第4章 デジタル化による消費の変化とIT投資の課題 第1節
第1節 デジタル化による消費の変化
感染症の拡大以降、移動や人との接触を避けることができるインターネットを介したECの有用性が改めて認識された。感染症を克服する「新たな日常」において、ECは一層拡大するだろう。本節では、ECに加え、同じくインターネットによって普及しつつあるシェアリングやサブスクリプションの現状を整理し、実店舗や従来型サービスへの影響、EC普及率に関する見通しを示す。また、コラムでは、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のために発動された「緊急事態宣言」下でのEC消費の動向について整理する。
1 ECの普及と消費
はじめに、EC市場の概要及びEC利用者の特徴や利用動機について確認する。
●EC市場は年々拡大。ただし、他国よりEC普及率は低く、拡大の余地
ECとは、インターネット上でモノやサービスを売買する取引全般を指し、1990年代後半にサービスが開始されて以来2、スマートフォンなど身近なIT端末の普及や共働き世帯の増加といった社会構造の変化と共に、多くの人にとって日常的な取引形態となっている。
まず、我々の生活にとって身近な存在となったECについて、市場規模を確認する。経済産業省「電子商取引に関する市場調査」によると、EC市場は、事業者同士の取引であるBtoB市場も含め、2019年時点で374.1兆円となっている。現状では、BtoB市場が圧倒的に大きいが、消費者との関連が深いBtoC及びCtoC市場も年々拡大しており、両市場を合わせて21.1兆円となっている。これは、家計最終消費支出の約7%3に相当する。また、BtoC市場の内訳では、飲食料品や衣類、家具・家電などの物販の比率が最も高く(2019年時点52%)、次いで旅行などのサービス(同37%)、電子書籍や有料音楽・動画配信などのデジタル(同11%)となっている(第4-1-1図)。
拡大が続くEC市場について、各国と比較すると、我が国のEC市場は、BtoB市場がけん引するかたちで、アメリカに次ぐ規模となっている。なお、BtoB市場の規模が大きい点は、中国を除き、各国共通である。また、BtoC市場が民間最終消費支出に占める割合(2017年時点)をみると、中国及び英国では2割強、韓国及びフランスでは8%台に達しているが、日本を含め、他の先進国では6%前後となっている。さらに、「成人一人当たり年間EC消費支出」と「EC利用者一人当たり年間EC消費支出」により、EC普及率(成人人口のうち、何%がECを利用しているか)を求めると、欧米各国がおおむね8割であるところ、我が国は4割程度4にとどまっている。EC利用者一人当たり年間支出額はドイツやフランスより多いものの、利用者が一部に偏っているために普及率は低めになっている。したがって、我が国のBtoC市場には、拡大の余地が十分残されている(第4-1-2図)。
さらに、我が国のBtoC市場について商品別内訳をみると、物販では「衣類」「食品・飲料」「電気機器」の順に取扱高が多い。一方、EC化率5は「事務用品・文具」「書籍、映像・音楽」「電気機器」の順に高くなっており、これらのEC化率は3~4割程度となっているが、EC取扱高が最も多い「衣類」や「食品・飲料」のEC化率はそれぞれ13.9%、2.9%であり、いまだ、実店舗販売が主流となっている。デジタルでは「オンラインゲーム」、サービスでは「旅行」の取扱高がそれぞれの分野におけるEC取扱高の過半を占めている(第4-1-3図)。
●EC市場は、仕事・子育て世代の利用世帯増等を背景に拡大
ECの利用状況について、消費者サイドから確認する。まず、総務省「家計消費状況調査」を用いて、EC消費総額の変化を「EC利用世帯数要因」と「世帯当たりEC購入金額要因」とに分解すると、EC消費総額はEC利用世帯要因を主因として増加が続いている。ただし、2017年から2019年にかけては世帯当たりのEC購入金額要因も増加に寄与した。EC消費総額の増加の主因である利用世帯の増加は、とりわけ勤労世帯で顕著であり、その比率は5割を超えている。また、年代別でみると、どの年代も利用世帯率が年々高まっているが、特に、仕事や子育てなどによる時間制約があると思われる30~40歳代でEC利用率が高まっており、30歳代では70%弱、40歳代では60%強となっている。実際、最新(2016年)の総務省「社会生活基本調査」によれば、18時以降のEC利用率において、「有業者」が「無業者」に比べて高くなっているほか、ライフサイクル別では「子育て期」の利用率が高くなっていることから、ECの利便性が、仕事や子育てなどによる時間制約のある者に支持されていることがうかがえる(第4-1-4図)。なお、感染症拡大後のECの利用についてはコラム4-1を参照されたい。
こうした、有業者や子育て世代など、実店舗での買い物時間に制約のある層の利用率が高い可能性について、総務省「家計消費状況調査」の個票を用いて統計的な検証を行った。その結果、共働き世帯は、そうでない世帯に比べてEC利用率が有意に高い6。また、世帯年収200万円未満を基準とすれば、世帯年収が多いと利用率はより高まる。加えて、居住地が人口5万人未満の小都市を基準とすれば、都市規模が大きくなるほど利用率は有意に高くなる。このほか、世帯主の年齢は、40歳未満を基準とすると、世帯主の年齢が高くなるほどEC利用率はマイナスの関係にあり、加齢と共に利用率は有意に低くなる。このことから、共働き世帯や子育て世帯(若年世帯)ではEC利用率が高く、特に大都市圏でEC利用率が高いことが、統計的に確認される(第4-1-5図)。
●ECの利用動機は利便性
次に、消費者がECを利用する動機について確認する。緊急事態宣言下の2020年5月に実施された民間調査会社によるアンケート調査7によると、ECを利用する際に良かった点として「自宅まで届けてくれる」、「ポイントが貯まる」、「24時間いつでも購入できる」といった項目の回答割合が高い。購入商品を運ぶ手間の省略、いつでもどこでも利用可能といったECの利便性や、ポイントの付与などが、ECが支持される背景にある。また、「人と会わなくて良い」、「店員と話さなくて良い」といった、感染防止を意識した、人との接触を避けられることを利点として挙げる回答もみられた。この点は、感染防止の観点からECが積極的に活用されている背景となっていることがうかがえる。一方、ECを利用する際に困った点として、「実物が見られない」、「送料がかかる」といった点の回答割合が高くなっている(第4-1-6図)。
●ECは、利用対象商品の世帯当たり平均支出額を増加させる
最後に、ECを利用する世帯と利用しない世帯の間で、消費費目ごとの月平均支出額に差があるか否かについて総務省「家計消費状況調査」を用いて検証する。その結果、ECを利用する世帯では、利用しない世帯に比べ、例えば、家具や衣類への支出では数百円、家電への支出は1,600円程度支出金額が有意に多い。この検証では、世帯間の収入差や年齢差、居住地の影響を除外していることから、EC利用世帯の家計消費支出総額がEC非利用世帯よりも多い(EC利用世帯の消費性向が高い)ことを示しているわけではないが、一般的に、ECの利用は、対象となった特定品目(財・サービス)の消費支出を促す効果があるといえよう8。
コラム4-1 感染症の拡大とEC消費
4月7日に7都府県を対象とした「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言」が発せされ、多くの国民が極力外出を控えたが、どの程度ECを利用するようになったのだろうか。まず、総務省「家計消費状況調査」を用いて確認する。
EC利用総額の前年比は、3月を底にしてプラスに転じている。総額は利用世帯数と世帯当たりEC利用額に分解できるが、世帯当たりEC利用額は減少に寄与した一方、EC利用世帯が増加に寄与している。特に、4月以降、EC利用世帯が大幅に増加している(コラム4-1図(1))。
また、世帯当たりのEC消費支出について、主要品目別の前年比伸び率及びEC消費支出全体への寄与をみると、旅行関係費が大幅に減少した一方、「食料品・飲料」や「医薬品・健康食品」といった生活必需品、「書籍・ソフト(音楽・映像・PC・ゲーム用)」「家具・家電」などの、家庭で過ごす時間を充実させる商品のEC購入が増加した。特に、「出前」の増加は顕著であり、以前はほとんどなかったEC利用総額への寄与が、4月以降は明確にプラスとなった(コラム4-1図(2)(3))。
EC消費支出は、5月以降、全ての世帯主年齢階層で増加している。特に顕著なのは、世帯主年齢50歳代以上の世帯の増加寄与である。世帯内の若年者による支出も含まれ得るが、支出額の水準は若年世帯に比べて少ないものの、世帯数の多さと伸び率の高さで全体を押し上げている。緊急事態宣言後の感染症対応の動きとして、高齢世帯においてもEC消費が普及していることが確認できる。なお、品目別の寄与をみると、「食料品・飲料」の寄与は全ての年齢階層で大きい。30歳代以下では、「出前」、40~50歳代では「書籍・ソフト(音楽・映像・PC・ゲーム)」、60歳代以上は「医薬品・健康食品」の寄与が他の年代に比べて大きくなっている(コラム4-2図)。
EC利用者の増加は、他のデータでも確認できる。半月次でデータが取れる「JCB消費NOW」の消費動向もその一つである。カード支出の変動には、定義上、利用者1人当たりの消費支出額(以下、IMと略)の変化とカード利用者比率の変化(以下、EMと略)に分解できる。EMの動きが利用者の増加を示すことになる。そこで、EC消費の動きについて、1月後半の変化率を基準とした増減率に対する両者の寄与をみると、全体としてはIM要因が大きく貢献しているが、4月以降、EM要因の寄与も増加しており、EC利用のすそ野の広がりがみられる。さらに、EC消費のうち飲食料品小売業での支出をみると、IM要因よりも、EM要因が大きく増加に寄与している。飲食料品の店頭購入を控え、新たにネットで購入する者が増えたことが示唆される。(コラム4-3図)。
こうした感染症の拡大に伴う外出控えを契機としたEC消費の増加は、一時的なものにとどまるのか、それとも持続的なものか、時系列データの動きから予測してみよう。利用者数の増加を意味するEM要因について、所得や資産を表すデータや宅急便の荷物数、前期のEM要因の大きさによって説明する式を推計した。前期のEM要因だけで先行きを予測すると、現在の増加寄与は緩やかに低下するものの、履歴効果も大きく、2020年1月対比では増加した状態続くと見込まれる(コラム4-4図)。新たにEC利用を始めた者の一定数は、継続的に利用すると期待される。
2 EC市場の拡大と実店舗の動向及びEC普及の将来見通し
本項では、EC市場が拡大する下で、実店舗販売の動向を確認するほか、実店舗を運営する企業によるECへの取組について触れる。最後に、EC普及の将来見通しについて考察する。
●飲食料品、衣料品のEC売上は、概して実店舗よりも高い伸び
EC市場が年々拡大している点は前項で確認したが、実店舗の売上げはどうなっているのだろうか。「食料品」及び「衣料品」の売上動向について、百貨店やスーパー等とECを比較する。
まず、「飲食料品」の売上動向をみると、スーパーやコンビニでの売上金額が大きいが、2014年を基準とした伸び率をみると、百貨店ではマイナス成長が続いているほか、スーパー、コンビニの伸び率も緩やかである一方、ドラッグストアやECは非常に高い伸び率となっている(第4-1-8図(1))。
次に、「衣料品」の売上動向をみると、百貨店の売上金額が大きいが、2014年を基準とした伸び率を見ると、百貨店やスーパーがマイナス成長を続ける中で、ECは高い伸びを続けている。ECが、概して実店舗よりも高い伸びを続ける中、ECは、実店舗を有する業態にとって明確な競合業態となりつつある(第4-1-8図(2))。
●プラットフォーマーがEC市場の6割を寡占
続いて、EC市場における企業シェアや実店舗を有する企業によるECへの取組について確認する。大きく分けて、EC市場は、小売業者自身がインターネット上に販売の場を構築する自社ECと、プラットフォーマー9が構築するECサイト(以下、マーケットプレイス)とがある。現状、プラットフォーマーはEC市場の約6割(そのうち、主要3社で5割強)を占めており、存在感を示している。プラットフォーマーが運営するマーケットプレイスには、多種多様な商品・ブランドが掲載されており、消費者にとっては1つのサイト内で欲しい商品を比較・購入できる点や、同一サイトで購入することでポイントが貯まりやすくなる等、支持する理由があるとみられる。こうした傾向は、他の主要国も同様であり、消費者の支持を得たプラットフォーマーによる物流や決済機能も含めた消費者の囲い込みが生じている10、11(第4-1-9図)。
一方、実店舗を運営する大手小売業者も自社ECやマーケットプレイスへの出店に取り組んでいる。もっとも、EC化率をみると、家電大手で1~2割程度、家具・食品・衣料品大手では数%にとどまっており、売上げの主流は実店舗である。ただし、売上増加率は、概してEC売上が全体売上を上回っている。例えば、販路別月次売上高を公表している大手アパレル3社の月次売上動向をみると、過去1年間で百貨店や直営店などの実店舗の売上げが前年並みで推移しているのに対し、EC・通販売上は2桁成長が続いている。さらに、感染症の流行が始まった2020年2月以降、実店舗売上が大きく落ち込む中で、EC・通販売上は伸長している。
このように、ECによる顧客の取り込みは企業の成長ドライバーとなっており、大手小売業者もEC市場への積極的な投資方針を示している12(第4-1-10図)。
●最近の動きが継続すれば、EC普及率が欧米並みになるのは1年程度
冒頭にも触れたが、我が国のEC普及率は4割程度にとどまっており、欧米諸国では8割程度となっていることから、所得や情報通信環境の水準を踏まえると、大きく伸びる余地がある。総務省「家計消費状況調査」におけるEC利用世帯率を用いて、幾つかの将来試算を行うと、過去を含む度合いに応じて、8割の到達に要する年数は1~5、6年となった13。最近の動きが継続すれば、1年程度で8割のEC普及率が達成できることになる。その際、ECの普及には、物流施設の整備や要員確保といった量的な供給能力の引上げに加え、効率的な受発注システムの構築といった質的な体制整備も必要となる。サービス提供体制の整備は、それ自体が需要創出効果を持っており、持続的な経済成長を促す原動力となる(第4-1-11図)。
3 シェアリングエコノミー・サブスクリプションの現状
前項ではECが我が国の消費者行動や販売側のサービス提供体制を変えることや、その変化に向けた企業側の取組がマクロ的にも持続的な成長の原動力になり得ることを示した。本項では、ECと同様にインターネットを介して取引が行われる比較的新しい消費スタイルであるシェアリングエコノミーやサブスクリプションの現状について整理した後、従来型のサービスがシェアリングやサブスクリプションに置き換わった場合に、従来型のサービスがどのような影響を受けるか、また、どのような新たな付加サービスや商業展開が生じるのかについて、自動車や音楽業界の動向を例に考察を加えている。
●シェアリングエコノミー・サブスクリプションは拡大傾向
はじめに、シェアリングエコノミーやサブスクリプションの定義について確認する。シェアリングエコノミーとは、個人等が保有する活用可能な資産等(スキルや時間等の無形のものを含む)を、インターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用可能とする経済活動を指す14。より具体的には、<1>民泊や駐車場、会議室といった「空間のシェア」、<2>普段使わないものや不要となったものを貸借・販売する「モノのシェア」、<3>家事代行やベビーシッターなどの「スキルのシェア」、<4>カーシェアやシェアサイクルなどの「移動のシェア」、<5>クラウドファンディングなどの「お金のシェア」の5つのサービスに分類される15。
サブスクリプションとは、一定の利用期間について定額料金が生じる取引・契約形態を指し、新聞の定期購読といった従来からあるサービスから、動画配信サービスなど、インターネットの発達により始まった比較的新しいサービスまで様々ある。新聞の定期購読など従来からあるサブスクリプションは、「定額で定量」である一方、インターネットの発達により近年増加している新しいサブスクリプションは「定額で使い放題」「定額で選び放題」といった、ユーザーにとって定額以上のメリットがある点が違いである16。シェアリングエコノミーのうち、サブスクリプション型の取引・契約形態をとるサービスについては、比較的新しいサービスと分類できよう17(第4-1-12図)。
シェアリングエコノミーやサブスクリプションが、どの程度普及しているかをみるため、両者の市場規模を確認すると、いずれも年々拡大傾向にある。民間調査会社によると、シェアリングエコノミーの規模は、2017年度で766億円、2019年度には2017年度対比51%増の1,156億円と見込まれており、さらに、2023年度には2017年度対比2.2倍まで拡大すると予測されている。なお、同調査では、サービス提供事業者の売上を基にしており、個人間のシェアリング取引金額を含めた流通総額ベースの市場規模はさらに大きいと推察される18。また、シェアリングエコノミー協会によると、シェアリングエコノミーの内訳(2018年時点)は、「モノのシェア」が27.6%、「スペースのシェア」が26.7%、「お金のシェア」が24.3%、「スキルのシェア」が11.2%、「移動のシェア」が10.3%となっており、モノやスペースのシェアリングのウェイトが高い。なお、感染症拡大後に行った民間調査会社のアンケートでは、感染症による衛生面の懸念から「場所・空間」のシェアを利用したいとする回答割合は前年から減少したが、「モノ」、「ビジネスプロフェッショナルスキル」、「クラウドファンディング」の利用意向は増加しており、感染症後もシェアリング市場は拡大することが見込まれる19。
次に、サブスクリプションの市場規模は、民間調査会社によると、2019年度で6,835億円、2024年度にはその約1.8倍の1兆2,117億円まで拡大すると予測されている。同調査によれば、音楽・映画のデジタルコンテンツの定額配信や食品・化粧品類の定期配達が主流となっており、サブスクリプション型の取引・契約形態をとるシェアリングエコノミーの事業(衣料品・ファッションのサブスクリプション、車のサブスクリプションなど)の市場規模はまだ小さいが、ここ数年で新規事業者の参入が相次いでおり、今後の成長が期待される。なお、各種シェアリングサービスの利用経験を聞いたアンケート調査によると、我が国は、他の先進国と比べて、「利用したことがある」との回答は低く、拡大の余地がうかがえる(第4-1-13図)。
●カーシェアの普及は自家用車保有にマイナスも、生活利便性を高める可能性
シェアリングエコノミーは、個人等が保有する資産について、インターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用できるようになることから、従来は、個人が利用したいと考えているモノについて、そのモノを個人で保有することが前提であったが、シェアリングエコノミーでは必ずしも保有する必要はない。シェアリングエコノミーの普及が、個人のモノの保有に対してどのような影響を与え得るか、自動車を例に検証を試みる。
まず、自動車保有の現状を確認すると、運転免許取得率は30歳代以上を中心に緩やかな増加傾向が続いている一方、自動車の世帯普及率(2人以上世帯)は、2000年代半ばから横ばいで推移し、2010年代以降は緩やかな減少傾向にある(第4-1-14図)。
こうした自動車普及率の低下要因を探るため、内閣府「消費動向調査」を用いて消費者の属性別に自動車保有の状況をみる。まず、性別では、女性よりも男性の方が自動車を保有する傾向が強い。また、世帯主の年齢では、20歳代以下を基準とした場合、子育て世代である30~40歳代は保有率が高くなる一方、70歳代以上の保有率は大きく低下する。さらに、世帯規模別・所得階層別・居住地別では、世帯人数が多く、所得が高い世帯ほど自動車を保有する傾向が強い一方、大都市への居住は自動車保有に有意にマイナスとなっている(第4-1-15図)。
推計を解釈すると、公共交通機関が発達している大都市では、自動車を保有するインセンティブが低いということだが、同時に、遠出や買い出しなどで自動車を必要とする際には、カーシェアリングを利用するインセンティブが生じやすいとも考えられ、大都市への人口集中は、カーシェアリング需要を増加させるかもしれない20。
カーシェアリングは近年増加傾向にあるが、我が国全体の自動車保有台数(ストック及びフロー)からみれば、市場規模は小さい。カーシェアリングの増加が自動車保有台数に与える影響を分析すると、カーシェア台数(2019年3月時点で35,630台)が1台増えるとマクロの自動車保有台数(2019年3月時点で6,154万台)は約50台減少するとの結果を得られる21(第4-1-16図)。カーシェアリングの普及は自家用車の保有にマイナスであるが、シェアリングは自らが保有する必要がないものの、どこであってもシェアができるような環境が整えば、全体としての利用頻度は増加し、自動車の稼働率が上昇しながらマクロの保有台数も増加する可能性を秘めている。特に足下では、感染症の流行により、人との接触機会を減らせる自動車の有用性が再認識され始めているところ、カーシェアリングは、ネットで登録さえすれば、直ぐに利用可能であるほか、自家用車を保有する際に必要な車検や自動車税の支払いが不要であるなど、消費者にとって手軽に利用可能である点が評価されている。自動車生産メーカー各社においても、こうした新しい消費形態の普及を受けて、自動車のシェアリング市場(サブスクリプション型)に参入するといった動きがみられる22。
また、公共交通機関のみでは、十分な運送サービスの提供が困難であると認められる地方においては、市町村やNPO等が運送主体となる「自家用有償旅客運送」制度が実施されているが、こうした下での自家用車の利用も保有資産の有効活用となる。
●ネット経由のサブスクリプションは、未計測の付加価値を生み出している
インターネットを介したサブスクリプションサービスのうち、利用が進んでいる分野の一つは音楽配信である。そこで、これを例に、従来型のサービスからサブスクリプション型のサービスに移行したことで生じる変化を確認する。
まず、音楽業界の売上動向について、音楽配信と音楽ソフト別に寄与をみる。2005年を基準とした累積寄与でみると、2009年にかけて音楽配信が増加する中、CDやアナログディスクなどの音楽ソフトの売上げは減少傾向にあり、2008年時点で累積増減寄与がおおむね均衡した。その後、2009年から2013年にかけて、音楽配信23も減少に転じたものの、2014年以降はサブスクリプションを中心としたストリーミングの増加から、音楽配信は再び増加傾向に転じている。また、2018年には、音楽配信のうちストリーミングの売上高がダウンロードの売上高を上回った。このように、インターネットを介した利便性の高い新サービスの出現により、従来型のサービスは縮小傾向になっている。
続いて、これら販売形態別の価格面について確認する。CDやアナログディスクなどの形態で提供される音楽ソフトは、消費者の手元に届くまでに、CDやディスクといった「モノ」の生産工程が必要になるため、その単価は1,100円~1,300円程度となっている24。他方、音楽配信ダウンロードはそのようなコストが必要ないため、1回当たりのダウンロード単価は、200円程度と、音楽ソフトの約1/5の価格から購入可能となっている。音楽配信のうち、ストリーミングについては、ダウンロード単価といった概念自体が存在せず、収入は、サービス利用権料金のようなサブスクリプション(定額制)及び広告収入により構成される。さらには、YouTubeでの音楽配信など、統計で捉えることの出来ない広告収入のみでビジネスが構築される無料サービスも普及する中、コンテンツビジネスの収益構造は大きく変化している。このように、無料のサービスも増える中で、金額ベースで捉えた音楽市場は一見縮小しているようにみえるが、音楽ソフトの販売数、ダウンロード数、ストリーミング再生回数をみると、(単純比較はできないが)音楽ソフトやダウンロードが数量ベースで減少しているのに対し、ストリーミングの再生回数は、これらの減少を遥かに上回るスピードで増加している。こうしたことから、厳密に数量で捉えることは難しいものの、実質的な音楽市場は必ずしも縮小しているとは言えない。また、従来は、レコードショップに足を運び、複数の音楽を試聴し、気に入ったものを1,000円超支払うことでようやく得られていた消費者の効用・満足度は、今や、デジタル化の進化により、スマホなどのデジタル端末を所有していれば、いつでもどこでも何曲でも定額あるいは、無料で得られるようになっている。また、提供側に目を転じれば、財を介した販売コストを負担せずにサービスの提供が行えるだけでなく、広告や付帯サービスによって追加需要を生む出す機会を得ている。また、アーティストにとっては、世界中の人に瞬時に自身の音楽を届けることができ、従来よりも、より短時間で広範囲にファン層を獲得することが可能になる。
このように、サブスクリプションの進展は、短時間・低価格で消費者の効用・満足度を高めるほか、様々な追加需要や地理的制約を超えたビジネスチャンスの創出につながっており、現行のGDP統計では捉えることの出来ない未計測の付加価値を生み出している(消費者余剰が相応に生じている)と考えられる25、26(第4-1-17図)。