第3節 改善がみられる労働市場と家計部門

第3節 改善がみられる労働市場と家計部門

企業部門は、収益増加の動きが業種的にも広がりつつあるなど、景気回復によって着実に回復している。こうした企業部門の回復の動きが、雇用の増加や賃金の上昇という形で家計部門に波及してくるかどうかという点が、今回の景気回復が持続性をもった本格的な回復となるかどうかを左右する重要なポイントとなる。現在までのところでは、雇用や賃金の動向は、徐々に改善に向かいつつはあるものの、依然として弱い動きにとどまっている。企業部門の回復が雇用や賃金になかなか波及しないという傾向は、今回の回復局面だけに限らず、90年代後半から顕著になってきており、構造的な要因も反映している可能性がある。この節では、雇用が伸びない背景にはどのような要因があるのか、雇用が伸びない中でも失業率が低下に転じているのはなぜか、今後企業収益の増加が賃金にも波及していくのか、といった点について考察する。その後に、所得の伸びが限られている中で、個人消費が比較的堅調に推移している背景には何があるのかについても述べる。

1 厳しい中にも改善がみられる労働市場

 雇用の産業別、男女別、雇用形態別内訳

雇用者数の動向は、2003年前半に弱含んだ後、2004年に入ってから持ち直してきているが、今回の景気回復の起点である2002年初の水準と比べると、微増にとどまっている。業種別の雇用の状況を、景気の谷である2002年初からの雇用者数増減の累積でみると、雇用が増加しているのは医療・福祉や教育等を含むサービス業だけである(第1-3-1図(1))。他方、最も減少幅が大きいのが製造業であり、建設業の雇用も減少していることに加えて、卸小売や飲食といった第3次産業でも雇用が減少している。雇用者数の動向を男女別にみると、女性の雇用がほぼ一貫して増加する一方、男性の雇用は2003年10月頃まで減少が続き、その後やや持ち直している(第1-3-1図(2))。また、雇用形態別にみると、パートタイム労働者が増加している一方で、ほぼ同程度の一般労働者の雇用が減少している(3)第1-3-1図(3))。以上をまとめると、医療・福祉といったサービス業の雇用が大きく増加するなかで、そうした業種で多く働いている女性の雇用が増加しているという姿がみられる。また、パートタイム労働者も第3次産業を中心に増加している。

雇用の伸びが過去と比べて緩やかなものとなっている背景には、労働供給面で少子・高齢化により労働力人口が減少していることも反映しているが、他方で、いまだ失業者が多数存在することに加え、女性の労働力率の上昇等により労働供給が増加する余地があることも考慮すると、製造業等を中心に企業の雇用需要が弱かった可能性がある。以下ではこうした雇用機会の増減といった面について考察する。

 景気循環と雇用

今後景気回復が続いていけば、現在雇用の増加がみられていない業種でも、雇用が増えるようになるのであろうか。この点について考察するために、景気拡大期と後退期に分けて、業種別の雇用の増減を調べた(第1-3-2図(4)。すると、(i)サービス業では景気循環に関わりなく雇用が増加している(構造的増加産業)、(ii)製造業、金融・保険、建設等では景気循環にかかわりなく雇用が減少している(構造的減少産業)、(iii)日本では景気が悪化しても企業が雇用を維持する傾向があること(雇用保蔵)等もあり、ほとんどの業種で景気循環の影響はあらわれにくい、(iv)卸・小売業等は景気循環とはかかわりなく不規則な動きをしている、という結果となった。2004年5月時点の業種別の雇用シェアをみると、構造的に雇用が減少している産業が雇用全体に占めるシェアは4割に達する一方、構造的に雇用が増加している産業のシェアは3割程度にとどまっている。

時系列的に、こうした産業別雇用と景気循環の関係をみると、構造的に雇用が増加している産業のシェアは、90年代初めの8割をピークに徐々に低下し、90年代後半で6割程度、2004年で3割となっている(付図1-10)。他方、構造的に雇用が減少している産業のシェアは、90年代半ばまでほとんどなかったが、90年代後半以降4割程度となっている。

 雇用創出・喪失の構造的変化

以上のような業種ごとの雇用創出力の変化を、新規開業による雇用創出、既存の事業所における雇用増減、廃業による雇用喪失に要因分解し、80年代後半から2001年までの時系列変化をみた(第1-3-3図)。すると、各時点を通じて、雇用が比較的堅調に伸びているサービス業、卸・小売・飲食店業、運輸・通信業については、他の産業に比べて、新規開業による雇用創出が大きいという特徴がある。ただし、雇用の増加の程度をみると、卸・小売・飲食店業及び運輸・通信業では、90年代後半になって、既存事業所の雇用増が低下するとともに、廃業による雇用喪失も増加したことから、全体の雇用の伸びが鈍化している。他方、雇用が90年代後半から減少に転じている業種については、業種によって特徴がやや異なる。製造業では、廃業による雇用喪失は各時点でそれほど変わっていないが、新規開業による雇用創出と既存事業所の雇用増が低下してきているために、全体として雇用が減少している。他方、建設業及び金融・保険業については、90年代後半に、廃業による雇用喪失が大きくなるとともに、既存の事業所でも雇用を削減しているため、全体の雇用が減少している。

以上についてまとめると、今回の回復期において雇用の伸びが弱いことは、製造業、建設業、金融・保険業などで雇用の構造的減少が進む中で、雇用を伸ばしているのは一部の第3次産業だけであり、かつ、第3次産業の中でも、業種によって、かつてほどの雇用創出力がなくなっていることを反映している。製造業、建設業、金融・保険業といった構造的に雇用が減少している業種では、それぞれ製造拠点の海外移転、公共事業の縮小、不良債権処理に伴う合理化といった問題を抱えているため、今後景気回復が継続したとしても雇用が持続的な増加に転じることは考えにくい。このため、今後雇用をどれだけ増やせるかは、第3次産業、とりわけサービス業などにおいて、いかに新規開業を増やして雇用機会を創出できるかにかかっていると考えられる。

 失業率低下の背景

90年代における過去の回復局面では、景気が回復してもなかなか失業率の低下はみられず、その結果、失業率はこれまで一貫して上昇を続けてきた。しかしながら、今回の回復局面では、2003年初めから失業率の低下がみられ、失業率はピーク時の5.5%から2004年5月時点で4.6%まで低下してきた。他方で、既にみたように、雇用の回復が弱いという点では、過去の回復局面とそれほど大きな差がない。そこで、今回の失業率の低下がどのような要因によってもたらされているかをみるために、失業率というストックのデータだけでなく、就業・失業・非労(職探しをやめて労働市場から退出すること)という3つの状態間のフローのデータに着目して、その推移をみた(5)

具体的には、各時点において、就業及び非労(労働市場から退出した状態)から失業の状態に移行する人、逆に失業から就業及び非労の状態に移行する人の数をまず計算し、その上で、そうしたフローの人数を就業、失業、非労のストックの人数でそれぞれ除して、労働者がある状態から別の状態へ移行する確率を表す「推移確率」を計算した(第1-3-4図)。こうした計算結果によると、失業状態から就業あるいは非労に抜け出す確率自体については、90年代から最近までそれほど大きな変化はない。具体的には、失業状態から就業状態へ移行する確率は、90年代半ばから後半にかけて緩やかに低下した後、2002年にやや持ち直し、その後横ばいとなっている(6)。また、失業状態から非労状態に移行する確率は、ほぼ横ばいで推移した。他方、就業及び非労の状態から失業状態へ入ってくる確率は、90年代後半からかなり急激に上昇した後、2002年、2003年頃から逆に低下傾向が明らかになっている。このように、雇用の伸びが低い中で、2003年初以来、失業率が低下してきている要因としては、(i)企業のリストラによる大幅な人員削減の動きがピークを越え、就業状態から新たに失業状態に入ってくる確率が低下してきていること、(ii)これまで働いていなかった主婦等が職探しを始めて非労から失業に移行する確率が低下してきていること、がある。この点は、男女別の動向に明確に表れており、男性では2002年央以降、就業から失業に移行する確率が着実に低下しているという特徴が明らかである一方、女性では2003年に入って、非労から失業に移行する確率が低下している(付図1-11)。

コラム1-1 不良債権処理によって予想したほど失業率が上昇しなかったのはなぜか?

2001年4月の緊急経済対策によって、主要行の保有する破綻懸念先以下の不良債権は、原則として発生から3年以内に直接償却(オフバランス化)するとの方針が表明された。当時は、そうした不良債権処理によって、企業の倒産が大幅に増加し、失業者が増加することが懸念されていた。一例として、内閣府は2001年6月に、主要行が当時抱えていた破綻懸念先以下の不良債権12.7兆円(2000年9月末)を最終処理することによって、13万人から19万人が失業する可能性があるという推計結果を公表した。そこで、実際に、不良債権処理によってどの程度失業が増大したかを事後的に検証するとどうなるかをみてみよう(詳しくは加藤、藤原、藤本(2003)を参照)。

2002年度に最終処理された主要行の破綻懸念先以下の不良債権額は、実際には、11.7兆円であった。これは、2001年時点での破綻懸念先以下の不良債権額12.7兆円と大差ない。倒産企業の統計から、主要行から借入れのある倒産企業の従業員数を計算すると、清算型倒産で6.4万人、再建型倒産で3.6万人であった。同様に、債務免除や債務の株式化を受けた私的整理企業について、その従業員数を推計すると、推計の仕方によって10万人から36万人となる。このうち、離職率について、清算型倒産は100%、再建型倒産は38.1%、私的整理は20%と仮定して、離職者を求めると、10万から15万人になる。このうち5割弱程度が失業したと仮定すると、2002年度における不良債権処理による失業者は5万人から7万人程度であったと推計される(7)

このように、不良債権処理によって当時の推計ほどには失業が増大しなかったのは、倒産によらない企業再生の枠組みが充実するなかで、倒産件数自体が想定を大きく下回ったことと、不良債権処理の形態として清算型よりも再建型が増えたことがある(コラム図1―1)。

 依然として高い水準にある若年失業

失業率が若干ながら低下しつつある中で、失業期間が1年以上に及ぶ長期失業の数は、2004年第1四半期で112万人と高い水準が続いており、失業者全体に占める長期失業者の割合は、わずかながら低下したものの、約3分の1となっている(第1-3-5図)。こうした長期失業の高止まりは、求人の割に雇用が増えないということもあり、求人側と求職側のミスマッチが増大していることによる可能性も否定できない。ただし、求人については、最近、請負や派遣等の求人がかなり増加するなど、過去の求人の内容と単純に比較することが困難となっている可能性がある。こうした変化のほかに、マクロ統計からだけでは、ミスマッチの程度がどれくらいかを測ることは難しいということがあり、一概に失業者のどの程度がミスマッチによる失業かを断定することは困難である(8)。参考までに、企業レベルの欠員の状況を雇用動向調査でみると、職種別の欠員率(特定の職種における欠員を補充するための求人数をその職種の労働者数で除したもの)は、90年代後半から2003年にかけて、ほとんどの職種で低下傾向にあり、この間にミスマッチによって特定の職種の欠員率が上昇しているという状況はみられない(付図1-12)。

長期失業の問題に戻ると、年齢別では、25歳から34歳の若年層の長期失業者数が最も多く、かつ全体の長期失業が若干低下するなかでも、この層の長期失業者は依然として増加が続いている(第1-3-6図(9)。こうした若年の長期失業者の増加については、企業など労働需要側の要因と、若年失業者の求職姿勢の要因の2つがある。

第一に、労働需要側の要因としては、企業が若年者を雇用する機会が減少していることがある。この背景としては、人員調整を図る際に採用抑制を行うとか、即戦力志向の高まり等により新卒採用を絞り込むといった動きが考えられる。なお、企業の年齢別の従業員構成をみると、中高年の比率が高くなっており、若年者の比率が低下している。特に、こうした傾向は、終身雇用の形態をとる大企業に多い(付図1-13)。また、玄田(2000)では、実証分析によって、45歳以上の従業員比率が多い企業ほど、新卒採用を抑制しているという推計結果を導き出している。

第二に、若年失業者側の要因としては、「条件に合う仕事がない」というミスマッチ的な側面が強い一方、親と同居する未婚者の失業率は他の若年全体の失業率よりも高いことから、そうした層では求職活動の実効性が低いことも一因であると考えられる(付図1-14)。

一方、若年層の雇用形態をみると、フリーターという形で非正規の職に就く者の数が増えているが、非正規の職に就いた若年が正規の職に就く確率は低く、フリーターの状態が固定化してしまう可能性もある(平成15年版国民生活白書)。

いずれにせよ、職業経験の浅い若年の段階で、失業や非正規での就職期間が長引くと、職業上のノウハウの蓄積といった人的資本の形成が十分に行われず、そのことによってさらに失業・非正規状態から抜け出すことが困難となることから、職業意識の向上、職業マッチング機能の強化、職業訓練等による人的資本形成の支援といった若年雇用対策を強化していく必要がある。

 企業収益改善の賃金への波及

企業収益は改善しているものの、賃金は弱い動きが続いている。景気回復の割に賃金が伸びない要因としては、(i)リストラの動きはやや一服したものの、依然として企業は人件費の増加に慎重になっていること、(ii)一般労働者に比べて給与の相対的に低いパートタイム労働者の比率が上昇していること、がある。

まず、企業の賃上げに対する姿勢に関しては、雇用面では、従業員数の削減といった形でのリストラの動きは一服しつつあるものの、賃金面ではベア等の賃金改定を実施しない企業の割合が傾向的に増加しているなど、基本給を抑えて、業績の改善は一時金で処理するという姿勢を持つ企業が多い(付図1-15)。また、企業が賃金の伸びを抑えて人件費抑制を図っている姿は、経済全体の労働分配率の推移からも読み取れる。労働分配率は、生産性と実質賃金の相対的な大きさで決まるが、2002年には、生産性が低下するなかで、賃金が名目だけでなく実質でも大幅に引き下げられたことによって、分配率はGDP比で1%程度低下した(付図1-16)。2003年においても、労働分配率はさらに低下したが、これは労働生産性が2.4%上昇するなかで、実質賃金の伸びがそれを大幅に下回る1%程度に抑制されているためである。

第二に、パートタイム労働者比率の上昇に関しては、その影響をみるために、残業代と基本給を含む定期給与の動向を要因分解してみると、一般労働者の賃金が2002年末から上昇に転じているのに対し、給与の相対的に低いパートタイム労働者の比率が上昇することによって定期給与全体の伸びを押し下げている(第1-3-7図)。こうしたパートタイム労働者比率上昇による賃金抑制効果については、前回の回復期と比べても、今回の回復期の方がより顕著な現象となっている。

 今後賃金は上昇するか

それでは、今後、景気回復が続いていったとしても、賃金の伸びは低いものにとどまり続けるのであろうか。企業の賃上げに対する姿勢については、基本的には引き続き慎重な姿勢がみられ、2004年の春闘でも、定期昇給を含む回答額の伸びはほぼ前年並みに抑制されたが、一時金については、業績の回復を反映して引き上げる動きがみられた。このように、本給の伸びは引き続き抑制されることが予想されるが、景気回復が継続していけば、残業代や一時金という形で雇用者の賃金が徐々に増えていくことが期待される。業種別の生産性の上昇と実質賃金の伸びの関係について、2002年と2003年を比べると、生産性の上昇とともに実質賃金も上昇している業種がかなり増えてきている(第1-3-8図)。したがって、景気回復の動きがさらに広がりをみせていけば、生産性上昇とともに賃金が上昇する業種もさらに増えてくると思われる。

他方、雇用のパートタイム労働者比率の高まりに関しては、企業は今後もパートタイム労働者の雇用に前向きな姿勢を持っていることから、経済全体としては、給与の相対的に低いパートタイム労働者比率の高まりの進展によって雇用者所得の増加が引き続き抑制される可能性がある。2004年1月に行われた内閣府企業行動アンケート調査によると、回答企業は、過去3年間の平均で、パート、派遣社員数を2.2%増やしたが、今後3年間についても、ほぼ同じペースで、パート、派遣社員を増やしていくとしている。他方、正社員については、過去3年間で3.4%減らしたが、今後3年間についても、0.8%減と、ペースは緩やかになるものの、引き続き正社員の雇用抑制の姿勢をもっている。

以上をまとめると、今後、景気回復が持続することによって、徐々に賃金を増やす企業が増えると見込まれるものの、経済全体としては、雇用者所得の伸びは、パートタイム労働者比率の高まりの進展によって緩やかなものとなると考えられる。

2 底堅い家計部門

 持ち直しの動きがみられる個人消費

過去数年間にわたり、個人消費は所得が低調に推移するなか、比較的底堅い動きを示してきた。これは、所得の減少に応じて、貯蓄率が低下し、消費を安定化させてきたことによるものである。こうした貯蓄率の変化は、長期的な傾向としては、ライフ・サイクルの観点から貯蓄の取り崩しにまわっている高齢者世帯の割合が高まっていることや金融資産残高の蓄積の度合い等を反映していると考えられる(付図1-17)。他方で、一時的な所得の増減に対しては、消費行動は大きく変わることはないので、結果として、貯蓄が消費を一定にするように変化してきたという面もある。

そこで、この消費や貯蓄率の長期的なトレンドの動きと、短期的な所得の変化に対応したスムージング(消費均等化)の動きを切り離してみるために、消費と可処分所得、人口に占める高齢者の割合、金融資産残高との間に長期的な均衡関係があることを想定し、そうした長期均衡から実際の消費がどの程度かい離しているかをみた(第1-3-9図)。推計の結果によると、実際の消費の動向は、96年、97年あたりにかけて長期均衡水準をやや上回った。その後、金融危機や失業率の上昇に伴う雇用不安等から、消費は98年から2000年頃にかけて長期均衡水準を下回った。その後、2001年には逆に消費が長期均衡水準を上回り、貯蓄率の大幅な低下がみられたが、これは、郵便貯金の大量満期に伴う統計上の振れ以外にも、それ以前の期間における落ち込みの反動といった面や、所得が一時的に低下するなかで消費を保とうとする動きを反映している面もあったと考えられる(10)。2002年には、消費が長期均衡水準を上回る程度は低下しており、消費の水準は、徐々に、可処分所得、高齢者割合、金融資産残高によって決定される長期均衡に向けて収束しつつある。また、2003年についても、一定の仮定を置いて可処分所得を算出し、推計を延長すると、消費がまた長期均衡水準に向けて低下しつつある。このように、最近の消費の動きは、年単位でみれば、所得、人口構成の変化など長期的要因の動向とおおむね整合的に推移している。ただし、2003年末から2004年初めにかけての消費の強まりについては、長期的要因だけでは十分説明のつかないものであり、以下に述べるような雇用情勢の改善等の要因も影響していると考えられる。

 雇用情勢の改善によるマインドの回復と新製品による消費需要の掘り起こし効果

2003年後半から、消費全体が持ち直しの動きを示しているが、こうした動きは、(i)失業率の低下など雇用情勢の改善によって消費者マインドが回復していること、(ii)デジタル家電等の新製品の登場が潜在的な需要を掘り起こしつつあること、といった面も反映していると考えられる。

第一に、消費者マインドについては、既に述べたように企業のリストラの動きが一服し、非自発的失業者が減少していることから、消費者の雇用の先行きに関する見通しが改善しており、それが消費者マインドの改善に大きく貢献している(第1-3-10図)。このため、雇用の先行きに対する安心感から、これまで先延ばしにしていた消費が出てきている可能性がある。

第二に、消費支出の内訳を外食、旅行、DVD、パソコン等の選択的支出と食料品や光熱費等の基礎的支出に分けてみると、支出増加のほとんどは選択的支出の寄与によって説明できる(第1-3-11図)。なかでも、薄型テレビ、DVDプレーヤー、デジタル・カメラといったいわゆるデジタル家電の売行きが好調である。そこで、デジタル家電はどのような層に購入され、他の財とは異なる特徴をもっているのかどうかを調べるために、消費者調査を実施した(詳しくは付注1-3)。アンケートは全国2000人を対象に行い、約1200人の有効回答を得た。主な結果は以下のとおりである。

(1)購入者層

デジタル家電を「購入した」あるいは「購入予定である」と答えた回答者の割合は、デジタル・カメラが5割強、DVDプレーヤーが4割程度、薄型テレビが1割程度となっている(付注1-3)。こうしたデジタル家電の購入者の特徴としては、比較的幅広い年齢にわたっていることであり、特に薄型テレビについては、全体的に普及率はまだ低いものの、相対的に自由時間がある高齢者における普及率が若年層よりも高くなっている(第1-3-12図)。

(2)デジタル家電の需要喚起効果

デジタル家電がどの程度新たな消費需要を喚起したかを調べるために、既存の機種からの買い替えサイクルについて聞いたところ、「既存の機種がまだ使えたが通常の買い替えサイクルよりも早く買い換えた」、「新規に購入した」と答えた人の割合は、デジタル・カメラで全購入者の8割、DVDプレーヤーで7割強、薄型テレビで6割であった(第1-3-13図)。こうした結果は、自動車、白物家電などその他の耐久財購入者で同様に答えた人の割合が3割程度であることを考えると、新製品による需要喚起効果がかなりあったと考えられる。また、デジタル家電の購入にともなって他の消費支出を抑制したかどうか聞いたところ、おおむね5割から6割の人が節約しようとは思わないと答えており、他の消費との代替関係も小さいことがうかがわれる。

 デジタル家電の生産面への影響

こうしたデジタル家電の販売が好調であることによって、生産面でも、明るい動きがみられる。現在の「電気機械」、「情報通信機械」、「電子部品・デバイス」の生産動向を前回の景気の山である2000年の状況と比べると、「情報通信機械」は前回並みの生産水準に達しておらず、「電気機械」は若干上回る程度である。一方、デジタル家電関連の「電子部品・デバイス」及び「情報通信機械」の分類の一つである「民生用電子機械」では、前回の水準を大幅に上回っている(第1-3-14図)。デジタル家電の生産面での特徴は、部品集約度が高いため、電子デバイス分野への生産波及効果が大きい上、デジタル家電用部品の日本企業のシェアが高いことがある。このため、当面、日本企業にとって好循環が続くと見込まれる。また、デジタル家電のような技術集約度が高く、付加価値の高い製品については、国内で生産される比率が高いものもみられる。「平成15年度ものづくり白書」によれば、2003年におけるデジタル家電の生産波及効果(関連産業を含む)は、約7兆円程度であり、関連産業への付加価値誘発効果も他産業に比して高いものと考えられる。

 持ち直しの兆ざがみられる住宅投資

住宅着工戸数は、90年代後半から減少傾向だが、2003年度については、前年比2.5%増と比較的堅調であった(第1-3-15図(1))。これを、地域別・利用関係別に寄与度に分解してみると、全国の住宅着工の伸びのほとんどは、東京を始めとする南関東における分譲住宅と貸家の伸びで説明される(第1-3-15図(2))。東京圏で住宅建設が増加しているのは、人口の都心への流入が増える中で、比較的都心において企業用地が住宅用に供されるようになり、マンションや戸建分譲の着工が増加していることを反映している。地価の動向については、東京都区部及びその周辺地域では下げ止まりの傾向が明確になってきているが、地方圏では、引き続き下落が続いている(第1-3-16図)。他方、所得、金利環境からみた個人の住宅取得能力については、企業部門の改善の動きがなかなか所得に反映されない中、住宅取得能力はほぼ横ばいで推移している(付図1-18)。先行きの動向については、景気回復の持続によって徐々に所得環境も改善してくれば、住宅着工は底堅い動きが続いていくものと見込まれる。なお、地域別にみれば、地価の状況等を反映して、東京圏では当面増加が続くものと考えられる。