第3章 人的資本とイノベーション 第2節

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第2節 企業経営と高度人材

本節では、企業においてイノベーションのけん引役となるような、専門性の高い人材、あるいは研究開発や海外進出を担う人材の確保について考える。高度な能力が求められるこれらの人材は、すでに一定規模のプールを持つ企業を除くと、従来の採用や育成の方法では調達が困難であると思われる。したがって新たな方法を開拓する必要が生ずるが、その場合、長期雇用に代表される関係志向的な内部組織の在り方との整合性が問われることになる。こうした点を意識しながら、人材の特性ごとに現状の把握をしていきたい。

1 高度人材の採用と育成

最初に、分野は特定せずに、「専門性の高い人材」、「企業経営の中核を担う人材(コア人材)」について、それぞれ取り上げよう。前者は一般的スキル、後者は企業特殊的なスキルに優れているが、現代の企業は程度の差はあれ、両タイプの人材が必要であろう。こうした人材の採用や育成の方法と、雇用慣行との折り合いの付け方を中心に検討する。

(1)専門性の重視と雇用慣行

まず、我が国企業における専門性の高い人材の扱いについて、その採用、育成の状況を調べよう。具体的には、独立行政法人労働政策研究・研修機構が2009年9月に行った、上場企業を対象とした「今後の雇用ポートフォリオと人事戦略に関する調査」の結果を基に、専門人材の扱いが業種や企業規模、雇用慣行とどう関係しているか、雇用者数や定着率などのパフォーマンス指標にどう影響を及ぼしているかを分析する。

(規模の大きな企業ほど専門性を重視した採用は少ない)

企業活動を支える様々な業務を遂行するためには、持ち場ごとにある程度の専門性を持った人材が必要なことは論を待たない。知識集約的な業種ではもちろん、一般の業種でもマネジメントの効率化の一環として、個々の従業員の専門性がしばしば重視されるようになっている。その一方で、過度の専門性重視は、需要の変化に即応した柔軟な配置転換の障害となるなど潜在的なデメリットもあり、企業の事業特性に適合した専門性の扱いが課題である。ここでは、専門性重視の度合いを、「職種や専門性を限定した採用」「職種や専門性を重視した人材育成」を行っているかどうかで判断し、その業種や企業規模による違いを調べることとする(第3-2-1図)。

まず、企業の現時点での採用方針について見てみると、職種や専門性を限定して採用を行う企業の割合は、建設業や製造業で相対的に高い水準にあるものの、最も高い建設業でも5割程度であり、全産業で見ると3割を下回る水準と過半数を大きく下回っていることが分かる。今後景気が回復した時点における採用方針においても、この割合はほとんど変化がなく、我が国の企業においては、景気変動にかかわらず、専門性を限定した採用を行う傾向が弱いことが分かる。

もっとも、この傾向については、企業規模によって度合いがやや異なる。すなわち、規模の小さい企業ほど職種や専門性を重視して採用を行っている。この理由としては中小企業ほど教育訓練に費用をかける余裕がないため、即戦力を必要としていることが考えられる。景気が回復した時点における採用方針でも、300人未満の企業において増加幅が大きく、規模の小さい企業において、専門性を持った人材を採用しようとする意欲が相対的に強い。

それでは、採用した後の人材育成方針についてはどうか。職種や専門性を重視して人材育成を行う企業の割合は、大半の業種において、採用方針における割合を上回っており、平均すると4割を超えている。したがって、専門人材に限定した採用をしていない企業でも、入社後の教育訓練では専門性を重視するケースが一定程度あるといえよう。ここで興味深いのは、企業規模別の傾向である。採用と違って、専門性を重視した人材育成に関しては、企業規模による差が観察されない。すなわち、大企業では、専門性は重要だが、企業内部において適性を見極めつつ育成しようとする姿勢がうかがわれる。

(専門人材を重視する企業では終身雇用を維持する割合が低い)

以上のような大企業の姿勢は、我が国の伝統的な雇用慣行と結びついている可能性もある。そこで次に、企業による雇用慣行と専門人材の採用、育成との関係を調べよう(第3-2-2図)。雇用慣行としては、「終身雇用の維持姿勢」と「成果主義的な賃金制度の採用」を考える。ただし、「終身雇用」の概念には注意が必要である。いうまでもなく、新卒で採用され定年まで勤続する社員が大多数を占めるという意味での「終身雇用」は大企業の正社員を中心とした慣行であり、必ずしも一般的ではない。しかし、この調査は上場企業を対象としており、「終身雇用を維持していく」と回答した企業は平均で6割を超える19

一般に、採用や教育における専門性の重視と終身雇用は、なじみにくい関係にあることが予想される。実際、採用方針・人材育成方針いずれにおいても職種や専門性を重視している企業ほど、「終身雇用を維持していく」と回答する企業の割合が低いことが分かる。また、外部労働市場の活用度合いとの関係についても、職種や専門性を重視する企業ほど、中途採用を重視しており、採用に占める中途比率も高い結果となっている。以上のことからは、職種や専門性を重視する企業ほど、より柔軟な雇用体系を採用しており、外部労働市場の活用が進んでいるといえよう。

教育訓練を企業の責任とする考え方も、専門性の重視とはなじみにくいと思われる。集計結果からは、確かに、職種や専門性を重視する企業では、教育訓練に関しては従業員個人が責任を持つべきであると考える企業の割合が高いことが分かる。この理由としては、職種や専門性を重視する企業ほど、より流動的な雇用制度を採用しているため、従業員の勤続年数が短期化する傾向があり、企業として教育訓練を実施する誘因が低下することが考えられる。

これに対して、成果主義的な賃金制度の採用と専門性の重視とは明確な関係が見られなかった。一般的には、職種や専門性を重視すれば、年功的な賃金制度がなじまなくなると予想される。しかし、最近では、企業特殊的な能力を重視する企業でも、成果主義的な賃金制度の採用が一定程度あることを反映した結果であろう。我が国では、グローバルに展開する大企業を中心に、コア人材の長期雇用慣行は残しつつ、成果主義を導入している企業が少なくないが、こうした企業では専門性はそれほど重視されていない可能性がある20

  1. ちなみに、同調査では、終身雇用慣行を構成する要素の一部である、新卒一括採用やリストラの回避姿勢についても尋ねている。「新卒採用は中長期の人員計画の下で計画的に毎年行う」に対し、「そう思う」企業は89.2%(「そう思わない」は6.3%)、「正社員のリストラは極力避ける」に対し、「そう思う」は87.9%(「そう思わない」は8.1%)であった。
  2. Aoki et al.(2007)は、市場志向的な金融・所有構造と関係志向的な内部組織を併せ持つ「ハイブリッド型企業」が支配的となりつつあると指摘すると同時に、こうした企業でも成果主義の導入が進んでいるとしている。

(専門人材を重視する企業における新卒者定着率は高い)

それでは、こういった職種や専門性に関する企業の採用方針や人材育成方針は企業の雇用者数にどういった影響を与えているのだろうか。また、専門性を重視した採用方針や人材育成方針は雇用の流動化を招き、雇用者のスキル蓄積、特に若年層のスキルの向上を阻害するという指摘もあるが、採用方針や人材方針と若年労働者の定着率とはどのようになっているだろうか。ここでは企業の採用方針や人材育成と正社員の増減の関係並びに新卒採用後3年目までの定着率との関係を確認しよう(第3-2-3図)。

まずは、リーマンショックの影響を大きく受けた2008年半ばから2009年半ばにおける正社員の増減を見ると、専門性を重視した採用や人材育成を行っている企業の方が行っていない企業に比べて正社員数を減らした企業の割合が高いことが分かる。このことは第3-2-2図の分析で確認した専門性を重視した採用や人材育成を行っている企業では雇用が流動的であることと整合的である。

また、今後の景気回復局面での正社員数の増減について見ると、採用や人材育成で専門性を重視するか否かで正社員数の増減には明確な差は確認できないが、詳細にその内訳を見ると、専門性を重視している企業では「かなり増やす」と「かなり減らす」という回答が専門性を重視していない企業に比べて多くなっており、専門性を重視した採用や人材育成を行う企業の中での正社員数見通しのばらつきが大きい。この雇用方針に対するばらつきの大きさ、つまりは企業業績の格差の大きさも雇用を流動化させる一因であると考えられる。

最後に、新卒採用後3年目までの定着率に着目すると、専門性を重視した採用や人材育成を行っている企業の方が新卒者の定着率が高い。一般的に、雇用が流動化している企業では新卒採用者の定着率も低くなり、若年層労働者のスキル蓄積の阻害要因となるといわれているが、実際は、専門性の重視は新卒者の早期離職を促すことにはつながっていないことが分かる。これは、専門性を重視した採用や人材育成を行っている企業では、労働者のニーズにあった専門的な業務内容を労働者に提供しているために新卒採用者も早期離職するインセンティブが少ないためと考えられる。

(2)コア人材の育成と選抜

次に、大卒ホワイトカラーを中心としたコア人材に絞って、企業内での教育訓練の資源がどの程度集中的に投資されているかを検討する。限られた資源を基に効率的にコア人材を育成するには、「選抜」が必要となる。そこで、以下では、早期選抜による昇進や、選抜して行う教育訓練に着目して現状を明らかにする。

(大企業では早期選抜による昇進は普及せず)

企業の経営には程度の差はあれ企業特殊的な能力、知見が必要であり、洋の東西を問わず、経営幹部の調達手段として内部での教育訓練と昇進は有力な方法である。我が国の大企業ではこの傾向が強かっただけでなく、同期横並びの遅い昇進とOJT中心の教育訓練が特徴的であるとされてきた。しかし、企業を取り巻く環境の変化に伴い、より効率的、効果的と思われる人材育成方法の採用が試みられるようになっている。その一つが、「早期選抜」に基づくコア人材の育成である。

最初に、このような取組の浸透度を確かめよう(第3-2-4図)。労働政策研究・研修機構「今後の雇用ポートフォリオと人事戦略に関する調査」によれば、これまで「正社員の昇進や昇格はできるだけ早期に選抜」を行ってきた企業は全体の約3割、「大卒ホワイトカラーの教育訓練について社員を選抜」して行ってきた企業は約4割であり、早期選抜の実施が多数を占めるには至っていないことが分かる。もっとも、今後(景気が回復した時点)実施すると回答した企業を含めると、それぞれ約4割、6割強となり、早期選抜の必要性の認識が広まってきている。両者をより詳細に見ると早期選抜による昇進より、選抜による教育訓練を実施している企業の割合が多い。教育訓練においてOJTを重視してきた多くの日本企業にとっては、幹部育成の近道は早期の昇進で困難な職務を経験させることであろう。しかし、社員全体の士気の維持などを勘案すると早期選抜に踏み切れない企業も多く、次善の策として選抜教育のみを行う企業が少なくないためと考えられる。

この傾向は、企業規模別では従業員5000人以上の大企業で顕著である。これらの大企業では、早期選抜による昇進は約2割の企業しか実施していない。さらに、今後、新たに実施する意向のある企業はほとんどない。選抜教育についても、大企業ほど実施している割合が少ないが、規模による差は早期選抜ほど大きくはない。また、大企業でも、今後、選抜教育を実施しようとする企業を含めると半数を超えており、年功的な社内秩序を大きく崩さずに効率的な人材育成を進めようという意図がうかがわれる。

(積極的な事業展開を目指す企業では経営幹部育成の特別プログラムを重視)

以上のように、早期選抜による昇進の実施企業は少数で、特に大企業では普及していないが、選抜による教育訓練には前向きの企業が多い。企業がこのような形でコア人材のスキル形成を急ぐのは、新製品の開発や新市場の開拓など、高い能力を持つ一部の従業員によって勝敗が決まるような事業が増えているからだろうか。

内閣府「企業経営に関する意識調査」では、今後の事業展開の方向性について尋ねており、目指す方向性と人材育成の方針の関連を探ることができる(第3-2-5図)。まず、「一部の従業員を対象とした選抜教育」を重視する割合は、「既存事業における生産・業務効率の改善」を目指す企業で最も多く、8割近くに達している。こうした事業展開の方向性は、市場の縮小など厳しい環境において選択されやすいと考えられ、社員一般に対して幅広い訓練を行うだけの余力がないため、やむを得ず選抜教育を行う企業を含んでいると見られる。もっとも、「既存事業における新商品・新販路の開拓」などの積極的な事業展開を目指す企業でも、選抜教育を重視するケースは多くなっている。

これとは対照的に、「既存事業における生産・業務効率の改善」を目指す企業では、「経営幹部育成のための特別プログラムの実施」を重視する割合は少ない。こうしたプログラムは、機会費用も含めて実施に大きなコストを要すると考えられ、実施に当たっては経営資源に十分な余裕があることが前提となろう。一方で、「既存事業における新商品・新販路の開拓」「既存事業の規模拡大」「新規事業分野の開拓」といった事業展開を目指す企業では、特別プログラムの実施を重視する割合が、一部従業員の選抜教育と同じ程度に高くなっている。経営幹部育成の特別プログラムは、積極的な事業展開を図ろうとする企業にとって重要な手段と考えられていることが分かる。

(終身雇用企業でも今後は選抜教育を実施の意向)

早期選抜による昇進や教育は、我が国の大企業で主流となっている終身雇用の慣行と両立可能なのだろうか。それとも、選抜に漏れた社員の士気を減退させ、あるいは、選抜され高度なスキルを身に着けた社員の転職を誘発することで、雇用の流動化を促進する要素を内包しているのだろうか。こうした可能性について、前出の「今後の雇用ポートフォリオと人事戦略に関する調査」を参照することで検討しよう。

まず、早期選抜による昇進の実施の有無で社員の平均勤続年数を比べると、両者には差がまったく見られない(第3-2-6図(1))。これに対し、選抜教育、全社員一律の教育のいずれを選好するかで企業を分けると、前者より後者の平均勤続年数が長い。したがって、現時点では、選抜教育は終身雇用とはなじみにくい面がある一方、早期選抜による昇進は必ずしもそうではないことが分かる。

ただし、今後の雇用に関する考え方と人材育成方針に関しては、やや様相が異なる(第3-2-6図(2))。早期選抜による昇進に消極的なのは、むしろ現在、終身雇用になっていない企業である。おそらく、こうした企業には、内部昇進という仕組みそのものを重視しないため、早期選抜を行う見込みがないケースが多いと考えられる。「原則として終身雇用を維持」する企業と「部分的な修正はやむを得ない」とする企業では、後者の方がやや早期選抜を予定する割合が多いが、それほど大きな差ではない。終身雇用を維持する企業でも、早期選抜は問題なく導入できる仕組みであると考えられる。一方、選抜教育については、いずれのタイプの企業でも今後は行っていくとする割合が高い。さらに、現在は終身雇用になっている企業の方が、そうでない企業よりも選抜教育の実施に前向きである。これは、現状において一律教育を選好する企業の平均勤続年数が長いことと対照的であり、そうした企業でも、今後は選抜教育へのシフトを考えていることが分かる。

2 研究開発人材の確保

第2章で検討したように、我が国企業は研究開発費を多く支出しているが、その効率性は必ずしも高いとはいえない。この状況の改善のためには、一つの対応策としてイノベーションの国際連携を進めることがあるが、加えて、質の高い研究開発ストックを生み出すための人材の確保・充実が重要と考えられる。この点に関し、企業における人材の需要の状況、主要な人材の供給源である大学院の卒業者についての課題を分析する。

(1)研究開発と雇用

我が国において、研究開発人材は果たして不足しているのだろうか。以下ではまず、人材が研究開発の実施に際して課題となっている度合いを確認する。さらに、企業規模による違いに着目しながら、人材の定着状況や今後の労働需要について調べよう。

(小規模な企業ほど研究開発人材の確保が課題)

人材確保の必要性は、研究開発の効率的、効果的な推進にとってどの程度重大な問題なのであろうか。優秀な人材は「多々益々弁ず」であるが、最大のボトルネックが常に人材とは限らないであろう。内閣府「企業行動に関するアンケート調査」では、商品・サービスの開発に関する課題を尋ねている。その結果からは、最も回答が多かったのは「市場ニーズの把握」であり、次が「研究開発・企画の人材確保」であった。第2章で扱った無形資産の分類でいえば、ブランド資産を形成するための市場調査が多くの企業が感じる第一のボトルネックであるが、人的資本の不足もそれに次ぐ重要な課題ということである。参考までに補足すると、3位以下で回答の多かった項目は、「良質の商品・サービスを提供する人材の確保」「営業力の不足」などであった。

一般に、中小企業では人材不足感が感じられることが多いが、研究開発人材でもそうであろうか。前述のアンケート結果について、企業規模別に集計すると、予想されたとおり、資本金規模の小さい企業ほど「人材確保」を課題として挙げる割合が高い(第3-2-7図(1))。資本金10億円未満の小規模企業においては「市場ニーズの把握」との回答より多くなっており、ニーズを把握していながら人材不足で商品が開発できないという企業も例外ではない可能性がある。これに対し規模の大きい企業では、「市場ニーズの把握」が「人材確保」を相当程度上回っており、人材はいるもののニーズが分からないというケースが多い。

以上から、研究開発人材の確保を課題とする企業は少なくないが、特に規模の小さい企業では相対的に多いといえよう。このことは、実際の研究者数の動向からも推察される(第3-2-7図(2))。製造業における従業員1万人当たりの研究者数は、2000年代において、規模の大きい企業では増加したが、小さい企業では振れがあるものの横ばい圏内で推移している。人数の確保という点では大企業と中小企業では状況が大きく異なることが分かる。

(小規模事業所では中堅研究者を中心に賃金が下落)

人材が不足しており、その確保を図ろうとする場合、賃金を始めとする待遇の改善等により人材を惹きつけることが基本である。一般に、中小企業の賃金水準は大企業と比べて低いため、人材確保については困難が多いが、研究開発人材も例外ではない。例えば、研究関係者の1人当たり人件費(2009年度時点)は、資本金100億円以上の企業では約900万円であるのに対し、1億円~10億円の企業では約700万円となっている(総務省「科学技術研究調査」)。こうした論点について、賃金カーブに着目することで詳しく調べてみよう。

我が国では、研究者の場合も賃金は少なくとも40歳代までは年齢とともに上昇する(第3-2-8図(1))。この傾向は大企業ほど顕著であり、賃金カーブが急である。このような賃金カーブの形が、2005年と2010年とでどう変化しているだろうか。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によって確認すると、大規模(従業員1000人以上)、中規模(同100人以上1000人未満)の事業所では目立った変化はないといえる。一方、小規模事業所(同10人以上100人未満)では、賃金カーブが中年層を中心に明確な下方シフトを示している。その結果、規模の大きい事業所との差も拡大しており、30歳代~40歳代の「脂が乗った」中堅研究者の確保にとって不利な条件であると考えられる。

このような状況では、規模の小さい事業所から中堅の人材が流出している可能性がある。研究者の勤続年数カーブの変化から、その点について推測することができる(第3-2-8図(2))。すなわち、大規模事業所では、2005年と2010年では年齢ごとの勤続年数のパターンに大きな違いはない。これに対し、中規模、小規模の事業所では、下方シフトが観察され、中途での離職者の増加が示唆される。特に、小規模事業所の場合、30歳代~40歳代前半に勤続年数がまったく伸びておらず、中堅研究者の定着が進んでいないことが分かる。

(研究開発に前向きな企業は雇用も拡大)

研究開発人材の不足は、企業にとっては解決すべき課題であるが、一方で、今後の雇用拡大を展望する際にはプラスの材料でもある。内閣府「企業行動に関するアンケート調査」の結果から、研究開発の拡大やそのための人材確保の動きが、国内雇用の見通しの改善につながるのかどうかを検討したい。

企業活動のグローバル化が多方面で進んでいるが、研究開発に関しては国内志向が依然として根強いのも事実である。実際、アンケート結果からは、国内の研究開発を「強化・拡大」する意向の企業が少なくないことも分かる。そうした企業の雇用見通しを、国内の研究開発を「維持」する企業と比べると、当然予想されるように、前者が後者より雇用を大きく増加させる見通しとなっている(第3-2-9図(1))。また、資本金別で分けると、規模の小さい企業ほど雇用を多く増加させる見通しとなっている。なお、研究開発を「維持」する企業では、資本金10億円以上ではいずれの区分でも雇用を減少させる見込みである。

それでは、新商品・サービスの開発強化に当たり、研究開発人材の確保が課題となっている企業(「人材不足企業」と呼ぶ)の雇用見通しはどうだろうか(第3-2-9図(2))。比較対象として、「新商品・サービスの開発を中長期的に強化」すると回答した企業(「ベンチマーク」と呼ぶ)の雇用見通しを用いる。予想されるのは、「人材不足企業」の雇用見通しはベンチマークを上回ることである。実際には、規模の大きい企業では予想どおりの結果であるが、規模の小さい企業ではそうなっていない。中小企業では研究開発人材が不足していても、雇用の増加が多く見込まれるわけではない。人材確保が現実には困難なため、見通しも控え目になっている可能性がある。

(2)大学院卒業者の雇用

企業が研究開発に必要な人材を採用する際、一定の能力を持つことを示すシグナルとして大学院卒の資格に着目することが考えられる。しかし、日本企業は伝統的には新卒採用者を自社で教育することに力を入れてきたため、大学院卒業者に対するニーズは限定的であったともいわれる。こうした状況は最近でも変わっていないのだろうか。

(工学系修士の就職率は高水準で推移)

大学院卒業者の供給は増加してきたが、その就職状況はどうなっているのだろうか。ここでは、研究開発人材という観点から、特に工学系修士に焦点を当て、2003年以降の就職率と進学率の推移を基に調べてみよう。その際、比較対象として学部卒業者、及び社会科学系における状況をとり挙げる(第3-2-10図)。

工学系修士に関して注目される点は、就職率が8~9割と非常に高いことである。もちろん、就職率は景気変動の影響を受ける。実際、2003年から2008年(3月時点)の間に就職率が上昇しているが、これには、2007年までの景気の回復基調が反映されていると考えられる。また、リーマンショック後の厳しい景気状況を反映して2010年にかけては低下している。こうした動きは、工学系の学部卒、社会科学系の修士、学部卒ともに基本的には同じであり、このことからも景気状況を反映していることが推察される。しかしながら、2010年における工学系修士の就職率の低下幅が相対的には小さく、企業からの根強いニーズがあることを示唆しているといえよう。

また、もう一つの注目すべき点として、工学系では学部から大学院への進学率が顕著に高まっていることがある。すなわち、2003年には進学率が約3割程度であったが、2010年には約4割となっている。このうち2008年から2010年の間の上昇には、景気低迷による学部卒の就職難が背景にあると考えられるが、2008年以前でもある程度の上昇を示しており、大学院進学のメリットが高まっていたと見られる。なお、修士課程から博士課程への進学率は2008年にかけて低下したのちも目立って回復はしていない。

(大学院卒業者の初任給は学部卒の1割強高い水準で安定)

工学系修士の卒業者への企業のニーズは高いが、そのことは採用時の処遇に反映されているのだろうか。また、企業の姿勢においても大学院卒の積極的な採用が確認されるのだろうか。最初の点についてのデータは限られるが、客観的な指標の一つとして、大学院(修士)卒と学部卒の初任給の水準を比べてみよう(第3-2-11図(1))。まず、産業計では、2005年と2010年のいずれの時点でも、修士は学部卒に対して1割強多い金額の初任給を支給されている。工学系修士を多く採用すると考えられる製造業でもこの割合はほぼ同じであるが、2010年には幾分倍率が低下している。非製造業では水準にバラツキがあり、情報通信業では倍率が低くなっているが、2010年においては1割を大きく上回る倍率は観察されない。したがって、初任給の水準からは、大学院修士卒業者に一定程度配慮がなされているが、その度合いは大きく変化していないといえよう。

二番目の論点については、内閣府「企業経営に関する意識調査」で大学院卒の採用について尋ねているので、それを基に調べてみよう(第3-2-11図(2))。同調査において、「これまで大学院卒の採用を増加させる意向」であったと回答した企業を大学院卒の採用に「積極的」な企業であると考えると、大学院卒の採用に積極的な企業は全体では1割に満たない。しかし、業種によって状況は大きく異なる。加工型製造業や素材型製造業では、積極的な企業がそれぞれ約15%、25%を占めるのに対し、非製造業では数%にすぎなかった。これは、加工型製造業や素材型製造業の中の特に化学では研究開発が重視されている21ためと予想される。実際、大学院卒業者の採用に積極的な企業とそうでない企業で、研究開発費の売上高に対する比率の平均を比べると、前者では後者の倍以上の比率となっている。さらに、大学院卒の採用に積極的な企業は「この3年間知識集約型事業を積極的に行っていた」と回答する割合が相対的に高い。

  1. 第2章では、加工型製造業とその他製造業の無形資産が多いことを示した。本項での素材型製造業において大学院卒の採用を増加させる企業の割合が高いのは、化学が多く含まれるためであり、化学を除くと素材型産業における大学院卒の採用を増加させる企業の割合は8%程度と全産業と同程度となる。また、その他製造業において大学院卒の採用を増加させる企業の割合がそれほど高くないのは、無形資産が多い医薬品が本調査においては大学院卒の採用姿勢が変わらないと回答しているためである。医薬品においては以前から大学院卒の採用を積極的に行っており、現時点でこれ以上増加させる意向がないため、本調査では「これまで大学院の採用を増加させる意向」を選択していない可能性が高い。

(研究開発費割合が高い企業ほど博士課程卒業者の採用割合を増加)

欧米の多くの先進国においては、個々人の肩書としてDr.(博士)が社会的に確立し、博士号保有者については高度な知識を有する者という認識が浸透しているが、我が国において博士取得者の扱いはどのようになっているだろうか。これまで大学院卒業者のなかでも主に修士課程卒業者に注目して分析を行ってきたが、ここでは博士課程修了者に注目して検討を進めよう。

まず工学系の博士課程卒業者数については、2000年代半ばにかけて若干増加したが、2000年代後半はおおむね横ばいで推移し、2010年度においては3600人程度となっている(第3-2-12図(1))。少子化の影響で若年層の数が減少していることを考慮すると工学系博士課程卒業者数はこれまでのところ相対的に増加してきたといえるが、前掲第3-2-10図で確認した通り、近年では修士課程から博士課程に進学する割合が低下しており、今後の博士課程卒業者数の動向に注意が必要である。

また同博士課程卒業者の就職率を見ると、2000年代前半から半ば頃にかけて60%弱の水準でおおむね横ばいであったが、2008年度以降は70%程度に大幅に上昇しており、企業の工学系博士課程卒業者へのニーズが高まっていることが分かる。リーマンショック後の2009年度、10年度においても就職率が高いままであることからも、工学系博士課程卒業者のニーズは一過性のものではなく、企業が専門性を重視した採用方針へと転換しつつあることを示唆しているといえよう。

それでは、どのような企業で博士課程卒業者へのニーズが強いのであろうか。前述のとおり、大学院卒業者の採用に積極的な企業は研究開発費の比率が高かったことから、博士に対するニーズも研究開発型企業で強いことが容易に予想される。そこで、企業の売上高に占める研究開発費割合と大学院卒業者に占める博士課程卒業者割合との関係を産業ごとに見ると、両者には正の相関が確認できる(第3-2-12図(2))。第2章での検討結果からも、我が国の企業活動において研究開発の重要性が低下することは考えにくく、企業における博士課程卒業者のニーズは底堅く推移していくと見込まれる。

3 グローバル化に対応するための人材の確保

日本企業の海外進出が拡大するにつれ、現地ニーズの詳細な把握など新たな業務の重要性が増している。その対応策として、現地企業との提携や外部委託も考えられるが、企業の人材ポートフォリオ自体の再構築が必要となる場合もあろう。その際の選択肢として、すでにいる従業員の教育、外国人の活用などが想定される。以下では、こうした対応について、順次その課題を探っていく。

(1)グローバル化対応人材の育成

海外進出を行っている企業にとって、まず必須と考えられるのは外国語能力を備えた人材であるが、それ以上の能力が必要な場合もあるであろう。グローバル化に対応する人材の在り方について、検討しよう。

(海外売上高比率が高まるとグローバル化対応の人材確保が一層重要に)

企業のグローバル化対応の際に解決すべき課題として、人材の確保が重要なことはいうまでもない。この点を、経済同友会「企業経営に関するアンケート調査」を用いて確認する。同調査では、グローバル化の推進に当たっての課題を尋ねているが、2010年時点の結果を見てみよう(第3-2-13図)。なお、過去3年にわたって同じ項目が調査されているが、結果の分布はほとんど変わっていない。

まず、「グローバル化を推進する人材の確保・育成」を挙げる企業が圧倒的に多い。これは当然予想される結果であり、おそらく、IT化の推進に当たっての課題を尋ねれば、IT化を推進する人材の確保が重要と答える企業が多いであろう。次いで、「グローバルに通用する製品・サービスの創出」が多く、そのほか、「海外拠点の設立」「グローバルでの仕組み・制度の一本化」「グローバルでの経営理念・ビジョンの徹底」などが比較的多い。同じ人材についての回答でも、「海外拠点との人材の交流」は少ない。

それでは、企業が実際に海外進出を行い、拡大していくとともに、課題はどう変化していくだろうか。この点を調べるため、海外売上高比率の高低により企業を分けた上で回答を集計した。その結果、海外売上高が高まるにつれ、緩やかではあるが「グローバル化を推進する人材の確保・育成」を挙げる割合が増えることが分かる。すなわち、人材の確保・育成は、海外進出が遅れた企業が漠然と感ずる課題であると同時に、経験を積んだ企業が一層重要であると認識している課題でもあるといえよう。なお、その他の特徴的な点として、海外売上高の増加とともに「グローバルでの仕組み・制度の一本化」が急速に増えている。この「仕組み・制度」には人事制度も含まれ得る。その場合、人材育成の方法も抜本的な変革を迫られている可能性があろう。

(海外進出に積極的な企業は教育訓練をより重視する傾向)

グローバル化への対応に当たって人材確保がそれほど重要であれば、積極的に海外進出を行っている企業ほど教育訓練への投資に力を入れているはずである。内閣府「企業経営に関する意識調査」に基づいて、海外進出と教育訓練の関係について調べてみよう。

一つ目は、教育訓練全般に関する取組である(第3-2-14図(1))。確かに、これまでに海外進出を積極的に行っていた企業では、そうでない企業と比べ、「教育訓練予算を増加」させる意向であった割合が明らかに高い。さらに、教育訓練予算増加の意向があった企業の中で、集合研修を増加させる意向であった割合も高くなっている。反対に、OJTのウエイトを増加させる意向があった企業の割合はやや少なく、海外進出企業では研修をOJTから集合研修へシフトさせる動きがある。

二つ目は、選抜教育に関する取組である(第3-2-14図(2))。まず、これまでの海外進出が積極的であったか否かは、「一部の従業員を対象とした選抜教育」の実施に関してほとんど影響がない。これに対し、「経営幹部育成のための特別教育プログラム」の実施企業は全体として少数であるが、海外進出企業の方が幾分多くなっている。一方、今後、海外進出を積極的に行う予定がどうかでは、「一部の従業員を対象とした選抜教育」「経営幹部育成のための特別教育プログラム」のいずれの場合も、海外進出予定企業の方がそうでない企業より多くなっている。ただし、ここでも、「特別教育プログラム」の方が、海外進出の予定の有無による差が大きい。

以上から、総じて見れば、海外進出企業では、そうでない企業と比べ、様々なレベルで教育訓練をより重視する傾向にあるといえよう。

(利益・配当優先の企業は海外留学派遣に消極的)

グローバル化対応を日本人社員の育成により行う場合、一つの選択肢として企業派遣の海外留学がある。近年、「日本人が内向きになった」ことを示す事例として、日本人の海外留学生の減少がしばしば取り上げられる。しかし、企業派遣留学については、外国人を採用する機会が増えたこと、転職してしまう可能性があるなかで利益を削ってまで留学に出すメリットが乏しくなったことなど、「内向き志向」とは別の理由で下火となった可能性もある。外国人の活用については後述するとして、ここでは、後者の背景との関連を確かめてみたい。

前記の内閣府調査によれば、これまで海外留学をする従業員を増加させる意向であった企業は全体の5%、今後増加させる意向である企業でも1割強と、その数は限られている。そこで、以下では、派遣留学の必要性が相対的に高い、海外進出を積極的に行ってきた企業に絞って検討しよう。同調査では、各企業の利益配分スタンスを聞いているが、海外進出に積極的な企業では、約3割が「利益・配当優先」、約1割が「賃金・雇用優先」、残りが「どちらでもない」と回答している。それぞれの回答企業ごとに、海外留学を増加させる意向であった割合を集計すると、「利益・配当を優先」する企業ではやや少なく、こうした企業では経営資源を留学に回せない状況が推察される(第3-2-15図(1))。もっとも、「賃金・雇用優先」ではさらに少ないため、このような結論は必ずしも頑健ではない。

次に、重視する経営課題との関係を見ると、「雇用の柔軟化(正社員・正職員以外の活用)」を挙げた企業で、海外留学を増加させる意向があったケースが多くなっている(第3-2-15図(2))。この結果は解釈が難しいが、一つの仮説として、限られた資源をコア人材の教育に集中する一方で、それ以外の人材は外部から必要に応じて調達する体制を目指す企業がこれに該当すると考えられる。この結果からは、雇用の流動化と派遣留学の推進は必ずしも矛盾しないことが分かる。なお、「人材育成の強化」を重要課題として挙げる企業でも、海外留学を増加させる意向があったケースが多いが、これについては当然な結果であろう。

(2)外国人の活用

国際的な市場での競争や企業間の提携の動きが進むなかで、国境を越えた人材の獲得が重要となっている。その一例として、新興国の需要を取り込んで売上を伸ばそうとする場合、市場ニーズの把握や効率的な供給体制の構築などのため、現地の状況を知悉した人材の登用が有力な選択肢となり得る。しかしながら、我が国企業は外国人の経営幹部など組織の中核的人材としての活用が遅れているといわれる。実態を確認するとともに、その背景について考えよう。

(日本企業の外国人幹部登用は少ないが、ニーズは強い)

まずは外国人の登用状況についての実態の検証からはじめよう。経営幹部への登用という観点から、主要国の上場企業に関するデータベースから、外国人役員の割合を集計した(第2-1-16図(1))。データの制約から、アメリカ企業が含まれないなどの問題はあるが、日本を含む東アジアと欧州の主要国の状況が明らかとなった。予想どおり、日本企業では外国人役員はほとんどいない。ただし、韓国も同様であり、中国では香港出身者が目立つがそれ以外では外国人の役員は極めて少ない。一方、東アジアと比べると、欧州諸国では外国人の役員登用が進んでいるが、国による差も大きいことが分かる。一般に、経済規模の大きい国は、内需型の有力企業も少なくないこと、国内の人材が豊富なことなどから、外国人登用の必要性がそれほど高くないと考えられ、欧州内での差もこうした違いである程度は説明できよう。したがって、日本企業で外国人役員が少ないことも不自然ではなく、その評価は実際に各企業が直面する課題との対比で吟味する必要がある。

そこで、日本企業が外国人の高度人材をどの程度必要とし、実際に確保できているのかについて、経済産業省のアンケート調査を基に確認しよう(第3-2-16図(2))。それによれば、「近い将来、必要な人材は日本人だけではまかなえない」と考えている企業は、経営層に関しては1割強、中間管理層と専門人材では3割前後である。しかし、海外売上比率30%以上の企業に限ると、経営層で3割を超え、中間管理層、専門人材では6割を超える。また、「まかなえない」とした企業のうち、外国人を「確保できていない」とした企業は4~5割程度であった。したがって、グローバルに業務を展開する企業を中心に外国人幹部のニーズは高いが、実際の登用は追いついていないことが分かる。

(外国人幹部の登用の障害は日本人社員の語学力不足)

ニーズと現実のギャップがあるとすれば、そうした企業は今後、外国人を登用するための手を打っていくと考えられる。具体的には、内部登用、外部からの採用を含めた外国人幹部の増加の意向、幹部候補としての採用の意向について確認してみよう。また、外国人幹部の登用に当たって解決すべき課題を調べてみよう。

前記の調査からも明らかなように、外国人幹部の必要性は、海外売上高比率によって大きく異なる。内閣府「企業経営に関する意識調査」によって、海外進出のスタンスの違いによって集計した結果を見よう(第3-2-17図(1))。今後、「外国人の役員・管理職を増加させる」との意向は、すでに海外進出に積極的であった企業で2割強、今後は積極的とする企業では1割に満たず、いずれにせよ少数派である。一方、「外国人を幹部候補として積極的に採用していく」とする企業は、前者のグループで4割、後者でも25%程度を占める。特に、後者の今後は積極的に海外進出するという企業では、役員等の増加と幹部候補の採用の間の差が大きく、外国人の場合もまずは幹部候補者として採用し、実績を見極めた上で内部昇進を通じて幹部に登用するというスタンスが主流であることが分かる。

こうした結果の背景を探るためにも、外国人を役員・管理職に登用する際に企業が考える障害は何かを知る必要がある。具体的には、外国人役員がすでにいる企業といない企業に分けた上で、障害と考える点をまとめてみよう(第3-2-17図(2))。まず両者に共通する点として、約半数の企業が「日本人社員の語学力不足」を挙げている。裏を返せば、すでに海外進出をしている企業でも、日本人社員の語学力強化が思うように成果を生んでいない可能性を示唆している。これに対し、両者の差が大きかったのは「日本人の社員に抵抗感がある」「海外への技術・ノウハウ等の流出が危惧される」「外国人は一般的に転職が多く長期間の勤務に至りにくい」といった項目で、いずれも外国人役員がいる企業では少なく、適切な対応によって解決され得る問題であるといえよう。

(日本の大学院卒の外国人は長期雇用の維持と親和的)

前述のように、我が国経済の知識集約化を背景に、企業にとって大学院卒業者(特に工学系修士)の有用性が以前より高まっていると考えられる。そうしたなかで、外国人幹部の登用が候補者としての採用から始まるのであれば、知識集約型の企業を中心に、その候補として外国人の大学院卒業者が有力な選択肢となり得る。

そこで、上記の内閣府調査の結果に依拠しつつ、外国人の大学院卒業者の採用状況について分析しよう。第2章で見たように、近年は中国などからの我が国への留学生が増加しており、卒業生も多くなっているはずである。海外進出企業や知識集約型企業はこうした卒業生の採用を積極化しているのだろうか(第3-2-18図(1))。結果を見ると、予想されたように、海外進出企業、知識集約型企業は、そうでない企業と比べて日本の大学院を卒業した外国人の採用を増やそうとする割合が高い。特に、海外進出、知識集約の両方に該当する企業では、1割を超える割合となっている。いずれにも該当しない企業では1%程度であるのと対照的である。なお、日本の大学院卒業者と比べると全体的に少ないが、海外の大学院の卒業者についても同様の傾向がうかがえる。

それでは、今後、グローバル化、知識集約化のさらなる進行に伴い、大学院卒の外国人は広範に受け入れられる存在となるのだろうか。それを占うためのポイントの一つは、こうした外国人の採用が、伝統的な長期雇用タイプの日本企業に選好されているかどうかである。この点を調べるため、調査の対象となった企業を中途採用比率で分類し、それぞれのタイプごとに大学院卒の外国人の採用を増加させる割合を集計した(第3-2-18図(2))。すると、日本の大学院卒の外国人の場合、中途採用比率の低い、長期雇用タイプの企業で採用がより積極的であった。一方、海外の大学院卒の採用姿勢は、中途採用比率ゼロの企業ではやや弱い。日本の大学院を卒業した外国人の採用は、長期雇用の維持と親和的であるといえよう。

コラム3-2 学歴による所得プレミアム

本文では大学院卒業者に焦点を当てたが、ここでは対象範囲を広げ大学入学者に関する分析を行う(コラム3-2図)。

まず高校卒業率と、高卒の所得プレミアム(中卒者対高卒者の所得比)の関係についてOECD諸国のデータを使って調べると、両者には弱いながらも負の相関が検出された。高校の卒業が一般化されている国ほど、その相対的な収入が低くなっていると考えられる。

次に、大学進学率と、所得プレミアム(高卒者対大卒者の所得比)について、同様の関係のプロットを行うと、明確な関係は見られなかった。高校卒業と違い、大学進学率と所得プレミアムとの間で相関が見いだせなかった理由としては、大学院に進学する者の割合や大学教育の内容などが国によってばらつきが大きいことが考えられる。

我が国の大学進学率はOECD諸国の中では中程度となっている。このことからは、さらなる進学率向上の余地があるともいえるが、我が国の企業が採用に当たり学業成績を重視していないこと22などを踏まえると、企業側のニーズも踏まえつつ大学教育の内容を充実させていくことが進学率向上の一つの要素となろう。

  1. (社)日本経済団体連合会「新卒採用(2010年3月卒業者)に関するアンケート」調査結果によれば、「選考にあたって特に重視した点(複数回答)」において「コミュニケーション能力」が81.6%と高水準だったのに対し、「学業成績」が5.4%(全体の16番目)、「語学力」が2.6%(全体の19番目)となっている。こうした状況を踏まえ、今後、産業が連携して育成する人材像について、対話を重ねていくことが重要であろう。
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