第1章 大震災後の日本経済 第3節

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第3節 財政・社会保障の現状と課題

本節では、財政・社会保障の現状と課題について、フローとストックから見た我が国財政の状況、財政再建と経済成長の両立、社会保障支出増への対応と成長産業としての社会保障といった三つの視点から検討する。

1 財政の現状

ここでは、まず、構造的財政収支や歳出・歳入の動向といったフローの面から財政の現状を概観した上で、ストック面について債務残高累増の要因分解、我が国政府部門のバランスシートの作成を試みる。

(1)財政収支の動向

まず、国と地方を合わせたフローの財政状況を概観するため、財政収支の動向を循環的財政収支変動(景気変動に伴う受動的な財政収支変動)と構造的財政収支変動(景気変動以外の裁量的な財政収支変動)に分けて、最近の動向を確認しよう。

(リーマンショック後の財政出動以降、収支改善ペースは緩やか)

過去20年程度の財政収支の内訳を概観すると、主たる変動は構造的財政収支の変動によって生じており、景気循環に伴う受動的な変動が小さな割合しか占めていない(第1-3-1図)。そのなかで、近年の財政収支悪化の特徴として次のような点が指摘できよう。

一つは、循環的財政赤字の拡大が過去20年間で最大規模となっている点である。90年代初頭のバブル崩壊後の景気悪化や90年代末のアジア通貨危機後の景気停滞時と比較しても、2008年度から2009年度にかけての循環的財政赤字の拡大は急激であった。リーマンショック後の世界的な景気後退が我が国経済財政にもたらした影響の大きさが表れている。

もう一つは、循環的財政赤字の拡大に加え、特に2009年度において、裁量的政策による構造的財政赤字が大幅に拡大していることである。リーマンショック後の世界需要の急減を受け、我が国においても需要喚起策として財政出動を行った。結果として、2009年度の構造的基礎的財政赤字は2008年度の倍以上に拡大している。

また、わずかな変化ではあるが、2008年度以降、利払費(ネット)の増加が財政赤字の拡大要因になっていることも指摘できる。99年度から2007年にかけて、利払費は一貫して低下傾向にあった。この間、国・地方の債務残高は増加傾向にあったため、こうした利払い負担の低下は低金利政策による恩恵といった面が強い。利払費はその時々の市場金利だけではなく、債券発行時や借換え時の金利によって影響される。このため、2000年代におけるゼロ近傍の低金利政策の影響は徐々に債務の利払い費に表れてくることになるが、こうした低金利の恩恵も、債務残高累増による利払い負担増加を上回るほどの効果はなくなってきたといえよう。短期金利がゼロ近傍にあるなか、これ以上の金利低下は望みにくく、今後は、利払い負担が財政収支を悪化させる可能性は高い。この点は今後の財政運営において注意を要する点である。

さらに、リーマンショック後の財政出動が縮小した2010年度以降においても、財政赤字が続く見込みとなっている。我が国財政の健全化に向けた更なる努力が必要である。

(リーマンショック後、振れの大きな歳出動向に)

次に、歳出と歳入の動向について順次見ていこう。まず、国・地方の歳出動向の名目GDP比について、各年の変化を要因分解すると、次のような点が特徴として指摘できる(第1-3-2図)。

一つは、2009年度の歳出拡大は過去20年間において例を見ないほどの単年度の拡大幅であった。90年代のバブル崩壊後の数度にわたる経済対策と比べても、単年度における歳出拡大は大きい。ただし、支出内容については、当時が公共投資主体の歳出拡大であったのに対し、2009年度は社会保障や資本移転(基金の造成等を含む)の歳出増加が目立っていることも特徴である。

二つ目の特徴は、2010年度において、2009年度の歳出増がほとんど取り返せるほどの歳出減となっていることである。すなわち、一時的な歳出拡大による財政出動については、補正予算の活用ということもあり、それほど後に尾を引くことはないということを示している。しかし、それでも社会保障費については、2010年度においても前年度比増加が続いている。社会保障の増大という構造的な財政課題に取り組む必要性を示している。

また、2011年度においては、東日本大震災からの早期復旧に向けた対応として、応急仮設住宅の供与や津波等により発生した災害廃棄物(がれき等)を処理するための経費等を含む補正予算(第1号)を編成した。その際、東日本大震災関係経費として4兆153億円の歳出増がある一方、歳出の見直し等による既定経費の減額(3兆7,102億円)を併せて行い、追加の国債発行を回避することとした。大規模災害後であっても、財政健全化に対する姿勢を崩さない財政運営を行っているところである。

(社会保障費の増加に見合う安定的な歳入項目がない)

同様に、歳入動向を点検すると、歳出動向とは異なるいくつかの特徴が見えてくる。一つは、90年代以降の我が国の歳入動向は、景気悪化や減税によって大きく落ち込むことがあったものの、歳出とは異なり、その翌年に歳入減を取り戻すような歳入増加は生じていない。例えば、2008~2009年の歳入の大幅減の後、2010年度における歳入の改善はわずかなプラスでしかない。この点は歳出の動きと大きく異なる点であり、歳入については単年度限りの歳出拡大のような短期的かつ裁量的な財政政策の手段として用いなかったことを示している。さらに、歳入は景気動向に沿って受動的に変動する割合が高く、景気の持ち直しテンポが緩やかであれば歳入の増加テンポも緩やかになる可能性が高い。このため、2010年度及び2011年度において、歳入増加ペースは極めて緩慢な見込みとなっている。

また、歳出の動向と比較すると、歳出における社会保障支出に対応するように、歳出全体の増減とは独立して安定的に推移する項目が歳入には見当たらないことも特徴である。社会保障支出には高齢化等による自然増の要素があるため、毎年構造的に支出が増加しているのに対し、歳入面においては、それに見合う安定的な財源が確保できていない状態にある。我が国財政の収支構造は、特に歳入構造の面で脆弱であるといえよう。

(復旧・復興支出の一時的な増加と中期的な財政健全化の両立)

前述のとおり、東日本大震災後の復旧に向けた財政面での対応が始まっている。今後、官民を挙げた更なる復旧・復興に向けた取組が本格化することが見込まれる。その一方で、我が国の財政健全化に向けた取組に不断の努力が必要なことはいうまでもない。以下では、阪神・淡路大震災後の財政動向を振り返ることにより、復旧・復興に向けた取組と財政健全化の両立に向けたインプリケーションを探る。

まず、財政支出の主要項目である公的固定資本形成(公共投資)と政府最終消費支出について、被災地を含む兵庫県と全国における動きを見てみよう。95年1月の阪神・淡路大震災発生後、兵庫県の公的固定資本形成は大きく増加し、震災後1年間で7割増となった(第1-3-4図(1))。全国についても、規模は兵庫県ほどではないものの、震災後1年程度の間公的固定資本形成は増加を続けた。96年初頭をピークとする山の形も同じであり、復旧・復興需要による公的固定資本形成の増加が、全国ベースの統計でも確認できるといえる。96年以降、兵庫県、全国ともに公的資本形成は前期比で縮小していくが、全国ベースで見ると、97年初には震災以前の水準におおむね戻っており、2年程度で震災後の公的固定資本形成の一時的な増加は終了している。その後も、傾向としては縮小を続け、97年後半には震災以前の水準を下回ることとなった。他方、兵庫県の公的固定資本形成については、96年初頭の山から98年半ばまで3年程度かけて縮小しており、被災地においては、震災直後の迅速な財政支出増とその後の緩やかなペースでの縮小が特徴となっている。

政府最終消費支出については、兵庫県では95年に大幅な増加が見られるものの、全国ベースでは目立った増加は確認できず、長期的な増加傾向の中に吸収される程度となっている(第1-3-4図(2))。むしろ、全国の政府最終消費支出については、96年にそれまでの増加ペースが緩やかになっており、財政健全化努力を行っていたことがうかがえる25。こうした財政支出の動きを踏まえ、我が国全体としての中期的な財政動向を見てみよう。

歳出面を見ると、総固定資本形成は95年度をピークに減少したものの、政府最終消費支出や社会給付の増加が続いたことから、歳出総額はおおむね増加傾向を続けた。復旧・復興需要が主として固定資本形成に顕在化すると考えれば、財政健全化との両立においては、復旧・復興以外の支出増加をいかに抑制するかが重要ということになる。また、歳入面を見ると、97年度までは歳入は増加基調を続けており、財政赤字が大きく悪化することはなかった。なお、98年度の財政赤字は大きく拡大しているが、これは景気悪化や減税政策による歳入減少が主因である。

復旧・復興需要は一時的な歳出増加をもたらすかもしれないが、他の歳出動向も含めた中期的な財政健全化の枠組みを堅持することによって、財政再建と両立することは十分可能である。むしろ、阪神・淡路大震災後の財政動向を踏まえると、中期的な財政健全化に関するインプリケーションとしてより重要なのは、復旧・復興需要による一時的な歳出増加の懸念は当然のことながら、高齢化等による一時的ではない歳出増加圧力をいかに抑制し、歳出全体の増加ペースを抑えることであり、同時に、歳入増加努力を継続することといえる。

  1. 例えば、96年度当初予算における一般行政経費(政府最終消費支出の一部)は前年度比マイナス15%と95年度の同10%から削減幅を拡大した。

(2)ストック面から見た財政状況

以上は年々の歳出・歳入のフロー面から見た財政状況の概観であった。次に、フローの蓄積結果であるストックの面から、我が国の財政状況を検討しよう。

(債務残高の累増が継続)

最初に、財政赤字の累積である債務残高の状況を確認する。国・地方の長期債務残高の推移を見ると、債務残高は過去20年程度一貫して増加基調で推移しており、そのGDP比は上昇を続けている(第1-3-5図(1)26。その要因を基礎的財政収支要因、利払費要因、名目GDP成長率要因に分解すると、次のようなことが分かる(第1-3-5図(2)27

まず、債務残高が累増していくなかでもそのペースには緩急があり、特に、2005年度から2008年度にかけては、債務残高はほとんど横ばいに近い動きをしていた。その要因としては、基礎的財政収支の着実な改善(基礎的財政赤字の縮小)とともに、名目GDPがプラス成長を続けたことが寄与している。なかでも、2006年度においては、基礎的財政赤字による債務残高増加寄与を上回る名目GDP成長率要因が観察される。ただし、逆の見方をすれば、名目成長率要因が基礎的財政収支要因を上回った時期は93年度以降では2006年度のみであり、名目成長率を引き上げるだけでは債務残高GDP比の抑制に十分ではないことが示唆される。

また、利払費と名目GDP成長率の債務残高GDP比の増加への寄与の大きさを見てみると、これについても92年度以降は2006年度の1回を除いて利払費要因が名目GDP成長率要因を上回っている。すなわち、過去の借金に伴う利払費の増加が名目GDPの増加を上回る期間がほとんどであり、たとえ基礎的財政収支が均衡したとしても、債務残高GDP比は名目GDPの増加以上の利払負担額分だけ上昇することになる。したがって、我が国の場合、債務残高GDP比の上昇を止めるためには、基礎的財政収支を均衡させるだけでなく黒字化することが必要条件となる。同時に、利払負担をできるだけ抑制することが重要であり、そのためには、財政健全化のスタンスを明確に市場に示し、長期金利の不必要な上昇を起こさないようにすることが求められる。

  1. 2003年度に国の長期債務残高が減少しているが、これは同年の郵政公社発足に伴い、郵政事業特別会計及び郵便貯金特別会計の借入残高(49兆円程度)が公社に承継されたことが影響している。
  2. 右図の要因分解においては、90年度の「国民経済計算」による国と地方の負債残高を基にそれ以降の純借入を累積して算出しているため、左図の長期債務残高とは厳密には一致しない。

(政府は債務超過の状態)

財政のストック面を考える際には、負債とともに資産側にも着目し、資産・負債の両面から財政状況を把握することも有用である。いわば、企業会計におけるバランスシート(貸借対照表)の考え方を一国の財政にも援用して、各年度の財政状況をストック面から確認するということである。

以下では、最新版の2009年度「国民経済計算」(確報)を基本に、国、地方、社会保障基金からなる一般政府ベースのバランスシートを作成することを試みる。政府のバランスシートとしては、国の一般会計と特別会計を対象にした「国の財務書類」(財務省)があるが、ここでは、地方公共団体等も含めた政府全体の財政の姿を捉える。

また、「国民経済計算」では、公的年金の積立金や過去期間対応の給付現価28のうち公費負担分が負債に含まれていないため、この点を加味することとする。公的年金に係る負債については、次の考え方がある。

(i)我が国の公的年金は、賦課方式を基本として運営されており、各年の給付は各年の収入により賄われるため、会計上の負債として認識しないとの考え方

(ii)公的年金は、保険料の支払いによって国に年金を支給する義務が生じることから、過去期間対応の給付現価を負債として認識する考え方

このように、公的年金に係る負債計上については様々な議論があるが、上述の「国の財務書類」においては、(i)の考え方等に基づき、過去期間対応の給付現価の全額を計上するのではなく、将来の年金給付財源に充てるために保有していると認められる積立金に見合う額のみを負債計上している。

ここでも、「国の財務書類」の考え方を踏まえ、積立金分を負債計上することを基本とするが、一方で、公的年金給付が財政のストック面に与えた影響をより広範に見るために、(ii)の考え方に立った計上も試みる。より具体的には、(i)の考え方に基づく負債の額に過去期間対応の給付現価のうち公費負担分を加算した額を示すこととする9(第1-3-6表付注1-5)。

まず、我が国の政府資産は2009年度末時点で986兆円程度あり、名目GDPで見た経済規模のおおむね2倍程度の資産を有している(再取得価格ベース)。そのうち固定資産などの非金融資産が470兆円程度、証券等の金融資産が516兆円程度と金融資産が非金融資産を上回っている30。その多くは、中央政府が保有する外国国債や社会保障基金が年金積立金の運用として保有する国債等の証券である。また、年金運用という社会保障基金の特殊性にかんがみ、それを除いた国・地方のベースで見れば、固定資産等の生産資産や土地といった非金融資産、すなわち流動性の低い実物資産の方が多い。財政健全化の一助としての資産売却は、持続可能でないだけでなく、一時的であっても容易なことではない。

一方、2009年度末時点の負債総額は、1,231兆円程度と経済規模の2.5倍以上に上ると推計される。その結果、245兆円程度、名目GDP比50%を超える債務超過が生じている。負債総額の内訳を見ると、国債・地方債等の「株式以外の証券」が796兆円程度と負債総額の半分以上を占めて最も多く、次に、年金積立金が182兆円程度となっている。これに、年金の公費負担分(過去期間対応分に限る、273兆円程度)を加えると、その額は1,504兆円程度に上ることになる。

  1. 過去期間対応の給付現価とは、当該時点ですでに年金を受給している人の給付額及び当該時点まで公的年金に加入した期間に対応する給付額の合計を、その時点の価格に割り戻したもの。
  2. こうした額(過去期間対応の給付現価のうち公費負担額)は、中長期的な年金財政の赤字を意味するものではない。
  3. 2011年3月の東日本大震災は、道路や港湾等の社会インフラにも多大な被害を与えた。6月時点の内閣府(防災担当)の試算では、2兆2千億円程度の毀損が推計されている。

(国債発行の増加が負債残高を押上げ、年金の公費負担分も増加)

政府のバランスシートについて、2009年度末と10年前の1999年度末とを比較して、どのような資産・負債項目が変化することで債務超過が拡大しているか見てみよう(第1-3-7図)。

資産の部について過去10年間の変化を確認すると、非金融資産はほとんど変化がない一方、株式や債券といった金融資産が増加している。金融資産の増加については、その大部分が社会保障基金による増加であり、年金保険料収入等の運用のために国債等の証券を購入したことによる。他方、非金融資産においては、地価の下落傾向等から、土地の資産価値が減少していることが、資産価値の減少に寄与している。

負債の部については、財政赤字のファイナンスのための国債・地方債等の発行残高の累増が主たる要因となって負債残高が過去10年間で増加した。国債・地方債等について内訳を見ると、特に、国債及び政府短期証券といった国が発行主体となっている債務の残高の伸びが著しく、国の財政状況の厳しさが示されている。また、年金の公費負担分(過去期間対応分に限る)を含めて見ると、その増加は更に顕著なものとなる。年金積立金は大きく変化していない一方で、基礎年金国庫負担割合の引上げや高齢化の進展等に伴い、公費負担が増大した結果を反映した動きとなっている。

財政赤字の削減による国債発行残高の抑制、年金制度を始めとする社会保障改革が、我が国財政の喫緊の課題である。

2 財政再建と経済成長の両立

以上見てきたように、我が国の財政状況にかんがみれば、財政再建が喫緊の課題であることは明確である。しかし、財政再建を行うに当たっては、常に経済との関係に注意を払いつつ具体論を進める必要がある。以下では、OECD諸国の経験から、財政再建と経済成長の両立に成功した国の特徴を抽出するとともに、過去の増税時の経済変動について議論する。

(1)OECD諸国における財政再建前後の経済動向

財政再建と経済成長率については、少なくとも短期的には、緊縮財政による景気下押し効果を通じて負の関係があると議論されることが多い。他方、財政再建は、中長期的に見て、一国全体の資源配分を適正化すること、また、財政再建への取組み自体が市場に評価されることなどを通じ、経済成長の押上げに寄与するとの見方もある。順次検討しよう。

(財政再建努力後に経済成長率は高まる傾向)

ここでは、OECD諸国を対象に、財政再建努力と経済成長の関係について、過去の経験からどのようなインプリケーションが得られるかを考察する。海外の先行研究や「平成22年度年次経済財政報告」と同様に、各国の財政再建期間を構造的基礎的財政収支(景気循環要因を除いた基礎的財政収支の潜在GDP比)が1年で1%ポイント以上改善するか、2年間で1%ポイント以上改善し、かつ初年度に0.5%ポイント以上改善した場合を財政再建開始期と定義し、構造基礎的財政収支が悪化するか、改善幅が0.2%ポイント以下にとどまるとともに更に翌年悪化した場合を財政再建の終期と定義した31

まず、財政再建期間中の経済成長率が、再建前の成長率と比べて実際に低下しているかを確認しよう。各国の財政再建期間中の年平均経済成長率と財政再建前の3年間の平均成長率との差と収支改善幅を比較すると、両者に明確な相関は見られない(第1-3-8図(1))。OECD諸国の経験からは、財政再建期間中であっても必ずしも経済成長率が下がるとはいえないということになる。

次に、やや中長期的な視点として、財政再建期間とその後3年間を合わせた期間の平均経済成長率と財政再建前の3年間の平均成長率との差を取って、収支改善幅との関係をプロットすると、統計的に有意な右上がりの関係が見られる(第1-3-8図(2))。すなわち、構造的基礎的財政収支の改善幅が大きい国ほど、財政再建期間及びそれ以降の経済成長率が高まる傾向にある。財政再建努力を行えば、結果として、将来的な平均成長率が高まる可能性が示唆されている。前述の財政再建期間中の収支改善規模と経済成長率との無相関と合わせて考えれば、OECD諸国の経験からは、財政再建努力を行った後はそれ以前よりも高い平均成長率を期待できるともいえる。

この点を明確化するために、財政再建期間を除いた再建後3年間の平均成長率と再建前3年間の平均成長率との差と収支改善幅の関係を確認しよう。両者の関係をプロットすると、より傾きの大きい右上がりの関係が見られ、統計的にも有意な相関を示している(第1-3-8図(3))。少なくとも、過去のOECD諸国の財政再建の事例をマクロ的に捉えれば、財政再建努力は将来的な経済成長率の向上につながっている例が多いということになる。

  1. 定義に該当する国と時期は付注1-6参照。

(歳入増加努力は各国共通、歳出抑制と成長加速に相関)

しかしながら、こうした関係はあくまでも傾向であり、財政再建後に経済成長率が低下した国も存在する。財政再建後に成長率が加速した国と低下した国の違いはどこに起因するのであろうか。ここでは、財政再建期間中及び再建後3年間の平均経済成長率が財政再建前の3年間の平均成長率より高まった国(以下、成長加速国と呼ぶ)と逆に経済成長率が低下した国(以下、成長低下国と呼ぶ)に分類して、両者の特徴を探ってみよう。

まず、財政再建の方法として、歳出と歳入に分けてどちらに重心を置いて財政収支改善を実現しているか確認する。成長加速国では、歳入総額(対名目GDP比)は増加しつつ、歳出総額(対名目GDP比)は減少している国が大部分を占めており、歳入・歳出両面から収支改善が行われていることが分かる(第1-3-9図(1))。歳入増加と歳出削減の組合せを行った国・期間は、成長加速国51か国・期間のうち36か国・期間(70.6%)に上る。歳入と歳出のどちらか一方に偏った財政再建策がとられたケースはわずかである。

他方、成長低下国については、歳入総額の対名目GDP比は増加している国が多いものの、歳出総額については、必ずしも低下している国ばかりではない(第1-3-9図(2))。むしろ、歳出総額の対名目GDP比はプラス・マイナス両方にばらついており、成長加速国で見られたように、歳入面と歳出面の両方から厳しい財政改善努力を行っているわけではないことが示される。

財政再建においては、歳入増加は成長加速国、低下国ともに見られる現象であるが、歳出抑制については、成長加速国の方により顕著に認められる。OECD諸国の経験を踏まえると、歳入増加が財政再建にとっての必要条件である一方、歳出抑制は再建後の経済成長にとって鍵を握る要素ということができそうである。なお、景気循環による受動的な変動を除いた歳出と歳入(構造的歳出と構造的歳入)で確認しても、同様の傾向が観察された。財政再建と経済成長の両立には、歳入増加努力と合わせて歳出抑制努力を行うことが重要といえよう。

それでは、成長加速国は財政再建期間中どのような需要項目に頼って成長を加速させてきたのだろうか。一つの可能性は、財政面からの総需要抑制効果を外需によって補う方法であろう。この点を確認するため、財政再建期間中の年平均内需寄与度と外需寄与度について、成長加速国と成長低下国に分けて散布図を描いてみると、成長加速国では内外需ともに成長寄与度がプラスの国が過半を占める(成長加速国中56.9%、第1-3-9図(3))。他方、成長低下国では、内外需ともにプラスの国は3割程度であり、(成長低下国中31.5%)、外需寄与はマイナスで内需寄与だけがプラスであった国が半数を占める(同50.0%、第1-3-9図(4))。さらに、成長低下国については、内需寄与がマイナスで外需寄与のみがプラスの国の割合が、成長加速国に比べて多いことも特徴である(成長低下国中18.5%)。財政再建期間中の成長を外需だけに頼った国は、再建後の経済成長率が低下するケースが多かったことになり、外需だけでは財政再建中の需要抑制効果を補うことは難しいといえる。逆に、内需だけに頼った国でも同様であり、再建期間中の成長を内外需どちらか一方に依存した国は再建後の成長加速に成功していな場合が多い。我が国においても、外需を取り込むとともにそれを内需の拡大に結びつけ、財政再建と経済成長の両立を目指すことが望ましい。

(財政再建と成長を両立させた国は政府消費の抑制に成功)

成長加速国と成長低下国の違いの特徴として、歳入増加とともに歳出抑制を行っているかどうかという点を指摘した。成長加速国では、歳入増加に加え、歳出抑制も同時に行われる傾向が認められた。それでは、どのような歳出項目を抑制あるいは削減しているのだろうか。ここでは、歳出の性質別に政府消費(政府最終消費支出)と政府投資(公的固定資本形成)に分け、さらに、移転支出を含む社会保障支出を考慮して、特徴的な違いがあるか確認しよう。

最初に、財政再建期間中の政府最終消費支出と公的固定資本形成それぞれの変化幅(対名目GDP比)をプロットし、成長加速国と成長低下国で違いがあるかを調べる。結果を見ると、成長加速国においては、政府消費と政府投資の両方とも抑制している国が多いのに対し(図の第3象限)、成長低下国では政府投資の抑制には取り組んでいるものの、政府消費については支出を拡大している国が多い(第1-3-10図(1)(2))。

また、政府消費と政府投資の相関をとると、成長加速国では統計的に有意な右上がり(左下がり)の関係が見られ、財政再建期間中は政府消費と政府投資の両方を抑制している国が多いことが確認できる(成長加速国のうち51%)。他方、成長低下国では消費抑制と投資抑制について明確な関係を得ることができない。投資支出の抑制が成長加速国と成長低下国で共通に見られる傾向があることを考えれば、政府消費の抑制に成功することが成長加速国と低下国を分ける鍵になっている可能性がある。一つの解釈としては、財政再建後の中期的な経済成長率を高めるためには、政府消費も含めた歳出抑制に取組み、資源配分の適正化を図っていくことが重要と捉えることができる。

次に、政府消費を社会保障支出に替えて同様の関係を見てみよう。ここでは、社会保障支出として、OECDの定義に基づき、年金給付などの現金給付と医療費などの現物給付の合計とした。結果を見ると、公的固定資本形成と政府消費の関係と同様、成長加速国では公的資本形成と社会保障支出を同時に抑制している国が多くなっているのに対し、成長低下国では両者に明確な関係は確認できない(第1-3-10図(3)、(4))。ただし、成長加速国においても、政府消費の抑制と比べると、社会保障支出の抑制に成功している国は少ない。また、成長低下国においては、財政再建期間中、むしろ社会保障支出が増加している国の方が多くなっている32

  1. なお、歳入面について、直接税と間接税に分けて同様の分析を試みたが、成長加速国と成長低下国に間に明確な違いは抽出できなかった。

(2)過去の増税時のケーススタディ

少子高齢化が続くなか、増大する社会保障に関する財政需要をどのように賄うか。これが我が国財政の喫緊の課題の一つであることは論をまたない。政府・与党は社会保障改革の全体像とともに、必要な財源を確保するための、消費税を含む税制抜本改革の基本方針を示すべく、議論を進めてきた。こうした議論を踏まえ、2011年6月30日には「社会保障・税一体改革成案」が政府・与党社会保障改革検討本部において決定された33。以下では、過去の内外の消費税率(付加価値税率)引上げ時の経済変動を中心に、財源確保が経済に与える影響を考えてみたい。

  1. 「社会保障改革に関する集中検討会議」においては、消費税の逆進性や消費税率引上げがマクロ経済に与える影響等について、学識経験者の見解及び行政の知見をとりまとめたものとして、「社会保障・税一体改革の論点に関する研究報告書」(内閣府・平成23年5月30日)及び「消費税の税率構造のあり方及び消費税率の段階的引上げに係る実務上の論点について」(社会保障・税一体改革における消費税の実務上の論点等に関する研究会・平成23年5月30日)が報告されている。

(駆け込み需要とその後の反動減は所与の条件に)

ここでは、89年4月の消費税導入時と97年4月の消費税率引上げ時について、GDP統計から経済動向を確認する。ただし、それぞれの年度において、消費税以外の種々の税目についても併せて抜本的な税制改革を行っているため、単純な比較ができない点には十分留意する必要がある。

まず、両期間における共通の動きとして指摘できるのが、増税前後の大幅な個人消費の変動である(第1-3-11図)。増税前に個人消費は前期比で大きく増加し、増税後に大きく反落する。いわゆる駆け込み需要とその後の反動減が顕著に見られる。税率変更は、相当の時間的余裕をもって事前にアナウンスされるものであるが、実際の消費者行動としては、増税前の駆け込みとその後の反動減は避けがたいものとなっている。この点については、次項で他国との比較を試みる。

また、駆け込み需要後の反動減が起きた翌期に再度の増加がある点も、両期間共通の現象である。すなわち、増税実施の翌期には個人消費の前期比はプラス化しており、増税時の消費減は1四半期限りにとどまっている。問題はその次の期である。増税前の駆け込み需要増とその反動減、さらにその翌期の戻しは両時期共通であるが、その後、増税後2四半期後の消費動向は異なっている。89年の消費税導入時にはさらに消費は増加し、増税時の落ち込みを上回る消費の戻しが見られたのに対し、97年の税率引上げ時には、97年10-12月期に再び消費は減少した。これについては、両期間の景気局面の違いが影響している可能性が高い。89年当時は景気拡張局面に位置していたが、97年の状況を振り返ってみると、5月には景気の山を迎え34、半ば以降はアジア通貨・金融危機や大手金融機関の破綻が生じるなど、年後半の景気を取り巻く環境は急速に悪化する局面となっていた。

消費税導入や税率引上げは、消費者の立場からいえば、いわば前もってアナウンスされた物価上昇に等しい。この点、世界情勢の変動等による予期せぬ石油価格の上昇等とは異なる。だからこそ、耐久財を中心とした増税前の駆け込み需要とその後の反動減は避け難い現象といえる。ある意味消費者の合理的な判断に基づく行動であり、消費者としては石油価格上昇等の攪乱的な物価変動よりも適応しやすい面がある。消費税率の変更に際しては、経済状況等を十分に考慮しつつ、駆け込み需要とその反動減を所与の条件として経済財政運営を行うことが重要である。

  1. ただし、バブル崩壊後の低迷の後、景気は93年10月から拡張局面に入り、96年には家計や企業の景況感も改善し、景気回復が広く人々に認識されるようになっていたことも事実である。

(税率引上げ後の消費動向は国や時期によってまちまち)

次に、我が国以外において、消費税率(付加価値税率)を引き上げた際にどのような消費の動きが生じているか見てみよう。消費税率(付加価値税率)を引き上げた際の消費の動きには、価格転嫁の大きさや時期、当時の経済財政状況等、種々の要因が影響を与えるため、一概に比較することは困難であるが、ここでは、近年のドイツと英国の事例をケーススタディとして考える(第1-3-12図)。なお、英国については、リーマンショック後の2008年末に、景気対策として付加価値税率の時限的引下げを行っていることから、そのケースも含めている。したがって、2008年12月の英国の事例については、符号が他の事例と逆向きになることに留意する必要がある。

また、四半期の振れをある程度調整するため、税率変更の直前期の前期比と変更前4四半期(変更期の2~5四半期前)の平均前期比との差を「駆け込み需要」、税率変更期の前期比と変更前4四半期(変更期の2~5四半期前)の平均前期比との差を「反動減」、さらに、税率変更後4四半期の平均前期比と変更直前4四半期の平均前期比との差を「税率変更後の動向」と定義し、それぞれについて各国比較を行った。結果を見ると次のような点が指摘できる。

まず、我が国とドイツでは、消費税率(付加価値税率)引上げ前後において、駆け込み需要とその後の反動減が明確に認められる。駆け込み需要の規模については、おおむね増収額の大きさと連動しているが(第1-3-12図(2))、同様の増収規模であった97年の日本と93年のドイツを比較すると、日本の方が駆け込み需要後の反動減が大きく表れている35。日本の消費者は、駆け込み消費を前期だけでなくより長い期間にわたって行う傾向が示唆される。その一方で、反動減は税率引上げ期に一気に現れるため、日本の反動減がより大きく見える可能性がある。また、税率変更後の個人消費の動向については、97年の日本や93年及び2007年のドイツでは、増税後の消費の伸び(前期比伸び率の4四半期平均の差)が増税前よりも低くなっている一方、89年の日本や98年のドイツでは増税後の消費は増税前を上回っている。増税時期は前もってアナウンスされるため、増税直前の駆け込み需要でなくても、増税前に購入可能な財は前倒しで購入することが可能である。こうしたことを考えると、増税前と増税後の個人消費の4四半期平均を比較すれば、増税後の個人消費の伸びが小さくなることは理にかなっているが、89年の日本や98年のドイツのように消費の基調が強い場合などには個人消費が増税によって必ずしも停滞するわけではないといえよう36

しかしながら、英国について見ると、駆け込み需要もその後の反動減も、日本やドイツのように明確なものとなっていない。91年の付加価値税率引上げ時には、駆け込み需要は検出されず、税率変更時に幾分消費の減少が見られるだけである37。一つ考えられる理由として、英国では、政令で付加価値税率が変更できるなど38、短期間で柔軟な税率変更が可能な仕組みとなっていることが挙げられる。このため、駆け込み需要が生ずる時間的余裕が少なかったことが考えられる。

なお、英国における2008年12月の時限減税については、減税時の消費増加は確認できるものの、減税前後の4四半期平均を比較すると、個人消費はほとんど増加していない。その一方で、付加価値税の減収は確実に表れている。時限的な付加価値税率の引下げは、税収減という財政コストの割には消費増というベネフィットが小さ過ぎるように見える。少なくとも2008年の英国の例からは、付加価値税率の時限的引下げが景気対策として有効であるという見方は支持されない。

  1. ただし、93年のドイツにおける付加価値税率の引上げ幅が1%(14%から15%)であったのに対し、日本における消費税率の引上げ幅が2%(3%から5%)と日本の引上げ幅が大きかった点にも留意する必要がある。
  2. 97年の日本についても、前述の「社会保障・税一体改革の論点に関する研究報告書」では、マイクロデータを用いた研究を基に、4月の税率引上げの消費に対するマイナスの所得効果は約0.3兆円(対GDP 比0.06%)と試算し、「消費税増税が当時の景気後退の「主因」であると考えるのは困難である」としている。
  3. なお、2010年の英国においては、駆け込み需要後の反動減の符号が逆転しているが、これは対比している前年の消費がリーマンショックによって大きく落ち込んだことが影響している。実際、税率変更時の2010年1-3月期の実質消費支出は前期比-0.2%と減少している。
  4. 1年間の時限的措置として、政令による税率変更が可能。

(定率減税の縮減・廃止時には目立った経済変動が見られず)

これまで消費税率(付加価値税率)の変更時の経済変動を検討し、一つの大きな特徴が個人消費における駆け込み需要とその後の反動減であることを確認した。また、増税前の駆け込み需要が大きい分、増税期の反動減は大きくならざるを得ないが、増税前後の4四半期程度を均せば、個人消費が増税によって必ずしも停滞するわけではないことも確認した。それでは消費税以外の増税時にはどのような経済変動が起きているのだろうか。ここでは、比較のため、2000年代半ばの我が国における定率減税の縮減・廃止時の経済変動を検討する(第1-3-13図)。

所得税の増税においては、当然、駆け込み需要もその後の反動減も起こり得ない。その意味では一時的な消費の変動は生じない。実際、2006年と2007年における定率減税の縮減・廃止時には、消費税の増税時のような大きな上下変動は見られなかった。例えばボーナスのために一時的に大きく所得が変動しても、個人の消費行動はそれほど大きく変動しないことが知られている。こうした消費のスムージング効果を考えれば、定率減税の縮減・廃止時に目立った動きが起こらないことは納得ができる。

他方、増税時の経済環境が重要であることは所得税の増税時においても同様である。2006年や2007年当時、我が国経済は2002年1月から5年9か月に及ぶ景気拡張局面にあった。税制改革の実施の際には、財政状況とともに経済環境を合わせて総合的に判断することが重要である。

3 社会保障を巡る論点

今後の財政健全化を考えていくうえで、増大を続ける社会保障支出を全体の財政抑制のなかでどのように取り扱うかが重要な論点となる。また、社会保障に対する需要増は、公的・民間を問わず、産業としての社会保障の成長可能性を意味する。ただし、持続的な経済成長のためには、需要増に見合う供給増が単なる投入量の増加によるものではなく、生産性の上昇を伴った成長となる必要がある。こうした視点の下、財政健全化と持続的成長と社会保障の関係を考えてみたい。

(1)社会保障支出の増加と歳出全体の抑制

先進国においては、程度の差こそあるものの、高齢化に伴う社会保障支出の増加が財政健全化における主要課題となっている。なかでも、年金給付や医療支出の増加ペースが速く、これらの支出をいかに賄うか、あるいはどう抑制するかが先進国における共通の課題となっている。以下では、先進国間の国際比較を通じて、社会保障支出の増加と財政健全化の両立に関する我が国へのインプリケーションを探る。

(他の先進国では社会保障支出が増加しても歳出総額は抑制)

最初に、我が国の社会保障支出を含めた歳出構造について、OECD諸国と比較し、その特徴を確認しよう。歳出全体の規模については、日本は名目GDP比で40%以下であり、アメリカと並んで先進国の中では小さな歳出規模となっている(第1-3-14図(1))。他方、社会保障支出の規模に着目すると、歳出が同程度の国々と比べ、我が国の社会保障支出は相対的に大きく、歳出規模ほどには社会保障支出の規模は小さくない。したがって、歳出全体に占める社会保障支出のシェアは相対的に高いことになる。

しかし、財政にとって重要な問題は、支出の規模とともにその増加テンポである。90年代初頭と現在の歳出構造について主要項目ごとの変化を見ると、我が国の社会保障支出の増加幅はここでの対象国中最も大きい(第1-3-14図(2))。我が国においては、90年代前半と比べ、総固定資本形成と利払費は名目GDP比で低下した一方、社会保障支出の名目GDP比が上昇することによって、歳出総額全体の名目GDP比が増加していることが分かる。また、社会保障支出が増加している国は複数あるものの、同時に歳出規模も拡大している国は我が国だけである。例えば、ドイツやイタリア、スイスのように、90年代初頭に比べて社会保障支出が増加しても、歳出規模はむしろ縮小している国、あるいは、アメリカやフランスのように、社会保障支出の増加と見合うだけ他の歳出抑制を行い、歳出全体の規模を90年代初頭と同等程度に抑えている国がある。少なくともここで対象とした先進国においては、人口構造の変化に伴う社会保障支出の増加があるからといって、歳出規模も比例的に増大するとは限らないということはできる。

次に、OECDの分類に従い、社会保障支出の大部分を占める高齢関係支出(各種年金給付が主体)と保健医療支出(高齢者医療を含む医療費が主体)に分けて、我が国の社会保障支出の増加の特徴を捉えよう39。直近(2005~2007年平均)の内訳を見ると、我が国では、保健医療支出よりも高齢関係支出の方が多い(第1-3-14図(3))。こうした傾向は、アメリカ、英国、カナダ、オーストラリアのいわゆるアングロサクソン諸国を除き、多くの先進国で観察される。

ただし、90年代初頭からの増加幅を比較すると、我が国における高齢関係支出の伸びが際立って高い(第1-3-14図(4))。我が国では、保健医療関係の現物給付ではなく、年金給付等の高齢関係支出の増加が、社会保障支出ひいては歳出規模の増加の主要な要因といえる。

  1. 高齢関係支出は、退職によって労働市場から引退した人に提供される給付であり、我が国の場合、各種老齢年金や恩給、介護保険の給付等が含まれる。保健医療支出は、病気、傷害、出産による保護対象者の健康状態を維持、回復、改善する目的で提供される給付であり、我が国の場合、各種健康保険制度の療養給付・出産給付、傷病手当金等が含まれる。また、高齢者医療費は保健医療支出に含まれる。

(高齢人口の大幅増に対し、経済成長と一人当たり支出の抑制が追い付いていない)

社会保障支出の増加圧力は各国に共通して存在するが、その一方で、それが必ずしも歳出全体の規模拡大につながるとは限らないことを指摘した。人口構造が高齢化すると、年金給付や医療支出等の社会保障支出は増加する可能性が高い。しかし、問題はその程度である。ここでは、OECD諸国を対象に、90年代前半から2000年代後半にかけての社会保障支出(対名目GDP比)の増加について、<1>人口高齢化(65歳以上人口比率)、<2>高齢者一人当たりに対する社会保障支出の増加、<3>一人当たりGDPの増加の3要素に要因分解し、我が国の特徴を検討しよう。なお、各国の物価上昇率の違いを考慮するため、<2>と<3>については、それぞれGDPデフレーターで実質化して比較する。

まず、社会保障支出全体の増加について要因分解を行うと、我が国の高齢化要因が際立って大きいことが分かる(第1-3-15図(1))。65歳以上人口比率の高まりが、我が国社会保障支出増加の最大の理由ということになる。他方、高齢者一人当たりの社会保障支出については、欧米先進国に比べると相対的に低い伸びにとどまっている。一人当たりの社会保障支出の増加を抑制しても、それでは追いつけないほどの高齢者人口の増加が生じている。その一方で、我が国では、一人当たりGDPの成長による社会保障支出(対GDP比)の抑制が小さくなっていることも特徴である。経済成長率が十分に高ければ、例えば、英国のように高齢者一人当たりの社会保障支出を大きく増加させても、あるいは、ドイツのように日本に次ぐ高齢者比率の上昇があっても、社会保障支出の規模はおおむね経済規模の範囲に収めることができる。また、北欧諸国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)やカナダにおいては、高齢比要因と高齢者一人当たり社会保障支出の増加要因を上回るほどの経済成長率を実現していることから、社会保障支出の対GDP比はむしろ低下している。我が国の場合、高齢化の進展を所与とすれば、一人当たり社会保障支出の抑制とともに経済成長率を高めることが、社会保障支出の持続可能性にとって極めて重要である。

次に、社会保障支出の内訳として、高齢関係支出と保健医療支出の増加について要因分解を行ってみよう。高齢関係支出についても、我が国の増加はOECD諸国の中で突出して大きい(第1-3-15図(2))。しかし、その要因については、人口高齢化とともに高齢者一人当たりの支出の増加が大きく寄与している。この点は社会保障支出全体の増加要因と異なる点である。他方、保健医療支出については、総額の伸びとしては、日本は中位程度に位置している(第1-3-15図(3))。高齢化要因は欧米諸国に比べて圧倒的に高いものの、高齢者一人当たりの保健医療支出を削減していることもあり、全体の伸びを抑制していることになる。我が国の場合、2000年の介護保険制度導入によって保健医療支出から高齢関係支出に支出内容がシフトしたことも影響しているが、期間を2000年以降に限った比較を行っても、高齢者一人当たりの高齢関係支出の増加と高齢者一人当たりの保健医療支出の減少という関係は同じである。高齢人口比率の上昇が続くと見込まれるなか、社会保障支出の拡大を経済規模との対比で持続可能なものにするためには、経済成長の促進とともに、特に高齢関係支出について、高齢者一人当たりの支出を効率化する努力が求められる。

(2)産業としての社会保障

社会保障に関する需要の拡大が見込まれるなか、それを持続的な経済成長の一つの原動力にしていくという考え方がある。その際重要なことは、官民合わせた社会保障を成長産業として捉え、単なる需要増ではなく、イノベーションを伴った持続的な成長経路に結び付けることである。こうした問題意識の下、社会保障産業の成長促進効果について検討する。

(医療・福祉産業は国際的に雇用吸収産業)

社会保障を産業として捉えた場合、それは基本的に対人サービスであることから、製造業等に比べ労働集約的であり、生産性の上昇が難しいといわれる。その一方で、労働集約的であるがゆえに、社会保障需要の増大が雇用の拡大に結びつきやすい点を評価する見方もある。

ここでは、OECDデータベース等による国際比較が可能な医療・福祉産業について、産業連関分析を用い、生産誘発効果と雇用誘発効果を比較する(第1-3-16図)。生産誘発効果とは、ある産業(ここでは医療・福祉産業)の需要が1単位増加したときに各産業の生産がどの程度増加するかを示す指標であり、関連産業の裾野の広さに比例する。逆から見れば、医療・福祉産業への需要増を満たすために産業全体でどの程度生産量を増加する必要があるかを表している。雇用誘発効果とは、ある産業の需要が1単位増加したときに各産業の就業者数がどの程度増加するかを見る指標であり、1需要当たりの雇用吸収力の大きさが分かる。結果を見ると次のような点が指摘できる。

一つは、医療・福祉産業の生産誘発効果は、各国ともに産業平均以下となっていることである。関連産業の多さ、すなわち裾野の広さという点においては、医療・福祉産業の裾野は必ずしも広くない。これは先進国共通の現象であり、医療・福祉産業の産業としての性質ともいえる。他方、各国間で比較すると、我が国の医療・保険産業の生産誘発効果は、英国に次いで産業平均に近い位置にある。国際比較の視点からは、我が国では、医療・福祉産業における需要増大が他産業の生産増に結びつく程度はそれほど低くないといえる。

次に、雇用誘発効果について見ると、どの国においても、医療・福祉産業の雇用誘発効果は産業平均を上回る高い値となっている。医療・福祉産業が労働集約的であることもあり、医療・福祉需要の増大が雇用拡大に結びつきやすいことが示されている。ただし、各国比較を行うと、我が国の医療・福祉産業の雇用誘発効果は、他の先進国に比べて産業平均からのかい離が大きくないことも分かる。国内の他産業に比べれば、医療・福祉産業の雇用誘発効果は高いものの、まだ伸びる余地があるのかもしれない。例えば、医療・福祉産業において、イノベーション等を通じて生産性を高めることで持続的な成長を実現できれば、これまで以上に成長と雇用拡大を両立させることが可能かもしれない。以下では、医療・福祉産業と成長について考察していこう。

(我が国の医療・福祉産業は労働投入の拡大に偏った成長)

ここでは、経済成長率(付加価値成長率)を労働投入量の増加による寄与と労働生産性の上昇による寄与に分け、さらに、労働生産性を資本労働比率と全要素生産性それぞれの寄与に分けて議論し、医療・福祉産業の特徴を検討する。

まず、我が国の各産業について、2000年代における付加価値成長率と労働生産性上昇率の相対関係をプロットし、医療・福祉産業の位置を見てみよう(第1-3-17図(1))。付加価値成長率については、医療・福祉産業は2000年代平均で年5%前後の成長率となっており、精密機械や一般機械、輸送機械に次ぐ高さを示している。付加価値を生み出しているという意味において、医療・福祉産業は成長産業と呼ぶことができる。他方、労働生産性を見ると、医療・福祉産業は2000年代平均で1%に満たない生産性上昇率となっており、産業平均を下回る。すなわち、医療・福祉産業の相対的に高い付加価値成長率は、その多くが労働投入の増加によってもたらされている。雇用吸収力の高さを表している反面、労働投入が無尽蔵に増加することは期待できないことから、成長の持続可能性については疑問が生じる。

次に、労働生産性の伸びと全要素生産性(TFP)の伸びの相対関係をプロットすると、医療・福祉産業は労働生産性以上にTFPの上昇率が低いことが示される(第1-3-17図(2))。TFP上昇率は2000年代平均でゼロ近傍であり、労働生産性の上昇が専ら資本・労働比率(資本装備率)の上昇に依存していることを意味している。現在の成長構造のままでは持続的な成長を確保することはできない。

それでは、このような医療・福祉産業の成長構造は国際的にも見られる現象なのだろうか。医療・福祉産業の付加価値成長率と労働生産性の伸びについて国際比較すると、我が国では付加価値成長率の高さに比して労働生産性の伸びが低いことが際立っている(第1-3-17図(3))。例えば、両者の関係が平均的な(傾向線上に位置する)英国では、1%強の労働生産性上昇率に対して3%程度の付加価値成長率が対応しているのに対し、我が国では1%弱の労働生産性上昇率に対して5%強の付加価値成長率となっている。労働投入量の拡大に偏った付加価値の増加が我が国医療・福祉産業の特徴ということができよう。

また、労働生産性とTFP上昇率の相対関係を見ると、我が国は傾向線上に乗っており、両変数は国際的な平均的な関係を示している(第1-3-17図(4))。そもそも労働生産性とTFP上昇率の関係については、各国ともおおむね傾向線に近く、ばらつきが少ない。すなわち、医療・福祉産業の資本労働比率の変化が先進国間でそれほど大きく違わないことを意味しており、労働生産性を引き上げていくためには、TFPを上昇させることが各国ともに求められているといえる。ここでの対象国の中では、ドイツの医療・福祉産業が労働生産性、TFP上昇率ともに高く、注目すべき国の一つといえよう。

(関連産業では医薬品産業の生産性が近年上昇)

社会保障産業を経済成長のけん引役に期待する場合、高齢化に伴う需要増加だけではなく、供給サイドから見ても、生産性の上昇を伴う持続的な成長要因であり続けることが必要である。ここでは、医療・福祉産業の経済成長への寄与度を国際比較するとともに、医療・福祉産業に付随する医療機器産業や医薬品産業も含めた産業全体としての生産性上昇を取り上げ、成長のけん引役としての社会保障産業について考える。

まず、医療・福祉産業の経済全体に対する成長寄与を国際比較すると、我が国の医療・福祉産業の成長寄与は相対的に高く、成長のけん引役として国際的に遜色ない位置を占めている(第1-3-18図(1))。他方、一国の付加価値全体に占める医療・福祉産業のシェアについては、我が国の水準は相対的に低い。すなわち、医療・福祉産業の寄与度の高さは、同産業の高い付加価値成長率に依存していることになる。

その高い付加価値成長率の源泉を探るため、付加価値の伸びを労働投入と労働生産性の伸びに分解すると、前述の結果の再確認になるが、我が国医療・福祉産業の付加価値成長率の高さの大部分が、労働投入の増加によって生み出されていることが分かる(第1-3-18図(2))。労働生産性の寄与度は先進国中相当程度低い位置にある。高齢化等による医療・福祉産業の需要増は、我が国では専ら労働投入量の増大によって賄われていることになる。生産性の拡大を伴わない付加価値の増加は持続可能とはいえない。

そこで、医療・福祉産業に関連する産業として、医療機器・精密光学機器や医薬品産業を考慮し、それらを含めた産業としての生産性の上昇率がどの程度であるか探ってみよう。たとえ医療・福祉産業の生産性上昇率が低くても、関連産業を合わせた生産性が高ければ、経済成長のけん引役として期待できる。データの制約から、我が国とドイツについてそれら3産業の労働生産性を比較すると次の二点が特徴として指摘できる(第1-3-18図(3)(4))。

一つは、我が国において、医薬品産業の労働生産性が急速に伸びており、全産業平均を大きく上回る労働生産性の伸びとなっている。他方、医療機器・精密光学機器の労働生産性は2000年代に再び上昇しているとはいえ、伸び率は全産業平均よりも低く、経済成長のけん引役とはなっていない。今後、医療・福祉産業とともに医療機器・精密光学機器の生産性を高めることが、社会保障が成長産業となるためには重要である。

もう一つは、ドイツにおいては日本と異なり、これらの医療・福祉関連産業は全て、産業平均の生産性上昇率を上回っている。特に、医療機器・精密光学機器産業における生産性上昇率が高い。関連産業を含めた医療・福祉産業が、産業全体の生産性を引き上げる役割を果たしているといえる。先に見たように、ドイツの医療・福祉産業は労働生産性とともにTFP上昇率も高かった。医療・福祉産業が持続的な経済成長をもたらすための条件が揃っていると見ることができよう。

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