第5節 まとめ

本節では、これまで述べてきた景気の現状や波及の仕組みの変化、金融市場や物価・地価の動向などについて改めて整理し、今後の経済動向を考える上での重要と考えられる点について考察する。

 2006年半ば頃から企業部門の好調さの家計部門への波及が緩やかに

日本経済は2005年後半から2006年前半にかけて企業部門、家計部門、海外部門がバランスよく回復したものの、2006年後半から家計部門に弱さがみられるようになってきている。企業部門では2007年に入り一部に弱さがみられるものの、売上高の増加に伴って収益の改善が続くなど基調として好調さが持続している。一方、家計部門では2006年半ば頃から賃金と消費の伸びがともに鈍化し、その後消費は持ち直したものの賃金は横ばいとなっていくなど、企業部門から家計部門への波及が緩やかになってきている。

企業業績の好調さを反映した労働力需給の引締まりがみられるにもかかわらず2006年後半から賃金が伸び悩んでいる背景としては幾つかの要因が指摘されている。具体的には、フルタイム非正規労働者割合の増加、団塊世代の退職、賃金の低い産業への労働移動、地方公務員の賃金引下げなどが挙げられる。これらの要因は、単独では賃金動向を十分に説明しきることは難しいものの、いずれも方向としては平均賃金を押し下げる方向に作用している点は確認できた。賃金の伸び悩みにはこれらの要因が複合的に作用したものと考えられる。

 輸出の役割が増した景気循環の仕組み

景気循環の仕組みにも過去と比べて変化がみられる。90年代以降景気回復局面における輸出の寄与度が相対的に増加しており、需要項目間の波及関係をみても、輸出の増加が国内民間需要や設備投資の増加を誘発する姿に変わりつつあることを示唆する結果が得られている。このように、景気変動のけん引役としての輸出の存在感が強まっている。

輸出の増加が国内企業収益及び生産に与える影響は近年高まる傾向にある一方で、企業収益が増加すると人件費も増加するという関係は希薄になってきている。また、輸出の雇用誘発効果は他の需要項目に比べて低く、しかも年々低下してきている。このように、企業収益の好調さが賃金に波及しにくい背景には、こうした構造的な要因も下押し圧力として作用していることが分かる。

 今後の景気をみる上でのリスク要因

2007年に入った日本経済を取り巻く状況をみると、雇用を示す指標は概して堅調に推移しており、所得・消費環境が今後急速に悪化していくことは考えにくい。ただし、2007年初めにみられた生産の弱い動きなど企業部門の動向や家計部門の所得が横ばいである状況が続いていることなどについては留意が必要である。

さらに、輸出を左右する海外経済の動向や、特に中小企業の収益を圧迫しかねない原油などの素材価格の高止まりといったリスクには引き続き注意が必要である。

 ゼロ金利解除後の金融市場の動き

金融市場の動きをみると、2006年3月の量的緩和解除以降、二度の利上げが実施され、短期金利には上昇がみられたものの、長期金利(新発10年国債流通利回り)は、利上げ後も安定した推移を示してきた。企業金融は総じて緩和的な状態が継続しており、銀行貸出は、中小企業向けの資金需要を中心に、緩やかな増加傾向を示している。今後、景気回復の持続性との関連では、貸出市場の動向とともに為替市場や株式市場の価格変動が経済活動に及ぼす影響などにも注視していく必要がある。

 安定的なマクロ経済運営

今後のマクロ経済運営においては、再びデフレに戻ることのないよう、民間需要主導の持続的な成長と両立する安定的な物価上昇率を定着させる必要がある49。日本銀行には、政府の政策取組や経済の展望と整合的なものとなるよう、金融政策において、物価の安定を確実なものとし、持続的な成長を支えていくことが期待される。

 改善ペースが緩やかな物価、都市圏を中心に持ち直す地価

物価を取り巻く環境をみると、景気回復が長期化する下でも、単位労働費用は依然低下を続けており、現時点では費用面からの物価上昇圧力は緩やかなものにとどまっている。サービス価格の性質を踏まえると、景気が着実に回復する中で、経済全体の所得増加に結び付けば、需要が拡大する形でサービス物価が安定的に上昇する可能性が考えられる。

一般物価の上昇が限定的なものにとどまる中で、資産価格に大幅な上昇がみられる場合、その評価と政策面での対応も難しくなる。都心部で大幅な上昇がみられる地価については、過去の水準との単純な比較だけでは十分とはいえない。資産の適正な期待成長率に裏付けられたものなのかを見極めていくとともに、経済全体の需給ギャップや信用の状況などのマクロ的なリスク状況の把握と併せて、総合的な政策対応を視野に入れながら適切な備えを行っておくことが重要である。

 進む財政健全化への取組

財政政策については、政府は基礎的財政収支の黒字化を目指し、歳出の徹底した見直しを進めるなど、財政健全化に向けた取組を強力に進めてきた。この結果、国・地方を合わせた基礎的財政収支は着実な改善をみせている。2003年度以降の財政収支の改善には、利払い費(ネット)の減少、税収増による循環的財政収支の改善も寄与する一方、改善幅の大きな部分は公共投資の削減などによる構造的基礎的財政収支の改善によって説明される。国の2007年度予算においても歳出改革路線を堅持しているほか、地方財政計画でも給与関係経費、投資的経費を削減するなど、歳出減が図られている。

国・地方の長期債務残高が巨額に達していることを考慮すると、今後の長期金利上昇が財政に与える影響については注意する必要がある。そうした観点からも、「基本方針2006」及び「基本方針2007」などに盛り込まれた歳出・歳入一体改革の取組をより一層進めていくことが求められる。