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第2節 財政の現状と変動要因

第1節では、国債利回りや財政リスクプレミアムの動向を確認した。我が国の国債利回りが低位で推移している背景については、財政状況は悪化しているが、国内民間貯蓄が豊富なことや金融規制の変更等の影響などが考えられる。

第2節では、我が国財政の現状を歳出、歳入に分けて概観し、財政状況が悪化している背景を確認する。その際には、近年の動向に加えて、中長期的な動向に焦点を当てる。次に、政府債務残高の変動要因を利払費、プライマリーバランス等の観点から整理し、今後、財政の持続可能性の確保へ向けて、どのような視点から財政運営に取り組むべきかを分析する。

1 財政の現状

最初に、構造的財政収支や基礎的財政収支、歳出・歳入の項目の動向などを確認する。続いて、歳出・歳入の項目の中長期的な動向を検討する。こうした作業を通じ、我が国財政が置かれている厳しい状況を確認する。

(1)近年の動向

リーマンショック後と東日本大震災後の財政出動により財政収支は悪化

まず、国と地方を合わせたフローの財政状況を概観するため、財政収支の動向を循環的財政収支変動(景気変動に伴う受動的な財政収支変動)と構造的財政収支変動(景気変動以外の裁量的な財政収支変動)に分けて、最近の動向を確認する40第3-2-1図)。

過去20年程度の財政収支の内訳を概観すると、主たる変動は構造的財政収支の変動によって生じており、景気循環に伴う受動的な変動は小さな割合しか占めていない。利払費は、2000年代前半に国債利回りが低下したことから減少し、引き続き低水準で推移している(後述)。

各項目をやや仔細に見ると、循環的財政収支は、2000年代前半の景気拡張等から赤字は縮小し、2007年度には黒字に転じている。しかし、リーマンショック後の景気後退を受けて2008年度から2009年度にかけて赤字が大きく拡大し、2010年度についても高水準の赤字となっている。

構造的基礎的財政収支は、2000年代前半の歳出削減と歳入改革を車の両輪とする「歳出・歳入一体改革」等の財政構造改革から、赤字が縮小した。しかし、2008年度から2009年度にかけて、リーマンショックの影響による税収の大幅な減少や、景気回復に向けた諸施策の実施による歳出の増大41から、赤字は拡大した。2010年度も円高・デフレ対策を実施したこと等を受けて、2009年度と同程度に財政収支は悪化している。

こうした循環的財政収支と構造的基礎的財政収支の変動からは、我が国財政では、①景気が悪くなると税収が減少したり、失業手当などの政府支出が拡大するという財政の自動安定化機能42(ビルトインスタビライザー)が働いていること、②景気情勢に応じて、財政支出や減税を拡大する裁量的な経済政策がとられていることを示している。

2011年度については、震災後の復旧・復興に向けた累次の補正予算を策定したこと等から、財政収支が大幅に悪化する見込みであるが、2012年度は、復旧・復興対策が一巡することから、赤字は縮小する見込みである。

東日本大震災を受けて公共投資が増加

次に、国・地方の歳出と歳入の近年の動向をやや仔細に見る43。名目GDP比でみた国・地方の歳出動向ついて、各年の変化を要因分解すると、次のような点が特徴として指摘できる(第3-2-2図)。

歳出は、2000年代前半から半ばにかけては、①2002~2007年の景気拡張期に景気対策による大規模な支出がなかったこと、②医療制度改革や年金改革(2004年)といった構造改革等により財政健全化が図られてきたことなどから、前年差マイナスで推移し、減少傾向にあった。

その後、①2008年度にはリーマンショックが発生し、「生活対策」(2008年10月30日、同26.9兆円)、「生活防衛のための緊急対策」(2008年12月19日、同43兆円<財政上の対応10兆円、金融面での対応33兆円>)等の補正予算を伴った経済対策が実施されたほか、②2011年3月に東日本大震災が発生し、復旧・復興対応のための補正予算が2011年度に3次に渡って取られたこと(予算規模約14兆円)から、2008年度以降、歳出は振れが大きくなっている。

各項目を見ると、社会保障費は、高齢化の進展に伴い、過去20年間に渡って構造的に増加傾向にある(後述)。2009年度は、基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げること44等の施策が取られた影響から、社会保障費は増加している。2010年度は、①家計を直接応援し、国民の生活を守るため、子ども手当45等の施策が実施された他、②2010年度の補正予算では、子育て支援策46や福祉支援策の強化等が実施され、社会保障費は増加している。2011年度についても、年金給付・生活保護の増加等から社会保障費は増加している。もっとも、子ども手当については、当初予算では、3歳未満の子どもについて支給額を2万円に引き上げることが予定されていたが、震災の発生を受けて、第1次及び第3次補正予算で震災関連費の財源捻出のために減額された(3歳未満の子どもは、9月分までは1.3万円、10月分以降は1.5万円)。2012年度は、子供に対する手当の減額(2011年度10月分以降の支給額の変化と所得制限の実施等から約3千億円減少する見込み)等から、2011年度より減少する見込みである。

公共事業費は、2000年代を通して、公共事業の効率性・透明性の観点から大規模公共事業の抜本的な見直しを進めていることなどから、減少傾向にある(後述)。しかし、リーマンショック後の景気対策で2009年度に増加したほか、2011年度と2012年度は、震災後の復旧・復興事業(①河川、港湾、道路、学校施設等の復旧事業や、②災害公営住宅の整備など)により増加する見込みである47

一般サービス費(外交、防衛、警察等の社会全体に対するサービス活動に要する消費支出等)とその他歳出(中小企業対策、エネルギー対策、食料安定供給等に関係する費用)については、2000年代前半から半ばにかけて歳出の増加要因となっていない。2011年度には、震災に関わる瓦礫処理(「一般サービス」に計上)や、震災後の中小企業向けの事業再建及び経営安定のための融資や被災者向け補助金(「その他歳出」に計上)等の震災関係経費から一時的に増加するが、2012年度にはその影響が剥落する見込みである。

東日本大震災による下押しはあるが、景気改善などから歳入は若干の増加

同様に、国・地方の歳入動向を見ると、次のような点が特徴として指摘できる48第3-2-3図)。

歳入は、景気変動を受けて増減を繰り返している。2000年代半ばには、景気拡張もあって増加しているが、リーマンショック後の2008年度、2009年度には、景気悪化により大幅に減少している。2010年度は、景気持ち直しに伴い、法人税を中心に増加している。

2011、2012年度は、東日本大震災による下押しがあるものの、景気の緩やかな回復に伴う消費税の増加が期待されることなどから、歳入の若干の増加を見込んでいる。2011年度の税制改正では、法人税の基本税率引下げ49等が実施された。2012年度の税制改正では、地球温暖化対策のための税50や給与所得控除の上限設定51等が実施された。

このように歳出では、社会保障費が構造的に増加している一方、歳入では、この増加に見合う安定的な歳入項目はなく、歳出と歳入のアンバランスが生じていることが指摘できる。

(2)中長期的な動向

社会保障関係費・国債費は増加傾向

続いて、中長期的な視点から、歳出と歳入の推移を項目毎に見る。過去との比較にあたっては、物価水準や経済規模の違いを踏まえ、名目GDP比を用いる(第3-2-4図)。

まず、国の一般会計の歳出について、1970年からの決算額の推移を見る。

「社会保障関係費」は、「福祉元年」といわれる1973年から、①老人医療費の自己負担無料化、②公的年金に対する給付水準の大幅な引上げや標準報酬の再評価(賃金スライド制の導入)、③公的年金給付額への物価スライド制導入等の制度改正が実施され、増加している。さらに、急速な高齢化の進展を背景とした社会保険費の増加と少子化対策による社会福祉費の増加により、増加している。加えて、リーマンショック後の景気動向を映じて、生活保護受給者が急増していることも増加の一因となっている。先行きについても、一段の高齢化の進展から、年金給付、医療・介護費の増加が指摘されている(後述)。

「公共事業費」は、バブル崩壊後の景気対策で積極的に積み上げられてきた。しかし、2000年代以降、厳しい財政事情を踏まえ、「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(2001年)や「構造改革と経済財政の中期展望」(2002年)等で公共事業費縮減と重点化・効率化の方針が示され、事業の選択と集中、入札契約制度改革、コスト縮減等の取り組みが図られてきたことから、公共事業費は縮小傾向にある。もっとも、先行きについては、インフラの老朽化が急速に進み維持管理費・更新費が増加する見込みである52ことが指摘されている。

「文教及び科学振興費」は、少子化の進展に伴って教育投資は減少している一方、研究開発費への資源投入の増加による科学振興費の増加から、横這いで推移している。子ども1人当たりの国や地方の教育への支出割合は、他の先進国と遜色ない水準にある。

「地方交付税交付金等」は、高齢化を背景とした社会保障関連補助金の増加から地方財源が不足したため、拡大傾向にあったが、2004年度の三位一体改革による国から地方への財源移譲53により、減少に転じた。近年では、リーマンショックや震災から、地方税の大幅な落ち込みが見込まれるなか、地方の財源不足の補填のため、増加している。

「その他」は、深刻な財政状況を映じて公務員人件費が減少傾向にある一方、2009年度に、リーマンショックを受けた景気対策のための中小企業支援や太陽光発電導入支援54等から、増加している。

「国債費」は、「債務償還費」と「利払費」からなるが、いずれも政府債務残高増加の影響を受けるものである。政府債務残高が増加したのは、1990年代には公共事業関係費の増加が主因となっていたが、近年では、高齢化の進行等に伴う社会保障関係費の増加や、景気の低迷や累次の減税等による税収の減少などによるものであり、国債費はこうした要因によって増加傾向にある。国債費が一般歳出に占める割合が高くなっており、結果として、財政が硬直的になっている(財政の自由度が失われている)。

こうしたことから、社会保障関係費の規模の増大が、我が国の財政を圧迫しており、先行きについても懸念すべき課題であることが分かる。

国際比較の点では、我が国の歳出は低い水準

我が国の歳出(一般政府)の特徴を名目GDP比で国際比較する55第3-2-5図)。

我が国の歳出規模は、アメリカと同程度であり、先進国の中では低い水準となっている。ただし、近年では、高齢化により社会保障費が増加していることから、他国との差は縮まりつつある。

やや仔細に見ると、社会保障費は、他の先進国でも高齢化が進展していることから、我が国同様に増加傾向にある。その中でも、我が国の高齢化のスピードは最も速いことから、社会保障費の増加は顕著で、英国に近い水準になってきている(OECD諸国28国中18位<2009年>)。他方、公共事業関係費は、2000年代以前は、高水準にあったが、近年では、先進国と同水準まで減少している。

こうしたことから、我が国の歳出は、社会保障費以外の支出は相対的に低水準である(OECD諸国28国中最下位<2009年>)が、社会保障費の支出は相対的に中程度の水準になっていることが特徴である。

所得税収・法人税収は減少傾向

次に、国の一般会計の歳入について、1970年からの決算額の推移を見る(第3-2-6図)。

「所得税収」は、バブル崩壊以降、ほぼ一貫して減少傾向にあり、近年ではリーマンショックの影響も受け、2010年度は1990年度からほぼ半減している。こうした背景を分析する際には、所得税収を①利子等の分離課税分、②給与等の総合課税分、に分けて見ることが重要である。1990年度の所得税収は26.0兆円(うち①10.7兆円、②15.3兆円)となっている一方で、2010年度の所得税収は13.0兆円(うち①2.7兆円、②10.3兆円)であり、分離課税分の減少が大きい。これは、バブル期に高騰していた金利や地価等が低下したことなどによる。また、給与等の総合課税分の減少要因としては、景気低迷のほか、1994年秋の税制改革による累進構造の緩和等を含む制度減税56、2004年度以降の地方への段階的な3兆円の税源移譲による税率構造の改正等が行われたことも一因である。

「法人税収」についても、バブル崩壊以降、ほぼ一貫して減少傾向にあり、近年ではリーマンショックの影響も受け、2010年度は1990年度からほぼ半減している。こうした背景には、①景気低迷による企業収益の動向や、②1998年、1999年の2度にわたる法人税率の引下げ57、③企業の業績が回復して利益が出た後も過去の欠損金を繰り越して控除できる繰越欠損金58の控除制度の適用額の増加、などがある。法人税収の振れは大きく、景気変動に左右されやすい。なお、我が国企業の国際競争力の向上や我が国の立地環境の改善を通じ、雇用と国内投資の拡大を図る観点から、2011年度の税制改正により、法人実効税率は、40.69%から35.64%まで引き下げられ、アメリカよりも低く(カリフォルニア州40.75%)、フランスと同水準(33.33%)となった。

「消費税収」は、1989年の消費税導入(3%)後、1997年の消費税率の5%引上げ(国税4%、地方税1%)から増加している。他方、「間接税収(たばこ税等)」は、消費税導入以降ほぼ横這いで推移している。先行きについては、「社会保障と税の一体改革」の一環として、消費税率の引上げ(2014年4月8%(国税6.3%、地方税1.7%)、2015年10月10%(国税7.8%、地方税2.2%))を含む「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律案」を国会に提出したところである。

「その他(相続税等)」は、リーマンショック以降の厳しい経済情勢により税収が減少したものの、財政投融資や外国為替資金特別会計の運用収益を中心とした特別会計の剰余金からの受入れ59等により、全体として2010年度は2005年度からほぼ倍増した。

「公債収入」は、1970年代後半以降、増加している。バブル崩壊後、所得税・法人税収入が減少するなか、増加傾向にある社会保障関係費に見合う安定的な歳入項目もなく、増加している。

こうしたことから、税収は十分な安定財源となっておらず、借入れに依存した脆弱な構造になっている。また、消費税や間接税の変動は小さく、所得をベースとした税収よりも支出をベースとした税収の方が安定的になっている。

国際比較の点では、我が国の税収は相対的に低い水準

我が国の税収(一般政府)の特徴を名目GDP比で国際比較する60第3-2-7図)。

我が国の税収規模は、アメリカと同程度であり、先進国の中で下から2番目の水準になっている(OECD33国中32位<2009年>)。こうした背景には、所得税と消費税が相対的に低い水準で横這いで推移する中、高い水準にあった法人税収が減少傾向にあることがある。

やや仔細に見ると、消費税は、所得税、法人税と並ぶ基幹税であるが、我が国の現行の消費税率5%は、他国の付加価値税率(標準税率)(英国20%、イタリア21%、フランス19.6%)と比較して低いことから、低水準にある。なお、アメリカについては、我が国と同水準になっている61。法人税収は、前述のとおり景気低迷と法人税率の引下げ等から、先進国との格差は縮小している。

こうしたことから、我が国の歳出と税収を合わせてみると、国際比較では、歳出(国民の受益)は低いものの、税収(国民の負担)が更に低いため、受益と負担のバランスが取れていない状況にある。

(3)基礎的財政収支の悪化

国の基礎的財政収支は悪化

このように歳出では社会保障関係費が増加傾向にある一方で、歳入では社会保障関係費に見合う収入がなく、アンバランスが拡大している。そこで、国債発行に伴う収支を除いた基礎的財政収支(対GDP比)を見る。これは、税収入等の本来の収入で、国民のために使われるべき支出(地方交付税交付金、社会保障費、公共事業費、防衛費など)が賄われているかどうかを示すものである。基礎的財政収支が均衡している場合は、過去の借金の元利払い以外の出費は税収等で賄い新たな借金に頼らないということを意味し、ある年の新たな借金は、過去の借金の元利償還のためだけに使われることになる62

国・地方の基礎的財政収支は、2004~2007年は景気拡張を受けて一時的にマイナス幅が縮小したが、バブル崩壊後の20年間、マイナスで推移している。やや仔細にみれば、地方の基礎的財政収支が0%付近で推移し良好である一方、国の基礎的財政収支がマイナスで推移しており、国・地方の基礎的財政収支の変化には、国の影響が大きい(第3-2-8図)。

地方の基礎的財政収支が良好である背景には、①リーマンショック以前の景気拡張局面における地方税の増加に伴う一般財源比率の上昇(2003年度55.3%→2009年度62.0%)や、リーマンショック後の地方交付税、交付金、補助金等の国から地方への移転の増額などから、税収・税外収入は横這いで推移している上、②人件費や一般行政経費を抑えてきたことに加えて、公共投資についても地方単独事業(国の補助金がつかず、地方公共団体の独自財源で実施する公共事業)を中心に抑制してきたことから、公債費を除く歳出が抑えられてきたこと(2000年85兆円→2010年82兆円)などが挙げられる。

他方、国の基礎的財政収支が悪化した背景については、①景気悪化に伴う税収の減少と裁量的な減税政策による税収の減少、②高齢化の急激な進行に伴う社会保障費の増加、③リーマンショック後の地方交付税や補助金等の地方への移転の増加等から、国債費を除く歳出が増加していることによる。

こうしたことから、地方の収入は、地方交付税や補助金といった形で安定的に国から収入を得られる項目のウェイトが高いことで安定している一方、国の収入は税収中心であり、長期的な景気低迷や減税の影響を大きく受ける上、社会保障費が増加するという、構造的な財政収支悪化要因を抱えている点が特徴的である。

また、国と地方の基礎的財政収支の悪化の要因は、税収の落ち込みと、社会保障費の増加が大きな要因であることが確認できる。

2 政府債務残高の変動要因

以上では、フローの面から財政状況の悪化を確認した。歳出面では、社会保障関係費が増加する一方、歳入面では、景気低迷や景気対策のための減税等から税収が減少していることから、基礎的財政収支は悪化している。

ここでは、ストックの面から財政状況の悪化を確認する。次に、政府債務残高の変動要因として、利払費の変動、減税政策に着目して分析する。

(1)政府債務残高の変動要因

政府債務残高は大きく増加。基礎的財政収支の悪化が大きく寄与

国・地方の政府債務残高の推移を見ると、政府債務残高は、過去20年程度一貫して増加基調で推移している。名目GDP成長率が低迷する一方、政府債務残高の伸びはそれを上回って推移し、政府債務残高(対GDP比)は、2012年度に196%に達する見込みである(第3-2-9図)。

国・地方の政府債務残高(対GDP比)の変動を基礎的財政収支要因、利払費要因、名目GDP成長率要因に分解すると、基礎的財政収支は一貫して赤字である上、政府債務残高の増加に伴って利払費も増加していることが、政府債務残高(対GDP比)の増加に大きく寄与している。2008年以降で見ると、リーマンショックや東日本大震災の影響により、名目GDPが大きく落ち込んだことから、名目GDP成長率要因が政府債務残高(対GDP比)を大きく押し上げている。

大幅な財政赤字が1990年代当初から20年間も継続していることが、政府債務残高がGDPの2倍程度という、先進国の中でも突出した水準となっている大きな要因である。なお、国と地方に分けて見ると、国の債務残高は基礎的財政収支の悪化に伴い一貫して増加している一方、地方の債務残高は国からの財政移転を含む基礎的財政収支の改善を映じて2003年度から横這いで推移している。

こうした点からは、政府債務残高(対GDP比)の抑制のためには、金利と成長率が同じであれば、基礎的財政収支の黒字化を図ることが必要である。そのためには、社会保障費の抑制(後述)と、税収を増加させることが必要であると考えられる63

(2)裁量的な減税政策

経済対策のため減税政策を実施

前述のように、政府債務残高の増加の最も大きな要因である基礎的財政収支の悪化は、税収の減少が一因であった(社会保障費の増加については後述)。ここでは、我が国でとられてきた裁量的な減税政策を概観するとともに、異時点間で課税平準化がなされてきたかを検討する。

まず、1989年以降の減税政策がどのようなものであったのかを、所得税と法人税に分けて概観する。所得税については、1990年代に大規模な減税が実施された。1994年の「総合経済対策(同年2月)」を踏まえた税制改革(同年11月)においては、税率構造の累進性緩和や給与所得控除の引上げなどにより、2.4兆円規模の減税64が決定され、翌年度から実施された。また、同年には、単年度の税額控除で約3.8兆円規模の特別減税が行われている。1999年には「緊急経済対策」(同年11月)を受けた税制改正により、2.7兆円規模の定率減税が行われたほか、最高税率が引き下げられた。最近では、2006年に三位一体改革の一環として、国から地方への税源移譲に伴い所得税の税制構造の改正による税収減少の影響も大きい65第3-2-10表)。

次に、法人税の制度改正の動向について見ると、前述の経済対策等の関係で実施された1999年度の改正や、産業の競争力強化のため設備投資減税が実施された2003年度の改正の影響が大きい。前者の法人税率引下げは1.7兆円程度、後者の試験研究費の税額控除やIT関連設備に係る税額控除などは1.4兆円程度の減税であった。

減税政策はなされるが、課税平準化がなされず

減税政策だけではなく、同政策の廃止などを含めた制度改正により、税収がどのように変化してきたかを確認する。具体的には、①実際の税収と、②税制改正がなかったと仮定した場合の税収を比較する(第3-2-11図)。

1980年代後半から税制改正の影響により税収は減少しているものの、前述の経済対策の実施により、1990年代以降に両者の乖離幅が拡大した。ここでの試算は1980年以降の累積であることに留意が必要ではあるものの、直近に至るまで恒常的に制度変更の影響が税収を押し下げる構図が続いている。特に、所得税減税の影響は、バブル崩壊以降の景気対策において、所得税による減税が選好されてきたことから、法人税対比で大きく出ている(1980年以降で見ると、所得税が約11.7兆円、法人税が約3.5兆円)。

そこで、不況期に一定の財政赤字が存在することは、資源配分上望ましいことがあり得るとする「課税平準化の理論66」をもとに、異時点間において課税平準化がなされているか検討してみたところ、我が国の財政赤字については課税平準化の考え方では説明できないという結論が得られた67付注3-4)。

こうしたことから、我が国では、景気対策のために減税政策がなされるものの、異時点間において課税平準化が図られておらず、景気拡張期に税の引上げをしてこなかったと考えられる。

(3)利払費

低金利を映じて利払費は抑制

次に、政府債務残高の増加要因である利払費の増減について、やや仔細に見ると、バブル崩壊以後の景気低迷により、国債利回りが低下したことを受けて、政府債務残高の増加にもかかわらず、利払費は抑制されている。

利払費の変化を、残高要因と金利変動要因に分けて見ると、政府債務残高は一貫して増加している一方、金利低下が利払費の抑制に大きく寄与したことが分かる。近年では、国債利回りが低水準のまま横這いで推移していることから、金利変動要因の抑制効果は小さくなっている。仮に景気が上振れて、国債利回りが大幅に上昇すれば、年々の公債発行残高が巨額に達しているなかで、利払費の増加が景気改善による税収増を上回り、財政収支が悪化する可能性がある。また、財務省の試算によると、仮に国債利回りが、2013年度以降、現状の2%から3%に上昇した場合、利払費は2013年度で1兆円、2014年度で2.5兆円、2015年度で4.1兆円あまり増加することが予想され、4%に上昇した場合、2013年度で2兆円、2014年度で4.9兆円、2015年度で8.3兆円増加する(第3-2-12図)。


(40) ここでは、SNAベースで見る。
(41) 2008年度には「安心実現のための緊急総合対策」(2008年8月29日)、「生活対策」(2008年10月30日)、「生活防衛のための緊急対策」(2008年12月19日)、2009年度には、「経済危機対策」(2009年4月10日)、「明日の安心と成長のための緊急経済対策」(2009年12月8日)により歳出拡大を伴う対策が行われている。
(42) 制度改正等を伴わずに経済を安定化させる機能。
(43) ここでは、SNAベースで見る。
(44) 年金制度の長期的な負担と給付の均衡を図り、年金制度を持続可能なものとするため、基礎年金の国庫負担割合を現行の36.5%から2分の1へと引き上げられた(2009年6月26日施行)。これにより、社会保障費は2.5兆円増加した。
(45) 次代の社会を担う子ども1人1人の育ちを社会全体で応援するため、中学校卒業前の子ども一人当たり13,000円の支給を行うこととなった(2010年4月1日施行)。これにより、社会保障費は1.7兆円増加した。
(46) 国民が安心して暮らすことができ、また、子どもを産み育てながら働けるよう、社会保障を強化し、その潜在需要の実現を雇用の拡大につなげることを目的とした施策。
(47) 一般予算ベースでは、2012年度に公共事業費は減少する見込みであるが、SNAベースでは、出来高ベースであるため、2011年度補正予算における公共事業のなかには、執行が2012年度になる事業もあり、結果として出来高ベースでは、増加が見込まれている。
(48) ここでは、SNAベースで見る。
(49) 国際競争力の向上や立地環境の改善等を図り、国内の投資拡大や雇用創出を促進するため、法人税率を30%から25.5%へ4.5%引き下げるとした税制改正。これにより、国税と地方税を合わせた法人実効税率は5%引き下げられた(40.69%⇒35.64%)。
(50) 税制による地球温暖化対策を強化するとともに、エネルギー期限CO2排出抑制のための諸施策を実施していく観点から、全化石燃料を課税ベースとする現行の石油石炭税にCO2排出量に応じた税率を上乗せする「地球温暖化対策のための課税の特例」を創設。
(51) 給与所得控除について、給与所得者の必要経費が収入に応じて必ずしも増加するとは考えられないこと、また、主要国においても定額又は上限があること等から、給与収入1,500万円を超える場合に上限(245万円)を設定。
(52) 国土交通省「平成21年度国土交通白書」。
(53) 国・地方の「三位一体の改革」の一環として行われたもの。所得税から個人住民税への3兆円規模の税源移譲が行われ(2007年分所得税、2007年度分個人住民税から)、2006年分は所得譲与税で措置。
(54) 太陽光をはじめとする新エネ・省エネ技術の普及を急加速するため、「スクール・ニューディール」構想、太陽光発電の導入抜本加速(2020年頃に20倍程度に)を図る。
(55) ここでは、SNAベースで見る。
(56) 1997年4月1日の消費税率引き上げは、1994年11月に成立した税制改革関連法によって行われた税制改革の一環。所得税・住民税減税の実施も盛り込まれ、制度減税3.5兆円、特別減税2.0兆円が1995年に実施。前者は恒久的な制度変更であった一方、後者は、当初1年で終了するはずであったが、その後1年延長され1996年で終了した。
(57) 企業活力と国際競争力を維持し、経済構造改革を推進する観点から、1998年度には法人税の基本税率を37.5%から34.5%へ引下げ、1999年度には34.5%から30.0%へと引き下げられた。
(58) ある事業年度に生じた欠損金額は最長9年間(2011年度改正により、7年から延長)繰り越して、翌期以降に生じた所得金額の80%相当額と相殺することが可能である。
(59) 外国為替資金特別会計(以下「外為特会」という。)から一般会計への繰入れについては、平成22年12月に公表した剰余金の一般会計繰入ルールにおいて、現行の中期財政フレームの期間(23年度予算から25年度予算まで)においては、外為特会の内部留保額を段階的に増やしていくことを目指しつつ、一般会計の財政事情に最大限配慮し、剰余金の一般会計への全額繰入も含めて検討することを定めた。
(60) ここでは、SNAベースで見る。
(61) アメリカでは付加価値税は導入されておらず、州・郡・市により小売売上税が課されている。
(62) もし名目経済成長率と名目利子率が等しい状況が続けば、基礎的財政収支の均衡を維持することによって、債務残高とGDPの比が現行水準に保たれ、政府債務が無限に発散してしまうことは避けられる。
(63) Reinhart and Sbarancia(2011)は、政府債務残高対GDP比は、①実質経済成長、②財政調整計画・財政緊縮政策、③政府債務のデフォルト・リストラクチャリング、④急激なインフレ、⑤安定的な金融抑圧(安定的なインフレ<後述>)によって、減少すると指摘している。
(64) 当初の減税見込み額。平年度ベース。この項における他の減税額も同様。
(65) 約3兆円。ただし、同年には、1999年から行われていた定率減税の廃止による増収があったことには留意が必要。
(66) 異時点間の税率選択にあたって課税のコストを最小限にするためには、時間を通じて税率を一定に保つことが最適であるとし、景気変動による一時的な財政支出と税収のかい離は公債発行において調整すべきという理論。
(67) なお、内閣府(2000)「平成12年度年次経済報告」においても同様の観点から、1965~98年度のデータを用いて分析を行っているが、結論は同様である。
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