むすび

 負の遺産は解消した

バブル崩壊後10年余りに及んだ負の遺産の清算はおよそ終了した。経済の重石となり長期停滞の大きな要因であった不良債権問題は正常化した。さらに、経済活性化の阻害要因となる過剰雇用や過剰設備の問題は乗り越えた。2001年度から4年続いた集中調整期間は、デフレ・スパイラルを阻止し不良債権処理を促進することなどの所期の目的をほぼ達成したと言えよう。

主要行の不良債権比率は2005年3月期に3%を下回った。不良債権処理には大きなコストを必要としたが、90年代の処理とは異なり、資産査定の厳格化、金融機関における処理体制の強化等が図られることによって、問題解決の王道であるオフバランス化が進んだ。不良債権問題の正常化とともに、金融システム不安は解消した。

また、金融機関相互の債権関係を整理し、過剰債務企業の事業再生を行うに当たっては産業再生機構が役割を果たした。さらに、私的整理や企業再生ファンドが活用され、破綻型ではなく再生型の処理が多く取り組まれたことは、失業増加等の痛みを和らげた。

金融システムが安定化し、主要行の体力は徐々に回復しつつある。不良債権処理で培った経験を前向きの企業再生ビジネスへ積極的に転換させる動きが始まっている。さらに、金融機関の貸出意欲も改善している。集中調整期間の成果を持続的な成長へつなげていくことが重要となっている。

 景気は緩やかな回復が続く

2002年初からの景気回復は4年目に入っている。これまでの回復過程は、均してみれば平均2%程度(年率)の成長である。今回の回復は、プラス面でもマイナス面でもアジアやアメリカの影響を大きく受けてきた。例えば、IT関連部門は、回復の初期段階では海外の需要増による生産増加から回復を支えたが、海外需要が一服すると国内生産の押下げ要因として働いた。しかし、成長の主力は消費や投資の民間需要である。過剰問題の終了が景気回復をしっかりと支えている。すなわち、約10年ぶりとなる労働需給の改善が消費を押し上げ、企業部門の体質強化が高収益をもたらし投資を増加させている。こうした動きは、景気回復の持続力を高めている。

2005年前半は原油価格の高騰、輸出の弱さなど景気を下押しする要因が働いた。しかし、景気拡張局面の長期化を期待させる変化も同時に現れつつある。それは、国内における明るい動きである。過剰雇用がなくなったことにより、これまで調整が続いていた労働分配率は長期的な均衡水準まで低下した。これからは、労働需給の改善が雇用増加や賃金上昇につながっていくかどうかが拡張局面長期化の一つのかぎを握っている。

他方で、長期化すると、景気循環の自律的メカニズムに目を向けることが大切になる。景気基準日付によれば、戦後平均の景気拡張期間を上回る長期拡大は4度あった。景気拡張期間が長期化する場合、外的ショックがなくとも、景気の成熟化が自律的な反転要因となり得る。例えば、消費需要の一巡などから企業収益の伸びは鈍化すること、需要の鈍化は意図せざる在庫増や資本ストックの過剰感につながりかねないこと、これらが累積的に働けば生産調整やストック調整が始まるリスクがあることなどである。

 デフレ脱却は依然として重要な課題

消費者物価指数(生鮮食品を除く)は98年度から7年連続して前年比下落が続いている。7年間の累積では3%程度の下落になる。2004年後半からは、公共料金関連(通信、電気等)の料金引下げの効果が下落に寄与している。近年の原油価格の高騰は川上部門での価格上昇をもたらしているが、川下部門での価格転嫁はきわめて弱い。また、GDPデフレーターは7年連続して前年比下落が続いている。このように緩やかなデフレ状況が続いているのは、需給面では依然として水面下にあること、金融面では銀行貸出が前年比マイナスを続けるなどマネーの伸びが弱いことなどが要因である。デフレは資源配分の効率化を遅らせ、リスクを取るべき前向きの経済活動を停滞させる力を及ぼす。政府と日本銀行が一体となってデフレ脱却への政策を強化・拡充していくことが引き続き求められる。

土地資産額(GDP比)はピーク時の半分となり、ほぼ1980年代前半の水準にまで低下した。しかし、地価下落の現状は、地域ごとに差が生じている。地方圏では下落率が縮小しているが、依然下落が続いている。他方、大都市中心部では地価が上昇に転じる動きがある。この背景のひとつには好調な不動産証券化市場がある。地方圏でも一部では土地の収益性が徐々に回復しており、土地取引が活性化していけば地価動向が変化する可能性も考えられる。

 小さな政府を目指して

政府規模については、世界共通に望ましい一定水準があるわけではない。歴史的経緯、受益と負担に対する国民の志向、公的サービス提供の制度設計等の要因によって、その国ごとに適正さが存在するだろう。しかし、重要な点は、将来を見据えた時に、今は問題がなくてもやがて問題が発生するならば、それを先送りせずに今からその問題への対処を始めることである。

少子高齢化によって、現行制度を前提とすれば、我が国の政府規模は拡大する。経済財政諮問会議「日本21世紀ビジョン」専門調査会のワーキング・グループの参考試算によると、2030年度の一般政府規模はGDP比48%程度に達する。2005年度からは11%ポイントの大きな上昇である。日本の政府規模が、ほぼユーロ圏に相当する大きさになることを意味する。OECD諸国のデータを用いた推計によれば、政府支出の規模と経済成長率の間には負の関係があることが示唆される。したがって、我が国の制度をこのまま放置すれば、経済全体としての資源配分が非効率化するおそれが高い。

国民は小さな政府を志向する傾向にあることが、調査結果から示唆された。国民の支持は施策推進の強力な盾である。政府の「基本方針2004」では、「例えば潜在的国民負担率で見て、その目途を50%程度としつつ、政府の規模の上昇を抑制する」こととしている。公共事業費は継続して削減されている。公的サービスに関連する支出は抑制基調にある。少子高齢化の影響が如実に現れる社会保障分野についても改革が行われている。将来を見据えた大胆な改革の前倒し実施が期待される。

 官から民へは歴史的な流れ

経済成長の離陸段階においては資本蓄積の不足が制約要因となることが多く、官の役割が決定的に重要であった。しかし、国民貯蓄の増加とともに民間資本の蓄積が進むと、官の役割は低下する。したがって、世界のほとんどの国において、民でできる分野は民に任せるのが歴史的な流れである。

我が国では明治政府以来、インフラ整備において官が大きな役割を担ってきた。戦後経済に目を移せば、公社体制下で電電公社と国鉄は社会基盤を支えてきた。それらは1980年代半ばの行政改革を経て民営化された。NTTとJRに経営形態が変わり、両事業は競争的な環境の下で大いなる効率化を遂げた。本年度から、民と官がサービス提供の効率化を競う市場化テスト導入の試みが始まっており、新しい時代を迎えようとしている。

 民の事業で利便性は向上

官から民への重要性として3点を指摘してみたい。

第一は、官から民へ移され、あるいは民の手法を取り入れることによるサービスの質の向上と、サービスの多様化である。官が手を引くことによって、費用削減が必要以上に進みサービスの質が低下するのではないかとの見方もある。しかし、実際には、官が目標設定をうまく行えば、民間事業者は顧客である住民の利便性を向上させ得ることが指定管理者の調査分析によって明らかになった。また前例踏襲に陥りがちな官と異なり、民の場合には創意工夫により多様なサービスの提供につながることが期待できる。特に、教育、医療、介護等の分野に民間事業者が参入し、多様なサービスがそれに見合った価格で提供されることは、市場メカニズムによって公的サービスの選択が適切に行なわれるという効果が期待できる。同時に、サービス機会が増加することによって民の事業の活性化が見込まれる。

第二は、政府部門の再構築である。財政には、安定成長や所得分配に加え、資源配分という大きな役割がある。少子高齢社会において弾力的な対応力を財政が保持するためには、政府部門を効率化させることが重要である。経済発展の特定段階では官が行うべき事業であっても、次の段階ではもはや官は卒業すべきものが多い。官の関与は不断に見直すことが必要なのである。また、政府部門の再構築に伴い資金の流れが大きく変わる。財政投融資改革はすでに2001年から実施され、成果を上げているが、時代の要請を踏まえ、入り口の郵政民営化を着実に進め、さらに出口の政策金融についても在り方を見直していくことが重要である。

第三は、財政赤字削減の観点である。政策や事業が官のままでは、予算制約がソフトなものになる余地が大きく、民でならば働いた予算規律が守られなくなる。収入面の裏づけがなければ、財政赤字の拡大につながる。日本は先進国の中で最大の赤字を抱えており、基礎的財政収支の均衡を目指す観点から、赤字拡大要因についてはしっかり見直していくことが必要である。

 人口減少が始まる

バブル崩壊から15年余りを経て、雇用・設備・債務の過剰という構造的問題の終了と入れ替わりに、次なる構造問題が始まっている。総人口の減少である。人口推計によれば、日本の総人口は2007年から減少に転じる。しかし、実は地域別にみると関東、東海、近畿の一部都道府県や沖縄では人口が増加しているが、それ以外の地域では、既に人口は減少に転じている。人口減少地域は、GDPでは全国の半分程度であるが、国土面積では8割を占める存在である。こうした事情は、景気回復に地域ごとのばらつきが生じる一つの要因になっている。

人口減少問題を過度に恐れる必要はない。なぜなら、人口の動きは10年単位では予測可能であり、事前に作戦を練っていくことができるからだ。実証分析の積み重ねによって、人口動態がもたらす経済的帰結、それをプラスに転じていくための政策立案がなされれば、対処可能である。その場合に重要なのは、既得権益を守ろうとするバイアスを排除すべき点である。これには、将来世代を明示的に織り込んだ世代会計の手法がきわめて効果的であり、その政策提言に期待がかかる。

 近づく団塊の世代の定年退職

人口の動きに関して、我々を待ち構えている重要な変化がある。それは、2007年以降に団塊の世代が大量に定年退職を迎えることだ。

団塊の世代は、戦後経済の発展に大きな貢献をした。勤勉な労働者としてはもちろん、消費や住宅という生活面でもトレンドの大きな牽引力であった。その世代が2007年から徐々に60歳を迎える。この人々の退職行動は経済社会的に大きな影響力を持つ。バブル崩壊以降を調べると、終身雇用・年功賃金制にあった団塊の世代は人件費の押上げ要因であったことから、折からのバブル崩壊後の企業環境の厳しさも手伝い、同時期の若者雇用にマイナスの影響を与えた。しかし、近年は団塊世代の定年退職が視野に入り、中途採用や新卒採用の両分野において若者雇用が盛り上がりつつある。

量的には退職と新規雇用のバランスが取れつつあるが、質的には団塊世代が築き上げてきた熟練技術の継承が困難になるという問題が生じている。日本のものづくり力は、こうした技術に負うところが大きい。日本の高齢者は世界的にみても労働力率が高いという特徴があったが、このところは労働力率が傾向的に低下している。日本経済の活力という観点からは、団塊世代を含め年齢にかかわらず、人々の能力が十分発揮されるような環境を整備していくことが重要性を増している。

生活面では、団塊世代はこれからも経済を先導していく見込みである。サービスや時間の消費は堅調であるし、利便性を求める住宅取得は活発である。また、金融資産選好においては高年齢層のリスクに対する許容度は高い。これからは、高齢者の新しい生活スタイルを創造し、需要を牽引する主体として団塊世代の活躍が期待される。

 市場重視の改革を進める

「官から民へ」を言い換えると、「国家から市場へ」が最も適切にその内容を反映している。つまり、市場の役割をより重要視していくことが基本である。

戦後の高度成長期から80年代までは高収益や高賃金の部門に人、財、資本が移動し成長を支えた。社会資本のボトルネック対策、政策金融を通じる補完、税制面での支援など多くの梃子入れを伴いながら、国際収支の天井、石油危機、円高ショックなどの難局を乗り越え、経済の効率性を高めてきた。しかし、バブル崩壊後の90年代以降は価格のシグナルが期待されたほどには役割を果たさなかった。なぜなら、ある分野で生産に必要な資源が相対的に希少になると、かつてはそれらの価格上昇が資源投入を促進したのに対し、バブル崩壊後はそれらが過剰となり資源の退出が必要となっていたためである。したがって、改革なくしては成長することが困難な状況であった。

過剰問題の調整が終了した今日は、守りから攻めの改革に転じる好機である。相対価格の変化は資源配分に基本的な役割を果たす。生産性や収益性が高い分野への資源移動を積極化させるような改革を本年度からの重点強化期間においてさらに進めることが重要である。さらなる改革の強化によって市場メカニズムの阻害要因を除去し、経済効果の伝播を強めることが改革を大きな木に育てることにつながる。