第3章 人的資本とイノベーション 第1節

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第1節 起業活動と多様な就業形態

前章で注目した既存企業での研究開発を中心とする無形資産の蓄積は、「創造的蓄積」というイノベーションの一つの形にすぎない。イノベーションには、もう一つの形がある。それが、企業の新陳代謝を通じた「創造的破壊」である。しかしながら、我が国には、その担い手である「起業家」(entrepreneur)が少ないとされる。「起業家」の重要な部分を占める「自営業者」を含め、実際にその数は少ないのか、そうだとすれば何が背景にあるのかを考える。また、併せて、起業予備軍を含む副業の実態について明らかにする。

  1. 「創造的蓄積」(creative accumulation)とは、既存の大企業内部における研究開発を通じたイノベーションのパターン。Pavitt(1999)において、「創造的破壊」(creative destruction)との対比で用いられた。

1 低調な起業活動とその背景

最初に、「起業」(entrepreneurship)そのものを扱う。すなわち、我が国における起業活動の水準を国際比較の観点から評価し、その背景を探るとともに、国内の開業に関するデータを基に起業家の実像を把握する。なお、「起業活動が低水準」などというとき、開業率などの数量が念頭に置かれるが、それ以上に重要であるのは「質」である。この点に注意しながら検討しよう。

(1)起業活動の国際比較

起業に関する統計としては「開業率」がまず浮かぶが、その定義は各国でまちまちであり国際比較が難しい。そこで、国際比較に適した調査と考えられる、“Global EntrepreneurshipMonitor Report”(GEM)のデータを中心にして分析を行う。最初に、基本的な傾向を把握し、起業活動と成長率の関係を確認した後、起業活動に影響を及ぼすと考えられる様々な要因について検討する。

(我が国の起業活動従事者の割合は低い)

我が国の起業活動は国際的に見ても低調といわれるが、GEMのデータを利用し、その点の確認から始めよう。GEMで起業活動の活発さの目安として示しているのは、18~64歳の人口に占める起業活動を行った者(事業開始前、又は開始後3年半以内に限る)の割合である。注意すべきは、起業といっても「生業」的なケースが多々あることである。GEMでは、こうした側面を区別するため、起業活動従事者を起業の理由によって二つに分けている。他に仕事がなかったために起業した者(necessity entrepreneur)と、他の選択肢があるにもかかわらずチャンスを掴もうとして起業した者(opportunity entrepreneur)である。一般に、開発途上国では前者が多く、先進国では後者が多い。同じ先進国でも、所得水準が高い国ほど後者が増える傾向にある(第3-1-1図(1))。以下では、後者に限定して様々な分析を進める。

まず明白なことは、我が国の起業活動従事者シェアは先進国の中では最低水準ということである(第3-1-1図(2))。2006年~2010年の平均的な水準を見ると、我が国は3%程度である。我が国と並んで低水準にある国としては、ベルギー、ドイツ、イタリアなどの大陸欧州諸国が目立つ。これに対し、予想されたように、アメリカは8%近くと相対的に高水準である。このほか、ノルウェー、アイルランドなどの欧州周縁国で起業が盛んである。

2000年代における変化を、前半と後半の対比で捉えると、国によって増減がまちまちであり、一定の傾向は見出されない。こうしたなかで、我が国は起業活動者のシェアが高まっている。2000年代前半には、我が国のシェアは極端に低かったが、最近では、依然として低いが大陸欧州並みになったといえる。一方、アメリカではもともと高かった起業活動従事者のシェアが低下したが、依然として国際的には高い位置にある。

(起業活動従事者シェアが高い国ほど労働生産性上昇率が高い傾向)

起業活動が盛んな国では、企業・産業の新陳代謝が激しく、「創造的破壊」を通じたイノベーションが生じやすい。その結果、そうでない国と比べると、マクロ的な生産性の上昇、ひいては経済成長が高くなることが予想される。現実には、例えば第2章で分析したように、生産性は経済開放度や研究開発の動向などにも影響を受けるので、起業活動との間に単純な関係があるわけではない。また、逆に、成長している国では、人々の将来に対する期待が楽観的となり、起業が増えるという関係もあり得る。

そうした留保を付した上で、やはり起業活動が盛んなことは、生産性の上昇にとって有利な条件であることは疑う余地が少ないと思われる。起業活動が生産性に及ぼすプラスの影響を実証した先行研究も存在するので、ここでは、起業活動従事者シェアと生産性、経済成長の関係について簡単な散布図を確認しておくだけにとどめたい。

まず起業活動従事者シェアの2001年~2009年の平均値と当該期間の就業者一人当たりGDP上昇率との関係を見ると、バラツキが大きいものの右上がりの傾向線を引くことができる(第3-1-2図(1))。すなわち、起業活動が盛んなほど就業者一人当たりGDPが伸びているという関係が示唆される。次に、マンアワー・ベースの労働生産性上昇率との関係を見るために、就業者一人当たりGDPを労働時間で除し、その成長率と起業活動従事者シェアとの関係をプロットした(第3-1-2図(2))。この場合も、やはり右上がりの傾向線を引くことができ、両者がプラスの相関を持つことが分かる。

最後に両散布図における日本の位置を確認すると、日本は傾向線よりも上方、すなわち起業活動従事者シェアの割には労働生産性上昇率が高い。その要因として、既存企業による研究開発活動が盛んであるなど起業活動従事者シェア以外の要因で労働生産性が高くなっていることが考えられる。

  1. 最近のものとしては、例えば、Foss, Bjφrnskov and Klein(2010)。

(失業者が就職先を見つけやすい国ほど起業活動従事者シェアが高い傾向)

起業活動の活性化が経済成長にプラスであるとすれば、国際的に低水準にある我が国の起業活動従事者シェアをどうすれば引き上げることができるかが課題となる。そのためには、起業活動が盛んな国とそうでない国でどのような要因が異なっているかを調べる必要がある。そうした要因は、開業手続や労働市場の構造など制度的な条件と、起業に関する知識やリスクテイク能力など個人の意識の面に分けることができる。最初に、制度的な条件について考えよう。

制度要因のうち影響が明瞭で、対応も比較的容易なものが開業規制である。我が国でも、これまで、法人設立の際の最低資本金制度の撤廃、類似商号規制の廃止など手続の簡素化に努めている。開業規制には様々な側面があるが、国際比較の際にしばしば取り上げられるのは、開業に必要な日数である。この日数を横軸に、起業活動従事者シェアを縦軸にとって各国の位置をプロットすると、右下がりの関係が得られる(第3-1-3図(1))。いうまでもなく、開業に必要な日数が少ないほど起業がしやすく、起業活動従事者シェアが高くなりやすい。なお、必要日数がゼロに近づくと、もはや日数では差がつかないので、起業活動従事者シェアのバラツキが大きくなっている。

同じ制度面でも、政策的な調整が難しいのが労働市場や金融市場などの特性であるが、ここでは労働市場の柔軟性を取り上げよう。起業は高いリスクを伴う。そこで、労働市場の柔軟性が高い国、すなわち、失業する者は少なくないが、一度失業しても就職先が見つけやすい国では、起業に失敗してもやりなおしが可能であり、起業しやすい環境であるといえる。そこで、失業者の就職確率と起業活動従事者シェアの関係を見ると、予想どおり右上がりの傾向線が描ける(第3-1-3図(2))。我が国は、就職確率はやや低めであり、起業環境にとってプラスではない。なお、我が国より就職確率の低い国も多いことから、この要因は決定的なものではないように見えるが、他の指標を用いても雇用の流動性と起業の間には比較的頑強な関係がある(第3節参照)。

このほか、金融市場の特性として、ベンチャーキャピタルの利用可能性が挙げられる。パネルデータを用いて前出の開業に必要な日数、失業者の就職確率、GDPギャップといった変数とともに起業活動従事者シェアの説明を試みたところ、ベンチャーキャピタルの利用可能性が高まれば起業が盛んになるという関係を見いだすことできる。

  1. 起業に影響を及ぼす規制や個人属性などの要因を分析した実証研究としては、Ardagna and Lusardi(2008)などを参照。
  2. IMD のWorld Competitiveness Databaseによると、我が国の開業に必要な日数は2003年~2010年平均では26日であるが、2003年には31日、2010年には23日と、この間に減少している。
  3. IMD のWorld Competitiveness Databaseにおける、企業に対しベンチャーキャピタルがビジネスに容易に利用可能な状況にあるかについて尋ねたデータを利用。0から10の数値で示したもので、10に近いほど利用可能であることを示す。

(我が国では自国に起業機会があると考えている者が非常に少ない)

次に、起業活動に関する意識が実際の起業に及ぼす関係を調べよう。具体的には、GEMのデータを用い、起業に必要な技能・知識を持っていると考えている者の割合(以下、「起業スキル保持者割合」)と、自国に起業機会があると考えている者の割合(以下、「起業機会認識者割合」)に着目し、2000年代前半、2000年代後半における起業活動従事者シェアとの関係を確認しよう。

起業活動従事者シェアと起業スキル保持者割合との関係については、2000年代前半、後半の両方の期間で右上がりの傾向線を引くことができる(第3-1-4図(1))。我が国は、起業スキルを持っていると考える者が極めて少なく、このことが実際の起業の少なさを説明できていることが分かる。ただし、2000年後半にも、我が国の起業スキルの状況は前半と変わっていないが、起業者シェアは上昇しており、別の要因が寄与したことを示唆している。なお、起業スキルには、過去に起業をした経験があったり、周囲に起業経験者がいたりする場合にも高まることが考えられ、必ずしも一方向の因果関係を示すわけではないことに注意が必要である。

また、起業機会認識者割合については、2000年代前半には起業活動従事者シェアとの統計的な関係は弱かったが、後半になって傾向線が幾分明瞭に浮かび上がってきている(第3-1-4図(2))。我が国の位置を確認すると、前半、後半とも起業機会が非常に乏しい国と認識されており、それが低い起業者シェアとなって実現した形である。参入規制がある場合を除き、起業機会の乏しさは、事業成功の可能性、より厳密には機会費用との対比で期待される収益が低いことに起因すると考えることができる。逆にいえば、潜在的な起業家がそのような認識をしている限り、無理をして起業をしても失敗に終わる可能性が高いと思い、起業が少ないことは自然な結果である。

以上から、我が国における起業の障害要因として、起業スキル、起業機会の不足が考えられることが分かった。しかし、前者については「起業家教育」のような対応があり得るが、後者は、前述の労働市場や金融市場の特性と同様に、経済社会の構造に根差した面も少なくないと考えられる。単に開業のハードルを下げるような支援策だけでは、事業の「質」の低下につながりかねず、イノベーションの促進という観点では不十分であるといえよう。

  1. いずれも起業活動従事者を除く、18から64歳の人口に占める割合。

(2)開廃業率と開業者の実像

それでは、我が国における開業の実態はどうなっているのだろうか。まず、「経済センサス」等により開業率、廃業率の推移を確認する。続いて、我が国における開業の実態について、日本政策金融公庫「新規開業実態調査」のデータを基にその特徴を把握する。その際、イノベーションの促進という観点から、「起業」の語感に近いと思われる、新規性やベンチャー性を伴った開業に着目する。

  1. 本調査の対象は、日本政策金融公庫の融資を受けている企業であり開業者全体の傾向を示すものではないため、その時系列的な動きを見ることがより重要である。

(2000年代に入って開業率は一進一退)

我が国における起業の状況を捉えるには、複数の統計が利用可能である。いずれも対象範囲が異なるので注意が必要だが、ここでは、「経済センサス」(旧「事業所・企業統計」)、「雇用保険事業年報」の2つのデータに着目しよう。

「事業所・企業統計」は5年ごと(中間年には簡易調査を実施)に国内の企業、事業所を全数調査している。ここでは事業所数ベースの開業率(農林漁業を除く民営事業所)を見ると、90年代半ばまですう勢的に低下傾向にあったが、その後は上昇、低下を繰り返していることが分かる(第3-1-5図(1))。これは、企業数ベースでも基本的に同じである。最新のデータは2009年における「経済センサス」によるもので、厳密には接続しないものの、大幅な低下を示している。ただし、これはリーマンショック後の景気悪化の影響を受けている可能性があり、基調として開業率が低下したとはいいきれない。なお、2004~2006年の年間平均の開業件数約36万件のうち、個人事業主は4割弱を占め、残りが様々な形態の法人になる。一方、廃業率は、90年代半ばまでは横ばい圏内の動きであったが、90年代後半に急増した後、再び横ばい状態にある。近年の特徴は、廃業率が開業率を上回っていることである。

一方、毎年の変動を把握するためには、「雇用保険事業年報」を利用することができる(第3-1-5図(2))。ただし、雇用保険の届出を基にしているため、対象が雇用者のいる事業所に限られており、我が国企業全体の動向を反映するものでは必ずしもない。それによれば、開業率は90年代後半に向け低下基調にあったが、その後は横ばい圏内の動きである。廃業率は逆に90年代半ば以降、急速に上昇する時期があり、その後は安定的である。

以上を総合すると、ここ10年程度は我が国の開業率に明確な上昇、あるいは低下の基調は見られないこと、以前は廃業を上回っていたが、近年では下回るか、せいぜい同程度であることが分かる。

(開業者の高年齢化はそれほど進んでいない)

我が国では労働力の高齢化が進んでいる。一方で、起業を志向する若者が減っているともいわれ、開業者についても高齢化が予想されるところである。そうであれば、起業した高齢者がいかに新しい技術やアイデアを市場に提供できるかが、我が国全体のイノベーションの姿にも重要な意味を持つ。こうした観点から、年齢別の開業の特徴を明らかにする。

開業者の年齢分布は、2010年時点では30歳代が最も多く、次いで40歳代、50歳代の順となっている(第3-1-6図(1))。後述するように、我が国の自営業者には高齢者が多いが、法人も含めた新規開業者では高齢者は相対的に少ないことが分かる。また、2000年からの変化に着目すると、30歳代のほか60歳代以上の割合が高まる一方、その他の年齢層の割合は低下しているが、開業者の平均年齢は、2010年時点で42.6歳であり、2000年代に入って以降は必ずしも高齢化が進んでいるとはいえないことが分かる。しかし、今後においては、労働力の高齢化がさらに進むことから、開業者の高齢化も避けられないと考えられる。

同調査(2009年)では、事業の内容に関して、「新規性」の有無、「ベンチャー」への該当・非該当について尋ねている(第3-1-6図(2))。「新規性」とは、既存の同業者と比べた事業内容に新しい点があるかどうか、「ベンチャー」は、ベンチャービジネスやニュービジネスに該当するかどうかである。いずれも開業者の主観的な判断であるが、イノベーションにつながるような内容の事業かどうかを判断する目安にはなろう。一般には、高齢の開業者は新規性等を求めないことが予想されるが、集計の結果は必ずしもそうはいえないことが分かる。「新規性」は20歳代で多いが、60歳代でこれに次ぎ、中年層ではそう回答した割合が低い。また、「ベンチャー」との認識は、各年齢層で「新規性」より少ないが、50歳代、60歳以上で相対的に多い。したがって、高齢者だから新規性、ベンチャー性がないとはいえず、少なくとも意識の上では逆であることが分かる。

  1. ここでの高齢化は、厳密にいえば高年齢化、すなわち、高齢者比率の増加よりむしろ平均年齢の上昇という意味合いである。以下、開業者の高齢化に言及している部分は同様。

(高齢者はベンチャー性の高い情報通信や製造業に比較的多く参入)

事業の新規性、ベンチャー性は、業種によるところもあると考えられる。例えば、関連技術が急速に進歩している分野では、新たな技術を自らの製品やサービスにいち早く取り入れることで、他の同業者と比べた新規性を発揮できる。具体的に、どんな業種が新規性やベンチャー性に該当しやすいのだろうか。

「新規性が大いにある」「多少ある」と回答した割合を業種別に集計したところ、上記の典型例ともいえる情報通信では、新規性を持つ割合が8割と高かった(第3-1-7図(1))。それ以外では、やや意外な結果ではあるが、教育・学習支援、宿泊などで新規性が高くなっている。一方、新規性が最も発揮しにくい業種が運輸であり、不動産がそれに続いている。また、最近、注目されることの多い医療・福祉は、建設と同程度であり、新規性がそれほど高い分野とはいえない。「ベンチャー」に該当するとの回答は、情報通信で突出して多くなっている。これに次ぐのが製造、卸売、教育・学習支援などであるが、これらは情報通信と比べると「ベンチャー」に該当する割合は半分程度以下になる。宿泊、運輸、不動産に至っては、大部分の開業者がベンチャーとは考えていないことが分かる。

それでは、年齢別の開業の業種分布はどうなっているのだろうか(第3-1-7図(2))。年齢を通して多いのは、その他個人向けサービス、医療・福祉、飲食・宿泊、小売、建設などである。2005年の調査でもこれらの業種が多く、開業の対象となる業種構成はほとんど変化していない。一方、業種構成は年齢によって大きく異なる。若年層、特に20歳代では、その他個人向けサービスが非常に多く、従来の業種区分では明示されない新分野への進出が盛んであると推察される。また、医療・福祉も比較的多い。これに対し、高齢層では、特に60歳代で製造業の人気が高い。そのほか、卸売、運輸、情報通信が比較的多いのも高齢層の特徴である。

高齢層の開業で新規性やベンチャー性を伴う場合が多いのは、一部にはこうした業種構成の違いを反映していると考えられる。容易に想像されるのは、団塊世代が現役時代に培った「匠の技」を活かして、製造業などでの開業を行っている姿である。これは、今後、高齢化がさらに進んでも開業のベンチャー性が維持される可能性を示唆する一方、長期雇用慣行の下で、高齢になるまで独自のアイデアを活かす機会が得られない状況もあることを意味している。

2 自営業の減少とその背景

前述のように、我が国の新規開業事業所の4割弱は個人事業主、すなわち自営業である。開業はフローの概念であるが、ここでは、自営業のストックに焦点を当てる。開業を論じたときと同様に、自営業には、日銭を稼いで暮らしていくための「生業」がある一方、イノベーションのけん引役としての「ベンチャービジネス」がある。人材にも、不完全就業に近い家族従業者もあれば、高額の収入を稼ぐ自営業主もある。この点を念頭に置いた上で、我が国において自営業が減少(自営業率が低下)している状況を確認するとともに、その背景を探ることとする。

(1)自営業率の動向

毎年の開業と違って、ストックとしての自営業者を考えると、マクロ的な人口動態と軌を一にして高年齢化が進んでいることは容易に予想される。そこで、高齢化要因が及ぼした影響に注目しつつ、我が国を含めた先進主要国における自営業率(就業者数に占める自営業者数の割合)の動向を調べてみよう。

(我が国の自営業率は急テンポで低下)

我が国には、2011年2月時点で541万人の自営業者がいる。家族従業者と合わせると711万人である。就業者が6211万人であるから、そのうち11.4%が家族従業者を含めた自営業者になる。この家族従業者を含む自営業者が、我が国では年々減少している。90年には、1395万人であったので、この20年間に半分になったわけである。自営業率では、90年は22.3%であったが、2010年には12.3%となっている。その背景を探る前に、そもそも、自営業率の低下は我が国特有の現象なのかどうかを調べておきたい。

結論からいえば、主要先進国では自営業率が低下しているケースが多く、我が国は決して例外ではない。例えば、G5では、ドイツ以外は自営業率が低下基調にある(第3-1-8図(1))。その理由として容易に思い浮かぶのは、農林漁業者の減少である。それでは、農林水漁業者を除いた自営業率はどうか。この場合でもG5ではドイツ以外は低下傾向にある(第3-1-8図(2))。以上をまとめると、一部の例外はあるものの、主要先進国では、農林漁業を除いたベースでも自営業率は基調的に低下しているといえよう。

しかし、我が国の自営業率には二つの特徴がある。第一に、我が国の自営業率はG5の中では高いことである。農林漁業を含む場合は、最近になって英国を幾分下回っているが、それ以外の国と比べると高い。また、農林漁業を除くと、2000年代後半において、我が国はドイツと同程度の水準にあり、英国より低いものの、フランスやアメリカを大きく上回っている。第二に、我が国の自営業率の低下テンポが速いことである。90年時点では、農林漁業を含んだベースで、我が国と他の4か国との差は大きく開いていたが、その後我が国の自営業率が急速に低下した結果、差も縮小している。

(高齢化は自営業率の押上げ要因だが、各年齢での自営業離れの影響がより大きい)

我が国の自営業者は、高齢者が多い。2005年時点で、自営業者の31.7%が65歳以上、25.9%が55~64歳となっている。また、年齢階級ごとの自営業率でも、高齢者になるほど高く、全体が14.7%であるのに対し、65歳以上は54.6%、55~64歳は20.4%となっている(第3-1-9図(1))。これは、我が国だけの特徴であろうか。また、高齢化が進んでいるにもかかわらず、なぜ自営業率は低下しているのだろうか。

図から明らかなように、高齢者ほど自営業率が高いのは、我が国以外の主要先進国でも同様である。G5の諸国では、いずれの国においても、年齢が上がるにつれて自営業率が緩やかに高くなるが、65歳以上では大幅に高まる。これは、定年等により雇用者が急減する一方で、自営業からの引退は相対的に少ないことを反映したものである10。次に、我が国における自営業率の低下と高齢化との関係を調べよう。具体的には、90年~2005年における自営業率の変化を、各年齢層の自営業率の変化と、年齢構成の変化の寄与に分解する(第3-1-9図(2))。その結果、まず、各年齢層の自営業率は、いずれも低下に寄与していることが分かる。90年~95年の間は、35~44歳の自営業率の低下が大きく寄与していたが、2000年代には、55~64歳の寄与が大きくなっている。企業における定年延長や継続雇用の動きに伴い、この年齢層が退職して自営業に転ずるケースが減少したためと考えられる。一方、年齢構成比の変化はプラスに寄与している。これは、自営業率の高い高齢層のウエイトの上昇が、自営業率全体を押し上げる方向に働いたことを示している。

したがって、高齢化そのものは自営業率の押上げ要因であるが、各年齢層での自営業離れの動きがこれを凌駕したことが分かる11

  1. なお、自営業者に占める高齢者の割合が多いのは我が国の特徴であるが、これは、我が国において人口の高齢化が特に進んでいることに加え、高齢者の労働力率が高いことを反映している。
  2. ドイツ、フランス、英国について、我が国と同様の分析を行ったところ、90年以降、いずれの国においても、高齢化は自営業率の押上げ要因であることが分かった。ただし、各年齢層の自営業率の動きは、国や時期によって異なっている。

(自営業の減少を雇用者の増加が補って就業率は高水準で安定)

各国で自営業離れが進んでいるが、自営業が減った分は基本的には雇用者の増加に振り替わっていると考えられる12。マクロ的に自営業者が雇用者に振り替わっているとすれば、就業率(人口に占める就業者の割合)は大きく変化していないはずである。この点を確認しよう(第3-1-10図)。

まず、25~64歳の就業率では、我が国は2000年代初め頃を中心に低下する局面があったが、長い目で見ると、おおむね横ばい圏内での動きとなっている。アメリカは、景気変動による雇用の増減が激しい点が特徴であり、特に2009年には大幅に就業率が低下しているが、ならして見ると我が国同様に横ばい圏内で推移してきたといえよう。日米とも、雇用情勢の悪化局面を除けば、75%を超える高い水準を維持しているといえる。これに対し、欧州主要国の就業率は、90年代には日米との対比でかなり低い状況であった。しかし、その後はキャッチアップの動きを示し、英国、ドイツでは日米とそん色ない水準に達している。背景には、これらの国で女性の就業率が急速に上昇したことがあったと考えられる。

他方、65~74歳の就業率では、我が国は3割程度となっており相対的な高水準を維持している。これには、前述したような、高齢者の自営業率の高さが寄与していると考えられる。アメリカ、英国が日本に次ぐが、これらの国では高齢雇用者の増加を反映して就業率がすう勢的に上昇している。一方、ドイツ、フランスではこの年齢で働く者は極めて少ないことが分かる。

  1. なお、これはマクロ的な構図であり、個別的には自営業を廃業した者が非労働力化する場合があることを否定するものではない。

(2)自営業減少の背景

我が国を含めた主要先進国では、高齢化の進展にもかかわらず自営業率の低下が見られた。こうした自営業離れの背景にはどのようなものがあるだろうか。自営業収入の状況を概観した上で、自営業率に影響を及ぼす様々な要因を、OECD諸国のデータ、我が国の都道府県別データを用いて検討する。

(日本の相対的な自営業収入は低い)

我が国で自営業が減少している背景として、自営業収入が雇用者報酬と比べて低いため、相対的な魅力が乏しいのではないか、という見方がある。この仮説については、後に日本のデータを用いた検証を行うが、ここでは、国際比較の観点から、我が国における自営業収入の水準を調べておく。具体的には、OECD諸国について、一人当たりの混合所得を一人当たりの雇用者報酬で除した値を使い、相対的な自営業収入の水準を比較する(第3-1-11図)。

その結果、自営業の相対収入は、国による差が大きいことが分かる。際立って高いのがアメリカで、混合所得が雇用者報酬の3倍に達している。その対極にあるのが日本で、逆に混合所得が雇用者報酬の半分となっている。この比較からは、我が国の自営業収入の低さが確認されるといえよう。また、アメリカのように収入面で自営業が有利な国でもその比率が低下傾向にあることを踏まえると、少なくとも国際的な自営業率の推移の違いを収入の差で説明することは難しそうである。

一方、2000年と2009年の水準を比べると、多くの国で自営業の相対収入はそれほど変化していないことが分かる。アメリカは以前から高水準であり、日本は低水準が続いている。したがって、国による相対収入の違いは、構造的なものである可能性が強い。構造的な要因として考えられるのは、業種構成の違いなどである。ここで比較に用いた混合所得には農林水産業の分も含まれるが、国によって農林水産業が自営業に占める割合が大きく異なる。我が国ではその比率が高く、農業の盛んなフランスの比率をも超えている。我が国では、生産性の低い「生業」的な農家の存在が自営業の相対収入を押し下げている可能性がある。これに対し、アメリカでは金融や不動産が他の主要国と比べると多い。

(景気後退期には自営業率は上昇する傾向)

ここまで各国の自営業者の年齢別の推移や自営業率に対する年齢構成の変化の影響を見てきたが、自営業率は年齢要因以外にどのような要因で決まっているだろうか。OECD加盟国のデータを用い、自営業率(農林水産業を除く。以下この項同じ。)の決定要因に関する分析を行った。自営業率は雇用者を含めた就業者数に対する比率であるから、自営業者と雇用者の相対的なメリット、あるいは参入の容易さに応じて、自営業率が変化すると考えられる。

そのような要因として、まず想定されるのが「景気」である。労働市場における景気の状況を端的に示すものとして失業率を取り上げよう。ただし、失業率の自営業率への影響は、理論上、プラス、マイナスの二通りが考えられ、先験的には決め難い。一般に、失業率が高いときは企業の労働需要が弱いため、雇用者として採用されにくくなり、結果として自営業者の選択が増える可能性がある。他方で、自営業は法人企業と比べて景気変動に対し脆弱であり、景気が悪く失業率が高いときには、資金調達などを考えても自営業という選択はしづらいかもしれない。実際に89年から2008年までのデータを用い自営業率と失業率13をプロットすると(第3-1-12図(1))、両者には正の相関が確認でき、失業率が高まる時期には自営業率も高まりやすいことが分かる。自営業率という観点からは、景気変動の自営業経営への影響に比べ企業の労働需要の大きさが相対的に重要であるといえよう。

失業率以外の要因として、労働市場における様々な制度的要因を考えることができる。ここでは、「税・社会保険料のくさび」14、労働組合の交渉力、雇用保護の度合いを取り上げ、失業率にこれらの変数を加え、自営業率にどのような影響を及ぼすかをパネルデータ分析によって調べた(第3-1-12図(2))。その結果、「税・社会保険料のくさび」の大きさは自営業率にプラス、労働組合組織率と雇用保護指標はいずれもマイナスに作用することが分かった。一般に、自営業の所得は雇用者に比べて捕捉が難しく、「税・社会保険料のくさび」が大きい国では雇用者から自営業にシフトする誘因が発生すると考えられる。また、労働組合組織率や雇用保護指標が高い場合、雇用者を選択することの相対的なメリットが大きくなり、結果として自営業率が押し下げられるのであろう15

  1. 本項では、失業率としてOECDのHarmonized Unemployment Rate(調整失業率:各国の失業率をILO基準にできるだけ近づけるような調整を行った失業率)を使用した。
  2. 所得税、社会保険料被用者負担分、社会保険料事業主負担分の合計の総労働コストに対する比率。なお税・社会保険料のくさびに関しては、本章第3節でやや詳しく分析する。
  3. ただし、雇用者の相対的なメリットが人為的に高められている(雇用者にレントが発生している)場合、雇用者になりたい者を増やす一方で、実際の雇用者数は増えず、失業率を高める可能性があることに注意が必要である。

(高い賃金が得られる地域では自営業を選択する確率が低下)

先に、雇用者報酬に対する混合所得の比率が国によって違うのは、業種構成の違いなどを反映している可能性があることを示唆した。ここでは、日本国内において、雇用者との収入面の格差が、個人が自営業を選択する際に影響を及ぼしているのかどうかを調べよう。具体的には、総務省「全国消費実態調査」の個票データを用いて、自営業者か雇用者かを選択するモデルを推計した。要因として考えたのは、雇用者の賃金水準のほか、都市圏在住かどうか(三大都市圏外のダミー変数)、世帯員の数、貯蓄残高であり、年齢による影響もコントロールした(第3-1-13図)。

推計は、自営業者全体、農林漁業を除く自営業者それぞれについて行ったが、いずれの場合についても、雇用者の賃金水準の高さは自営業を選択させない方向に働いた。ここでは、都道府県別の雇用者の年間賃金を用いており、潜在的に高い賃金が得られる地域では、それだけ自営業者を選択する確率が低下することが確認された。

そのほかの要因では、都市圏在住かどうかは自営業全体には影響を及ぼすが、農林漁業を除く自営業には影響を及ぼさないという結果となった。世帯員数はいずれに対してもプラスに寄与しており、大家族であれば家族従業者による手助けが期待できることなどが考えられる。現在、我が国では単身世帯数が増加しているが、このことは自営業の増加を目指すという観点からはマイナスに働くことが示唆されている。なお、年齢については、30歳代後半で最も自営業者となりにくいという結果となった。その年齢を超えて高齢になればなるほど、自営業者が選択されることになる。

3 副業と起業

就業形態の多様化のなかで、一人が複数の仕事をするという副業の動向を確認しておきたい。一口に副業といっても、その内容や動機は多様である。雇用者の賃金が伸び悩むなか、副業によって所得を補てんするという動きもあるといわれている。また副業を通じて人脈形成やスキル、ノウハウを身に着け、将来の開業に備えるという副業の活用方法もあるだろう。ここでは、我が国の副業の状況並びに起業予備軍として副業を将来の独立のために行っている者に焦点を当てて分析を行う。

(1)副業の実態

給与所得が伸び悩むなか、副業により所得を補てんする動きがあるという指摘があるが、我が国の副業の実態はどのようになっているだろうか。ここでは副業実施者比率の推移を見るとともに、副業の収入並びに副業日数がどのような要因で決まっているかについて分析を行う。

(農業を除くと副業実施者の比率は大きく変化せず)

副業者はそもそも増えているのだろうか。有業者に占める副業実施者の比率を男女別、農業とそれ以外、さらには年齢別で確認してみよう。副業実施者は、総務省「就業構造基本調査」において、「おもな仕事のほかに別の仕事もしている」者であると定義する(第3-1-14図)。

実は、副業実施者の比率は2002年までは低下の一途をたどり、87年に5%台後半であったものが、2002年には4%弱となった。その後、2007年時点では2002年と同水準にとどまったが、いずれにせよ、副業が盛んになっているとはいいがたい。副業が減少傾向を辿っていた背景にあるのは、農業従事者の減少である。実際、農業従事者を除いた場合、過去20年間にわたって、副業従事者比率はそれほど大きく変化していない。

この間、副業者の減少に寄与してきたのは男性であり、女性の副業実施者比率は横ばい圏内で推移してきた。87年には男性が副業者全体の2/3程度を占めていた。2007年でも依然男性の方が多いものの、その差は小さくなっている。前述の農業副業者の動きと合わせて考えると、男性の農業副業者が特に大きく減少したものと推察される。

年齢別の副業実施者比率も、男女で分布が異なる。男性では、年齢が高まるほど副業をする者が増加するのに対し、女性では40歳代後半が副業のピークになっている。こうした傾向は、農業を除いた副業だけを見ても変わらない。男女とも、30歳代までは農業を副業とする者はほとんどおらず、40歳代になって急速に増加する。男性では50歳代になると農業副業者がさらに増加し、全体の半数近くに達するのが特徴的である。

(自営業や家族従業者では副業従事日数が多め)

次に我が国の副業の従事時間(ここでは1か月当たりの日数)がどのような要因で決まっているかについて、労働政策研究・研修機構「副業者の就労に関する調査」を用いて分析を行う。具体的には、副業の日数を、本業月収や学歴、本業の就業形態、性別、扶養親族、副業の業種別といった要因で回帰分析を行った(第3-1-15図)。

まず扶養親族数と副業日数には正の相関があるとともに、本業収入と副業日数では負の相関が確認された。これは扶養親族が多いほど副業日数を増加させ、本業収入が多いほど副業日数を減少させていることを意味する。当然ながら本業収入が多いほど本業に対するコミットメントが強く求められ、時間的な制約などから副業を行いにくくなるという要因は考慮する必要があるが、この結果は副業が生活の費用を補うために行われる傾向が強いことを示唆しているといえよう。

次に、本業の就業形態との関係を見ると、正社員に比べて、自営業や家族従業者では1か月当たり3日程度副業従事日が多いことを示しており、これは本業の時間的な制約が大きく寄与していると思われる。また会社役員も正社員に比べ副業日数が2日弱多くなるが、これは時間的な要因に加え、現在持っている人脈等の資源を活用して様々な副業に取り組む機会が多く巡ってくるという能力的な要因によるところもあると考えられる。

最後に副業の業種別を見ると、不動産の副業ではその他サービス業に比べ2、3日程度副業日数が少ないことが分かる。これは、不動産の副業においては、当該不動産を購入・保持さえすればその後は基本的な管理・確認業務で資産運用ができるため時間的な拘束が少ないためと考えられる。また農業・鉱業でも副業日数が少なくなっているが、これも収穫期などの一時期を除き、手間がそれほどかからない傾向があるためと考えられる。

(副業収入が多い業種は不動産、金融、情報など)

前項では副業の従事日数の決定要因について分析を行ったが、ここでは副業収入(ここでは月収)の決定要因について調べる。先ほどと同じデータを活用し、副業月収がどのような要因で決まるかについて回帰分析を行った(第3-1-16図)。

まず扶養親族数と副業月収においては、正の相関が確認され、実際に、扶養親族が多いほど副業によって生活費を補てんせざるを得ない姿が示されている。本業月収との関係についても正の相関が確認された。前記の分析結果では本業月収と副業従事日数の間に負の相関であったので、ここでの副業月収と本業月収の相関は生産性要因によるものと考えられる。すなわち、本業月収が高い人ほど、日給の高い副業に取り組んでいる傾向があるといえよう。

次に、本業就業形態との関係では、自営業や家族従業者において副業従事日数の場合と同様に正の相関が確認された。同じように会社役員においても正の関係が確認されたが、会社役員と正社員では副業月収で6万5千円という非常に大きな差が生じており、会社役員の副業については日数、収入ともに生産性要因が強く働いていることが分かる。

それでは、どのような業種での副業が高収入をもたらすのだろうか。まず、不動産における副業収入の高さが際立っている。前述のとおり、不動産業では副業従事日数が少ないため、労働生産性が非常に高いことになる。これは、高い資本装備率、すなわち、不動産投資の形で資金を投じた結果と解釈することができる。そのほか、比較的高収入が得られる業種は、金融、情報、建設、医療などである。一方、「生業」的な色彩が強いと考えられる飲食や小売は、その他サービス業と統計的な差がなかった。また、農業・鉱業については、その他サービス業に比べ大幅にマイナスとなっており、従事日数が少ない代わりに収入もわずかであることが分かる。

(2)独立希望者と副業

上記の分析の中で、本業の収入が低いほど副業日数が多いことなどが確認されたが、これは、本業の所得補てん目的で行われる副業が多いことを示唆する。その一方で、少数ではあるが、副業を将来の起業のための準備として位置付けている者もいると思われる。以下、こうした起業希望の副業の実態について特徴を明らかにしよう。

(独立希望の副業実施者は年齢が若く、情報通信で相対的に多い)

最初に、将来独立するために副業をしている者の年齢、副業の業種について、副業実施者全体との相違がどこにあるかを調べてみる。その際、独立希望と似た状況にあると考えられる、転職希望者についても比較のため取り上げる。参照するデータは、これまでと同様、労働政策研究・研修機構「副業者の就労に関する調査」である(第3-1-17図)。

年齢分布16については、独立希望者は、副業実施者全体と比べると、30歳代で多くなっているのが特徴的である。同じ若年でも、18~29歳では、あまり大きな差は見られない。反面、40歳代以上では相対的に少なくなる。しかし、若年層で相対的に多いという特徴は、転職希望者ではさらに顕著であり、30歳代だけでなく、18~29歳でも多くなっている。一般に、「独立」は現在の職業を変えずに、雇用者の立場から自営業者や会社役員に転ずることを意味するので、「転職」と違ってある程度の業務経験が前提となる。そのため、独立希望者では20歳代以下の者はそれほど多くないと考えられる。

それでは、独立希望者はどのような業種の副業実施者で多いのだろうか。ここでも、副業者全体、転職者との相対的な関係に着目する。独立希望者が副業者全体と比べて目立つのは、情報・通信、その他のサービス、卸売・小売である。一方、転職者との関係ではやや様相が異なり、情報・通信ではほぼ同じであるが、その他のサービス、卸売・小売では独立希望者の方で集中度が高い。逆に、飲食・宿泊では転職希望者で集中度が高い。なお、独立希望者、転職希望者とも、副業者全体との対比で教育・学習支援は少なくなっている。

  1. ここでは独立行政法人労働政策研究・研修機構の「副業者の就労に関する調査」を利用しており、本調査では副業実施者の中で30代の割合が最も多いが、第3-1-14図の総務省「就業構造基本調査」を使った有業者に占める副業実施者比率を見ると、高齢層の方で副業実施者が多くなる。労働政策研究・研修機構の「副業者の就労に関する調査」はWeb上でのアンケート調査であるためサンプルの偏りの可能性が高いため、ここでは絶対水準で見るよりも「総計」と「独立したい」の相対的な水準を比較することに意味がある。以下、この節同様。

(独立希望の副業実施者は本業、副業とも労働時間が長め)

次に、独立志向副業実施者の本業や副業の労働時間について副業実施者全体並びに金銭のために副業をしている者との比較を行う。ここで、金銭のための副業実施者とは、理由として「1つの仕事だけでは生活が営めないから」「収入を増やしたいから」「ローンなど借金や負債を抱えているため」のいずれかを挙げたものを指す(第3-1-18図)。

まず、独立希望者では、金銭のための副業実施者、及び副業実施者全体と比べ、本業に費やす時間が著しく長くなっている。その結果、独立希望者は本業での収入も多く、月収30万円以上が半分以上である(副業実施者全体では月収30万円以上は3割程度)。独立を目指す以上、本業での経験を積んで一定のスキルを習得することが重要であり、本業の労働時間も長くならざるをえないと考えられる。一方、金銭のための副業実施者と、副業実施者全体では、労働時間の分布はほとんど同じである。

次に、副業の労働時間の分布を見ると、副業実施者全体と比べて長い者が多い。特に、1か月70~79時間のところで両者の差が大きくなっている。したがって、独立希望者は、本業、副業ともに労働時間が長い傾向にあり、独立を目指して非常な努力をしている様子がうかがわれる。一方、金銭のために副業をしている者も、独立希望者と同じ程度に副業の労働時間が長めとなっている。しかし、金銭のための副業実施者は、本業の労働時間が長いわけではなく、むしろ本業で不十分な労働時間を副業で補うという色彩が強いと考えられる。なお、興味深いことに、独立希望者では副業の月収が10万円以上の者が4割強、20万円以上の者も15%程度いる。金銭のための副業実施者では、これらがそれぞれ25%程度、8%程度にすぎない。両者では副業の労働時間が長い者が同じ程度の割合にもかかわらず、独立希望者で副業収入が多くなっており、その生産性の高さが注目される。

(独立のため副業を希望しながらできてない者は製造業や情報・通信に多い)

ここまでは、将来の独立のために副業をしている者の特徴を抽出してきた。ところで、独立のために副業を考えているが、実際にはできていない者もいる。これらの者が本業でどのような状況にあるのかを調べてみよう(第3-1-19図)。

まず本業の月間労働時間の分布を見ると、副業実施者全体と副業を希望するものの副業ができていない全体(以下、「副業希望者全体」という)の比較では副業希望者全体の方が副業実施者全体よりも本業の労働時間が圧倒的に多く、本業の忙しさが副業を断念させている理由の一つと考えられる。一方、独立のための副業実施者と、独立のために副業を希望するものの副業ができていない者(以下、「独立志向副業希望者」という)の本業の労働時間を比較すると、両者に明確な差は認められない。独立のための副業実施者、独立志向副業希望者ともに本業勤務時間が相対的には長いため、本業の労働時間がまったく制約でないとは考えにくい。しかし、少なくとも独立のための副業実施者と比較する限りにおいては、独立志向副業希望者にとって本業の労働時間が大きな阻害要因とはいえないだろう。

それでは、どのような業種で独立志向の副業希望者が多いのだろうか。独立のための副業実施者全体と比べると、独立志向の副業希望者には、製造業や情報・通信を本業とする割合が高い。これらの業種では、独立のために副業をしたいにもかかわらず副業が実施できない傾向が高いことを意味している。逆に、その他サービスや卸売・小売においては独立志向副業希望者の割合が相対的に低く、これらの業種では両分野においては独立のための副業がしやすい状況にあるといえる。これらの業種の特性による要因分析は難しいが、製造業や情報・通信を本業としている者が、独立のための副業がよりしやすい環境になれば、副業を通じた開業が今後増加することが期待される17

  1. 副業を困難とさせる環境の一つとして、本業における副業禁止規定の存在が考えられる。独立志向か否かを問わず、副業ができていない副業希望者の約半数が、副業が禁止されているとしている。

コラム3-1 家計内リスクシェアリングと格差

本節では自営業や副業など多様な働き方を取り上げたが、収入源の多様化は人々の所得格差にどのように影響を与えているであろうか。ここでは、我が国における所得格差の状況を所得要因別、さらには家族世帯員別に確認してみよう(コラム3-1図)。

まず、世帯主の所得要因ごとの格差を見ると、勤め先収入のみのジニ係数に比べ、その他の所得要因も考慮したジニ係数の方が低く、所得源の多様化は格差の縮小に寄与していることが分かる18

次に、世帯内の勤め先収入主体ごとの格差を確認すると、世帯主と配偶者の勤め先収入で見たジニ係数は世帯主の勤め先収入におけるジニ係数とほぼ同じ水準であり、配偶者の勤め先収入は世帯主の勤め先収入の格差を是正する効果がほとんどない。一方、世帯主に配偶者以外の世帯員の勤め先収入を加えたジニ係数は、世帯主の勤め先収入のジニ係数より小さく、世帯全体の所得では世帯主と配偶者の収入に比べ格差が小さい。これは、勤め先収入が相対的に少ない夫婦の世帯では、他の世帯員(例えば、当該夫婦の親)が家計内の所得を補うために働きに出ることを選択し、結果として格差が小さくなることが一因であると考えられる。

このように収入源の多様化や世帯員の増加は収入の補てんを通じて格差是正に寄与するといえるが、そうだとすれば、1世帯当たり構成員の減少に伴ってこうした家計内のリスクシェアリング機能が損なわれる可能性があることに留意が必要である。

  1. 「勤め先収入」には本業のみならず副業による勤め先からの収入も含むため、ここでの効果は副業ではなく農林漁業収入や家賃・地代、利子・配当金などの「勤め先以外の収入」によるものである点に注意が必要である。
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