第1章 景気回復の現状と課題 第5節

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第5節 本章のまとめ:潜在成長率の向上へ

本章では、戦後最長に迫る今回の景気回復の特徴を概観するとともに、その持続性を家計部門、企業部門の様々な観点から確認した。また、GDPギャップの縮小と潜在成長率向上への課題について確認するとともに、デフレ脱却・経済再生に向けた進捗状況について、物価動向やその背景にある賃金動向をはじめとする諸要因の動向を分析した。さらに、第4次産業革命が進展する中で、消費行動の変化やビッグデータ・機械学習等を活用した新たな景気分析手法の可能性について考察した。その上で、財政・金融政策の動向について、国際比較を行いながら概観した。

今回の景気回復が長期化した背景には、世界経済の回復、国内における好循環の進展、技術革新や建設投資の波の到来といった3つの大きな要因が同時に寄与していると考えられる。

第一に、海外経済の動向については、世界金融危機後はじめて先進国及び新興国経済が同時に順調に回復しているとともに、第4次産業革命が進む中で、我が国が比較優位を持つ情報関連財の需要が世界的に伸びていることが、我が国経済にとって追い風になっている。今後についても、世界経済の緩やかな回復が続くことが見込まれているが、通商問題の先行き、アメリカの金利引上げが世界経済に及ぼす影響、英国のEU離脱交渉の動向等の影響、リスクには、十分留意していく必要がある。

第二に、国内における好循環については、少子高齢化により生産年齢人口が減少する中、女性や高齢者の活躍の促進により就業者数が大きく伸びるとともに、緩やかな賃上げが実現することで雇用・所得環境が着実に改善し消費が持ち直している。

第三に、技術革新と建設投資については、第4次産業革命という大きな技術革新の波の到来に対応し、新商品開発や新技術導入のための投資が進んでいることに加え、建設投資についても、都市の再開発、訪日外国人客の増加に対応した宿泊施設の増設、電子商取引の拡大による物流施設の拡大といった多方面にわたる投資需要が押し寄せている。こうした要因は、構造的な変化を反映した側面を持っており、今後も経済成長をけん引していく可能性が高いと考えられる。

今回の景気回復局面と戦後最長の景気回復であった2000年代の第14循環を比較すると、2000年代の回復は相対的に外需への依存が高く、住宅投資や公需がマイナスに寄与していたのに対し、今回の景気回復局面ではほぼ全ての需要項目がプラスに寄与し、バランスの取れた成長となっており、景気回復の頑健性は高いとみられる。また企業収益についても、2000年代の回復時と比較すると、今回の回復局面では大企業や製造業だけでなく、中小企業や非製造業を含め幅広く企業収益が改善している。また地方経済の動向を見ても、2000年代にはばらつきがみられたものの、今回の回復局面では、国内需要の回復やインバウンドの増加もあって、全ての地域で改善がみられ、景気回復の効果が中小企業や地方にも及んでいることがうかがえる。

経済の状況を把握する上で重要なポイントであるGDPギャップと潜在成長率の動向をみると、景気回復が長期化する中、GDPギャップはプラスに転じている。潜在成長率は、生産年齢人口の減少や設備投資の伸び悩みなどにより長期的に低下傾向であったが、今回の景気回復局面においては、女性や高齢者の労働参加が増加したことなどもあり上昇に転じている。今後は、一人ひとりの人材の質を高める「人づくり革命」や成長戦略の核となる「生産性革命」などの政策により、潜在成長率をさらに引き上げていくことが重要である。

景気回復の持続性を確認するために、家計部門の動向をみると、個人消費については、雇用・所得環境の改善に加え、消費税率引上げ後の駆け込み需要に伴う反動減や家電エコポイント時の需要の先食いに伴う耐久消費財の調整が終了したこともあり、持ち直している。ただし、所得の伸びに比べると、個人消費の伸びはやや力強さを欠いている面がある。この背景には、低金利環境下で住宅ローンの残高が上昇していることに加え、若年世帯においてモノを持たない傾向や将来に備えた貯蓄性向の高まりなどがみられていること等が影響していると考えられる。こうした観点からは、持続可能な社会保障制度を構築するとともに、若者が将来にわたって安心感を持てる環境を整えていくことが重要である。

また、ネットを通じた消費が年々増加してきているが、ネット消費を利用している世帯や個人の特徴をみると、現状では年齢が一定以下の層で、所得は一定以上あり、仕事のために日中の消費機会が限られている層においてネット消費が活発である傾向がみられる。ただし、ネット消費を利用している人に限れば、高齢者も含めて年齢に関わりなく一定の支出をしていることから、時間や場所を選ばず購入ができるネット消費の利便性がさらに認知されるに従い、ネット消費はさらに拡大していく可能性が考えられる。

分析手法の観点からは、小売のPOSデータといったビッグデータの利用が進んでおり、こうしたビッグデータや機械学習を活用することで、より迅速できめ細かい景気・消費動向の分析ができるようになる可能性が考えられる。

企業部門の回復の持続性については、企業の体質強化の取組もあって企業収益は過去最高となり、損益分岐点比率が大きく低下していることにより、外的ショックに対する頑健性も高まっていると考えられる。他方、人手不足への対応が大きな課題となっている。人手不足感の高い企業の多くは売上や収益が増加しているが、人手不足による事業規模の縮小といった企業経営への悪影響も一部の企業にはみられている。求人と求職のミスマッチが依然としてあることや今後さらに人手不足感が高まる可能性があることを考慮すると、人材育成や省力化投資などによって、企業の生産性を更に高めていくことが重要である。

デフレ脱却に向けた物価の動向については、食料品価格や人件費上昇を反映した個人サービス価格の上昇を背景に、消費者物価は緩やかに上昇しているが、再びデフレに戻るおそれがないという意味で、デフレ脱却には至っていない。国際比較によると、グローバル化が進む中、世界的に財の価格については輸入品との競合等によって上昇しにくいが、サービス価格についてはアメリカなどでは人件費上昇を反映して上昇している。より力強い賃上げを実現することによって、消費者の購買力を高め消費を拡大させつつ、サービス価格を中心に物価が上昇することが望まれる。

賃上げについては、2018年の春季労使交渉では月例賃金や一時金のみならず諸手当込みの総額で3%程度の賃上げを実現した企業もあるなど進展がみられた。他方、一部の企業では、一旦ベアを行うと将来的に引下げが困難になると考えていることや、固定費になりにくい一時金の引上げで対応する傾向もみられる。賃上げの動きをさらに続けていくためには、企業の労働生産性を着実に高めるとともに、技術革新を生産性向上につなげる未来投資を促すことで、賃上げの原資をしっかりと確保することが大きな課題である。

デフレ脱却の実現に向けて、日本銀行は強力な金融緩和策を継続している。国際的に金融政策の動向をみると、世界金融危機後には、日本のみならず欧米でも非伝統的な金融政策をとることで、景気の回復と物価の安定が図られてきた。ただし、米国では物価上昇率が目標とする2%に近づく中で、一足早く出口戦略に取りかかっており、今後の世界経済への影響には留意する必要がある。

財政運営については、国際的にも、世界金融危機によって悪化した財政再建への取組がみられる。我が国においても、経済再生と財政健全化に着実に取り組み、2025年度の基礎的財政収支の黒字化実現に向け経済・財政一体改革を進めていくことが重要である。

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