第2章 景気回復における家計の役割 第4節

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第4節 まとめ

本章では、「家計部門の回復には所得の増加が重要だが、それだけではなく、新たな需要の創出を起点とした好循環は可能か」との問題意識から、家計部門の回復パターン、個人消費を巡る論点、住宅需要を巡る論点について検討した。

●我が国では所得の弱さを消費性向の底堅さが補う傾向

90年代以降、GDPに占める個人消費のウエイトは安定的だが、住宅投資が減少したため、家計関連需要は幾分ウエイトを落としている。景気拡張局面での寄与の低さは、後退局面での安定性の裏返しでもある。2002年からの拡張局面でも、それ以前と同程度の消費の弱さではあったが、輸出や設備投資の回復と比べると見劣りがした。背景に所得の弱さがあったが、慣性効果や高齢化要因から消費性向は底堅く推移した。また、耐久財を中心に「成長品目」が多かったことも消費性向の上昇に寄与した。
2000年代のITバブル崩壊後の消費の動向を先進国間で比べると、企業部門と対比して弱かった国は我が国以外にもあった。ただし、可処分所得が減少傾向にあったのは我が国だけである。個人消費が景気に対して先行した点も、我が国の特徴であった。一方、2000年代の先進国のデータから家計関連需要の基調的な弱さに影響する要因を探ると、人口増加率そのものは必ずしも明確な影響は及ぼさないが、高齢化が進んだ国では個人消費が伸びにくい傾向にあった。住宅投資の弱さも高齢化との関係が見られた。
家計への波及を営業余剰から雇用者報酬という所得面で見ると、前回の拡張局面では特に波及の遅れが目立った。これは、先進国の中でも我が国に特徴的である。いいかえれば、労働分配率が大幅に低下した。景気の回復とともに労働分配率が低下するのは一般的だが、前回の我が国は一人当たり賃金の低下によってそれが極端な形で生じた。今回の景気持ち直し局面では、政策効果もあって個人消費が先行して持ち直したが、実質賃金の下落も長引いてはおらず、前回とは異なる展開も期待される。

●高齢者の就労と現役世代の休暇促進、環境配慮の際のコスト軽減などで消費活性化を

高齢者が最近の個人消費をけん引しているが、それは、単に世帯数が増えているからという面が強い。もっとも、高齢者は雇用者報酬の減少の影響が少なく、リーマンショック後の消費の落ち込みを幾分緩和した。また、高齢無職世帯の主な所得は年金と財産所得だが、90年代以降、これらの所得の減少が続く局面で消費水準をそれほど落とさなかった。高齢者の支出内容を見ると、消費ではないが贈与金、医療費が多い。伸びが高いのは教養娯楽、家具・家事用品であり、(実質では)耐久財消費が活発化した様子がうかがわれる。
近年、所得格差が拡大してきたが、二人以上勤労者世帯で見ると、消費格差はむしろ縮小している。これは、所得の減少に対して高所得層が消費を柔軟に削減できたからである。一方で、高所得層ほど限界消費性向は低い。しかし、現役世代では所得の消費に対する影響は比較的小さく、子供のいる世帯ではほとんど影響しない。これらの世帯では家計に余裕が少ないからである。実際、土地・家屋の借金返済や基礎的な消費を除いた「コア可処分所得」を家計の余裕度の尺度とすれば、40~50歳代では可処分所得の割には「コア可処分所得」が少ない。
今後の消費活性化を考えるに際しては、まず、高齢者でも勤労者世帯の消費は多いことから、高齢者の就労促進が重要である。定年延長などの仕組みは整備されてきたが、適職がないなどミスマッチの緩和が求められる。現役世代にとっては、有給休暇の消化など労働時間の短縮、住宅取得の支援などによる時間と空間の制約の緩和が課題である。「環境」については、我が国の消費者は追加的コストの支払いに消極的である。逆にいえば、エコポイントなど経済的なメリットを与えることが、「環境」をテーマにした消費活性化の起爆剤となり得る。

●住宅は量から質の時代へ、環境、リフォーム、都市の集積が鍵

世帯数の増加テンポの鈍化を踏まえると、中長期的には住宅投資は着工件数では頭打ちとなる可能性が高い。そこで、一人当たり床面積だけでなく、様々な観点からの質の向上が課題となる。また、今後は単身女性向けや単身高齢者向けの住宅など、必要とされる住宅形態にも変化が生ずると考えられる。我が国では現在、他の先進国と比べるとリフォームは低調であるが、高齢者が住宅に関して抱える問題の多くがリフォームで解決可能であることを踏まえると、リフォームに対する潜在需要は十分存在すると見られる。
やや短期的な視点からは、住宅に対する需要には家計収入のほか、住宅価格、金利、政策要因などが影響力を持つ。例えば、2006年に住宅ローン金利が上昇したことは、購入者のマインドに大きく影響した。価格と所得の関係では、首都圏の30歳代では「年収5倍」を満たす2人以上世帯は極めて少数となっている。一方、リフォームであれば、高齢者の所得対比でも十分な余裕を持って実施が可能である。このほか、事業者側の資金繰りも重要であるが、不動産業は銀行借入への依存度が高く、かつ、短期借入中心といった問題がある。
住宅需要の活性化のためには、まず、「環境」性能という意味での質の向上が求められる。ここでもコスト面が障害だが、省エネによる将来コストの低減をいかに訴求するかが鍵となる。我が国では既存住宅の取引やリバースモーゲージも未発達だが、潜在需要は存在しており、性能評価取得の促進や保険制度の整備などが課題であろう。広い意味での住宅の質は、その立地する都市の集積度合いによって影響を受ける。「環境」の観点からも、コンパクトシティ化などを進めていく必要があろう。

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