第2章 感染症拡大の下で進んだ柔軟な働き方と働き方改革 第3節

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第3節 働き方改革の効果検証

前節では、働き方改革の取組の進展と長時間労働及び同一労働同一賃金の進捗状況について確認した。本節では、それら取組の影響を確認するため、計量経済学的な分析を行う。法施行に先んじて各種取組を開始した一部の企業に着目し、有休取得、残業抑制に向けた各取組について、傾向スコアマッチングを用いた差の差分析32により影響の程度を推計した。

1 働き方改革の雇用や生産性への影響

本項では、企業の働き方改革の取組の有給休暇取得日数や残業時間、企業の生産性等との関係について検証する。有休取得日数や残業時間等に変化をもたらす要因には、<1>企業の取組の有無の他に、<2>景気変動などによる年ごとの違い、<3>業種など企業ごとに異なる性質、<4>取組を行った企業の偏りの影響(例えば、労働力に余裕がない企業は残業抑制に熱心に取り組むものの残業を抑制する余地が少なく、結果的に残業抑制策をとる企業は残業が減りにくい傾向にある、又は逆に残業抑制の見込みが立たない企業は残業抑制策をとらない(残業抑制策をとる企業は元々抑制のメドがたっている)ため、残業抑制策をとる企業は残業が減りやすい傾向にあるといった、施策自体以外の影響が存在する可能性がある)が考えられる。本項及び次項では極力、<2>~<3>の影響を取り除くため、傾向スコアマッチングと差の差分析を組み合わせた分析を行う33。これにより、2016年度から2018年度に行われた各取組が雇用や生産性に与えた影響を一定の仮定に基づき推定している34

有給休暇取得推進企業では、離職率の低下や労働時間の短縮を伴って、生産性が向上

まずは有給休暇取得推進の取組の影響について検証する(第2-3-1図)。ここでは三つの施策を取り上げている。第一に、経営者や管理職による有給休暇取得促進の定期的なアナウンスを行った企業群はそうでない企業群と比べ、有給休暇取得日数に有意な影響はないものの、前者の離職率は1.1%ポイント低下、全要素生産性(TFP)上昇率は3年間で10.0%の差が生じていることが分かった35

第二に、有給休暇取得目標を設定した企業群では、そうでない企業群よりも、年間有給休暇取得日数が0.5日程度増加していた。また、正社員の一か月当たり総労働時間は3時間程度減少していた。ただし、TFPへの影響はプラスの係数が得られたものの、有意な結果とはならなかった。

第三に、有給休暇の時間単位の取得については、むしろ年間有休取得日数を減少させる(0.8日)結果となった。これは、それまで一日単位で有給休暇を取得していたが、終日でなく一日の一部分の取得に減らした者がいることを示唆している。ただし、TFPと離職率では有意な係数が見られ、柔軟な有給休暇取得を導入した企業群では、そうではない企業に比べて労働環境の改善と生産性の向上が生じる可能性がある。

残業時間の公表や人事評価項目への追加を行った企業では労働時間が減少

次に、残業抑制の取組の効果について確認する。ここでも三つの施策を取り上げる。まず、労働時間の管理の徹底と回答した企業群では、そうでない企業群に比べて、正社員の一か月当たり残業時間や総労働時間、あるいはTFPや離職率に有意な違いはなかった。ただし、残業時間を人事評価項目に追加する企業群では、正社員の一か月当たり総労働時間が有意に減少(2.9時間)していた。また、非正規雇用労働者の総労働時間についても有意ではないが、減少傾向にある。離職率も低下(2.1%ポイント)しており、残業時間の少なさを積極的に評価することが労働環境の改善につながり、離職を防ぐ要因になりえることが示唆される(第2-3-2図)。

最も残業時間の減少に影響が大きかったのは、残業時間の結果の公表である(一か月当たり3.4時間)。正社員の総労働時間も減少したが、これには残業時間の減少が含まれている。一方、非正規雇用労働者の総労働時間は有意に増加(8.9時間)する結果となっており、正社員への残業集中が緩和されて、平準化の動きが生じたとみられる。また、いずれの取組も生産性への影響はなかった。

同一労働同一賃金に取り組んだ企業では非正規雇用労働者の比率が低下、労働時間は減少

続いて、同一労働同一賃金に向けた取組の影響について検証する。この取組では、いわゆる正社員とパートタイム労働者や有期雇用労働者等との賃金や福利厚生等の不合理な待遇差を解消することが求められる。不合理な待遇差が存在する場合には、不合理な待遇差を解消する必要があり、労使で話し合って待遇を決定することになる。企業に追加負担が生じるか否かは、労働者との取り決め次第である。仮に企業の負担が増える場合、雇用全体を減らす、割高となる雇用者層を減らす、又は人件費以外で負担増を賄うといった可能性があるだろう。一方、働き手である労働者側は、時給賃金が上昇することでより働くか、それとも労働時間を減らすか、いずれのタイプも存在すると考えられるため、先験的に労働供給が増えるかどうかは確定しない36

ここでは四つの取組を取り上げて、その効果を確認する。まず、同一労働同一賃金に向けた給与体系の見直しを行った企業群においては、非正規雇用労働者の割合が0.8%ポイント低下し、正社員の総労働時間は2.9時間、非正規雇用労働者の総労働時間は18.6時間減少した結果となった(第2-3-3図)。結果からは、正社員と非正規雇用労働者の労働費用の平準化により労働が非正規雇用労働者から正社員にシフトしている姿が見て取れ、また、企業が非正規雇用労働者の給与負担増により非正規雇用労働者を減らしたことが示唆される。実際、2019年後半から非正規雇用労働者の正社員化が生じていた。なお、生産性や離職率への影響はみられない。

次に、同一労働同一賃金に向けた諸手当の見直しを行った企業群においては、非正規雇用労働者の割合が低下(2.4%ポイント)し、正社員の総労働時間は5.6時間減少した。これについては、企業が諸手当に関する待遇差を解消する中で、雇用を正社員化しつつ、正社員の労働時間を削減することで負担を補っている可能性も示唆される。また、生産性は有意ではないものの、取り組んだ企業群の方が上昇する傾向があり、離職率は有意に低下(1.2%ポイント)する結果となっている。類似の施策として、福利厚生制度の見直しについても分析したが、非正規雇用労働者の比率、総労働時間、生産性、離職率ともに有意な違いはなかった。

最後に、待遇の変更ではなく、業務内容の明確化について効果をみると、非正規雇用労働者の比率や労働者の総労働時間には有意な違いは生じない一方、取り組んだ企業群の方が生産性は有意に上昇し、離職率は有意に低下することが示された。

2 多様な働き方と働き方改革

前項では、有給休暇取得促進、残業抑制及び同一労働同一賃金の取組について、取組企業における雇用や生産性への影響を推定したが、いずれの取組を行った場合も生産性は低下しなかったことが分かった。過去には、働き方改革で生産性が下がるのではないか、との指摘もみられたが、本分析結果は、そうした懸念は生じないことを示唆している。

次に本項では、少し視野を広げ、働き方改革の取組が雇用の多様性にどのような効果を有するのかという点を確認する。また、最近急速に広がっているテレワークの生産性への影響についても検討する。

有休取得推進や同一労働同一賃金に取り組んだ企業では採用が増加

近年、常用労働者数に対する採用及び中途採用は減少している。厚生労働省「雇用動向調査」によると、入職率(常用労働者数に対する入職者数の割合)は離職率(常用労働者数に対する離職者数の割合)とともに減少しており、2014年から2018年にかけて17.3%から15.4%に減少している(第2-3-4図(1))。一方、転職入職率(常用労働者数に対する入職前1年間に就業経験のある入職者数の割合)も2014年の10.9%から2018年の10.0%へ減少したが、減少幅は入職率に比べて小さく、結果として、転職による採用は相対的に増えている。特に2016年以降は、9.8%、10.2%、10.0%と横ばい、又は微増傾向にある。

そこで、こうした採用動向に様々な働き方改革の取組が影響を与えているのかどうか確認するため、傾向スコアマッチングを用いた差の差分析によりそれぞれの影響の大きさを推計した(第2-3-4図(2))。まず、入職率への影響をみると、有休取得目標の設定、残業時間の人事評価項目への追加、同一労働同一賃金に向けた諸手当の見直しに取り組んだ企業群では、それぞれ入職率の増加幅が11.8%、13.2%、11.6%高かった。

次に、各取組を行った企業群の中途採用率への影響をみると、残業時間の人事評価項目への追加を行った企業群では、有意ではないものの、中途採用が増加する傾向(2.8%)にあった。また、人事評価の見直し(正社員、非正規雇用労働者の人事評価の一本化、非正規雇用労働者の人事評価制度の導入等)を行った企業群でも、中途採用が増加した(2.2%)。一方、有休取得目標の設定と業務内容の明確化を行った企業群では、中途採用が減少している。これは、業務内容の明確化を行った企業群では、第2-3-3図(4)で示した通り、離職率の低下を伴っていることから、中途採用の必要性が低下したのではないかと解釈できる。

人事評価を一本化した企業では、女性社員や高齢者雇用が増加

続いて、働き方改革の取組が女性や高齢者の雇用にもたらす効果について確認する。女性と高齢者の雇用は近年拡大している。厚生労働省「賃金構造基本統計」によると、女性正社員の割合は、2013年の29.5%から2019年で32.5%まで上昇している。また、総務省「労働力調査」によると、65歳以上の高齢就業者の割合は2013年の10.1%から増え続け、2019年には13.3%に達している(第2-3-5図(1))。

これらの動きに働き方改革がどのように影響したのか確認するため、各取組が女性や高齢者の雇用に与えた影響を推計した(第2-3-5図(2))。ここでは、女性正社員、女性管理職、高齢者雇用の三者を取り上げ、2015年度末から2018年度末までの3年間で増加したかどうかを被説明変数にすることにより、それぞれの雇用が増加する確率がどのように変わったのか評価を行った。

まず女性の雇用について、内閣府企業調査によると、2015年度末から2018年度末の間に女性正社員及び女性管理職が増加したまたはやや増加したと回答した企業はそれぞれ43.4%、23.2%、減少した、やや減少したと回答した企業はそれぞれ6.3%、3.4%となっており、全体として女性正社員と女性管理職は増加傾向にある。

前項までと同様の取組について、取組企業と非取組企業の差を推計したところ、残業時間の公表を行った企業群では、女性管理職の増加確率が上昇した(10.1%ポイント)。残業時間の公表を行った企業群では、第2-3-2図(1)で見た通り、残業時間が抑制されており、残業を是としない雰囲気が子育て世代を含む女性管理職の増加につながった可能性がある。また、人事評価制度の見直し(正社員、非正規雇用労働者の人事評価の一本化、非正規雇用労働者の人事評価制度の導入等)を行った企業でも女性正社員、女性管理職ともに増加確率は上昇した(第2-3-5図(2)<1>)。一方、給与体系の見直しを行った企業群では、女性の雇用増加確率が低い(それぞれ女性正社員-6.7%ポイント(有意でない)、女性管理職-7.8%ポイント)。これについては、給与体系の見直しに伴うコスト増が、女性職員が相対的に多い一般事務や会計事務37等における雇用に影響を与えたのかもしれない。

次に、高齢者雇用についても同様の分析を行った。同じく内閣府企業調査によると2015年度末から2018年度末での高齢者(65歳以上)の雇用の割合が増加した又はやや増加したと回答した企業は53.9%、減少した、やや減少したと回答した企業は7.2%と、全体として高齢者雇用は増える傾向にある。各取組の影響を推計したところ、女性雇用の場合と同様、人事評価制度の見直しを行った企業群は、有意に高齢者雇用の増加確率が上がった(6.3%ポイント)ことが分かった(第2-3-5図(2)<2>)。他方、高齢者(65歳以上)の多くは非正規雇用労働者38であることから、同一労働同一賃金の取組は、コスト要因から雇用減に寄与することも想定されたが、高齢者雇用の増加確率が有意に抑制されたのは、諸手当の見直しを行った企業群(8.0%ポイント)だけであった。

テレワークの有効活用は生産性上昇につながる

第1節で触れたとおり、感染症の拡大を受け、テレワークの導入や時差出勤も広がっている中、仕事の生産性が落ちていると感じている人も多い。内閣府個人意識調査によると、仕事の効率性・生産性が感染症の影響下において「減少」したと答えた人が51.2%にのぼり、増加と答えた人(10.5%)よりも多く、主観的には生産性が落ちたと感じている就業者が多い(第2-3-6図(1))。業種別でも、全ての調査業種で同様の傾向であり、特に業種別テレワーク実施率の上位である教育・学習支援業、金融・保険・不動産業、製造業(前掲、第2-1-4図(4))でも、効率性・生産性が「減少」と答えた者の割合が高い。

ただし、今回広がったテレワークの取組は、感染症の拡大という外生ショックによるものであり、必ずしも内生的な業務最適化の結果ではない。また、労働者の主観的な評価が企業の生産性実績に一致するとは限らず、不要な業務がなくなり、余裕が生じている可能性もある。そこで、2016~2018年度にテレワークを導入した企業に着目し、テレワーク導入企業と非導入企業の生産性の変化の差について推計を行った(第2-3-6図(2))。その結果、テレワークを導入した企業群におけるTFPに対する平均処置効果(ATET)39は有意にプラスであった。この推計においては規模や業種等に関して同質の企業群の比較を行っているが、雇用管理の有無等については調整を行っていないため、テレワークの実施に加え、時間管理(フレックスタイム制や事業場外みなし労働時間制)等が一部行われた可能性も含めた効果と見なすことが適当かもしれない。今後、テレワーク体制を含む形で業務の最適化が進んでいく中で、2019年以前よりも企業の生産性が高まっていく可能性は大いにある。


(32)分析の詳細については、内閣府(2019)及び付注2-3を参照。
(33)まず傾向スコアマッチングとして、各種取組を行った企業に対し、企業の属性(傾向スコア)は似ているが、取組を行っていない企業とマッチングさせることにより、<4>取組を行う企業の偏りをコントロールした。次に、マッチングした企業同士それぞれについて結果(残業時間等)の異時点間の変化を比較した(差の差分析)。取組を行う確率の推計において重要な説明変数を除いていないとの仮定、および傾向スコアの似ている企業同士は平行トレンド仮定(取組を行わなかった場合のアウトカムのトレンドが同じ)を満たすとすると、差の差分析により<2>年ごとの違いと<3>企業ごとの違いから生じる影響を取り除くことができ、取組を行った企業における平均的な効果(Average Treatment Effect on the Treated, ATET)を推計できる。今回、2016~2018年度に取組を開始した企業を2019年度に開始または取組を行ったことがない企業と比較した。傾向スコアは、2016~2018年度における取組の有無を被説明変数に、産業分類、企業規模(常用雇用者数)、売上高成長率、労働投入増加率、非正規雇用労働者の割合、高齢者雇用の増減、女性正社員の増減、女性管理職の増減、育休取得率・期間の増減、取組を進めるにあたって課題と感じていることを説明変数にしたロジスティック回帰分析により推計した、各取組の実施確率を用いた。推計の概要については、付注2-3を参照。
(34)先行研究には、長時間労働是正を含むワーク・ライフ・バランス施策が全要素生産性に与える影響を検証したYamamoto and Matsuura(2014)や正社員の労働時間が利益率に与える影響を分析した山本(2019)がある。前者では、傾向スコアによる重みづけをした固定効果モデル等を行い、大企業、製造業、労働の固定費の大きい企業において、企業のワーク・ライフ・バランス施策はTFPに対して大きな正の効果があることを示した。後者では、長時間労働の是正と利益率の関係を固定効果モデルで推計し、正社員の労働時間が利益率にと統計的あるいは経済的に優位な影響を与えていないことが分かった。
(35)TFPとは生み出された付加価値から労働と資本の投入を差し引いたものであり、例えば同じ労働量と資本に対してより高い付加価値を生み出すことができればTFP水準が高いということになる。なお、TFPの推計の概要については、付注2-4を参照。
(36)なお、労働時間に比例しない一部の手当等については、理論的には、それらの充実により所得効果を通じて労働供給を減少させるものと考えられるが、その方向への有意な変化は見られなかった。
(37)総務省「労働力調査」によると、2019年の就業者に占める女性の割合は、職業計が44.5%に対し、一般事務で61.0%、会計事務で72.8%。
(38)総務省「労働力調査」によると、2019年の65歳以上の正規の職員・従業員は114万人、非正規の職員・従業員は389万人であり、77.3%が非正規雇用労働者となっている。
(39)処置群の平均処置効果(Average Treatment Effect on the Treated)とは、処置群を母集団にした時の平均的な処置の影響のことであり、ここでは取組を行った企業が仮に取組を行わなかった時と比べて、どれくらいアウトカム(TFPなど)に差があったかを示すもの。傾向スコアマッチングを用いた差の差分析おいては、マッチングした企業のアウトカムを、(現実には観測できない)取組企業が取組を行わなかった時のアウトカムと等しいと仮定している。
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