第1章 日本経済の現状と課題 第5節

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第5節 財政・金融の動向

これまで6年間にわたるアベノミクスの推進により、デフレではない状況を作り出す中で、GDPは過去最大規模に拡大、企業収益は過去最高水準で推移、雇用者の増加、賃上げなど、雇用・所得環境は大きく改善しており、経済の好循環は着実に回りつつある。財政面では、経済・財政一体改革を推進する中で、景気回復の継続に伴う歳入の増加もあって、国・地方の基礎的財政収支29の赤字幅は縮小してきている。金融政策については、物価は緩やかに上昇しているものの、再びデフレに戻るおそれがないという意味でデフレ脱却までには至っておらず、大胆な金融政策が継続されている。ここでは、財政・金融政策の動向を概観するとともに、今後の課題について検討する。

1 経済・財政一体改革への取組

政府は「経済再生なくして財政健全化なし」を基本方針とし、「デフレ脱却・経済再生」、「歳出改革」、「歳入改革」の3本柱の改革を一体として推進し、経済と財政の一体的な再生を目指している。本項では、基礎的財政収支の動向、税収の動向及び消費税の重要性を確認しつつ、最近の公共投資の特徴や動向を概観する。

2025年度の基礎的財政収支黒字化を目指す

政府は、2015年に策定された「経済・財政再生計画」に沿って経済・財政一体改革を推進してきたが、目標である2020年度の基礎的財政収支黒字化が困難となったことを踏まえ、2018年6月に「新経済・財政再生計画」を策定し、「経済再生なくして財政健全化なし」との基本方針を堅持し、引き続き、「デフレ脱却・経済再生」、「歳出改革」、「歳入改革」の3本柱の改革を加速・拡大することとした。この中で、新たな財政健全化目標として、<1>2025年度の国・地方を合わせた基礎的財政収支黒字化を目指すとともに、<2>同時に債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指すこととしている。

国・地方の基礎的財政収支赤字の対GDP比の動向をみると、2012年度の▲5.5%から2018年度には▲2.8%と赤字幅が縮小する見込みとなっている(第1-5-1図(1))。こうした基礎的財政収支対GDP比の変化幅の要因分解をすると、歳入が2014年4月の消費税率の5%から8%への引上げや景気回復の継続に伴い増加し、赤字幅の低下に寄与しているほか、分母である名目GDPが、デフレではない状況となる中で増加することで、赤字の対GDP比を押し下げている(第1-5-1図(2))。歳出についても、2016年度から2018年度の集中改革期間における一般歳出等の目安に沿った予算編成30が行われたことで、赤字幅の拡大が抑制されている。また、債務残高対GDP比は、2012年度末の179.3%から2018年度末には192%へと緩やかに上昇する見込みである(第1-5-1図(3)

ただし、2015年に策定された経済・財政再生計画においては、2020年度の基礎的財政収支黒字化の実現を目標とし、改革努力のメルクマールとして、2018年度の基礎的財政収支赤字の対GDP比▲1%程度を目指していたが、2015年の計画策定当初の見込みと比べると、世界経済の成長率の低下などにより日本経済の成長率も低下し税収の伸びが当初想定より緩やかだったことや、消費税率の8%から10%への引上げの延期、補正予算の影響により、基礎的財政収支の改善には遅れがみられている。また、人づくり革命の安定的財源を確保するために、2019年10月に予定されている消費税率引上げ分の使い道の見直しを行ったことにより、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標の達成は困難となった。

2018年に策定された新経済・財政再生計画は、<1>歳出面・歳入面でのこれまでの取組を緩めることなく、これまで以上に取組の幅を広げ、質を高める必要があること、<2>必要な場合には、経済の回復基調が持続するよう機動的に対応し、経済成長を確実に実現する対応を取る必要があること、<3>団塊世代が75 歳に入り始めるまでに、社会保障制度の基盤強化を進め、全ての団塊世代が75 歳以上になるまでに、財政健全化の道筋を確かなものとする必要がある、といった認識を踏まえて策定された。2025年度の基礎的財政収支黒字化目標の達成に向けては、潜在成長率の引上げやデフレマインドの払拭等により、実質2%程度、名目3%程度の成長の実現を目指すとともに、予算のメリハリ付けや質の更なる向上等の歳出改革、社会保障改革を軸とする基盤固めを進めることが必要である。

景気回復の長期化もあり我が国の税収総額の対GDP比は上昇傾向

これまでの基礎的財政収支の改善に最も寄与している税収の動向を主要税目別にみてみよう(第1-5-2図(1))。国・地方の税収は、近年、増加傾向にあるが、特に2014年度以降は、景気回復が続く中で所得税・法人税が増加したことに加え、消費税率の5%から8%への引上げにより間接税が増加したことにより高い伸びとなっている。国・地方の税収の総額は2012年度の78.7兆円から2019年度は107.0兆円へと増加した。

次に、国の一般会計における主要税目別の動向をみると、法人税収については、世界金融危機後に大きく落ち込んだが、その後は景気回復により企業収益が過去最高を更新する中で増加傾向にあり、2019年度は12.9兆円と2012年度の9.8兆円から3兆円の増加が見込まれている(第1-5-2図(2))。この間、税制改正によって法人実効税率が引き下げられたことによる減収効果はあるものの、租税特別措置の縮減等により課税ベースが拡大したことによって相殺されたと考えられる。個人所得税収については、2000年代以降横ばいで推移してきたが、近年は景気回復による給与所得の増加や金融資産価格の上昇に伴う財産収入の増加もあり、増加傾向にあり、2019年度は19.9兆と2012年度の14.0兆円から6兆円の増加が見込まれている。また、消費税については、1989年度に導入され、その後、税率が1997年に5%、2014年に8%に引き上げられ、さらに2019年度に10%へと引き上げることが予定されており、税収が増加している。2019年度の消費税収は、19.4兆円と2012年度の10.4兆円から9兆円の増加が見込まれており、所得税と同水準の税収となると見込まれる。

国際的に、付加価値税率を比較すると、EU加盟国では、EC指令で標準税率が15%以上とされていることもあり、20%程度の税率を採用している国が多く、その他のOECD諸国ではノルウェーが25%、アイスランドが24%、チリが19%、ニュージーランドやメキシコが10%台半ば、オーストラリアが10%、カナダが5%となっている。アジアでは、中国が17%、韓国が10%、ASEAN諸国は7~10%程度の国が多い(第1-5-2図(3))。税収の構成比に占める消費課税(付加価値税やその他物品税を含む)、所得課税(個人所得課税及び法人所得課税を含む)、資産課税の割合について国際的に比較すると、2015年時点で、日本では個人所得税及び法人税を含めた所得課税の割合が51.4%と他国と比べて高く、OECD34か国中11位となっている一方、消費課税の割合は34.6%と他国よりも低めであり、OECD34か国中29位となっている。このため、2019年10月から消費税率が10%に引き上げられたとしても、税収構造として必ずしも消費課税の割合が国際的にみて高いとは言えない(付図1-11)。また、国民所得に対する税や社会保障負担を表す国民負担率は40%台前半であり、アメリカよりも高いものの、欧州諸国よりも低い水準にとどまっている。

消費税率引上げに向けて万全の対応

全世代型社会保障の構築に向け、少子化対策や社会保障に対する安定財源を確保し、現役世代の不安等に対応するためには、2019年10月1日に予定されている消費税率の8%から10%への引上げを実現する必要がある。そのため、政府は、2014年4月の消費税率引上げの際に耐久財を中心に駆け込み需要と反動減といった大きな需要変動が生じた経験を活かし、あらゆる政策を総動員し、経済に影響を及ぼさないように対応策を策定している(付図1-12)。

消費税率の引上げによる経済への影響については、増税による国民の負担増と幼児教育無償化等による国民の受益増の両面をみる必要がある(第1-5-3図)。まず、消費税率引上げによる直接的な負担増は国・地方で5.7兆円程度であり、そのうち軽減税率制度の実施により1.1兆円程度が負担軽減される。一方、2017年度に実施したたばこ税や所得税の見直しなどによる財源確保により、0.6兆円程度の負担増が発生するため、負担増は合計で5.2兆円程度となる。これに対し、幼児教育の無償化、社会保障の充実等により3.2兆円程度の受益増が発生するため、経済への影響は2兆円程度に抑えられる。

これに対し、政府は消費税率引上げに対応した新たな対策として2.3兆円程度の措置を実施することとしている。具体的には、低所得者・子育て世帯(0~2歳児)向けプレミアム付商品券やすまい給付金、次世代住宅ポイント制度、中小・小規模事業者に関する消費者へのポイント還元支援、防災・減災、国土強靱化など臨時・特別の予算措置として2兆円程度、住宅ローン減税の拡充、自動車の取得時及び保有時の税負担の軽減といった税制上の支援0.3兆円程度を実施するなど、2019年10月の消費税率引上げに向けて万全の対応をとっている。

公共投資は平準化が進む

我が国の一般政府及び公的企業を含めた公共投資の額の推移について、国民経済計算でみると、1995年度の48兆円程度をピークに低下傾向が続き、2011年度に24兆円程度まで半減したが、その後については、東日本大震の復興関連や累次の経済対策、防災・自然災害への対応等もあり、27兆円程度で推移している(第1-5-4図(1))。2019年度については、「防災・減災、国土強靭化のための3か年緊急対策」31を2018年度から3年間で集中的に実施するため、2018年度補正予算及び2019年度の通常予算の「臨時・特別の措置」として合わせて2.7兆円程度の事業費が措置されたこと等もあり、公共投資額は増加することが見込まれている(第1-5-4図(2))。

なお公共投資の分野別の配分の変化をみると、2000年代に入り割合が減少していた道路整備事業費が2010年代には高速道路の整備などにより増加し、また、防災・自然災害への対応もあり治山治水対策の割合も上昇している(第1-5-4図(3))。

公共投資の進捗状況について、公共工事出来高により確認すると、2012年から2014年にかけて、月次の出来高は大きく増加した後、2015年以降は月次で1.8兆円から1.9兆円程度で推移している(付図1-13)。他方、受注額から出来高を差し引いた手持ち工事高も、2012年から2014年にかけて大きく増加し、その後は16兆円程度の高い工事高の水準が続いている。このように、手持ち工事高が高い水準で推移している背景には、近年はオリンピック関連の施設や交通インフラ等を中心に複数年にわたる大型工事の受注が増加していること等が影響していると考えられる。具体的には、近年の大型の公共工事案件についてみると、東京外かく環状道路(外環道)や北陸新幹線などがある(付図1-14)。東京五輪後についても引き続き東京の外環道や新名神高速道路の建設などの道路工事、北海道新幹線などの鉄道工事も大規模な事業が予定されており、また2025年の万博博覧会の会場整備も予定されているなど、今後も公共投資の受注は堅調に推移することが見込まれる。手持ち工事高が高水準で推移する中で、建設業界では人手不足感が徐々に高まっている。建設業界の人手不足の状況をみると、型わく工、鉄筋工などを中心に建設技能労働者の不足率が高くなっており、この数年は恒常的に2%程度の不足率となっている(付図1-13)。

このように多くの手持ち工事を抱える中で、通年での執行の平準化に向けた動きが進んでいる(付図1-13)。2014年度と2018年度の公共工事出来高の原数値の動きを年度平均からのかい離でみると、低い水準になる傾向がある4月から7月でも大きくは落ち込まず、高めの数値となりやすい10月から12月でも大きくは増加せず、年度を通じて変動が小さくなっている。こうした動きは、工事現場での仕事量の変動を少なくし、年間の工事の効率的な執行に資するものであり、労働者の働き方改革の推進にもつながると考えられる。

2 金融政策の最近の動向

日本銀行は、2013年4月に導入された量的・質的金融緩和について、累次の緩和強化策を取り入れ、2016年1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」、同年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入し、2%の物価安定目標の実現に向けた大規模な金融緩和の取組を続けている。海外の金融政策の動向をみると、2018年後半から世界経済の成長率が鈍化する中で、アメリカにおいても、2015年末から続いてきた政策金利の引上げの動きが、2019年に入って据え置きの方針に転換されたほか、欧州でも引き続き緩和政策の継続が表明されている。本項では、我が国及び海外の最近の金融政策の動向を概観する。

アジア及び欧州の一部の景気に弱さがみられる中で、世界的に金融緩和が継続

世界経済については、2018年央からの中国経済の緩やかな減速に加え、ドイツをはじめとしたユーロ圏の景気回復に2018年後半から一部で弱さがみられるようになるなど、経済成長が鈍化している。アメリカについては、景気は着実に回復が続いているものの、中国をはじめ世界経済の一部に弱さがみられる中で、輸出は弱い動きとなっている。また、我が国についても、輸出や生産の一部に弱さがみられている。他方で、物価の動向については、世界的に落ち着いており、アメリカではコアPCEデフレーターは2%弱、欧州や日本では消費者物価上昇率(コア)は、1%程度で推移している。

こうした経済・物価情勢の中で、米欧の中央銀行では、金融政策の方針について、危機対応から正常化に向けた動きを一旦停止し、金融緩和を当面継続していく方向に転換がみられている(第1-5-5図(1)(2))。

具体的には、欧州中央銀行(ECB)では、2016年3月以降、政策金利(メイン・リファイナンシング・オペレーション金利)を0.00%、限界貸出金利を0.25%、中銀預金金利を-0.40%に据え置いているが、先行きについては現行の政策金利を2019年夏まで維持することを表明するとともに、資産購入プログラム(APP:Asset Purchase Programme)における資産購入の額を2018年1月から順次縮小し、18年12月には新規の資産購入を終了するなど、金融政策の危機対応から正常化へ向けた取組を進めていた。しかしながら、経済成長率や物価見通しの低下を受けて、2019年3月には、政策金利のフォワード・ガイダンスについて、現行水準を2019年末まで維持するとして期間を延長するとともに、長期流動性供給オペ(TLTRO3)を2019年9月から開始することを決定した。なお、政策金利のフォワードガイダンスは、2019年6月、現行水準を2020年前半を通じて維持するとして期間が再度延長された。

アメリカでは、連邦準備制度(Fed)は、2015年12月以降利上げを開始し、2018年12月の連邦公開市場委員会(FOMC)までの間に9回にわたり政策金利を引上げ、FFレート(フェデラル・ファンド・レート)の誘導目標を2.25~2.50%としたほか、Fedの保有資産の縮小については、2017年10月から漸進的な縮小が開始され、債券の再投資額を徐々に削減する形で極めて緩やかなペースで資産規模の縮小が進められてきた。しかし、19年1月のFOMCでは、世界経済の動向や落ち着いた物価上昇圧力等を踏まえ、緩やかな政策金利の引上げへ言及した表現が削除されるとともに、「将来の政策金利の調整に忍耐強く(be patient)なる」旨が記載され、判断を急がないことが表明された。続く3月のFOMCでは、FOMC参加者による今後のFFレートの見通し(中央値)から算出される19年の利上げ見込み回数が18年12月のFOMCの2回から0回に減少した。その後の6月のFOMCでは、声明文から「忍耐強く(be patient)」の文言が削除され、新たに、「先行きの不確実性が増している」とした上で、「成長を持続させるために適切に行動する」との文章が追加され、19年の利上げ見込み回数は0回と変わらなかったが、20年は1回の利下げが見込まれることとなった。また、Fedは、保有資産の縮小についても、2019年5月以降縮小ペースを減速し、2019年9月末には保有資産の縮小を停止することも表明した。

日本銀行は、金融緩和強化のための持続性の高い新しい政策枠組みとして、2016年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入し、短期政策金利を▲0.1%とし、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)を行っている。その後、2018年7月には、2%の物価安定目標の達成に時間がかかる中、強力な金融緩和を粘り強く続けていく観点から、政策金利のフォワードガイダンスを導入した。また、長短金利操作に沿って長期国債の買入れを行う際、「金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし、買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する」ことや、ETFの保有残高が、年間約6兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行いつつ、「市場の状況に応じて買入れ額は上下にある程度変動しうるものとする」ことなどの金融緩和の持続性を強化する措置を決定した。2019年4月には、「海外経済の動向や消費税率引上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定」するとして、政策金利のフォワードガイダンスの明確化を行い、適格担保の拡充など、円滑な資金供給及び資産の買入れの実施と市場機能の確保に資する措置の実施を決定した。

日米欧の2018年から2019年にかけてのターム別の金利動向(イールドカーブ)をみると、我が国においては、大きな変動はなく、この間に、最も上方にシフトした2018年10月には7年より長期の金利がプラスとなったが、2019年5月には下方にシフトし、10年金利もマイナスとなっている(第1-5-5図(3))。ドイツでは2018年5月には7年より長期の金利がプラスであったが、2019年5月には日本同様、10年金利もマイナス金利となっている(第1-5-5図(5))。アメリカでは、2018年12月のFOMC後には緩やかながらも長期金利の方が短期金利よりも高くなっていたが、2019年3月のFOMC後には、2019年中の政策金利引上げの停止が見込まれたこともあり、長期金利が大きく低下した(第1-5-5図(4))。その後は、米中通商問題の長期化懸念などを背景にした利下げ期待の高まり等により、2019年5月以降、一段と長期金利は低下した。

このように世界的に成長率が鈍化する中で、緩和的な金融政策がしばらく継続する可能性が高いこともあり、2019年5月時点の日米欧の長期金利は、2018年と比べてやや低い水準で推移している。

中国における金融緩和

今回の中国経済の減速の背景には、中国において、地方政府や民間企業の過剰債務問題を是正するために、2017年以降、シャドーバンキング等に対する金融監督管理の強化、地方政府のインフラ投資の資金調達の適正化等のデレバレッジに向けた取組を強化してきたことがある。2018年半ば以降は、米中間の貿易摩擦の高まりや、景気の減速懸念を背景に、中国政府の経済運営スタンスは、景気安定をより配慮し、デレバレッジには引き続き取り組みつつも景気安定とのバランスをとる方向に変化した。金融政策のスタンスについては、それまでの「穏健中立」から「穏健」へと変更され、預金準備率の引下げが、2018年4月、7月、10月、19年1月と4回にわたり実施された(第1-5-6図(1))。また、中小企業や民間企業の資金調達難の緩和のため、2018年12月に中小企業・民営企業への貸出を支援するための新たな流動性供給手段が中国人民銀行に新設されたほか、2019年3月の全人代においても、国有大型商業銀行の中小企業向け融資の増額等の方針が示された。金融政策の運営状況を金融政策スタンスに対する市中銀行の評価でみると、2017年以降50を下回って引締め気味に推移していたが、18年半ば以降は大きく上昇して50を上回っており、緩和的なスタンスになっていることが確認できる(第1-5-6図(2))。

また、金融システムから非金融企業や個人に供給された資金の総量である社会融資総量(フロー)をみると、シャドーバンキングの一端である銀行貸出以外の貸付等は、2018年央以降はマイナス幅がやや縮小しているほか、銀行貸出についても、18年半ば以降やや増加がみられ、流動性ひっ迫がやや緩和されていることがうかがわれる(第1-5-6図(3))。

世界的に金融市場は緩和傾向

日米欧中の株式市場の動向をみると、2016年後半以降はおおむね上昇傾向で推移したが、2018年後半には、米中間の通商問題への懸念や中国の緩やかな景気減速などを背景に、いずれも2017年と比べて水準が低下した(第1-5-7図(1))。その後、2019年に入ってからは、中国の景気支援策、アメリカの利上げ停止など各国の政策対応、米中間の貿易協議進展への期待などを背景に、2018年末の水準からやや回復したが、2019年5月以降は米中通商問題の影響が再びみられている。

また、為替市場の動向については、対円でみると2016年半ばにかけてドル、ユーロ、元ともに円高方向に進んだが、その後は世界経済の回復とともに円安方向に推移し、2017年以降は変動が少なく推移している(第1-5-7図(2))。対ドルでみると世界経済の回復から2017年から2018年初頭にかけてユーロ高方向、元高方向へと推移したが、2018年半ば以降は、アメリカの利上げもありドル高方向で推移している(第1-5-7図(3))。

世界の金融市場がどの程度緩和的あるいは引締め的な状況であるかについて示す指標として、IMFが作成しているFCI(Financial Condition Index、金融環境指数)がある。FCIは、市場での資金確保がどの程度容易であるかを示すものであり、具体的には、リスクプレミアム等を示す各種金利のスプレッド、株価やその変動率、為替レート、住宅価格等の指標を統合して作成され、マイナスは緩和的、プラスは引締め的であることを示す。IMFが2019年4月時点で公表したFCIの動向をみると、アメリカについては、2015年末からの政策金利の引上げにもかかわらず、株価の上昇等を背景に2017年末にかけて緩和的な状況が続いた後、2018年に入ってからは金利上昇によって緩和の度合いが縮小した(第1-5-8図(1))。ただし、2019年に入ってからは、FRBによる政策金利引上げの停止を反映した長期金利の低下や株価上昇に伴い再び緩和的な方向に転じている。

ユーロ圏については、イタリアの財政赤字拡大懸念を背景に長期金利が上昇したこと等により2018年後半に引き締め方向となったが、2019年に入ってから市場が安定化したこともあって緩和方向に転じている(第1-5-8図(2))。中国については、2017年以降、政府の過剰債務に対する監視強化等の対応を反映して小幅ながら引締め的な状況が続いている(第1-5-8図(3))。2018年については米中貿易摩擦や景気減速懸念を背景に株価が低下し引締め方向に寄与した一方、金融緩和政策を反映したスプレッドの低下などがそれを相殺し、全体の金融環境に大きな変動はなかった。中国を除く主要新興国については、2018年に一部の国で政治や経済の不安定性等を背景に為替が大きく減価し、急激に引締め的な方向に変化したが、2019年に入ってからはほぼ中立付近で落ち着きを取り戻している(第1-5-8図(4))。

日米欧ともに賃金及び物価上昇は緩やか

世界経済の成長が鈍化する中で、2019年に入って、日米欧ともに金融政策の正常化のペースを緩め、緩和的な方向に政策が変更されているが、こうした金融政策の見直しが可能となっている背景の一つには、物価面において、雇用情勢等の改善の程度と比べると、物価上昇率は過去の同様の局面と比べて緩やかなものにとどまっていることがある。

日米欧の物価の動向を財とサービスに分けてみると、財の物価については貿易を通じて途上国から安価な財を輸入できることもあり各地域ともに低い伸びとなっており、大きな差はない(第1-5-9図)。一方、サービス物価については、国内の需給要因や人件費の動向を強く反映するため、各地域で違いが出ているものの、日本が0%台半ば、欧州で1%程度、アメリカは2%程度と、いずれも過去と比べて緩やかな上昇にとどまっている。サービス物価の動向については人件費の動向に大きく影響されるため、各地域の賃金の動向と失業率の関係をみると、かつてと比べて失業率の低下ほどには賃金上昇率が高まっていない状況となっている。このように、失業率でみた労働市場の需給が賃金上昇につながりにくくなっていることが、各国・地域の物価上昇率が緩やかなものとなっていることの背景の一つとなっている(付図1-15)。

他方で、金融緩和が長期にわたって継続することが予見されるような状況では、低金利の長期化を前提にした投資によって資産価格の過度な上昇が助長される可能性があり、特に、住宅や商業不動産価格の過度な上昇には注意する必要がある。

銀行貸出の緩やかな増加が続く中、2018年はM&A向けの貸出が増加した可能性

金融機関の貸出残高をみると、このところ前年比2%台の伸びが続いており、2018年の残高は約460兆円となっている(第1-5-10図(1))。都市銀行と地方銀行32別でみると、地方銀行は2018年を通して貸出残高の伸びが3%で変わらなかった一方で、都市銀行の伸び率は地方銀行に比べて低いものの、2018年を通じると、年後半以降、伸び率が拡大傾向にあった。(第1-5-10図(2))。大企業への業種別貸出(運転資金)の前年比の推移をみると2018年は化学や情報通信で高い伸びとなっている。2018年にこれらの業種で大型のM&Aがあったことを踏まえると、都市銀行の貸出の伸びの一因としてM&A向け貸出の増加が考えられる(第1-5-10図(3))。

我が国のM&Aは件数、金額ともに、我が国企業が買い手となる案件を中心に増加傾向にあり、特に2018年は件数が26%増、金額が123%増と、ともに前年比で大きく増加した(付図1-16)。M&Aの案件をみると、事業承継を目的としたもの、ベンチャー企業を対象としたものがこのところ増加傾向となっている。今後も、人手不足などを背景に事業承継を目的としたM&Aは増加傾向が続くと見込まれること、競争力強化の観点からベンチャー企業を対象としたM&Aも堅調に推移すると考えられることから、都市銀行を中心にこうしたニーズに対する貸出が増加する可能性がある。


(29)基礎的財政収支(プライマリー・バランス)とは一般に、財政収支から純利払いを控除したものであり、各年度で必要とされる政策的経費を、その時点の税収等でどれだけまかなえているかを示す指標である。
(30)集中改革期間の3年間で一般歳出1.6兆円程度、社会保障関係費1.5兆円程度の増加。同期間の高齢化による増加分は1.5兆円程度。
(31)防災のための重要インフラ等の機能維持、国民経済・生活を支える重要インフラ等の機能維持の観点から、特に緊急に実施すべきハード・ソフト対策について2018年度から2020年度の3年間で集中的に実施するもの(事業規模はおおむね7兆円程度)。
(32)全国地方銀行協会加盟銀行及び第二地方銀行協会加盟銀行。
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