第1章 大震災後の日本経済 第4節

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第4節 まとめ

本章では、東日本大震災の影響を中心に、実体経済面、物価や金融資本市場の動向について分析するとともに、中長期的な視点を重視しつつ、財政・社会保障の現状と課題を明らかにした。要点をまとめると次のようになる。

(景気の先行きの注目点は所得環境や外需の動向、中長期の鍵は「無形資産」)

東日本大震災は、我が国経済に対し、供給と需要の両面で大きな影響を与えている。供給面については、サプライチェーンの寸断や電力供給の制約といった経路を通じ、我が国の生産活動を大きく低下させた。生産活動の低下は、95年の阪神・淡路大震災や2005年のアメリカのハリケーン災害といった過去の内外の大規模災害と比べても、極めて大幅なものとなった。災害による経済的被害が、被災地のみならず全国的な影響を及ぼしたことが今回の震災の一つの特徴であった。需要面から整理すれば、生産活動の低下に伴う輸出の減少、在庫払底による耐久財消費の落ち込み、百貨店等の営業時間短縮による消費活動の停滞といった供給制約に端を発する需要の減退が生じた。さらに、自粛ムードや原子力災害を背景とした消費者マインドの悪化やそれに伴うレジャー支出や外食、高級品等の消費需要の抑制も見られた。今後、電力供給制約等により生産活動の回復が遅れる場合、企業や家計の所得環境の悪化を通じ、民間需要の停滞につながる懸念もある。また、海外経済の回復テンポが緩やかになるなかで、IT関連財の需給が軟化しており、外需面からの景気下押しリスクにも注意が必要である。

さらに、マインド悪化のような短期的な影響だけでなく、将来の成長期待の低下を通じた設備投資意欲の縮小など、震災が中長期的な経済成長経路に影響を及ぼす可能性にも注意が必要である。内外の災害と生産性、経済成長に関する先行研究によると、災害とその後の経済成長の関係は必ずしも一意的ではないが、ストック再建の新技術の取り込みや人的資本への投資拡大などを通じた生産性の向上が中長期的な成長の鍵となる。こうした点を敷衍すると、我が国の今後の復興に際しては、「無形資産」が重要であるといえよう。

(個別価格の上昇は見られるがデフレ基調は継続)

過去1年程度の物価動向を点検すると、物価の下落テンポは着実に緩やかになっている。また、食料品や日用品など日頃購入する機会の多い品目ほど、価格が上昇あるいは価格の下落テンポが緩やかになっており、家計が物価下落を実感する機会は少なくなっている。こうしたこともあって、バイアスを調整した家計の期待物価上昇率はプラスに転じている。しかしながら、個別商品価格の上昇や下落幅の縮小については、世界的な一次産品価格の高騰、あるいは直近では震災後の一部品目の一時的な価格上昇も影響しており、一般物価のデフレ基調は依然として継続している。また、震災による生産能力の低下を考慮しても、需給ギャップのマイナス幅は依然として大きい。デフレ脱却に向けた課題は引き続き残る。

我が国でデフレ傾向が長期化している要因としては、マクロ的な需給の緩和基調が続いていること、そうしたなかで低めの期待物価上昇率が定着していることが挙げられる。一方、これらの要因の背後にある根本的な問題として、将来の期待成長率の低さが指摘されている。そこで、成長期待の構成要素のうち特に人口動態に着目すると、生産年齢人口の予想増加率の低い国は期待成長率が低く、期待物価上昇率も低くなる傾向が観察された。我が国では生産年齢人口の減少が続くと見られることから、デフレ脱却のためにも、生産性上昇率を高めることで期待成長率を引き上げていく必要がある。

金融資本市場については、株価や為替を中心に、震災直後に大幅な変動を示した。しかし、日本銀行による潤沢な資金供給や欧米諸国との協調介入もあり、こうした市場の変動は震災後1週間程度で安定化した。震災の実体経済への影響が続くなかで、金融資本市場の安定は極めて重要である。より長期的な課題としては、潤沢な資金供給が金融部門の外にまで広がり、経済全体の資金量が拡大することがデフレ状況の改善のためにも必要である。

(震災復興のための財政対応は中期的な財政健全化の枠組みと整合的に)

我が国の財政は、フローで見てもストックで見ても赤字である。歳出面では、社会保障支出の継続的な増加という構造要因に加え、毎年の振幅の大きな財政運営が歳出動向を不安定にしている。歳入面では、社会保障の継続的な増加に対応する安定財源がないことが、収支悪化の要因となっている。ストック面として財政のバランスシートを試算すると、国債の増加等により、債務超過が拡大している。財政健全化は喫緊の課題であり、東日本大震災の復旧・復興対応と中期的な財政健全化のフレームは両立させる必要がある。阪神・淡路大震災後においては、被災地の財政支出拡大と全国ベースで見た財政動向は必ずしも一対一ではなく、選択と集中が行われていたことが示唆された。

また、財政健全化と経済成長の両立は我が国経済にとって不可欠な要素であるが、OECD諸国の過去の事例を調べると、財政再建期間中であっても必ずしも経済成長率の低下は生じていないこと、さらに、財政再建期間の終了後に経済成長率がむしろ高まった国が多いことも明らかになった。その内容を見ると、財政再建後に経済成長率を高めた国は、歳入増加努力とともに歳出抑制、特に政府消費の抑制に取り組む傾向があった。

高齢化等による社会保障支出の増大は、先進国に共通する財政面での課題である。しかし、欧米諸国においては、社会保障支出の増大が歳出全体の拡大につながっているとは限らず、社会保障支出の増大と歳出全体の抑制を両立している国が多いことも示された。また、官民合わせた社会保障部門を成長産業と捉えた場合、我が国では成長の源泉が労働投入の拡大に偏っていることも明らかになった。社会保障産業は、我が国の雇用拡大には寄与しているが、それが持続的な成長産業となるためには生産性の向上に取り組むことが重要である。

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