第1章 日本経済の現状と課題 第3節
第3節 人手不足と生産性、賃金、物価の動向
生産年齢人口が減少する中で、企業の人手不足感は四半世紀ぶりの高水準となっており、経済全体の需給を示すGDPギャップもプラス傾向で推移している。こうした中で経済成長を持続させていくためには、生産性向上が大きな課題となっている。本節では、人手不足の現状及び要因を確認するとともに、人手不足により企業経営にどのような影響が出ているかを概観する。また、人手不足感が高まる中、生産性を向上させ、それを労働者の賃上げにもつなげていくことが重要な課題となっていることを踏まえ、人手不足と労働生産性、賃金の関係について分析する。加えて、デフレではない状況を実現しながらも緩やかな上昇にとどまっている物価の状況や、物価の持続的な上昇へ向けた課題について分析する。
1 人手不足の現状と要因
本項では、人手不足感の長期的な推移や近年の雇用情勢について確認するとともに、2019年2月に実施した内閣府「多様化する働き手に関する企業の意識調査13」(以下「企業意識調査」という。)を活用し、年齢層や職種別の人手不足感、人手不足の要因、人手不足が採用コスト増や受注量の調整など企業経営へどのような影響を与えているか等について整理する。
●幅広い業種で人手不足感が高まる
経済全体の需給の状況をみるために、平均的な稼働率で労働や資本を活用することで達成可能なGDPと実際のGDPの差を示すGDPギャップの動向をみると、振れを伴いながら、2017年以降はおおむねプラスで推移しており、経済全体でみて需給がひきしまっている(第1-3-1図(1))。こうした背景には、特に労働投入に関して、現実の失業率が2%台半ばと低水準が続いているなど労働市場の需給が引き締まり方向にあること等が影響している。
また,日銀短観の雇用人員判断DIをみると、2019年6月調査時点でマイナス32%ptと「不足」と回答する企業の割合が「過剰」と回答する企業の割合を大幅に上回り、企業の人手不足感は、1990年代前半以来四半世紀ぶりの水準となっている。製造業、非製造業ともに人手不足感が高まっている中で、特に非製造業の人手不足感が高まっている(第1-3-1図(2))。さらに、これを業種別の寄与度でみると、非製造業の中でも都市開発などにより需要が堅調な建設や、eコマースの増加などを背景に事業が拡大している運輸・郵便などで人手不足感が高まっている(第1-3-1図(3))。このように、業種別のばらつきはあるものの、幅広い業種で人手不足感が高まっていることがうかがえる。
●有効求人倍率は45年ぶりの高水準
次に、近年の雇用情勢を示す指標の動向について概観する。ハローワークにおける求職者数に対してどの程度求人があるかを示す指標である有効求人倍率の動向をみると、2013年以降上昇傾向が続き、2019年には1.6倍台と高い水準となっている(第1-3-2図(1))。これは、景気の回復が続き、企業の採用意欲が高まり有効求人数が大きく増加していることに加え、失業者数が大きく減少し、職を探す人が減少しているためである。ただし、2018年後半から有効求人倍率の上昇傾向がやや一服している。この背景として、2018年に入ってから、新規求人数が横ばい圏内で推移していることがあげられる。こうした求人数の伸びの鈍化の背景には、非製造業を中心に求人を出しても人員が確保できていない企業が多くなっているため(付図1-5)、求人を諦める動きが一部の企業にあったことや、中国経済の減速の影響もあり生産活動の一部に弱さがみられる中、製造業の新規求人数が2018年後半から減少していることなどがあると考えられる(第1-3-2図(2))。一方で、企業の高い採用意欲を背景に、非製造業の新規求人数は2019年に入ってからも高い水準を維持しており、製造業と非製造業で求人の動向に違いがみられている。
2018年以降の有効求人倍率の高止まりの背景として、失業者数の減少トレンドが2018年以降一服する中で、有効求職者数の減少スピードが緩やかになっている点がある。また、近年のトレンドとして、雇用環境が良好なことや高齢者雇用の促進等を背景として、自発的に転職する者や新たに求職活動を行う者が増えていることも、有効求職者数の減少スピードの鈍化に影響している。新規求職者数の年齢別の割合をみると、55歳以上の割合が徐々に増加しており、就業状態別でみると、在職中に求職活動を行う者の割合が上昇している(付図1-5)。
また、ハローワークを通じた就職件数は、全体の2割程度に過ぎないことから14、ハローワーク以外の求人・求職動向についても確認する必要がある。そこで、パーソルキャリア「転職求人倍率レポート」をみると、求人数が増加を続ける中で、転職希望者数が大きく増加しており、2019年には2014年の2.5倍となっている(第1-3-2図(3))。総務省「労働力調査(詳細集計)」で実際の転職者数の動向をみると、2013年に287万人だった転職者数は2018年には329万人にまで増加している(第1-3-2図(4))。年齢別にみると全ての年代で転職者数が増加しているが、55歳以上の中高齢者の転職者数は、水準自体は高くはないものの、2013年に比べて3割程度増加するなど伸び率は高くなっており、転職活動の動きは中高齢者にも広がっていることがわかる。
●若年層への人材ニーズ、専門的な職種での人手不足感が特に高くなっている
次に、内閣府「企業意識調査」を利用し、2019年2月時点における企業の人手不足の状況を確認する。企業の人手不足感をみると、約7割の企業で人手が「不足」又は「やや不足」と答えており、多くの企業で人手不足が意識されている(第1-3-3図(1))。一方で、人手不足の程度について定量的に確認するために、正社員の未充足求人比率15をみると、企業規模が小さいほど未充足求人比率が高く、小規模の企業において人手不足がより一層深刻となっている。また、年齢別の人手不足感をみると、34歳以下の若年層では「不足」や「やや不足」の割合が高くなっている一方、55歳以上では「適正」や「過剰」の割合が高く、若年層への人材ニーズ、不足感が高くなっている(第1-3-3図(2))。若年層に対する人手不足感を企業規模別でみると、500人以上の大企業では「不足」の回答が中規模や小規模の企業よりも低くなっており、大企業と比較して、中小企業では若年層の確保が難しくなっている可能性がある(付図1-6)。
職業別の人手不足感は、事務職では「不足」が少なく「適正」が多く「過剰」も一部みられるものの、専門・技術職で「不足」、「やや不足」の割合が高くなっており、事務系の仕事では人手不足感はそれほど高くないものの、専門的な仕事で特に人手不足感が高くなっている(第1-3-3図(3))。パーソルキャリア「転職求人倍率レポート」の職種別の転職求人倍率をみても、事務・アシスタント職では求人倍率が大きく1倍を下回る一方で、IT・通信技術職では求人倍率が1倍を大きく上回っており(付図1-6図)、職種別のばらつきが大きいことがうかがえる。このように、年齢や職種別の人手不足感にはばらつきがみられており、専門人材の育成などを通じて専門的職種等における人材不足の緩和に向けた取組を進めていくことが重要である。
●業務量の拡大や離職者の増加等が人手不足の要因となっている
次に、内閣府「企業意識調査」を利用し、人手不足の要因について確認する。まず、企業に人手不足の要因を聞くと(複数回答)、「業務量の拡大」が最も回答が多く、特に規模が大きい企業ほどその回答が高くなっている(第1-3-4図(1))。「業務に必要な資格や能力を持つ人材の不足」という回答は「業務量の拡大」に次いで多く、かつ、規模による回答の割合の差が小さい。「業務に必要な資格や能力を持つ人材の不足」を業種別にみると建設や医療・福祉などで高い(付図1-7)。このように、業務量の拡大は特に大規模の企業で影響が大きく、専門人材の不足は業種ごとに差があることがうかがえる。
人手不足の要因を調べるために、業種や企業規模などの企業属性をコントロールした上で、多項ロジットモデルによる限界効果を推計16した。具体的には、賃金水準、離職率、売上高の増加が、企業が人手不足を感じることにどの程度影響しているかを検証した。この推計の結果によると、売上高上昇率が高い企業や離職率が高い企業ほど人手不足と回答する確率が高い一方、1人当たりの賃金が高いほど人手不足と回答する企業が少ないという結果となっている(第1-3-4図(2))。元データを単純集計して、実際に、企業を人手不足感ごとに分類して一人当たりの賃金水準や離職率をみると、人手不足の企業ほど低い労働生産性を背景に賃金水準が低く、離職率が高くなっている。賃金水準が低いことで求職者からみた魅力が小さく求人への応募が少ないことや、労働環境の悪さなどによって離職率も高いことにより、人手不足感が高くなっていると考えられる。人手不足の解消に向けて、生産性向上による賃金水準の引上げや離職率を低下させるような取組を進めていくことが重要である。
●人手不足が続くと、受注量の調整など企業の経済活動に影響を及ぼす可能性
日銀短観の雇用人員判断DIと財務省「法人企業統計」の経常利益の推移をみると、2013年以降、人手不足感が高まる中、経常利益も増加傾向にある(第1-3-5図(1))。このように、企業の売上げが増加し、企業収益が改善する中、人手が不足している姿が確認できる。ただし、2018年以降、経常利益が伸び悩む中、人手不足感がさらに高まっている。2018年以降の企業収益の増勢の鈍化は、中国経済の減速の影響が主な要因であるものの、一部の企業では、人手が足りないために業務量を調整するなど、人手不足が企業収益に悪影響を及ぼしつつある可能性もある。
内閣府「企業意識調査」により、人手不足による企業活動への悪影響に関する企業の回答をみると(複数回答)、「人繰りや労務管理の煩雑化」や「採用コストの増加」が大企業を中心に高くなっており、人手不足が人事管理におけるコスト増につながっていることがわかる(第1-3-5図(2))。また、「受注量の調整」が小規模企業ほど多くなっており、中小企業を中心に、人手不足により需要に対応できていない企業も多い可能性がある。
次に、こうした人手不足の悪影響がどの程度企業経営に影響を与えているかについて、リクルートワークス研究所「中途採用実態調査」により、中途・経験者採用未充足による事業への影響に関する企業の回答をみると、「事業に深刻な影響がでている」という回答は中途・経験者採用で人材が確保できなかった企業の6%程度とまだ限定的ではあるが、「事業に今のところ影響はないが、この状態が継続すれば影響が出てくる」という回答が同企業の半数近くの51%となっている(第1-3-5図(3))。今後も人手不足が継続すれば企業活動に影響を及ぼすことが懸念されるため、生産性向上を実現し、賃金を引き上げるとともに、働きやすい環境をつくることで職場の魅力を高めることが重要な課題である。
2 労働市場の変化と生産性、賃金の動向
企業の人手不足感が高まり、今後の企業の経済活動への影響も懸念される状況の中で、人手不足への対応は各企業の喫緊の課題である。ここでは、人手不足が深刻化する中、人手不足と生産性の関係を分析するとともに、人手不足感と賃上げの関係について確認する。
●人手不足に対して新卒、中途・経験者採用の増員、従業員の待遇改善等で対応
人手不足感が四半世紀ぶりの高水準となる中、企業はどのように人手不足に対応しているのだろうか。内閣府「企業意識調査」を利用し、人手不足に対する企業の対応をみると(複数回答)、6割以上の企業で「新卒、中途・経験者採用の増員」を行っており、人手不足感が高まる中、多くの企業は採用増で対応している(第1-3-6図(1))。これを企業規模別でみると、大企業ほど対応割合が高く、小企業に比べて人員を採用しやすい大企業を中心に、採用を増やしているとみられる(付図1-8)。また、5割弱の企業で「従業員の待遇改善」をしているが、この点については企業規模別でみても大きな差はなく、新しい人員の確保が難しい中、中小企業においても現在の従業員の待遇改善により人員確保に努めているとみられる。
一方、直接生産性の向上につながることが期待される「従業員の育成」や「省力化投資」を行っている企業の割合は、人員の採用を行っている企業に比べて少なく、特に「省力化投資」は2割程度にとどまっている(省力化投資については後ほど詳細に確認する)。なお、「従業員の育成」を規模別にみると、大企業ほど割合が高くなっている。
このように、多くの企業では人手不足に対して「新卒、中途・経験者採用の増員」を行っているが、人手不足感の強い企業では、どのような人材を増やしているかを確認してみよう。企業の人材の活躍状況をみると、人手不足感が高い企業では、正社員の中途・経験者採用の雇用者が特に増加しており、女性正社員や65歳以上の雇用者なども増えている(第1-3-6図(2))。
●人手不足感の高い企業ほど、資本装備率が低く労働生産性が低い傾向
次に、人手不足と労働生産性の関係について考察する。人手不足感の高い企業では、業務効率の問題から労働生産性が低い可能性が考えられる一方で、仮に、企業全体としては人手が足りていたとしても、特定の年齢や職種について人員が過剰で、別の年齢や職種では人手が不足しているという企業内ミスマッチが存在している場合にも、労働生産性が低くなる可能性がある。ここでは、こうした内部ミスマッチも考慮に入れ、内閣府「企業意識調査」を用いて、人手不足感、内部ミスマッチの有無17によって、K平均クラスタリングにより企業を「人手不足なし・内部ミスマッチなし」、「人手不足なし・内部ミスマッチ大」、「やや人手不足・内部ミスマッチなし」、「やや人手不足・内部ミスマッチ大」、「人手不足・内部ミスマッチなし」の5つのクラスタに分類し、この分類ごとの生産性の違いを分析した。その結果、2017年度の時間当たりの労働生産性は、人手不足でない企業ほど労働生産性が高く、かつ、人手不足でない企業の中でも内部ミスマッチがない企業の労働生産性が高い結果となった(第1-3-7図(1))。ただし、この単純集計の場合、業種や企業規模による特性などが影響している可能性があるため、業種、企業規模、非正規比率といった企業属性をコントロールした上で、労働生産性に対する人手不足感の影響を推計すると、人手不足感が適正である企業に比べて、人手不足感がある企業は労働生産性が約2割低くなり、やや不足感がある企業も14%低くなる結果が得られた(第1-3-7図(2))。また、人手の過剰感がある企業も、適正である企業に比べて労働生産性が約2割低くなっているが、これは、業績不振により労働生産性の低下と余剰人員の増加が同時に発生している可能性が考えられる。さらに、人手不足の企業で労働生産性が低くなっている背景についてみるため、資本を労働で除した資本装備率について労働生産性と同様に回帰すると18、人手不足感がある企業は適正である企業に比べて資本装備率が約4割低くなっており、人手不足感がある企業においては、資本投入の絶対量が少ないために従業員一人当たりの労働生産性の水準が低くなっていると考えられる。
こうしたことを踏まえると、人手不足感のある企業にとって労働生産性を高めるためには、必要な人員を確保し適切な人員配置を行うとともに、必要な設備投資を行い、資本装備率を高め効率的に経済活動を行える環境を整備することが重要である。また、新たな装備を労働者が使いこなせるように人材育成を進めていくことも必要である。
●省力化投資は労働生産性を高める
人手不足への対応として人材確保のみならず省力化投資による対応を行っている企業もあるが、すでにみたように、採用増や雇用者の待遇改善に比べると、人手不足に対して省力化投資を行っている企業の割合は2割程度と低くなっている。また、人手不足感のある企業は資本装備率が低く、労働生産性も低いため、省力化投資を積極的に進め、資本を増やしていくことが重要である。そこで、省力化投資の状況について内閣府「企業意識調査」により確認する。
人手不足への対応として省力化投資の実施割合を企業規模別にみると、大企業では人手不足感のある企業の3割強が実施しているものの、規模が小さくなるにつれて実施割合は低くなり、小企業では同15%程度にとどまっている(第1-3-8図(1))。これを業種別にみると、製造業では3割程度実施しているものの、人手不足感が高い建設やサービスでは実施割合が1割強と低く、まだ省力化投資の実施余地が大きいことがうかがえる。
省力化投資と労働生産性の関係を分析するため、省力化投資の実施が労働生産性に与える効果について、傾向スコアマッチングによる平均処置効果19を推計すると、省力化投資を行うと1時間あたりの労働生産性が約20%程度上昇するという結果が得られた(第1-3-8図(2))。省力化投資を積極的に進め、労働生産性向上を実現することが重要である。
経済学解説<2>:生産性とは何か
生産年齢人口の減少が進み、労働供給面での制約もある中で、更なる経済成長を実現していくためには、生産性の向上によって潜在成長率を引き上げていくことが重要です。
生産性とは資本や労働といった生産要素を投入してどれだけの産出物や付加価値が生み出されたかを測る指標で、様々な算出方法がありますが、そのうち労働投入1単位当たりの付加価値を示したものが、労働生産性と呼ばれています。労働生産性の算出において、分子に当たる付加価値は、一国経済全体の場合にはGDP、分母に当たる労働投入には、労働時間を考慮した労働投入量を用いることで、労働者1人1時間当たりに生み出される付加価値を求めることが一般的です。
1990年代以降の主な先進国の労働生産性上昇率の推移をみると(図(1))、1990年代と比較して、2000年代、2010年代と労働生産性の上昇率が低下していることがわかります。このように、労働生産性の上昇率が低下傾向にあることは、先進国で共通の課題です。
労働生産性の上昇率は、労働者1人当たりどれぐらいの資本ストックが割り当てられているかを示す指標である資本装備率による寄与と、資本や労働の投入量だけでは説明できない広義の技術革新等を示す指標である全要素生産性による寄与に要因分解することができます20。この要因分解によると、2010年代の労働生産性の伸び悩みの要因として、日本では資本装備率の寄与の低下が大きく、英国やアメリカでは、全要素生産性の寄与の低下が相対的に大きいことがわかります。
一方で、2017年における主な先進国の労働生産性の水準を比較すると(図(2))、為替レートの影響にも留意する必要がありますが、日本の労働生産性が最も低くなっていることがわかります。1990年代以降の累積の伸び率をみると、日本の労働生産性の上昇率は他の先進国と同程度となっていますが、このような労働生産性の水準を考慮すると、労働生産性を伸ばしていく余地はあると考えられます。労働生産性を上昇させていくためには、設備投資の促進による資本装備率の引上げや人材の教育訓練による能力強化に加え、広義の技術革新、つまり新製品開発だけでなくプロセス、組織、経営等も含めた改革を進めていくことが重要です。
●賃金上昇には、生産性の上昇が重要
企業は人手不足に対応し、従業員の処遇改善を行っているが、ここでは人手不足と賃金動向の関係について確認する。
名目賃金と労働需給を示す失業率の間には、フィリップス曲線と呼ばれる短期的な右下がりの関係があることが知られている。そこで、完全失業率と時間当たりの賃金21の前年比の関係をみると、完全失業率が低いほど時間当たり賃金が高まるという関係が確認できる(第1-3-9図(1))。ただし、1990年代と比べると両者の関係は緩やかになっており、労働需給が引き締まっても時間あたりの賃金が上がりにくくなっている。実際、このところの一般労働者とパートタイム労働者の賃金動向をみると、パートタイム労働者の時給は労働需給がひっ迫するなか伸びが高まっているが、一般労働者は伸びが0.5%程度と緩やかな伸びにとどまっている。
名目賃金と労働需給の関係について、ミクロデータでみるため、内閣府「企業意識調査」を利用し、一人当たりの賃金上昇率を、業種、企業規模、正社員の平均勤続年数、非正社員比率などをコントロールした上で、労働生産性上昇率や人手不足感を説明変数として回帰すると、通常の統計的な有意水準である5%以下という基準でみると、労働生産性上昇率のみが有意に賃金上昇率に効いており、やや有意水準を緩めて10%にすると、人手不足感も弱いながらも賃金上昇に寄与している可能性が示唆される(第1-3-9図(2))。力強い賃金上昇を実現するためには、労働需給がひっ迫し人手不足が高まるだけでなく、教育訓練などによる人材への投資の促進や設備投資の実施による資本装備率の向上等により、労働生産性を向上させていくことが重要である。
●労働生産性の向上や労働分配率の引上げが賃金の上昇につながる
一般的な企業の労働需要の決定モデル22を前提とすると、労働生産性と賃金には比例関係があるが、これは、労働生産性上昇によってもたらされた追加的な企業収入の一定割合が労働者に分配され、賃金が上昇するためである。ただし、労働分配率が低下した場合には、賃金を押下げ方向に寄与するため、労働生産性の賃金押上げ効果は相殺されることになる。そこで、賃金の動向とその背景について分析するため、実質賃金23、労働分配率、労働生産性の国際比較を行った。各国の2000年からの実質賃金の累積変化をみると、おおむね労働分配率と労働生産性の伸び率の合計と実質賃金の伸び率が等しくなっている。ただし、日本については、自営業者が多いために、自営業者も含めた就業者全体の所得でみた実質賃金と労働分配率、労働生産性の関係を示している(第1-3-10図)。日本の実質賃金の伸びは、アメリカや英国と比べても低めになっているが、これは、2000年からの累積でみれば労働生産性がアメリカよりも伸びが低かったことに加え、労働分配率が英国では上昇したのに対し、日本ではアメリカと同様に低下傾向にあったことが背景にあることが考えられる。
賃金の上昇のためには、労働生産性を高め、企業の生み出す付加価値を高め、それをできる限り雇用者に賃上げという形で分配していくことが重要である。労働生産性の更なる向上を実現し、力強い賃上げにつなげていくことが不可欠である。
コラム1-2 労働生産性と賃金
労働生産性の上昇により労働者1人が生み出す付加価値が増加すれば、労働分配率を一定とした場合、その付加価値の増加分の一部は賃金に分配されるため、労働生産性の上昇とともに、実質賃金は上昇することになります。実際に、労働生産性と実質賃金の推移をみると、第1-3-10図でみたように、労働生産性と実質賃金の伸び率には比例的な関係がみられています。したがって、実質賃金を上昇させるためには、労働生産性を上昇させていくことが大切です。
一方、労働分配率は主要先進国で長期的にみれば低下傾向にあります。労働分配率のトレンドが低下している背景としては、大きく3点が指摘されています(詳細は平成30年度版経済財政報告をあわせてご参照ください)。第一は、技術革新によるICT関連の資本財価格の相対的な低下です。コンピュータや通信機器の価格が急激に低下したことで労働の一部が機械に代替された可能性が指摘されています。第二は、自国の労働集約的な産業がアウトソーシングにより海外に移転したことによる影響です。第三は、短時間労働及び非正規労働の増加などの影響です。技術革新は労働生産性を高める一方で、一部の労働を代替することで労働分配率を低下させる可能性もあることを考慮すると、技術革新に対応できるような人材育成をすることも重要です。
3 物価の持続的な上昇に向けて
消費者物価は、振れの大きい生鮮食品及びエネルギーの影響を除くと、人件費の上昇や増加傾向の内需を背景に、緩やかな上昇傾向で推移している。ただし、人手不足感が四半世紀ぶりの高水準にあり、GDPギャップもプラス傾向で推移する中、消費者物価の伸びは緩やかなものにとどまっている。以下では、経済の需給が引き締まり物価上昇に向けた圧力が高まっているにもかかわらず、実際の物価上昇率が緩やかなものにとどまっている要因を探るとともに、物価の持続的な上昇に向けた課題について検討する。
●消費者物価は緩やかに上昇しているが、物価を取り巻く環境を踏まえると伸びは緩やか
消費者物価の動向について生鮮食品を除く総合(コア)でみると、2016年に入り円高方向への動きやエネルギー価格の下落等により前年比マイナスで推移したが、2016年後半からのエネルギー価格の上昇などにより2017年に入りプラスに転じた後、前年比のプラス幅は拡大傾向で推移し、2018年以降はおおむね0%台後半で推移している(第1-3-11図(1))。
他方、物価の基調について、生鮮食品及びエネルギーを除く総合(以下「コアコア」という。)でみると、2017年夏以降、前年比でプラスの動きが続き、生鮮肉などの食料、宿泊料や外国パック旅行費などの個人サービス、外食などを中心に緩やかに上昇していたが(第1-3-11図(2))、2018年春以降、食料品を中心に企業の価格引上げの動きが一服したことや、家事用耐久財等の耐久消費財や携帯電話通信料による押下げもあり、おおむね横ばいの動きとなった。ただし2019年に入ると、耐久消費財の押下げが徐々になくなり、プラスに転じる中、需要の高まりに加え、人件費の上昇などコスト面からの押上げもあり宿泊や外国パック旅行、外食などのサービス価格が上昇し、物価の基調についても再び緩やかに上昇している。
こうした物価動向の背景にあるマクロ経済的な要因をみるために、物価変動をもたらす様々な要因とコアコア上昇率との関係について、時差相関をとると、GDPギャップの拡大は3四半期程度、名目実効為替レートの下落(円の減価)は4四半期程度、消費者の1年後の予想物価上昇率は1四半期程度のラグを伴ってコアコアを押し上げ、輸入比率の拡大は3四半期程度のラグを伴ってコアコアを押し下げると推計される。この結果を基に、コアコア上昇率の変動を各要因に分解すると(第1-3-11図(3))、為替レートの影響については、2015年10-12月期以降に円高方向に推移したことにより、2016年10-12月期以降コアコアが押し下げられていたが、為替レートが円安方向に転じたことから、2017年7-9月期をピークに押下げ効果が剥落し、2018年に入り押上げ方向に働いている。また、予想物価上昇率による押上げ効果は、2014年から2016年にかけて縮小傾向にあったが、2017年以降は拡大傾向にある。さらに、GDPギャップが2017年4-6月期にプラスに転じたことにより、同年10-12月期以降、GDPギャップによる押上げ効果がみられる。ただし、コアコアのGDPギャップに対する弾性値は0.2程度と限定的である。
こうしたマクロ経済的な要因分析によれば、近年の物価上昇率が緩やかなものにとどまっている要因としては、GDPギャップ等による押上げがみられるものの、その物価押上げ効果はかつてに比べて限定的であることが挙げられるが、18年は残差であるその他要因が下押しに寄与しており、GDPギャップや予想物価などの変数で説明できる理論値よりも実際の物価が下振れしている。こうした背景には、消費者マインドが弱含む中で、企業による小売価格への転嫁の動きが一服している可能性が考えられる。以下では、これらの点について、詳しく分析する。
●消費者物価を取り巻く環境は物価押上げ方向に動いている
消費者物価を取り巻く環境として、経済全体の需給状況を表すGDPギャップ、単位当たりの労働コストを表すユニット・レーバー・コスト(以下「ULC」という。)、さらに消費者物価の川上にある企業物価及び企業向けサービス価格の動向を確認する。
GDPギャップは経済全体の需給状況を示したものであり、物価の動きに先行する。GDPギャップの動きをみると、バブル崩壊以降マイナスで推移することが多かったが、最近の動向をみると、2017年以降、基本的にはプラスで推移しており、物価を押し上げる要因となっている(前掲第1-3-1図)。
またULCは生産一単位当たりの労働コストであり、賃金面からの物価上昇圧力を表す。ULCの変化を、実質GDPを労働投入で除した生産性要因と名目雇用者報酬を労働投入で除した賃金要因に分解すると、2018年以降、賃金要因が大きくプラスとなることで、前年比プラスで推移している(第1-3-12図(1))。
企業物価は、原油価格の上昇などによる原材料費の上昇などによって上昇傾向にある(第1-3-12図(2))。2014年後半から2015年末にかけての原油価格の急落や、2016年の為替の円高ドル安方向への動きにより、2016年前半までに企業物価は全体的に下落したものの、2017年初以降は、原油価格及び原材料費の上昇などによって、企業物価は再び大きな上昇傾向にある(第1-3-12図(3))。2017年初に比べて2019年5月時点では石油・石炭製品は19%程度、企業物価は全体で4%程度高くなっている。
企業向けサービス価格は、人件費の上昇などにより年率1%程度で緩やかに上昇している(第1-3-12図(4))。企業に対して労働者の派遣を行うサービス価格は、人手不足により人件費が上昇する中、2017年以降は上昇率を高め、2017年初に比べ2019年5月時点で6%程度高くなっている。また、2017年後半以降に消費者物価でも値上げがみられた運輸・郵便は、企業向け価格において2014年以降緩やかに上昇を続けており、2014年初に比べ2019年5月時点で5%程度上昇している。また不動産も、水準そのものは高くはないものの、2015年初を底に上昇しており、2019年5月時点で2015年初に比べて4%程度高くなっている。このように企業の生産活動で活用される労働者派遣サービス、運輸・郵便、不動産は数年で5%程度の価格上昇がみられる。
こうした企業物価及び企業向けサービス価格の上昇は、企業にとっては企業活動のコスト増につながり、企業の生産する製品価格やサービス価格への上昇圧力になっているとみられる。
●ULCと物価の弾力性は1990年代に比べ弱まっている
このように物価を取り巻く環境は、物価を押し上げる方向になっているものの、物価の上昇は緩やかなものにとどまっている。ここでは、ULCが前年比プラスで推移し、物価上昇圧力が高まっていると考えられる中、こうした動きが消費者物価に与える影響が弱くなっている背景について確認する。
ULCの上昇が、コアコアの上昇にどの程度影響を及ぼすかについて、物価下落期に入る以前(ここでは1990年~1998年の期間で分析。)、物価下落期(ここでは1999年~2006年の期間で分析。)、今回の景気回復局面(ここでは2013年以降の期間で分析。)の3期間に分け、比較する(第1-3-13図)。なお、物価動向は、ULCの変動以外にも、労働分配率の変動の影響や資源価格など輸入物価の影響も大きく受けるため、労働分配率や輸入物価変動の影響を除した24。これら労働分配率の変動、輸入物価の変動の影響を除した値(グラフ上では修正済コアコアとしている)とULCの関係をみる(以下、本項同じ。)。コアコアとの関係をみると、物価下落期に入る以前は0.57という弾性値がみられたが、物価下落期には弾性値が0.12にまで低下し、ULCが上昇してもコアコアが上がりにくくなっていた。今回の景気回復局面では、デフレではない状況を実現し、人々のデフレマインドが徐々に和らぐ中、弾性値も若干上昇したが、0.18にとどまっており、1990年代に比べて大幅に低く、人件費上昇が物価に転嫁しにくくなっていることがわかる。
次に企業向けサービス価格とULCの関係をみると、1990年代はULCの上昇をほぼ企業向けサービス価格に転嫁できていたが、企業向けサービス価格においても、徐々に転嫁しにくくなっており、今回の景気回復局面では弾性値は0.21にまで低下し1990年代の0.92から大きく低下している。
消費者物価や企業向けサービス価格の大幅なULCに対する弾性値の低下の背景には、過去にデフレが長期間継続していたことにより、家計や企業のデフレマインドが残っていることや、価格競争の激化もあり、企業が人件費上昇を価格に転嫁しにくくなっていること、また流通の効率化等が考えられる。
●製造業と比べ、非製造業はULC上昇が単位当たり利潤を圧迫
人件費や原材料費等が上昇するなど物価上昇圧力が高まっている中で、実際に物価が上昇するか否かについては、企業の価格設定スタンスによるところも大きい。企業の視点に立つと、物価上昇圧力の高まりに対して、一定の利潤を確保するためには、いかに生産性を高めてコスト上昇を吸収するか、特に賃金上昇に見合った生産性向上を図ることにより、いかにULCを抑制するかが重要であり、それでもコスト上昇が避けられない場合には、販売価格を引き上げるか、利潤の低下を許容するかという選択が迫られると考えられる。
そこで、コスト面の動向と価格動向の関係をマクロ的にみるため、付加価値の値段ともいうべきGDPデフレーターを所得面から累積寄与度分解する。GDPデフレーターは名目GDPを実質GDPで除した値であり、名目GDPは名目雇用者報酬と名目利潤から成るため、両者を実質GDPで除した値の合計、すなわちULCと単位利潤の合計がGDPデフレーターということになる。なお、ここでの名目利潤は名目GDPから名目雇用者報酬を差し引くことで算出している。2013 年はULCの下落が押下げ要因となりGDPデフレーターは横ばいとなっていたが、2014 年以降は、物価が緩やかな上昇に転じるとともに、2015年以降は原油価格の下落が企業収益にプラスに寄与したこともあり、単位利潤の上昇によってGDPデフレーターが上昇した(第1-3-14図(1))。ただし、2015 年後半以降、生産性の上昇以上に賃金が上昇傾向となっていることからULCが上昇する中、GDPデフレーターは伸びが止まり単位利潤は低下傾向にある。
GDPデフレーターを各需要項目別デフレーターの寄与に分解すると、為替の円安方向の動きもあり輸出デフレーターが安定的にプラスに寄与する中、原油価格の低下により輸入デフレーターのマイナス寄与が2015 年以降縮小し、外需のデフレーターへの寄与が2015年半ば以降プラスに寄与している。ただし、原油価格が2016年以降再び上昇に転じたことから2016 年後半以降、輸入デフレーターのプラス寄与が縮小し、2017年10-12月期にはマイナス寄与に転じている。このように、GDPデフレーターの変動は、原油価格の変動が大きく影響していることがわかる。
次に、産業別GDPデフレーターをULC、単位利潤の2つの要因に分解する。製造業では、原油価格の低下もあり2015年に大きく単位利潤が上昇している。その間、労働生産性が上昇する中、賃上げが緩やかにとどまっていたためULCは2012年に比べて低く抑えている。こうしたことからGDPデフレーターの伸び以上に単位利潤が高くなっている(第1-3-14図(2)(3))。一方、非製造業では、2015年以降、GDPデフレーターが伸び悩む中、労働生産性の上昇以上に賃金が上昇したことでULCが上昇し、単位利潤が低下している。非製造業では、人手不足もあり賃金が上昇し、ULCが上昇する中、単位当たりの利潤を圧迫している。
単位当たりの利潤を確保しつつ、持続的な賃上げを続けるためにも賃上げに見合う労働生産性の伸びが不可欠であり、労働生産性の向上が急務である。
●販売価格の引上げが消費者に受け入れられるような付加価値の高い製品・サービスの提供が重要
企業にとって利潤の最大化は基本であり、価格引上げが企業収益にどのような影響を及ぼすかは重要な論点である。そこで、財務省の「法人企業統計」及び日本銀行の「製造業部門別投入・産出物価指数」を用いて、製造業における経常利益の変動を、売上価格要因、売上数量要因、交易条件要因(販売価格と仕入価格の差)、人件費要因、その他要因(減価償却費、支払利息等)に分解することで確認する。製造業全体では、企業収益は増加傾向にあり、2015年度、2016年度は交易条件要因による押上げが大きい(第1-3-15図(1))。これは原油価格が2016年初にかけて下落したことなどから投入価格が下落したことが背景にある。2017年度は交易条件要因による押上げの縮小がみられ、売上価格要因も僅かなプラス寄与に留まる中、売上数量要因のプラス寄与が主因となって収益が増加している。なお、人件費については、2016年度、2017年度の経常利益を押し下げている。売上価格要因はほとんど2012年比で変わっておらず、企業収益の増加は販売価格の上昇ではなく、売上数量の上昇や交易条件の改善で実現している。
業種別にみると、食料品製造業においては売上価格が上昇する中、売上数量も堅調に推移しており経常利益は増益を保っている(第1-3-15図(2))。一方、化学工業においては、売上価格が低下する中、売上数量が大幅に増加することで経常利益が上昇を続けている(第1-3-15図(3))。他方、パルプ・紙・紙加工品においては売上価格が上昇したものの交易条件の悪化や人件費の上昇により経常利益が伸びておらず、こうした業種においては価格の継続的な引上げが困難となっている。
企業が値上げを行っても消費者に実際に販売する価格に転嫁されないと消費者物価の上昇は限られる。そこで消費者に財を販売する小売業の経常利益上昇率を要因分解する。ただし、日銀の「製造業部門別投入・産出物価指数」は製造業のみで小売業のデータがないため、ここでは、仕入価格を企業物価指数の消費財(生産活動においてさらに使用、消費されることのない最終製品である最終財のうち、家計によって使用、消費されるもの)の価格、産出価格を消費者物価指数の生鮮食品を除く財の価格で代用し、売上価格要因、人件費要因、その他要因に分解した。小売業では売上価格が緩やかに上昇する中で、人件費上昇によるコスト増に加え、その他要因が下押ししており、経常利益はおおむね横ばいとなっている。仕入価格が上昇しても販売価格への十分な転嫁ができていないとみられる。小売業においても、仕入価格の上昇を販売価格に転嫁できるようにするためには、販売価格上昇を受け入られるような消費者の購買力向上、つまり力強い継続的な賃上げを続けることで雇用・所得環境の改善を続けることが重要であると考えられる。また、第4次産業革命は、同質的なコスト競争から付加価値の獲得競争への構造変化をもたらす。差別化を図り、付加価値の高い新たな製品・サービスを生み出すことにより、高付加価値に見合った価格設定のできる魅力のある製品・サービスを提供することも重要である。
コラム1-3 デフレは何が悪いのか
我が国の消費者物価は1990年代末頃から前年比マイナスで推移し、2001年4月の月例経済報告において、「持続的な物価下落という意味において、緩やかなデフレにある」と判断しました(図(1))。
デフレに陥った要因は様々分析されていますが、基本的には、<1>景気の弱さからくる需要要因、<2>安い輸入品の増大やeコマースの増加による価格低下圧力が高まるなどの供給面の要因、<3>家計や企業の予想物価上昇率の低迷の3つの要因があり、これらは相互に関連しています。
デフレは様々な経路を通じて実体経済にマイナスの影響を与えます。具体的には、実質債務負担が増加し、実質賃金や実質金利の上昇によって企業収益が圧迫され、その結果、企業は投資や賃金を減らさざるを得なくなります。また、デフレが続くと、待てば待つほど価格が下がるため、消費や投資の先送りにつながります。したがって、人々のデフレマインドが継続すると、需要の低下を通じてデフレをさらに加速させるという悪循環になります。
物価の持続的な下落がとまり、2013年末以降は、消費者物価もおおむねプラス傾向で推移しており、デフレではない状況となっています。しかし、消費者物価は緩やかな上昇にとどまっており、経済への大きなショックがあった際に再びデフレに戻る見込みがないという意味で、十分なバッファーがあるとまでは言えません。
上述のとおり企業や家計のデフレマインドが継続すると実体経済にマイナスの影響を与えるため、雇用・所得環境の更なる改善が、消費や投資の拡大につながる経済の好循環を通じてデフレ脱却を実現することが重要です。
特に我が国の賃金の伸びは欧米に比べて小さく、その結果サービス物価の伸びも弱いことから、安定的な物価上昇のためには賃金の安定的な力強い伸びが重要と考えられます(図(2))。
Δyt=Δat+αΔkt+(1-α)Δlt
このとき、労働生産性の上昇率Δgtは、下記のとおり表すことができる。
Δgt=Δyt-Δlt=α(Δkt-Δlt)+Δat