第3章 グローバル化が進む中での日本経済の課題 第2節
第2節 世界貿易の変化や最近の海外経済の動向が日本経済に与える影響
本節では、世界貿易の長期的な動向を概観した上で、最近の注目すべき海外経済の動向として、中国経済の緩やかな減速や米中間の通商問題、英国のEU離脱問題、アメリカ・メキシコ・カナダの新たな協定(USMCA)などが日本経済にどのような影響を与えるのかについて分析する。また、2018年末から2019年初にかけて発効したTPP11や日EU・EPA(日EU経済連携協定)などの経済連携協定による日本の貿易への影響についても確認する。
1 長期的にみた世界貿易の動向
●グローバル・バリュー・チェーンの進展とともに、世界貿易量が急速に拡大
世界貿易が拡大してきた背景について、歴史を振り返ると、国際貿易量や資本・労働の国際的な移動の飛躍的な増大を伴う「経済のグローバル化」ないし「国際経済の統合」と呼ばれる現象は、生産立地と消費地を分化する国際分業として始まり、関税障壁の撤廃等による国際貿易の自由化と遠距離輸送費用の低下が、多国籍企業の事業をコスト面で有利な立地に移動・集中させたことが指摘されている18。これに対し、1990年代後半になると、情報通信技術の発展に伴い、生産立地と消費地の分化という国際分業の型は変化し始め、多国籍企業は生産工程の各段階を世界各地にコストの低減に資するように最適に配置することで、グローバル・バリュー・チェーン(GVC:Global Value Chain)と呼ばれる国際生産ネットワークを構築するようになった。
GVCの深化・発展によるグローバル化の進展は、各地における生産工程で産出された中間財の貿易の拡大をもたらしただけでなく、GVCを各地に構築するために必要な資本財の貿易も増加させたことから、世界貿易の伸びを加速することになった。世界貿易量の動向をみると、1980年代から1990年代半ばにかけては、世界貿易の伸びは世界GDPの伸びをやや下回っていたが、1990年代後半以降は、世界貿易の伸びが世界GDPの伸びを大きく上回って拡大し、特に2000年代に入ってから一段と加速した(第3-2-1図(1))。この間、GVCへの参加度をみると、1990年代半ばから2000年代央にかけて急速に上昇しており、世界貿易が加速した時期と重なっている。また、1990年代後半以降の世界貿易の伸びには、1995年にWTO(世界貿易機関)が発足19し、中国がWTOに加盟するなど、自由貿易の促進に関する国際的な取組が進んだことや、世界の各地で自由貿易協定や経済連携協定の締結が進展した結果、平均関税率がこの20年間で大きく低下したことも追い風になったと考えられる(第3-2-1図(2))。
他方で、近年の世界貿易の動向をみると、2017年に伸びが高まった後、2018年に入ってからは、中国経済の緩やかな減速や、米中間の関税率引上げの動きなど通商問題の動向を反映して、貿易の伸びが鈍化している。こうした背景について、「経済政策不確実性指数」(Economic Policy Uncertainty Index)20の動向をみると、2016年の英国のEU離脱に関する国民投票の時点で大きく上昇した後、しばらくの間は低下していたが、2018年以降は再び上昇傾向で推移しており、米中間の通商問題の動向等が影響していると考えられる(第3-2-1図(3))。
過去において、グローバルな不確実性の高まりによって、世界貿易量や日本の輸出がどのような影響を受けたのかを検証するため、2000年第1四半期から2018年第2四半期までのデータを用い、<1>経済政策不確実性指数、<2>世界株価、<3>世界貿易量、<4>円の実質実効為替レート、<5>日本の輸出数量、の5変数からなるVARモデルを推計し、グローバルな不確実性の変動による、世界貿易量や我が国の輸出への影響について分析した結果をみてみよう21。推計されたインパルス応答をみると、グローバルな不確実性の高まりは、世界貿易量の減少をもたらし、日本の輸出を一時的に下押しする姿がみてとれる(付図3-2)。
2 保護主義の台頭、通商問題と日本経済への影響
(1)中国経済の減速及び米中間の通商問題による影響
●中国経済の減速や米中間の通商問題による影響には留意が必要
第1節で確認したとおり、グローバル化の進展とともに、アジアでは、中国が部品等を輸入・加工して完成品を生産するサプライチェーンが構築されており、中国経済の動向は日本経済にも大きく影響を与えると考えられる。
まず、長期的な視点で、中国経済の成長と日本から中国への輸出の動向を確認しよう。中国の実質GDP成長率は、1980年半ば以降、おおむね10%前後で推移してきたが、2001年に中国がWTOに加盟した後は、関税率の低下によって生産要素の投入コストが下がり、中国企業の生産性が大きく向上した結果22、中国の実質GDP成長率は10%台前半まで上昇した。その後は、世界金融危機を経て、2010年代前半は8%台の成長率となり、より最近では、過剰債務問題の対応のためのデレバレッジや情報関連財における調整などの影響から、6%台の成長率となっている(第3-2-2図(1))。この間、日本から中国への輸出数量も大きく増加しており、2015年を100ポイントとした基準でみると、1998年では30.5ポイント程度であった輸出数量は、2018年には121.2ポイントまで拡大している(第3-2-2図(2))。
他方で、中国経済については、第1章でみたように、2018年に入ってから経済成長が緩やかに減速しており、2018年の実質GDP成長率は6.6%と、前年の6.8%から低下した。こうした中国経済の緩やかな減速の背景には、過剰債務の削減のために2017年後半からシャドーバンキング23に対する規制強化や地方政府の債務抑制などデレバレッジに向けた取組がとられたことや、米中間の通商問題による不透明感の高まり等が挙げられる。こうした経済成長の減速に伴い、日本から中国への輸出は2017年の15.6%増から2018年には2.7%増へと鈍化し、特に2018年後半以降は前年比でマイナスが続いている。また、2018年7月以降、アメリカと中国との間で追加関税・対抗措置がとられ、米中通商協議が継続されている24。米中間の協議が長引き、先行きの不透明感が増すような場合には、GVCを通じて日本の生産や輸出にも追加的な影響を及ぼす可能性がある。こうした中国経済の減速や米中間の通商問題が日本の輸出や生産に与える影響を考えるため、以下では、日本の輸出や生産がどの程度中国の需要に依存しているのか、また、日本と中国がGVCを通じてどのようなつながりを持っているかを確認する。
●日本の生産の中国での最終需要への依存度
まず、中国経済の緩やかな減速が、日本経済にどの程度の影響を与えるかを確認するために、OECDが作成・公表する国際産業連関表を用いて、日本を含む主要な国・地域の生産額について、中国の最終需要に対する依存度、つまり、各国・地域が生産した財のうち中国の最終需要によって誘発された生産額の割合を計算した(第3-2-2図(3))。この試算結果によると、日本の生産の中国での最終需要に対する依存度は、2005年の1.7%から2015年の3.6%へと上昇しており、台湾や韓国ほどではないものの、我が国の生産が中国の最終需要から受ける影響の大きさが高まっている。また、日本の製造業の生産について、産業別に中国の最終需要に対する依存度をみると、情報関連の中間財や最終財などで、高くなっている。例えば、2015年では、情報通信機器(スマートフォンやコンピュータ等が含まれる)で14.4%、電気機械(半導体等の電子部品・デバイスが含まれる)で10.2%、一般機械(半導体等製造装置などの生産用機械が含まれる)で9.7%となっている。こうした産業では、GVCを通じて中国と密接に関連していることもあり、第1章でみたように、中国経済の減速によって、生産や輸出が弱含んでいる。このため、今後の中国経済の動向による生産や輸出への影響には留意が必要である。
●中国から輸出される主要な品目には、日本の付加価値が相応に含まれている
次に、米中間の通商問題は、中国とアメリカに対してだけでなく、サプライチェーンを通じて、日本をはじめ、部品等を供給している国・地域にも影響を及ぼす可能性があるため、こうしたGVCを通じた中国経済との関係を確認する。
第3-2-3図は、中国から輸出される工業製品のうち、2015年時点での輸出額の大きい4品目(情報通信機器、繊維・衣服等、電気機械、一般機械)について、中国国内及び海外の主要な国・地域の付加価値の構成を図示したものである25。
品目別に付加価値の構成を比較すると、中国において、従来輸入していた中間財を国内で生産する(内製化する)度合いが高まってきたため、平均すると中国国内の付加価値の割合が8割、海外の割合が2割となっているが、そうした中にあっても、情報通信機器については、海外の付加価値の割合が約3割と相対的に高くなっている。また、電気機械と一般機械は海外の付加価値の割合が2割程度となっている。一方、繊維製品については、中国国内の付加価値が約9割、海外の付加価値が約1割と、自国の付加価値による貢献が比較的高くなっている。
これら4品目の海外による付加価値の創出分について、国・地域別に寄与の大きさを確認すると、日本は、いずれの品目についても付加価値の割合が相対的に高く、シェアは第2位ないし第3位となっている。
以上を踏まえると、日本をはじめとする主要な国・地域が、中国を中心とするサプライチェーンにおいて重要な位置付けを占めているため、関税率引上げにより中国の輸出が減少すると、サプライチェーンを通じて、中国だけでなく、日本も影響を受ける可能性があることが示唆される。特に、当初のアメリカによる追加関税措置には、日本からの部品供給が多く含まれるスマートフォンやタブレット端末が除外されていたことから、情報通信機械や電気機械への影響は限定的なものにとどまっているとみられたが、今後、さらに追加関税措置の対象が中国からの輸入全般にまで拡大された場合には、その影響に十分留意する必要がある。
●米中間の通商問題や不透明感の高まりには十分注意が必要
アメリカは、中国等との間で貿易収支の赤字が拡大していることや、中国による知的財産権の侵害等を背景に、2018年3月に安全保障上の脅威を理由に通商拡大法232条に基づき鉄鋼・アルミニウムへの追加関税措置を実施したほか、7月から9月にかけては、知的財産権の侵害を理由に通商法301条に基づき、総計で2,500億ドルにのぼる中国製品の輸入に追加関税を課した。これに対して、中国も対抗措置として、総計で年間1,100億ドル相当のアメリカ製品に5~25%の追加関税を適用した。その後、2018年12月の米中首脳会談において、知的財産保護など中国の構造改革を巡る協議を進めることとなり、中国からの2,000億ドル相当の輸入に対する追加関税率は当面10%に据え置いたものの、2019年5月には、アメリカ政府は、追加関税を25%に引き上げ、また、中国政府もこれに対する対抗措置として関税率の引上げを6月から開始した。さらに、アメリカ政府は、これまで対象としていなかった中国からの輸入品目のほぼ全てである残り3,000億ドル相当に対しても、最大25%の追加関税を課す計画を2019年5月に表明していたが、2019年6月の米中首脳会談を踏まえ、トランプ大統領は、米中通商協議を継続し、当面は25%の追加関税の賦課を実施しない方針を表明した(第3-2-4図)。
仮に米中間の追加関税措置が今後も長期的に継続した場合には、世界経済全体としても以下の3つの経路を通じて影響が生じる可能性が考えられる。第一は、追加関税措置が、対象となっている財の貿易を下押しし、当事国の経済を減速させるという直接的な影響が生じる可能性がある。第二は、追加関税措置によって当事国の輸出財の生産が減少した場合に、それがサプライチェーンを通じて、当該財の部品等を供給している当事国以外の国・地域にも影響を及ぼす可能性である。第三は、通商問題の先行きの展開が不透明な中で、貿易や経済動向の先行きに関する不確実性が高まることにより、企業活動が慎重化したり、金融資本市場の変動が高まる可能性が考えられる。
こうした米中間の追加関税措置の影響については、OECDやIMFなどの国際機関による試算が公表されている(付図3-3)。いずれの試算においても、直接的な関税率引上げの影響については、アメリカ、中国の実質GDPを押し下げる可能性が示唆されている一方、当事国以外の国・地域への影響は限定的である。ただし、不確実性の高まりが企業マインドに与える影響等が設備投資などの企業活動を慎重化することにより、当事国以外の国・地域でも影響が及ぶ可能性があることには留意する必要がある。
米中間の関税率引上げが貿易に与え得る影響をデータで確認してみよう(第3-2-5図)。アメリカの中国からの輸入は、2018年後半からコンピュータ等を中心に伸びがやや鈍化したものの、追加関税引上げ前の駆け込みもあって高い伸びが続いた。その後、追加関税の引上げが一時的に回避されたことから、2019年に入ってからは、追加関税の引上げを見込んだ駆け込みの反動で、急激に減少している。他方、アメリカから中国への輸出については、2018年7月以降大きく低下し、大豆や自動車など一部の品目については関税率引上げの影響がみられたものの、2018年12月に、中国側がアメリカ産の農産物輸入の拡大と自動車関税の一時停止を表明したことから、2019年に入ってやや持ち直している。
このように米中間の貿易をみると、通商問題の影響は、2018年後半に一部の品目についてみられたものの、2019年に入ってからは米中間の通商協議の進展もあり、落ち着いていた。ただし、2019年5月から、アメリカ政府が、中国からの輸入のうち、2,000億ドル相当に対する追加関税率を10%から25%に引き上げたこと等による影響には留意する必要がある。
この間、日本の対米輸出の動向については、2018年7月以降に下押しされた様子はみられず、むしろ2019年に入っても増加を続けている。一方、日本の対中輸出については、2018年半ば頃から増勢が鈍化し、最近では弱含んでいるが、品目別にみると、スマートフォンやタブレット端末等の生産に用いられる情報関連財(半導体等の電子部品・デバイスや、それらの製造装置などの生産用機械等)を中心に輸出が大きく減少している。これは、2019年5月時点においては、米中間の追加関税・対抗措置の影響というよりは、むしろ、グローバルな情報関連財の調整26に加えて、前述したように、中国経済自体が緩やかに減速していることを反映したものと考えられる。こうした経済情勢を踏まえ、中国政府は、景気の下押し圧力の緩和に向けて、財政・金融の両面から機動的な政策対応を決定し、実施している状況にある。
●アジア地域の日系現地企業への影響も懸念される
最後に、海外に進出している日系現地企業への影響について確認しよう。中国に進出している日本企業については、輸出向けの販売が比較的小さく、かつ、その輸出先についてもアメリカ向けは限られていることから、米中間の追加関税措置によって中国における生産拠点等を大きく見直す動きは一部の産業に限られるとみられる。経済産業省「海外事業活動基本調査」によると、中国に進出している日本企業の現地法人(以下、日系現地企業)の数は2017年度時点では7,463社となっており、日系現地企業の売上高の構成比(卸売・小売業を除くベース)は、輸送機械が約4割と最も多く、次いで情報通信機械などの割合が高い。JETRO(日本貿易振興機構)の調査によると、日系現地企業の販売先の構成は、中国国内向けが約7割、海外向けが約3割となっており、輸出について、仕向け先の構成をみると、日本向けの割合は、製造業では5割以上、非製造業でも約7割と、最も高い一方、アメリカ向けの割合は、製造業では6.1%、非製造業では5.7%程度となっている(付図3-4)。しかし、仮に追加関税措置の対象が広がれば影響も大きくなる可能性があるほか、日系現地企業の販売先の約7割が中国国内向けであり、中国のマクロ経済動向による影響も大きいことから、こうした現地企業の動向についても十分に留意する必要がある。
さらに、グローバルなサプライチェーンを通じた日本企業への影響としては、<1>中国からアメリカへ輸出している製品の部品を日本企業が供給している場合や、<2>日本企業が中国に生産拠点を設けて、そこからアメリカに輸出している場合など、様々なサプライチェーンを通じた影響があると考えられる。JETROの調査によると、中国だけでなく、香港・マカオ、台湾、韓国など、中国と密接な関係がある国・地域の日系現地企業では、米中間の通商問題によって「マイナスの影響がある」と回答する企業の割合が4割から5割近くと高くなっている(付図3-5(1))。他方、ベトナムやタイ、マレーシアといった国の日系現地企業では、「プラスの影響がある」と回答する企業が1割程度存在しており、一部の企業では生産拠点を中国から他のアジア地域に移転するなどの対応が図られていると考えられる(付図3-5(2))。こうした日本企業の対応や経営への影響についても、引き続ききめ細かく注視していく必要がある。
以上をまとめると、米中間の通商問題による日本経済への影響という意味では、<1>追加関税措置が、対象となっている財の貿易を下押しし、アメリカと中国の経済を減速させるという直接的な影響が生じる可能性、<2>追加関税措置によってアメリカと中国の輸出財の生産が減少した場合に、それがサプライチェーンを通じて、当該財の部品等を供給している当事国以外の国・地域にも影響を及ぼす可能性、<3>通商問題の先行きの展開が不透明な中で、貿易や経済動向の先行きに関する不確実性が高まることにより、企業活動が慎重化したり、金融資本市場の変動が高まる可能性という3つの経路を通じた影響が生じる可能性が考えられる。今後については、中国の景気刺激策の効果が期待される一方、これまでにとられた米中間の追加的な関税引上げ等の影響や今後の米中通商協議の動向に引き続き注意が必要である。
(2)英国のEU離脱の影響
●日本は英国と貿易・投資の面で深く関係している
英国は、日本にとって、欧州における重要な貿易・投資相手国であり、今後のEU離脱交渉がどのような形で進むのかによって、英国や他のEU加盟国だけでなく、日本経済にも影響が及ぶ可能性がある。以下では、日本と英国との貿易・投資関係を概観するとともに、英国と他のEU加盟国の間のサプライチェーンの状況について確認する。
まず、これまでの離脱交渉の経緯と今後の予定を確認しよう(第3-2-6図(1))。英国は、2016年6月の国民投票でEU離脱を決め、2017年3月には正式にEUに離脱を通告した。その後は、当初予定されていた2019年3月末の離脱に向けて、離脱協定及びEUとの将来関係の大枠を示す政治宣言の協議を進めてきたが、2019年1月以降、英国議会下院で離脱協定及び政治宣言の否決が続く中、2019年4月の特別欧州理事会において、英国のEU離脱期限を2019年10月末まで延期することが決定された。これを受けて、引き続きEU離脱案について、英国内及びEUとの間での合意形成を目指して検討が進められている状況にある(2019年5月末時点)。
次に、日本と英国との貿易や投資などの構造を確認してみよう(第3-2-6図(2))。日本からの輸出金額(2018年時点)をみると、英国を除くEU向けが占める割合は全体の9.4%であるのに対し、英国向けの割合は1.9%と相対的に小さい。他方、日本からの直接投資残高(2018年末時点)をみると、英国を除くEU向けの割合は全体の約15%であるのに対し、英国向けの割合は約10%となっており、投資先としては大きな位置付けを占めている。特に、業種別にみると、金融・保険業の直接投資残高の割合は、英国向け(8.0%)と、英国を除くEU向け(11.7%)に近い割合となっている。また、日本の対外与信残高(2019年3月末時点)をみると、英国向け(4.8%)は、英国を除くEU向け(17.1%)よりも割合が小さいが日本企業の進出に伴い一定程度の割合を占めている。
●英国のEU離脱の動向には、引き続き注意が必要
英国のEU離脱による日本経済への影響については、どのような離脱案が合意されるか次第であり、現時点で正確に見通すことは困難である。ただし、仮に英国が何の取り決めもないままにEUから離脱した場合には、企業レベル及びマクロ経済レベルの双方で影響が生じると考えられる。第一に、英国とその他EU加盟国との貿易において、通関手続きや関税の支払いが生じるほか、英国・EU双方の規制・ルールへの対応やサプライチェーンの見直しが必要になるなど、合意に基づいて離脱する場合よりも日本企業への影響は大きいと考えられる。第二に、マクロ経済的にみても、合意なきEU離脱による英国への経済的影響は大きいとみられることから、それによる貿易・投資への影響、金融資本市場を通じた影響などが懸念される。この点に関して、2019年4月に公表されたIMFの最新の試算によれば、合意なきEU離脱による関税等の引上げにより、2019年から2021年にかけての英国のGDPは、合意に基づいて離脱した場合と比べて3.5%低下し、EUのGDPも同期間に0.5%低下するとされている27。
英国では、約1,000社にのぼる日本企業の拠点が現地に進出し経済活動を行っているが、合意なきEU離脱が生じた場合には、こうした日系現地企業の活動に大きな影響が及ぶ可能性がある(第3-2-7図(1))。ここでは、英国における日系現地企業の売上高が最も大きい自動車産業に着目し、欧州と英国の間のサプライチェーンの状況を確認してみよう。国際自動車工業連合会(OICA)などの統計データをみると、欧州における日系メーカーの販売台数や生産台数は、いずれも英国が最大となっており、そのシェアは欧州における現地生産の約半分(46%)を占めていることから、英国は日系メーカーの最大のマーケットであると同時に、重要な生産拠点となっている(第3-2-7図(2))。また、英国で日系メーカーが供給している自動車の台数は、英国での販売台数を大きく上回っており、英国で生産されたものの大半が他のEU加盟国向けに輸出されているとみられる28。
英国において自動車生産を行う際には、他のEU加盟国から輸入された自動車部品が用いられている。こうした英国と欧州の間のサプライチェーンの状況について、OECDの付加価値貿易のデータを用いて、英国から輸出される自動車の輸出額に含まれる付加価値の構成をみると、2015年時点において、英国国内による付加価値は全体の約71%、海外の付加価値が約29%となっている(第3-2-7図(3))。このうち、海外の付加価値について国・地域別の内訳をみると、英国を除くEU加盟国の割合が輸出全体の付加価値の約16%を占めるほどの大きさとなっている。このように、英国で生産・輸出される自動車には、他のEU加盟国で作られた部品等が多く用いられている。
2019年3月に英国政府が公表した合意なき離脱の際の暫定的関税枠組みでは、前述の点も考慮して、自動車の完成車には10%の関税が課されるものの、自動車部品には12か月間は関税を課されないことが示されたほか、通関手続きについても暫定的に移行簡易手続きを導入することとされている29。
このように、暫定措置は準備されつつあるものの、合意なき離脱となった場合の産業全般への影響はなお大きいと見込まれている。例えば、英国産業連盟(CBI)の分析では、想定される5つの影響として、<1>関税引上げによるコスト上昇(EU側で年間45億~60億ポンド、英国側で110億~130億ポンド発生)、<2>港湾手続きの混乱(原産地証明、トレーサビリティ等の手続きに係る非関税障壁、手続き関連のインフラ不足)、<3>EUで適用される製品等への規制・標準の取扱いの不透明性、<4>既存住民の権利の不確実性による労働力へのアクセスの毀損、<5>クロスボーダー・サービス産業におけるEU市場へのアクセスの不透明性、といった問題点が指摘されている30。
こうした中、英国の日系現地企業においてどのような対応が実施ないし検討されているかについて、JETROが2019年4月に公表した調査結果をみると、サプライチェーンや販売体制の見直し、為替リスクへの対応、金融パスポートの英国以外のEU加盟国での取得などの取組を挙げている企業が一部にみられるものの、多くの企業においては、不確実性の高さから、あまり対応が進んでいない様子がうかがえる(第3-2-7図(4))。
我が国としては、これまで、英国のEU離脱が日本経済や日系現地企業の経済活動に与える影響を最小化すべく、日系現地企業に対する情報提供や相談対応といった支援に取り組んできたほか、英国・EU双方にあらゆるレベルで働きかけてきたところであり、引き続き、英国とEUの間の離脱交渉の動向を注視する必要があると考えられる31。
(3)アメリカ・メキシコ・カナダの新たな協定(USMCA)とその影響
●自動車など一部ではマイナスの影響を懸念しているが、対応未定の企業も多く、今後の動向に注意
アメリカ政府は、メキシコ・カナダとの間で、これまで締結していたNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を行い、2018年11月にアメリカ・メキシコ・カナダの3か国間での新たな協定(USMCA:United State-Mexico-Canada Agreement)が署名された。この新協定により、乗用車の原産地規則については、域内での乗用車部品の調達比率を現行の62.5%から75%へ引き上げるほか、40%の乗用車部品は時給16ドル以上の労働者によって生産すること等が盛り込まれた32。
そこで、日本の自動車産業のアメリカでの活動状況を確認しよう。まず、アメリカの自動車・同部品の主な輸入相手国をみると、日本は、メキシコとカナダに次いで、第3位となっている(第3-2-8図(1))。次に、2017年におけるアメリカ市場での日本車の販売と現地生産・輸入等の状況をみると、販売台数は約670万台であり、このうちアメリカでの現地生産が約380万台、日本からの輸入が約170万台、残りの約150万台がメキシコ及びカナダからの輸入となっている33(第3-2-8図(2))。また、北米(アメリカ、メキシコ、カナダ)における日本企業の現地法人の数は約3,600社と多く存在するほか、その売上高の構成(卸売・小売業を除くベース)をみると、自動車などの輸送機械が約半分を占めている(第3-2-8図(3)(4))。
JETROが2019年2月に公表した日系現地企業調査によると、USMCAの影響については、8割以上が「影響はない」または「わからない」としており、マイナスの影響があると回答した割合は全体で6.3%、自動車・二輪車・同部品産業で14.8%にとどまっている。特に、自動車・二輪車・同部品産業においてマイナスの影響として指摘された項目をみると、「賃金条項(高賃金労働者による製造)への対応」を挙げる企業が最も多く(21.3%)、次いで、「鉄鋼・アルミニウムの域内調達比率の達成義務」(18.4%)や、「品目別原産地規則の見直し」(17.9%)を挙げる企業が多くなっている(第3-2-8図(5))。また、USMCAへの対応策については、「何も変更しない」と「分からない」が8割以上を占めたが、自動車・二輪車・同部品産業では、「販売価格の引上げ」(15.3%)、「調達先の変更」(10.2%)、「生産拠点の変更」(5.1%)と他産業に比べて対応を行う企業の割合が高くなっている(第3-2-8図(6))。ただし、現時点では対応を決めていない企業も多くみられることから、今後の動向については引き続き留意が必要である。
3 経済連携の進展
本項では、2018年12月に発効したTPP11や2019年2月に発効した日EU・EPAなどをはじめとする我が国の経済連携協定の取組を整理するとともに、2019年6月のG20大阪サミットの首脳宣言における自由貿易の推進やWTO改革、デジタル経済のルール構築に向けた取組について概観した上で、自由で公正な共通ルールに基づく貿易・投資の環境整備を一段と進め、企業活動をより活性化することの重要性を述べる。
●日本は、数多くの貿易相手国と経済連携協定を推進
経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)とは、2つ以上の国・地域の間で、貿易の自由化に加え、投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定である。こうした多国・地域に亘る協定について、我が国の取組をみると、2000年代から、各国・地域との間でEPAを締結してきたことに加え、最近ではTPP11、日EU・EPA、RCEPなど、より幅広い分野を含むEPAを推進している。我が国は、これまで21か国・地域との間で、18のEPAが発効済・署名済となっている(付表3-6)。こうした発効済・署名済のEPA相手国との貿易が、日本の貿易総額に占める割合は約51.6%(アメリカを除くTPP11の場合は約36.7%)となっているほか、発効済・署名済EPAに加えて交渉中EPA相手国との貿易が貿易総額に占める割合は約86.2%に達している34(付図3-7)。
●TPP11発効の経済効果
TPP11は、アジア太平洋地域においてモノの関税だけでなく、サービス、投資の自由化を進め、さらには知的財産、金融サービス、電子商取引、国有企業の規律など、幅広い分野で21世紀型のルールを構築する経済連携協定であり、参加国の世界のGDPに占めるシェアは約13.5%に達する。
TPP11における関税の合意内容を詳しくみると、日本からの輸出については、ほとんど全ての参加国との間で、工業製品、農林水産品とも、8~9割以上の品目が関税の即時撤廃の対象となっている(第3-2-9図(1))。TPP11の参加国からの輸入のうち、工業製品については、一部の品目が即時撤廃の対象ではないものの、段階的撤廃まで含めると、他の参加国からのほぼ全ての品目の輸入に対する関税が撤廃の対象となっている。一方、農林水産品については、即時撤廃は約5割にとどめた上で、約2割の関税撤廃の例外とするとともに、重要5品目(米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物)を中心に国家貿易制度・枠外関税の維持、関税割当てやセーフガードの創設、関税削減期間の長期化等の有効な措置をとっている(第3-2-9図(2))。
TPP11の大きな特徴の一つは、物品の関税撤廃・削減だけでなく、サービスや投資の自由化を進め、さらには知的財産、電子商取引、政府調達など、幅広い分野で新たなルールが構築される点にある。例えば、TPP11に参加する国において、日本企業の海外進出の障壁となってきたサービスや投資に関する規制の緩和や透明性の向上が図られることにより、日本のコンビニエンス・ストアなどの小売店や金融業のアジア諸国への進出が加速されることが期待されている。また、不正な商標商品や著作権侵害物品の輸出入の差止めなどに関する権限が各国の当局に与えられることにより、日本企業の商標や著作物の侵害による被害が減ることが期待される。TPP11のもう一つの特徴は、多くの日本企業が進出しているアジア太平洋地域の国々を幅広く包含することにより、日本企業のバリュー・チェーン全体がカバーされ、国境を越えた人、モノ、資本の移動といったグローバルな企業活動の円滑化が図られることである。具体的には、輸出入許可手続きの透明化や通関手続きの迅速化等が図られるだけでなく、域内の複数国にまたがって製品が加工された場合に、各生産国での付加価値を累積して原産性が判断されるため、特恵関税の適用が受けやすくなる。
なお、こうしたTPP11の経済的な効果については、内閣官房(2017)において、応用一般均衡モデル(GTAPモデル)を用いて、TPP11による関税引下げや貿易円滑化措置の効果により、日本経済が新たな成長経路(均衡状態)に移行した時点(10~20年を想定)におけるGDP水準の押上げ効果のシミュレーションが実施されている。その分析結果をみると、我が国の実質GDPは、TPP11が無い場合に比べて、約1.5%押し上げられると見込まれる。これは、2016年度のGDP水準で換算すると、約8兆円に相当する。その際、労働供給は約0.7%増加すると見込まれ、これは2016年の就業者数ベースに人数換算すると、約46万人に相当する。
●日EU・EPA発効の経済効果
日EU・EPAについては、日本とEUとの間で、自由で、公正な、開かれた国際貿易経済システムの強固な基礎の構築を目指し、物品市場アクセスの改善、サービス貿易・投資の自由化、国有企業・知的財産・規制協力などルールの構築等を含むものであり、日EUを合わせると世界GDPの約28.3%のシェアを占める。
日EU・EPAにおける関税の合意内容を詳しくみると、日本からの輸出のうち工業製品については、日本の輸出に占めるEU向けのシェアが高い輸送用機器や一般機械などでは、自動車部品や産業用ロボットなどの品目が関税の即時撤廃の対象となっているほか、乗用車やエアコンなどの品目が関税の段階的撤廃の対象となっている。一方、農林水産品については、牛肉、茶、水産物等の輸出重点品目を含め、ほぼ全ての品目が関税の即時撤廃の対象となっている(第3-2-10図(1))。EUからの輸入のうち工業製品については、日本の輸入に占めるEUのシェアが高い化学製品では、有機・無機化合物やプラスチック製品を含む様々な化学製品が関税の即時撤廃の対象となっている。一方、農林水産品については、米では関税削減・撤廃等からの除外を確保したほか、麦・乳製品の国家貿易制度、糖価調整制度、豚肉の差額関税制度といった基本制度の維持、関税割当てやセーフガード等の有効な措置をとることで、農林水産業の再生産が引き続き可能となる国境措置を確保している(第3-2-10図(2))。
なお、こうした日EU・EPAの経済的な効果についても、前述の内閣官房(2017)において、TPP11の効果と同様に、分析結果が示されている。その分析結果をみると、我が国の実質GDPは、日EU・EPAが無い場合に比べて約1%押し上げられると見込まれる。これは、2016年度のGDP水準で換算すると約5兆円に相当する。その際、労働供給は約0.5%増加すると見込まれ、これは2016年の就業者数ベースに人数換算すると、約29万人に相当する。
応用一般均衡モデルを用いたシミュレーションの分析結果については相当な幅をもってみる必要はあるものの、TPP11や日EU・EPAをはじめとする経済連携協定によって、貿易面でのメリットに加え、マクロ経済全体でのプラスの効果が見込まれる。
●WTO改革・自由貿易の推進やデジタル経済のルール構築に向けた取組
最後に、2019年6月のG20大阪サミットの首脳宣言における自由貿易の推進やWTO改革、デジタル経済のルール構築に向けた取組について概観する。
まず、自由貿易の推進について、首脳宣言では、自由、公平、無差別で透明性があり予測可能な安定した貿易及び投資環境を実現し、市場を開放的に保つよう努力するとされており、国際的な貿易及び投資は、成長、生産性、イノベーション、雇用創出及び開発の重要な牽引力であるとの認識が共有されている。また、WTOの機能を改善するため、必要な改革を支持し、WTO加盟国によって交渉されたルールに整合的な紛争解決制度の機能に関して行動が必要であることに合意するとともに、WTO協定と整合的な二国間及び地域の自由貿易協定の補完的役割が重要であるとの認識が共有されている。
次に、経済のデジタル化は、これまでにない創造的なビジネスモデルを可能としたが、同時に新しい課題にも直面しており、国際的な協調の下で、適切なルールを整備することの重要性が指摘されている。この点、我が国は、DFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)の構築によって、現状、アメリカや中国、欧州などで独自に進めているデータ流通政策に対し、信頼に足るルールの下で、デジタルデータについては自由な流通を原則とし、デジタル経済の恩恵が全ての人々に行き渡るよう、統一的なルールの整備が必要であることを提唱した。
こうした取組は、自由で公正な共通ルールに基づく貿易・投資の環境整備を一段と進め、企業活動をより活性化することの重要性を改めて強調するものである。