第1章 日本経済の現状と課題 第2節
第2節 家計の所得・消費動向
我が国の消費は、2014年4月の消費税率引上げ後に大きく落ちこんだものの、その後は、雇用・所得環境の改善を背景に持ち直しが続いている。本節では、こうした個人消費の持ち直しの背景にある、雇用・所得環境の改善状況や、それに支えられた最近の消費の動向を確認するとともに、消費活性化に向けた課題について考察する。さらに、2014年4月の消費税率引上げ時の経験を踏まえ、2019年10月に予定されている消費税率引上げに向けた課題に関し、考察を行う。
1 雇用・所得環境の改善
女性、高齢者の就業者が増加することで、我が国の就業者数は生産年齢人口が減少する中でも増加を続けている。また高い水準にある企業収益や人手不足を背景に、緩やかな賃金上昇が続いており、雇用・所得環境は改善を続けている。本項では、こうした、雇用・所得環境の改善状況を確認するとともに、税や社会保障負担などを除いた可処分所得の動向について確認していく。
●女性や高齢者の就業者数が大きく増加
女性や高齢者の就業者数は、企業の人手不足感の高まりに加え、健康寿命の延伸や子育て支援施策の充実などもあり、大きく増加している。2012年からの就業者数の変化をみると、生産年齢人口が減少する中、15歳から64歳の男性の就業者数は2012年に比べて44万人減少しているのに対し、15歳から64歳の女性の就業者数は同173万人増、また65歳以上の高齢者の就業者数は同255万人増と、女性や高齢者の就業者数の伸びが全体の就業者数の伸びをけん引している(第1-2-1図(1))。
雇用形態別に2012年からの雇用者数の増加幅をみると、15歳から64歳の男女では正規雇用と非正規雇用の増加幅はほぼ同水準であるのに対し、65歳以上をみると、正規雇用が30万人増えたのに対して非正規雇用は179万人増加しており、65歳以上の雇用者の増加の多くは非正規雇用となっている(第1-2-1図(2))。65歳以上の雇用者に非正規雇用についた理由を聞くと、「自分の都合のよい時間に働きたいから」との回答が全体の3分の1を占めており、2013年に比べてもその回答の割合が上昇している(第1-2-1図(3))。一方、「家計の補助・学費等を得たいから」や「正規の職員・従業員の仕事がないから」の割合は2013年に比べて若干低下している。このように、65歳以上で正規雇用よりも非正規雇用が大きく増えている要因は、正規の仕事がないためというよりも、健康寿命が延び、肉体的、精神的にも働く能力、意欲がある高齢者が増える中、自分の都合にあわせて働き方ができる非正規雇用を選んでいることが大きな要因となっていると考えられる。
●雇用者報酬の増加などを背景に可処分所得は緩やかな増加が続く
国民経済計算に基づき、家計の可処分所得の動向をみると、景気回復を背景にした雇用者数の増加や緩やかな賃金上昇を背景に雇用者報酬が大きく伸びていることを反映して、家計の可処分所得は2014年度以降4年連続で増加を続けている(第1-2-2図(1))。また、雇用者報酬に加え、株価の上昇などもあり財産所得が増加していることや、2015年度以降は社会給付が増加していることも可処分所得押上げに寄与している。
一方、家計の貯蓄率8の動向をみると(第1-2-2図(2))、2014年の消費税率引上げ時には消費の駆け込み需要があり、一時、貯蓄率はマイナスとなったが、その後は、駆け込み需要の反動減による消費の低下もあり、貯蓄率は上昇し、2018年1-3月期には消費税率引上げ前の水準であった3%程度にまで戻っており、貯蓄率の中長期的なトレンド線ともほぼ見合った水準となっている。
なお、雇用者報酬をみると、2018年度もこれまでと同様の増加が続いており、2018年度の可処分所得についてもこれまでと同様の傾向が続いているものと見込まれる(第1-2-2図(3))。
●現役世帯で、勤め先収入は増加している
次に、家計調査を利用し、世帯主の年齢ごとに可処分所得の動向をみてみよう。ここでは世帯人員の平方根で除した等価可処分所得としているため、世帯人員の変動の影響は除いている。
2012年との比較でみると、30代以下、40代、50代ともに勤め先収入が増加することで2012年に比べて可処分所得が高くなっている(第1-2-3図(1)(2)(3))。国全体の雇用者報酬のみならず、世帯単位でみても雇用・所得環境の改善が及んでいることがわかる。一方で、直接税や社会保険料などが一定程度可処分所得の押下げに効いているものの、その押下げ効果は勤め先収入の増加に比べると限定的である。
60歳以上の勤労者世帯においては、勤め先収入が2012年に比べて低くなっており、可処分所得も2012年に比べて低い状態にある(第1-2-3図(4))。ただし、本データは勤労者世帯の所得をみていることに留意が必要で、定年後に継続雇用で働く高齢者が増えた結果、契約社員や嘱託社員など相対的に給与水準の低い労働者の割合が増えたことが勤め先の平均収入を押し下げていると考えられる。他方で、勤労していない世帯の所得はかなり低い水準にあることを考慮すると、より多くの高齢者が就業することは、勤労していない世帯も含めた高齢者世帯全体でみた所得水準の底上げに寄与していると考えられる。
●世帯の平均所得は、世帯の年齢構成の変化の影響を受ける
我が国では高齢者世帯の増加が続いており、長期的な所得の動向をみる上では、高齢化の影響についても考慮する必要がある。家計調査をみると、高齢者世帯は現役世帯に比べ所得が少ないため、高齢者世帯の割合が高まることは世帯当たりの平均所得に押下げに働く。こうした影響を分析するため、家計調査を用い、世帯当たりの実収入の変化を、60歳以上の勤労者世帯の実収入の変動、60歳未満の勤労者世帯の実収入の変動、年齢分布の変化(所得額が相対的に少ない高齢者世帯の割合が増加したことなどの影響)に分けて動きをみると、60歳未満世帯の実収入が増加する一方、60歳以上世帯は先ほどみたように契約社員や嘱託社員など給与水準が相対的に低い労働者の割合が増えたことなどにより、勤労者世帯の平均でみた年収が減少する中で、若年世帯と比べて所得水準の低い高齢者世帯の割合の上昇がさらなる押下げに寄与しており、全体を平均した世帯の実収入の伸びは緩やかなものにとどまっている(第1-2-4図)。
世帯当たりの平均所得をみる際には、こうした世帯の年齢構成の変化による影響があることも考慮することが必要である。ただし、既に述べた通り、より多くの高齢者が就業することは、勤労していない世帯も含めた高齢者世帯全体でみた所得水準の底上げに寄与し、高齢者の消費に活性化にもつながるため、今後も高齢者の活躍推進が期待される。
2 家計の消費動向
良好な雇用・所得環境を背景に消費は持ち直しを続けているが、雇用・所得環境の改善に比べると個人消費の伸びは緩やかにとどまっている。ここでは最近の個人消費の動向を確認するとともに、消費を活性化するための課題について考察する。
●消費はサービスを中心に持ち直しが続く
2013年度以降の消費動向を、財とサービスに分けてみると、財の消費については、2014年度の消費税率引上げ前後で駆け込み需要とその反動減もあり大きく変動したが、2017年度以降、小幅な増加寄与となっている(第1-2-5図(1))。一方、サービス消費については、消費税率の引上げ前後で若干の変動はあったものの、2015年度以降は毎年度プラスに寄与しており、特に、2017年度、2018年度については良好な雇用・所得環境を背景に増加を続けた。
サービス消費の代表例として、外食の動向を日本フードサービス協会のデータを用いて確認すると、2016年後半から客数が微増で推移する中、客単価が増加していることより、売上げが緩やかに増加している(第1-2-5図(2))。この背景としては、雇用・所得環境が良好な中、共働き世帯が増加し、単価の高いメニューが売れること、注文の品目数を増やしていることが背景にあるとみられる。
財の消費に関し、耐久財消費の伸びが限定的である要因の一つとしては、パソコンや携帯電話の普及率が頭打ちとなるとともに、乗用車の普及率が緩やかながら低下傾向にあることが影響していることが考えられる(第1-2-5図(3))。このうち、乗用車の普及率がやや低下している背景の一つとしては、自動車の保有割合が低い大都市圏の人口割合が増加していることに加え、カーシェアリングの普及などが考えられる。他方で、家電製品については、共働き世帯が増加する中で、家事負担の軽減効果の高い家電の消費が増加している。食器洗い機の普及率をみると2005年に2割強程度であった普及率が2019年には3割強にまで上昇しているほか、冷蔵庫や洗濯機などについても家事時間を節約するような高機能の製品の売れ行きが好調となっている。
●年齢階層別にみた平均消費性向は、若年層においてやや低下傾向
個人消費は持ち直しが続いているものの、雇用・所得環境の改善に比べると緩やかにとどまっている。そこで、家計調査に基づき、年齢階層別の平均消費性向(2人以上のうち勤労者世帯)をみると、各年代ともにやや低下傾向にあるが、若年層の世帯で特に低下幅が大きくなっている(第1-2-6図(1))。
消費性向の動向を、可処分所得の変動と消費支出の変動に分解してみると、30代以下では、傾向として、可処分所得が大きく増加する中で、消費支出が伸びていないことから、消費性向が低下している(第1-2-6図(2))。
40代の動向をみると、可処分所得の増加傾向が続いている中、消費支出が伸び悩んでいることから消費性向は低下傾向となっている(第1-2-6図(3))。また50代でも、2016年以降は可処分所得が増加する中、消費支出が減少し、消費性向がやや低下している(第1-2-6図(4))。
若年層の消費性向が低い要因として、内閣府(2018)において、モノの保有を減らすミニマリスト志向、持ち家比率が高まることによる所得・債務比率の高まりなどに加え、老後への不安等、様々な点を指摘している。持続可能な社会保障制度を構築するとともに、人づくり革命を通じて、働く意欲がある者がその能力を十分に発揮できる社会をつくることなども重要である。
●世帯の平均消費は、世帯の年齢構成の変化の影響を受ける
少子高齢化の進展により、世帯主の年齢が60歳以上の世帯数の割合9は2000年の33%から2015年には45%になるなど世帯の年齢構成は大きく変化しているが、高齢者世帯は現役世帯に比べて消費額が少ないことから、高齢世帯の割合が増えることは我が国の消費の伸びを鈍化させる可能性が考えられる。そこで、家計調査に基づき、世帯主の年齢別に世帯消費支出の動向(名目ベース)をみると、60歳未満の世帯、60歳以上の世帯ともに2015年以降消費額が低下しているが、良好な雇用・所得環境もあり、60歳未満世帯の方が消費の落ち込みは小さい(第1-2-7図(1))。また、2012年と2018年の世帯消費額を比較すると、60歳以上世帯では2018年の消費額の方が低いものの、60歳未満世帯では2012年の水準と同程度となっている。
消費支出の水準を比較すると、60歳未満世帯に比べ60歳以上世帯の支出は月額で2万円程度低くなっており、消費水準の低い高齢世帯のウエイトが増加すると世帯全体の平均消費支出を押し下げる方向に寄与すると考えられる。こうした影響を分析するため、家計調査に基づき、世帯当たりの平均消費支出の変化(名目ベース)を、60歳以上世帯の等価支出の変動(世帯の人数を調整した消費の変動)、60歳未満世帯の等価支出の変動、世帯人員数の変動、年齢分布の変化(消費額が相対的に少ない高齢者世帯の割合が増加したことなどの影響)に分解した。これによると、世帯当たりの等価消費支出は、60歳未満世帯、60歳以上世帯どちらも2012年対比では増加している。他方、世帯人員が減少していることは、世帯当たりの消費を押下げる方向に大きく寄与している(第1-2-7図(2))。さらに、消費支出が相対的に低い高齢者世帯の増加による世帯年齢分布の変動要因も世帯当たりの平均消費額にマイナスに寄与している。
ただし、前項でみた通り、より多くの高齢者が就業することで、高齢者世帯全体でみた所得水準の底上げにつながっていると考えられ、こうしたことで高齢者の消費が活性化されているとみられる。今後も、高齢者の活躍推進により、高齢者消費のさらなる活性化が期待される。
●若年層の消費刺激には労働時間の短縮も重要
雇用・所得環境が改善している一方で、現役世帯においても、所得の伸びに比べると消費の伸びが緩やかにとどまっている。こうした現役世帯を含めた消費活性化のための課題を検討するために、内閣府が2019年3月に実施した「消費者の行動変化に関するアンケート調査」10(以下「内閣府消費行動調査」という。)を用い消費を活性化するためにはどのような条件が重要かを確認する。具体的には、「今後、どのような変化があれば、月々の消費額を増やすか」(3つまでの複数回答)への回答をみると、給与所得の増加が7割程度と最も大きな割合を占めており、それに次いで、社会保障の充実や雇用の安定が続いている(第1-2-8図(1))。こうしたことから、現在だけでなく将来を含めた所得環境の安定が最も重要な要素であることが示唆される。
各項目の回答状況を年齢別にみると、「必要となる教育費の低下」は30代や40代で高くなっているほか、「各種ローン金利の低下」が20代、30代で高くなっており、子育て世代や住宅を保有する世代においては、毎月の支出である教育費やローンの支払いに負担を感じていることが示唆される(第1-2-8図(2))。
一方、「労働時間の短縮」については若年層ほど高い回答となっており、20代では15%となっている。内閣府(2018)においても、労働時間が減ることにより買い物の時間が増加することが試算されていたが、働き方改革が進む中、長時間労働が是正されることにより、若年層を中心に消費が活性化されることが期待される。
なお、「株価等の上昇」は高齢層ほど高くなっており、高齢層ほど株式保有が多いため、資産効果は高齢層を中心に発生すると見込まれる。
●所得が増加した場合、旅行・レジャー消費が増加
次に、内閣府消費行動調査において、世帯年収が上昇した場合11にどの項目の支出を増やすかを確認する。「旅行・レジャー」という回答が5割弱を占めており、世帯年収の増加により嗜好品である旅行・レジャーなどのサービス消費が増えることが期待される(第1-2-9図(1))。また「貯蓄」が4割強、「ローンの返済」が1割強あるため、所得が増えた場合でも一定程度は貯蓄の増加やローンの返済にまわる可能性がある。
各項目の回答状況の年齢別の特徴をみると、「貯蓄」については若年層ほど高くなっており、先ほどみた若年層で消費性向が低下していることと整合的である(第1-2-9図(2))。また、「衣類・身の回り品」も若年層ほど高く、かつ女性の回答割合が高く、20代の女性では35%と高い割合となっている。一部で若者の消費離れも指摘されているが、若年層の女性を中心に所得が高まれば衣類・身の回り品などの消費が増加することが期待される。ただし、「耐久財の購入」については、若年層ほど低くなっており、カーシェアリングなどシェアリングエコノミーの普及などもあり一部の耐久財においては若者の消費離れが起きている可能性がある。
なお「株式等への投資」はどの年齢層でも1割弱と変わりがなく、現時点での株保有は高齢世帯ほど多くなっているものの、所得に余裕がでてくれば若年層でも他の年齢層と同程度に株式投資を増やすことが見込まれる。
以上に加え、第4節では新技術による消費喚起について確認する。特に若者は新しい製品やサービスの購入に意欲的であるため、新技術を活用した新製品・サービスの出現も若者を中心に消費を押し上げることが期待される。
3 消費税率引上げに際しての考察
消費税率の10%への引上げは、財政健全化のみならず、社会保障の充実・安定化、教育無償化をはじめとする「人づくり革命」の実現に不可欠なものであり、2019年10月に実施される予定である。政府は、2014年4月の消費税率引上げの際に耐久財を中心に消費の駆け込み需要と反動減といった大きな需要変動が生じた経験を活かし、あらゆる政策を総動員し、経済に影響を及ぼさないように対応策を策定している。本項では、消費税率引上げの影響の国際比較を行うとともに、内閣府消費行動調査を活用し、2014年4月の消費税率引上げ時の駆け込みの特徴を分析する。また消費税率引上げに伴う対応の一つとして、中小・小規模事業者の店舗でキャッシュレス決済を行った消費者へのポイント還元支援があるが、我が国におけるキャッシュレス化の動向についても確認する。
●ドイツや英国では付加価値税率の引上げ前後の景気変動が小さかった
2014年4月の消費税率引上げの際には、内閣府(2015)によると、3兆円程度の駆け込み・反動が観察されたが、日本における過去の引上げ時の駆け込み・反動は、諸外国と比較して大きいことが指摘されている。例えばIMF(2018)では、付加価値税率引上げ時における消費の伸びがどの程度低下するかをみると、OECD平均では▲0.6%ポイントの低下であるのに対し、日本では過去3回の平均は▲4.4%ポイントの低下であったと指摘している。
では実際に、諸外国と比較した消費税率引上げ前後における個人消費の動向をみてみよう。ここでの消費増税のケースは、日本は2014年4月、ドイツは2007年1月、英国は2010年1月を対象としており、税率の変化幅は日本とドイツは+3.0%ポイント、英国は+2.5%ポイントである(第1-2-10図(1))。また、増税に先立ってドイツと英国では軽減税率の適用等がとられていたが、日本でも一部減税や給付金等の措置がとられており、各国とも増税の影響を緩和するための政策がとられた。
これらのケースにおける実質個人消費12の動向を確認すると(第1-2-10図(2))、いずれの国でも消費税率引上げ前の期において消費は上昇し、消費税率引上げ時にマイナスになっているが、消費税率引上げ時の落ち込みは日本が最も大きい。ドイツについては、消費税率の引上げ前(-3期から-1期)に消費がやや上昇しているが、引上げ後の落ち込みは小さく、英国においては、消費税率引上げ前後で消費に大きな動きはみられていない。
この要因として、消費税率引上げ前後の消費者物価の動きの違いが考えられる(第1-2-10図(3))。日本ではこれまでの消費税率引上げ時に消費者物価が大きく上昇したが、ドイツや英国では税率引上げに当たり、どのようなタイミングでどのように価格を設定するかを事業者がそれぞれ自由に判断しているため、税率引上げの日に一律一斉に税込価格の引上げが行われることはなく、消費者物価の変動が限定的となっている。このため、英国やドイツでは消費税率引上げ前後に大きな駆け込み需要・反動減が発生しなかったとみられる。
●貯蓄割合が高いほど、また消費に関心のある者ほど消費の駆け込みが起きやすい
次に、内閣府消費行動調査により、2014年の消費税率引上げ時に、人々がどのような消費の駆け込みを行ったかを確認する。まず消費税率引上げ前後の対応をみると、「消費税率引上げ前に化粧品など日用品の購入量を増加させて、引上げ後は抑制した」という回答は全体の2割で、男女別では女性の方で若干回答割合が高くなっている(第1-2-11図(1))。この要因として、同アンケート調査で増税前に買い込んだ理由として、たまたま普段利用する店でセールをやっていたから、という回答が男性より女性の方が多く、女性の方が男性よりも買い物の頻度が高く消費税率引上げ前のセール情報により多く接したことも考えられる。また「消費税率引上げ前に自動車やマンション・家などの高額商品を購入した」という回答も5%程度あり、両者をあわせると全体としては4分の1程度が駆け込みを行っていたことがわかる。ただし、6割弱が「消費税率引上げ前後であまり変わらなかった」とも回答しており、半数以上の消費者は消費税率引上げがあっても消費行動を大きく変えていない。
消費税率引上げ時に駆け込みを行った消費者の属性について調べるため、「消費税率引上げ前に化粧品など日用品の購入量を増加させて、引上げ後は抑制した」及び「消費税率引上げ前に自動車やマンション・家などの高額商品を購入した」と回答した者を駆け込みがあった者とし、性別、年齢、貯蓄などでプロビットモデルによる分析を行った。まず年齢層では30代~50代の方が20代よりも高くなっている(第1-2-11図(2))。また、貯蓄割合が高い層ほど駆け込みでの購入をしており、貯蓄の有無も重要な要因であることがわかる。
なお、その他の属性との関係では、「より節約を心掛けたい」という行動特性がある者の方が駆け込みをしやすく、また「話題になったものは買いたい」、「新商品は迷わず買う」という回答も駆け込みをしやすくなっているため、常日頃から節約を含め消費に関心の高い者は駆け込みを行う傾向がうかがえる。一方で、「趣味には十分にお金を使いたい」は逆に駆け込みをする傾向が低く、趣味など買いたいものが固定的にある者については、消費税率にかかわらず必要なものに対して必要な時に支出している行動様式が推察できる。
今回の消費税率引上げにあたっては、「消費税率引上げに伴う価格設定について(ガイドライン)」を整備・公表しており、消費税率引上げ前後において、事業者が自らの経営判断により柔軟な価格設定が行えること等を明確にしている。そのほかにも、以下でも触れる、キャッシュレス・ポイント還元事業やプレミアム付商品券など、消費税率引上げ前後において消費平準化に向けた対策もとっている。こうした消費平準化に向けた取組を、事業者や消費者に確実に周知することで、消費の平準化を実現することが重要である。
●半数近くの者でキャッシュレス決済の利用頻度が高い
消費税率引上げに伴う対応の一環として、消費者がキャッシュレス決済手段を用いて中小・小規模の小売店・サービス業者・飲食店等で支払いを行った場合、ポイントを消費者に還元することとしている。内閣府(2018)でも指摘しているように、我が国は決済手段としてのキャッシュレス比率が2割程度と低いが、キャッシュレス化は様々なメリットがある。例えば、消費者にとっては、自動家計簿など消費履歴情報の管理が容易になること、大金を持ち歩くことや小銭の不便さを解消することなどがある。また、事業者にとっては、現金取扱時間の短縮など人手不足対策や生産性向上になること、増加する外国人観光客の消費需要のさらなる取り込みが可能となること、個人の購買情報を蓄積しビッグデータ分析を行うことでマーケティングを高度化できることなどがある。ここでは、キャッシュレス化の動向について、内閣府消費行動調査の結果を確認する。
キャッシュレス決済の利用頻度をみると、「ほとんど現金決済を利用しない」が4分の1程度となっており、「たまに現金で決済する」が2割強となっており、両者を合わせる(以下「キャッシュレス決済の利用頻度が高い者」という。)と半数近くとなっている(第1-2-12図(1))。属性別にみると、男性では「ほとんど現金決済を利用しない」が3割弱と女性の同2割程度と比べて高くなっているなどキャッシュレス決済の利用頻度の高い者の割合は、男性の方が若干高くなっている(第1-2-12図(2))。また、年代別では、20代の若年層ではキャッシュレス決済の利用頻度がやや低くなっている。なお、政府の実施する駆け込み需要抑制の取組を認知している者ほどキャッシュレス決済の利用頻度が高い。
内閣府消費行動調査において、キャッシュレス決済をあまり利用していない理由をみると、キャッシュレス決済では「使いすぎる可能性があるから」という回答が男性に比べて女性で高く、特に若年層の女性で回答割合が高くなっている(付図1-3)。若年層の女性を中心に、現金に比べてキャッシュレス決済では使いすぎることを懸念していることが、キャッシュレス化が進んでいない要因の一つと考えられる。ただし、若年層ではスマートフォンによるキャッシュレス決済の割合は高いことから、こうした若者に身近な決済手段の普及に伴って若年層のキャッシュレス化が進む可能性は考えられる(第1-2-12図(3))。
また、先ほどみたように消費税率引上げに伴う駆け込み需要の対応策をよく知っている者ほどキャッシュレス決済を行う傾向が高いが、キャッシュレス化を今後一層進めるためには、現在キャッシュレス決済手段を利用していない層にも、対応策の詳細やキャッシュレス化のメリットについての周知を図ることが重要である。
●住宅着工の駆け込みは限定的
最後に、前回の消費税率引上げの際に駆け込み需要がみられた住宅の動向を確認する。住宅着工の動向をみると、2016年には、金利低下による貸家建設の採算改善に加え、2015年の相続税に係る税制改正の影響もあり貸家建設が増加し、総戸数も増加した(第1-2-13図(1))。しかし、2017年以降は、金融機関の個人による貸家業への貸出の慎重化などを背景に貸家の着工が減少する中で、住宅着工も弱含み、2018年半ば以降はおおむね横ばいで推移している。
住宅ローン金利の低下により家計の住宅購入が後押しされたことなどから、持家は底堅く推移している。一方、共同分譲(マンション)については、建設用地の取得難や建設資材価格及び人件費の上昇等により販売価格が大きく上昇したこともあり、振れを伴いつつも傾向として横ばいで推移している(第1-2-13図(2))。ただし、分譲戸建(いわゆる建売住宅)は相対的に価格が低いために需要が堅調で、着工は緩やかに増加している。
こうした住宅の動向には、金融緩和による金利の低下も影響している。住宅の購入しやすさをみると、雇用・所得環境の改善に加え金融緩和による金利低下により調達可能金額(貯蓄額と住宅ローン借入可能額の合計)が2014年や2016年に上昇している(付図1-4)。こうした中、土地付き注文住宅や戸建分譲は価格が横ばい圏内で推移し住宅の取得がやや容易となる一方、マンションについては価格の上昇により住宅の取得が困難となっており、こうした金利や住宅価格の動向が住宅の着工にも影響を及ぼしているとみられる。
消費税率引上げ前の駆け込みの動向については、1997年や2014年では消費税率引上げに関する契約の特例が認められる6か月前頃をピークに駆け込みがみられたが、今回については、住宅ローン減税やすまい給付金の拡充、次世代住宅ポイント制度など政府の平準化策の効果もあり、現時点でこれまでの引上げ時のような大きな駆け込みは起きていない(第1-2-13図(3))。
コラム1-1 平成30年間の消費の変化
平成の30年間において、家計の消費はどのように変化したのかを、国民経済計算を基に確認します。
まずは、財・サービスの4分類別に、GDPベースの個人消費の構成割合の変化を確認しましょう(図(1))。名目値でみると、平成の30年間で、サービスのシェアが53%から59%に増加する一方、自動車や家電などの耐久財、衣服などの半耐久財、食料品や電気代などの非耐久財は、いずれもシェアが減少しています。モノ消費(財の支出)からコト消費(サービスの支出)へと変化したことを裏付ける結果となっています。他方、同じシェアを実質値でみると、モノ消費からコト消費という流れは変わらないが、耐久財についてはみえ方が変わっており、名目ではシェアが微減しているのに、実質ではシェアが拡大していいます。これは、耐久財の物価が大きく低下したためです。1989年から2018年にかけて、耐久財のデフレーターはおよそ3分の1となりました。技術革新が進んだことにより、同じ性能の電気製品でも、価格が大きく下がったことにより、名目の支出額が抑えられ、消費者は、実質的な負担減の恩恵を享受できたと考えられます。
次に、目的別に、実質でみた支出がどのように変化したかを確認します(図(2))。最も増加割合が大きいのは通話代やインターネット通信料の含まれる「通信」で、平成元年に比べて実質で約6.5倍となっています。ここには、携帯電話やパソコンの普及によるインターネット通信費の増加が寄与していると考えられます。実際に、この30年間におけるパソコンや携帯電話の普及率は大きく上昇しました(図(3))。平成元年には世帯当たりの普及率がおよそ10%だったパソコンは、2000年ごろのIT革命を機に普及率を伸ばし、今や全世帯のうちおよそ4分の3の世帯が保有しています。スマートフォンも、ここ数年で急速に普及率を伸ばしており、直近では約80%とパソコンの保有率を上回ったとみられます。それに伴い、インターネットの利用や、eコマースの利用世帯数も増加傾向となっており、消費者の利便性向上につながったと考えられます。
一方で、最も減少しているのは「被服及び履物」で、平成元年に比べて半分程度となりました。ファストファッションの台頭もあり、金額が下がっていることが一つの要因であると考えられます。
ただし、経済産業省(2019)のeコマースの市場規模調査によれば、物販系分野のうち「衣類・服飾雑貨等」の市場規模はおよそ1.8兆円と最も大きく、全体のおよそ19%を占めます(図(4))。eコマースは増加を続けており、こうした新しい流通チャネルの台頭が、利用端末である電子機器の普及と相まって、衣料品を含め消費全体を活性化させることが期待されます。