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第3節 実質賃金上昇と労働参加拡大への課題

本節では、労働者の実質賃金の上昇を確保するための課題、少子・高齢化が進む中での雇用構造の変化と労働参加の拡大をめぐる論点について考察する。まず、長期的な時間当たり実質賃金の上昇のためには労働生産性の向上が必要であるという観点から労働生産性の決定要因、企業の賃金決定の特徴と人材育成の課題について検討する。次に、労働力率と女性雇用者比率の国際比較等を通じて我が国の労働参加の現状を分析する。その際、女性と高齢者の労働参加拡大に伴う雇用構成の変化が我が国全体の時間当たり賃金に及ぼす影響についても考察する。最後に、女性が労働参加を進めた場合に労働力人口がどの程度増加するのか、高齢者の労働参加の障害になっているものは何か、という点についても論ずる。

1 実質賃金の上昇と労働の質的改善

前節で確認したように、実質賃金の上昇を長期的に図っていくためには、労働生産性の向上が重要であり、そのためには労働者の質を改善し、職務遂行能力を高めていく必要がある。そこで、以下では、マクロの視点から労働生産性の決定要因等について分析するとともに、企業や労働者の視点から人材育成の課題等について検討する。

(1)労働生産性の向上と労働の質

ここでは、労働生産性を寄与度分解することによって、我が国の労働生産性が長期的に低下してきた背景について検討する。また、主要国のデータを用いて、労働生産性と雇用の流動性を示す雇用調整速度の間にみられる関係を確認する。

労働生産性の上昇に対する労働の質の相対的な重要性が増大

まず、我が国全体の労働生産性の推移をみると、1980年代以降、上昇率が低下している(第2-3-1図(1))58。1990年代は、バブル崩壊等を背景に製造業、非製造業共に大きく低下した。2000年代は、国内景気の低迷やデフレの中で、非製造業の低下が顕著であった(第2-3-1図(2)、(3))。労働生産性と時間当たり実質賃金の間の右上がり関係を踏まえると、2000年代に実質賃金が低迷した要因としては、非製造業の労働生産性が低下した影響が大きいと考えられる。

次に、労働生産性の変化率を、(1)労働の質、(2)資本装備率、(3)全要素生産性(TFP)の3つに分解すると以下のことが指摘できる59。第一に、1990年代の労働生産性の低下はTFPの寄与が低下した影響が大きい。これは、製造業、非製造業共にTFPのプラス寄与が1980年代の半分以下に低下したことによる。TFPには様々な要因が含まれているため、その原因を特定することは困難であるが、企業でITの有効活用が進まなかったこと、バブル崩壊後の需要の大幅な減少等が指摘されている60

第二に、資本装備率は1980年代の労働生産性の上昇に最も大きく寄与していたが、その後はプラス寄与が縮小傾向にある。資本装備率の寄与度を資本ストックと労働投入に分けると、1980年代は、設備投資の増加等を背景に、資本ストックが大幅に伸びていた(第2-3-1図(4))。しかし、1990年代以降は、労働投入の減少が資本装備率の上昇に寄与する一方で、設備投資の抑制等によって資本ストックの伸びが大きく鈍化したことから、資本装備率の寄与度も縮小した。

第三に、労働の質は、製造業と非製造業のいずれにおいても、安定してプラスに寄与している。この背景としては、労働者の熟練の蓄積、高学歴化や平均勤続年数の上昇等が挙げられる。さらに、1990年代以降、TFPと資本装備率のプラス寄与が大きく低下した結果、労働の質の影響度が相対的に高まっている。今後とも、熟練の蓄積等を通じて労働の質を持続的に高めていくことが労働生産性を向上させるために重要な課題となっている。

雇用調整速度が速い国ほど労働生産性が高くなる傾向

我が国の労働生産性に関しては、硬直した労働市場が労働生産性を下押ししているとの指摘が多い。これは、成長が期待される産業に労働者が移動しないと産業の新陳代謝が進まず、一国全体の労働生産性が低下するという議論を反映したものである。この問題について、主要国の労働生産性の伸びと雇用の流動性を示す雇用調整速度の関係によって確認しよう。ここで、雇用調整速度とは、現実の雇用者数が望ましいと考えられる雇用者数に近づく速さのことであり、その決定要因として、内閣府(2009)は、(1)非正規雇用比率、(2)雇用保護規制の度合い、の二つを挙げている61

長期的にみると、雇用調整速度の速い国ほど労働生産性の上昇率が高くなるという右上がりの関係が確認される(第2-3-2図)。これは、労働市場の硬直化が労働生産性を低下させるという仮説を支持する結果である。前述した労働生産性と実質賃金の関係を併せて考えると、雇用の流動性の改善は、労働生産性の上昇を通じて、実質賃金の押上げに寄与することを示している。日本の雇用調整速度は主要国平均をやや下回る水準にあり、アメリカを大きく下回っている。

我が国は、労働移動支援型の政策対応等によって雇用の流動性を改善させることや、労働時間規制の見直しやジョブ型労働市場の整備によって働き方の柔軟性を高めることにより、それを労働生産性の向上、実質賃金の上昇につなげることが重要である。雇用の流動性を改善させる際には、労働者が自らの能力を発揮できる職場に円滑に移動できるような環境を整備することによって、失業なき労働移動を目指すべきである62

(2)賃金の決定要因と人材育成の課題

生産活動を行う企業の立場からみると、労働の質の向上は人材育成という視点で捉えることができる。ここでは、まず賃金カーブの形状とそのシフトを通じて我が国に特徴的な年功賃金について概観する。次に、企業の賃金決定要因を確認することによって、賃金上昇のためには人材育成を通じた労働者の職務遂行能力の向上が重要であることを示す。最後に、企業の人材育成における課題について整理する。

労働生産性を高め賃金カーブを上方にシフトさせることが重要

我が国の企業における賃金システムの特徴として「年功賃金制度」が挙げられる。これは、労働者の賃金が年齢及び勤続年数に伴って上昇する仕組みである63。このような雇用慣行を前提にして、企業は労働者の生産性を高めるために人材育成を促進し、社員は職業能力を高めるために社内研修や自己啓発等に取り組んできた。こうした賃金システムの特徴を、年齢別と勤続年数別の賃金カーブによって確認しよう。

男性の賃金は、年齢別でみると40歳台後半~50歳台前半まで、勤続年数でみると年数が長くなるにしたがって上昇する傾向がある(第2-3-3図(1)、(2))。また、賃金カーブの水準をみると、1981年から1990年にかけて水準が大きく上方シフトしたが、国内景気の低迷やデフレ等を背景に、2000年以降は賃金水準に大きな変化はみられない。これは、いずれの年齢及び勤続年数をみても同様である。女性も勤続年数に応じて賃金が上昇する傾向にあるが、勤続年数が男性に比べて短いことや非正規社員の比率が高いこと等から、年齢別の賃金カーブには明確な右上がりの傾向はみられない(第2-3-3図(3)、(4))。

こうした雇用慣行の下で、賃金上昇を幅広い階層で実現するためには賃金カーブを継続的に上方シフトさせる必要がある。すなわち、企業の人材育成や社員の自己啓発等を通じて労働の質を高めて生産性の向上を図り、その結果として改善した企業収益が労働者に適切に配分されることを通じて、各年齢及び各勤続年数の賃金水準を持続的に上昇させることが重要である。

職務遂行能力の向上で基本給が上昇し、それが賞与にも反映

それでは、企業は賃金をどのように決定しているのだろうか。ここでは、厚生労働省の「就労条件総合調査」の結果を利用して、基本給と賞与の決定要因を確認する。

基本給については、「職務遂行能力」を重視する企業が最も多く、管理職と管理職以外の一般社員に大きな差はない(第2-3-4図(1))。規模別には、大企業ほど職務遂行能力を賃金決定の際に評価する傾向が強い。一般的に、社員の職務遂行能力は業務研修や職務経験によって高められることから、企業の人材育成システム等を通じて着実に職務遂行能力を向上させた社員ほど賃金の上昇が期待できる。

企業の回答割合が2番目に多いのは、「職務・職種など仕事の内容」であり、企業規模が小さいほど回答割合が上昇する傾向にある。この背景として、中小企業においては、専門的な仕事に従事する社員も多いことから、その仕事内容を基本給に反映することによって、社員の能力を評価する傾向が大企業より強いと考えられる。

また、2001年から2012年にかけて企業の回答割合が大きく低下しているのは、「年齢・勤続年数」、「業績・成果」である。前者については、国内景気の低迷や非正規社員の増加等を背景に、前述した我が国に特徴的な年功賃金の慣行が以前に比べて弱まっていることが指摘できる。後者については、大企業を中心に1990年代後半から導入が進められた成果報酬制度が、2000年代後半になって見直され始めたことの影響が考えられる。実際、企業の賃金制度の見直し内容として「業績・成果給部分の拡大」と回答した企業割合をみると、いずれの規模においても1999年から2004 年にかけて回答割合が高まり、大企業の回答割合の方が中小企業より大きい(付図2-8)。しかし、その後は、2007年に「300~999人」と「1,000人以上」の回答割合が低下に転じ、2010年は全ての規模の企業が低下する等、成果報酬制度を導入する企業が大きく減少したことがうかがえる。

賞与の決定要因は、「短期の個人の業績・成果」、「短期の事業部門、会社の業績・成果」等の短期的な要素が評価される傾向にあり、組織を運営する管理職は相対的に後者の要因が強く、管理職以外の一般社員は前者の要因が強い(第2-3-4図(2))。また、「基本給を基準としている」という回答割合が多いことから、社員の職務遂行能力の向上は、基本給の上昇を通じて、賞与の評価にも間接的に反映されている。

非正規社員と中小企業の社員は職業教育訓練を受けにくい傾向

企業の人材育成への関わり方とその実施状況について、能力開発方針と職業教育訓練の実施状況から概観する。労働者の能力開発方針に対する企業の考え方をみると、正社員と非正規社員のいずれも企業主体(「企業主体」と「企業主体に近い」の合計)と回答する企業割合が高い(第2-3-5図(1))。すなわち、企業の多くは、労働者の能力向上によって生産性を高めるために、自らが主体となって従業員の人材育成を行うべきと考えている。こうした意識は、非正規社員より正社員の方が強く、正社員の中では大企業ほど強い傾向にある。

労働者の人材育成に向けた企業の職業教育訓練に関して、日常の業務の中で行われる「計画的なOJT(On the Job Training)」、通常業務を一時的に離れて行う「OFF-JT(Off the Job Training)」の実施状況を確認する。第一に、企業の職業教育訓練は、非正規社員より正社員、中小企業より大企業において実施されることが多く、これは企業の能力開発方針に対する考え方と整合的である(第2-3-5図(2))。第二に、前述したように、大企業は基本給の決定において職務遂行能力を評価する傾向が強いが、それと同時に、職業教育訓練を通じて労働者の職務遂行能力の向上にも積極的に取り組んでいる。第三に、非正規社員と中小企業の社員は職業教育訓練による人材育成機会が少なく、そのことが賃金カーブを緩やかにしている可能性がある64

人材育成が産業別の賃金カーブに一定程度影響

こうした人材育成の有無が正社員の賃金に与える影響を、産業別の賃金カーブによって検討しよう。まず、賃金カーブを産業別にみると、いずれの産業においても40歳台の後半以降まで賃金が上昇する傾向があるが、その上昇幅は産業ごとに異なっている(第2-3-6図(1))。「電気・ガス・水道」、「情報・通信」、「金融・保険」、「学術研究・専門・技術サービス」は賃金カーブの傾きが大きい一方で、「宿泊・飲食」や「生活関連・娯楽」は緩やかなものとなっている。また、「製造業」は、「全産業」とおおむね同じ形状である。

一般に、賃金カーブの傾きは年功賃金制度の度合いや労働者の職務遂行能力の向上等に影響されると考えられている。また、産業ごとの賃金水準の差は、労働生産性(名目ベース)の違いを反映していると考えられ、賃金カーブの傾きが大きい産業ほど賃金の水準も高いという傾向がある65。そこで、人材育成の実施状況と賃金上昇率(50~54歳の給与額÷25~29歳の給与額)を散布図に描くと、両者に右上がりの関係が観察される(第2-3-6図(2))。年功賃金等の制度要因66も含まれる点には留意が必要であるが、この結果は、人材育成の実施を通じて労働者の職務遂行能力等を高められれば、賃金上昇率が大きくなることを示している。

また、産業別にみると、企業の人材育成は職業能力評価と併せて実施される傾向が強い(第2-3-6図(3))。この背景としては、企業が人材育成を効果的に行うために、職業能力評価の導入によって、労働者に職務遂行能力の向上を促していること等が挙げられる。

景気低迷時の人員削減が企業の人材育成に悪影響

これまでみてきた企業の人材育成については、いずれの企業規模別においても6割以上で問題があると考えられている(第2-3-7図(1))。ここでは、その具体的な問題点を確認することによって、今後の課題を明らかにする。

第一に、職場の育成体制に関係する「指導する人材が不足している」や「人材育成を行う時間がない」という問題点が上位2位を占めている。この背景としては、2000年以降の国内景気の低迷やデフレ等によって、企業が人員削減のようなコスト抑制策を進めた結果、労働者一人当たりの仕事量が増大したこと等が挙げられる。

第二に、規模の小さな企業ほど「鍛えがいのある人材が集まらない」や「育成を行うための金銭的な余裕がない」の回答割合が高い。前述したように、企業の職業教育訓練は規模が小さな企業ほど実施されない傾向が強いが、中小企業においては、優秀な人材の確保やコスト面に課題が存在すると考えられる。

第三に、産業別にみると、製造業で「指導する人材が不足している」という回答割合は、全産業の平均と比べて高い(第2-3-7図(2))。これについては、リーマンショック後の景気後退や円高進行等を受けて、製造業で大規模な人員削減が進められたこと等の影響が指摘できる。また、「宿泊飲食」、「生活関連・娯楽」、「医療・福祉」では、「人材を育成しても辞めてしまう」と回答する企業割合が目立ち、これらの業種における離職率の高さを反映している。

2-3 人材育成の課題と平均勤続年数

本文で述べたように、企業は自らが主体となって人材育成を行うべきと考えているが、実際に人材育成を行う際には、人材面やコスト面の障壁についても想定する必要がある。そこで、企業が人材育成を行う際の課題について、平均勤続年数との関係に焦点を当てて分析する。

まず、人材育成の課題と平均勤続年数を散布図に描くと、平均勤続年数が短いほど、人材育成の問題点として「人材を育成しても辞めてしまう」と回答する割合が高くなっており、平均勤続年数の短さが人材育成の障壁となっていることが確認できる(コラム2-3図(1))。「電気・ガス・水道」といったインフラ産業については、従業員の平均勤続年数が長く、従業員の離職は人材育成の課題となっていない。他方、平均勤続年数の短い「医療・福祉」、「宿泊・飲食」、「生活関連・娯楽」については、従業員の離職が人材育成の大きな障壁になっている。

また、平均勤続年数と人材育成の実施状況の関係を確認すると、右上がりの正の相関が確認できる(コラム2-3図(2))。これは、平均勤続年数の長い産業で人材育成が実施される傾向が強いことを示しており、「電気・ガス・水道」で人材育成の実施割合が高く、「宿泊・飲食」と「生活関連・娯楽」は低い。ただし、「医療・福祉」は平均勤続年数が短い割には、人材育成の実施割合が高く、トレンド線の上方に位置している。ここで、企業側の意思決定を考察すると、企業が人材育成を実施するのは、人材育成を行うことで得られる利益が人材育成コストより大きいときである。「医療・福祉」が人材育成に積極的なのは、この産業が専門的な技能を必要とする分野であり、人材育成を通じた労働者の技能習得によって得られる利益がそのコストを上回っているためだと考えられる。

こうしたことから、企業が主体的に人材育成を行い、その結果として労働の質を向上させるためには、専門的な技能を要せず労働者が流動的な「宿泊・飲食」、「生活関連・娯楽」等において、人材を定着させる取組が必要であることを示唆している。

人材確保及び定着と賃金上昇率は相互に影響

このような人材育成の問題点は労働者の賃金にどのように影響するのだろうか。そこで、賃金上昇率(50~54歳の給与額÷25~29歳の給与額)と人材育成の問題点のうち「鍛えがいのある人材が集まらない」及び「人材を育成しても辞めてしまう」の相互関係について確認しよう。

産業別のデータを利用して散布図を描くと、両者の間には右下がりの関係が観察される(第2-3-8図)。この結果を企業側からみると、優秀な人材が確保できない産業や人材がなかなか定着しない産業では、人材育成を通じた職務遂行能力向上が見込みにくいことなどから、企業経営者は労働者の賃金上昇を抑制させる傾向にあることを示している。他方、労働者側からみると、能力の高い人材は賃金の上昇が見込めない企業に就職したがらないこと、長期間勤務せずに転職してしまうことを意味する。

こうした問題が大きい産業としては、非製造業の「宿泊・飲食」、「医療・福祉」、「生活関連・娯楽」が挙げられる。これらの産業においては、労働生産性の向上を進める中で、優秀な人材の確保や定着を通じて人的資本を蓄積することが課題となっている67

2 雇用構造の変化と時間当たり賃金

我が国では、人口減少に伴う労働供給制約が一国全体の所得に対して押下げに作用する。その影響を緩和するために、女性と高齢者の労働参加を促進することが重要であるが、そうした雇用構造の変化は労働時間の短時間化を進めると同時に、我が国の時間当たり賃金に影響を及ぼす。そこで、ここでは、性別・年齢別の労働力率の分析を通じて我が国の労働参加における現状と課題を明らかにするとともに、相対的に賃金の低い高齢者の雇用拡大が時間当たり賃金を押し下げるのではないかという論点についても考察する。まず、潜在労働力率の推移によって労働力率の構造的な変化を確認する。次に、国際比較を通じて、我が国の労働力率と女性の雇用者比率にみられる特徴を整理する。最後に、我が国の雇用構造の変化が時間当たり賃金に与える影響について、男女別及び年齢別、産業別に検討する。

(1)労働力率の構造的な変化

我が国の労働参加の現状を考える上で、労働力率の動向と特徴を明らかにすることが有用である。ここでは、労働力率の傾向的な変化を示す潜在労働力率の分析を中心にして、我が国の労働参加の課題について論ずる。

労働投入が減少する中で女性と高齢者の労働力化が重要

我が国は少子高齢化が進行する中で、労働力人口も減少に転じており、労働面の供給制約が懸念される。独立行政法人労働政策研究・研修機構の推計値(現状シナリオ68)によると、2030年の労働力人口は5,683万人となり、2013年から890万人以上も減少することが見込まれる(第2-3-9図(1))。労働力人口の大幅な減少は、就業者数の減少を通じて我が国全体の所得を押し下げるとともに、潜在成長率の低下をもたらす可能性もある。そうした影響を低減するためには、国民の労働参加を促進して労働力率の引上げを図り、労働力人口の減少ペースを緩和させる必要がある。

2013年の男女別、年齢階級別の労働力率を確認すると、以下のような特徴が指摘できる。第一に、男性の労働力率は25歳~59歳まで90%を超えており、更に上昇させる余地はほとんどない(第2-3-9図(2))。第二に、女性の労働力率は、子育て世代にあたる25~44歳に低下する傾向が強く、当該年齢階級の労働力率は他の主要先進国や北欧諸国と比べても低い。第三に、高年齢者雇用安定法等を背景に、60歳以上の労働者が働ける環境整備が進められており、その年齢層の労働力率を上昇させる余地が生まれている。以上のことから、我が国全体の労働力率を引き上げるためには、子育て世代の女性と高齢者の労働力参加を進めることが重要な課題となっている。

女性の子育て世代の潜在労働力率は長期的に上昇

我が国の労働力率の構造的な変化を分析するために、潜在労働力率を男女別、年齢階級別に分けて算出し、その特徴について概観する69。ここで、潜在労働力率とは、労働力率の過去のトレンドからみて平均的な水準のことである。まず、我が国全体の潜在労働力率は、1970年代半ばから1990年代半ばまで横ばいで推移した後、それ以降は低下を続けている(第2-3-10図(1))。低下局面における男女別の推移をみると、男性は速いペースで低下していたが、女性は2000年代半ばまで緩やかに低下した後に横ばいで推移しており、両者は対照的な動きを示している。

次に、女性の年齢別の推移を確認すると、25~64歳の潜在労働力率は長期的な上昇トレンドにあり、女性の潜在労働力率の上昇は幅広い年齢層で進んでいることが分かる。特に上昇ペースが速いのは25~34歳であり、これは未婚化・晩婚化が進行したことや有配偶者の労働参加率が上昇したことによる。現在、女性の労働力率は男性よりかなり低い水準にとどまっているが、長期的な傾向をみると、女性の労働参加が着実に進んでいることが明確に確認できる。

最後に、労働力率の水準が最も低い65歳以上の高齢者については、男女共に1990年代前半から2000年代半ばまで潜在労働力率が低下傾向にあった(第2-3-10図(2)、(3))。この背景としては、生活に十分な年金を受給できる高齢者が増加したこと、高齢化の進行で65歳以上の高齢者の中でも労働力率がより低い75歳以上の高齢者の比率が増加したこと、自営業者の減少、厳しい雇用情勢の中で高齢者の雇用が抑制されたことが挙げられる。しかし、2004年末に改正高年齢者雇用安定法が成立した頃から、高齢者の労働力率の低下傾向に変化がみられ、男性の労働力率はおおむね横ばいで推移し、女性は緩やかに持ち直している。

少子高齢化による人口構成の変化が潜在労働力率を押下げ

さらに、潜在労働力率の変化を人口構成の変化と労働力率の変化という二つの要因に分解することによって、その影響について検討しよう。第一に、2000年代前半から、女性の労働力率の上昇が潜在労働力率の押上げに寄与しているが、男性と女性の人口構成の変化による押下げ効果がそれ以上に大きく、全体として低下傾向が続いている(第2-3-11図(1))。男性の労働力率の変化もマイナスに寄与しているが、2010年頃から改善の動きがみられる。

第二に、人口構成の変化による影響を男女別、年齢別に確認すると、少子高齢化の進行によって労働力率が最も低い65歳以上の人口構成比が高まっていることや、労働力率が相対的に高い25~34歳の人口構成比が低下していることがマイナスに大きく寄与していることが分かる(第2-3-11図(2)、(3))。少子高齢化の進む我が国では、こうした人口構成の変化による押下げ効果が今後も続くことが見込まれるということに留意する必要がある。

第三に、男女共に65歳以上の労働力率の上昇がプラスに寄与しているものの、そのプラス幅は小さい(第2-3-11図(4)、(5))。高齢者の労働力率を短期的に高めることは、健康問題等から難しく、そのプラス寄与は今後も小幅なものにとどまる可能性が大きい。

(2)労働力率と女性労働者比率の国際比較

ここでは、我が国の労働力率にみられる特徴を国際比較によって明らかにする。特に、今後労働参加の拡大が期待される子育て世代の女性や高齢者の労働力率が、国際的にどのような水準に位置しているかを確認する。

我が国の労働力率はOECD平均並みの水準

我が国の年齢階級別の労働力率をOECD諸国平均と比べると、次のような特徴が指摘できる。まず、年齢階級全体の2012年の労働力率をみると、我が国の労働力率は、男性がOECD平均を若干上回る一方で、女性が下回っていることから、男女を合計すると、おおむねOECD平均並みの水準にあることが確認される(第2-3-12図)。

次に、女性の子育て世代にあたる25~44歳の労働力率をみると、25~29歳に関してはOECD諸国平均を上回っているものの、30~44歳はOECD諸国平均を下回っている。また、我が国の子育て世代の女性は、国際的に労働力率が低いと指摘されることが多いが、過去と比べると、最近はその状況が改善している。これは、我が国の未婚化・晩婚化や有配偶者の労働力化が他国よりも早いペースで進展したことを示している。

最後に、中高年以降(50歳以上)は、男女共にOECD諸国を大きく上回っている。我が国では高齢者の労働参加が重要な課題とされるが、国際的にみると、我が国の高齢者は勤労意欲の高い人が多い。

女性の労働力率は主要先進国や北欧諸国の水準まで改善の余地

これまでは、我が国の労働力率をOECD諸国平均と比較してきたが、ここではOECD各国との比較を行う。まず、OECD各国における男性と女性の 2012年の労働力率を散布図にすると、全体的に右上がりの傾向がみられ、アイスランド、スウェーデン、ノルウェー等の北欧諸国の労働力率が高いことが分かる(第2-3-13図(1))。1970年の日本人男性の労働力率は2012年のアイスランド並みに高かったが、前述のとおり、その後は日本人男性の労働力率が低下傾向にあったことから、2012年はOECD諸国平均を少し上回る水準にとどまっている。

また、子育て世代の女性と高齢者の労働力率を散布図でみると、日本の高齢者の労働力率は、アイスランドやスウェーデンには及ばないものの、ノルウェーやスイスと同程度にある(第2-3-13図(2))。そのため、主要国と比較しても、日本の高齢者の労働力率は高いといえる。日本の子育て世代の女性の労働力率は、1970年には非常に低い水準にあったが、その後上昇して、2012年にはOECD諸国平均と同程度となっている。

最後に、女性の年齢階級別の労働力率を主要先進5か国や北欧諸国と比べると、総じて我が国の労働力率は最も低く、特に30~44歳において顕著である (第2-3-13図(3)、(4))。我が国の女性の労働参加は着実に進んでいるものの、主要国との比較からは、子育て世代の女性において労働力率を引き上げる余地が大きいと考えられる。

北欧諸国では「教育」及び「医療・介護」の従事者が日本より多い

それでは、女性の労働参加率の高い国と我が国の産業構造にはどのような違いがあるのだろうか。OECDの労働力統計において国際比較が可能な国のうち、北欧諸国のスウェーデン、ノルウェー、アイスランド、主要先進5ヵ国のドイツと我が国の産業構造を雇用面から比較すると、以下のような特徴が指摘できる。

まず、日本とドイツは、「製造業」に従事する雇用者の比率が北欧諸国に比べてかなり高い一方で、各国の製造業の女性雇用者比率はいずれも3割以下と低く、各国間の差も大きくない(第2-3-14図(1)、(2))。すなわち、日本とドイツは、高い技術力を背景に、ものづくり産業に雇用者を多く抱えているが、この産業は国際的に男性の雇用者が多いという特徴があり、一国全体の女性雇用者比率の上昇に寄与していない。

次に、北欧諸国はいずれも、「教育」に従事する雇用者の比率が高い傾向にあり、スウェーデンとノルウェーは「医療・介護」の割合も高い。さらに、これらの産業は、いずれの国においても女性雇用者比率が5割を超えており、女性の雇用の受け皿になっている。北欧諸国においては、こうした産業に女性が多く従事することによって、一国全体の女性の雇用者比率が高くなっている。実際に、北欧諸国と日本の女性雇用者比率の差を寄与度分解すると、「教育」、「医療・介護」などの寄与度が大きい(第2-3-14図(3))。さらに、産業ごとの寄与度の内訳をみると、日本の女性雇用者比率が低いのは、ドイツ対比で各産業の女性雇用者比率の差、スウェーデン及びノルウェー対比で産業構造の違いによる影響が大きいことが確認される70

最後に、一国の産業構造は、各産業の国際競争力や各国の産業政策等に依存することから短期間で変えることは難しく、当面の課題としては、製造業を始めとして女性雇用者比率の低い産業において女性雇用者比率を高めていくことが重要である。また、既に労働参加が進んでいる「教育」、「医療・介護」といった公共的色彩の強いセクターにおいて、我が国の女性雇用者比率を一段と高めていくことも、子育て世代の女性の労働力率を高めるための一つの有効な方策であろう。

(3)雇用者数の変化が時間当たり賃金に与える影響

我が国の雇用構造の変化は、雇用者の性別、年齢、産業の構成変化を通じて、一国全体の時間当たり賃金に影響を及ぼす。例えば、高齢者の賃金は再雇用後に大きく低下することが多いため、再雇用される高齢者数が増加すると全体の時間当たり賃金は押し下げられる。同様に、相対的に賃金の低い医療・介護産業等の雇用者数が増加しても時間当たり賃金は低下する。そこで、時間当たりの所定内給与額を男女別及び年齢別、産業別に寄与度分解することによって、こうした論点について考察する。

子育て世代の女性と高齢者の労働参加が過去10年間に進展

過去10年間の雇用者数の変化を男女別、就業形態別に確認することによって、我が国の産業間における雇用者の移動の特徴を概観する。まず、男女別に確認すると、2002年から2012年にかけては、男性の雇用者数がほとんど変化しない中で、女性は約260万人増加した(第2-3-15図(1))。この間、子育て世代にあたる25~44歳の女性が約110万人増加し、高齢者も約130万人増加したことから、両者の労働参加が着実に進んだことが確認される。特に、2007年から2012年にかけては、2008年のリーマンショック後の景気の悪化もあり、男性の雇用者数が約40万人の減少に転じたが、女性は2002年から2007年よりもプラス幅が大きく縮小しているものの、約70万人の増加となった。

次に、産業別に確認すると、「建設業」や「製造業」の雇用者数が減少した一方で、「医療・福祉」が大幅に増加した。「建設業」の雇用者数は、公共投資や民間建設投資の低迷等を背景に、2002年から2007年と2007年から2012年の両期間とも減少傾向にあった。製造業については、景気悪化の影響等により、2007年から2012年にかけて減少幅が拡大した。他方、高齢者人口の増加に伴い、「医療・福祉」の雇用者数は2002年から増加傾向にある。

最後に、正規と非正規別の変化についても確認すると、非正規社員の雇用者数は男女共に大きく増加している。男性は、正社員がそれと同程度減少したことから、正社員から非正規社員への転換が急速に進んだことがうかがえる(第2-3-15図(2))。子育て世代の女性と高齢者の雇用者については、その増加の大部分が非正規社員によるものであり、正社員として労働市場に参入することが容易でないこと、正社員として働くことを希望していないケースがあること等を反映していると考えられる。また、産業別にみると、「建設業」、「製造業」、「卸売・小売・宿泊・飲食業」においては正社員の減少が大きい一方で、「医療・福祉」においては非正規社員とともに正社員も増加していることが特徴的である。

時間当たり賃金の上昇が課題

こうした雇用構造の変化が我が国全体の時間当たり賃金に与える影響をみるために、一般労働者と短時間労働者を合計した常用雇用者の時間当たり所定内給与額(以下、「時間当たり賃金」という)の変化を性別、年齢別に寄与度分解すると、以下のことが指摘できる。

まず、2002年以降の時間当たり賃金の累積変化をみると、平均より賃金の低い短時間労働者が男女共に増加したことや、リーマンショック後に賃金の高い男性の一般労働者の失業が増加したことを背景に、雇用構成要因が男女のいずれにおいてもマイナスに寄与している(第2-3-16図(1))71。賃金要因については、男性の一般労働者がマイナスに大きく寄与している一方で、男性の短時間労働者、女性の一般労働者及び短時間労働者はいずれもプラスに寄与している。特に、女性全体の時間当たり賃金の上昇による押上げ寄与は、2011年以降、雇用構成要因による押下げ寄与より大きくなっている。

次に、子育て世代の女性は、短時間労働者の時間当たり賃金の上昇が継続的にプラス寄与となる中で、雇用構成要因と一般労働者の賃金要因の改善もあって、2011年以降、全体の時間当たり賃金の押上げに寄与している。今後も子育て世代の女性の労働参加が進展することによって、雇用構成要因のマイナス寄与が残存することが見込まれるものの、女性の時間当たり賃金の上昇を継続させることによって、その影響を相殺することは可能だと考えられる。

最後に、60歳以上の男性高齢者についてみると、これまでのところ時間当たり賃金の押下げ寄与は大きくないが、マイナス幅が徐々に拡大している点に留意が必要である。これは、子育て世代の女性のような時間当たり賃金の上昇がみられない中で、賃金の低い短時間労働者の増加に伴って、雇用構成要因のマイナス寄与が拡大していることによる。高齢者が定年退職後に嘱託社員等の形で再雇用されると賃金が大きく低下するため、我が国全体の時間当たり賃金を押し下げる面がある。しかし、高齢者の労働参加を促進させることで短時間労働者が増加することは労働供給を増やす点では好ましいことである。今後は、子育て世代の女性のように一般労働者と短時間労働者の時間当たり賃金を上昇させることが課題であり、そのためには、高度な技能や専門性の高い知識を備えた高齢者が能力に見合った賃金を受け取れるようになること等が重要である。

「医療・福祉」は一般労働者と短時間労働者とも賃金要因がプラスに寄与

産業構造の変化が時間当たり賃金に与える影響については、どのように考えればよいのだろうか。そこで、常用雇用者の時間当たり賃金を、産業別に寄与度分解することによって、その影響を検討しよう。

製造業と非製造業に分けて2002年以降の時間当たり賃金の累積変化を確認すると、以下の点が指摘できる。第一に、平均より賃金の低い短時間労働者の増加を背景に、非製造業の雇用構成要因のマイナス寄与が2010年にかけて拡大傾向にあったが、2011年以降はおおむね横ばいとなっている(第2-3-17図(1))。第二に、非製造業の賃金要因は、短時間労働者の時間当たり賃金が緩やかな上昇を続けていることに加えて、一般労働者の賃金が2012年以降に改善したことから、両者の寄与度の合計は2013年にプラスへ転じた。第三に、製造業においては、一般労働者の賃金要因が景気変動の影響を受ける傾向がみられるものの、2002年から2013年にかけての累積寄与度はいずれの要因も小幅なものとなっている。

また、産業別の寄与度について、現在の産業分類のデータが利用できる2009年から2013年にかけての累積寄与を確認しよう。ここでは、雇用構成要因を一般労働者と短時間労働者に分けて検討する。第一に、「製造業」と「情報・通信」においては、一般労働者の雇用構成要因のマイナス寄与が大きい。これは、両産業とも一般労働者数は増加していたものの、その増加ペースが他の階層より遅く、全体に占める両産業の雇用者の割合が低下したことによる。第二に、平均より賃金の低い短時間労働者の増加を背景に、「医療・福祉」、「その他サービス」の短時間労働者の雇用構成要因が押下げに寄与している。第三に、「医療・福祉」においては、一般労働者と短時間労働者の賃金要因が共に上昇しており、同産業の全ての要因を合計すると、全体の時間当たり賃金の押上げに寄与していることが分かる。

我が国では、女性や高齢者の労働参加や少子・高齢化が進んでいるが、労働者が希望する働き方で雇用されるという前提に立った上で、短時間労働者を含む非正規労働者が増加した場合、そうした雇用構造の変化は時間当たり賃金に対してマイナスに作用する可能性がある。しかし、時間当たり賃金の動向を考える際には、個々の賃金の上昇を実現することによって全体の時間当たり賃金の改善につなげることが重要である。

3 女性、高齢者の労働参加拡大へ向けた課題

これまで、我が国の子育て世代の女性と高齢者の労働参加が着実に進んでいることをみてきた。ここでは、そうした変化によって労働力人口がどの程度増加するのか、女性の管理職登用を増やすためには何が必要かという点について論ずる。また、高齢者の労働参加に関しては、年齢や健康面の制約等が障害になることから、定年年齢の変化や健康寿命の国際比較等を通じて、我が国の高齢者が置かれている現状を確認する。

(1)女性の労働参加と積極登用

我が国の経済成長にとって女性の労働市場での活躍が重要な鍵となっている。また、男女間の賃金格差の大きな要因として、女性の勤続年数の短さや職階の低さが指摘されており、その背景としては、女性が子育てを契機に労働市場から退出することや女性の幹部登用が少ないこと等が挙げられる72。そこで、女性の労働参加という量的活躍、女性の積極登用という質的活躍という二つの側面から、女性の働き方の変化について検討する。

25~34歳の有配偶女性の労働参加は2000年代に入ってから進展

前項において、我が国の子育て世代の女性の労働力率が着実に上昇していること、主要先進国や北欧諸国に比べるとその水準がまだ低いことを確認した。ここでは、女性の年齢別労働力率の寄与度分解等を通じて、その背景を探る。

我が国の女性の年齢別の労働力率は、子育て世代が労働市場から一時的に退出することによってM字カーブを描くことが知られているが、過去と比較すると、M字の谷の深さは着実に浅くなっている(第2-3-18図(1))。子育て世代の労働力率を配偶関係別に確認すると、未婚女性の労働力率が25~29歳をピークに緩やかに低下する一方で、有配偶女性は年齢とともに労働力率が上昇しており、それらを併せてみるとM字の形状になる(第2-3-18図(2))。

女性の労働力率の変化を、(1)未婚率要因、(2)未婚女性の労働力率の変化(未婚女性要因)、(3)有配偶女性の労働力率の変化(有配偶女性要因)、によって寄与度分解し、その要因を明らかにする(第2-3-18図(3))。第一に、1980年から2013年にかけての全期間をみると、有配偶女性の労働参加が進んだことや未婚化・晩婚化等を背景に、有配偶女性要因と未婚率要因が25~34歳の労働力率を大きく押し上げている。それらの要因は、35~44歳の労働力率に対してもプラス寄与しているが、プラス幅は限定的である。

第二に、25~34歳の労働力率の変化を年代別に比較すると、1980年~2000年までは未婚率要因のプラス寄与が大部分を占めていたが、2000年以降は未婚率要因のプラス寄与が縮小する一方で、有配偶女性要因のプラス寄与が拡大した。すなわち、25~34歳の有配偶女性の労働参加が進展したのは、2000年代に入ってからであることが分かる。

第三に、20~24歳は労働力率の低下が最も大きく、1990年代から未婚女性要因がマイナスに寄与している。この背景としては、女性の大学進学率の上昇によって、労働市場へ参入する時期が総じて遅くなったこと等が挙げられる73

子育て対策によって労働力人口は100万人の増加余地

それでは女性の労働参加が十分に進めば、労働力率と労働力人口はどのような水準になるのだろうか。そこで、女性の労働力人口に、子育てや介護等により仕事に就くのを諦めている女性のうち、可能であれば就業したいと考えている女性の人数(就業希望者数)を足した「潜在的労働力人口(労働力人口+就業希望者)」を確認しよう。

まず、女性の就業希望者数は2013年に315万人存在し、そのうち育児が就業の支障になっている人は105万人いる(第2-3-19図(1))。すなわち、子育て対策の進展によって、女性が育児をしながら働けるような環境が整備されれば、女性の労働力人口を約100万人増加させることができる。一方、女性の年齢階級別の就業希望者を確認すると、当然のことながら、子育て世代にあたる25~29歳において、育児に専念している就業希望者が多い(第2-3-19図(2))。この就業希望者を現在の労働力人口に加えた潜在的労働力率(育児解消ケース)をみると、M字のカーブはほぼ解消している。

もし、日本の女性の労働力率が、現在の(1)主要先進5か国並み(除く日本)、(2)北欧諸国並み(スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、オランダ)、になった場合に、2020年の労働力人口がどの程度変化するかを確認しておこう。日本の女性の労働力率が現在と同程度で推移した場合、2020年の女性の労働力人口は約2,610万人、他の主要先進5か国並みに上昇させると同2,650万人(+40万人)、北欧諸国並みまで上昇させると同3,010万人(+400万人)になる74

なお、女性が就業継続するために必要と考えている条件をみると、「認可保育園・認証保育園等に子供を預けられること」、「配偶者の積極的なサポートがあること」、「休暇が取りやすい職場であること」という回答が上位3位となっており(付図2-11)、こうした面での取組が特に重要であろう。

女性の管理職比率の低さの背景

女性の潜在的能力を今以上に社会で活かしていくためには、女性の労働参加の促進という量的拡大に加え、女性の管理職登用等の質的な変化も重要である。そうすることによって、適材適所が徹底され、長期的には生産性、ひいては実質賃金の上昇につながる可能性がある。

主要国における就業者、管理職に占める女性の比率をみると、日本の就業者に占める女性の比率は他国並みであるが、管理職に占める女性の比率は国際的にみて非常に低い水準にある(第2-3-20図(1))。管理職に占める女性の比率を役職別に分けて確認すると、いずれの役職も上昇傾向にあるが、そのペースは非常に緩やかで、2013年における課長級以上の女性の比率は7.5%にとどまっている(第2-3-20図(2))75

我が国の管理職に占める女性の比率が低い理由として、「現時点では、必要な知識や経験、判断力等を有する女性がいない」を指摘する企業が最も多い(第2-3-20図(3))。この背景としては、将来の管理職候補になる総合職に就いている女性の絶対数が男性に比べて少ないこと等が指摘されている。また、「将来管理職に就く可能性のある女性はいるが、現在、管理職に就くための在職年数等を満たしている者はいない」、「勤続年数が短く、管理職になるまでに退職する」という回答も多くみられる。これらに関しては、女性の幹部候補者としての計画的育成が広がり始めてから日が浅いこと、子育てに伴う離職のため平均勤続年数が男性より短いこと等が指摘できる76

(2)高齢者の年齢及び健康制約と労働参加

高齢者比率が上昇する中で、働く意志のある高齢者が自分の能力を十分に発揮できる仕事に従事することが求められる。特に、高度な技能や専門性の高い知識を備えた高齢者が企業で長く活躍することは、労働生産性に対してもプラスに寄与する。しかし、高齢者は年齢や健康面の制約によって個々の就業能力が大きく異なる。ここでは、我が国の定年年齢(年齢制約)の変化について概観するとともに、健康寿命(健康制約)の国際比較を行う。

制度改正が高齢者の年齢制約の軽減に寄与

高齢者の労働参加の決定において、定年退職制度のような年齢制約や年金制度等が重要な要因となっており、最近の大きな変化として、2013年4月の改正高年齢者雇用安定法(「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」)の施行(2012月8月成立)が挙げられる。これは、事業主に対して、希望者全員を段階的に65歳まで雇用することを義務づけるものであり、定年年齢の引上げ、定年退職制度の廃止、継続雇用制度の導入のいずれかの対応が求められている。

我が国では、企業規模にかかわらず、9割を超える企業が定年退職制度を定めている(第2-3-21図(1))。定年年齢と高年齢者に関する雇用制度の長期的な変遷を確認すると、制度の創設や改正等を背景に、60歳以上の定年年齢を定める企業割合が1970年代以降上昇しており、60歳定年を義務付けた1998年の改正高年齢者雇用安定法の施行後は、ほぼ全ての企業において定年年齢が60歳以上になっている(第2-3-21図(2)、(3))。また、2006年の同改正法の施行後に定年年齢を65歳以上に引き上げた企業割合が上昇したことから、それを強化した2013年の同改正法の施行によっても同様の効果が見込まれる。一般に、こうした定年年齢の引上げは、高齢者の年齢制約を緩和させることを通じて、労働参加の拡大に寄与する77

なお、高齢者の雇用延長が義務化される背景として、年金支給開始年齢の引上げが指摘できる。我が国では、厚生年金の報酬比例部分の支給が2013年から段階的に引き上げられることが決定しており、高齢者が60歳で退職すると、年金受給までに給与も年金もない空白期間が生じる。2013年の改正高年齢者雇用安定法の施行は、そうした空白期間を避ける狙いもあり、雇用義務年齢と男性の年金支給開始年齢の引上げが同じタイミングで行われることになっている(第2-3-21図(4))。

我が国は他の先進国よりも健康で就業意欲の高い高齢者が豊富

こうした定年年齢の延長等は高齢者の労働参加の促進につながる一方で、その年齢が上昇するにしたがって、高齢者の心身の健康や体力への不安も高まる。今後の高齢者の働き方を考える上で、そのような高齢者の健康面の制約について理解しておく必要がある。そのため、平均実効引退年齢と健康寿命(健康制約)及び平均寿命の国際比較を通じて、我が国の高齢者の置かれている状況を確認する。ここで、平均実効引退年齢とは40歳以上の労働者のうち労働市場から退出した人の平均年齢、健康寿命とは健康上の問題に制約されずに自立して生活できる期間である。

まず、日本の2012年の平均実効引退年齢は、男性と女性のいずれも主要先進5か国の中で最も高く、OECD諸国の中でも上位に位置している(第2-3-22図)。この背景としては、日本の公的年金の所得代替率(退職前の所得額に対する年金給付額の割合)が低く仕事を長く続けなければならないことや、高齢者の就業意欲の高さが挙げられる。これは、前述した日本の高齢者の労働力率が国際的に高いことと整合的な結果である。

次に、健康寿命を確認すると、2012年の日本人男性は72歳とアイスランドと並び、女性は77歳といずれもOECD諸国の中で最も高い78。また、厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」の推計結果によると、2010年の男性の健康寿命は70.42歳、女性は73.62歳となっている。我が国の男女の健康寿命はいずれも2013年の改正高年齢者雇用安定法の雇用義務年齢である65歳より高く、65歳を超えてもなお働く意欲と能力のある人が少なくない。

最後に、日本の平均寿命と健康寿命の差、いわゆる不健康期間は、男性と女性共に、OECD諸国の中でメキシコに次いで2番目に短いことから、日本は不自由な日常生活を送っている高齢者の割合が小さい。健康寿命を延ばすことは、不健康期間の短縮につながるため、高齢者の労働参加の拡大という観点はもとより、我が国の高齢者が健康で幸せな人生を送るために重要な課題である79


(58)労働生産性の推移は、長期的な経済構造の変化だけでなく、短期的な景気循環からも影響を受ける点に留意が必要である。
(59)労働の質は熟練の蓄積、年齢、勤続年数、学歴など属性構成の違い、資本装備率は労働一単位当たりの資本投入量、全要素生産性は技術進歩など上記の要因で説明できない部分を示す。
(60)Jorgenson and Motohashi (2005)、内閣府(2013)などを参照。
(61)雇用調整速度の値は、推計方法や推計期間によって異なるため幅をもってみる必要がある。
(62)内閣府政策統括官(経済分析担当)(2013)は、失業なき労働移動のためには、「公共職業安定所」や「民間職業安定所」におけるキャリア・コンサルティング機能の強化、個人の課題に応じたメニューの策定支援などが重要であると指摘している。
(63)年齢や勤続年数以外にも、労働者の業務実績や業務習熟度なども考慮されている。
(64)なお、厚生労働省は、企業の非正規社員に対する職業教育訓練を支援するために、「非正規雇用労働者育成支援奨励金」制度を導入している。
(65)なお、「宿泊・飲食」は労働者の非正規比率が7割を超えるなど非常に高く、正社員の仕事を非正規社員で代替しやすいことなども、賃金抑制要因として指摘される。
(66)例えば、新入社員や若手の社内研修を積極的に実施する企業においては、企業が負担する費用を回収するために、賃金を後払いにする傾向がみられることなどが指摘できる。
(67)内閣府(2013a)は、非製造業の生産性向上のためにICT資本の蓄積が重要であることを指摘している。
(68)ゼロ成長に近い経済成長で、性・年齢階級別の労働力率が2012年と同じ水準で推移すると仮定した「ゼロ成長・労働参加現状」シナリオ。なお、経済成長、及び若者、女性、高齢者などの労働市場への参加が進む「経済再生・労働参加進展」シナリオでは、2030年の労働力人口は現状シナリオよりも約600万人多い6,285万人と見込まれている。
(69)潜在労働力率は、実際の労働力率に対して、HPフィルタというデータの傾向的な成分を取り出す統計的手法を適用したもの。潜在労働力率の値は、推計方法によって異なるため幅を持ってみる必要がある。
(70)北欧諸国において子育て世代の女性の労働力率が高いのは、従来から指摘されているような充実した保育環境や、男性の育児休業取得率の高さ等によるところも大きい点には留意する必要がある。
(71)雇用構成要因は、当該性別・年齢層の雇用者の割合が上昇した場合にどの程度全体の時間当たり賃金が増減するかを表している。このため、平均より賃金が高い性別・年齢層の雇用者の割合が低下すると全体の時間当たり賃金が下がるため雇用構成要因は減少に寄与するが、平均より賃金の低い性別・年齢層の雇用者の割合が低下した場合は全体の時間当たり賃金が増加するため雇用構成要因は増加に寄与する。各階層の時間当たり賃金の水準は、付図2-10を参照。
(72)男女間の賃金格差の要因については、内閣府男女共同参画局(2013)などを参照。
(73)全国の大学において、短期大学から4年制大学へ転換が進んだ影響なども指摘できる。
(74)2020年の女性の人口は国立社会保障・人口問題研究所の「出生中位(死亡中位)推計」の結果を用いた。年齢階級別の労働力率は、日本が2013年、他国が2012年。若年層(15~24歳)の労働力率は、各国の大学進学率の差に大きく影響を受けるため、変化しないとして試算した。
(75)政府は、民間企業(100人以上)の課長相当職以上に占める女性の割合を2015年に10%程度にするという目標を掲げている。政府は、「2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度になるよう期待する」という目標を掲げており、日本の管理職に占める女性比率を政府目標値まで高めることができれば、日本は他国並みの水準になる。
(76)なお、「女性が(管理職を)希望しない」という回答も一定程度あることに留意が必要である。能力や志の高い女性の質的活用を促進するには、こうした女性の価値観について考慮する必要がある。
(77)前述したように、企業は定年年齢の引上げ以外の対応も可能であることから、「再雇用制度」の導入などによっても高齢者の雇用参加が進むことが見込まれる。厚生労働者の調査によると、高年齢者雇用確保措置の実施済企業の割合は、2013年6月時点において、企業全体(31人以上規模)の92.3%となっている。実施済企業のうち、「定年の廃止」及び「定年の引上げ」が18.8%、「継続雇用制度の導入」が81.2%となっている。
(78)健康寿命の値は推計方法によって異なるため幅を持ってみる必要がある。
(79)2013年の「日本再興戦略」の中短期工程表において、健康寿命を2010年から1歳以上延伸することが目標に掲げられている。
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