影響を推計すると、ソフトウェア装備率は、労働生産性に有意にプラスの効果があるとの結果となった。

また、製造業、非製造業別にみると、製造業については、機械設備装備率、ソフトウェア装備率ともに労働生産性に有意のプラス効果があるが、ソフトウェア装備率の方が僅かながらその効果が大きくなった。一方、非製造業については、ソフトウェア装備率は労働生産性にプラスの効果があるが、機械設備装備率は有意にならず、統計的に確からしいことは、より積極的にソフトウェア投資を行うことは労働生産性を引き上げるということである(第4-2-4図)。

省力化を意図したIT投資への取組には増加の余地

ソフトウェア装備率が労働生産性に有意にプラスの効果があることが確認されたが、ここでは現場やバックオフィスにおいて、省力化を意図したIT投資の具体的な事例を紹介する。

まず、非製造業の生産現場の事例として、スーパーにおけるセルフレジ・セミセルフレジの導入割合をみると、商品のバーコード読み取りなどは店員が行い、支払いは客が専用端末で行うセミセルフレジは、その導入割合が年々高まっている。なお、セルフレジの導入割合は低下しているが、これはバーコード読み取りから全て顧客が行うため、端末操作などに不慣れな顧客対応で逆に時間を取られてしまうなどの問題が生じているとの指摘がある27。ただし、感染症拡大後は、人との接触を避けられるセルフレジの導入がコンビニや外食チェーンなどで進んでいる。

次に、運輸業や卸小売業といった非製造業や製造業の生産現場の事例として、運搬機械や産業用ロボット、マシニングセンタ(コンピュータ制御の工作機械)の動向を確認する。運搬機械は、物を移動させる機械を指す。とりわけ、配送センターや生産・組立ライン等に設置される物流システム機器は、搬送物と、それに関する情報をコンピュータで同期し、物流システム全体をコントロールすることで、納品制度の向上・効率化・省力化・在庫削減・高速処理・納期短縮を図ることができる。産業用ロボットは、工場での組み立て作業等を人間の手を介さずに行うロボットで、生産現場の自動化を担う。マシニングセンタは、コンピュータ数値制御の指令により、それぞれの加工に必要な工具を自動で交換し、多種類の加工を連続で行うことができる機械である。これらの国内総供給をみると、産業用ロボットについては2019年にやや減少したものの運搬機械、産業用ロボット共に増加傾向にある。一方で、マシニングセンタは伸び悩んでいる。

最後に、バックオフィスの省力化投資の事例として、RPA28の導入割合(年商50億円以上の国内企業を対象、回答社数1,021社)をみると、2018年6月の2割程度から、僅か1年足らずで3割へと上昇している。導入を検討中も含めると6割に達するなど、活用の拡大が見込まれる(第4-2-5図29

このように、現場やバックオフィスの省力化を意図したIT投資は近年増加しているが、業種や企業規模で取組に違いはあるのだろうか。こうした点について、内閣府が2020年2月に実施した「働き方改革の取組に関する企業調査」(以下、内閣府企業調査)により確認する。

まず、現場の省力化を意図したIT投資(ロボットによるサポート・自動化等)についてみると、製造業・非製造業共に大企業の取組割合が高い。また、製造業と非製造業との比較では、工場現場をかかえる製造業の取組割合が高くなっている。ただし、全規模・全産業の取組状況は2割程度であり、取組割合が高い大企業製造業でも5割未満と半数に満たない。

次に、バックオフィスの省力化を意図したIT投資(WEB・IT関連のソフトやシステムの導入、RPA等)についてみると、現場と同様に、大企業の取組割合が高く、製造業・非製造業ともに6割を超えている。また、中堅企業では非製造業が5割を超える取組割合となっているなど、現場よりは取組が進んでいる(第4-2-6図)。

最後に、省力化を意図したIT投資の取組開始時期について確認する。現場における取組を企業規模別にみると、2017年度以前に取組を開始した企業割合は大企業では2割程度あるが、中堅・中小企業では、1割に満たず、中堅・中小企業のうち取組を開始した企業のなかでもここ2年程度で取組始めている。バックオフィスについては、2017年度以前に取組を開始した企業割合がどの規模でも高くなっているが、特に大企業では5割を超える企業が2017年度以前から取組を開始している。このように、省力化投資は、大企業の方が比較的進んでいるが、それでも何ら「取組なし」との回答割合が高く、取組企業が今後増える余地は大きい(第4-2-7図)。

バックオフィスの省力化を意図したIT投資は、労働時間削減に寄与

現場やバックオフィスの省力化を意図したIT投資は全要素生産性の向上や労働時間の減少に寄与したのだろうか。この点について、内閣府企業調査の個票を用いて検証する。なお、企業規模や業種など企業の生産性に作用するような他の要因を排除するために、傾向スコアでマッチングさせた企業について検証を行う。

まず、付加価値上昇率のうち、労働や資本の投入量変化以外の要因である全要素生産性(TFP)上昇率に対して、現場やバックオフィスの省力化を意図したIT投資が与える効果をみると、符号条件はプラスながら、統計的には有意ではない30。次に、正社員の一人当たり月間労働時間に与える影響をみると、現場の省力化を意図したIT投資の符号条件はマイナスとなったが、統計的には有意ではない。一方、バックオフィスの省力化を意図したIT投資を行っている企業は、そうでない企業と比べて正社員の一人当たり月間労働時間が2時間程度短いことが確認できた。

まとめると、バックオフィスについては省力化を意図したIT投資の効果が労働時間の削減に繋がっている一方、製造・サービス現場については、明確ではない。また、現場やバックオフィスの省力化を意図したIT投資は、現状では既存の設備や労働力の置き換わりにとどまり、付加価値生産性の向上には明確に結びついていないようである(第4-2-8図)。

3 「新たな日常」に向けた投資の課題

最後に、「新たな日常」に向けたデジタル化を推進するにあたり、国際比較等を通じて見えてくる課題について整理する。

感染症によって明らかになった公的部門のIT化の遅れ解消は喫緊の課題

前掲の投資実績でも触れたが、公的部門のIT投資は少ない。こうしたことが感染拡大に伴っていくつかの弱さとして現れている。まず、我が国では、2020年3月初に全国的に小中高が休校となった。その後、地域や学校により差はあるが、徐々に社会経済活動のレベルを段階的に引き上げる中で、6月1日から学校を再開する動きが広がった。約3か月と長期にわたる休校の中で、私立学校を中心にオンライン授業に取り組む動きも見られたが、多くの学校ではそうした環境が整わず、休校による学習の遅れや学習格差の広がりが懸念されている31

また、新型コロナウイルス感染症緊急経済対策に含まれた特別定額給付金(国民一人当たり10万円(支給総額予算約12.7兆円、総世帯約5,853万世帯))の支給にあたっては、マイナンバーカードを使用したオンライン申請が1,709団体において実施可能となったが、うち110団体が確認作業に時間を要するといった事務処理負担などを理由として申請受付を中止することとなった。

このように、感染症の拡大は、我が国の教育や行政といった公的部門におけるIT化の遅れや地域・組織横断的なシステム構築がなされていない点を明るみに出す結果をもたらした。実際、OECDによる各国共通調査では、教育現場における指導のためのデジタル技術(ソフトウェア、コンピュータ、タブレット、電子黒板)が不足しているとの回答が多く、教育現場のデジタル技術の充足度は45か国中32位である。また、行政手続きのオンライン化に至っては、オンライン化が進んでいるとの回答順で30か国中最下位であるなど、他国との比較においても著しくIT化が遅れている。感染症の拡大から得た教訓を活かし、公的部門のIT化を加速させる必要がある32第4-2-9図)。

IT人材の配置が情報関連産業に偏り、公的部門では特に少ない

公的部門のIT化の遅れには、様々な背景が考えられるが、ここではIT人材が所属する産業に着目したい。

IT人材とは、日本標準職業分類(小分類)の「システムコンサルタント」、「システム設計者」、「ソフトウェア作成者」、「その他の情報処理・通信技術者」であると定義する。大分類では、「専門的・技術的職業従事者」の一部にあたる。ここでは、2015年の総務省「国勢調査」における産業別の「専門的・技術的職業従事者数」を総務省「労働力調査」の伸び率で延伸し、2015年時点のIT人材の占める割合を用いて2019年時点での産業別のIT人材分布を推計した33。その結果によると、我が国のIT人材の約7割が、IT関連産業(「ソフトウェア業」、「情報処理・サービス業」、「インターネット付随サービス業」)に所属している。これは、他の主要先進国では35.5~46.6%と半分以下であることと比較して、かなり高い割合である。

さらに、我が国とアメリカについて、IT人材がIT産業以外でどのような産業部門に従事しているかをみると、我が国は製造業の比率が最も高く、アメリカは学術研究、専門・技術サービスの比率が高い。加えて、公務、教育・学習支援といった公的部門34におけるIT人材の比率に着目すると、アメリカでは、IT人材全体の1割以上が公的部門に所属している。一方、我が国は、僅か1%にも満たない。我が国のシステム開発は、IT企業が顧客の要望に合わせてシステムを構築する受託開発が主であるが、業務インセンティブ(収益目標)が相反する者の間での開発受託・請負取引が適切に行われるためには、委託側と受託側の情報や知識の非対称性が十分に小さいことが必要である。すなわち、システムユーザー側にも相応のIT人材が所属することで、ニーズに合致した、合理的・効率的なIT投資やスムーズなIT運用が一層進むと期待される35第4-2-10図)。

IT人材は不足感が強く、デジタルイノベーションに必要な人材は少ない

最後に、デジタルイノベーションを担うIT人材の状況について、情報処理推進機構が行っているアンケート調査36を基に確認する。

まず、IT人材全体の過不足感をみると、「全体的に不足」と「おおむね不足」を合わせて6割程度となっており、さらに「一部で不足」を加えるとIT人材の不足感は8割強にまで達しており、IT業界全体として人員が不足している(第4-2-11(1)<1>)。

とりわけ、デジタルイノベーションに必要な特定の技術を持つ人材について、IT企業が確保できているかどうかという点は、例えば、IoTやビッグデータ、クラウド活用に関するスキルを持つ「デジタル人材」は、3割強しか確保できておらず、AIの技術を持つ「AI人材」は1割強しか確保できていない(第4-2-11(1)<2>)。

現状、IT企業の事業は従来型のシステム・ソフトウェア開発が中心であるが、今後、IoTやビッグデータ、AI等の利活用を検討している顧客企業は相応にあると見込まれる(第4-2-11図(2))。また、デジタルイノベーションが世界的に加速する中で、こうした高度な技術を持つ人材の育成・獲得は国際競争力を保つ意味でも重要であり、今後の大きな課題である37


(27)報道情報であるが、産経新聞(2020)では、「セルフレジの導入が伸び悩む背景として、「完全セルフレジでバーコードを読み取る作業は利用客、特に高齢者にとっては煩雑で、慣れるまで時間がかかる。スーパーの場合、タイムセールの商品にバーコードが重ねて貼られていて注意が必要なこともあり、完全セルフレジをさける顧客がいる」と紹介している。
(28)RPA(Robotic Process Automation)とは、コンピュータ上で行われる業務プロセスや作業を自動化するシステム。人間が繰り返し行うクリックやキーボード入力など定常的な業務を自動化できるなど、バックオフィス事務の定型作業の効率化が期待される。
(29)アンケートでは「省力化投資(ロボットによるサポート・自動化等)」「省力化投資(WEB・IT関連のソフトやシステムの導入、RPA等)」という設問になっており、回答者によって捉え方が異なる可能性には留意する必要がある。例えば、「省力化投資(ロボットによるサポート・自動化等)」という問いに対し、機械による自動化は進んでいるが、ロボットは使用していないと判断し、「取組なし」と回答する可能性や、「省力化投資(WEB・IT関連のソフトやシステムの導入、RPA等)」という問いに対しては、WEB上にHPを開設している事を以て「取組んでいる」と回答する可能性がある。
(30)内閣府(2020)では、重回帰モデルにて、RPAが労働生産性に有意にプラスであることを示している。
(31)文部科学省による調査によれば、休校中に同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習が行えた割合は僅か5%にとどまっている(同調査は、4月16日正午時点の公立の小学校、中学校、高校、特別支援学校などの学習指導などの取組状況について、文部科学省が取りまとめたもの(調査対象:全国1,213の自治体、学校数2万5,223校))。
(32)「経済財政運営と改革の基本方針2020」(2020年7月17日閣議決定、以下、「骨太の方針2020」)では、3章(「新たな日常」の実現)において、次世代型行政サービスの強力な推進が掲げられている。同章では、国・地方自治体を通じて情報システムや業務プロセスがバラバラで、地域・組織間で横断的にデータも十分に活用できない点等を問題として指摘。単なるオンライン化ではなく、データの蓄積・共有・分析に基づく不断の行政サービスの質の向上こそが行政のデジタル化の真の目的としている。
(33)国勢調査(2015年)の産業・職種マトリックスを用いて、各産業におけるIT人材を含む職種(「専門的・技術的職業従事者」)の人数を労働力調査における「専門的・技術的職業従事者」の伸び率で延伸して2019年の推計値を求める。その上で、国勢調査(2015年)の産業別のIT人材比率(「専門的・技術的職業従事者」に占めるIT人材(「システムコンサルタント」「システム設計者」「ソフトウェア作成者」「その他の情報処理・通信技術者」の合計)の割合)が一定であると仮定して、2019年のIT人材数を算出している。したがって、産業別のIT人材比率が上昇していると、個々の人数は過少推計となるが、産業間の相対比には影響しない。
(34)教育・学習支援には、幼稚園、小・中・高等学校、大学などの公的教育機関のほか、学習塾も含まれるが、ここでは便宜的に公的部門としている。
(35)「骨太の方針2020」では、行政のIT化にあたっては、システム改修を開発ベンダ(事業者)しか実質的に実施できないなど、特定のベンダに依存せざるをえないベンダーロックインを避け、オープンアーキテクチャを活用するよう提言している。
(36)情報処理推進機構は、我が国のIT国家戦略を技術面、人材面から支えるために設立された経済産業省所管の独立行政法人。2009年以降、IT関連産業における人材動向把握のためにIT企業やユーザー企業を対象にアンケート調査を実施している。
(37)文部科学省では、「第2期教育振興基本計画」(2013年6月閣議決定)において、教育現場でのICT利活用やICTスキルの教育を打ち出している。また、総務省では、クラウドコンピューティングやビッグデータ等をはじめとしたICTを高度に使いこなす人材を育成するための実践的な教材やシステム開発、これまでの成果も活用しながら継続的に人材を育成することができる仕組み作りに取り組んでおり、「高度ICT利活用人材育成カリキュラム」を開発・公開している。こうした人材育成の取組を継続・強化していく必要がある。
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