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第4節 まとめ

本章では、物価上昇の持続性を検証した上で、デフレ脱却にとって重要となる時間当たり賃金と物価の関係、実質賃金の上昇と労働参加拡大への課題について考察した。要点をまとめると次のようになる。

金融面に課題は残るものの、デフレ脱却に向けて着実に前進

2013年に物価の基調が変化する起点となったのは円安方向への動きを背景とした輸入物価の上昇であった。その後、輸入物価の上昇の影響は一巡し、予想物価上昇率の上昇が消費者物価の上昇に寄与するとともに、需給ギャップも着実に縮小している。企業の価格設定行動にも変化がみられ、付加価値デフレに歯止めがかかっている。ただし、消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動もあって、2014年4-6月期には一旦需給ギャップが拡大しているとみられる。今後とも物価の上昇基調が続くためには、景気が緩やかな回復基調に復帰し、需給ギャップが着実に縮小していくことが必要である。

品目別の価格動向をみると、価格が上昇する品目の割合は着実に上昇し、サービス価格の価格上昇率の分布は総じて上方にシフトしている。日本のサービス価格の上昇率はアメリカやユーロ圏と比べて依然として低いものの、賃金上昇率や需給の改善を背景に外食、建設、宿泊を中心にサービス価格は上昇している。今後、こうした動きが一般サービスの価格に広がることが期待される。

物価を取り巻く環境をみると、需給ギャップは中小企業を中心に大幅に改善している。下落が続いてきた単位労働コストは2013年後半以降、上昇の兆しがみられる。物価、需給、金融の動向を表す指標を組み合わせたデフレリスク指数をみると、デフレ脱却に向けて改善の動きがみられた2007年と同じ水準までリスクは低下しており、デフレ脱却に向けて着実に前進している。しかし、過去3年間の銀行貸出残高の累積の伸びが10%未満にとどまるなど金融面の指標の改善は緩やかなものとなっている。デフレ脱却に向けて引き続き強力な取組が求められている。

名目賃金は底堅く推移し、ベースアップの動きにも広がり

我が国全体の名目雇用者所得は、景気回復に伴う雇用者数の増加等により、2013年に入って持ち直しに転じた。さらに、一般労働者の一人当たり名目賃金とパートタイム労働者の時給は、いずれも緩やかに増加しており、個々の労働者の雇用・所得環境は着実に改善している。一般労働者については、2012年末以降の景気の持ち直しに伴う企業収益の改善や生産活動の活発化等が、特別給与と所定外給与の増加を通じて、一人当たり名目賃金の押上げに寄与している。パートタイム労働者については、労働需給の改善が時給の上昇につながっている。

景気の持ち直しや企業業績の回復等を背景に、2013年後半以降、賃金引上げ機運が高まっている。内閣府のアンケート調査の結果に基づくと、賃金引上げの動きは、大企業に限ったものではなく、中小企業においても着実に広がっている。また、我が国の雇用環境が改善する中で、2014年度にベースアップを見込む企業は、「労働力の確保・定着」も重視する傾向にあり、建設、飲食店、医療・福祉等において労働者の確保や定着が重要な課題となっている。

主要国先進5か国の時間当たり名目賃金と企業収益の関係をみると、日本は、他国に比べて、企業収益が増加しても一人当たり名目雇用者報酬が上昇しにくい状況にある。そのため、今後の課題としては、成長戦略を着実に実行することによって企業の生産性が高まって収益が増加し、それが労働者に適切に配分されることが重要である。

デフレ状況でなくなり、デフレ脱却が視野に入る中で、実質賃金上昇の展望が開けつつある。この好機を捉えて経済の好循環を実現し、デフレからの脱却をより確かなものにしていく必要がある。デフレでない時期に限ってみると、ドイツ以外の主要先進5か国では、時間当たり名目雇用者報酬の伸びが物価上昇率を上回ることが多く、これは実質賃金がプラスで推移する傾向にあることを意味する。しかし、我が国のデフレ期には、時間当たり実質雇用者報酬が低下することが多い。そのため、デフレ脱却への道筋を確かなものとすることが実質賃金の上昇のためにも重要である。

労働の質の改善で賃金上昇を定着、女性と高齢者の活躍で労働力を確保

長期的な時間当たり実質賃金の上昇のためには、労働生産性の向上を図る必要がある。我が国では、主要先進国に比べてやや硬直的な労働市場が労働生産性を下押ししている可能性があり、労働移動支援型の政策対応等によって雇用の流動性を改善させ、労働時間規制の見直しやジョブ型労働市場の整備によって働き方の柔軟性を高めることが重要である。

企業の賃金決定要因をみると、基本給については、「職務遂行能力」を重視する企業が最も多く、企業の人材育成システム等を通じて着実に職務遂行能力を向上させた社員ほど賃金の上昇が期待できる。非正規社員と中小企業社員では、職業教育訓練による人材育成機会が少ないことが職務遂行能力向上の障害になっているおそれがある。産業別に人材育成の課題と賃金カーブの上昇率の関係をみると、人材確保及び定着に問題を抱えている産業ほど賃金が上昇しにくい傾向にある。

我が国では、長期的に労働投入が減少する中で、女性と高齢者の労働参加を促進することが重要な課題である。我が国の労働力率はOECD平均並みの水準にあるが、子育て世代の女性の労働力率は他の主要先進5か国や北欧諸国を大きく下回る。労働者が希望する働き方で雇用されるという前提に立った上で、今後、子育て女性と高齢者の労働参加によって短時間労働者を含む非正規労働者が増加した場合、それは我が国全体の時間当たり賃金を押し下げる面がある。しかし、女性と高齢者の労働参加の拡大は労働供給を増やす点では好ましいことであり、重要なことは個々の労働者の賃金上昇を実現することである。

女性の活躍を促進する際には、労働参加という量的活躍と幹部登用等の質的活躍の両面が重要である。女性の労働参加については、労働力人口を、子育て対策の進展によって約100万人、労働力率を北欧諸国並みまで引き上げることで約400万人増加させる余地がある。また、企業は、女性の管理職登用を積極的に行うとともに、管理職を希望しない女性社員に対しても、専門性や技能を向上させることができるキャリア形成の道を整備する必要がある。こうした質的活躍は、女性の平均賃金の上昇にもつながる。高齢者は個々の就業能力が大きく異なるものの、我が国には働く意欲の高い高齢者が多いことから、定年年齢の柔軟化や健康寿命を延ばす取組によって、彼らの労働参加を促すことが求められる。

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